Billyさんの小冊子の私訳紹介 及び  ひろの随筆集




倭建命  源頼朝

新田義貞 菅原道真 

桂小五郎 聖徳太子

弘法大師 ねこの未來随筆

ねこの独り言 ねこの随筆日記

異次元時空を行く 超自伝明智光秀




L001

 「芝田康彦の随筆 宇宙人がいたシリーズ」


「平和の為に努力してくれて、ありがとう」

第一話  倭建命

 (1)どんな時代か

 古事記には倭建命と書かれ、日本書紀には日本武尊と書かれた、神話の中の英雄がいる。この神話は、モデルとなった英雄が実在したとか、記紀製作の都合で英雄として創作されたとか、複数の英雄譚が倭建命一人にまとめたとかのいろいろな見解が学問的には出されているようだ。

 紀元前660をもって神武元年として、日本建国の神話時代が造られているが、これが事実かどうかは、今となってはもちろん判らない。したがって、西暦によって日本以外の国々と何か時期的な比較をするのは困難である。

 この時期を、暦と天皇の系譜が正しいものとしてみると、第12代の景行天皇は、紀元前13年に生まれ、亡くなったのは、西暦130年とされている。享年143歳である。神武天皇から、景行天皇までは、70歳台から140歳台までの寿命だったと記録されている。

 そしてこの話の主人公である、景行天皇の子、倭建命は西暦72年に生まれ、30歳位で亡くなったらしい。そして、倭建命の子は仲哀天皇と成り、皇后は神宮皇后という天皇家の流れの中にある人であることから、康彦は、個人としての人格というか、神格というか、その中間とでもいう個人がいたのだろうと感じている。

 何故、康彦がこの人を取り上げるかは、宇宙人としか見えないからである。もちろん、記紀に書かれた業績のすべてが事実かどうかは判らない。しかし、いくらなんでも、業績の割りに悲劇的すぎることが描かれているのを読んでいるうちに、彼の「残念」が見えてきて、何か書いてあげたくなったのである。


 (2)始めはこうだった

 この人は、幼名を小碓命(ヲウスノミコト)といい、第12代景行天皇の第三皇子であった。彼には兄、大碓命(オオウスノミコト)がいた。彼が15、6歳の頃のことだった。大根王(オオネノミコ)という美濃の国造の娘で美人と噂の高い、兄比売(ユヒメ)、弟比売(オトヒメ)という姉妹が、景行天皇に召し出されることになり、兄の大碓命が、引取りに行くことを命じられていた。

 記録によれば、大碓命はどうやら、この二人の娘に惚れてしまい、二人を自分のものにしてしまい、天皇には別の娘たちを差し出し、このことがあってからは、天皇の前にでなくなっていたらしい。この娘たちが偽者だと気が着いた景行天皇は、

 「大碓命が朝夕の食事にも出てこないのは、どういうことか。お前が行って諭してこい」と小碓命に命じた。「はい、かしこまりました。私が諭しておきましょう。」と小碓命は答えたが、その後も、大碓命はでてこなかった。

 そしてある日、「何故、お前の兄は出仕しないのか。お前は教え諭したのではなかったのか。」と問われ、小碓命は「父上のお言いつけ通り、ねんごろに教え諭しました。」と答える。

 「どう、教え諭したのか」と天皇が問うと、「明け方、兄上が厠にいかれた時に、取り押さえて、つかみ潰して、手足をもぎ取り、薦に包んで投げ捨てました。」との答えが、小碓命から返ったとされ、この言葉を聞いて景行天皇は、小碓命の荒々しい性格をおそれ、以後、あちこちの敵対するものたちの征伐におもむかせることになったと記録されているようだ。

 康彦は、小碓命はが実は大碓命と娘たちを逃がしたのではないかと感じている。もし、それほどのあらあらしさしかない男なら、それからの物語が違ったものになっただろうと思えるからである。なぜかというと、その後のことから、小碓命はかなり優しい性格であると認識できるからだ。

 つまり、兄を厠で掴み潰して、四肢をもぎとるなどいうことはありえない。この嘘を突き通して兄たちをどこかに逃がして、農民の中にもぐらせたのではなかろうか。

景行天皇は既に娘たちが偽者と知っており、目の前に出仕すれば当然兄は殺されると小碓命は認識したのだろう。そこで一計を案じたものであろう。

 仮に、それだけの猛々しさがあったとしたら、あちこちの征伐から帰還した時の、彼の苦労への評価に於いても十分ではないようだから、天皇自身が危ないはずだろうに、そんなことも一切無かったことが、その証拠ではないかと、康彦は感じたのである。


 (3)熊曾建(クマソタケル)の征伐

 兄を殺害したと嘘を言ってしまったため、景行天皇が小碓命の力を認めると同時に恐怖をも感じたようだ。そして、天皇は当時、大和朝廷に帰順していなかった、西方の覇者である熊曾建を征伐に行くように小碓命に命じた。

 熊曾というのは、勇敢な男と言う意味であり、建というのは、勇敢な者という意味だという。当時、そんな男が二人いたらしい。

 「その者たちを討ち取って参れ。勇敢な、そなたなら、一人で十分だろう?」と、天皇は命じた。

 これは明らかに、「いざとなれば、小碓命が命を落としてもいい」という判断が父の天皇にはあったと想われる言葉である。そして、小碓命にしてみれば、父から辛くあたられる理由がわかり、しかも、本当のことは言えないという真実の男のジレンマの中にいたと想われる。

 如何に神代の時代の二メートルを超えた男といえども、髪を額のところで結った、十五、六の少年でしかない。一人で、二人の勇猛な男たちに勝てるのかどうか、自分でも自信がなかったのかもしれない。

 しかし、この二人には勝って、その地を大和朝廷に従わせるということには異論もなく、知恵を授かるべく、叔母の倭比売命に相談したようである。叔母の倭比売命は、第十一代垂仁天皇の皇女で、景行天皇の同母妹に当たるひとで、伊勢神宮を祭る巫女であった。

 倭比売命に、父との間のことも相談したが、この重要な任務をやり遂げれば、父の天皇も理解してくれると期待して、熊曾建征伐の作戦を練った。

 その結果、彼らに一人で近づくには女装して酒宴の席にでる以外には考えられないので、小碓命は倭比売命から女装の衣装を借り、剣を懐にして、単身で熊曾討伐にでかけて行った。この考えに至るのには、小碓命が非常に美形であったことが幸いしていた。 

 熊曾建の館に着くと、館の周りには何重にも軍勢が取囲んでいた。どうやら、館を新築して祝いが始まるらしい。そこで、小碓命は、祝宴の日まで、辺りを巡りながら、待った。

 祝宴の当日、小碓命は、結っていた髪を乙女の様にして垂らし、叔母の倭比売命から借りた女装用の衣装を着て、その日、その宴に侍るために館に向かう大勢の女にまぎれ込んで、取囲む軍勢をすり抜けた。

 そして、新築の部屋に入っていくと、熊曾建の兄弟は、小碓命が女装した、その美しくて可憐な乙女をひと目で気に入ってしまった。兄弟は、小碓命を間に侍らせて、どんどん盃を重ねて、浮かれ騒いだ。

 宴が最高に盛り上がった時に、小碓命は懐から剣をだして、熊曾建の兄の方の襟首を掴んで、胸を刺し貫いた。それをみて熊曾建の弟の方が逃げ出したが、小碓命はそれを追いかけて、刺した。

 この時、熊曾建の弟が言った。

熊曾弟:「どうか、剣を動かさないでくだされ。
     あなたに申し上げたいことがある。」
小碓命:「申せ。」
熊曾弟:「あなたは、一体何者ですか?」
小碓命:「倭男具那王(ヤマトオグナノミコ)である。
     天皇の命を受け、世の秩序を乱す熊曾建兄弟を討ち取りに参った。」
熊曾弟:「さすが天皇がお遣わしになったお方。西には、我ら兄弟をおいては、
     他に強い者はおりませぬ。ところが、大和国には我ら以上に強く
     勇敢な方がおられた。だから、私はあなたにお名前を献上
     します。今から後は、倭建御子(ヤマトタケルノミコ)と
     名乗られませ。」

 この会話の後に、熊曾弟は死んだ。そして、この時から、小碓命を称えて、倭建命(ヤマトタケルノミコト)と呼ばれるようになったとされている。そして倭建命は、西方から帰るついでに、山の神・川の神・穴戸神らを、すべて大和朝廷に服属させて凱旋したのだった。

 倭建御子(ヤマトタケルノミコ)というのは、「大和の勇敢な御子」と言う意味である。古事記では御子というのは、後に天皇になる人物にのみ使われているらしい。これからして、倭建命は古事記のあちこちで天皇と同じ扱いをうけているらしい。

 つまり、御子と称されている。天皇の妻にしか用いない后と言う称号が、倭建命の妻に用いられている。さらに倭建命の妻に命が使われているという。

 これらのことから、倭建命の短すぎる人生と、彼の業績に対して、畏怖の念が存在し、後の記録でこのような記述をいれて、配慮されたのではないかと、康彦は想う。


 (4)出雲建(イズモタケル)征伐

 熊曾建を征伐して大和に戻る途中で、出雲に入り、ついでに出雲の覇者である出雲建を征伐しようと考えたようで。これは、天皇から命じられたというよりも、自分で考えて決めたことであろう。
 
 当時は地名+建で、その地の最高の勇者を現しているので、このようなものたちは、もちろん、あちこちにいたと想われる。倭建命も、大和の最高の勇者で、天皇になるはずの者という意味になる。

 この時、倭建命は一計を案じて、まず、出雲建と親交を結んだ。仲良くなっている間に、いちい樫の木を削って、表はりっぱでも中味がない偽の太刀を造った。そして、それを帯びて、出雲建と共に水浴びに行った。

 先に水から上り、出雲建がはずしていた大刀を取り上げて、太刀の交換しようではないかと提案した。出雲建は、ヤマトタケルの刀なら、交換してもいいと喜び、倭建命が造った偽の太刀を身に付けた。

 そこで、倭建命から太刀合わせをしてみようではないかと提案する。出雲建が偽の太刀を抜けないでいるのをみて、倭建命は一刀の下に出雲建を切り倒したという。これには、出雲建も、あっと驚き、嘆く暇もなかったであろう。

 このようにして、大和に帰る道すがら、大和朝廷にしたがっていなかったものたちをすっかり征伐して、天皇にそのむね、復命したという。

 ここまで、記録された事実を見てくると、倭建命は、ただの猛々しい者ではなく、非常に細心な者であり、知恵者であり、普通の猛者ではなかったと想われる。

 このような理由から、康彦の推理では、彼は兄の大碓命の手足をもぎ取って捨てるなどということはできるはずがないと想われるのである。

 これらの記録をみると、ここまでは一人で行動しているように書かれている。関連して亡くなった人たちの残念もあろうかと想うので、ここで、それらのすべてを判ってあげたいと想う。

 
 ここまで、自発的にも努力して、かんばって帰参した倭建命に、天皇はどういう待遇をしたのだろうか。


 (5)東方を平定せよ

   大和から西の方を平定して帰還して、天皇に報告してまもなく、今度は東方の十二の国の荒れすさぶ神々を平定してこいと命じられる。ただし、今回は、一人では酷だと、ミスキトモミミタケヒコという者をつけられたらしい。それと、柊で作った矛を一つ与えられて、出かける準備をしろといわれた。

 この時も、倭建命は伊勢の神宮に仕えていた叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト)を訪れて、気持を打明けている。

 「叔母上、天皇は私のことを嫌っておられるらしい。私など死ねばよいと思っておられるようです。西方の悪者どもを討ち果たし、都に戻ってからまだそう日も経たないというのに、兵士も下さらず、重ねて東方の悪者を平定して来いというのです。やはり,私など早く死んでしまえということなのでしようね。」

 これについて、叔母の倭比売命がなんと答えたのかは明確ではないが、この時、倭比売命は、その昔、須佐之男命(スサノオノミコト)が八俣の大蛇を退治したときに、大蛇の腹からでてきたという、草薙剣(クサナギノツルギ)を倭建命に与えている。また、火急の時には、この嚢の口を解けと、ひとつの嚢を与えられた。」
 
 そして、倭建命は、それらを持って再び大和を後にした。尾張の国に着くと美夜受比売(ミヤズヒメ)の家に入った。倭建命は、この美夜受比売と結婚したいと思い、帰りに結婚することにして、婚約をしている。

 そして、東方の幾多の荒らぶる神々を平定して、相模の国に入る。ここで、相模国造が、この野の中に沼があり、その沼に住む神が荒々しくて、困っているといって、倭建命を騙す。

 正直な倭建命は、その神を自分の眼でたしかめようと、野の中に入っていった。すると、それを見た相模国造は、すぐに野に火を放った。火はすぐに燃え広がり、倭建命を取り囲んだ。

 倭建命は相模国造に騙されたことに気づき、これは一大事と倭比売命がくれた嚢の口を開いた。嚢の中には火打ち石が入っていた。そこで、まず草薙剣で周囲の草を刈りはらい、内側からも火打ち石で火をつけ、相手側の火を押し返した。

 そして、野から脱出すると、すぐに国造一味を皆殺しにして、その死体に火をつけて焼いてしまったらしい。

 この逸話は、倭建命が、人を疑わず、しかし、なにが起こっているのかは自分の眼で確めるという性格であったことを示している。しかし、人を騙したものに対しては、厳しく処断するという姿勢を貫いているのも気持がいい。騙した方は、反省してほしい。

 そこから更に東方に進もうとして、船で走水海(ハシリミズノウミ)を渡った時に、その海峡の神が荒波を起こし、船を翻弄した為、先に進むことが出来なかった。

 その時、倭建命の后,弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)がすっと立ち上がって、「私が御子の代わりに海の中に入り、神の人身御供になります。御子は立派に任務を果たして、大和へ復命して下さい。」
言って、海に入ったという。

 この時、どうして、后が同行していたのか、康彦には判りかねる。

 なぜかといえば、この仕事は、隠密仕事であることが一つ。さらに、途中の尾張では、別の女性と婚約もしているのである。しかも、倭建命は比売の入水自殺を止めていないようだ。そんなに薄情な男だったのか?或いは、海の神に生け贄を差し出すことで、自分は助かろうとする程度の男であったのか?

 どうも違うようだ。本質で優しい倭建命は、こんなことはしていないのではないかと、康彦は想う。何らかの理由で比売は早死にし、それをこの逸話にしたのではないかと思いたい。

 ともかく、比売が入水すると海は静かになり、船は先にすすんだという。

 話は、ここからも変である。それから七日後に比売の櫛が海辺に流れついた。それを拾って、倭建命は比売の御陵を作って、櫛を納めたと記録されているらしいが、それだけ薄情な男なら何で七日も海辺にいるのか、康彦には判らない。

 やはり、入水自殺は造り話であろう。そうではなくて、比売は何らかの原因で亡くなられたのだと、康彦は想いたい。その時の倭建命の心の中はどんなだったかと想うと、その裏返しに、入水してまで夫を守った比売の純愛物語として二人の心の中が描かれたのではないかと、康彦は想う。同行については、康彦には信じがたい。

 倭建命はそこから更に東方へと向かい、荒れすさぶ蝦夷達、山や川の荒れすさぶ神々をことごとく滅ぼした。そして、大和へと帰還する途につく。

 この入水自殺が真実だとしたら、この純愛物語の帰り道で、倭建命は、美夜受比売(ミヤズヒメ)と結婚すると言う話になる。神話とはいえ、そんな男だっのか、お前さんは?


 (6)美夜受比売(ミヤズヒメ)と結婚

 東方の平定にでる前に、倭建命はこの比売と婚約をしていた。

 倭建命は、大和への帰途、足柄を越え、甲斐にでて、そこから科野国(シナノノクニ)に入り、科野之坂神(シナノノサカノカミ)を服従させて、尾張に帰還したのだった。

 途中、足柄の坂の上に登り立って、三度溜め息をついたという。「嗚呼、わが妻よ」といいつつ。これは、入水した后、弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)への思いとして記されているらしい。

 さて、美夜受比売(ミヤズヒメ)の家に入ってみると、比売は月経の真っ最中。しかし、それでも二人はその夜、結婚の契りをしたらしい。
 
 そして、翌日、倭建命は、腰に帯びていた草薙剣を美夜受比売に預けて、伊服岐能山(イフキノヤマ)の神を服従させる為に、出掛けたのだった。


 そして、悲劇の幕は切って落とされる。

 「伊服岐能山(イフキノヤマ)の神は、我が手で討ち取ってくれる。」と言って、伊服岐能山を登っていくと、途中で白い大きな猪にであう。

 「この白い猪は、伊服岐能山の神の使者であろう。今殺すには及ぶまい。山から帰る時に殺してやろう。」と言ったらしい。このような行為を「言挙げ(コトアゲ)」というらしい。 

 これは、声に出して言い立てることによって、言葉の持つ呪力を働かせる行為で、一種の呪い。その為、間違った言挙げをすると、間違った呪いをかけたことになり、呪術者に呪いがはね返ってくることになるのだという。

 倭建命は「山の神自身である白猪」を、「山の神の使者」と間違った言挙げした為、激しい氷雨を降らされ、苦しむこととなった。本来ならば、言挙げによって、白猪は倭建命が山から帰る時に倒される筈であった。

 倭建命は、この氷雨によっと前後不覚に陥り、山を駆け下り、玉倉部(タマクラベ)の清水の側で休息をとり、暫くして正気を取り戻し、再び進む。そして、能煩野(ノボノ)に着いた時に、故郷を想って詠う。

 「倭は 国の真秀ろば たたなづく 青垣 山籠れる 倭し麗し」

 「大和は最も美しい国だ。重なりあった青い垣根の山、その中に籠っている大和は、本当に美しい。」という意味だという。

 そして、倭建命の病が急変して危篤となった。そして、

 「嬢子の 床の辺に 我が置きし 剣の大刀 その大刀や」と詠って、倭建命は息を引き取ったという。

 「美夜受比売の許に置いてきた大刀、草薙剣よ。その大刀は今どうしていることか。」という意味であるという。

 よほど、残念だったのだろうか?新しい妃との一夜のあと、草薙剣を持たずでるという、愚かな行為と、更に、言挙げの過ちをしでかしたとの慙愧があったのだろうか???

 そうではないだろう。康彦は、想う。

 倭建命は、何らかの理由で后の弟橘比売命(オトタチバナシメノミコト)を失った事で、動転しており、美夜受比売への配慮として、草薙剣を置いてきたのではなかったのか。とすれば、倭建命はそのことに慙愧の念を憶えることはないと想われる。真実の愛情からでたことであり、自分の身よりも、妃の身を案じたということであり、最後の歌は、「草薙剣よ、美夜受比売を守っているか」と問うものではなかったのか。

 倭建命と言う男は、自らの一生の最後に、愛する人よりも太刀に想いを馳せる男などではなかったと、康彦は確信している。言挙げの過ちをみても、彼の超人的ではない、人間臭さが見えて、康彦は嬉しい。

 倭建命の死の報せを聞いて、都に残されていた后や御子達が能煩野へと向かった。そしてそこに倭建命の御陵を作ったという。

 すると、倭建命は大きな白い千鳥の姿となって天にはばたき、浜に向かって飛び去った。この様子を見て、その后と御子達は、篠の切り株に足を傷つけられながら、その痛みも忘れて泣きながら追いかけたという。

 そして、千鳥は伊勢から飛び立っていって、河内国の志畿(シキ)に辿り着いて止まった。そこで、その地に御陵を作って倭建命の御魂を鎮めることにした。その御陵を名づけて白鳥御陵(シラトリノミササギ)という。ところが、千鳥は再び飛び立ち、天空に消えてしまったという。

 さて、これが、倭建命についての伝説である。最後はいかにも悲劇である。この話だけからすると、倭建命は15、6歳から30歳くらいで死んでしまうというような展開である。内容からしても、そう后や妃らと過ごしたとは想われないが、四人の后妃との間に、子が四人いる。その一人は、第14代仲哀天皇である。

 つまり、ただの伝説の男ではなくて、天皇家の主流の男であったが、どういうわけか、父の天皇から国中の悪者退治の仕事をさせられて、ちょっとしたミスで、次の天皇という生涯を失うという悲劇の英雄になってしまったようだ。

 この物語を読んで、康彦は、今まで紹介されている、須佐之男命(スサノオノミコト)のような剛毅な倭建命の中に、本当は優しく宇宙人っぽい所があると書いてあげたかったのである。

 あなたは、これで納得してくれますか。いや、この位で納得してほしいよ。倭建命さんよ。

 不幸にして、天皇の命を持って征伐にでむいた倭建命によって生命を絶たれた人たちの無念も理解できます。もう、その残念はこれで消去ってください。   康彦からのお願い。

        (倭建命 おわり)  
L002

 第二話 源頼朝と北条政子

 (1)頼朝、伊豆へ配流

 この二人は、康彦が鎌倉の近くに住んでおり、ちょくちょく鶴岡八幡宮に出かけたりしているので、取り上げていると想って欲しい。この夫婦は、ずい分頑張って仕事をしたのに、幕府は長続きせず、気の毒なことになっている。

 康彦は想った。残されている記録は、北条のものであり、頼朝と政子の本当の想いではないものが多々あるのだろう。

 偽造されたとおぼしきものを見ながら、この二人の鎮魂と彼らの相手として時代を生きた、多くの人々の想いなどを多少なりとも理解してあげられたらと想う。

 頼朝は、久安3(1147)年、源義朝の第三子として、母の実家である熱田神宮付近の別邸にて生れている。平治元(1159)年12月、平治の乱が起こり、翌年1月4日、父の義朝が長田忠政に殺されたあと永暦元(1160)2月9日、平宗清に捕らえられ、一時は死罪と決まるが、平清盛の継母池禅尼の助命嘆願により、伊豆蛭ヶ小島に流され、伊東祐親,北条時政らの監視下におかれた。

 この時頼朝は既に十二歳であり、後見人があれば立派に大将になれるだろうと想う。ということは、池禅尼の助命嘆願は、何かの配慮ではなかったかと想うくらい、人間味に溢れた行為だと、康彦には思える。そのために、この後平家は滅んでいくのだから。

 池禅尼さま、ありがとう。

 さて、この配流の間にこんなことがあつたという。

 伊東祐親の子息祐清が、頼朝の乳母比企尼の娘婿ということもあって、頼朝と親しくなる。そして、祐親には3人の娘がいた。その三女の八重姫が容姿が優れ、祐清の紹介で頼朝と親しくなる。

 祐親が京都に行っている留守中に、頼朝は伊東の鎌田俊長の館に泊まり、どこかの森で八重姫と密会したという。承安元年(1172)、八重姫は男の子を産み、頼朝は喜んで千鶴丸と名付けたという。

 安元2年(1175)、祐親は三年の仕事を終え伊東に帰ってきて、頼朝と八重姫のことを知って激怒し、八重姫の切なる願も聞き入れず千鶴丸を松川の轟ヶ渕に沈めて殺したという。

 さらに頼朝と八重姫の中を裂くため、八重姫を無理やり江間小四郎に嫁がせ、頼朝を殺害しようとする。

 こんなことを残す理由は何だろうか。平氏が怖かったのだろう。

 祐清が直ちにこのことを頼朝に伝え、頼朝はその夜のうちに伊東から途中船も使って伊豆山に逃げ込んだという。

 八重姫と千鶴丸を失った頼朝は、やがて北条時政の長女政子と伊豆山権現で結ばれ大姫が生まれ、治承元年(1177)、韮山の北条館に住むようになる。

 江間小四郎に無理やり嫁がされた八重姫は数ヶ月で伊東の館に出戻ってくる。しかし祐親は八重姫に外出を許さなかったので、八重姫の頼朝を慕う気持ちは高まるばかりであった。

 治承元年(1177)7月17日、祐親が再び京都に上がった留守中、八重姫は意を決して侍女6人を供に伊東の館を抜け出し、頼朝の居る北条の屋敷に辿り付き、頼朝に一目合わんと門番に頼むが、門前払いされたという。頼朝がしたのではなく、北条氏のものが取り次がなかったのだろうと想われる。

 八重姫は失神せんばかりに悲しみ、「もう生きる望みも何ない。せめて成仏して観音様となり、後世の若い男女のために、愛の神にならん」と言い残し、すがる侍女達を振り切って、古川の真珠ヶ渕に身を投げ死んでしまったという。侍女たちも八重姫の跡を追って自刃して果てたらしい。

 なんとも切ない話ではあるが、娘の父の伊東祐親にしてみれば、平氏ににらまれるのは困ったことだったのだろう。それにしても、当時、娘は政略結婚の道具であり、八重姫にとっては、悲しいできごとであった。頼朝は産ませた子まで殺されて、ただ逃げていたのだとすれば、なんとも情けない話であるが、もし、この縁組がそのまま成功していたら、政子との結婚はなかったと想われ、運命の悪戯かもしれない。

 ただ、この物語は詳細すぎるし、伊東氏の手前もあろうから、後の創作ロマン小説ではないかと、康彦は想う。


 (2)政子との出会い

 さて、一方、北条政子は保元2年(1157)に、北条時政の長女として生まれている。幼くして実母をなくしたらしい。永暦元年(1160)、源頼朝が14歳で伊豆に流されてきた時、政子は4歳であった。
 
 そして、上に書いたように、頼朝は八重姫との関係が悲劇に終わり、祐親に追われ伊豆山に難を逃れるが、その2年後、配所に最も近かった北条時政を頼る。北条時政は伊豆きっての豪族であり、平家の全盛時代にもかかわらず内心は中立の立場をとっていたらしい。

 ここら辺が、伊東氏とは異なるのであり、のちに、その本性をあらわすことになる。

 さて、ここでまた頼朝は北条時政の娘に近づこうとして次女宛に手紙を書いたらしい。しかし、これを届ける安達盛長という者が次女より長女の方が美人なので、手紙を書き改めて長女の政子に渡したという。
 
 その時、政子は21歳で決して幸せとはいえない日々を過ごしていたらしい。頼朝は31歳である。政子は、その恋文に夢中になったと書かれているが、なんとなく天の仕組みがあったように、康彦は想う。

 つまり、政子は、自分が意図しない方向に運命的に制御されたのではなかろうか。

 京都の仕事から帰っ来た時政は、政子と頼朝の事を知り、平家への体面もあって怒ってはいたが、頼朝の人となりを知り、内心は許していたらしい。

 しかし、この時すでに時政は政子を目代山木兼隆という男に嫁にやることを決めていたので、頼朝との関係を知った上で何知らぬ振りをして、政子と兼隆の結婚式を挙げてしまう。

 その婚礼披露宴の最中に政子は山木館を抜け出し、風雨のなか七里の道を伊豆山権現で待つ頼朝の元にひた走った。

 新妻に逃げられた兼隆は、直ちに政子を取戻すために兵を挙げ、伊豆山権現を攻めようとするが、伊豆山権現には命知らずの僧兵がいるので止めよという時政が諭し、兼隆の攻撃を思い留まらせたらしい。

 時政は相当な策士である。頼朝の毛並みを自分のものにしたかったのだろう。

 治承元年(1177)、伊豆山権現の覚渕の計らいにより、頼朝と政子は晴れて結ばれ、翌年には長女大姫が生まれたのだった。

 治承4年8月20日 、以仁王の令旨を奉じて平氏追討の兵を挙げ、夫頼朝、父時政らが3百余騎で相模に向かった。政子は、頼朝軍に勝ち目のある戦でないことを感じ取って、食事も喉を通らず、ほとんど眠らずに仏前に灯明を燈し観音経を唱え、夫、父そして兄弟の無事を祈り続けたという。


 (3)頼朝の誠に辛い戦い

  治承4(1180)年4月、叔父行家より以仁王の令旨が下ったことを知り、8月17日、平氏追討の兵を挙げた。
 
 24日、300余騎を以て大庭景親の3千騎と石橋山で合戦し、敗れる。このとき大庭方の梶原景時が逃亡を黙認した事もあって、難なく浦賀水道を渡って安房へ上陸したという。

 相摸に入り鎌倉を本拠地として、同月20日、平維盛軍と富士川で戦い、勝利を収めた。翌21日、駿河国黄瀬川の義経との対面は有名なお話である。

 寿永2(1183)年7月、平氏にかわって木曽義仲が入京すると、翌3年1月、頼朝は、弟の範頼,義経に義仲討伐を命じ宇治川の合戦にて討ち果たした。

 次いで2月、摂津一ノ谷で平敦盛の軍を破らせた。そして元暦2(1185)年2月、義経軍を阿波に派兵して屋島の合戦で平氏を討ち、3月24日、長門国壇ノ浦の戦いにおいて遂に長年の宿敵であった平氏を滅亡に至らしめた。

 4月24日、平氏討伐の功により従二位に叙せられる。しかし5月、義経と不和となり鎌倉入りを認めなかったらしい。

 これは、前年、義経が自分の許可なく後白河法皇から検非違使,左衛門少尉(判官)を受けた事件が尾を引いていた為,壇ノ浦の戦いのさい義経の独断専行から軍監梶原景時ら鎌倉御家人と対立したことなどが理由だとされている。

 実は、鎌倉幕府の成立理由から考えると、頼朝は武家の棟梁であり、兄弟と言えども、義経は部下でしかないのに、ひょっとすると武家としては自分が上のような態度をとったことが原因ではないかと、康彦は想う。これは、幕府としては許しがたかった。要するに、義経は、幕府の意味をしらなかったために、大義のため滅ぼされたと、考えられる。

 8月14日、この確執は朝廷の後白河法皇に隙を与え、頼朝の対抗馬とし、同(1185)年10月18日に義経の要請に応じて頼朝追討の宣旨を発した。29日、これに抗し頼朝自ら義経討伐の大軍を率い、駿河を経て京に上った。

 11月、義経追討の院宣を出させるとともに、これを名目に守護,地頭の設置を公認させて幕府開設の基礎を築いた。

 文治5(1189)年4月30日に奥州平泉に匿われていた義経が地元の豪族・藤原泰衡に討ち取られたあとも執拗に奥州にその権勢をちらつかせ、9月18日、義経を匿った罪で泰衡らを追討し、一族を滅ぼしている。

 建久元(1190)年11月9日、上洛して後鳥羽上皇,後白河法皇に謁見し、権大納言に就任する。更に24日、右近衛大将に就任する。しかし朝廷の侍大将ではないことを示す為、12月4日には両職を辞任し、年末には京を離れ鎌倉に帰った。

 建久3(1192)年、3月13日に後白河法皇が薨去したあと、7月12日に征夷大将軍になる。9年12月27日、相模川にかけられた橋の新造供養に出席した帰途、落馬して病む。
 
 翌10年1月11日、急病のため出家したが、2日後の13日に逝去。享年53歳。武士の統率や朝廷との折衝など、卓越した政治力を持ち、実質的な武家政権の基礎を作った第一人者であった。

 しかしながら頼朝自身が非情な現実主義の傾向があったことも重なり、幕府創立までの経過において多数の功臣を自らの手で葬ってきたために、その死後に幕府内部の抗争を産みだし、やがて権勢を北条氏に奪われるという結果を招いているようだ。

 この事跡をみて、康彦は、頼朝に葬られた多くの人々の残念を感じている。幕府の威厳を示すためと、義経の幕府の意義への無知による独断専行とは言え、義経主従や匿ったものへの仕打は酷いものである。やった本人にも当然慙愧の念が残っていると想う。

 そろそろこの想念も消えていくように祈りたい。


 (4)頼朝の浮気
 
 時は1182年初秋、日本史上空前の夫婦喧嘩が勃発する。夫源頼朝35歳、妻政子26歳。原因は妻の妊娠中の夫の不倫だという。

 吾妻鏡によると、夫の不倫を知って、愛人の隠れ家を叩き壊させたというのである。猛烈で派手な行動である。おかげで、妻の政子は嫉妬深い猛女として歴史にさん然と輝く存在となり、そのイメージが現在一般的に信じられているらしい。実は、これは大間違いなのだ。

 政子は嫉妬深い女であれば、頼朝に言えばいい話である。家を壊したと言うところ、真相は潜んでいると、康彦は想う。 

 それには、北条の側の婚姻感を知る必要があるようだ。政子は伊豆の小豪族北条氏の娘であり、ぐんと庶民的なこの階層の人々は、基本的に一夫一妻制だったらしい。しかもこの武士社会では女性も相続権を持つ分配相続を原則としたので、その結婚は嫁ぐというより、夫の資産と妻の資産の合併による一家の創設という趣が強かったらしい。

 俄然、女性も主体的に行動し、夫が死ねば、後家となった妻が一家の切り盛りをする。夫婦はいわば対等な共同経営者だったらしい。

 となれば、夫が愛人を囲う程度なら許せても、自分と同等の妻を作るような行為は絶対に許されないのである。それでは共同経営が崩れ、一家が成立しなくなるのだ。つまり北条としてみれば、愛人は問題ないが、頼朝の妻は正妻一人でなければならないのであろう。

 このことから、北条の側は当然のことをしたまでであり、政子は嫉妬深い猛女などではないのである。まして、政子が命じたという証拠もない。

 康彦の意見を更に追加しよう。この結婚は、駆け落ちであるが、時政は許していたものであり、時政はこの二人を利用して、北条の地位向上を計ったものである。その意味でも、あくまでも、北条のしきたりにして従わせたのだと想う。頼朝の周りの堀は、すべて北条で埋められていたと、康彦は感じている。


 (5)政子の戦い、そして、政子のこと

 さて、北条のしきたりからみれば、政子にとって、鎌倉幕府は夫、源頼朝ともにつくりあげた家であったのであろう。その家を守るために、政子は必死に苦心した。その結果が、2人の息子(源頼家、源実朝)の死になってしまった。それは、あまりにも大きな犠牲であったといえる。

 しかも、その暗殺の背後には、父の北条時政がいた。時政の最初からの目論見どうりになっていったのだと、康彦は想う。この時、時政にとっては、政子は頼朝そのものであり、自分の娘という感覚を捨てていたと想う。だから、頼朝と政子の子供を亡き者にするのもできたのだろう。

 一方、承久の乱での北条政子の言葉には、源頼朝とともにつくりあげ、2人の息子までも犠牲にしたこの幕府をこわしてはならないと言う決心を感じることができる。

 承久の乱の時に、御家人に向かって送った、政子の檄文は、「恩賞をあたえたり、領地を守ってくれたのは、今はなき頼朝公ではないか。朝廷は北条氏を討てというが、頼朝殿の御恩を忘れていない者は、心をひとつにして戦いなさい。」と言うものだったらしい。
 
そして、戦いに勝ち、執権による鎌倉幕府の安定をつくりあげたのは、北条政子の業績であろう。しかし、康彦は政子の本質は、地位や権威に拘る女性ではなかったと想う。

 この事態になったのは、政子が歴史を創った女性であり、その強烈な個性が当時の武士達を魅了したからであろうが、あくまでも、世の平和のためと、頼朝の遺志をついでいたのだと、康彦は感じている。

 21才の若い時に頼朝に一目惚れし、平氏の力を恐れる周囲や父親の反対を押し切って、嵐の中を夜通し山越えをしてまで頼朝のもとへ走る情熱はすごい。

 そして、その真情にほだされる父親に頼朝を認めさせた力量も以後の彼女の政治家としての才能を認めさせてくれるものだろう。

 ただ、この二人の家とも言える鎌倉幕府は、子供に恵まれず、また暗殺等によって家系が途絶え、北条氏による執権政治になっていく。これは、二人にとって、大きな残念だろう。

 二人の平和への努力の成果は歴史に燦然と輝いていると想う。

 頼朝と政子の主導のもとに行われた戦いでも、多くの人たちが亡くなっていると想われ、彼らの残念を理解することができてよかったと、康彦は想う。
L003

  第三話 新田義貞

(1)生い立ち

 康彦は、鎌倉の稲村ヶ崎の景色が好きで、何回も写真撮影にでかけている。ここが、新田義貞で有名な土地であることも知っていた。そこで、源頼朝と北条政子の築いた鎌倉幕府が、北条氏による執権政治に乗っ取られ、後々、この幕府を倒す新田義貞の業績を返り見ながら、彼の残念を拾いだしてみたいと想う。

 鎌倉幕府というのは江戸幕府とは根本的に性質が違ったものだった。江戸幕府は徳川氏の政権で強力な権力があったが、鎌倉幕府は源頼朝の政権ではなく、また権力というようなものは持っていなかった。

 何故、幕府なのか?

 実は、平安王朝は奴隷制に近いもので、貴族、寺社以外の人々は私有地を認められず、強制的に土地を割り当てられ、強制的に搾取されていた。政治という概念が根本的に欠如していた時代で、国司たちは上の官職に上るために必要な賄賂の財源のために、農民から税を絞れるだけ搾り取っていたらしい。

 これに耐えかねた人たちが、はるか東国、開墾地が沢山ある関東まで逃げていく。しかし、ここにも国主から搾取の手がのび、これに対抗するため農民達が武器を持って立ち上がり、武士になっていった。

 その後いろいろとあって、彼らは毛並みのいい源氏の棟梁である頼朝に、中央政府に対抗できる武士政権の代表者になってもらおうと考えた。頭が良い頼朝は、彼らが自分に何を求めているか判って、武士の権利を守る立場を貫く。

 つまり、功績のあった者には今の所領を幕府が責任を持って、その者に所有を認める。これ以後、彼が土地問題で朝廷ともめても、幕府が間に立って、彼らの権利を守ってくれる。また、武士同士の所領争いの場合、お互いの意見をよく聞き、公平に裁判をした。これが鎌倉幕府の意義だった。つまり、鎌倉幕府の仕事は、天皇の業務と裁判所の業務のふたつであった。
 
 頼朝に戻るが、この武家の棟梁は一人でよいのであって、この地位からみて、別物の義経は無用の邪魔者であったのであろう。
    
 頼朝の死後,幕府の実権は頼朝の妻政子と,その父の北条時政の手にうつった。第3代将軍源実朝が暗殺されて源氏の将軍が絶えると,名ばかりの将軍を京都からむかえ,執権政治を行った。執権は将軍を助けて政治を行う役職で,北条氏は代々執権として政治を独占した。

 そこで、後鳥羽上皇が幕府を倒そうとしておこした1221年の承久の乱は政子の力で幕府側の大勝利となり、以後、朝廷の力はおとろえ、幕府の力は全国にのびていったものである。

 しかし、13世紀後半、元の大軍が北九州をおそった元寇を境に幕府の勢いはおとろえていき、1333年に後醍醐天皇らによってほろぼされることになるのである。
  
 さて、ここで話になる新田義貞と足利尊氏は、祖が同じだった。両氏の運命を分けるきっかけは、平氏政権の動揺と源頼朝の挙兵であった。 足利義兼は、いちはやく頼朝のもとに馳せ参じ、鎌倉武家政権のなかで高い地位を得た。一方、新田義重が頼朝の御家人となったのは形勢が明らかとなった後であり、新田義重は頼朝に遠ざけられたらしい。以後、足利は栄え、新田は凋落していく。

 さて、時は過ぎて、足利氏の力が大きくなると幕府から睨まれ出した。足利尊氏は幕府に従い、人質をだす振りをしつつ、後醍醐天皇に帰順する。後醍醐天皇は、討幕を命ずる綸旨を下し、尊氏は何食わぬ顔で行軍を続けて京都に入る。その後、更に軍勢を集め、六波羅探題を潰してしまう。

 さて、新田氏のことである。この家はどうも跡取が政治下手で、義貞の時には土地を売り食いするほど生活にも困っていたらしい。

 北条氏の圧力に抗し頽勢を挽回するためには通常の手段では不可能であることを、義貞は知っていた。だからといって実力行使に出ても、全く勝ち目はない。弱小御家人に過ぎない義貞にとって、幕府を敵に回して勝算ある戦をするなど、夢に過ぎなかった。しかし、荒れ狂う時代の流れは、義貞に思い掛けない契機をもたらした。

 幕府は相次ぐ反乱に備える為、関東六カ国から軍勢を集め、また近隣から兵糧を徴収することとした。新田荘にも役人がやってきた。それにたまりかねて、義貞は役人を捕まえて処刑してしまう。そして、軍勢を集めた。これに怒り幕府は新田荘を寺に寄進してしまう。これで、新田氏の所領は没収された。

 この地の守護が軍勢を集めたが、義貞軍の多さに敵わず、鎌倉に逃げる。義貞の軍勢は、更に越後新田氏、甲斐源氏を併せ、軍配を一旋し、多勢を駆って南下を開始した。一方、幕府も急ぎ軍勢を召集した。北条高時の弟である泰家に一万騎をつけ、新田軍追討に向かわせたのである。
  
 新田軍は、鎌倉街道を脇目も振らず南進した。この頃、足利千寿王(尊氏の嫡子・後の義詮)が新田軍に合流した。

 新田義貞率いる官軍が幕府軍に遭遇したのは、多摩川の北・分配河原であった。北条泰家は「幼児を奉じた弱小御家人相手に何ほどのことがあろう」とたかをくくっていたが、新田軍は途中で味方を糾合して一万数千騎に達し、幕府軍に匹敵する大軍となっていたのである。泰家は、事態の容易ならざるを知った。

 戦い初日は、幕府軍に利が見えた。ところが、負けたはずの新田軍に味方する武士は引きも切らず、かえってその数を増した。決定的だったのは、相模国御家人である大多和氏一党の離反であった。そして、翌日の戦いは、新田軍の完全勝利で、北条泰家は鎌倉に逃げ帰った。


(2)稲村ケ崎

 義貞の鎌倉攻めは化粧坂口、巨福呂坂口、極楽寺坂口と考えたようだが、最初のふたつは守りが堅固だった。極楽寺の突破も厳しかった。これに対し、稲村ケ崎の波打ち際の道は、狭いながらも防御工事は急ごしらえの物であった。水軍の存在や道の狭さという問題もあるが、干潮時を狙って総攻撃をかければ、いくぶん緩和されると思われた。

 稲村ケ崎を突破した新田軍の一手は、極楽寺坂の幕府軍を背後から急襲し、これを壊滅せしめた。新田軍の放った火は浜風に煽られて巻き上げられて大炎の車輪と化し、鎌倉の街を焼き尽くしながら荒れ狂った。北条高時は、先祖の功績が灰となるのを見ながら、一族郎等と残った手勢を連れて滑川を東に渡って、東勝寺に入った。そして、自害して果て、数百名がこれに続いたという。しかし、北条氏の残党は日本中に存在したままである。

 鎌倉幕府の滅亡は五月二十二日のことであったという。この時の評価は、足利尊氏が取ってしまい、義貞の方にはなにもなかったようだ。そして、足利尊氏は、室町幕府を開き、初代将軍になる。

 私は、領地も何もかも失ってしまった北条の一御家人であった新田義貞が、とても敵うはずもない鎌倉幕府を打ち倒した歴史的な戦いであること、そして、この勝利の原因が、北条氏に世話になっていたものたちが、私利私欲で簡単に裏切るという人間の浅ましさによると認識して、唖然とせざるをえなかった。

 この浅ましさの現出が、ここからの南北朝の戦乱への伏線になっているようだ。尊氏が京都に光明天皇を擁立し、後醍醐天皇が吉野に移って、南北朝廷対立の時代になる。この時期、双方に猛烈に沢山の死者がでていると想われる。戦いに借り出されて死んだものたちの残念が満ち溢れていると想われる。この戦いの一部始終を書く気は、私にはない。

 しかし、義貞の最後は書いておくことにする。

 中央の政争から完全に失脚した感のある新田義貞に対して、足利尊氏はそれでも追手の力を弱めようとはしなかった。新田義貞の首を取るまでは、真の将軍にはなれないと強く信じたと想う。それほどに新田義貞の底力を恐れていたと想う。

 新田義貞軍絶滅作戦として、尊氏は2万騎にも及ぶ大軍を編成し金ヶ崎城へと向かわせた。あまりもの大軍来襲の報に、地元の豪族達はおどろいたという。彼らにとって事は新田義貞の首の問題ではない。身の危険が大であった。しかも金ヶ崎城に篭るは勇将新田義貞と、城よりとどけられた綸旨より、後醍醐天皇より譲位された新皇であればなおさらである。

 ついに金ヶ崎城の北方、杣山城の城主、瓜生保が、新田義貞の呼掛けに応じ立ち上がりました。しかし、善戦むなしく足利の大軍相手に、数の上の差で破れ、ついに金ヶ崎城は足利軍により包囲されてしまった。

 最後の時が来たことを悟り、観念した新田義貞に、生きて宿敵足利尊氏を必ずや倒して欲しいと懇願する家臣たちの悲痛な叫びがむなしく響いたかもしれない。1337年3月5日、夜隠に乗じて城を脱出した新田義貞、脇屋義助兄弟は、供もなく、一路、杣山城を目指した。こころざしを供にし、新田庄を立った時から、常に彼と供にあった者達を見殺しにしての敗走は新田義貞にとって、自害よりも辛い選択であったと想われる。

 翌日、杣山城に到着した新田義貞に金ヶ崎城陥落の知らせが届いた。嫡子新田義顕自害(20歳)、城主気比氏治自害、尊良親王自害(25歳)、里見時義自害、恒良新皇捕縛という惨嘆たる結末に、新田義貞は悲嘆にくれたことだろう。

 思えば、新田庄より鎌倉へ向かった時の新田一族の同志は、ことごとく果て、もはや義貞義助兄弟のみである。新田義貞は挙兵当初の初心を思いだしたかもしれない。わずかな手勢で、あの強大な幕府を倒そうと決意したときの情熱はすごかった。

 そして、最初からやり直してみようと考えたのではなかろうか。義貞は杣山城に隠れるように潜み、各地の同志を募ることに専念したようだ。


(3)雄姿ふたたび

 そして、1338年の春。越前の草原に、新田義貞の雄姿が再びよみがえる。破竹の進撃は、あの関東平原で諸国の豪族を魅了した源氏の頭領の姿だった。国府城を占拠し、足羽、藤島の平原を掌握し越前地方の中心地の大半をわずかな期間で平定した。

 時に中央では、北畠顕信率いる奥羽軍が再び京へ向かって進軍しており、男山八幡にて京をうかがう構えをしていた。新田義貞の手元に久しぶりの吉野に篭る後醍醐よりの書状が届いた。奥羽軍に対し援軍せよというものだった。

 やむなく、脇屋義助に軍勢の半数を持たせ京都へむけ進発させたが、脇屋義助軍が敦賀にさしかかったころ、男山八幡の奥羽軍残敗の知らせが入り、脇屋軍は、空しく引き返した。

 一方、新田義貞は北方の小黒丸城を攻撃中だった。小黒丸城には国府城より逃走した足利方の地元守護、斯波高経が潜伏しており、復活したばかりの新生新田軍が、越前を平定するには絶対に倒さなければならない相手であり、全軍を挙げて攻撃していたのだ。

 小黒丸城外周には、いくつかの城砦があり、まずはそのひとつの藤島砦を攻撃していたが、戦局がなかなか開けず、新田義貞自ら出陣し指揮をとるべく手勢で藤島砦へと向かう。

 そこへ折り悪く、小黒丸城より藤島砦へ向かう細川出羽守孝基率いる300騎の軍勢とまともに鉢合せしてしまった。小雨ふる灯明寺畷のぬかるみに足を取られながらも、必死に大将を逃がそうと戦う家臣たちの頭上を矢が飛び新田義貞の乗る馬に当った。

 泥田に頭から落ちた義貞が起き上がろうとしたその時、無残にも一本の矢がその眉間を貫き義貞は、静かにその場に崩れるように倒れた。1338年閏7月2日。享年37歳。
 
 上野国新田荘は生品神社の杜に挙兵してより5年。幾多の絶対絶命のピンチを乗り越えてカリスマ的人気で各地の豪族から慕われた風雲児の、それは、あまりにもあっけない最後だった。

 義貞戦死の報を確認して、尊氏は征夷大将軍の位を光明天皇から受けたという。

 後醍醐のもと、建武の親政に協力し活躍した武将も公家も、いまはほとんど他界した。楠木正成、千種忠顕、名和長年、そして今、新田義貞、北畠顕家が倒れ、すでに足利尊氏と互角に戦える者は、いなくなっていました。

 しかし、これからも南北朝の動乱は続いていくのである。

 何にも無くなってから、本当に自分に目覚めた義貞、新田荘の奴隷のような人々のために、延いては、国中の人々のために、北条執権政治の悪に立ち向かった、その姿勢には感動するものがある。

 そんな彼だからこそ、次のような伝説ができたのだろう。

 「新田義貞が兵を起こして笠懸野に向かった時は、僅かに百五十騎でしたが忽ちにして甲斐、信濃、越後をはじめ上野、下野、上総、常陸、武蔵の兵たちが馳せ参じて二十万余りとなりました。北條高時は驚いて義貞を討つように兵を向かわせましたが、義貞は反って高時の大軍を敗り大勝利となりました。

 義貞は、兵を三方に分けて鎌倉に攻め進みました。時に1333年(元弘三年)五月夜半を利用して自ら二万余騎を率いて極楽寺に至り敵陣を見ると山は嶮しく、南は稲村ヶ崎の狭い道に逆茂木(枝の先端をすべて鋭く尖らせた木)を張り海には舟を浮かべて、備えは実に堅固な有様です。

 義貞は馬を下り、兜を脱いで海に向かい「義貞の此の度の義兵を聞こし召し給いて潮の引くように」と龍神に祈願を込め『黄金の太刀』を海中に投げ入れました。するとたちまち潮がひき稲村ヶ崎附近、二十丁は砂浜となり、兵船は引く潮に誘われて遥か沖に流されてしまいました。そこで義貞の軍は一挙に進撃して鎌倉を陥れました。鎌倉幕府は遂に滅ぼされてしまったのです。」 

新田義貞と勾当内侍について

 この義貞物語に女性の影が見えなくて、義貞と勾当内侍に申し訳ないので、康彦がここに追記する。

「後に新田義貞の妻となった勾当内侍という女性がいた。この人は、後醍醐天皇に仕えた女官であった。和歌の名手として伝えられている。

 秋の一夜、勾当内侍は簾を半ば巻きあげて琴を弾く。新田義貞はその音に魅了された。そして、のぞき見て勾当内侍の姿にも心を奪われる。

 そこで新田義貞は意を決し、人伝いに勾当内侍へ歌を贈ったという。しかし、勾当内侍は後醍醐天皇をはばかり歌を手に取ろうともしなかったという。

 義貞は思い悩む。後醍醐天皇がこの噂を耳にし、義貞と勾当内侍の仲をとりもってくれた。

 そして、三年も経たず世はまた動乱となる。足利尊氏と新田義貞はライバル同士である。二人の間の戦いは、足利軍と後醍醐軍との争いとなり、京都は足利軍に制圧され、 義貞は北国に逃がれる。

 勾省内侍は都に近い琵琶湖畔の漁師小屋に身をひそめて、迎えを待ったという。三年の月日が経ち、ひたすら待ちに待った便が来た。

 旅を急いでその土地に着くと、義貞は転戦して、そこにはいない。一日の差で彼女は生きた義貞と逢うことが出来なかった。京へ帰った彼女は、仁和寺のほとりに隠れる。

 忍んで、都へでると、すでに越前藤島で戦死し、三条河原でさらし首になっている夫の首を見る。勾当内侍はその首をもち帰り、髪をおろして尼となったという。嵯峨野の奥、往生院あたりの柴の庵にて、義貞の菩提を弔ったという。」

 この女性も辛い人生だったのだろうから、残念が残ったろうに....

(新田義貞おわり)
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 第四話 菅原道真

(1)生い立ち

 天応元年(781)に土師氏から、菅原氏に改姓する。菅原氏の開祖は、古人という。土師氏、四氏族の仕事は埴輪師であり、墳墓による土葬の仕事をしていたらしい。

 現在、古墳と言う名で呼ばれている巨大な墳墓が次々と造営されていた時代には、葬送の行事は朝廷や貴族の威信をかけた壮大な土木工事だった。およそ吉や凶と云う観念の枠からはみでるような、膨大な人員と物量を動員する晴れの事業であった。

 ところが、仏教の受容により一部の階層の火葬の開始により、土師氏が面目を発揮した舞台は、急速に消滅し始めた。
 
 土師氏からの離脱の先頭に立ち、新しく菅原氏の開祖となった古人は、官位は五位下に留まったが、桓武天皇の侍読、言ってみれば講師として、名高かったという。恐らく彼の脳裏には、土師氏の辿った歴史が十分に意識されていたのだろう。

 古人が学問に心を傾けたのは、ここに理由があったと推察できる。菅原氏はその当初から学問の家として出発し、そのことに氏族の再生を賭けていたと云えよう。

 古人の四男で道真の祖父に当たる清公は、後に従三位文章博士まで進み、公卿に列せられた。奈良時代の土師氏からは、想像も出来ない破格の出世である。

 清公の死去についてかかれた続日本紀の略伝によれば、父の古人は立派だったが家に余財なく、諸児は寒苦のうちに勉学に励んだと記されているという。古人は自ら創始した菅原氏の将来を四児の学問に託し、そのうち清公が見事にこれに応えたのだった。

 平安初期と云う時期は、土師氏が祖業と訣別し、改姓によって頽勢の挽回を図ったことが示すように、律令が整備されて百年の歳月が経過し、旧来の氏族の体制は完全に過去のものとなったのである。

 大陸の文物をより多く吸収し、学問を修めたものが体制内において優位に立ち得ると云う、ある種の流動現象が貴族社会の内部には確実に存在した。清公はそうした時代の体現者の一人と云える。

 そして清公に四子あり、三子の善主と四子の是善が優れていたが、清公の衣鉢は是善が次ぐことになり、道真はその三子である。 

 是善は父に似て幼少より聡明で、十一歳のとき殿上に召され、嵯峨天皇の前において書を読んだという。以後、父の跡を追うように累進して文章博士、春宮学士となり、諸官を歴任し、六十一歳で参議に任じ、最後は従三位となった。

 是善は父清公の任じなかった参議となり、父よりは政治の実務と深く関わっていく。そして、こうした父と祖父を持って菅原の家に生を受けた道真は、生涯歩むべき道は最初から定まっていたといえるかもしれない。
 
 道真の生誕は祖父清公の死後三年を経た承和十二年(845)、父是善三十四歳のときである。二人の兄は名も伝わらず、事績も判らない。元慶五年の道真の詩に「我に父母なく、兄弟なし」とあり、早く死去したらしい。

 道真の幼時は病弱で、母親が観音に祈誓して、漸く一命を取り留めたことがあったらしく、貞観十四年母親は死に臨んで、道真に給料の一部を当てて、自分の立てた観音像造立の願を果たすよう遺言したと云いう。
 
 道真の祖父清公が、自分の書斎に続く廊下をつかって門人の講学の所としたことから、清公以来の菅原氏の私塾は「菅家廊下」と呼ばれていた。道真は清公、是善と続いた菅家廊下の継嗣として、初学のときから重大な責任を負わされたらしい。このことが、道真の生涯を決定する重要な因子の一つになったと想う。
 
 菅家文草は昌泰三年に道真がその絶頂期に、自身の詩文を編集したものであるが、それに拠ると、元服した十五歳のときから策試に合格した年までに、随分多くの人のために仏事法会の願文や朝廷に提出する文の代作をしたと書いている。

 この種の文章は、能文の人に依嘱するのが通例であり、道真が策試に合格する以前、若年にも拘わらず、学力と文才は多くの人の認めるところであったことが察っせられる。内容からいって儒教だけでなく、仏教にも教養の深かったことを示しているという。

 策試に及第した道真は、内記として天皇の近くにて、詔勅の案文を起草する役についたが、これは抜群の文章力を要求されたものである。この時期には特に渤海国との往来が頻繁で、たびたび使者が来朝した。そのようなときの外交文書の起草は大役であり、菅原是善を始め有名な学者は皆この任に就いている。

 道真も貞観十四年の渤海国使の来朝に応接しているが、同十六年には従五位となって兵部少輔に転じた。その後、式部少輔となり、そして文章博士を兼ねることになった。
  
 律令時代には官吏の成績は四年又は六年で審査し、位を上げ、職務を移すのが原則になっていた。道真の場合も、何時までも式部少輔・文章博士の地位に止まることは出来なかった。そして突然、讃岐守に任じられ、他の任務は兼務できなくなった。

 他にも例のあることではあったが、しかし、道真のように父祖代々の学者で、若いときから中央において重きをなしていたものが、博士の任十年で地方に転出したのは、可成り唐突な人事であり、道真自身も意外に感じ,精神的打撃を受けたかもしれない。
 
 道真は讃岐守に任命されたとき,赴任に先立って宮中での宴に出た。太政大臣藤原基経は道真の前に立って「明朝の風景、何人にか属す」と吟じ、道真に唱和させようとしたという。

 しかし、道真は心神迷乱したのか、僅か一声を発しただけで嗚咽してしまったと記録されているという。

 心神迷乱はないだろうし、嗚咽もしないはずだ。地方に飛ばされるのは悔しいが、気持はすぐに切り替えできる男だし、県知事の勉強をすればいいのだから。

 そして帰宅してからも終夜眠れなかったと述懐したという。道真は喜んで任地に赴いたのではなかったと書かれているらしい。

 これもあの左遷のあとで付加えたものだろうと、康彦は感じている。

 文章院北堂においての餞別の宴での詩に「分憂は祖業にあらず」と吟じ、国名を名乗る仕事は父祖の業でないと言っていると書かれているという。

 これは、馬鹿みたいな話で、仕事は何でも貴賎はないことぐらい、道真は認識していたと、康彦はこの話も否定しておこう。

 しかし、その任に就いた以上は、忠実にその職責を果たしたという。

 そんなこと、道真には当たり前のことであると、康彦は想う。
 
 讃岐の地において、民政の実態に触れながら、遠く中央政界を見ると、それまでの自分と一門の在り方について考えなかった筈はないだろうし、必然的にそれは父祖伝来の学者文人の枠を越え、政治家としての意識を磨き上げる方に機能したのだろうと、康彦は想う。


(2)政治家 道真

 後に延喜の聖王と呼ばれた醍醐天皇は、宇多天皇の第一皇子である。宇多天皇が譲位に当たって醍醐天皇に与えた寛平御遺誡に拠ると、宇多天皇は寛平五年(893)醍醐天皇を皇子に立てたとき、道真一人だけに相談し決定したとあるらしい。これは道真に対する宇多天皇の信任の厚さもさることながら、背後に複雑な政治情勢があったためだとされている。
  
 これより昔、陽成天皇が藤原基経の術策によって廃され、陽成天皇の大叔父に当たる光孝天皇が即位した。そのとき基経の処遇を定める資料として、所道の博士等に太政大臣の職掌についての意見を聞いたことがあった。当時、文章博士の道真は職員令義解を引用して、太政大臣は天皇の師に相応しい人物を任ずると云うだけで、特定の職掌はないとの正論を述べた。これは実は天皇の意に反するものであったらしい。
 
 太政大臣基経の推戴によって、図らずも皇位に就いた天皇は、基経に大政を委ねようと考えていたので、道真以外の博士等の曖昧な答申を採用し、後の関白に当たる権限を基経に与えたという。

 道真が仁和二年式部少輔、文章博士から讃岐守に転出した背後に、この直言が後を引いていたと観られているらしい。

 これは事実だろう。しかし、そんなことで、潰れる道真ではないと、康彦は想う。

 道真が讃岐に赴任した翌年八月、光孝天皇は病が重くなり、基経の計らいにより臣籍に降下していた第七皇子定省を親王に復し、皇太子とし、天皇崩御によって即位したのが、この宇多天皇だったのだ。

 その後、基経に「万機巨細関り白せ」との詔が発せられて、これが関白の初めとなった。
 
 この詔が発せられ、翌月当時の慣例により基経が辞退をすると、それに応えて重ねて就任を求めた勅書の中に,「宜しく阿衡の任を以て卿の任となすべし」との表現のあったところから、有名な阿衡の紛議が起る。阿衡の任とは中国の官名で、それが位のみあって職掌がないと云うことから、基経は自邸に篭もって政務を渋滞させ、勅書の執筆者文章博士橘広相の処罰を求めた。

 一度は辞退するなんて、馬鹿なことをしているものだと、康彦は想う。似たようなことが今の世にも多いが。

 このとき讃岐にいた道真は、父是善の門下であった橘広相が渦中の人であったことから、この紛議に深い関心を持ち、遂に意を決して京に戻り、基経に長文の意見書を提出したものである。

 学者・文人としての広相の立場を擁護して、併せて紛議を延引さすのは藤原氏のために良くないと云う、堂々たる内容の発言だったらしい。

 こうした道真公の行動と立論は、基経は素より宇多天皇にとっても印象深いものがあったと想われる。寛平二年の春、道真公は讃岐守の任を終えて帰京した。翌年正月基経が死去すると、翌月道真は蔵人頭に任じ、宇多天皇に近侍することになった。このことは、宇多天皇の道真に対する期待が当初から大きかったことを窺わせる。
 
 宇多天皇にとっては、藤原氏よりも、天皇を取り巻く諸親王の方が、遥かに政治的な警戒を要したらしい。詳細は省くが、宇多天皇の後ろ盾であった橘広相が死去し、さらに基経が死去するとその翌日に、宇多天皇が内裏の外の雅院から内裏の清涼殿に移ったのは、自ら政治に当たろうとする決意の表明であったのであろうし、その直後になされた道真の蔵人頭への登用は、明らかにそのための布石の一つと観られている。
  
 道真は従四位下になり、左京大夫を兼ね、さにら参議に任じて式部大輔を兼ね、続いて左大弁に転じ、敦仁親王(後の醍醐天皇)立太子に当たって春宮亮を兼ねた時期である。

 このとき、左大臣源融、右大臣藤原良世、大納言源能有、同光、中納言藤原時平以下、多くの参議がいた。宇多天皇はこれらのものとは相談せず、参議になったばかりの道真一人に諮って事を決した。これについて、先に入内した基経の女温子が皇子を産む以前、若年の時平が権勢を獲得する以前にと云う対藤原氏の配慮があったと観られているようだ。

 しかも宇多天皇には一段と慎重な配慮を要する多くの親王や、皇族出身の賜姓源氏が周囲にはいた。敦仁親王は第一皇子でしたが宇多天皇が臣籍にあった時代に生まれ、かつては源維城と云う名だった。

 こうした状況の中においては、学者・文人出身の官僚として何れの側にも属さず、剛直な道真だけが機密のことを諮問できる人物であった。天皇はこの道真に諮って、皇位継承問題がこじれて表面化する以前に、事を決着させたのだといわれている。
 
 その後、道真は従三位中納言になる。ときに五十一歳、父祖も三位まで昇ったが中納言に任じたことはなく、ここから父祖を越える栄進が始まる。やがて権大納言に任じて右大将を兼ね、同じときに藤原時平は大納言兼左大将に任じ、時平と道真公が並んで群臣の上首に立つ形が始まったのだった。

 そして宇多天皇は敦仁親王に譲位して醍醐天皇の時代となる。このとき時平と道真は並んで正三位となり、その頃、宇多天皇が譲位のとき、新帝への上奏と勅命の旨達は全て時平・道真両人を経るようにと命じたことを楯にとって、権大納言源光以下の納言が政務を放棄する事件が起きる。これは宇多上皇の真意釈明によって収まったらしいが,藤原氏嫡流の時平はともかく、道真公の異例の栄進に対する反発は、次第に形をとりはじめたらしい。
 
 昌泰二年二月時平は左大臣兼左大将、道真公は右大臣兼右大将に任じ、翌月道真の嫡室島田宣来子は五十歳の賀に従五位下を授けられて東五条の自邸に勅使を迎え、宇多上皇も行幸した。

 この頃が道真の絶頂である。
 
 明くる昌泰四年正月七日、時平と道真は共に従二位に進んだが、その月の二十五日、道真は突如として太宰権帥に左遷される。政治要略に伝えられるという、そのときの宣命に拠れば、「寒門より取り立てられて大臣になったのに知足の分を知らず、専権の心を以て前上皇を欺き、廃立を行って父子の慈を離間し、兄弟の愛を破ろうとする」とあるという。

 道真には青天の霹靂だったろうと、康彦は想う。


(3)哀れ 道真

 父子とは宇多先帝と醍醐天皇で,兄弟とは醍醐天皇と皇弟斉世親王を指しているという。道真の女が斉世親王の室になっているところから、親王の即位を図ったと云うもので、破局は急転直下、道真の身を襲うことになった。

 蔵人頭に起用されてから道真の果たした役目は、藤原氏の主流を後ろ盾にしながら、有力な皇親、賜姓源氏の反発を抑えようとする宇多天皇の政略の遂行だったと観られている。彼等の天皇に対する不満が道真に転嫁され、道真一人が悪者にされる傾向は、その立身の当初からあったのであろう

 宇多上皇の信頼が増幅するにつれ、事態は次第に変化していく。道真の女子三人のうち、一人は宇多天皇の女御であり、一人は後宮の女官である尚侍となり、もう一人は皇弟斉世親王の室となって後の源英明を産んでいる。これはどのような理由であれ、道真が儒門の出でありながら藤原氏主流の真似をしているとも、いわれたらしい。

 これは、道真、ちょっと権力に近づき、慣れすぎたかもしれないと、康彦は想う。
 
 醍醐天皇を擁して政権を握る時平にとり、道真は良き協力者であるどころか、反対に排除すべき最大の政敵に転化したのである。

 そして、道真は宇多法皇の信頼が幾ら大きくても、有力な皇親・賜姓源氏に加えて、時平と云う藤原氏の主流を敵に廻したときから、道真の破局は急速に訪れたと観られている。
 
 道真左遷の報を聞いた宇多法皇は、直ちに内裏に赴いたが警固がいて通さなかったという。

 道真の左遷が確実な証拠に基づく処断であったなら,宇多法皇と醍醐天皇の対面をこれ程強引に遮断することはなかったではなかろうかと、康彦は想う。

 時平側がいろんな状況証拠の下で、疑心暗鬼を重ねて、醍醐天皇の最終決断を引き出したのではないかと推定されているようだ。

 康彦は、ちょっとお人よしの道真が、宇多天皇に徹底的に利用された結果であると想っている。学問で進めば、参議がいいとろだろうに、右大臣とは、あまりにも高い俗の地位を甘受してしまったために、政治という権力闘争の中で、宇多天皇という梯子をはずされたのだと想う。

 太宰府の配所へは,道真公は年少の男女だけを伴い,妻室と年長の女子は京に留まった。成人した男の子達はみなあちこちに置かれたらしい。家族が五箇所に分散されたという。

 そうした宮廷広間から放逐されたとき、道真は太宰府の配所において弧絶した自分一人と対面することになった。恐らく学に志して以来、道真の全生涯において初めての体験であったであろう。

 配所における生活の当初は、早く帰京できることを念じようだが、延喜二年になる頃には、道真自身、次第に復帰を諦めるようになったという。仏事と詩作によって心を支えていたが、急速に健康を害し始め、胃を傷め、不眠の夜が続き、脚気と皮膚病にも悩まされらしい。

 延喜三年正月には病篤く、他国において死んだものは骨を故郷に帰す例があったが、自分はそれを願わないと遺言して、二月二十五日、齢五十九歳を以て生涯を終えた。
 
 さて、伝説の域を出ない話であるが、無実の罪を晴らすことも出来ないまま太宰府において死んだ道真の怨霊が、道真を貶めた政敵に祟り、多くの天地異変を起こしたとされ、北野縁起に拠れば、それは道真の死の直後から始まっているという。
 
 道真の怨霊の活躍によって政治的な利益を得たのは、時平の弟忠平でした。忠平の二男師輔も、道真公と親しかった右大臣源能有を母方の祖父に持ち、忠平、師輔の父子は道真の霊を慰め、その祭りに熱心である程時平の門流の後退を早め、政権の基礎を固めました。

 時平や醍醐天皇らの、道真への讒言とその拙速な処理をしたものたちにとっては、後ろめたい部分があったものたちに大して、道真の怨霊伝説を作りだして彼らを恐怖による健康障害に陥れたのは、道真に繋がっていたものたちの意図ではなかったかと、康彦は推測している。
 
 また、道真は、居館と定められた処から殆ど外に出ず、観世音寺の鐘声が聞こえるとか、都府楼の瓦が見えると云うような、外界から訪れる僅かな便り、音や光に全神経を集中し、そこに自らの詩心を研ぎ澄ましたようだ。

 如何に冤罪であると主張し、帰京したいと思ってみても、政敵が生きている限りは敵わないと知ったら、利巧な道真は、とうに、意識を切り替えて、詩作に没頭していたと想う。ただ、ここで、つれて行った子供を死なせているのは辛かったと想う。

 いろんな状況から、ありもしない怨霊にしたてられ、死んでからは元の官位に復帰かさせられ、政敵をみんな葬ってくれたと神に祭り上げられてしまったのは、道真の望みではないし、道真のせいでもない。

 みんな政治権力を狙ったものたちの怨霊と怨霊鎮めという作り事であり、しかも、途中から怨霊は御霊に変更され、学問の神様として奉られてしまった。

 これは菅原道真にとって、酷いしうちである。

 怨霊といえば、道真は誰に対しても、怨恨などはもっていなかったと想う。ただ、純粋に学問の人であったから、その事が認められなかったのには、がっくりであろうが、俗っぽい怨恨などは無用の育ちである。

 政敵がいなくなると、今度は一転して、神様にされた。これも、生きて聞いたら、まったく困惑の極みだろう。学問は、自ら学びとるもので、道真の能力にあやかれるものではないからだ。

 このような、神社をつくり神として祭られて、自分の名前で、無知な者たちから、お金が取られることに残念がただよっている。

 これらは、左遷された時の道真の気持を更に酷い悲しみに増幅する行為だと、康彦は想う。

 道真殿、いまや、こんな馬鹿な世の中になってしもうたよ。もう、忘れてくれたまえ。  

                     (菅原道真おわり)


L005

 第五話 桂小五郎と幾松

 (1)小五郎のこと

 小五郎は長州藩の萩城下で藩医をしていた和田昌景の子として、天保4年6月26日(1833)に生まれた。実は、和田家には、先妻の娘がいて、既に医者の男子を養子にもらっていたため、小五郎は実の子なのに、どうでもいい存在になっていたらしい。

 しかし、和田家は幸い裕福だったようで、なに不自由なく育てられた。小五郎がまだ幼い頃、隣に桂九郎兵衛という百五十石取りの老人の中士が住んでいた。この九郎兵衛という老人が病気がちで、跡継ぎもいなかったので、小五郎を桂家の仮養子として引き取ることになる。

 ところが、跡継ぎが出来たことに安心したのか、この老人はほどなく病死した。小五郎は幼くしてして九十石(百五十石から九十石に減石されたらしい)という莫大な財産に、中士という身分までを相続してしまった。これは、小五郎の人生をかえる一つ目のきっかけだろう。

 中士とは藩できめた身分制度で、上士(士中)、中士(寄合)、下士(足軽)となっていたらしい。これらの身分が一目でわかるように、服装の色で区分したらしい。紐とか襟のいろをかえたものである。こんな身分が、一夜にして小五郎のものになったのだから、小五郎は幼いために自覚はなかったとしても、実父は大変喜んだのではなかろうか。

 少年時代の小五郎は、過保護に育てられたのか、ボーっとしていて、無口で目立たない子どもだったようだ。しかし、この平凡な少年が、吉田松陰との出逢いによって、人生が180度変わってしまった。これが、彼の人生の本当の仕事だったということだろう。

 嘉永2(1849)年吉田松陰に入門したのである。当時17歳の小五郎はこの3歳年上の松蔭に大いに魅力を感じたようだ。ともかく、小五郎は、学問と剣術に励み、とくに、剣術の方では嘉永5年(1852)に江戸に遊学して、剣客斎藤弥九郎の道場に入門して、ついには、塾頭になり、免許皆伝を受けている。

 その間、学問にも大いに励み、だんだん頭角を現すようになった。さらに下田奉行与力中島三郎助に造船術を、また長州藩士手塚律蔵、美濃の人神田孝平について蘭学を修めた。

 この著しい成長は、もちろん、小五郎の努力によるが、彼の中に眠っていた才能を引き出した吉田松陰も、ただ者ではなかったと想われる。小五郎は師である松蔭から革命の情熱を受け継いだが、物の見方が冷静で深く、行動にあたっては慎重という長所をもっていた。

 しかし、考え方が現実的で柔軟性に富んでいたため、この時代の命を賭けた尊王攘夷の志士から見ると、「要領が良すぎる」「何を考えているのか分からない」と勘違いされたらしい。

 小五郎の考え方の基本は、世の中の平和と、人々の安寧を、朝廷の力によって再び取り戻そうというものであり、昔から意識的に連綿と続いてきたものであろうと、康彦は想う。

 新田義貞が敗れて、足利尊氏が朝廷を政治の場からはずしてから、この明治維新までは、朝廷は政治の中心になかったのである。また、明智光秀がその間に、朝廷の力を復活させようと配慮したが果たせず、差し当たりの太平を、徳川幕府三代目までに完成した鎖国によって確保しようとしたが、これも大きく堕落してしまい、今再び、朝廷の力を使う時代へと変えていく、再度の本能寺であったのだと、康彦は、認識している。

 小五郎の考え方が判り難かったのは、たぶん、小五郎自身が自分の意識よりも別なものに突き動かされていたことによって、生じているのではないかと、康彦は想う。


 (2)幾松のこと

 さて、後の木戸孝允(桂小五郎)の妻となる幾松は、幕末において桂の働きを助ける重要な存在であった。

 彼女は天保14年、若狭小浜藩士、木崎市兵衛の子として生まれ、名を計(かず)といったらしい。弓師浅沼忠左衛門の子であった父が木崎家の養子となり、小浜藩主酒井忠義に仕え、町奉行の祐筆をつとめていた。

 母は、小浜藩神子浦の医師細川太仲の娘で、末子といい、読み書き躾の行き届いた娘であったといわれている。市兵衛と末子には磯太郎、由次郎、計、里など四男二女あり、計は長女らしい。
 
 嘉永元年の頃、小浜藩に農民の騒ぎで奉行が罷免される事件があり、罪はないと思われる市兵衛もその際に職を辞し、行方知れずとなったという。末子は男子は親戚に預け、計と里を連れ、実家細川家を頼るが、五年後に京都加賀藩邸に仕える市兵衛の消息を知り、里だけを連れて京へ上りともに藩邸で暮らすことになる。

 市兵衛は生咲(木咲)と改名していた。細川家に残されていた計は小浜京都間の塩干魚の魚商人の助けにより独りで京へ向かい、父母のもとに無事たどり着き、一家四人で京都市中に家を借り住まい始める。

 しかしまもなく父市兵衛が病に伏し、生活苦のため、計は口減らしに、公家九条家諸太夫の次男難波恒次郎のところに養女に出された。なんとも、気の毒な話である。
 
 恒次郎は、定職も持たず放蕩三昧で、三本木の芸妓幾松を落籍して妻としており、実家に寄生するその日暮らしをしていたが、遊ぶ金が底をつくと計を三本木の芸妓にし、安政三年の春、十四歳の計に二代目幾松を名乗らせた。酷い奴がいたものだと、康彦は憤慨しているが、これも仕組みか。


 (3)小五郎と幾松の出逢い
 
 小五郎は万延元(1860)年、水戸藩の尊攘派である西丸帯刀らと丙辰丸盟約を結び尊王攘夷運動に参加、次第に高杉晋作、久坂玄瑞らと並んで尊攘派のリーダーとなっていったが、その一方で勝海舟、坂本竜馬、横井小楠ら開明派とも親交を持った。

 嘉永七年、ペリー来航以来尊皇攘夷、討幕を唱える勤皇の志士たちが京に集まり、盛んに遊里を使うようになる。緊張の解消、個人密談、密偵の目をかわすなどの点から志士にとっては遊里は都合のよい場所であり、御所に近い三本木にも多くの志士が出入りし、その中に長州の桂もいた。

 その頃幾松は、笛と舞の名手で、美しく頭もよい名妓として評判になっており、桂と会った頃にはすでに旦那もいたといわれ、桂は金と武力で奪い取ったという話もあるらしい。幕末の闘争では刀を抜いたことないという桂が、幾松を手に入れるためには刀を抜いたということで、幾松への思い入れを忍ばせるための逸話であろう。

 その出逢いは、文久元年又は二年といわれる。幾松は実家と養家の生計を担っており、落籍には多大の金がかかったが、長州の伊藤の働きがあったもようである。このとき幾松二十歳、桂は三十歳であった。木屋町御池上ルに一戸を構え桂の隠れ家としても使い、落籍後も幾松は芸妓を続け、勤皇志士のために宴席での情報収集に努めたという。なかなか気丈な女性だったと想う。


 (4)小五郎潜伏

 小五郎は開明派とも親しい人脈から尊攘激派とは一線を画し、文久3年8月18日の政変(1863)後も京都にとどまり、藩の信頼回復につとめていた。

 元治元年(1864)四月、桂は京都留守居役となり、長州藩の外交役として働くが前年の禁門の政変で長州勢力は地に落ちており、新選組にも付け狙われていた。

 六月五日の池田屋事変の折、会合定刻前に池田屋に赴いた桂はまだ同志が集まっていなかったために対馬藩邸に行き難を逃れたといわれているが。一方で、その場に居て、いち早く逃げたという話もあるとか。

 小五郎は塾頭もやった腕前だし、ここで、仲間を置いて逃げることはありえないと想われるので、その時間、池田屋にはいなかったと言うのが事実だと、康彦は想う。

 また、その頃の話として、幾松の家で晩酌中に近藤一隊がそこを訪ね、幾松が気丈にも渡り合ったという話も伝えられている。以後の彼女の仕事からみても、この話は本当の幾松の気丈さを顕していると、康彦は想う。

 元治元年七月十九日、禁門の変が勃発し、長州は形勢の挽回をはかり兵をあげるが戦いに敗れ、藩邸に火を放って京を脱出した折、桂もいったんは淀まで脱出していたが再び京に潜入し、乞食に身をやつし、二条大橋の下に潜伏した。

 幾松は、当時毛利家の御用達をしていた京都高倉竹屋町の大黒屋当主今井太郎右衛門家で握り飯を作り商家の女に扮して二条大橋の上から包みを落とし、桂へ届けていた。その桂にも危険が迫り、対馬藩邸出入りの商人広戸甚助の手引きで京を脱出し、出石に潜伏するが、桂の追跡がままならぬ幕府側は、今井家を焼き払い幾松を捕らえようとしたという。

 桂は対馬の同志に幾松の身を託し、慶応元年正月、幾松は甚助とともに対馬へ向かうが、対馬藩の情勢も悪化しており、幾松も桂の身も案じて、二月には下関に向かった。

 長州藩ではちょうど高杉晋作が挙兵したところで、桂の行方を探しており、桂に長州へ戻るよう記した手紙を幾松に託した。その後、幾松は出石へ向かう。

 桂は、その頃出石で広戸一家の助けで小さな店を借り、広戸の分家の広江孝助と称して商人になりすましていたが、四月八日、幾松の迎えで甚助と弟直蔵を伴って出石を出立し、京、大坂を経て、五月二十六日、船で馬関に着いた。

 慶応元(1865)年4月帰藩、9月29日に長州藩主毛利敬親の命により、桂小五郎は木戸貫治と改名し、後に準一、さらに維新後、孝允となる。

 幾松も松子と改め、長州藩士岡部利済の養女として入籍し、木戸と正式な夫婦となった。


 (5)出世が健康を害した?

 木戸は慶応2(1866)年正月、京都薩摩藩邸において、坂本龍馬らの斡旋で薩摩藩士小松帯刀・西郷隆盛らと倒幕の薩長連合密約を結んだ。慶応3年秋、長州藩を訪問した大久保利通、西郷らと討幕挙兵について協議した。

 王政復古後、明治元(1868)年正月、太政官に出仕して徴士となり、五箇条誓文の草案を起草し、新政府の参与となった。また秋には大久保に封建領主制の改革について説き、この構想は翌明治二(1869)年の版籍奉還となって実現した。

 明治二年正月の薩長土肥四藩主の版籍奉還建白の実現には中心的役割を演じたが、この前後、国家統一の政略として征韓論を主張した。

 その後山口の糸米に住むが、木戸は明治政府の要人となるために、明治二年七月、東京に移り住んだ。木戸は新政府の参議として外遊に出かけ、その後内閣顧問を務め、多忙な日々が続いたが、明治三(1870)年6月参議に就任、4年7月の廃藩置県の断行にも西郷隆盛とならぶ参議として重責を担った。

 この間、開明急進派のリーダーとして、漸進派の大久保としばしば意見が対立をした。4年11月より岩倉遣外使節団副使として欧米を回覧して6年7月に帰国、憲法制定を建言した。

 西郷らの征韓論(明治6年の政変)には、内治派として岩倉具視や大久保利通らと共に反対した。同7(1874)年正月、文部卿を兼任、2月の征台の役(台湾出兵)に反対して参議を辞し、宮内省出仕となり、明治天皇の側近にあって補佐した。

 同8(1875)年2月、大久保と板垣退助の間を斡旋する大阪会議を開き、将来の立憲制採用を協議して政府に復帰したが、大久保主導体制に不満を漏らすことが多く孤立しがちであったらしい。同年3月参議に復帰し、6月の第1回地方官会議の議長となり、また元老院章程草案作成に参加した。

 9年3月参議を免ぜられ内閣顧問となり、6月奥羽巡幸に供奉、8月宮内省出仕。

 10(1877)年の西南戦争には、京都の行在所にあって事変処理に当ったが、健康がすぐれず、5月「西郷よ、いいかげんにしないか」といい残して、京都で病死した。享年45歳。

 木戸は、野に合って働くのが気がらくだったと想うが、明治政府の要人になってしまったために、持たなくてもよかった悩みを沢山抱えてしまったのではないかと、康彦は同情している。健康が脳から害されてきたのは、その証拠ではないか?要人たちとの軋轢はとても辛いものだったと想う。


 木戸が亡くなると松子は直ちに剃髪し、翠香院と称し、桂の隠居場として用意していた上京区土手町に住まい、墓守として暮らしたという。そして、松子も、明治十九年、胃病を患い没したといわれる。享年四十四歳。

 墓は、京都市東山区霊山の木戸孝允の墓の傍らに作られた。同じ墓ではないのが、彼女の意地がみえて、辛いものがある。理由は、なんであったかは、幾松のみぞ、知るか。

(桂小五郎と幾松 おわり)
L006

 第六話 聖徳太子(序)

 この随筆は、今までと多少異なるものになる。

 その理由は、今までの人たちは何かしら、彼らの仕事の内容に対して、彼らの残念がこの空間に残っていると、康彦には想われたので、彼らの残念を理解してあげるために、書いてきたものであった。もちろん、この企画の最初は、康彦の通勤誌に入れた、「康彦の本能寺」であり、明智光秀の残念を理解して消すという作業から始まっているものである。

 それ以後取り上げた人々も、光秀と似たような環境で、世の戦争を停止させ、人々に平和をもたらすために、努力した人たちを取り上げてきたもので、これは、単純に選んだのではなく、最初からこの人という想いが、康彦にやってきたものである。

 だから、どちらかというと、康彦の性格に似ていて、理解しやすい人たちだった。この中では、明智光秀はかなり異質であり、彼の人生は竹やぶで終っていたら、ただの逆臣であるが、そうではなく、ずっと生きて、天海という名の坊さんになって、徳川幕府の三代の将軍に影響を与えたとする、たぶん、誰も本気ではみとめない話をするために、百歳を越えた、康彦光秀の一代記として、小説のようにしてみたものであった。

 つまり、当時の支配者たちの好都合な歴史に、既に江戸時代から一石を投じていた人々の思いも含めて、康彦が歴史に反旗を翻したものであった。

 さて、ここにきて、残念の想いが来ているのが、聖徳太子という男からである。康彦が、この男のことを書く理由は実はどこにもない。なぜかというと、今まで書いた者たちは、頼朝ですら、本当はつきたくない将軍のような、一番上の地位は要らないというものたちばかりであるからだ。

 それなのに、しつこく私の身体は痒くなる。実は表の意味の痒みは、何かを書け!と言う裏の意味を示唆していると、最近では感じている。またまた~~インチキな、と想われてもいい。事実だからだ。光秀の時から既に、この現象はおきていた。そして、書いた物が大きな認識違えをすると、痒みは頭痛に変化した。これを正しい認識の方に治すと、頭痛は消えた。これは、文章の細かいことではなく、認識の正否の判定機になっていた。

 この正否判定機は、この随筆集を書いている間も、確実にずっと働いている。もちろん、今もその通り。

 聖徳太子に残念の何があるのか?素晴らしい仕事をしたのにねえ。というのが、私の偽らざる思いであった。そして、ネットで調べてみると、あの業績は、厩戸皇子といわれた、あの聖徳太子の仕事ではない!という学者たちが現われているのを知った。この主張をしている学者たちは、実際に今まで現われてきたものごとを傍証として、明確に”厩戸の聖徳太子”から剥ぎ取っていった。そしたら、厩戸皇子は裸になってしまったらしい。

 何々? 康彦の思考は、ここで大きく方向転換した。康彦が子供の頃からもっていた疑問が頭に浮かんできた。それは、日本の歴史についてである。子供の頃に、皇紀2600年というお祝いがあった。この時に、何?私たちには、たった2600年の歴史しかないのか?という大疑問が起こっていたのだ。

 康彦は、「宇宙人との遭遇」という翻訳物の本を出した時に、本当の真実を知って一人、大笑いしたものだ。もちろん、私にすべてを証明する能力はないが、マヤの暦の最初は、数惑星の合の解析から、数万年も前からのものであると認識されている。

 然るに、キリスト教のバイブル(康彦は、敢えて聖書とは言わぬ)では、康彦がキリストの先祖年代記を積算すると、確か6000年程度でしかなかった。私たちの日本教(康彦は、敢えて日本教という)の最初とされる神武天皇即位は2600年前という。

 こんなに短い分けがない。日本や中国に住む黄色人種の祖先は、実は宇宙空間からやってきたという。それは、大体、歳差運動の一サイクル前らしい。つまり、約26,000前である。他の皮膚色の者たちは、もっと早くからやってきているというのが、真実であるという。これは、既に日本で公開されている本に載っている。最後に紹介しよう。

 康彦は、神武天皇以来の日本の歴史を書いてあるという最初の本、古事記や日本書紀がだれによってどのように書かれたものであるかを知りたかった。それを知りたい目的は、当然為政者による偽造であろうという確信と、本当のことがどこかにないのか、探ろうということであった。

 聖徳太子の残念を調べるのが、日本の歴史の為政者による偽造を調べることに拡大してしまった。これは、大変な話で、康彦には手に負えないことは判りきっている。そうこうして、悩んでいると、なんとも言えないHPを見つけた。
 
 このHPの作者は2000年から、今日までに、この謎を解いてきていた。あまりの膨大な内容に、康彦はひるんでいるが、その研究の結果を見ると、康彦には、どうも、この人は何かに動かされてここまできたと想われた。つまり、この歴史の偽造者から、著者が早く暴けといわれているように、見えた。

 偽造した表の歴史が古事記と日本書記にかかれ、同時に残された古典文学によって、裏に隠した真の歴史が記録されており、それをとけば、真実がわかると言う仕組みが造られていた。この仕組みは、本質的に一人の男によって企画実行されていたという。

 この男は、本名、改名、官位名、借名(他人の名を借りる)、ペンネーム等々の無数の名をもって、これを実行し、しかも、偽造の歴史の中では56歳で死んだことになっているが、実は百歳で亡くなった。その自分の前半生を消し、それを昔に移動して、厩戸皇子を作り、それに聖徳太子という名を死後に贈ったと書いているらしい。

 このことを知り、私の聖徳太子の残念の理解作業は大きく方向転換することになった。この著者の頭の中にでてきた、ヒントから、彼がどれだけのことを知りえたか、それを調査して、聖徳太子ではなく、その仕掛け人の想念を理解してあげたいと言う気持になってきている。

 このホームページの著者には了解をとるアクションをしているが、まだ返事はきていない。

康彦の歴史探訪記 025

聖徳太子(一)

石川朝臣君子

 さて、少し進んでみたいと想う。まず、参照する謎解きの仕事について、明らかにしておきたい。

 ”発見!真の「万葉集」”副題「遠流の歌聖・人麻呂の正体」 筆者 秋山 彩香(あやか)である。


 私たちが最初に知るべきは、秋山氏はなにを認識したのか、と言うことである。実は、こうである。「万葉集」は、表裏一体の二重構造を持ち、(表)は歌集、【裏】は史書という認識である。


【裏】の史書は、【大倭国蘇我大王家〔聖武天皇〕の勅撰史書】になっているという。秋山氏はこれを、真の「万葉集」と呼んで居る。秋山氏はみんな一つ一つ、なんらかの証明をしてくれているが、それは歴史と古典文学の専門家にまかせて、康彦は、そのまま進むことにする。


 片手落ちにならないように、秋山氏は「古事記」や「日本書紀」に付いても述べている。つまり、「古事記」は倭国・九州筑紫王朝<物部(天武)系>、即ち、【石上 布留(いそのかみ・ふる)<古>の<事>を<記>した史書】だそうである。

「日本書紀」は「高宗咸亨年中(670年頃)、倭国の使、はじめて日本と号す」の、外国に対しての「日本国の独立宣言書」になって居るとしている。男系は天智系・大伴氏・隼人(ハイト)であること、そして「日本書紀」は外国に対しての独立宣言書の故に、「万世一系の建前」を貫いていると解説している。

 例えば、史実は「白村江の戦い」に於いて大倭国{〔秋〕蘇我系の斉明太上天皇&<夏>物部系}の孝徳天皇側を、唐の援軍に依り破った[春]天智(大伴)系と、斉明&孝徳を裏切った(冬)舒明(藤原鎌足)系【嘉摩の足らし彦・金多遂】の連合軍が日本国であると解説している。

 その逆が「壬申の乱」で、<夏>物部系の天武【孝徳の皇太弟】と額田王たる〔秋〕蘇我大王家の大田(十市)皇女が組んで、元の大倭国へと戻したのだと解説している。

 これら『古事記&書紀&万葉集』はいずれも平安時代の大和朝廷(梨壺)に於いて最終編纂されているという。
 
 つまり、お隣の中国同様に、前王朝の歴史を後王朝が記録すると言う体裁が執られているのだという。なお、「小倉百人一首」が日本国天智系(春)の、真の「歴史書」と言えるであろうと書く。
(鎌倉幕府は本当は北条氏と物部系源氏に依る易姓革命なのです)なお、「日本書紀」は正史とした明治政府の都合の良いように編纂し直されているとも書いている。


 ここまでをみると、「万葉集」や「小倉百人一首」が表は古典文学なのに、裏は真の歴史を描いているという、実に興味深い内容になっているのである。今回は、この中の聖徳太子に関連したことを引き出すことにして、それ以外のことは、膨大な秋山氏の論文をみて戴きたいと想う。

 なんと、枕草子、源氏物語の古典文学も、裏に真の歴史を隠しているという。引用における【 】の中は真意として、秋山氏が指摘しているものである。また、当時の古典文学の擬物法から、書かれた史実を秋山氏は読み取っている。

 春【天智系】は     あけぼの【日の出の勢い】
 夏【天武系】は     夜【もうすっかり終わろうとしている】
 秋【蘇我系】は     夕暮【暮れてしまって夜を待つばかり】
 冬【藤原系】は     つとめて【始まったばかり=新参者】

などと、成っているが、これは擬物法で、春夏秋冬を四つの血筋の流れを顕しているという。次のものも利用されているという。

 花=【君臨者(太上天皇・女王=玉)】
 鳥=【統治者(大臣・男性。それぞれの国では王)】
 風=【君臨者(太上天皇・女王=玉)】
 月=【統治者(大臣・男性。それぞれの国では王)】


 実は、康彦が取材している、この話の主人公は、石川朝臣君子という。彼は、実はこんなに沢山の顔をもって仕事をしているという。これが、秋山氏の万葉集その他からの論理的な分析の結果である。
 

1. 【歌界】柿本朝臣人麻呂《人麻呂・赤人・憶良も同一人物なのだという》

(正史と呼ばれる「日本書紀」と「続日本紀」に登場しない「万葉集」の有名歌人の殆どは聖武天皇の筆名であると秋山氏はいう。つまり、人麻呂は筆名、赤人と憶良は名を借用している。)

2. 【皇界】聖徳太子【大津皇子の諡号】→ 聖武天皇(西暦659~759年の数え年百一歳だという)
《『懐風藻』薄官氏=亡名氏(及び広成以外の詩人)も、借名の聖武天皇(石川朝臣君子)》  

3. 【僧界】行基大僧正《還俗して妻帯を経験している。久米禅師(仙人)&役行者(小角)も行基と同一人物であるという。行基(聖武天皇)の子が玄昉(げんぼう=石川朝臣広成)》 


 石川朝臣君子は、百歳の人生で、この三つの分野で活躍している。康彦が探しもとめた聖徳太子はこの人の人生のほんの数年のことらしいが、それは、後に消されてしまい、101歳で死んだ時の享年は56と記載されている。

 この素晴らしい人の年代記と仕事を調べて、次のところで紹介したい。この分析が事実とすると物凄いことなので、この時代の本当のことは、万葉集などの古典文学を読み取ることで、彼の想念を消してくれということと関係者の残念等も理解してあげられると想う。さて、世の歴史家や考古学者や古典文学者たちは、どう思うのでしょうか。

何れにしても、あまりにも、膨大な秋山氏の仕事には、敬意を表しつつ、自分の必要な部分だけ勝手に引用することを許してほしいと想う。

康彦の歴史探訪記 026

聖徳太子(二)

石川朝臣君子


 この人の一生のうちでの事件を、秋山氏の謎解きの資料から抜粋して紹介する。

 659年 「大津皇子」母・大田=十市皇女、父・太政大臣大友皇子との間に生れる。
  
 康彦の理解で書くと、石川朝臣君子は、母、大田皇女(のち太上天皇?額田王らしい)と統治者である太政大臣大友皇子の間に生まれ、大津皇子と呼ばれた、ということである。

 この記述から、石川朝臣君子の系譜は、蘇我大王家であり、この系譜はそもそも君臨者(太上天皇)は女系であり、統治者(天皇)が別にいたのである。秋山氏の分析によれば、当時は渡来人の四つの系統があり、これらのいずれかが土着の人々を支配統治していたようだ。

 つまり、天智(新羅・大伴・隼人)系、天武(高麗・物部)系、蘇我(旧奴国・くだら⇒百済本国)大王家、藤原(朝鮮半島の百済・巨勢)系である。古事記では、天武系をイザナギ、邪馬壹(やまいち)国と称し、蘇我大王家をイザナミ、邪馬台(やまと)国と称しているという。邪馬壹(やまいち)国と邪馬台(やまと)国の支配権の攻防があったということらしい。

 ここまでで明確なことは、天皇というのは、万世一系ではないこと、そして、彼らはすべて渡来人であったということである。そして、何々天皇というのは、死んでから送られているものである。また、特徴的なのは、女系の君臨者(太上天皇と秋山氏は書いている)がいたということである。枕草子や源氏物語もこの時代の歴史を書いているらしいのだが、中宮が君臨者であり、統治者の男性天皇とは役割が違うことである。

 671年に父の大友皇子が即位する。(後に与えられたのが、弘文天皇)そして、672年に「壬申の乱」が勃発する。この年、大津皇子は13歳。これは、蘇我と天武の争いであり、673年に、大海人皇子が即位する(天武天皇)。そして鷓野讃良皇女が皇后になる。これからみると、天武系は君臨者が男系である。

 675年、大津皇子の母・大田皇女を天武が毒殺してしまう。大津皇子は出家する。久米禅師になったと秋山氏は解読した。当時16歳。秋山氏のこれらの分析は万葉集の歌から行われている。

 680年11月に天武が没するが、久米【仙人】、つまり、大津皇子が反旗を翻し、つまり、謀反を起して、天武を亡き者にしたのだろうと言う。

 そして681年、大津皇子が即位し、摂政太政大臣大津皇子(追号・諡号が聖徳太子=蘇我馬子)となる。そして、684年に、大津皇子は失脚する。「久米仙人、女性【持統】の太腿を見て天(皇位)から落ちる」と揶揄されているらしい。

 ここから、暫く様子がわからない。701年から718年までの18年間、「大宝年中に、唐国に遣学す」釈 辨正と言う名で大津皇子は渡唐しているという。人麻呂の歌から解読された。「天とぶや雁の使にいつしかも奈良の都に言伝やらむ『拾遣和歌集』とあり、人麻呂帰日(718年)までの18年間がいわゆる倭歌衰退期間と成るらしい。
 
 718年、人麻呂(=大津皇子)が唐より帰日している。729年までに、正五位下・石川朝臣君子【のちの聖武天皇】として、少弐(大宰府)に赴任。「万葉集」では大伴旅人に名を借りて太宰府に行くようになっているという。

 729年、牟漏女王(君臨者・太上天皇)と(統治者)藤原房前(贈太政大臣){いずれも美努王の子}と秋山氏は記しているが、この美努王も、大津皇子の別名であり、確か太上天皇、県犬養(橘)三千代の夫だったと想う。藤原不比等に盗られたらしい。

 730年、県犬養(橘)三千代つまり、大津皇子妃であり、山辺皇女として不比等妃、が没する。
  
 737年、美努王、東宮を囲碁の最中に斬殺したらしい。

 738年、美努王(=大伴子虫)政変により、佐渡に流罪となる。

 741年、大赦{都を恭仁(くに)京に遷す事を祝って}、美努王(=人麻呂)赦されて、佐渡より帰京する。

743年 聖武天皇が大仏造立を発願、大仏造立の詔

 745年、5月に平城京へと復都して、聖武天皇が即位した(実は87歳)。

 748年、4月 元正太上天皇崩御し、後事は聖武天皇に託される。

 751年、勅撰「懐風藻(聖武天皇の個人集)」が成立している。

 753年、勅撰「万葉集(巻十五巻か」が成立する。

 755年、聖武天皇が大宰府経由、隠岐島へと流される。

 759年、5月2日 聖武天皇【麻続王=美努王】隠岐島を終焉地として没する。(数え年百一歳だった)


 秋山氏の解説:

 天智(隼人)系の律令制に対して、大倭国・邪馬人(天武系&蘇我系&藤原系)の治世方法は基本的には、連合国(幕府)体制であり 、君臨者=女王(大王)と統治者=大臣(太政・左右・内大臣など)の一対でした。

 それを『日本書紀』は「都合の良い統治者=大臣、に天皇号」を被せたものと思われます。それが「(基本的には女性の太上天皇を置かない、今に続く)日本国の天皇制」です。隼人(天智系)が律令制をいち早く取り入れたのに対し、邪馬人は連合国(後世は幕府と呼ぶ)でした。

 大和朝廷は君臨者つまり中宮と、統治者つまり(摂政&関白)大臣(三公)と言う一対の統治システムである。

 聖武天皇は渡唐したので、唐の制度「律令」を採り入れる事が出来ましたが、平安時代の天智系(春)の勢力が弱まると、また元の黙阿弥、邪馬人(やまと)の治世方法・幕府に逆戻りしました。それは「建武の中興」を除き、江戸時代まで続いたのでした。

 さて、康彦もあきれるほどであるが、ここにでてくる、=はすべて、大津皇子の別名であるという。また、歌の世界、僧の世界での名前もあり、また、筆名や、借名なども沢山あり、もし、これだけのことができたとしたら、実名、石川朝臣君子と言う男は、とてもすごい男ではあったと想う。


 さて、石川朝臣君子は何をしようとしたのか?秋山氏の分析資料を読むと、多皇統が相争う状態を、聖武天皇は「(万世)一系に纏めようとした」のであるという。そうする事により、多皇統の相剋を防ぎ、平和になる事を願った、のであると、いう。

康彦の歴史探訪記 027

聖徳太子(完

石川朝臣君子

 ここからは、一切、康彦の考えになる。 

 秋山氏は「多皇統の相剋を防ぎ、平和になる事を願った」と書いているが、これはあくまでも、支配者の側での平和であり、被支配者である人々の平和ではないことが見えみえである。

 そして、実際に、神武天皇に始まる「万世一系」を創作したのは平安時代の大和朝廷であり、そのまま現在まで続いているらしい。

 康彦は、想う。

 日本はこのような経緯から、ずっと渡来人の支配統治を受けきた。如何にも、宇宙創生の神の子孫であるが如くに歴史と日本教を作り上げ、人々を支配してきた事実を知ると、聖武天皇という名も、聖徳太子という名にもうさんくささを感じる。

 「聖」と言う文字を諡号に使ってもらっているのは、この二人だけらしい。もちろん、歴史では、聖徳太子は天皇ではない。如何にも、聖なる人という感じがでているが、この聖は聖書の聖に通じているようで、なんとも言えない想いがする。はたして、どうなんだ?

 さらに、現在の歴史として教えられている聖徳太子の本名は、厩戸王子というと書かれている。これは、如何にも、キリスト教での、インマヌエルの誕生に対比して書かれているように見える。これも、やらせである可能性がある。

 万世一系にするために、他人を兄弟に、まったく違う人間を親子にすることすらためらいもしなかった人間たちにはなんでもありだろう。

 この男、大津皇子は701年から18年間も唐に渡り仏教を学んでいたとすると、彼は唐に入っていた景教にふれているはずだ。

 景教とは、唐の時代に中国に伝わったキリスト教のことである。中国がもっとも異国情緒に満たされていた時代に、主にペルシアからの商人たちの宗教として伝わり、伝道活動も行っていたとされている。これは、カトリックから異端とされたものらしい。

 しかし、これで、この男の意図は見えてくるようだ。彼は、万葉集で謎解きを作りながら、それでも、偽の万世一系の仕組みを作ろうとし、影の天皇の系譜を作り出したらしい。

 そして、その中に自分の前半生である、大津皇子の時代を入れこみ、なんと、馬屋でうまれたインマヌエルに擬して、厩戸王子を造りだして、そこに聖徳太子の事跡をのせたのだろう。

 今、この時代に聖徳太子がいたという偽造は解かれつつある。事跡を剥奪されて残った厩戸王子も、消えることになるのではなかろうか。

 さらに、「日本書紀」によると、推古天皇11年(603)に聖徳太子が所持する仏像をだれか礼拝し所持する者がないかと尋ねたところ、名乗り出たのが秦河勝であり、山背国太秦に蜂岡寺を造り祀った。

 現在は広隆寺という。その仏像こそが国宝第一号に指定された、弥勒菩薩半跏思惟像である。この像の右手の指の形が、実は、中国の敦煌で見つかった景教の牧師の壁画の右手の指の形とが同じだという。これは、当時のキリスト教徒の「父と子と聖霊」とを三位一体という意味をあらわすものであるという。

 これは、この仏像を作らせたものが居たわけで、端的に言えば、キリスト教徒が作らせた、仏像であるといえるだろう。康彦が言いたいことは、この男、唐に渡って仏教も学んではいたろうが、その実、キリスト教に入信するまでは行かなくても、とっぷりと浸かっていたのは事実だろう。厩戸王子などを造りだしてしまったのだから。

 秋山氏によれば、「いろは歌」

 いろは匂へと散りぬるを朕が代誰そ常ならむ有為の奥山今日越えて浅き夢見し酔ひもせず

の、「朕(わ=倭)が代」はそもそも「大倭国(蘇我大王家)の天皇」しか詠むことが出来ない。したがって、 弘法大師空海作では無い。だから、これは聖武天皇(=行基)の作であるという。

 さて、康彦は景教を調べていて、「いろは歌に隠された景教のメッセージ」なる論文をみつけた。

 「いろは歌は、音の異なる47文字の「かな」を一字も重複することなくすべて使用して、しかも深い意味のある一つの歌にしているものです。そう簡単にはつくれない歌です。

 「いろはにほへと
  ちりぬるをわか
  よたれそつねな
  らむうゐのおく
  やまけふこえて
  あさきゆめみし
  ゑひもせ  す」

 文字数の関係で省くが、これは、「罪咎なき、神ヤハウェの人イエスは、十字架上の死を遂げた」というメッセージを折り込んだ歌だという。康彦は、内容の正否は別にしても、また、聖武天皇(=行基)と景教の係わりが見えた気がする。

 康彦は、この随筆で、どうやら、天皇としてこの国を支配してきた者たちの歴史のうちで、もっとも、悪知恵の働いた男に焦点をあててしまったらしい。私たちの中には、聖徳太子は素晴らしい業績を残した人として存在していた。

 ところが、この男は、普通の人間ではなかったようだ。私にいわせれば、宇宙人の一人だ。このような宇宙人が時に現われて、地球の人々を力で支配し、宗教で洗脳し、死んだと言っては古墳などを造り、自分を神の流れと信じさせ、労力や財力もすべて奪っていたようだ。

 康彦は、今回、秋山氏の論文から、奈良時代の覇権争いの裏を見ることになり、この男の101年にわたる事跡を認識したが、なんとも、凄まじい男であり、これは、普通の人間ではないという認識に至った。

 私たちは、こんな欺瞞の日本史を学び、宇宙創生からの万世一系という天皇制の欺瞞、仏教というより、日本教に毒され、未だに、それを後生大事にまもっていると言うか、信じて生きているのだということに、想いを致すことになった。

 これでは、支配されつづけた人々は救われない。そろそろ真実を明らかにしてもいいのではないかと想う。この欺瞞の中で、真実の生き方をさせてもらえずに、死を迎えた、無数の人々の残念無念を理解して、この項を終わりにしたい。

 最後に、一言、訊きたいことがある。聖徳太子と言われ、聖武天皇と言われた、石川の君子よ、お前さんはあの仏像の前で景教の神に祈りを捧げていたのかい?「聖」とするほど、本心を判って欲しかったわけだ。アハハ。


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第七話 弘法大師

空海(一)

 空海は西暦774年に生まれ835年に亡くなった平安初期の僧で、真言宗の開祖である。後に弘法大師という諡号を送られている。天台宗の開祖の最澄とともに平安仏教を代表する僧であり、三密とよばれる行を実践して大日如来と一体化することで現世での成仏をめざす即身成仏が可能であるとの教えを説いた男である。

 大雑把に彼の人生を見てみよう。

 讃岐国の屏風浦に、佐伯田公(たきみ)の子として生まれ、幼名を真魚(まお)といった。母は阿刀(あと)氏である。15歳で母方の伯父阿刀大足(おおたり)にしたがって京都にのぼり、18歳のとき大学にはいって、「詩経」「書経」などを学ぶが、満足するには至らなかったらしい。

 あるとき一人の僧から、虚空蔵求聞持の真言を百万回となえれば、あらゆる教法を記憶できると教えられ、大学を飛び出し、阿波国の大滝嶽や土佐国の室戸岬などで苦行したという。

 何かを連続して唱え続けると、物質意識が朦朧として、ふっと何かが聞えるとかいうものであるが、これを苦行というのかどうかは、ねこは知らない。

 この行によって出家の決意をかため、名を空海とあらため、南都六宗の研究に励んだとされている。23歳のとき、大和の久米寺で「大日経」をみてから、密教に関心をいだくようになったらしい。

 24歳のとき「三教指帰」なるものを発表、儒教、道教を排して仏教にすすむ根拠を明らかにしたとある。このあと山野にはいって修行していたともいわれるが、7年にわたって空海の行跡は不明であるという。

 空海は804年、遣唐使 藤原葛野麻呂の一行に従い唐に渡った。都の長安では、インド人の仏教僧らからサンスクリットなどを学び、諸寺を訪問して師を探した。そのなかでも青竜寺の恵果から密教をさずけられたことは、以後の空海の方向を決定づけた。

 またこの留学中、空海は仏教のみならず、あらゆる中国文化に接することができた。恵果の死後、空海は留学を2年できりあげ、多くの密教の経論、仏具、曼荼羅などをもって、806年に帰国したという。

 この時、彼は景教にも接したと想われるが、証拠がない。

 816年から空海は修禅の道場として高野山に金剛峰寺を開いていく。823年、京都の東寺を鎮護国家(仏教によって国家をしずめまもること)の根本道場とし、翌年、高雄山寺を神護国祚真言寺と改称したという。

 以後、高野山・東寺・高雄山を拠点に真言密教の流布につとめるかたわら、823年、東寺の隣に綜芸種智院をたて、仏教だけではなく儒教と道教もおしえる日本最初の一般庶民教育をおこなったようだ。

 これは、「三教指帰」で、儒教、道教を排して仏教にすすむとしたことと矛盾していないのだろうか?

 830年には「十住心論」という考えをまとめたらしい。

 834年、毎年正月宮中でおこなわれる顕教による法会(ほうえ)のほかに真言の修法をくわえるように上奏し、翌年から実施された。

 彼はこうして、新しい仏教を確立し、政治や宮中とも結びついていく。この密教の発展に努力したのち、高野山金剛峰寺において62歳でなくなったという。

 空海は、経典の研究ばかりをおこない人々の救済をおこたっていた当時の奈良仏教を批判し、即身成仏思想を強調したのだという。

 また、「十住心論」でしめした人間の心や菩提(ぼだい)心の展開という思想は、日本仏教全体に深い影響をあたえたとされている。

 空海が遍歴したといわれる各地には弘法大師信仰が生まれたし、四国八十八カ所の巡礼も、この大師信仰から生まれたものである。

 平安前期の816年、空海が勅許をえて真言密教の修行道場として金剛峰寺の創建に着手、空海の死後に弟子の真然らによって大塔・西塔などが建立された。

 平安中期から大師信仰がひろまり、藤原道長ら都の貴人や上皇があいついで参詣し、荘園・寺領を寄進した。中世には鎌倉幕府・室町幕府の庇護をうける一方、高野聖が全国をまわり、地方武士や商人層はじめ庶民各層にまで信仰をひろめた。

 戦国時代の1581年、織田信長勢による圧迫がはじまり、1585年に豊臣秀吉に屈服させられた。のち秀吉から2万1000石の寺領を安堵された。江戸時代にも幕府の保護と監視のもと全国的布教活動を維持、山上には門前町が発達した。

 ねこは、これが、空海に関係した主要な記録であると認識している。 


ねこの歴史探訪記 029

空海(二)

 さて、ねこは、空海はどんなことをしたのかを知りたいので、彼の密教についての解説をみてみたい。
 
 密教は曼陀羅の世界を説く教えであるという。しかし、曼陀羅の世界は真の実在であっても、われわれにとってはまだ開顕されていないので、秘密の世界であり、秘密の世界は、あくまでも自分自身の心の内奥に深く秘められているというのだ。

 いきなり、判らない話をされたようだ。曼荼羅の世界は実在か?いや、心の状態が低いから、ねこには顕在化されず、秘密の世界だといわれてしまった。なんと、心の問題だというのだ。そういわれれば、心のレベルと人間の進化の関係を論じざるを得なくなるだろうと、ねこは想う。
 
 この空海の真言密教の思想的基盤ともいうべき人間の心の世界を総合的に追究した著作として「秘密曼陀羅十住心論」およびこの書を要約したのが「秘蔵宝鑰」だという。

 ははあ、空海は、自分がどういう心の持ち主であるかを知ったわけだ。どこら辺りだったのだろうか。


「十住心論」

 空海は、真言密教の悟りに至るまでの、心の段階を十段階に分けて示し、天長年間に淳和天皇に贈ったとされている。以下の十の心を説いた「十住心論」を簡単な解説と、ねこの感想を以下に書く。

 その前に、ねこは、これが一つの人生での話か、繰り返しの無数の転生でのものかを明確にしてないと話がややこしい。しかし、この話、一つの人生と無数の生まれ代わりのを経てのことが混在しているようだ。

 
 第一住心 異生羝羊心(=倫理以前の世界) 存在の本能的段階

 ある解説:

 動物のように、欲望のままに生きる心。そして、善と悪を弁えることのできない迷いの心。自我に囚われ、自己所有への執着を常に胸中に懐いている状態のレベルであるという。

 ねこの感想:
 
 動物の本能は、実に厳しく規制されていると想う。動物は欲望のままには生きては居ないと想う。餌を獲る狩りは、本当に必要な時に、必要なだけしか、動物は殺してはいない。動物のように欲望のまま生きる心とは、動物を侮辱している。

 善悪とは、何を根拠に言われたのか。大抵の人間は何が善で、何が悪か教えれば、殆どは守ると想う。ただ、充足するだけのものは無償で与えればの話だが。動物は、自己所有などはない。自己所有の心を生み出したのは、一つは衣食住の差別からだろう。生きるだけのものを平等に与え、足る以上の所有をする場所もなくすれば、この執着は最初からないはずだが。


 第二住心 愚童持斎心(=倫理的な世界)儒教的道徳のめばえ

 ある解説:

 道徳に目覚めた心。 道徳の教えにより人間としてやや善なる心がきざしはじめる心。例えば、節食してそれを他の人びとに与えることを喜び、親しき者・疎き者のわけへだてなく施しをする。足るを知る心が次第におこる。徳の高い人を見て敬い、供養する。あやまちを知れば必ず改め、賢人を見てはそれと等しいものになろうと思い、初めて因果の道理を信じ、だんだんと善い行いと悪い行いの報いの結果をうなずく。両親に孝行をし、国に忠義をつくす心の状態。

 ねこの感想:
 
 道徳とは何か?誰が示すのか?およそ、人間の示す道徳は、時代と共に、為政者とともに、勝手に変ってきたのではないか?自然の理の中にあるものは変化しないと想うが、人間の造ったものは、ころころと変ってきた。その中に示された善とは何か?ころころと変ってきた、絶対でないものが、自然に心に沸いてくるはずがないのだが?

 同じ仕事には同じ報酬という自然が示している絶対に従えば、だいたい、みんな同じ報酬だから、施しなどと言う概念はありえない。足るを知る心を造れとは、何か変ではなかろうか。その前に、人間の生命の平等を正しく知らせ、正しく平等に扱うようにすれば、すべて足るであり、自分だけ不足などありえないのではないか。

 得とは何か。得が高い人と誰が決めるのか?そして、賢人とはだれか?誰が決めるのか?

 因果の道理とは、自然法則のことならわかる。善い行いと悪い行いの報いも、自然の法則なら理解できる。しかし善いと悪いを人間が決めているところに問題があると、ねこは想う。これも、時代によって変化しているからだ。

 両親に孝行するのは文句はない。しかし、国に忠義をつくす心とは何か?はやく地球から国をなくし、一つにしないと、戦いが治まらない。こんな倫理観は誰がつくったのか?はやく国境を無くすべきである。全能な仏ならできるだろうに。



ねこの歴史探訪記 030

空海(三)

第三住心  嬰童無畏心(=宗教心のめざめ)単純倫理から宗教的世界観へ

 ある解説:仏の戒めを知り、来世に良い生まれ変りを望む心。戒めを守り、来世の安楽だけを願う世界。戒めを守ることによって、現世において、もろもろのすぐれた恩恵を得、大いなる名声と利得によって身心が安楽になる。ますます賢い善き心を増し広げて、死後には天界に生まれることができる。

 ねこの感想:

 第二までは、単純倫理というらしい。そして、いきなり、宗教心がでてきた。この解説からみると、「来世に良い生まれ変り望む心」が宗教心と読める。宗教的世界観と言うのは何か?今の時代に生きて、学校で宇宙のことを学んだ人たちは、殆ど、宇宙創生から自然は存在してきたと認めるだろう。しかして、宗教とは、いつからの存在か?仏は何時からの存在か?

 幾ら今の科学がまだ正しく宇宙のことを認識していないとは言え、人間が宇宙創生の時から存在した訳ではないと、子供でも知っているよ。この場合の宗教的世界観と言うのは人の造ったものだろう。

 仏の戒めとは何か?自然の法則ならわかるが、どうやらそうではないようだ。仏の戒めを守ると現世で恩恵をえて、名声と利得によって身心が安楽になり、死後には天界に生まれるという。地獄ではないということらしい。どうやら、ここらから本性が顕れてきた。

 自然的な世界観なら、ねこは認める。それは当然最初から、存在していたものだろう。私たちの理解を超えてはいるが、この自然が、つまり、宇宙の森羅万象が生じたのには、明らかに理由があるだろう。偶然の産物ではない。

 私たちの眼前にあるもので、人間が手を加えたもの以外の森羅万象に、誰かの私利私欲が見えるかどうかを見ればいい。つまり、それら森羅万象はすべて、私たちの心とは無縁に存在しているだろう。
 
 私たち、人間も、その万象の一つでしかない。私たちの心は、その森羅万象を好き勝手に変えて見るのである。心の有り様が、自然法則に乗っ取っていれば、ありのままの自然に見えるものを、宗教的世界観を偽造して、心をそれに従わせる事で、森羅万象は、宗教的な世界観へと変貌させられていると、ねこは想う。

 ここまでの話は、死後に天界に生まれるというから、一つの人生のことらしい。そして、仏とかお釈迦様は、すでに転生は終り、天界におられるらしい。


第四住心 唯蘊無我心(=無我を知る)声門乗の段階

 ある解説:

 仏様とくにお釈迦様の言葉を聞いて悟る者の境地。 自我に実体はないことを悟る心。自我には、実体がないことを知る。自分の感じ知ることは五つの存在要素(五蘊)がかりに和合したものにすぎないと知る。

 ねこの感想:

 宗教的世界観を構築したから、こういう解説になるのだろうか?お釈迦さまの言葉でしか、すべては悟れないということだ。宇宙の森羅万象は眼前にあるが、そこからは何も知りえないということか?

 それでは、第三住心以下だという馬鹿な心をもつ私たちに、すべてのことをお経ではなく、平易な言葉でわからせて欲しい。

 
第五住心  抜業因種心 (=おのれの無知を除く)緑覚乗の段階

 ある解説:

 お釈迦様のように、前世よりの善い行いや、前世の誓いにより、ひとりで努力して修業し悟る方の境地。全てのことが因縁よりなると悟り、無明を取り除く心。お釈迦様のように、独りで修行してさとれる心。「生けるものの心に煩悩が生じ起こるのは、邪まな思惟を主な原因にして生じ、無明 (無知のこと)を間接的な条件によって生ず。」と悟る。そして「一切の苦の原因は煩悩・妄執である。」と観られている。

 因縁によって生じ、滅するありさまを十二に整理して観察し、四つの粗大な元素、人間を構成する五つの要素(色・受・想・行・識)の生滅の真理を知り、生死を厭わしく思う。縁覚(辟支仏)は、因果の関係とはなれた真実の世界に悠々と住している。


 ねこの感想:

 あらま、第四住心で既に死後に天界に生まれるというから、もういいのかと想ったら、まだたらないらしい。しかも、前世で誓っていないと悟れないという条件付だ。しかも一人で修行して悟れという。

 他の者がみんな苦労して仕事をし、みんなの生きる糧を作り出し、人生の努力をしているのに、悟るものだけが、何もしないで、山にこもって修行して、自分だけ良い子になるという教えらしい。

 他の人たちも、そうしてみんな国や会社のために一生懸命働いて、良い行いを沢山つんでいるから、来世はみんな、山ごもりして、修行して悟る資格があたえられのだろうか。

 煩悩や苦の原因を作りだしているのは、個々の人間より、そのように仕向けている仕組みや管理者ではないのだろうか。社会構造を変えてみれば、煩悩や苦の大半は消え去るだろうに。

 それを造りだしているものと、救済しようというものが結託したら、今のような煩悩と苦の蔓延した人生を作り出すのはたやすい。お釈迦さまや仏さまが教えるべきことは、国とか、会社とか、身分とか、肩書とか、お金とかを作り出す人間を、この世から取り除く方法ではないのか? 

 煩悩や苦の定義を造りだし、人の心をあやつるのが、お釈迦さまの本意か?


ねこの歴史探訪記 031

空海(完)


第六住心  他縁大乗心(=人々の苦悩を救う)法相宗の段階

 ある解説:

 他縁とは、縁に囚われず、慈悲の心を全ての人に起こし、他者の救済のためにはたらく心。

 菩薩、つまり、ここにいう他縁乗とは、すべての人たちをみな同じく救済しようという大きな誓いをおこして、生きとし生けるもののために菩薩の道を実践し、不信心の者や声聞・縁覚のうちまだ安らぎの位にはいらない者をも、心服させて大乗の教えに入らしめる。

 ねこの感想:

 こんどは、人を助けるために、天界からくるのだろうか。もう既に、ずい分たくさんの菩薩がいるらしいが、この世の中は、何にも変化していないと見受ける。何をしているのか、判らない。ねこのような不信心者が多いから、足を引っ張っているというのだろうか。

 そんなことができるのなら、軍事、経済、人種、宗教の戦争を止めさせてもらいたい。それができるといっているのではないだろうか。
  

第七住心  覚心不生心(=一切は空である)絶対肯定の空観
第八住心  一道無為心(=すべては真実である)天台法華の境地
第九住心  極無自性心(=対立を超える)華厳的世界観
第十住心  秘密荘厳心(=無限の展開)真言密教・大日如来の世界


 ねこの感想:

 ねこは、これ以上考える気もしなくなった。これは、すべて前提が宗教的世界観であるから、自然的、創造的な世界観とは根本的に異なると、ねこは認識した。

 空海は、自分が導入して発展させた、この真言密教を、日本でのすべての他の宗教の上におき、これを淳和天皇に送る事で、朝廷と結びついて、人々の支配をするのを支援したように見える。

 このような心の有り様を教え込み、人々を支配する力を朝廷と組んで創り上げたとすれば、空海は、大きな罪を犯しているのではないか。

 彼が仏になったとは何処にも書いてはいない。恵果と二人で、こんな話をしていたはずだ。

 「そなたは、私とそなたの間に、深い宿世の契りがあることをしらないのか。何度も生まれ変って来るごとに、われらは互いに誓願を立て合って、仏の秘密の教えを弘めてきのだぞ。そなたと私が代わる代わる師となり弟子となったのは、一度や二度のことではない。この宿契があればこそ、私は東海の彼方からそなたを招き寄せて、我が深法を伝授した。その受法のこともやっと成就し、我が願いも果たされた。今生では、そなたは西土唐国までやってきて、わが足元に額ずく弟子の礼をとった。今度は私が東海の国に生まれて、そなたの弟子となることだろう。もう、この国にぐすぐすと留まってはならない。私は一足先に逝くとしよう」と。

 彼らがその後に転生した人生はどんなものだったのだろうか。ねこは、そのことを知りたいと想う。



空海入定説

空海入定説とは
 弘法大師空海は、非常に伝説の多い人である。全国諸国に弘法大師の説話が残るだけでなく、各地で泉や湯を沸かせたりもしている。彼のこういう神秘感を表す究極のものとして「空海入定説」がある。これは弘法大師空海は、高野山で入定して即身仏になっているという説である。
 実際には空海は承和二年(835)三月二十一日に高野山金剛峰寺で入滅しているが、この年の十月に弟子の真済が書いた「空海僧都伝」に釈迦涅槃の姿での空海の病死の姿が記され、「続日本後紀」には淳和天皇の弔書が引用されており、その中に「荼毘」の文字があることから、死後火葬されたものと考えられる。
 「空海入定説」が発生したのは、空海死後百年以上経ってからのことである。

空海入定説の発生
 初めて空海入定説を記録した文献は、空海死後百三十三年目に登場する。以後、多くの文献にこの入定説話が載るようになる。以下の表を見れば、入定説話にどんどん尾鰭がついていく様がわかる。
文献名 年代 内容
「金剛峰寺建立修行縁起」 康保五(968) 空海が結跏趺坐して入定し、四十九日後にも容色不変で髪や髭が伸びていたという入定の姿が描かれる
「政事要略」巻廿二
年中行事八月上 寛弘五(1008) 空海が高野山で即身仏になっているとの記述あり
「栄華物語」巻十五 長元年間
(1029~1033) 藤原道長が高野山に参詣し、空海の入定した姿を見たとの記述あり
「本朝神仙伝」 11世紀末 金剛峰寺にて入定し、後に山の頂に石室を穿ってそこに移したとの記述あり
「大師御行状集記」
御入定条第九十八
延喜中奉見条第百二 寛治三(1089) 「金剛峰寺建立修行縁起」と同じ入定説話に加え、観賢僧正が延喜年間に空海の法体を見たという記述あり
「今昔物語集」巻第十 12世紀初 観賢僧正が空海の即身仏に見えた話をより詳細に記述
「弘法大師御伝」 元暦元(1184) 観賢僧正が石山寺の淳佑内供と一緒に入室し、淳佑が空海の膝に触れたところ、手に香が数日残ったという逸話が付加
「高野山順礼記」 弘長二(1263) 淳佑内供の話に「石室は十八間、御入定の地は方一丈六尺」などの記述が加わる
ガスパル・ビレラの書簡 永禄四(1561) 弘法大師空海が弥勒信仰に基づき土中入定したという見聞を書いている
ルイス・フロイスの書簡 永禄八(1565) 同上
 「金剛峰寺建立修行縁起」は、東寺の仁海により書かれたと言われており、当時火災により荒廃の一途を辿る高野山の再興に力を尽くした人物である。従って、元々空海入定説は高野山を再興させるために人々をひきつける手段として考え出されたものではないかとの推測が成り立つ。
 また、観賢僧正は比叡山の天台宗との対立を背景に、空海への大師号追賜運動を展開した人物であり、それらの要因が相俟って、最後には弥勒信仰との結合や土中入定説の登場にまで発展したものと言えよう。
空海入定説の影響
 空海の入定説は、上述のとおり時代が下ってから作られた伝説であったが、この伝説がその後の日本の即身仏に与えた影響は大きかった。
 空海入定説が脚色され、最後には土中入定とも結びついてしまったことが、湯殿山系即身仏を生んだ一つの要因とも言われている。少なくとも初期の即身仏である淳海上人、本明海上人は、この入定説話を知っていたようだ。更に1630年から150年以上に亘る羽黒山との抗争が直接的な契機となって、天台宗に改宗した羽黒山との差別化を図るために即身仏を多く作ったというのが真相と考えられている。


M111

 ねこの未来随筆

01-10 11-20 21-30
31-40 41-50 51-60
61-70 71-80 81-95


 M001        ねこの未来随筆

01から10まで


第01回: まえがき

 あなたは、この世界の未来に再び生まれて来たいですか?
 そして、今生と同じような環境で成長をしたいですか?
 また、社会に出てからも、今生のような生き方をしたいと思いますか?
 
 ねこは、転生(生まれ変り)ということがあると理解しているが、もちろん、現在の意識をもつ、この人格がそのまま生まれるのではないことは、認識している。また、仏教でいわれるような、この人生と次の人生は因縁因果で結ばれているというようなことはありえないことも、認識している。

 ということは、生まれ変るのは、それ自体が転生していく理由がある、私たちを生かしている「何者か」である。今の社会では、このようなことを正しく教育されているとはいえない。各種の宗教で教えていることはまるで違うものであり、それらの信者の人たちはその中にある考えに従って考えているだろう。

 ねこのような無宗教なものは、個々人の考えで判断しているのだろう。正しいのがどれかが判らなければ、どれも信仰ということになるが、この際、無宗教のねこが学んできた考えを基本にして、この随筆を書いていくことにする。

 ねこは、未来にこの地球に再びやって来たいと強く想っている。理由は、この一生で少しずつ気がついてきたものごとを整理していると、先に希望があるからだ。もちろん、人格は違うのだから、昔になってしまう、この時代のことや、ねこのことを想い出せるのかどうか、まったく自信はないが、それはそれでいいとして、兎に角、またやって来ようという気がある。

 転生して、新しい肉体に乗って人生を歩んで学ぶ「何者か」が、今現在、私の体のどこかに存在していると実感することがある。どれだけの人生をしてきたのか、聞いて見たいのだが、教えてくれない。まあ、それを知っても、今の現実には、意味がないことも、ねこは判っているつもりだ。仮に判ったとしても、人格が違うのと環境が違うのだから、同じことはやれまい。

 この随筆は、ねこが未来に、どんな風になっている地球に生まれ、どんな人生を生きたいかを書きたいと想うのだが、ねこも、今から次の人生までに、今の地球がこのまま推移していたら、生まれたくないと想うので、今すぐ何かの変化を起さねばならないこと、超近未来、いや、「今、ここで」どうすることが必要かを、ねこなりに考えて、それを提案の形で書き残して置きたいと想う。

 それらが達成されていけば、次の人生で、今の「ねこ人生」より、すべてに於いて、よい環境でみんなが生きていけると確信している。しかし、現実はどうか、ねこはそれは知らない。

 もちろん、これは、みんなが、「今、ここで」という生き方で生きていくことが必要だろう。この意味は、随筆の中で明らかにしたいと想う。過去は懐かしむべきものではなく、すべてを乗越えるべきであり、未来ははっきりと素晴らしいものを描き、それを実現するように努力を積み重ねるべきだと想う。



第02回: 心配症は病気か?

 昨日まで二日間、頭の中に「なんとなく心配ではないの?」というような想念がふつふつとやってきた。脳が活動している時、つまり、現在意識が騒々しく俗世的なものごとにかまけている時は、なんにも出てこないのに、横になって静かにしていると、ふつふつと来た。

 ねこは、小さい時から、この経験をしていた。もっと酷いのは、遠足の日の朝起きる時に、「遠足の出発時間に遅れそう」とかの情景が出てくる夢が多く出現した。もちろん、内容は次第に変化してきた分けだが、夢だけではなく、眼を瞑っての、瞑想状態で自分の想念を観察してみると、「心配ではないのか?」という想念が浮いてくるのである。

 ねこは、自分の人生で出てきたこの種の想念がきた時には、「手は打ってあるものには、大丈夫」と言う意識を送ってやれば、消えてしまう。これは、ねこの無意識と現在意識の問答だと認識していた。

 ところがである。手を打ってないものや、予め問題とは認識していなかったものがでてくることがある。「こんなこと知らない?」とか、「あそこが壊れそう」とかいうのがくると、それまではそんなことを何も気にしていなかった現在意識が、急に気にしだして、あっと言う間に、心配な気持がふくらんでくることがある。

 こうなると、ねこの性格が丸出しになり、「即確認しないといけない」と言う気持になっていく。自分で即座にできる物事は、すぐに確認して、問題が無ければそれでよし。問題があれば、何とか処理して、一まず安心して、その不安感が消える。

 困るのは、会社の仕事とか、相手がありその日が土日や祭日だと確認のしようがないので、この不安感が最高潮になる場合である。この状態が続くのは、実に気分が悪い。何をしても、現在意識がこの問題に囚われるので、ちっとも他の事ができなくなる。

 また、自分ではなくて、誰か関係者に確認させないといけない時には、つい、機嫌の悪い声を出すとか、性格の悪い部分がみえみえになる。自分でも苦笑してしまうのだが、相手も、困惑してしまう。

 実は、この不安感は、私の無意識から教えられたことに起因して私の現在意識がつくり出したものでしかないのだが、その不安感が確信のようになって、元の無意識に返っていくのか、或いは、想念が飛んでいってどこかから反射してまた私にやってきたのかは、定かではないが、兎に角、増幅するように感じている。

 でも、これは「まだ有りもしないことが起こった」と想う不安感があり、何もなければ、それでお終いなのに、予め自分でつくりだして、不安に慄くということだということは、冷静に考えれば、誰でも判るのだろうが、自分だけでパニックになる場合がある。

 「無意識からふつふつとなんて、そんな経験はないぞ」と言う人はいるだろうか?

 そう言う人は多分いないと、ねこは想っている。ただ、その「ふつふつ」がまったく感じられないほど、毎日四六時中現在意識が忙しい人ではないだろうか。

 しかし、感じ取れたからと言って、「あなたがこのようになるのだ」ということではない。こうなる人と、ならない人といるのである。この差が何からきているのかを分析していくと、あなたは博士号をとれるかもしれない。

 現在意識が忙しくて、気がつかなかった人は、先ず、予め考えすぎてパニックになったりはしないだろう。また、無意識からやってきたものに気がついても、何にも反応しないほど、ものごとに動じない人も、パニックにはならないだろう。

 ねこのように、心配になった人はいるかどうかはしらないが、もし、居たら、どうやったら良いのか考えておくことをお勧めする。実は、学校でも、会社でも、一般の社会でも、宇宙空間からすらも、誠に目間ぐるしくものごとが変化して個人への影響は全天の方向からやってきている。360度なんていうものではない。

 だから、今や無数の不安要素が存在していると言ってもよい。それをなんとなく感じ取って、不安を現実化して、自分の中で膨らましてしまう、そう言う性格の人がいたら、きっと病気になっているだろう。

 ねこは、私は昔、血液型で性格が違うというようなことを書いた本を読んだことがあり、私がA型だから、そんな風に先行きの心配をするのだと勘違いしていたかもしれない。確率的にA型が50%はいるのだから、A型の人の中でも、多分、心配度はちがうだろうと今は感じている。

 しかし、ねこのこの性格は、今に始まったことではなくて、多分生まれもってきたと想う。もし、この不安感に毎日正直に付き合っていたら、多分、とっくに胃に穴があくとか、十二指腸潰瘍になったりとかしていたような気がする。確かに、そのようになろうとする傾向はあった。



第03回: 無意識眼鏡の探偵さん?

 昨日でも、そのような事態になった時は、完全に胃のどこかが痛い症状を呈した。しかし、ねこは胃や腸に炎症とか何かが起こるほど、想いつめたことがない。そんな時どんな対処をしたかと考えてみると、どうも小さい時から、その不安の元になっている原因への対処が異常に早かったような気がする。

 小学校から中学の子供の頃は、学校のことで何かの不安がやってきても、何しろ親がそれらの先生であり、何でも聞けば解決したから、精々、夢の話ぐらいでは変になることもなかった。高校時代は、試験のことばかりがでてきたが、どうせなるようにしかならないという態度だから、まともに悩むこともなかった。

 父母や祖父母は気がもめたと想う。予備校に学んでいる内に、大学受験というのは、技術だと認識した時から、その技術を習得したら、絶対的に入るところがみえてきて、これも余り悩まずだった。

 大学に入ると、もう物質意識が騒々しくて、変な不安感などというものは、出てきたとしても、まったく、意にかいさなかったと想う。何しろ、アルコールが好きで、トリスの小瓶をもって、よく飲んでいたから、たぶん、これも、不安感をなくしたのかもしれない。しかし、会社に入ってからは、そんなことはしていない。

 ねこがもっとも気分がよかった時間は、大学時代のジャズの演奏をしていた時間である。まったく、物質意識はおとなしくなり、まことに酔いしれていたと記憶している。ジャズは、ねこの脳には麻薬だったのかもしれない。今でも、頭の中に曲が鳴り響くほどの記憶である。

 あんなに不安感の無い時代はなかった。

 それならずっと、それを商売にしていたらどうなったろうか。たぶん、不安感に潰されてしまったかもしれない。お金を貰うセミプロでも、本質的には遊びであり、それで自分の生活を養えるものではなかったからだ。

 会社に入ってからは、まあ、この心配現象は多かった。自分のした仕事に対して、無意識からふつふつといろんな情報がやってきた。この原因は、どうも仕事をしながら、現在意識でなんとなく不安感をもっていたせいではなかろうか。 

 絶対の自信を持っていたら、現在意識にこんな不安感はないはずだ。しかも、それほど強く感じていなくても、それこそ無意識にふつふつとこの不安感を送りこんでいたのかもしれない。そして、現在意識がふっと静かになったときに、無意識から、「どうなった?」なんて滲ませてくる。

 嫌なものであるが、もともとは自分の発したものだろうから、対処のしようはあった。

 ねこは、いつも、首を横に振って「消えろ」と命じていた。そして、取り合わないのが一番である。自分の体の中であっても、取り合うと、とたんに増幅してくるから始末に終えない。取りあわないのが得策なのである。

 この種の不安感に付き合い、増幅するのに同調していると、本当に体の調子が狂ってくる。これには、分けがあるらしい。「病は気から」というが、この心配する気分が病気の原因になるというのである。これは、ねこの長年の経験からいうと、「さもありなん」である。

 とくに心配事は、考えだしたとたんに、すぐにも内臓のあちこちに痛みを感じるからすごい。実は不思議でも何でもなく、人間の肉体を神経に沿って存在する何者かが、ねこの思考につれて一瞬の内に神経系を介して肉体全体の調子を変化させていると感じ取れるからである。

 この事実は、医学的にどう解明されているかは知らないが、遠からず、それは正しく解明された内容が公開されると想う。今は、ねこが感知した事実だけしか言えない。

 これは、とても面白いもので、ねこの場合はできることは即刻対応する癖がついているので、自分でできる場合は、即座に対応して解決するから、実際の変調は誠に早く回復できた。相手が会社だと土日を挟むのが一番長いものであり、精々三日の苦しみであった。だから、連休は嫌いである。にも関わらず、連休にこそ実際の問題を起してくれた。誰かが糸を引いていたかのようにである。内容は守秘義務から割愛する。

 これらの問題は、今までは必ず解決しえた。何しろ、自分で解決できる範囲だったからである。個人の人間には自分で解決できる範囲のものしか問題はやってこないようだ。ところが、法人の役員とかになると、個人ではなくなる。この時の問題解決は、個人では負えなくなるので仕事をする時に、厳しく律する必要がある。

 法人の役員とか、政治家とか、公人としての場合は、常日頃の自分の思考、処置、行動を法に従うのはもとより、国民や延いては人類に対する責任まで考えて、対処しないと、まことに自分の人格を維持できない重荷を背負うことになるだろう。 

 このような場合、人は恐らく毎日のように、この「あれは大丈夫?」と潜在意識から聴かれているのではなかろうか。これが続くと、大抵、内臓の調子も神経系の調子も狂いだすのではなかろうか。このような場合には、「消えろ」位では治まらないだろう。

 何か不都合を起している場合にも、これは「正しい」と無意識に叩き込んでいると、無意識は正しいと想うだろう。これが無意識の特徴らしい。無意識は、すべてを記憶しているという、恐ろしい存在である。

 つまり、無意識は習慣や繰り返して思考、処置、行動を叩き込めば、騙せるらしい。しかし、この無意識から現在意識への、「次を頂戴?」なんていう呼びかけは続くだろう。仕事をやめてからも、この想いは消えずにやってくると想う。「あのことは大丈夫?」と言う問いかけは厳しいだろう。忘れようにも忘れられないはずだ。

 これらに関連した人たちの無意識は多分、そのことをみんな共有しているだろうし、関係していない人々の無意識にすらも感知されているのかもしれない。これは、自分の無意識とつうつうな探偵がでてくる推理小説のねたになるのかもしれない。まあ、しかし、余り信じて読む人はいないかもしれないが。

 また、このような形で、業務上の不正とかも曝露されてくるというのなら、それは最初からしないが良いという示唆にもなろう。



第04回: 悪いことばかりではない

 ねこは「これは心配でしょう?」という無意識からのお誘いには乗らないことにしている。今すぐに、処置すべきことは、その場で処置することにして、先行きのことに悩んだりして、ねこは心身症にならないように対処している。

 この無意識経由でくるような物事は、例えば、静かに瞑想する時とか、ふと現在意識が静かになった時にやってくるが、これに振り回されずに、有効に対処できれば、心身症になると言うようなことはないのかもしれないし、有意義なアドバイスにもなったものである。

 ところで、実際には、これらのお知らせは、悪いものばかりではないのである。ふっと気がついたとかいう仕事上の解決策は、ねこにもいろいろと有ったし、いろいろな人たちから聴いている経験談からも伺い知ることができる。これらのものごとは、何処から来るのかは別としても、非常に有意義なものがある。

 これを現在意識の騒々しさで無視してしまい、利用できなかったことも多々ある。なんと、一瞬で忘れてしまったことも多いからである。

 これは、何にもしないのにやってくるものではないらしい。仕事の時に問題が出て、これの解決策を必死で考えている時には、考え疲れてふっとそのことを忘れた時に、「これ!」って言う様に、ヒントや解決策そのものがあってきたものである。

 問題ばかりではなくて、非常に興味をもって何かを探していた時などには、それに関連したものが次々と見つかることがある。これらも、この現象に似ている。
 
 ねこの場合は、化学や幾何学が好きだったが、これは経験からだけ考えても、答えがでないものが多かった。こうなると、直感しか頼るものがない? この直感とは何か、ねこは学生の頃には知りもしなかった。だから、好きな学科だったのに、受験には使えないということで、両方共、捨ててしまった。

 特別な発明や発見などをする人たちは、殆どが直感的なひらめきによって解を得ていたようだ。また、数学の解、物理学の法則的なものなどの発見も似ていると想う。しかし、そんなに重要なものでなくても、普通の人にはとても考え及ばないような、謎解きとかする人たちもいる。

 謎解き、暗号、言葉や歌や短歌などの裏の解釈等々を創りあげた人々には驚嘆するしかない。内容が正しいかどうかを判断することは私にはできないが、最初のきっかけになった想いが、最後には雪だるまのように、必要な情報を丸め込んでくるのではないだろうか。

 現在意識と生まれてから脳に蓄積した情報だけでは、関連情報を探しだし、その中から、必要なものだけを拾い出すことなどは、とてもできそうにないものが多い。読んでみると、なんとなく閃いたとか、偶然に行ったところで発見したとか、そのような言葉がよく書かれている。

 これらも、無意識からの協力の結果のようだ。

 頭のいい人?が、ある人の書いた本を読んで、内容を分析して、これこれのことが判ったと書いても、そこには、なにも新しいものはない。ところが、謎解きの様なことをする人は、最初から”それは完成した”と思い込んだように始まるようだ。そうなると、必要なものがぞろぞろと眼前にやってくるということらしい。そして我田引水で取捨選択もできるようだ。調子がいいなと、ねこは想うのだが。

 ただし、これらの成果がすべて正しいものだと言っているわけではない。

 ここで、ねこが言いたいのは、「人が、”実現した”と思い込んだ物事は、努力していけば、その実現に必要とするものを引き寄せて、その結果を創りあげられる」ということである。世の中にでている本を見て見るとよい。そのような成果が書かれたものは多い。ねこは、好きなので、よく読んでいたものだ。

 先日、ねこは「万葉集は裏の歴史書」というHPをみて驚いたものだ。万葉集の短歌は、歴史の事件を暗号にして詠んであるものだという。枕草子、源氏物語も裏の歴史であるというような見解であり、実に克明に解釈がなされていた。その事実を知っていたらしい芭蕉や島崎藤村も、裏の歴史を歌にしているのだという。

 このような、突拍子もないことは、ある種の確信で始まり、一心に回答を探しもとめた人間に対しての、無意識の助けなしには不可能だろう。とすれば、このようなことは、特別な人にだけ起こっているのではないはずだ。

 ある種の確信、つまり”既に実現したというもの”が頭に浮かび、一心にそれを実現しようと努力し続けた者には、無意識を通しての援助があり、その”既に実現したというもの”が、眼前に姿を現してくると言うことになるということではないか。

 ここで、”無意識”と書いているものが、果たして何かは、ねこが明確に言い切れるものではないのでお断りしておく。また、”既に実現したもの”が正しいかどうかについても、言えない。つまり、”間違った宇宙理論”でも完成するのだと言う意味である。

 数学の理論、宇宙の理論等々、いろんな理論は大抵このようなプロセスで発生していると、ねこは想う。これらは、みんな最初に閃きありきであろう。その閃きが本人を突き動かし、一心に一生かけて構築した理論は、当初の閃きの姿を実現しているのだろう。しかし、これらの物事は、次々と新しい理論に越えられていくだろう。本当の真実がわかるまでは。


今朝は、コジュケイさんが「ちょっとこい、ちょっとこい」の啼いています。
ツピーツピー の鳴き声は、シジュウカラさんですね。



第05回: 喜怒哀楽と肉体の変化

 ところで、ねこは、どうやって喜怒哀楽を感じ取っているのだろうか。感情を抜きにして、論理的に考えてみると、これは「自分中心の何か」が無意識の中に存在していた時に、「何々ちゃんがどうした」というような事実を現在意識が見たままを送ったら、無意識からふっと喜怒哀楽の波動が浮き出してくるように感じる。

 「自己中心の何か」と「何々ちゃんがどうした」という二つの物事が無意識の領域で比較され、その結果から、喜怒哀楽の感覚が、脳の領域ではなくて、鳩尾のあたりにある感情中枢に湧いてくると感じ取れる。これはふつふつと湧くなんてものではなくて、じぃっとのしかかるようにくる。

 歓びの場合は、全身が打ち震え嗚咽と嬉し涙がでる位までになる。哀しみも怒りも楽しみも同様にその部分で感じられる。そのまましておくと、ずっと続いていると想う。どうしたら止むかは、個別に違うと想う。

 このような感情が発生すると、全身の細胞や筋肉などの、いろんな部分がその感情の波動の振動数に共振するような現象を起して、打ち震えたり、引きつったり、炎症を起したりすると、ねこは感じとっている。この感情の急変から肉体のあちこちの変化への反応は物凄く早いものである。そして、この感情が消えていくと、反応も消えていくが、体の異常からの回復には幾らか時間がかかる。だから、常時あると消えなくなる。

 喜怒哀楽の原因と想われる、最初にありきの「自己中心の何か」はどこからくるのだろうか。これを考えてみると、何処からでもなく、ねこの現在意識から来ていた。

 例えば、「何々ちゃん」について、一人の友人としてみているだけならいいが、何となく、「何々ちゃんはこうあって欲しい」と言う願望意識が起こったとすると、この想念が毎日、無意識に送られるのだろう。そうなると、無意識はそれをしっかりと保存してくれるようだ。

 そして、現在意識が、何々ちゃんに関係することを見聞きしたとたんに、それが無意識に到達して、「何々ちゃんはこうあって欲しい」という願望に反するような事実を掴むと、「哀しみ」とか「怒り」の感情を作り出して感情中枢に送り出してきているように感ずる。

 この仕組みが本当かどうかは、今、ねこには判らないが、はっきりしていることは、明かに「何々ちゃんはこうあって欲しい」という自己中心的な願望が私の無意識に刷り込まれている証拠だということである。この願望がなければ、まず、この時に「哀しみ」とか「怒り」の感情は発生する論拠がない。

 要するに、喜怒哀楽の感情の発生する原因は、すべてこのような自己中心的な思いの形式への刷り込みであろうということである。刷り込みと書いたのは、一度や二度のことでは、そん酷い感情はやってこない。現在意識で、「何々ちゃんはこうなって欲しい」と刷り込んだからこそ、無意識はそうなるのが当然と認識するようになったということである。

 「こうあって欲しい」も「こうあって欲しくない」も同様である。

 私の煙草とお酒に関する習慣は、完全にこの刷り込みだと判っている。習慣は恐ろしい。吸っていた当時は、煙草をすうと頭はすっきり、ストレス発散と思いこむようにしていた。確かに、若い頃はそう感じた。実際には、血管が収縮して、脳に血液がいかなくなり、ふわっとした気分になることで、ストレスを解消したかのように錯覚しただけである。

 年を取り、血管が細くなると、煙草による血管収縮は、心臓に大きな負担をかけることを自分で認識して、煙草を絶つことにした。しかし、やめるのは大変で、そこで、無意識への刷り込みをすることにした。「煙草を吸わないことにした」ということを毎日現在意識から刷り込んだ。

 どうしても吸いたくなったら、ウイスキーを飲んで、頭をボウットさせてやった。無意識の奴は、それに騙されたようで、一週間で吸うのやめられた。煙草を禁じられたのではなくて、自ら吸わないことにしたのである。無意識が吸わないのを習慣にしてくれたので、吸う気を起してくれないのだと認識している。
 
 さて、ねこの人生は喜怒哀楽に満ちていたのだが、その喜怒哀楽にきひずられて身心ともに、どれだけ病気になったか。長続きはしなかったから、入院とかはもちろん一度もないが、実際にはかなりあちこちに影響がでたのは当然であった。

 人生の生き方は一人一人違う。これは性格も能力も興味の範疇も家族構成も家庭状況も社会環境もみんな違うのだから、当然であり、出てくる種類も強さも異なるので、病気の発生場所も当然違う。しかし、身心のどこかに必ずといってよいほど、病が発生しているだろう。

 つまり、ねこは自己中心な思考の仕方と処置と行動を、現在意識が見たもの聞いたものに基づいて実施していたので、いつのまにか、無意識に判定基準を作りあげてしまった。その結果、今になって、現在意識が見聞きするもののほとんどに置いて、無意識から、喜怒哀楽と更に加えて、なんとも言えない不安感までやってくるように、無意識のデータベースの構築してしまったらしい。

 こうして、書いている間にも、何かの不安や喜怒哀楽が浮いてきている。これは厳しいものである。簡単に消せないのである。ただの不安感はまだ首を振って消えろといって消せばよいのだが、そうは行かないものもある。

第06回: 刷り込みの恐ろしさ

 ねこは、今は薬を絶って八年にもなるが、成人病の治療をしていたことがある。それをしていた時は、もっとすごい不安感があった。つまり、いつも病気を意識しており、一月に一回は血液の検査をしていたから、次に何がでてくるかが不安だった。「私は病気だ」と言う想いがいつも付き纏っていたから、無意識は完全に「ねこは病気の老人」というのが正解だと想っていただろう。

 ところが、ある理由があって、薬をやめてしまったとたんに、身体は元気を回復し、老人から壮年に生還したと想った。病気は一つも進展せず、心臓の異常も感知せず、意識は老人から壮年にもどり、何よりも、無意識から「ねこは病気の老人」と言う事実が消えてしまった。消した方法は、そうやすやすとは教えられない。

 要するに、人間の病気は、遺伝体質はもとより、もって生まれた性格や生活環境の特徴などからくる、考え方の特徴が大きいと想われる。それは、以上の事で明らかだろうと想う。では、何故そんなことになるのか。これが、ねこにも大いなる難問であるが、一人一人の中にいる、進化すべき何者かが、用意した環境であろうと言う認識になりつつあるが、ここから先は語らないことにしよう。

 思想や信仰などの刷り込みの恐ろしさ

 一つは思考に自由の無い組織の恐ろしさである。理由は明確である。思考の自由がなく、イデオロギー等の与えられた考えを信じるというものである。「このイデオロギーは絶対である」と刷り込んだから、無意識は正しいと認識している。そして、それらの教えの内容に叛くようなことを、現在意識が読んだり聞いたりしたとする。

 もし、現在意識がこれを無視しようとするとどうなるか?

 「恐怖」という不安感が帰って来ると想われる。それでも無視しようとすると、もっと厳しい反応が環境からも帰って来る。これから逃れるのは非常に厳しいだろうなと、ねこは想う。ねこは、このような環境になったことがないから、想像しかできないが、無意識への刷り込みを再び消去るのはとても大きな努力と多くの時間と周りの理解が必要であろう。しかし、消去るのは、あくまでもその人だけにしかできないものである。

 このようなことから、如何なる教えといえども、強制して教えるものではなく、一人一人が接近の是非も含め、内容について自分で自由に思考して学び理解して認識するということが重要だと、ねこは想うようになった。

 無知や遊びによる刷り込みの恐ろしさ 

刷り込みといえば、ずっと以前に、ねこは「五円玉の振り子」を振って、「こっくりさん」に似たような事をし続けていた二児の母が、現在意識と五感では見えないはずのものを見たり、聞えないはずの声を聞いたりした事件に遭遇している。この時の記録は残してある。

 人間は、現在意識で得た情報を、無意識の中に刷り込んでいるようだが、刷り込まれたものが、今まで考えてきたように、ふつふつと現在意識に浮いてくるのには、ある種の検閲がかかっているらしく、入れたものをすべて見れるようにはなっていないようなのである。自分の場合をみていると、それは明確である。

 どうやら、この主婦は無意識と現在意識の間にある、検閲の機能を停止させてしまったらしい。つまり、それまでに押し込んできたものが無制限に脳の中に浮いてきて、現在意識の五感で見えるものが脳で形とか音とかに変換しているあたりで、無意識からのデータと混線し、足し算された形で脳はすべてが一緒にこの三次元に存在すると現在意識に返していたと想う。

 この主婦はこの検閲の自律制御を無意識側に何かを刷り込むことで、危険を知らずにやってしまったのだろうが、この開閉は当時は彼女の現在意識から制御できなかった。したがって、精神病院に長く入れられて何らかの治療を受けて漸く回復している。しかし、10年以上の歳月を要している。 

 当時、私はいろんな真理を知りはじめてはいたが、本当の所は、判っていなかった。そして、治療のために、ある霊能者に援助を依頼していた。この霊能者は、この主婦の病気の原因を氏名と生年月日だけで、はっきりと「振り子をやりましたね」と私に言った。

 何にも知らなかった私は、これには仰天した。何で判るの?。しかし、「ついている霊は追い出しました」という言葉を私は信じてしまった。しかし、今思えば、実際には、霊が憑いているなどはありえない話だったのだ。

 無意識の中に自分が今までに創りあげたもの、つまり現実では非論理的なものなのに、如何にも論理的なもののように無意識の中に創りあげた、「宇宙人のお爺さん」がでてきたに過ぎなかったのだと、今、ねこは想っている。

 ところで、生来、或いはある種の修行などによって、この検閲の機能が少し開いている人々がいるようだ。このような人々は、自分の無意識を意識的に利用できるのかもしれない。そして、人間は現在意識を利用して人をみるよりも、相互の無意識の波動の調和や不調和を利用してみているのではないかと、ねこは感じつつある。

 何故そう感じるかというと、最近のネット環境で、いろいろな人たちとメールや掲示板の書き込みで言葉を交わすとか、また、言葉をかわさなくても、書かれたものをみただけで、波動があわないと感じることがあるからである。これは、あなたにも判ると想う。

 ここで、ねこは「無意識」と言う言葉で書いているが、その背後に実際に何があるのかは、判っていないことをお断りしておく。真理はいつか明らかにされると想う。


第07回: 遠隔透視のようなものは可能か 


 氏名と生年月日をもとに、「振り子」こっくりさんを言い当てた人は、当時70歳過ぎのおばあちゃんだった。ねこは、病気になった人の状態を霊が憑いたなどと想いこんだらしく、日本一の霊能者と称する東京のおばさんに処置を依頼しようとしたが、ある事情で断られた。その結果、岡山に住むおばあちゃんにFAXでデータを送って何かしてもらったのだった。

 この時は、どうやって感知して、何をしてくれたのか、まったく判らなかった。今にして想えば、あのおばあちゃんは、なんらかの方法で、病気の女性の無意識と同調してみたのではないかと想う。また、この無意識という言葉が曖昧だが、この際仕方が無い。裏に何が存在するのかは、ねこには完全には理解しえないからただ。

 既に確認のしようもないが、同調してみて、振り子をやっている女性の状態を絵かなんかの形で見たのだと想う。このことは、最近になって、私には理解できるようになっている。よく、インパルスのように絵をありありと受け取る人たちがいるからである。

 このインパルスはふっと現在意識に浮かぶらしい。このインパルス絵が、自分の無意識からきたのであるとは想われるが、実は、その先に他の人の無意識から、無意識の連絡によって来たのか、この区別は不可能のように思える。

 ねこ自身には、そんなに強烈なものの見えた経験はないが、仕事上での問題解決のためにやってきた回答は明らかにデジタルではなくてアナログ的な何かだったと想う。問えば、自分の無意識や何か、或いはそれを通して、その先にある誰かさんの無意識や何かに聞くことができるなんて、素晴らしいことではないか。

 これが意識的にできるとすれば、すごいことだ。

 さて、これは特別な人たちのものか?なんとなく、そんなことができているような人たちが世に存在し、それでもって、意識の病気になっている人たちを治すと言う商売している人もいるようだ。しかし、なんとなく、霊が憑いたとかいうことにして処理されているようで、ねこは疑問を感じている。

 先ず、霊が憑いたというような現象は、明らかに霊が原因ではなく、先に紹介したような霊と同じで、本人が人生の間に想い、想わされてきた幻影を、無意識の中に論理的なものとして創りあげたものが見えたに過ぎない。

 あの主婦は、私にこう言ったものだ。「この部屋には霊がうようよ居ます。それと、私の肉体は、宇宙かにきたというお爺さんに占領されています」と。結果は、そんなものは何も無かった。つまり、憑いたものを払らわなくても、自分を取り戻したことによって完治したからである。

 憑いてもいないものには除霊も浄霊も要らなかったのである。病気になった本人が自分ですべてをもとに戻さないといけないと感じている。霊能者と称している人たちが、憑いたと称しているのが真実なのか否かは、ねこには判らない。

 話は飛ぶが、ねこは、以前に「遠隔氣功の驚異」という本を読んで、ふと感じた。「これは無意識を使うのかもしれない」。氣功による効果より先に、遠隔で相手の病状を読めるものかどうかに、非常に興味をもった。この本との出会いが偶然か、良く言われるシンクロにシティの一つであったかどうか、私には判らない。

 しかし、この本を読んだ結果、氣功鍛錬の自習カリキュラムを購入して、半年間の鍛錬を実行し、実際に遠隔で氣功をする機会にも恵まれることになった。実際に、やってみると確かに何かの効果が相手に伝わってある種の結果がでるのも理解できた。

 診療室でお互いの気を重ね位近いところでの外氣功については、当然だと認識できたが、遠隔の場合はどうするのか。表向きには、氣功師によって次のように違う。”相手”を目の前に呼ぶか、”自分”が相手の所に行って、診療所でのように、実施するということらしかった。”相手”というのは氣功師によって範囲はことなるようだ。

 ねこは、「相手の全身のデータを私の目の前の人形の身体に投影した」と私の無意識に納得させる。この状態でクライアントのデータに氣を送ると反応が返ってくるので、その状態を調べる。その結果から、外氣功の処理をするのだが、詳細は省きたい。

 実は、この氣功の鍛錬は同じカリキュラムなら、誰にでもできると想うのだが、氣の流れや感覚については、繰り返しの鍛錬で、無意識にそれらを刷り込んでいくことであるので、疑いばかりを持つ人には困難かもしれない。

 こう考えていくうちに、なんとなく、遠隔の氣功は双方の無意識を介しての仕事かもしれないと考えだしている。一方で、無意識のつながりで、相手の病状によっては、此方もその感覚をうることがあり、気の送信に際しては、自分の内氣を高めていないと、こちらが共振して変になるということも認識しつつある。

 突然、氣功の話をしているが、実は、このあたりから、ねこの無意識によるいろいろな物事への認識が少しずつできてきたことを書きたかったためである。このように、自分の無意識と仲良くして、それを介して他の人たちの無意識と協働してなにかをすることが可能だと認識したら、この世のいろんなことの因果が見えてくる気がしたし、それを利用すれば、よりよい社会にしていくことも可能だし、是非それを実現したいなあと言う気持になってしまった。

 その結果が、この「未来随筆」である。ここから、漸く、本当にねこの未来に関する随筆が始まる。ねこは、自分の無意識に「未来のイメージ」を植え付けたい。しかし、たなぼたはありえない。実現するべき目標には、当然なすべき努力が必要であり、それが何かを考えながらぽつぽと随筆を書き溜めていくことにしたい。

 さて、みなさま、無意識に何かさせることができるからといって、そもそも、生命と自然の法則に反するような物事をしでかせば、それは即ち、犯したものに罰として何かがかえるのは自明であり、やってはいけないことだと認識していないと、とてつもない罰を自ら与えることになろう。

 まあ、素朴にいくしかない。


第08回: 将来を見つめて今を生きる


 実は昨日の夕方突然、ねこの無意識を読まれたかと想われる内容のメールを戴いた。もちろん、普通なら、怒りの反感を起すような内容であったが、ねこも常々考えていたことであったので、ごもっともと感じ、内容の大枠が正しいことを認めた。

 この随筆の中にもかいてあるように、確実に何か私の物質意識の状態を、無意識とか、あるいは別なものでもって、見つめられていると感じた。 つまり、私の生活自体が読めたということである。それを書いて、上の表題になる随筆を書くようになってしまった。

 まあ、そう赤裸々に書けるものではないが、ねこは、既に年金生活である。会社勤務の時や、それ以後の臨時の仕事でも、仕事の機会と収入があった。しかし、現在は稼ぐ仕事をしていないし、臨時の収入の機会もなく、しかも、二ヶ月に一度しか収入がない。

 会社生活の最後は、収入がいいのはわかりきっている。これが年金生活になると、その収入の差が大きい。もちろん、最低限度の支出にとどめていれば、つまり、創造からの預り物として、厳に管理していれば、当然極小の費用ですむはずだが、ねこは、そこまで厳しく律せず、延びてきた寿命までの蓄えを必要以上の支出として利用してしまっていた。

 人間、絶対限度を弁えていないと、その状態から、戻すのに苦痛を伴う。大体、絶対限度ではなく、物事を相対的に考えるから、つい、まあ、いいだろうになる。ねこも例外ではなかった。

 更に、子供たちの生活のやりくりは、ねこの家計よりも質素であるが、何度かの危機の面倒みている考え方にも、甘いところがあり、本来、自分で苦しむべきところを、援助でカバーした事も、反省しなければならないようだ。

 やはり、子供は成人したら、自分の人生への対応を一人で考えて対処していくべきであり、お金の援助は、創造と自然の仕組みからみても、余計なお世話であった。ねこは父として、冷たい処置を取ろうとすると母親は、甘くなるとか、いろいろな経緯はあった。

 ここで言いたかったことは、三つある。今から、それをここに書き残しておきたい。

 1)物質的な環境は正しく乗越えよ

 ねこは、創造-自然の法則と掟のことを学んでから、生き方として物質的な物事と霊(Geist)的な物事のバランスを取ろうとしてきた。しかし、実は、今の地球では、なにしろお金がなければ、生きられないという環境である。

 この随筆の先の方でかくよていにしている、地球の未来では、お金などは存在しないと言いたいのだが、この世では、それはどうにもならない。そうなれば、どうしなければならないか。はっきりしている。

 「如何に収入が少なくても、その半分くらいで生きよ。それしか、生きる道はない。子供がどんなに苦境にあろうと、放っておけ。」これが「獅子の谷落とし」であると。

 ねこは、ごもっともと納得した。


 2)言いもしない情報を如何に知ったか?

 これが、ねこには最大の関心事である。ねこが思うに、ある日、ある時、ねこは怒りを発していた。「創造が与えてくれたものの無駄遣いは許さない!」というものであった。もちろん、ねこは既に収入の半分で生きることを覚悟して、それを実行にうつしていたから、ひょんなことから、このような怒りが湧き起こっていた。

 もちろん、この家では、ねこと家内しかそれに関与するものはいないから、それ以外の人にいうことではない。しかし、このような、ねこの状態が、なんとほとんど正確に読まれていた。そして、やってきたメールには、縷縷書かれていた。

 ねこには、自分でも、そのような結論になりつつあったが、決断しえていなかったものもあったので、このメールに、まことに素早く反応していたが、その裏で、何処から、ねこの心配の状態を知りえたか?という想いが。

 書いた人は、何か判らないが、「あなたの母上からの伝言ではないか」と言う。ねこは、今までの随筆で書いたように、自分の無意識を読まれたのではないかと感じている。何故かというと、私自身がこの心配をしていたからであり、ある一点を除いては、殆ど解決策が同じだったから。しかし、もう一つについては、ねこの母の意識とも感じ取れたので、この点は留保してあるが、ここには書かない。


 3)過去に執着すると病になる

 さて、いつものことであるが、ねこの経験から次の様に言える。このようなケースの場合、私には、過去の自分の過失というか、何もしていなかったとかの後悔をする意識が湧いてくると、この感情は明らかに肉体のいろいろな部分に、マイナスをエネルギーを与えるか、氣を虚にするとかの反応が瞬時にでるようだ。

 みなさんもこれは経験していると想う。

 そうなると、現在意識の想念と同調したらしい五臓六腑になんらかの、意識的な集中が起こり、痛痒いとか、突っ張るとか、痛みとかを引起してくるのが判る。この五臓六腑は氣功上は架空のものであり、実の内臓ではないはずであるが、そのような想いを常時維持していると、確実に内臓や神経系や色んなものに影響がでてきて、病気になると思われる。

 過去の過失や出来事は、その時の事情で出来上がっており、その時の気分や状態や人との関係に於いてすでに解決しているはずである。それが、一つ学びになっているので、繰り替えしてくることはないと思われるが、自分の思いや思考の中では、何回も繰返してでてくきて、それが出たことによって、五臓六腑に異常を起して炎症などの原因になっていると思われる。

 今回の指摘に関連して、自分の思考の様子を瞑想してみると、過去に振り返るものが多かった。そして、それが出る時に、肉体のどこかに痛みがでることも認識できた。つまり、このように、過去を振り返り続けると明らかにどこかに、何らかのエネルギーが蓄積されてそれに見合った症状の病が発生するだろうと認識した。

    
 今日の結論は、自分の未来を見つめて、今を正しく生きるべきだという教訓であった。この人生の未来はまだ長い。いまから、それに対処すべく、ねこは質素な生活をしようと、決心した。


第09回: ポジティブとネガティブのバランス

 急に、物理の授業のようになるが、読んで欲しい。

 地球の自然をみると、電気にプラスとマイナスがあり、地磁気にN極とS極が存在して、それらは両者で平衡を保っている。各々の性質は、正(N+)極はネガティブなものを吸引するし、負(S-)極はポジティブでないすべてのものを反発するものである。

 転生する理由がある生命本体が進化するのに、私たちの日常の人生に何を仕掛けてくるのか、ねこは定かには知らない。ねこがここままで生きてきて、学んできた限りでは、その仕掛けの一つに、私たちの想念があると想われる。もちろん、想念だけではないだろうが、ここでは、日常の考えの参考にしたいので、それだけを取り上げる。

 例えば、「プラスの想念と力は、マイナス想念と力を受信する。」という仕組みが一つあるようだ。これは、ねこがプラスの想念を創りそれに送り出す力を与えると、どこかで、戻る力に変化し、プラスの想念はマイナスを取り込んで、最後に同じ力の、マイナス想念になって、ねこに戻ってくるらしい。

 言葉を変えると、何か「善」の想念を生み出して発信すると、どこかで反転して、「悪」の想念になって、ねこに戻ってくる。その「悪」の想念を、ねこの思考によって「善」に変えて発信すると、再び「悪」の想念が帰ってくるという、仕組みがあたえられているようだ。

 数日前から、ねこは、元気になって、未来随筆を書くほどになり、ピカピカと「プラス」想念を発信していたと想う。それが、「マイナス」想念として、「そんなことしている場合か?経済は破綻しないのか?」という想念がきて、随筆なんて書いている気分ではなくなってしまった。

 しかし、いろいろなことを考え、対処の方法も考え、再び、「プラス」想念を発信したのが、「将来を見つめて今を生きる」の項である。しかし、それでも、すぐに「マイナス」想念が跳ね返り、気分が一時停滞したが、この項を書き出してから、また、「プラス」想念を発信しつつある。

 つまり、この繰返しが、どうやら、ねこの学びであり、一つ一つの想念の反発を利用した、生命の進化の仕組みだと認識しつつある。

 「善を生み出すためには、先ず悪を獲得しなければならない。」
 「プラスを生み出すためには、マイナスを獲得しなければならない」
      
 この際、

     ポジティブは、 人生肯定的、建設的、疑いがない =善
     ネガティブは、 人生否定的、破壊的、疑い    =悪

であり、この二つがバランスした思考によって、生命の調和を図れということを意味している。

 これらの言葉は、今、私の心を非常にさわやかにしてくれつつある。この両方による対立関係を無意識の中に知識として蓄積していくのだと想われる。そうなることが、自然の法則に合致する事だから。こうして、性格を創りあげ、人生を創りあげていくことが、私たちに要求された生き方のようである。

 もしも、無意識の中に、これらの片方だけしかなかったとしたら、ねこは明らかに狂うことだろう。

 マイナスにだけに堕落すると悪と否定を吸引することになる。ポジティブとネガティブのバランスしたポジティブ・ノーマルは、あらゆる善と肯定を吸引するというのが自然の法則といえる。

 
 さて、ここまで述べた想念は、明らかに感情は抜きのものである。

 それでは、感情的なものはどうなるのだろうか。想念が感情によって作られる場合は、純粋さが強ければ強いだけ、その力が変化しないで、そのまま発信者に帰ってくるようだ。

 つまり、愛を発信すれば、愛がもどり、憎悪を発信すれば、憎悪で帰って来る。逆にはならないのだ。上の善悪の場合と同じだと想ったら大間違い。これは、大問題である。つまり、想念が感情でつくられ続けていると、無意識の中に蓄積する知識は入らず、生命の自然法則的な進化に貢献しないのだ。

 「将来を見つめて今を生きる」の中に書いた指摘を、ねこが感情的な思考で受取り、感情的な想念をもって何かを発信していたら、その感情は一層増幅されて、ねこに戻り、更に、ねこは憎悪のような感情を発信しないとも限らなかった。これもまた、自然の法則であることは、自分でやってみれば、あなたにも認識できるだろう。昨日の指摘には、感情のかの字も入ってはいなかった。

 ねこは、この短い人生で、自分の生命本体に大いなる進化を遂げさせたいと想うので、日常の思考を、感情思考ではなく、生命思考と言える、ポジティブ・ノーマルになるようにしていきたいと想う。


第10回: 自然の法則と掟に合った生き方


 物理的に見てくると、自然の中には、プラスとマイナスが正しくバランスしているようである。一つに見えるものが、ねこの見方によっては、プラスやマイナスに分かれて見える。例えば、地球の人間は一つなのに、性という観点で分けて見るので、男と女とに区別してみている。

 それに似たような現象が無数に存在している。自然の森羅万象、非常に上手く考えて作られているので、ねこが分けたいと想うと、分かれて見える。薔薇は薔薇なのに、綺麗なものと汚いものに見えることがある。いや、違った。ねこがそのように分けて見てしまう。

 ようするに、これは、私が自分の無意識に叩き込んだ何かによって、二つに分けてみていると想う。現在意識というか、五感では、ただの薔薇の花形、色、木の形や葉の音、刺、匂い、刺で刺した痛み等々が、ただ単純に知覚されるだけだと想う。

 にも関わらず、花の形の好き嫌い、色の好き嫌い、刺をみると不快になるとか、匂いの好き嫌いなどで、いろいろやプラスとマイナスの想念が沸き起こってくる。プラスもマイナスもすべてが薔薇を示すものであり、好き嫌いの前に、薔薇は薔薇として認めることが必要なようである。

 無意識にためたものが、好きか嫌いかの片方であると、薔薇に対する行動や処置が偏ったものになり、薔薇の本質を認識するという学びはないということになるようだ。薔薇に対する認識が自分の思考によって、マイナスかプラスに偏ってしまうか、プラスとマイナスをバランスして見られる場合とでは、生命本体の自然な進化に大きな違いがやってくるのかもしれない。

 このようなことは、自分の人生の中での経験を詳細に分析してみると幾らでも例があり、判ってくると想う。自然な物事をこのように仕組んでいるのは、何らかの”意識”でなければ、不可能であると想う。この宇宙がビッグバンによって、ここまで具体化してきているのは、何らかの意志が見える。

 しかし、この仕組みには、人間のような”自我”は存在していない。もし、その仕組みの中に”自我”のようなものが存在していたら、私たちは、「薔薇は綺麗だ」とか「薔薇は汚い」とかいうことは不可能である。つまり、仕組みの”自我”のようなものによって規定され、私たちの意識に自由はないだろう。

 何処の国の歴史にも、「神がこの世を作った」というような記述がある。そして、しかもその神は嫉む神であり、自分に従わないものは、どうにかされるというようなことが、言われている場合がある。もし、そうだとすると、私たちには、このようにプラスとマイナス、善と悪を選択する自由はないではないか。

 ところが、どんな宗教やイデオロギーや会社や国や何かに所属していようといまいと、私たちは自由に、この善と悪を自分で選択できている。もし、そんな自由はないと言う人がいたら、教えて欲しい。

 つまり、私たちはすべてを自由に、自分の頭で考えて、処置を決め、それを実行することは自由である。神や仏や為政者や役人や上司や親などの何者にも、自分の思考と処置と行動を支配されてはいない。

 もしも、支配されているという人がいたら、自分の無意識に”自由はない”と毎日習慣的に叩き込んだのかもしれない。それ以外は考えられない。もし、ねこがそれをしていたら、ねこは当然、このような随筆は書いてはいないはずだ。

 つまり、”どのような生き方をするか”などという質問はありえず、”権威が指示した人生を行け”と言うしかない訳だ。また、もし、それが正しいとすると、何らかの進化もありえず、また、繰返して生まれる転生の意味もなく、要するに、”権威の言いなり”で一生を終るということであろう。

 とすれば、自然は無意味である、プラスとマイナス、NとS、善と悪も、すべてなんの意味もない。何の意味もないものを、何故に、その権威は創りだしたというのか?こう考えてみると、昔から人間を支配し翻弄し続けてきたある種の権威が宇宙や地球の自然というものを創作したものではありえないと、明確になるではないか。

 そのような権威の存在を基本に据えている考えかたで生きていたら、ねこは今頃、こんな随筆を書いていないだろう。ねこは、このある種の権威たちは、古代に地球にやってきた、外宇宙からの訪問者であるという認識を早くからしている。だから、これらの権威を神と崇める信仰には、まったく興味がない。

 喩えれば某自動車会社の人たちが、他所からやってきて会社を立て直したくれた社長さんを神のごとく崇めてしまうようなものであろう。そんな神は、自分の報酬のために働いたのであり、部下の誰にも人生のすべてを保証したりはしない。一人一人は自分以外に頼るものなどはありえないのだ。

 それでは、この宇宙の森羅万象はなんのために誰によって造られたのか。このことについての真実ははるか古代に地球の人々に伝えられているもようであるが、それらについて、今、再びこの地球にもたらされつつあり、真実は何れ広まると想われるので、それを創出したものは「創造」というものであるとのみ、記しておこう。

 自然の法則に合った生き方をするということは、バランスしたポジティブとネガティブを実施ながら、生きるということである。例えば、生命を殺すのは悪であるが、人間が生きるための必要限度の動物を殺すという「悪」をして良いということである。

 さらに言えば、動物の食肉連鎖は創造が作り出してくれたものであり、全体がバランスして存在していたはずである。しかし、人間がその連鎖のどこかの種を”殺しすぎる”という「悪」を行うと、全体のバランスが崩れるはずである。また、食肉連鎖が気の毒だと”殺すことをやめさせる”ような必要以上の「善」を行えば、ある種が増えすぎて、それによる「悪」が発生して、更に連鎖がくずされてしまう。これは、本来自然だったものを不自然なものにしてしまうことである。 

 このような善悪、肯定と否定、積極と消極等々のバランスを計りながら思考し、処置し、行動することが、真に自然の法則と掟に合致した生き方だということを、ねこは学び、認識しつつある。
 M002

11から20まで、


第11回:  「創造」と人間について何かひとこと


 前回、突然に「創造」と書いてしまったから、少しだけ、あなたが考えるためのデータを差し上げたい。ねこは、もちろん、「神」が宇宙の創造者であるとは想っていない。確か中学の頃だと想うが、バイブルの最初にある「創世記」を読み、この本を最初から変なものと感じていた。

 ”創世記の第一章では、始めに「神」は天と地を創造された。更に「光あれ」というと、光が有ったと、かかれている。「神」は地に生き物を作り出した。そして、陸海空のすべての生き物、動物と植物を治めさせようして、「神」は自分のかたちに人を創造し、男と女に創造された”などと書かれている。

 ところが第二章になると、”「主なる神」が土のちりで人を造り、命と息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きる者となった”とも書かれている。

 この古文書から推察できることは、先ず、第一章の「神」と第二章の「主なる神」は違うものであるということである。これは、小さい時からの、ねこの持論である。それこそ疑問だと言う人は、本屋さんでバイブルを立読みして欲しい。

 先ず、天と地が無いのだから、”「神」はわれわれのような固体の姿をもってはいない”と誰でも想うのではないか。考えてみて欲しい。

 しかも、そんな「神」が「光あれ」というように理念を創ると、それは天と地と同様に”存在”になる。これは、とてもすごい描写である。「神」は自分の意識の中に作り出した理念を”存在”にしていったというのである。”存在”は光のような微細なエネルギー形態から、土等の粗雑なエネルギー形態まで存在しているというもの、今の科学で判ってきている。

 「神」は、それらのすべてを造りだしているのだ。

 さて、重要な指摘に入りたい。それだけすごい「神」が、”「神」は自分のかたちに人を創造し”と書かれている。いくら、古いからといって、このバイブルの記述のすべてが単なる虚構だけではないはずだ。と考えると、その記述には、とんでもない意味があるのだ。

 つまり、三次元の形は無いはずの「神」に”かたち”とは何か。この”かたち”とは、”本質”のことであろう。肉体の形ではないはずだ。その理由は、第二章の「主なる神」が、土から人を作り出したとあるのがその証左であると、ねこは考えている。

 そして、この「主なる神」こそ、古代に地球にやってきて、未発達の地球の人々を支配し、第一章の「神」に匹敵するものだと主張した、宇宙からやってきた人間だったと推察できるのである。

 だとすると、第一章の「神」という言葉は”本当に宇宙の森羅万象を作り出したもの”と言う意味のものに変えなければならないはずだ。ねこが学んできた真理から言えば、創造という言葉が当てはまるので、「創造」と書かせてもらった。

 そうだとすれば、”「神 実は創造」は自分のかたちに、人を創造された”ということは、私たちの姿のことではなく、私たちの内部に、「創造の微小な一片」を入れたと言う意味に捉える必要がある。

 そして、ねこの物質肉体と関連する機能が母の妊娠によって造られ、この「創造の微小な一片」がそれに統合されて、ねこになった時が、ねこの命が発生したということだろう。母の胎内からでる日を、誕生日というが、これも人生に大いなる意味を持つが、また別に書くことにする。

 また、「創造の微小な一片」が肉体から抜けた時が死という現象であり、病気で死ぬとは決まっていない。ねこの人生の死は、ねこの「創造の微小な一片」が今生でするべきことを終った時である。事故とか、自殺とか、死刑とかでは、「創造の微小な一片」の目論んだものではないから、如何なることが起きるのか、ねこは定かにはしらないが、「創造の微小な一片」に対する裏切り行為だと言える。

 「創造」には、肉体がいらないのは、あなたにも既に判っている。つまり、天地がなくても、存在なのだからだ。私たちの内にあると想われる「創造の微小な一片」は、「創造」と同じ性質をもち、永遠に存在し続けて、肉体人間に乗って学び、いつの日か、「創造」の内部に戻っていくであろうことも、あなたは推察できるだろう。

 もう一つ、バイブルに書かれた大事なことがある。「創造」は、”陸海空のすべての生き物、動物と植物を治めさせよう”としている。これは、「創造」が人間に万物一切を治め、利用して生きよ、といっているのである。私たちは、この地球のすべてを治めよといわれたのであって、使い尽くせということではないのだ。

 これは、主なる神なら、言う必要がない。何故なら、「主なる神」が人も含めて何から何まで支配していくつもりなのだから。バイブルの中の「主なる神」がどんなものかは、読んでみられるといい。

 世に如何なる権威があろうと、またあると言われようと、「創造」はそれらすべてが足元にも及ばないものであることは、このように考えれば自ずと明かになるであろう。

 まえがきに書いた、転生をする理由があるものは、私たちの中にある「創造の微小な一片」であり、真の名称は霊(Geist)というものである。これらの真理は、古代に伝えられているようだが、すべてバイブルのようなものに書き直されて、真実は消え去ったらしい。しかし、真実は今再び明らかにされつつある。

 ねこの肉体意識が生まれ変るのではないから、仏教の教えているような、人生間の因縁因果のカルマとか、動物も含めた六道輪廻などもあるはずも無い。ましてや、「創造の微小な一片」が抜けていくという死の現象を通して、ねこの肉体の現在意識が天国や地獄にいくというのも有り得ない。

 理由は、「創造の微小な一片」が予定の目標を達成して、ねこという人生を終えるのでだからである。ねこの人生での天国と地獄は、今生きている間の経験であり、この随筆で書いているような、プラスとマイナスが天国と地獄の内容なのである、とねこは明言できる。

 だから、「今、ここで」正しく、生きよと、ねこの内部からやってくるのは、どうやら「創造の微小な一片」からの滲みだしてくるものらしい。
 

第12回: 誕生日はなにを意味するか


 前回、誕生日のことを、重要な意味があるなどと適当にお茶を濁してあるので、ここで書いておきたい。しかし、あなたが、何かいいことを期待すると、たぶんがっかりして、怒り出さないとも限らないので、最初から、たんたんと読んでもらいたい。

 誕生日は、肉体的な祖先からの遺伝とかとは別に、肉体生命としての、ねこの思考、処置、行動に特徴を与えてくれていると、ねこは認識していた。ここのところが、あなたには、今一つ、嘘っぽく感じとれるのかもしれない。

 しかし、ねこはこの人生の間に、多くの人々と長時間一緒に仕事をし、人々の誕生日と性格と思考の特徴、処置、行動さらに、持病等の病気に関してまでいろいろと見させてもらった。それによると、人は誕生日によって明らかに何らかの影響をうけていることがわかっている。

 ここで、ねこは生まれ日が良いとか悪いとかをいうつもりではない。ねこの場合でいうと、どうやら、ねこの生命本体である霊(Geist)が、ねこの肉体人生の環境として、私の父母を選び、母の妊娠によって、ねこの肉体を選んで、「創造の微小な一片」である霊(Geist)が、飛び込んできて、ねこの肉体人生は開始した。
 
 さらに、霊(Geist)は生まれ日をコントロールしてでてきたらしい。私の生まれは二月八日である。この八に性格的な意味があるということを、ねこは学んでいるが、その正確なところを知らないので公表するのを憚られるので、ここで書くのはやめるが、この真理による分析はすごいものである。

 ねこは、この人生でとても色々なことをしてきているが、思考、処置、判断、行動のすべてが、この生まれ日の特徴のとおりであると、ねこは感じている。しかし、これは、今、盛んにお金儲けに使われている誕生日占い等とは異なるものであり、ねこはそのようなものを推奨したりもしないことを明言しておきたい。

 それでは、ねこは、このことで何をいいたいのか?

 それは、人はこの人生に置いて、それぞれに必要な環境、つまり、父母、経済状況、思考の特徴、処置判断の特徴、行動の特徴を選んで、人生での学びの設定をしているようだということである。こう言うと、そんなことはない、生まれはただの偶然であり、夫々の人の運命だという人がいるだろう。

 そう考える人は、未だ「創造の微小な一片」である霊(Geist)が自分の中にいることを認めていないからだろう。ねこは、運命ではなく、この日に生まれた理由は、ねこの「創造の微小な一片」である霊(Geist)に、そうしたいと言う意図があったからだと、考えている。

 よく考えてみれば判るが、自然分娩なら陣痛は明らかに、生まれる子供側の都合からである。母の方から産みおとしたくて生みだすことは決してできていないはずだ。母がしているのは出るのを助けているだけである。医師が陣痛促進剤で何をしているのか判らないが、霊(Geist)の意思、つまり子供の意思を無視してはいけない。もし、それをしているのであれば、自然の法則への冒涜であるから、いずれ関係者のすべてに何らかのバランスが来るのかもしれない。

 例えば、霊(Geist)は意図に反する性格に生まれた肉体に当惑するのではないか?ねこの想い過ごしなら良いのだが。

 ねこが自分を見てきたかぎりでは、人の性格の人生での意味は、その性格で、思考し対処し行動していくと、環境や周りの人々との間で、いろんな結果が生じてくるようである。この結果から、森羅万象を通して働いている、自然の法則と掟を理解し、大いなる学びをするのであり、この性格や生まれた環境こそが人生で学ぶためのお膳立てであると認識すべきだと想う。

 自分の周りの環境、自分の能力、肉体的な条件、自分の性格等をみるにつけ、他人に比べて、悪いものだと感じ取る(マイナス)か、他人よりもすべてに置いてよい環境に産まれ、それに溺れてしまう(プラス)ことがあるだろう。それはどちらも、そのままでは多分なにも得られないと言う意味で堕落しているということではなかろうか

 産まれついた悪い環境をひっくり返してしまう努力をする(ポジティブ・ノーマル)とか、また、産まれついてのよい環境に溺れずにそこから飛び出して他の環境での学びをしてみる(ポジティブ・ノーマル)とかすると、多分、「創造の微小な一片」である霊(Geist)の意図にそって生きているのではないかと想う。

 ねこの数少ないお友達をみていても、みんな夫々の性格で生きておられる。似たもの同士なら、相手の思考、処置、行動がなんとなく読めると想うが、まったく違う性格の人の場合は、どんな反応をするのか、とても興味があったが、お互いに行き違いが発生してしまい、分かれてしまった場合も多い。

 人生でのそんな事々の中から、いろんな学びができているのであろうから、自分の産まれもった特徴に感謝するべきだと、今頃になって、ねこは納得しつつある。子供の頃から、こんなことを知っていたら、もっとやりたいことも有ったなあと想うこともある。

 兎に角、自分の思考、処置、行動を支配する性格を正しく認識して、すべての物事に対処すると、きっと人生は実り多いものになると想う。

 さて、このもって生まれた性格は、多分、ねこの「創造の微小な一片」である霊(Geist)が私の肉体を離れ、ねこの肉体が死を迎えるまで、変らないのだと想う。しかし、人生を生きながら、その性格でいろんな学びをすることで、この人生の目標が達成されていくのだと想う。 

 ねこは、今、自分のこの誕生日に、この地球に生まれ、生まれ日による、この特徴を貰ったことに感謝している。この特徴を与えてくれたのは、我等の銀河系の渦巻きの端のに存在する私たちの太陽ではなく、どうやら、銀河系の中心太陽からの光からの贈り物のようである。こんな仕組みがあるなんて、と、あなたは、また、眉に唾をつけているのかもしれない。


第13回: 目標の設定、努力して実現


 未来のことを随筆に書くには、何らかの目標を立てて、それに向けて努力して、実現していくのが当然であるので、それについて書いておきたい。ねこは、実は若いときから、とても、HOW-TOものの本が好きだった。何が目的だったかというと、今にして想えば、自分に何かの能力を身につけようとしたのかも知れない。

 それらは大抵、プラス思考でやれば成功すると書いていたように記憶している。それらの忠告に従っていろいろとやった記憶がのこっているが、ねこの場合は大抵挫折している。それらのHOW-TOは「何々になりたい」と言う願望型のプラス思考か、「何々にならない」とか、「何々はしない」とかの、マイナス思考で、何かの目的を達成しようとしたものであった。

 実際にやって見ると、最初は元気にやっているが、プラス思考で頑張るといつか必ず、こんなことをして何になると言う、マイナス思考が帰ってきた。ねこは、人生でさんざんやってみた揚句に、この随筆で書いたように、生命思考の真理を知ってから、なるほどと納得したものである。

 身体に悪いから、これはしないようにとマイナス思考をしていても、暫くすると、したいなあという思考がやってきたものである。あなたは経験したことがあるだろうか。なかったら、一度やってみられると良い。

 ねこのこのような願望で、個人的なものは、すべて実現しなかった。仕事の関係では、このような思考はしなかったので、一つ一つの仕事が確実に目標を達成したと自負している。仕事は願望では完成できないことは、あなたもお分かりだろう。

 ねこの仕事の場合は、最初の会社では、すべて予め設計図があり、それが正しく設計されていれば、必ず、姿形も性能もすべて予定通りに完成した。この目標の中には、性能だけではなくて、予算も、日程ももちろん予定内に入るというものであった。

 最後の会社での仕事は、クライアントである会社に対して、ビジネス構造の改革を提案するものであり、ねこは明確にその会社の改革された姿が見えても、クライアントの会社の人たちには、それが見えないとか、見たくないとか、ずれが存在したので、この仕事を達成するというのは、非常に困難であった、と認識した。

 人は、自分の人生を生きて、しかも、仕事をして世のためにも活躍し、かつ、自分の生命本体である霊(Geist)の芯かも保証するひつようがあるのだが、そのためには、どうも、予め設計図を描く思考とそれに有った処置と行動をするという思考方法をする必要があると、ねこは今までの経験から認識している。

 それは、明らかに、頑張るだけのプラス思考ではない。目標がしっかりと作られ、しかも、既にそれが出来上がったと言う絵=設計図が描かれているべきである。しかも、そのためには、性能設計、材料設計、加工の可能性、組み立ての可能性、必要な人件費、必要な能力等々に加えて、全体の日程と部分の日程も含めたスケジュール表を創る等々の、下位の目標を確実に作成してあることが必要である。

 そして、その日程にあわせて確実にすべてを実施していく心構えが必要になる。これは、既に目標はできあがっているので、その中に、霊(Geist)の欲するプラスもマイナスも含まれており、ポジティブ・ノーマルの状態にあり、絶対に完成できると、ねこは自分の仕事の経験から理解している。

 このようにして、みてくると、最近の日本の政治が取り上げている課題への思考には、「こうありたい」と言うプラス思考しかなく、結果として今考えている課題が解決されて、目標の日程で確実に正しく機能するような計画があるというポジティブ・ノーマルは見当たらないように想われるが、どうだろうか。

 これは、大事なことある。ただの願望的なプラス思考だから、そのままでも、一方でマイナス思考は存在しているし、もともとの計画も、ただの願望であり、問題の先送りをしているのに過ぎないのが見える。これについては、内心では世間の人も大半が知っている。しかし、大半の人はそれを言い出さない。これ自体も最初から存在するマイナス思考であり、政治のプラス思考と対立しているのではないかと、ねこは想う。

 ポジティブ・ノーマルの話をしたら、「宝くじが当った」と思考したら、当るという人がいた。しかし、これは、そのままでいたら、当るための、下位の目標である努力がないのだから、ただの願望である。何かの努力をしたからといって、自分で努力してつくりだす価値ではないと想うので、これ以上の言及はさけたい。

 自分の身の周りのことでも、家庭のことでも、学校のことでも、仕事のことでも、みんなこのようにポジティブ・ノーマルで思考し、いろいろな対策をして行動すれば、その目標に到達できる、と、ねこは今は想う。

 あなたも試してみてほしい。

 ところで、この目標の事であるが、それが、私たちの社会の法律に違反するものとか、自然の法則に違反するものであれば、それはそれなりに、あにたはきつい罰を受けることになるので、それはご承知おき願いたい。

 さらに、感情思考の場合はどうなるかも、気になるので書いておきたい。例えば、愛は愛として自分にもどってくるのは嬉しいが、憎悪は憎悪となって帰るので、俗に言う「他人を呪わば穴二つ」と言う諺の通りになると想われるので、これはやめた方がよい。


第14回: ちょっと先の地球はどうなっているか


 この随筆は、やっと未来随筆になろうとしている。しかし、ねこは今の状態から推してみて、この地球の未来に生まれたいかと言われたら、否と答えたいくらいだ。まあ、仮に生まれてくるとして100年後は一体どうなっているのか、想像すると恐ろしいものがある。

 今から、ねこが書く内容で人口や地球の環境当に関するデータは、フィグヤーパン監修・編集・発行(1993)の「人口過剰問題への提言(原文1992年)」いう小冊子で世界中の人々に警告されたものに提示された数字をもとにして書いていくことにする。以下、「人口過剰」と略記する。

(この小冊子をあなたが読みたい場合は、ねこにその旨を伝えて下さい。贈ります。)

 この随筆で先に書いたように、地球上の生命のすべてを正しく治めるのは、私たち人間の使命であると、バイブルに書かれていたのを見てきた。宇宙から見ると、この惑星地球も生命であると言いうる。私たちは、この惑星地球を貪り、環境を破壊し、気候を変化させ、重荷を載せて岩盤を変形させつつある。

 空中や海中、陸上の生き物の自然な連鎖をぶち壊し、宇宙線から生命を守っているオゾン層を破壊するやら、何もかもめちゃくちゃにしている。治めるのではなく、破壊し尽くそうとしている。

 「人口過剰」の中で、アルミン・ブランフレは「この地球上で、人間と環境をこれまでにないほど苦しめている問題の多くは、一つの根本的な害悪に起因している。それは人口過剰である。」との認識を示している。

 自分で三人の子を産み、今や年金で生活して、「年金よ破綻しないで」などと想っている、この私も、今となっては数々の問題がこの「人が多すぎる」ことを元凶であることに想いいたっており、この小冊子で、”ビリー”エドゥアルト・アルベルト・マイヤーが提案していることに、賛同している一人になっている。

 環境破壊、資源不足、核戦争の脅威、難民問題、飢餓等々の問題に関しては、いろんなところで協議されたり、デモが起こったりしているのだが、実は、これらはすべて、二次的なものであり、一次的な原因は、人口過剰である。しかし、これには誰も声をあげてデモをしたりはしていない。

 少なめに見積もられている国連のデータでも、1992年当時の予測で、65年後には、人口が2倍になると予測されているという。もし、1992年当時の夫々の国の人々の生活状態をそのまま65年後にも維持するには、資源の生産量が2倍にならなければならない。

 誰が考えても、今の地球にそんな資源はもう残ってはいないし、今の地球人の科学では空中からエネルギーを取り出す技術などは及びもつかない。こんなことは小学校で勉強したもの誰にでも判っている。マア、どこかの国では教育すらできないのだが。

 今のようなレベルの地球人を、地球が支えられる人口がどのくらいかは、言ってもしかたないから言わないが、そう大きな数字ではないことは、この100年で資源を使いきってしまったのをみれば判ろうというものである。

 さて、今言える根本的なことを述べれば、死亡率以上の出生率はだめだということである。

 ねこは、世の中に出て仕事をしだしたころに、会社労組の中でもイデオロギー論争があった。共産党、社会党、自民党、民社党等々の考えかたの違いを聞かされたものである。私の入った会社は拡大再生産を基調とした資本主義の原理の中にあり、毎年の受注生産量を延ばし、利益を増やしていくということの繰り返しであった。

 その結果が、私の初任給が16,800円であったものが、25年くらい経って、新入社員の初任給は20万円を越していたと想う。つまり、このような拡大再生産がベースアップに寄与したのである。そして、バブル経済になり、それが一気に潰れていらい、ベースアップはなくなったではないか。これは、資本主義の幻想の崩壊である。

 これは社会主義でも同じ幻想であり、先行きの保証もできなくなり、資本主義国より先に、ソ連は崩壊して、個別の国々は突然放り出されてしまったのである。国に資源があり、今、日本の昔をなぞって追いかけている国は、その内確実に日本と同じ状態になる。

 一生懸命働かされて、努力のすべてを搾取された人々は、子供の時代に期待していたら、そんなことはできない時代になっていたと、今、気が着くだろう。

 国民年金を払わない無い奴は、悪だとポスターに出た女性をさんざんこき下ろしていた政治家は、自分もそうしながら、平気な顔をしていた。こういう人間は、自分の中でどういう罰をうけるのだろうか。きっと、とても、厳しい罰を自らに課すだろうと、ねこは確信している。

 世界を言う前に、まず、こんな日本はどうにかしないといけない。

 老人の死亡率は自然のままにせよ。ねこは、成人病の治療はやめて、今は一切していない。死ぬ時は延命なしで、寿命で軽がると死にたい。必要以上な過剰医療と投薬の禁止を訴える。

 また、死亡率以上の出生率は許さないことにしよう。「人口過剰」には、世界中に向けて人口過剰の抑制にかんする提案がなされている。法律化するのなら、ねこはいつでも賛成する。

 今のまま行くと、膨大な飢餓による死はまぬがれないが、それが自然の理であれば、救うべきものではない。

 ねこは「本能寺の変」で書いたが、すべての国は、まず自国内ですべてのけりをつけるべきだと想う。それをしなければ、戦争になる。ねこの提案する鎖国をすると、一番最初に破綻するのは日本ではないかと想う。昔からの企業で今元気な企業は、外から資源を輸入して物に作り変えて輸出している産業しかないからである。新しい考え方で日本を支えつつある企業や人々は、それで活き活きと活動できるかもしれない。

 近未来は、どうしようもなく厳しいようだ。ねこの意識の中に、ポジティブ・ノーマルな考えを創りあげることは果たしてできるだろうか。その話は次回にしよう。


第15回: 最初に提案する百年の計


 先の戦中に生まれた、ねこと同年代の人々の人生は恐らくたった一度であろう膨れ続けた経済、つまり、日本のバブル経済の姿を象徴している。つまり、この経済はバブルの崩壊と同時に老齢期に入り、あとは死を待つだけであるということだ。

 さて、今、最大の問題はなにかというと、大半の日本人が、この経済のバブルがはじけたのに、はじけなかったと思い込んでいることであろう。

 これはどういう意味かというと、当時破綻した企業やその負債の処理等を私たちの税金を告ぎこんでまでやってお茶濁して来た一方で、大中小の企業の中で、そして、公官庁の中で、学校の中で、家庭の中で、そして政治や司法の中で、医薬関連の組織の中で、金融・証券の中でも、みんな自分のバブルを処理していないからだ。

 実は本当のバブルが、自分の中にあるのだ。

 ねこは、企業生活での最後の方で、日本全国の公益関連の大企業での、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)を推進に関する提案をするため、業務分析と改善策を提案するコンサルティングを仕事をしてきた。

 この仕事をしながら、日本の大企業に存在する大きな無駄の存在をクローズアップしてきた。欧米ではこの種の改革による無駄の排除は、日本に比べて10年から20年も前から行われていた。この種の改革で外国では早くから人員削減も含めて対処され、日本の公益の料金に比べて安くなっているのは、関係者が誰でも知っている。

 最初に槍玉にあげている公益の企業群は、すべての支払いの元になっているからで、他についても、順番にやりだまに上がるだろう。日本の場合、これらの大企業は、「まず組織ありき」で始まっている。組織があると、自分の仕事を有利に進めるために、「組織の機能」を決めている。

 ねこたちは、この「組織機能」と言う言葉に反発して、ある会社の大幹部とやりあったことがある。その大幹部は言うのだ。組織があって、初めて機能があるのだと。ねこは、そんな馬鹿なことはないと想う。

 電気を発電して売る会社であれば、それに必要な業務機能が必要十分に計画されるべきであり、その機能を誰がやろうと、仕事の重複は一切ないものだ。これが、極限の会社の姿である。ところが、日本のこの様な企業は実は成立も原因になっているとは理解できるが、まったく違う考えでできているのだ。

 発電、送電、配電、営業等々の組織が先にあり、組織の範囲内で必要なデータや資源は、自分の組織の中にすべて持っている。つまり、下請けの会社まで含めて、膨大なデータや資源などが、無数に重複しているのである。しかし、そのデータ、資源、人間、下請け等々を管理する管理者の階層のすごさも加えると、膨大な無駄を抱えていると指摘できる。

 ここから先の話は、もっと厳しくなるので、その前に条件を出しておきたい。鎖国並にすることである。これができるかどうかが、すべてを制するかもしれないが、どうしても必要だろう。

 鎖国のようにするために、燃料は政府で一括仕入れして、公共料金の統制の道具の一つにする。

 これらの無駄を省いて、すっきりした上で、エネルギー料金を大幅に下げて欲しい。人員削減するか、みんなのお給料を下げるかのどちらかである。

 次は、公官庁地方公務をBPRする。これは、公益事業などとは比較にならない無駄があると想われる。つまり、成り立ちが組織機能だからである。もう一つ、公務員は、公務のサービス業だから、お給料は一般企業の最低賃金よりはるかに少なくていいという人たちを優先的に雇いたい。

 司法関連のサービス業も同様にする。弁護士はすべて国選として仕事の量も報酬も管理する。まあ、この先の対策もしていくと、裁判も少なくなり、弁護士もいらなくなるだろう。

 鎖国模擬であるから、各種の原料は輸入できないので、国内だけのものにする。それにつれて、製造業は国内の原料と製品の国内需要のみでしか売れないから、各種の大企業は、まあ、殆ど一社になり、その他は別な仕事にまわるしかない。このような、同種の大企業が幾つもあること自体が日本にとっては無駄である。これもバブルである。

 医事関係では何を無駄というかで大きく変るが、国民の総所得を後で一気に下げるので、いまのような医療費は払えなくなることで対処するという絵を描いている。

 次は銀行とかだなあ。まあ、これも所得が落ちるので、社員を減らすか、みんなのお給料を減らしてがまんするかになる。

 鎖国模擬なのだから、食料生産を実施しなければならない。今までの農業では、生産しないようにすると保証金がでたりしたが、食料生産は、国の事業にして、これをやりたい人たちを地方公務員にして、お給料をだす。

 食料は統制して配給にする。ここが、みそ。輸入品はないし、国産でも、高級なものは造らないように統制する。つまり、質素を奨励する。

 ここまでくると、必要生活費の平均値もだせるので、現在との差を出してみて、その比例で、年金生活者の収入も低下させられる。ねこも、もっと質素にしなければならない。

 企業の賃金、公務員の賃金等々すべてを、低レベルに押さえきり、政治家も低報酬でこれらの実現に働いてくれる人を選ぶことにしよう。

 実はこうすると、税金が何分の一にしかならなくなり、一年の歳費はいいとしても、日本国の今までの借金がどうにも払えないだろう。まあ、日本が潰れるよりはいいから、配当も我慢してもらったほうがいいだろう。

 さて、こんなことをしようとすると、外国からの企業や人々が困るであろうが、日本経済は、家庭までひっくるめて、一旦は、バブルを皆無にしないといけないのであり、致しかたないと想う。

 さて、これから先の本当の改革の姿は、これから生きていくあなたが考えてほしい。聞いても誰も、自分の中に無駄がわんさかあるなどという人は居ない。でも、自分には嘘つけないよね。みなさま。

 この結果、何が発生してくるか。ねこには、見えるものがあるが、次回にしたい。


第16回: すべての価値観を変える


 このようにすべての人々は質素な生活へと移行し、行政や政治や司法や医事に関係する人たちの殆どが、人々のために奉仕するという、意識の改革をし、企業はすべて国内の事業で活動するようにするという、価値観の変化を起すことを目標にしている。

 しかし、地球上での、この鎖国にはとても大変なことが必要になる。つまり、すべての国が、この鎖国をする必要があるからである。今の時代、エネルギーが底を突き、もてる国の政治を乗っ取っても、自分のエネルギーを確保しようとして、他国の政府を転覆させたりする現象がおきている。

 日本は、最初からエネルギーの保有不足のために、そのような目論見には、賛同して後押ししてしまうきらいがある。兎に角、日本のエネルギー使用量を大幅に落として、他の国の見本になり、世界のエネルギーの寿命を少しでも延ばさないと、世界経済はすぐにもエネルギーによって破綻する。

 その結果は、どう考えても、エネルギーや資源の分捕り合戦という、大戦へと突入する気配が大きい。今や、以前のような冷戦構造と核のバランスによる戦争抑止などは働かない事態になっている。つまり、一発でも核をもつ小国による大国へ蜂の一刺しはありうる。この結果は、地球の生存環境が極端に汚染される。

 ねこの提案は、エネルギーの使用を極限的に減らすことである。公益事業の縮小によってエネルギー使用量と料金も最低にし、それによってすべての産業の生産価格を縮小させ、国の総生産高と総消費を徹底的に落とすことに拍車をかけることである。これは縮小均衡のように見えるが、それは老人的な考えである。

 若者たちの頭はそんなものは乗越えられる。すべての役目を30代までの若者の手にゆだねられるだろう。官庁も、地方公務員も、新しい企業の経営も、政治や司法や医事の仕事も、農業も、すべて私が一番少ない報酬でやりますという人に任せればいい。今までの大企業や、硬直している組織などは、そのままにしておけば、必ず若者たちがなんとか改善していくはずだ。

 既に年功序列は今でも崩れているが、「同一労働同一賃金」に徹底する。”人の管理”は無用であるので、実質の労働に戻ってもらう。”仕事の管理”ができる人たちは、その能力は評価する。人は、自分から率先して働くものたちを優先して採用するので、人の管理などは不要なのだ。

 会社は拡大再生産のような幻想は追わないが、国の財政のために利益を確保して納税する必要がある。また、国の要請か、需要があってのオンデマンドでの生産になる。国の要請は、国家財政のために、他国の仕事を国が受注してくることになる。

 全体が縮小均衡なので、無駄な消費は一切行わないために、サービス業は大抵なくなってしまう。これは、もともと人の浪費を当てにしたものであり、人の意識を堕落させるものが多かったと想われるので、きっと真に人格形成のために必要なものとかに独りでに絞られていくだろう。

 この鎖国政策は、多民族による国家、多宗教による国家、多人種による国家では大変だと想うが、それらの問題も国境の中で解決しなければならないと想う。  

 最大の問題は、世界各国でみると、国土の特性、資源の大小、人口過剰、飢餓、難民流入等々の問題が多々存在しているが、これは、相互に絡んだ原因があり、これらの問題は自国内で解決すべきである。これらの問題解決に諸国が手を出せるものではない。そのまましておけば、隣国と問題を起すだけである。

 全世界で、他国への援助や干渉をしないという決議とその監視を、強い国連部隊を作って、実施する必要があると想う。日本人ですら、他国の支援などしている場合ではない。

 若者よ、本当の仕事は自分の国の改革だときがついてくれ。戦後の日本を何とか支えてきたのは、この100年近い、私たちの親の世代と子である私たち世代の二代である。今、日本を支配しているのは、三代目だ。この三代目は、何もしないで、ただ、遺産をいじっているだけだ。

 そして、若者よ、君たちは四代目だ。大変革への夢を描いて、その実現に向けて歩きだす時だ。年金のために子を産めとか、バブル再びなどと馬鹿なことを言わないでいいシステムは確実にできる。そのために、仕事の定年をなくすことにする。死ぬまで、みんな仕事をして、その代償として、年金がくるようにする。

 新宿の隣の畑で、大根を育てよう。ジャカルタ市の隣は畑で、人々は裸足で働いていた。日本人にできない分けがない。インドネシアの人たちは、日本円の1000円で五人の家族が一週間生きている。つまり、月五千円の生活費で生きていた。すべてを下げればいい。ただ、彼らの中ですら、支配者はとんでもない生活をしていた。これを許してはならない。

 ねこは早晩、この世を去り、100年位先に、ねこの「創造の微小な一片」である霊(Geist)が再び、肉体の人格をえて、生まれて来たい。それまでに、戦いが起こっていれば、それだけで、地球の人口は何分の一にもなっていると予想されている。

 しかし、戦争は起さないように、先ず日本こそ、自分のことは自分で処理しよう。質素な生活で、過剰な医療もなく、生活費も最低になり、死ぬまで仕事に参加して、人口も低レベルで維持すればいい。子が親を面倒みるとか、遺産を継ぐとかもなしにするべきである。今稼いでいる人たちは、それだけ、国に大奉仕するので、大いに感謝されると想う。頑張って溜めてくだれや。すべて国費に没収されますが。

 ねこの「創造の微小な一片」である霊(Geist)は、多分、この次もお金持ちの家には生まれたくないと想う。最初から質素が一番。楽した後で、質素にするのは辛いものがあるからだ。


第17回: 今の思考では世直しは不可能


 ねこが会社時代に体験した改革は、今の政治がやろうとしているようなものとは、根本的に異なる発想から行われたものである。

 対象はプラントの設計製造据付の業務、目標は現地据付費用の極小化であった。

 それまでの、人間の意識は、プラントを機能別に設計して、機能別に製造して、機能別に据付けるのが常識であり、規制する側の規則でもあった。これを金科玉条として生きてきた会社の大抵の上層部には、これ以外は考えられなかった。このやり方では、仕事場がプラントの建物全域に最後まで広がり、据付費用は膨大なものになっていた。

 これを、規制に対しては機能別に設計し、最終の試験も実施するが、仕事のやりかたを、プラントを場所で設計し、場所で製造し、場所で据えつけるように、根本的に改革することにした。しかし、据付に際しては、据付場所に必要な資材は、螺子一本まで、すべて一括したコンテナーと呼ぶ管理単位に、現地の必要な日にジャスト・インで投入するものである。図面などの改定は許されない。許したが最後、この目標は達成できない。この方法では、建物が下から出来上がるのにつれて、据付の仕事が下から順に完成していく方式であり、据付費用は極小になる。

 仕事の仕方について、この両者は抜本的な違いがあり、これを実施するには、プラントのオーナー会社、元請会社、それに関連他社の人間の意識もすべて変えていくことが前提であった。まあ、他社のことは省くが、最後には完全に同意されて、各社も利益がでていると想う。

 このやり方は、船の発想からきたものであり、一般のプラントでも実現していたが、対象としたプラントが非常に厳しい規制の中にあるものであるとして、当時のお偉方は大抵、そんなことは不可能と、ひややかな態度だったと記憶している。しかし、そんなことはお構い無しに、プロジェクトは進んでいった。

 これができたら、仕事が正しくでき、楽になると感じ取った人々は、このプロジェクトに参加し、支援し、仕事とも並行してのとても大変な時期を乗り切った結果、この改革は実現し、据付費極小の目標を達成したのはもとより、設計費、材料費、制作費も無駄が省かれて、大改革は成功した。

 ねこがこの例をいつも出すので、みんなに嫌われそうであるが、世直しの改革とはこう言うものである。この例の言い出しっぺは、唯ひとりの人間であったが、彼はそれが言える地位と立場にいた。そして、実際に働いたのは、仕事の実力もあり、当時一番忙しかった若者たちであったということである。

 そして、抵抗軍団はいつも、それまでを正しいとして、のうのうと過ごしてきてた人たちであり、改革には最大のガンになっていくものである。どんなに優秀な人たちでも、考え方の習慣は恐ろしい。それから、絶対に抜けられなくなるのだ。

 今の日本の改革論議とかは、大抵、今までは正しいとして、それをベースにやろうとするから、できないし、形だけでしかなくなるのは当然だと想う。

 この随筆で提案しているものは、今までは間違いで有ったということから、一切をぶち壊すことを前提にしないとできないものである。お金持ちはお金を没収されるとしたら、抵抗するのは当然である。しかし、この当然の反応を無視してやらない限りは、日本の国は破産して、お金持ちも意味がなくなるだろう。

 ねこが推進した、公益事業関連の会社に対する抜本改革の提案には、それらの会社の上位の管理者が大抵、無理解だった。下位の管理者は、こっそり言ってくれたものである。「人員が多すぎる」「無駄ばかりだ」等々。しかし、彼らも、大きな声ではそれが言えないのだ。高いお給料をもらえているから、黙っておくのが得策なんだう。

 欧米の考え方がすべてよいとは言わないが、彼らの無駄を省く合理的な考え方を、少しは考えて見ることも必要だろう。日本の経営者は、自分が一番いいことをしていると自負しているらしいが、経営意識が10年は古いと想う。 

 もはや、日本の政治経済ともに、今までの続きでは行けない時代に突入しつつある。習慣に囚われている、優秀な人たちの軍団の洗脳は困難であるので、それがわかる理性的な人間に置き換えるしかない。そんな若者よ、でてこい。

 さて、この提案の中で、人口問題が棚上げになっているが、年金の世代負担を軽減しながら、少子化を奨励し、死亡は自然減で人口低下を計るのが第一だろう。経済を縮小均衡させるから、子供は親の面倒は見切れない。

 その後、社会の歪みとしてのバブルの残り香であるローンなどへの対処が、必要である。ローンは無くさないと、新しいことへの移行ができない、最大の問題になると想う。だから、今、住宅とかを買うのなら、資金の範囲内で古くても安いもので我慢するのがいい。ローンは人を殺す。 
   
 世界的な人口問題への対処プログラムを実行するのは、全世界の意識をあわせないといけないので、その前に、全世界の鎖国化、すべての問題の国内自決の実現が肝要である。これができるようなら、第三次世界大戦の芽は確実になくなっていると想う。

 さて、人口の最終目標は数億人である。もともと、地球程度の惑星では、五億人が限界とされているらしい。地下資源だけでなく、惑星の全環境として、どうもそのくらいらしい。今、72億人。それに毎年増加する人数を加えると、恐ろしい限りである。

 エネルギーの争奪、飢餓からの暴動、経済格差への怒りによる核攻撃などもないとはいえない時代にきている。そのままいけば、地球一面広島や長崎のように汚染されるだろう。そんな想いは描きたくない。


第18回:  人口過剰をどう停止するか


 ねこは、三人の子供を産んでしまった。それはそれで認める。何のために産んだのか。実は、親の真似をしたのかもしれない。あまり意識的ではなかった。ただ、ねこは、子供たちと同居するとか、子供の世話を受けたいとかは考えなかったのは、事実である。私自身、父母の面倒すらみず、すべて近くにいた弟に任せっきりだった。もちろん、父母も同居して子供に面倒を見させたわけではない。

 低開発国の家族のステイタス・シンボルは子供の数であるらしい。彼らは、子供の数が多いから貧困になるとは考えられず、子供の数が多いことが、みんなが働いて自分たちの生活の面倒みてくれれるのだという意識でいるのである。

 低開発国のこの考え方は、昔の日本にもあった。子供を売ったのである。ほんのすぐ過去の明治の頃にしても、自分の子を芸妓に売ったではないか。奉公に出したではないか。何にも言えない。

 ねこは、驚いたことがある。最初の会社の知人で、確か5人の女の子と、末っ子の男の子をもった人が居たことである。彼は、クリスチャンであったと想うが、避妊はせず、しかも、男の子が欲しかったので、最後まで挑戦したらしい。このことに驚いてたのだが、1990年11月、教皇ホハネ・パウロ二世による薬剤師への呼びかけが有ったときいて、仰天したものだ。

 つまり、彼は、全世界の薬剤師に対して、「カトリック信者の道徳的原則に反して」おり、「人間の生命と尊厳を尊重しない」薬品を販売すべきでないと、ローマでの世界カトリック薬剤師連盟の集会で協調したのだという。仏教やヒンズー教は出産計画に寛容であるが、イスラム教は、「子供を作り、数を増やしなさい」であり、キリスト教とイスラム教は、信者の数の増加をもくろんできたのだろう。

 信仰によるこのような指示があるがきり、地球の人口過剰は納まらないだろう。このまま、行けば、地球の人類は資源が皆無になり、生まれても餓死する子供しかできなくなるのは眼に見えている。ねこはその前に死んでいると想うが、これからの人々は、飢餓からの脱出戦争に巻き込まれることを覚悟しなければならない。

 埋蔵資源の多くは、再生されない。再生可能な資源でさえ、もうどうしようもない所にきている。金属資源では大抵あと数十年、アルミは200年程度、鉄は173年と先に紹介した資料の「人口過剰」は指摘している。しかし、それらの殆どは先進工業国で使用している。しかし、それらの資源は大抵自国にはなく、政治的、或いは軍事的な圧力で確保しているのがずっと続いてきているのである。
 
 戦いという未来の目標の絵を描かないようにしなければならない。何故なら、大半の人間が一致して描く絵は、実現してしまうだろうからである。そのような集合無意識の危険性について、ねこは最初の方で書いてきた。人間はいつもそうして、最後は戦争の絵を描いてしまった。今も、どこかで戦いが起こっている。それがあたかも正義であるかのように。

 人口適正化計画への提言は、「人口過剰」の中に明確に示されている。全世界の為政者は、宗教がなんと言おうと、この目標の達成に努力しないと、この地球を人の住めない惑星にしてしまうという大変な罪を犯す片棒を担ぐのだと認識すべきであろう。

 提示されている人口の低減策は、簡単なものである。ただ、実行に際して、今なら、72億人がこの人口過剰が悪だと認識し、一致して、これに対処するという認識を得なければならないところが、非常に難しいところであろう。国や民族や宗教を主義主張を越え、しかも、利己主義を消さねばならない。

 それができそうにないので、たぶん、国家や信教を超えた強力な軍事組織による、監視が必要になると指摘されている。今の米国のようなものではない。つまり、アメリカも、監視される対象なのである。このような人口抑制の間に他国を侵略するような行為は許されない。少数民族や国は、軍隊もつくれずに踏み潰されるだろうから。何しろ、人口を十分の一にするのが目標だから。

 提案されている計画を実行するのに、どんな最初の、小石の一押しがあるのだろうか。2025年位に資源が底をつき、人口は80億人になり、最早飢餓のピークに達する予定らしい。これまでに、何らかの対処が始まらねばならない。それは、戦争であってはならない。

 ねこは今、人口が十分の一になった、地球の姿を頭に描いている。戦争を回避して、これが実現できれば、100年後くらいには、国の国境はなくなり、世界のEUになっているかもしれない。そのころには、科学は素晴らしいことをしでかしてくれる。つまり、エネルギーが無料で手に入れるということだ。

 人口が地球に適正になり、それまでの構築物は瓦礫として処分され、土地は更地に戻され、新しい地球環境の始まりになる。

 ねこの「創造の微小な一片」である霊(Geist)は、こんな風になった所に、生まれてきたがっている。その改革の計画と実行をみんな若者たちにすべて責任を負わせてしまうのは、心苦しい。そのために、今、ねこはこうして、未来の姿を少しでも、絵にしておいて、小石の一押しの環境作りをしたいとかんじて、この未来随筆を始めたのだと、理解して欲しい。

 ねこは、みんなの信仰の自由も認めるし、国ごとの考え方の差も当然みとめるが、それを乗越えても、「人口過剰」に提示している、唯一の政策を全世界で実行することを、訴えるつもりである。

 このまま行くと、この地球は多分、大いなる反撃に転じるかもしれない。地軸のずれ、氷河期の到来等々が起きると、今の国々の生活は大きく変化して、生活も、仕事も一切が変化かする可能性がある。ねこはインドネシアにいた40日間で、頭がぼうっとして、思考能力が恐ろしく停滞した記憶がある。ねこはあそこでは生きられないと感じていた。

 そんなことになったら、あなたは、どうするだろうか。

第19回: 夢にみる未来の地球世界(1)


 これは、単なる空想ではない。私たちの意識や子孫の意識が変れば確実に実現できるものであろう。

 ねこRは仕事場のある都市から離れた郊外に住んでいる。家の形はいろいろある。球形にしている。ここの住居は、都市に密着したい人たちの三階程度のアパート形式もあるが、郊外に住みたい人たちは一戸建である。人口密度からみれば、全部一戸建でも大丈夫になっている。

 ねこRの一戸建住宅は、約3000坪の肥沃な土地に建っている。この土地で、ねこRの家族は自給自足をしている。まず、水とエネルギーは、自分の家に供給源があり、平成の地球のように公共施設には頼っていないのだ。

 この水とエネルギーの供給装置の開発が科学者の最初の素晴らしい発明である。もちろん、人々の意識の向上が裏にあっての、何らかのインパルスによって行われた発明であろう。このエネルギーは現在のような、地球の化石資源を使うものではない。

 もともと化石燃料がないこと、それを燃して大気を汚染していたのを止めようとしての発明なので、空間からエネルギーを取り出して、変換する装置で利用し、残りはそのまま、もとの空間に戻すのであり、一切の汚染などはないものである。

 もちろん、すべては国からの借り物であり、私有ではない。土地は、自分で開墾して、果物や野菜や花などを植えて、楽しみながら、自然な食品の栽培をしている。現在の、ねこRの家族は、妻だけである。

 個人の住宅は、五人が限界で、これは定められたものである。生まれた子にパートナーができたら、もちろん、親とは別に住むことになる。つまり、平成の頃の嫁姑の同居はないし、つまり、子供たちの生活の一切に親が干渉することではないという社会である。
  
 五人というのは、夫と妻と子供が最大三人まででということである。人口の増加の制御はなされており、すべての国々の目標値は達成されている。

 水とエネルギーの供給装置が貸与されており、水とエネルギーは空間から取り出しているので、すべて無料である。食料は自給自足、不足分は別の方法で自給しているし、衣料も同様である。

 この結果、すべては無料だから、お金という概念がなくなっている。このことは、個々人に貧富の差は一切ないということである。これが、平成の頃にねこが未来随筆として、描いておきたいと想った最初の絵のようだ。

 家は完全な球形で、珪素を主体とした合金の壁でできているが、これは土地の砂から取り出したものである。とても、素晴らしいことだが、この外壁には、なんと継ぎ目がない。この球体の下部を耐震構造で支えてあり、地震時には、土地の揺れから切り離されて、球体の住宅は殆んど動かないようになっている。

 また、窓はあるが、風雨時には完全に外壁と一体になって閉じてしまうような構造になっているので、暴風雨や雷雨にはなんの問題もない。

 内部の照明は、自然な太陽光線を光ファイバーのような光を通す構造のもので取り入れ、全部の部屋に導いている。曇りの日や雨の日には、部屋の壁が光を発して明るさを増加させる仕組みもある。

 家の大きさは21メートルの直径の球形である。これを、下から九メートル、三メートル、三メートル、六メートルの四階建てにしてある。三メートルの二階と三階に夫々の書斎や寝室や生活空間を造り、一番下は、倉庫などにつかわれている。

 一番上の部屋は、家族の団らんや訪問者との団らんの場所として使う。晴れている日には、この階層の窓は全部覆いをなくして、外部が見えるようにし、太陽の光もそのままに入射されるが、紫外線などの量が有害な量の時には、フィルターを用いて入るのを制御している。 


第20回: 夢にみる未来の地球世界(2)


 平成の時代は、水やエネルギーを公共のものにたよっていたので、電柱が出ており汚いし、家の近所の空間は危なくて近寄れない。高圧電線に触れて落ちた飛行機すらあった。また、車社会だったから、道が車のために整備され、その下には、公共の設備が埋まっていて、年中工事していた。道路とその下の構造に関わる費用は物凄いものがあった。

 ところが、まず、水は自給、エネルギーも自給になったので、先ず電柱はなんにもなくなった。電話や何かは既にあの頃でも、衛星通信になりかかっていたから、電柱がなくなっても問題はなかった。道の下を掘り返すこともなくなった。

 次に、人口が十分の一以下になっていくのに従い、大都市は殆んど廃墟になり、コンクリートの建物は国に没収されて、一度、更地に返されて、暫く、使わないで肥沃な土地になるような配慮がなされた。

 既に、人々が住んでいるのは、もとは農業などで使われていた土地を、ひと家族に3000坪程度を貸与し、そこで生活をするようになったのである。だから、昔のごみごみした住宅地は、一度みんな国の管理下において、更地にされたのである。人口からいっても、この程度の密度になり、隣の家までが遠いのである。

 さらに、科学が進んで、エネルギーを改変しないで使う機械を作り出したあとは、当然、空間を飛行する機械をつくりだしたのである。この発明で、地球人は完全に、この宇宙の中での宇宙旅行の技術を手にいれたのである。

 これで、ついに、道路と言うものが不要になり、鉄道も橋もなんにもいらなくなったのである。このことで、地球の人々の住居空間はとてつもなく、広くなったものである。この飛行機械は空中を飛び、水中ももぐれるものである。職場との距離はいささかも問題がないので、住む場所には困らなくなったのである。

 高速道路や通常の道路も、一旦、更地に戻されてつつある。こんなものは、全部消えないと飛行機械の操縦に支障をきたすからである。電気の鉄塔や工場の煙突や都市の高いビルや住宅や塔なども、不必要なものはすべて更地にもどされたのである。

 平成の頃のバイクから自動車に相当するものが、いろいろな飛行機械に変ったと思えばいいだろう。個人用のもの、数人用のもの、大型のものといろいろあり、目的に応じて使われている。新しい都市には、飛行機械の発着所があり、特に込み合う場所では、空間の管制が行われている。

 すべての道はなくなったが、住宅街は耕作地以外のすべての部分が道ということになる。住居と都市での発着所の間にはも道がある。野原には歩いた後に散歩道ができたりすることはあるがそれ以外は特別な道はない。

 この飛行機械の飛行原理は平成の頃には明かされる筈もなかったが、空間から何らかのエネルギーを取り出し、必要なエネルギーを使い、必要以外のものは、そのまま再度空間に戻る形式であり、したがって、大気を汚染することもなく、また地球の有限な資源を利用することもない。

 これは、実はすべての機械に言えることであり、家庭の調理器具からロボットですら、この原理でエネルギーを供給され、しかも、音が一切でないのも特徴である。音に敏感で頭痛もちの、ねこRには、これは嬉しい。

 この飛行機械の延長が、宇宙に飛び出す光速エンジンと超光速エンジンをもつ、宇宙船へと進化していくだろう。それらの宇宙船の原理は、エネルギーの確保だけでなく、現在の光速の膨張空間ではない、超光速の膨張速度の空間やその他の空間を利用して時間や空間を移動する技術が開発されていて、それに乗って、既にいろいろなところに調査などにでかけているのである。

 この宇宙と異なる時空間の宇宙に行く技術も開発中であり、その内、地球人もそういうところまででかけるということになりそうである。


 仕事場としての工場や産業施設は、地下や土地としての利用価値の落ちた部分に建設してある。もちろん、水やエネルギーが自給自足であり、しかも、完全にクリーンなので、廃棄物や廃棄ガスなどは工場などからも排出はされない。
   
 すべての人々は、労働日は一定時間を指定されたところで実施する。その見返りはとくにない。誰もサボるものはいないだろう。生きる糧はすべて無料で与えられているのだから。
 M003

21から30

第21回: 夢に向かってどう生きるか


 今、平成の時代の科学者たちは、私たちには知らされていない、各種の秘密の研究をしている可能性がある。時代に先がけるトンでもない理論を感じ取ってしまった人たちがいたはずである。ねこは、若い時から、このようなトンデモ情報を探して読むのが好きだった。

 彼らはどうやら、誘拐されたらしいとか、殺されたらしいとか、そのような噂話のような記事をよく読んでいた。彼らは、何らかの形で、現在の地球人での科学者の認識レベルを越えたのではないだろうか。その成果を誰かが、科学者の頭脳ごと奪い去ったのではないだろうか。

 核兵器以上の恐怖の兵器が開発されており、テストすら行われているという情報もある。これは、いまや常識になっているだろう。もちろん、それらの兵器がどんなものであるとは、一般には公開されてはいないが、いろんな形の曝露がなされている。

 さて、話を誘拐された科学者に戻そう。

 この随筆の最初の方にも書いたが、何かの物事を一心に考え続けていると、何らかのインパルスのようなものが内部からやってきて、回答が得られて、なんらかの理論が出来上がるというのは、ありうる話だと想う。

 一説によれば、地球に生きたものたちの想念が何らかな形で残されており、その情報と人間の何かが同調すれば、それを読み取ることができるとされている。このことの正しい解説はいずれ普通に知れ渡るのだろうが、今の私には、この程度の知識であり、確たる説明はできない。

 20世紀に公開された特殊な理論は、実はみんな大量破壊兵器の原理に辿りついてしまった。勿論、平和的な利用も一方では可能であったが、国の為政者や軍隊のトップの者たちの新型破壊兵器への待望は異常なものであった。それは、今でも同じであろう。

 すべてのエネルギーはもともと善や悪の使い方で用意されたものではない。全宇宙にエネルギーは使われる意識のレベルと関係なく創造の最初から与えられているものだろう。地球の人間は、化学的な反応で火として最初にエネルギーを取りだした。水の落差を利用して力を得たり、発電したり、原子核崩壊の熱を使うというエネルギーの使い方を開発してきた。最後のものは、急速で爆発的な反応をする部分を兵器として利用した。

 アインシュタインの質量とエネルギーの等価原理等のような、突然の認識は、大抵何かしらのインバルスのようなものがあったと考えさせられるものがある。

 この地球上には、実は既に膨大な技術や科学の進んだ社会からやってきたものたちが生活し、この地球圏に沢山の情報を何らかの形でのこしていると想われることが一つ、また、この地球上には、かつて地球以外の地にすんでいたものたちが移住して、この地で死に、彼らの進んだ知識を残した場合もあろだろう。

 もちろん、何処に残してあるとか、ねこの今の知識では言えない。が、残っているのは、殆ど間違いないだろう。そして、今の人類の進化が進むにつれて、この残されている知識に同調する場合がでてくるはずだ。さらに、それを越える物事については、宇宙空間を越えて進化している者たちとの連携がおこなわれるだろう。
 
 創造の創りあげた仕組みは、人間の進化のレベルにしたがって、同じ物でも、まるっきり違ったものとして見えてくるように仕組まれていると、ねこは感じている。それは、同じ「空間」と言う言葉でも、空間の意味の理解度、つまり、空間とは何かという認識が段違いになってしまうだろう。

 大変な努力をして見つけた新しい概念を利用して兵器をつくり、戦争で人々を殺していては、この道を登る進化は不可能であろう。それどころが、いつか全滅の危機に見舞われると指摘されている。そのような発見をした科学者がいると聞えると、真偽の以前に彼らはどこかにつれさられているらしい。

 ねこが書いた、人口過剰を乗り切ったあとの未来の地球を実現する最大の発見は、水とエネルギーを空間から取り出す装置である。この原理が発明されるとき、すでに人間には個の所有欲とか、国家の争いとか、如何なる支配力とか、排他的な宗教群などの一切がなくなっていなければ不可能である。

 もし、そうなっていない時期に、この原理が発明されたと聞えたら最後、この科学者は誘拐されてしまうだろう。そして、この装置の利権が発生し、その利権の争奪戦が起こるだろう。この装置が一度できて、全家庭に設置されると、それ以上はお金儲けができないから、貸与する利権の争いになるはずだからである。

 これが利用されるためには、同時にお金という概念を捨去るときであり、それができるように、私有財産の廃止と質素な生活、自給自足の環境作りまではしていなければならない。

 ここに辿りつくためには、人口を10分の1にするのと、国意識、民族意識、宗教、イデオロギーなどはすべて無になっていくべきである。これらがある限り、戦いは終らない。とくに、宗教は、自分の神を信じるものが救われ、他は救われないという論理だとすれば、新しい社会の建設にとって大いなる障害になるだろろ。

 まあ、この頃になると、人々はみな気がつくだろう。あの「主なる神」というのは、今の我々のように、色々なことを認識していた連中だったのだろう、と。つまり、自分たちが宗教にいかに騙されてきたか、自ら気が着く時であろう。

 この未来を築くためには、如何なる理由にせよ、他を否定するとかだけはしないで、それぞれをみんな配慮するようにしていくことが必要ではないだろうか。


第22回: 地球に残る想念に出遭ったのか


 ねこは、氣功の鍛錬を開始してから、自分の体の状態が体力と病原菌の力のバランスだけではなくて、自分の意識の状態や自分の体の外の何かからの影響とかでも、変化すのではないかと感じ始めた。これは体の隅々まで意識で調べると言う癖がついてきたせいかも知れない。

 病気の人に元気を送るというような氣功をしていると、自分の体のあちこちに、相手の状態を感じとるような変化が起きることを経験してきた。ねこは、相手の体の近くで、氣功をするということはしていない。理由は、ねこは、氣功が時空を越えるというか、時間や空間を理解する一つの勉強種と認識したからである。

 そのために、氣功でも、遠隔氣功に特別な興味をもち、ずっと実験と研究をしてきている。医師のような治療目的ではないから、特定の場合についてのみ実施しているのであり、まず、一般の人たちにそれをすることはない。

 ねこの遠隔氣功の経験の中に、肉体の物理的な異常、例えば、アレルギーとかの体質的な問題もあるが、原因が心因性というか、無意識を通じてやってくるらしいもの、或いは外部からの意識的な影響で体のあちこちに異常が出ているようなことが混在しているのに、ねこは最初は気がついていなかった。

 今にして想うと、普通の病気の場合は、ねこの身体にはなんの変化もおきてはこなかったが、何か別なものからの影響のような場合は、当日にやった氣功が原因で、当日の夜に、ねこの身体に沢山の蕁麻疹のような湿疹ができたものである。

 痒みがでるのは、もちろん、自分の内氣功の場合でも、自分にそのようなことが存在していたら、湿疹ができたのかもしれない。何故なら、氣功鍛錬を始める前から、ねこは、わきの下だけには痒い湿疹ができる癖があったからである。これはアレルギー体質がもとになっていると推定している。

 上に述べたような痒みが、寝ている間にでたというのは、ねこの体質を利用して、氣功による成果を示してくれといるような気がしてきている。もちろん、それはねこの考えであり、推察が正しいと言う分けではない。

 しかし、繰返し対処しているあいだに、確実にいろんなことが判ってきた。普通でない原因で発生している異変については、ただの氣功では解決しないのではないかということも判ってきた。

 ねこがここで氣功と称しているのは、山崎正男氏が開発した「Space Doctor 気功の鉄人」というカリキュラムで自習しただけものであり、氏がそれでよいと言ってくれたわけでもないことお断りしておく。それに、ねこは、この氣功の鉄人の自習をしながら、別のことを考えていたと想う。

 時間と空間が障害にならないものを手にいれつつあるという想いであった。そして、これは確実になってきた。例えば、ガンセンターに入院されている人の小腸が詰まっていて、お腹が膨らんで苦しいという電話がきたのは、夜の十時。

 すぐに、病人とねこの間に、ある種の橋を架けて、一時間、宇宙からの気を送りながら、病人の体内細菌に下痢症状化を要請し、繊毛と小腸自体には動くように、という明確なイメージを送り続けた。橋の架け方はねこ特有のものであり、ここでは明かせない。遠隔氣功をしている人たちは、みんな自分の方法があると想う。違ってしかるべきだと想う。
 
 その結果は、翌朝には排泄とガスの排出が行われて、お腹はへこんでしまったという。これはすべて氣功だけとはいえないと言う反論もあろうが、それはそれでよろしい。病人とねことの間の何らかのつながりが感じられたら、病人はこの事実を踏まえて、何かを感じとってくれると想うから。

 病人と私の間の「空間」はなにも障害にならなかった。また、空間を通過してかかる時間も発生しなかったではないか。これが、大きな認識であると、ねこは自負している。

 さて、TVなどで、よくあの世の者が憑いたとか言う話をきく。ねこは、ここで日本でいう「霊、悪霊、怨霊」などという言葉を使いたくない。理由は、それらは人が人を騙すために造った概念だからである。憑き物というのは、現実には殆どないのだと想う。まったくないとは、ねこにも言えないので、この程度にしておきたい。

 ところが、昔の人たちが残した想念は、この地にわんさと残っているようである。どうも、それらの想念を敏感に感じ取る体質の者たちがいるというのも、ねこの以前の経験からわかってきた。そして、ねこも氣功の錬功をしたり、遠隔で病気の対処をしているあいだに、何かを感じてしまうようになっている。

 これは、氣功をしている友人たちからも指摘された事実である。つまり、相手の状態を感じ取るから自分も変になるかもしれないということであった。そして、それは現実になっている。

 それから、本能寺の変のことを書いたり、ねこが好きだと想う昔の武将たちなどのことを書いていた時には、異常な頭痛と痒みが発生してし、どうにもならない時が何回もあった。この時は、適当に書いた内容を、もっと考えて、訂正したり、削除したりすると、なんと、けろっとすべてが快癒したものである。

 これと、武将たちの話では、彼の下で犠牲になった家来や敵の人々の想念が、丸ごとやってきて、何かを訴えられたという感じがしてきて、「苦しみ、不満、残念等の想い」を認識してあげると、これも消えてくれて、同じところでは二度とは起こってこなくなった。思い込みだといわれるかもしれないが、本人には事実として残っているものばかりである。

 ここにも、空間と時間は障害ではないというものがあると認識している。集団無意識とかいう現象があると聞いていたが、無意識レベルでの、このようなつながりは、確実に存在し、それを利用すると、氣功だけでなく、もっと広範囲な利用価値があると想っている。


第23回: 空間からエネルギーを取り出す


 ねこは、小さい時からとてもSF物が好きで、火星探検とかの空想本をよく読んでいた。その時の憧れの的は、空間をいとも簡単に越えていく、雰囲気発動機と超空間発動機なるエンジンを備えた宇宙船にのる主人公の少年だった。

 この宇宙船は、大気中をでるまでは雰囲気発動機、それを出たら、超空間発動機を起動して火星に辿りつくというものだった。今でこそ、UFOもので二つの違ったエンジンを装備する概念はでてきているが、当時はまったくなかったから、その作家の想像力は大変なものだったと想う。

 今の私たちが、この宇宙空間が、本当はどんなものか、時間とは何かという真実を知っているとは、ねこには想われない。それでは、ねこの描いた未来は実現できないではないかといわれるだろう。まことに、その通りであると想う。

 ねこは、自分の意思である人の伝える真理にたどり着き、なんとなく、自分の考えを切り替えてきたが、そのことが、一般の常識として地球に伝わるには、まだ長い年月係りそうである。時間と言わずに、長い年月とかいたのには理由がある。

 長い年月というと、私たちの物質意識は、それなりに長さを認識できるようだが、1万時間とか60万分とか言われると、時間の絶対長さの感覚がないので、脳には何の反応もないのではないか。私たちの時間の概念は、自然現象での周期から苦労して探し求めたもので、それから抜けられなくなっている。 

 つまり、一日とか一年とかを地球と太陽の位置から求めて、あとはそれを何等分かしてきたものである。ということは、私たちは、時間が本当は何であるのかという概念をもっていないということである。

 さて、もう一方で、空間についても、同じである。科学者はこの宇宙はずっと以前に、ビッグバンによって膨張して、現在にいたっており、それには人間に計りうる果てがあると考えていた。ところが、望遠鏡の技術が進むにつれて、科学はどんどん見えなかったところを見てしまうという矛盾に出遭っている。

 今でも、人工衛星や計測用人口惑星などを上げる事で、どんどん宇宙の果てが先に遠ざかり、しかも、ドップラー効果の計測によって、宇宙は光速以上で遠ざかっているというような考えになってきている。つまり、この空間についても、正しい概念が認識されてはいないのだということである。

 一部で、重力波あるとか、相対性理論、各種の宇宙論が考えられてはいるが、どっちにしても、確定されてはいないから、認識されていないという、ねこの評価は正しいと想っている。

 さて、ねこの一つ目の興味は、宇宙空間からエネルギーや水などを取り出すことができるかということである。ねこは、若いときから、この人類の誰かが宇宙人から、いろいろなことを教わっており、真実はこうだと書かれたものに幾つもであってきている。
 
 大抵は、夢物語で有ったが、最後に出遭ったものは、ねこの人生を変えてしまうくらい、私に大きな影響を与えたといっても過言ではない。その内容の紹介は、世界中に広まりつつある。日本語に翻訳されたものも、これから少しずつ普及していくと想う。

 その内容をここで披瀝することはできない。内容そのものは、解説されるべきものではないからである。読みたい人が一人一人自分の意思で読み、それなりの理解をし、真偽を確めるべきだからである。その理由は、誰にでも判ると想う。つまり、信仰や信心にならないためである。

 氣功の経験から、ねこは既に「空間」というものを障害でなくしてしまう方法の一つを知ってしまったのかもしれない。現在意識だけで何かをするとすれば、ねこは、相手の現在意識、つまり、肉体のある場所まで行かねばならない。これは大きな障害である。実は、遠隔氣功では、相手が地球の裏側でもかまわないのだから。

 ねこの今までの経験から言えることは、無意識(または潜在意識)のレベルで連結していると考えられる。氣功の鍛錬の通常の方法では、肉体の取巻く空間と体内の気が体のツボを通してつながり、氣功師は体内の気の状態を読み、その状態で、陰陽、実虚を判断して、ツボを通して対処するために気を送り込むのだと想う。

 この方法は、無限の繰り返し鍛錬によって無意識(潜在意識)に教え込んだものであり、氣功師の無意識と患者の無意識での何らかの情報交換があるのだろうと、ねこは感じている。   
 
それと同じことを、遠隔でも実施できるが、大抵の氣功師は電話連絡で確認しながら行うようであるが、何れにしても、そばにはいないから、無意識のつながりしかないと想われる。

 ところで、ねこは、相手の人にどんな情報を送っているのだろうか。そばにいる時は、ねこは、ねこの周囲の環境から、宇宙の電気エネルギー(仮称)を足の裏と手の平等から吸いこんで丹田にため、丹田から、足の裏から地球へと排出する方法で、ねこの体内の宇宙の電気エネルギーを新しいものに汲み上げ排出の繰り返しで全部新しいものに変える方法で、溜め込んでいく。

 その状態で手の平から相手の何処かに向けて、その気を送り出すと、相手の気との接触によって、跳ね返る気は情報をつかんでくるらしい。つまり、両者の気の波動の干渉の結果が、手の平に伝わるようだ。感触はびりびり感とかいろいろある。そばにいれば、恐らく、気の導入も氣功師がやってしまうのかもしれない。

 ねこの遠隔の場合は、相手の無意識に、何をしてどういう結果を出すかというイメージ情報を伝えている。それにあわせて、相手の無意識が周囲の宇宙空間の電気エネルギーを取り込みながら、そのイメージの実現をしていると、ねこは認識している。

 このことから、ねこは大きな秘密をみつけたと想っている。

 ひとつは、空間からエネルギーがどりだせている。ねこと相手の両方がそれを実行している。もうひとつは、ねこが相手の無意識に「それはそうである」という確たるイメージを送ってあげると、相手の無意識を通して、相手の器官を動かして、そのイメージを実現してしまうらしいということである。

 これは以前に書いた、ポジティブ・ノーマルの実証のように想える。


第24回: 無限の空間を克服できるか(1)


 今の地球の科学では、空間移動には反動型ロケットエンジンの概念しかもっていない。しかも、加速は、積荷とのバランスがあり、反動を与えるものが何であっても、物質であるかぎりは、頭打ちになる。あとは慣性移動しかない。それでは、人間の寿命との関係で、宇宙旅行など夢である。

 この意識でいるかぎり、地球の科学者たちが、UFOは人間の乗り物ではないという結論しかだせない。これでは、夢も希望ない。私たちは何かを忘れている。

 その何かを忘れさせたのは、宗教である。宇宙は神が創ったと思い込まされ、その神が人間を自分の形に造ったと想いこまされた。他の宗教もにたりよったりで、神仏は人間の延長と考えさせられた。つまり、宇宙は造られた結果であり、物質的なものでしかないと想いこまされてきた。

 しかし、実はそうではないだろう。この宇宙の森羅万象は、神という言葉で言うかどうかは別にして、ある意識の理念が創りだしたものだという認識が抜け落ちている。その上に、科学者も、この宇宙はどんどん膨張していると認識している。

 たった一つ、地球の自然をみたたけでも、これだけの森羅万象がただの偶然の進化でできたと想う人間は居ないだろう。つまり、予め用意した理念の通りに万物が発生してきており、しかも、人間は自分の意思で、それらから別なものを創りだしてさえいる。

 とすれば、もともとの、宇宙全体の理念の創りだしたものは、私たちが作り出すであろうすべての物事を最初から見通してあるばすだ。

 だから、私たちが忘れているのは、「創造の意識から万物は造られている」ということ。つまり、宇宙空間は、私たちが理解するものとは異なり、創造の意識で造られた限界のない舞台であると、ねこは想像している。その舞台に、創造が理念を投影すると、その理念はすべてその通りにできあがり、舞台で役割を演じるものになる。

 その理念は、純エネルギー的な姿から、物質的なものまで、意識された通りに実現されているとみなければならない。ということは、創造は理念という設計図をもって、これを物質化してみせてくれたものであり、生成と消滅は、創造の意のままにあるといえる。

 ちなみに、今、私たちの宇宙は膨張期にあるが、ある予定された時期をきっかけに収縮期に転じ、この理念化された宇宙空間とその中の森羅万象は創造の内部に取り込まれて崩壊していくらしいが、この事実はいつか公開される時まで、知る人ぞ知るでしかない。

 何が言いたいのか、ねこにも判らなくなったようだが、言いたいことは、実はこうである。

 物質は何らかの方法で、非物質化、つまり理念のような設計図と言うものに情報化でき、後に、それをまた、物質化、つまり再組み立てできるのではないかという、ことである。

 たとえば、ねこは、自分が、物質化しているもの、肉体構造のすべてと取巻くエネルギーの情報、現在意識、潜在意識等という物質的なもの(永遠ではないもの)と、創造の似姿とバイブルに表現されていたもの、つまり、霊(Geist)体という、非物質的なもの(永遠なもの)とでできていると考えている。

 創造の似姿である、つまり、創造の一部である、ねこの霊(Geist)体だけなら、なんの抵抗も無くこの空間を走れそうである。しかし、物質的な形の引き摺るもの、があるとこれは大変である。物質としてのねこの肉体を引き摺れば、霊(Geist)体は早くは走れない。
 
 ねこの肉体は遠くへ行きたいと、走りたがってしかたがない。ねこの肉体という物体が、このxyz空間を移動すると時間が過ぎる。ちんたら走れば、ねこの肉体がなくなっても、何処にも行き着けない。それでは、ねこの霊(Geist)体は、満足しない。

 そこで、折角、前回の随筆で、宇宙空間から、電気エネルギーを取り出せることを、ねこは知っているのだから、それをなんらかの方法で、ねこの肉体と霊(Geist)体の全体に適用して、一気に光の速度まで加速することを考えることにした。どんなことが考えられるのか。

 さて、ちょっと内緒の話であるが、光の速度が一定だとかなんとかと、地球人はわけ判らないことを行っているが、実は、この宇宙を創造が創りだした時の空間の膨張速度は、今の光の速度など、はるかに越えていたらしい。その時、空間を走る光の速度は、その膨張速度と同じだったらしい。

 しかし、この宇宙のビッグバンの時からずっとこのかた、空間を走る時の光の速度はどんどん落ちているという。これと同じ現象をねこは知っている。放射性同位元素の放射能に半減期があるということである。そう、光の速度にも半減期があるということらしい。

 膨張を開始した時から光の速度が半分になるのに、一定の時間、つまり、半減期なるものが存在しているという。半減期がくると、それまでの空間は、超空間になって保存されているらしい。半減期が何回目かの私たちの、今のこの空間の光の速度は、この空間になった時には、ある光の速度をもっていた。

 それから、既に時間が経過しており、今現在、光の速度は、毎秒299792.5キロメートルまで落ちているという。まあ、刻々と速度は次の半減期まで落ちているのだが、私たちの技術ではその低下が計れないだけである。これ以上深く考えてもしかたがないのでやめる。ただ、光の速度はいつまでも同じではないと書いておきたい。


第25回: 無限の空間を克服できるか(2)


 話を光の速度まで加速する企てに戻そう。

 ねこは、今までの知識を一旦全部消してみることにした。私の肉体と現在意識はいつも、このちんたらした地球の上にへばりついて、その速さに縛られている。ところが、ねこの思考、想念は何処までも一瞬にいけている。UFOものの話を本で読めば、既にその星にまで瞬時に行っている。

 これは何だろうか。もう一つある。夢の話だ。うとうとっとしている瞬間に、何日分もの夢を見ることがある。何日もの時間を経過現象を数秒で観ることができる。これも、思考の速度が私たちの物質世界の動きに比べて相当に早いことを現しているようだ。ある情報によれば、この空間の光の速度らしい。

 さらに早い現象というか、道はありうるかと考えてみると、上にちょっと紹介した、ビッグバンの時の、創造の膨張速度をもつ最初の空間が、存続しているらしいから、その空間も利用できるのかもしれない。

 この空間を地球という物体が走ると、時間が経過する。地球にへばりついている、ねこの身体にもそれだけの時間が経過している。光の速度、いやそれ以上の速さで通過していても、この空間を走る限りは、時間が過ぎてゆき、隣の銀河まてでも、私たちは生きていられない。

 ちょっと、まってくれ。まことに簡単な話であるが、実は、この空間が無ければ、時間という概念は発生しないのではないか?この時間は、ビッグバンの時から始まったのではないか?だとしたら、この空間でないところを行けば時間が要らないのかもよ。おっ、すごい発見か?

 ねこは、時間は最初からあり、無限に続くものと教えられたような気がする。つまり、自分の老化とかを支配しているのは、その時間であると想っていたかもしれない。つまり、ねこにとって時間の過ぎる速さは、その時の気分によるようにも思えた。楽しい時は、早く、苦しい時には遅く経過するものよって信じさせられたかもしれない。真実は、どうか。

 空間と時間の知識は、今までの常識とは、相当違うと想ったほうがいい。いつの日か、みんなが真実を認識するのだろう。

 そこで、ねこは想った。この空間の一点から、別の一点まで、バイパスを創りだせばいいのではないか?このバイパスは、ビッグバン当時の空間が、この空間からみて、超空間というものになっているらしい部分に創りだせばいいのではないか。

 この空間に関係した超空間は既にいくつか存在しているらしいが、この空間ときっと重なっているのだろうから、この空間での二点を指定して、超空間を通過する橋のようなものをかけて、通過するというバイパスを考えよう。超空間は、この空間の光の速さを大きく越えているから、速度の連続性の維持が要りそうだ。そうなると、今の光の速度では無理だ。

 そうなると、この空間の中で、まずこの空間の光の速度の何倍かまであげる必要がある。これが大変だわ。今までの、ねこの頭にあったわずかな知識では、先ず、現在の光の速度を越えられないという常識がひとつ。しかし、それはどうやら、信号の速度という形で現在の光の速度を越えるものがあるという発表があったので、先ずは一安心。実際やってみればできるのだろう。

 ところが、もうひとつ、加速すると物質の質量が増大して、特に脳が破壊されるとか。これは困ったぞ。しかし、よく考えると、これはなんとなくうまい話かもしれない。理由は、物質はエネルギーが粗雑な形に固まっているもので、純粋なエネルギーと情報にする手段かもしれない。

 もともと、この宇宙には創造の理念が潜在しており、一部だけが物質のようなものに顕在化されていると考える、今のねこの考え方にぴったりかもしれない。

 さて、そうは言っても、宇宙船とねこをどうやって、一瞬にして、そのような速度まであげるのか。

 しかし、今度は逆のことが考えられそうである。宇宙に潜在している純粋エネルギーによって、宇宙船とねこのすべての物質要素を、形を保ったままで、超瞬時に加速することを考えよう。そうすると、これは問題なく可能である。この超瞬時が大切だ。あはは、まことに適当なことを言っている。

 これは、この空間内での推進に使える。ケロシンはいらない。純粋なエネルギーを取り出して物質の要素に与えるのは、空間から電気エネルギーを取り出して、送るのに似ている。運転者の意識の力をつかうことになろう。

 これは楽しい。運転者のねこが、想っただけで宇宙船とねこが、瞬時に光速まで加速して、意識したところに移動できるなんて。しかし、これには、創造の法則と掟にしたがって生き、宇宙創生からの真理を理解していくことが、先ず必要なようである。仮にこのようなことができたとして、今の人類はそれをお金儲けと兵器に使うのだろう。

 そんな意識では、宇宙空間を克服する技術は与えられないだろう。

 更に言えば、仮にこの加速ができたとして、この空間には、とても沢山の危険物が存在している。通常の乗り物のような状態で、物質のままで移動するのは、困難である。そこで、宇宙船の周囲からやってくるすべてを跳ね飛ばすシールド必要になるというのはよく判る。

 NASAのスペースシャトルが大気圏に再突入する時に、角度が小さすぎると宇宙空間に跳ね飛ばされるのと同じ効果であり、実は光もそのシールドから中には入れないものである。これは、宇宙船がシールドの外からは見えなくなるということである。


第26回: ねこRの宇宙船、テスト飛行(1)


 なんとなく、宇宙船ができたような気がしてきた。さて、テスト飛行をしてみよう。

 「今」、ねこRの3000坪の借地の真ん中にある家の庭に一台の小型宇宙船、その名は”あわや”。

 といわれて、あなたは、??だろうか。この随筆は未来随筆。この「今」は、ねこの頭の中では、2120年を過ぎた頃である。だから、名前も、「ねこ」ではなくて、「ねこR」である。このことを忘れないで欲しい。何を書いても、ねこRがやったこと。ねこではないので、許して欲しい。

 遠隔操作で地下格納庫から運び出したものである。この宇宙船は、全部、ねこの意識で操縦できる。シールドは解除したので、”あわや”の姿は見えている。誰も、攻撃したりはしない。

 SFでもない、ちょっとした幻想でしかないから、"あわや"はアワヤ墜落か?アワヤどこかに迷いこんで戻れないとか、なりそうなので、この名前にしたものだ。気の毒なのは、不完全に造られたらしい、”あわや”である。(ごめんよ、"あわや")

 さて、この宇宙船"あわや"の設計者は当然、ねこRである。製造は、既に存在している技術を駆使するので、なんということはない。ただ、その設計図で果たして正解かどうかは、まったく未知の話である。

 既に、20世紀の、ねこの時代にも宇宙船にのってやってきていた宇宙人たちは、素晴らしい技術をもっていた。しかし、彼らは、一般の地球人には、その姿を公開することは無かった。彼らの技術を横取りしたがっていた政府機関は多いはずだったが、そうなったら、地球人はなにをするか判らなかったからだろう。

 ねこRが頭に描いたものは、彼らが断片的に話したとされ、公開された資料などからの知識を越えるものではない。それらの知識を綜合して、あとは、想像力をたくましくして、設計図を描いた結果が、この"あわや"である。

 これらの資料は、20世紀後半からスイスのBEAM/FIGUによってドイツ語で公開された。そして、ここまでの長い時間で、沢山の人々の努力で世界中の言葉に翻訳されおり、今、日本語でも読める環境になっており、その内容は既に教育環境の中に浸透している。人口対策もその提案にそって可能になったのである。

 2118年過ぎた今、既に通常の交通手段の空間飛行体は既にあり、これは、みんなに貸与されているので、それら技術や製造に関する技術もすべて利用している。
 
 ねこRは2078年2月8日に生まれたので、もう40歳である。これまでの人生についてはまた、時間をみて書くことにして、先ずは、試運転をしながら、その顛末を書くことにしたい。

 さて、"あわや"は五メートルの高さの空中に浮いている。完全停止する時は、足を出して停止するが、既にすべての機能が生きているので、そうしてある。

 この宇宙船は理念で設計されているので、理念に対応して、色々な部分が変化できる。足を出すといっても、地球の飛行機のように足の格納部の切れ目はないのであって、足を出すという理念で、足の部分がでてくるしかけである。切れ目はいらない。

 これと同じことが、出入り口や窓や他の外部との関係の操作装置もすべて同じように理念化して装備されている。また、内部の装置や設備も同様である。これには理由があるが、それは後ほどわかる。

 さて、家からでて、宇宙船の下にやってきた。中央部の真下にくると、ねこRの意識を感知して、真下の部分にある入り口が、解放モードになり、同時に、宇宙船の天井部にある搬送装置からある種の光線が発射され、ねこRの身体は一瞬に持ち上がり、船内に入り、同時に入り口の部分は、床になっている。

 これは、既にある技術で、ねこRの発明ではない。通常の住居や業務用のビルディングの出入りにも利用されている。エレベータなんてものはいらないのである。あっという間だから、気にすることはない。また、人と当ることもにく、装置の範囲内なら、同時に何人でも搬送可能である。

 "あわや"の設計に、ねこRは、ルートを決めて行う物質搬送装置の基本的なものを利用している。搬送時にルートを確保するのに、シールド機構を使うので、重力波さえも跳ね飛ばして無関係である。エネルギーも二重化されているので問題は起こらない。

 さて、船内に入ると、運転者という識別がなされ、座る椅子がこっちに向いてくれる。嬉しいねえ。自分で言っていれば、世話がないよ。

 ところで、この宇宙船は、研究用なので、助手と検査官の三人は乗れる設計にしてある。今回は自分のテスト飛行なので、助手も、検査官も乗せていない。

 事故の責任はすべて、ねこRにあり、「それにしても、太陽系を壊さないようにな」という忠告は受けている。この位の恐ろしいことも起こるのだと20世紀のみなさんも知っていた。また、無事戻ってきても浦島太郎になるとか、へたすれば、脳が潰れて、一瞬にお終いだと言う結末もある。これは、20世紀のアインシュタインのおじさんからの託宣でもあった。

 さて、ねこRの冒険が始まる。


第27回: ねこRの宇宙船、テスト飛行(2)

 地球の重力が働き、自然の空間で大気があると、シールド無しで停止しているのはつらい事である。重力で落ちないようにバランスさせて全体を引力と逆方向に物質を加速しているが、非常に小さい差でも、上下に動いてしまうだけでなく、ほんの少しの風でも位置も動くのでかなり大変である。まあ、着陸ギアを下ろして停止しているにかぎる。

 さて、ゆっくりと上昇しながら様子をみる。もちろん、"あわや"と私の間には、別物という感じは何にもしない。つまり、上昇加速や横向きの加速で、私の身にかかる重力や遠心力は感じない。"あわや"は大気中を動くのには空気の抵抗をさけるので、上下に円錐をくっつけたような円盤形状が適している。その運動も落葉運動の形がもっとも自然な形である。

 なんて言いながら、忘れていたシールドのスイッチをいれた。まあ、自動操縦にすれば、忘れることはなくなるが、最初なので、外してあったのを忘れた。

 さて、"あわや"とねこRは大きなゴランコでスイングするようにしながら、一気に地球の大気圏を抜けた。

 この間に、ねこRは特に揺れとかは感じなかった。これは、"あわや"とねこRを構成してする、すべての物質の構成要素が一つのユニットになって、一緒に加速され、方向を制御されており、一瞬一瞬の動きも含めて、変なものは何にも感じることなく、運転者の意思のままに、目的の場所に、目的の速さで移動できる。

 もう一つ、"あわや"の床と私の間の引力関係は地球の1Gに自動的に維持されている。この方法は内緒である。

 20世紀の始めに、アインシュタインは無意識に特殊相対論で宇宙旅行の危険性を指摘している。光の速度以下での空間旅行は物凄い時間遅れを起し、ふたたび帰った時には、玉手箱を開いた浦島太郎なってしまうこと。もう一つは、光の速度に近く増速し、この空間を駆け抜けると、物質の質量が急速に増大して、無限大になり、脳が破壊されてお終いになる。20世紀には、この現象を乗越えることは不可能にみえた。 

 これは、そのとおりだが、やはり理論でしかない。これを乗越えないと、宇宙旅行はできない。この理論のもう一つの指摘である、光の速度は越えられないというのも、理論でしかない。そちらの方は、21世紀の始めには、アインシュタインは間違いをしたと気がついた人たちが沢山いた。

 それにジェット機やロケットでの空間移動でも、質量の変化でかなり脳がやられたりすると指摘されていたが、計測されてはいなかった。とにかく、この質量無限大をどう克服するかが課題だった。

 ねこRの宇宙船のシールドは当然この、質量増大効果を無効にする機能をも持っている。この機能で、"あわや"とねこRは潰されないで、短時間で光の速度に達することに成功した。ひゃあ、死ななかった!

 揺れとかも何にもない。無音で静かなものだ。これなら、誰にも文句は言われなくてすむなあ。地球の引力圏を始めて抜けてみたが、あっけないものだ。ただ、他の惑星や太陽の引力圏を脱するのは、この次にしたい。

 実は、こんなことは低レベルの話であり、宇宙空間を克服するのは、とんでもない発想の転換が必要なのである。前回、超空間を通過してなどと適当なことを書いたが、それにしても空間であり、どんな空間でも、物質が走れば、時間が遅れ、質量が増大してしまい、アインシュタインのパラドックスを抜けられない。

 この課題を解決するのは、空間と時間に関係ないところ、つまり、無空間-無時間を通過しないとできない相談なのである。

 21世紀の始めに生きた、ねこは、思考の速さは光の速度、もう一つ、霊(Geist)的な速度があり、その速さは、光の速度の10の7000乗倍という、なんとも考えようのない速さが存在するらしいという情報を知っていた。

 これは、明らかに、物質的なものではない霊(Geist)に関係したものらしいが、この空間に並行してこのような速度で物質ではない何かが移動する領域があるという認識が、空間旅行の技術の習得の鍵であるということが、なんとなくねこには理解できていたのかもしれない。

 このような知識とそれを利用する知恵を持たされるということは、地球人がそこまで、創造の真理を認識してその法則と掟に従って生きることができるようになることが必要十分な条件であり、2100年を越えて、宗教信仰、戦争による支配、人口過剰の対処もできていることが前提になって、知識が与えられたのかもしれない。

 22世紀に入って、それらは解決して、地球の人々は、創造-自然の法則と掟を守り、地球の環境もなんとか正常に戻ってきているのが条件で、ねこRも地球人に漸くもってもいいぞと、公開された技術を駆使してこうして、"あわや"を試験的に設計できたものである。

 このことを忘れると、またもや、それらの知恵は、戦争に使われることになり、再び地球は戦場となろう。そんなことは許されない。

 さて、創造の法則に従って生きると何かを教えてもらうとはいえ、まだ、宇宙船に乗ってでかけるレベルだから、"あわや"とねこRの物質を一度、非物質化する操作をし、同時に時間と空間を無くしてしまう操作をし、その瞬間に、空間と時間ではない橋(無空間-無時間という橋)の向こう側に達して、再物質化する仕組みによって、好きな所に行けるのが、宇宙船を使う時の、空間克服の唯一の方法らしい。

 物質と共に行くには、これしか方法がない。なんともばかばかしいがこれしかないというのだ。21世紀の始めに。ねこは、氣功の実験などをしながら、空間と時間を克服したぞ、と威張っていたらしい。その方がはるかに素晴らしい話だったわ。

 超空間飛躍とかいう、こんな空間旅行、いわばゼロ時間で移動するから、時間旅行というのと同じだ。そんなことをするのは、肉体があるからだ。なんとも、早く肉体をなくしたい。それには、なんと、地球時間で600から800億年もの苦難???の人生が必要だとか。これも、21世紀にねこが学んでいた真理の書に書かれていたことだ。

(続く)

第28回: ねこRの宇宙船、テスト飛行(3)

 さて、この空間を光の速さ以下でちんたらしていると、時間遅れや質量増大などの、影響をうけるので、この空間は通らずに、光の速度に達したところで、質量増大の効果を防いでいたシールドを外して、"あわや"とねこRの物質の質量を一気に無限大して、もっとも素敵な効果を作り出すのだが、難しい話だから、簡単にすしてしまおう。

 言ってみれば、ゼロ時間の橋が超空間にかかり、その中を無限大の速さ、つまりゼロ時間で突っ切って、瞬時に目的地に達して、元の"あわや"とねこRのユニットのままででてくるのである。簡単すぎて判らないよと言う人は、ご自分で、設計してみるとよい。しかし、あなたはどなた?

 この時の超空間への入り口は、"あわや"とねこRの空間と時間がなくなってしまうところで、突然開くことになるので、この場所が惑星の近くだと、惑星まで吸い込んでしまうとか、事故が発生するので、この太陽系の外側から、かなり離れた何もないところまで、光速近くで航行し、予定した地点で、この超空間への突入をする。

 さて、初めての超空間通過をしてみたい。太陽から冥王星軌道までの10倍くらいの距離まで行き、そこから、一光年先のある空間まで行ってみたいと想う。何しろ。初めてなので、ねこRも怖いのである。

 上手くいかなかったら、戻ってこれないこと、飛行速度が出なくて浦島太郎になること、質量増大しただけで終って、"あわや"とねこRが潰れてしまうこと、時間のコントロールができなくなり未来や過去に行ってしまうというタイムトラベラーになるとこ、帰る場所がわからなくなって地球がみつからないこと、ひょっとすると、地球などの惑星を壊すかもしれないこと等々の危険があるからだ。

 20世紀に地球にやってきた進んだ宇宙人たちは、既にこのような事々を乗越えているものたちであった。彼等言うには、地球人は当然そのような犠牲を払いながら自ら進化して、宇宙に向けて学びと活動の場を広げるのだと述べていたと、21世紀の本に記録されている。怖い。

 もちろん、彼等の方は、今や人間的な成長もし、当時の技術をはるかに凌駕しているようだが、ねこRにはそれは判っていない。

 さて、これから行ってみよう。"あわや"とともに地球から太陽系をはるかに越えたA点から、一光年先のB点までをプログラム計画をして、"あわや"の運転装置に、ヘッドギア装置を介して、ねこRの意識から直接指示をあたえた。すべて自動で実施する。ねこRは椅子に座って眼をつむっていよう。

 では、行ってみよう。

 「着きました」

 えっ?もう、着いたの?この文章の改行が済む前に、もうついたという、"あわや"からのインパルスがきた。超空間への入り口までが近かったから、その分も含めて、ほとんど一瞬に、一光年分の空間の先についてしまったらしい。

 "あわや"の天井部分の金属を透明化してみると、なんとも沢山の星たちが見える。たった一光年でしかないので、地球と"あわや"を結んだ方向を天頂としてみると、地球からと殆ど変りがない星星の配置である。我等の太陽は小さな点になり、その光はなく、真っ暗な空間の星たちはただの光の点にみえる。大気がないから瞬くこともない。

 差し当たり、何にもない空間なので、もっとも大事な帰還プロセスを実行することにしよう。これで、戻れなかったら、大変なことになる。冷や汗もので、"あわや"に、元の所に帰りたいと伝えた。

 「あんた、それは手抜きじゃないのか?」とお叱りの声が聞えてきそうである。しかし、ねこRは逆の計算ができないんだわ。超空間を抜けてからどのようにして、今の位置に停止したかまでをすべて含めて、逆に計算するのはちょっとやそっとではできないので、利巧な"あわや"に任せたのだ。

 「了解」と、"あわや"も快く?承諾してくれたので、「お任せ!」といいつつ、「さあ、行こうか」という意識をしたとたんに、あらま、もう、我が家の上だよう。

 ちょっと早すぎるなあと感じたが、まあ、一応のテストは済んだから、これからは、どう運転するとかなんとかの話はもうしなくていいから、助かる。"あわや"とねこRの組み合わせは、先ず大丈夫ということで、試験官のテスト飛行に望むことになった。

 そして、一週間後に、試験官を乗せて操縦試験をうけた。まあ、昔の自動車の免許はさぞやと思えるほど、いろんなことをさせられ、いろんな所に行かされ、不時着のことまでやらされて、往生したが、なんとか、運転は免許皆伝になった。

 唯、その際に、随筆なんかで、あんまりインチキを書かないようにと言われてしまい、これから先では、このような宇宙航行の技術的な話はでてこなくなるので、読まれる方も一安心だろう。

 ここらで、テスト飛行の話は終わりにしたい。


第29回: ねこRの座右の銘、そして俳句


 ここに、ねこRの座右の銘になっているBillyさんの短い言葉がある。ねこRが自分の理解で翻訳したものである。

 人は 今 成っている
 自分が 過去に 考えた 感じた 行動した 暮らした
 その通りに
 - そして
 人は 未来に 成るだろう
 自分が 今 考え 感じ 行動し 暮らしている
 その通りに

(Billy)

 「それが何であれ、真摯に」生きていれば、これが創造の法則の一部であると、誰もが認識できると想う。つまり、人生は、起こるべくして起こる仕組みの中にあり、その道筋は、自分という生命が望んだことであり、神や仏に関係するものでも、それらに頼るものでも、それらに罪を減じてもらうものでもありえない、ということも判るであろう。

 更に、この随筆の最初の頃に書いたが、もって生まれた性格や体質は、この「考え、感じ、行動し、人生を過ごす」という特徴を与えて、創造の法則と掟の中で学びをする環境の一つになっているのだと、ねこRは認識している。だから、他の人と比較して、羨むこともない。その結果だが、ねこRはまたまた、2月8日に生まれてしまった。

 このことには、条件があると、ねこRは確信している。 「それが何であろうと、真摯に」と書いてあるのが、そうである。動物の様に、考えることも無く、本能に任せて生きていては、この真理は見えてこないだろう。これは現在意識の範疇というよりも、潜在意識/無意識の範疇になると、ねこRは感じている。

 先日、"あわや"と共に21世紀に時間旅行して、ねこにも聞いてみた。彼は当時、随筆を書きながら、俳句もなんとかしたいと想っていたらしい。ところが、俳句というものはそんなに簡単なものではないことを痛感してしまったらしい。

 随筆のような散文は、ねこも、私と似たような特性があり、なんとか書きつらねはできていたらしい。ところが、俳句は世界中で最も短い詩である。ねこは詩も書いたりはしていたが、それと俳句はぜんぜん違うものだと理解してから、完全に筆を折ってしまったのだという。

 俳句人生というのは、上の真理に似ているところがある。

 つまり、過去の作句態度が今の俳句になり、今の作句態度が未来の俳句になるということだ。勿論、これはねこRの、22世紀の人間からみた、21世紀の俳句に関するもので、誰の考えをも拘束するものではない。

 しかし、ねこRは考えている。俳句は、真摯な生き方と同様に、真摯に自分の俳句という目標を維持し、作句に努力し続けていると、その人の潜在意識にその人の俳句の世界が出来上がる。21世紀に、ねこが、「俳句は人生」などと書いていたようだが、正にその人の人生を顕しているはずだ。

 22世紀の今の俳句を、ねこRはまだ正式に知らないが、21世紀の頃の俳句は、文芸と言われ、しかも、俳句発祥当時の理念からも離れ、いろんな制約を廃して、何でもいい式のものになりだしていたらしい。ネットが進展するにつれて、いろいろな句会ができたりして、ねこもよく観賞はしたらしい。でも、何とも空しい言葉遊びが多いと述懐していた。

 ねこRがその時に感じたことがある。それは、当時の言葉俳句の限界。それを感じたのか、季語も無視しだしたらしい。しかし、季語というのは、色々な理念を凝縮してたものであり、22世紀でも、きっと役立つ手法だ、と、ねこRは想っている。

 表現法としては、切れとか二句一章という考えかたも、すべて、詩の内容の立体感、つまり、そこに内包されるものの質と量を大きくしてくれることが重要だと感じた。唯の十七文字では、紐にしかならない。

 さらに、言いたいことがある。ここからが、ねこRの本領発揮である。作者は自分の情感も観念も消去り、俳句を観賞してくれる、人々の心の中に、この質感と量感、余韻とか、破れとかを、鑑賞者の世界として感じさせようと苦心しているはずだ。しかし、それだけでは、詩の意味は半減している。

 なに?それで良いではないかとおっしゃるか。そう、それでは俳句が可哀想だと、ねこRは想う。
 
 作者の生き方と俳句の作法は、作者の人生の中で、無意識に一致してくる。その作法は厳しいもので、一度できると、良くも悪くも真摯にやっていたら、変えるのが大変になる。そう言う意味で、先生を選ぶことは慎重にしなければならないだろう。

 そう、大切なことがある。俳句の後ろに、作者の人格の全波動が乗っており、読む時には、それが無意識を経由して、読む人に伝わる。これが、22世紀も生き残る本当の俳句だと、ねこRは想う。

 作法が無意識の中にできあがらならないということは、ちゃらんぽらんと言う意味であり、その人の人生と同じになるだろう。当時、ねこはそのことに気がついていたので、師を選んでいるが、サボっていて、俳句の詩嚢を創りあげられずにいると、言っていた。

 そう、長年の真摯な努力は、無意識の中に、俳句の本質的なプロセスが出来上がり、詩嚢の中には、生き様に合った、言葉やフレーズがふつふつと湧いてくるのだと想う。とっても、すごいことが、この時に起こるだろうと、ねこRは想っている。つまり、無意識を介して、昔の俳人との交流ができるだろう。もっと言えば、無意識を通して、他の人たちとの俳句的な交流ができるというのもあるはずである。

 このことは、時間旅行であった時に、ねこから聞いたことでもあるが、私も今、それは理解できていると想う。100年経った今、21世紀の人々の俳句で、誰の句が残されているのか、楽しみ。時間旅行のことは、また、あした。

 あれ?そう言えば、22世紀の今、俳句の結社なんて、ないぞ? そうか、お金がなくなったものねえ。うはは。


第30回: 宇宙船"あわや"と共に、時間旅行

 みなさんも、空間を飛ぶ旅行の進歩はさして眉唾の話とは想われないと想うが、時間旅行となると完全にSFから抜けられないのではないか。理由は、地球人は21世紀の始めには時間の本質を知らなかっただろうから。

 しかし、これは、前回までに書いた超空間を抜ける技術よりは、簡単で、私の宇宙船"あわや"の建造以前に、もう他の人によって実現されていたので、その技術はそのまま利用している。この発明者は、ギドーRと言う名の人で、知るひとぞ知る人物である。この人の霊(Geist)体が20世紀に生まれた時に示していた人格に、確か、当時のねこは逢い、彼がこう言うのを聞いたと言っていた。

 「次に地球に生まれた時に、私が時間旅行機を設計するよ。」

 その通りになっていたので、ねこRはビックリしたものだ。ねこRは、"あわや"の認定飛行の時に、試験官に時間飛行のテストもやらされたのだ。

 この時間旅行をした時、私は、ねこが彼の目の前にいて、そのことを聞いているのを目撃した。唯、私は、ウェイターに変装して、注文されたコーヒーなどを運んでいたので、彼等と直接話はしていない。品川のプリンスホテルの喫茶店だったようだ。

 こうして、ねこRと"あわや"は、もはや何処にでも、過去や未来の、いつの時代にでも行ける。

 しかし、ねこRは今の自分の過去や未来には行く気がしない。それは、既に前回に書いたように、今、現在は私の過去からの贈り物であり、将来の自分に対する贈り物であるから、今の自分の過去や未来は見ることはせず、現在を生きることが大切だと認識しているからだ。

 時間旅行に関して、過去に戻って歴史が変えられないかとか考える人がいるとしたら、それは、物質欲に囚われた事から来る、自然の法則を無視した欲望であろう。

 それは、創造による宇宙の創生から、すべての生命と人間の人生の意味を、よく考えてみれば判るのだろうが、その真理が真理と認められない意識にとっては、これは無意味な指摘なのかもしれない。

 このことについて、21世紀に生きた、ねこに聞いてみると、彼はこう答えてくれた。

 「私は、企業社会での仕事を終えた今、後で振り返ると、可能なれば、いろいろと訂正したい判断があるようにも感じている。しかし、いろんな場面での判断や処置は、大抵深い思考からではなく、瞬時に決まったものであり、自分の現在意識よりも、無意識とか、自分ではどうしようもない力によっているものが殆どだったと想う。

 小さいところでは、いろんな判断の失敗もあるが、それすら、結果的にみると、何か意図があるように思える。つまり、人格を規定し、人生の環境の選択し、生活に山谷を配し、人々との係わりを作り出し、その中で、どのように生きるかを試されているように見えるのだ。
 M004

31から40

第31回: 22世紀から観て想うこと


 ねこRの時代には、既にお金の概念はない。これは、ねこが21世紀に描いていた時代の絵に近いようだ。ここまで来るのに、どれだけの多くの人々が、真理を認識して、努力してくれたのか、ねこRたち22世紀の時代の全員は大いに感謝する必要があると想う。

 そして、人口も地球に適切な5億人に近くなっている現在、人々は殆どみな、何かの専門的な知識を学びつつある。21世紀に比べてレベル高い、宇宙、天文気象、物理化学、動植物、医療、遺伝子、工学まどの科学者の系統、絵画、音楽、詩等々の芸術の系統などの仕事を、その人の特性にあわせて分担して研究するようになっている。

 もちろん、これらの物事は、すべての人々が、創造に関する真実を学び、意識を高めてきた結果であり、いろいろな方面での成果がでており、それらをすべて平和な目的に利用していることで、すべてが維持されてきている。

 20から21世紀の侵略戦争に明け暮れた時代からみると、核兵器やその他の特殊な兵器はすべて捨去られ、地球の生活環境は正常になりつつある。しかし、いまだ、消えない土壌の汚染や兵器の残骸などが残っているところもある。百年で略奪して汚した地球を回復させるには、物凄い時間がかかるのだと、今更ながら、みんなが身に染みているところである。

 今の人々は、もちろん国境がない。地球一家であるが、これまでに生きてきた環境から一気に変化するのに身体的に耐えられない面もあり、それぞれ、好きな土地環境に生きている。宇宙船を交通手段にしているので、それは何の支障もない。

 21世紀までの最大の課題の宗教は、お金がなくなったことで、人々の生活が安定し、生活不安がなくなり、ありもしない神に守ってやるとか言われて騙されることもなくなったので、宗教指導者の存在意義はなくなり、次々とすたれたらしい。

 やはり、一番困った問題は、言葉であった。ねこRはここに提案しておきたい。

 人々は、今まで伝統の芸術とかを残そうとして、それまでの言葉を維持することは許されるとしても、公用語は、完全に、スイス系ドイツ語に決めるべきである。

 この理由は、1975年から、世界に公開されてきた真理の書が、この言語で書かれているためであり、これまでは、兎に角、理解者に渡るように、各国語に翻訳する努力がなされてきていたが、これは、本質的に無理があると感じているからである。

 すべての人々が、この真理の書を自ら学び正しく理解し、そこに示された真実を理解し、創造の法則と掟に従って生きて行くことが、先々の私たちの進化の条件であるのだと想う。

 そうしながら、人々はみんなそれぞれに専門的なものを学び、進展させて、人類のために尽くして行くのが重要になっている。それらのことを通して、一生働くことで、生きる糧を貰い、エネルギーを使わせてもらい、生活に困ることはないというのが、22世紀の人生になっている。

 実は、ねこRの周りの人たちは、既にかなり寿命が長くなっていて、100歳でもぴんぴんして仕事をしている。これは、生活環境の良質化やストレス皆無、学びによる思考のバランス等からの成果であり、21世紀の始めに見られた100歳とは比べ物にならないほど根本的に体力、知力が向上しているので、素晴らしい。

 したがって、寿命による死亡以外の死は殆どないので、人口上限維持上、子供は殆ど生まないので、女性たちも家にいることは殆どなく、大抵の人は何かの仕事をしている。

 ねこRは今、40歳である。今年の初めに結婚したので、親から独立して一軒を維持している。まだ、子供はいない。最後までいないかもしれない。出産は許可制なのと、妊娠可能期間は一年というので、まったく子供は期待していない。

 結婚が遅いようだと想うかもしれないが、20世紀に地球にやってきた宇宙からの人々は、寿命1000歳、結婚は70歳からといっていたから、寿命が少し延びているのも加味して、そんなものである。

 子供は、宇宙人にみならって、22世紀では、ある時期、親から離し共同生活で集団生活をさせ、創造の法則と掟に従った生き方についての自習を行わせることになっている。
 
 ねこRの生きている今の22世紀の人口分布は、大半は温帯地方に集まってきており、どの人々も、四季があり、人々の生活にも潤いがあり、ねこの時代に盛んだった日本語による俳句は、今や、全域に広がってきており、季語とか俳諧、切れとかいう言葉は、そのまま普及している。

 ねこRもその内、少し勉強したいと想っている。

 「季語」というのは、どうやら、霊の教えのシンボルに似たような意味をもっている。それは言葉の表示では非常に長くなるものであり、同じ季節感を共有できる人々との、一つのシンボルのように使われ、これがあるために、俳句は、17文字で多くの情報を読んでくれる相手の心の中に湧き起す可能性をもっていると、ねこRは想っている。


第32回: 22世紀の日常は平穏か


 人口も減り、みんなが精神的にも成長して、静かな生活を送っているではないかと、想像されたかもしれない。しかし、実際はそんなことはありえない。

 すべてのことを学び消化していくのは、個々の人の内部で起こるものであり、20世紀のような押し付けの、統一された、受験的で、無意味で、使いものにならない知識の記憶競争ではない。

 だから、それぞれの人の学びには道筋も進み具合も学び方自体もすべて異なるものであり、その人の霊(Geist)体と現在意識の連帯とでもいうか、大いに異なるものである。したがって、仕事場でも、家庭でも、人の集まりが在り、何かのことに関して議論すれば、ある時点では、いろいろな部分で違いがでてくる。

 だから、当然議論が起こる。この議論は、個々の人がそのことについてそれ以上に認識をあげていく、大いなる学びになる可能性がある。しかし、この議論の態度と内容は、21世紀の始めの、ねこらの時代と大いに異なる。

 まず、「感情思考」は排除されている。すべては、「生命思考」で考えての議論であり、創造の法則と掟に従ってどう生きるかを基本に従っての、議論であり、それぞれの人のそれまでの人生での経験から認識されたもののぶっつけ合いであり、相手の考えもすべて聞き入れて、その差をどう埋めるかの議論であり、両者の認識をあげるためのものである。

 このようにして、毎日の仕事は、真理の認識の向上のためであり、認識が幾ら上がっても、創造の法則と掟はそれを上回るものを私たちに提供してくれて、一層の向上のために、いろんな課題を突きつけてくるのである。

 これが、創造から、私たちの生命に与えられた愛であり、ひいては、肉体人間の、ねこRたちに対する創造の愛なのだと想う。肉体人間としてだけ考えると、ここまできたら、後は遊んで暮らしたいかもしれない。

 しかし、それは許されない。進化への要請は、私たちの内部からやってくる。だから、どんなに怠けようとしても、人生での学び、つまり、人生での配役を演じさせられるのだと、ねこRは認識している。病気で動けなくても、思考実験による学びもあるのだから。

 科学であろうと、芸術であろうと、進めば進むほど、その先に進むように、創造は仕組んであるだろう。これは、先に進んでいる宇宙の人類をみれば判る。

 例えば、21世紀の始めでも、地球の科学は、この宇宙が物質の存在する部分だけだという認識であり、150億年程度の昔にビッグバンがあったと信じられていた。真理を示した書は、実は宇宙は七つの異なったゾーンからなっており、しかも、双子の宇宙の片割れだと述べていた。

 地球人が知っているのは、物質ゾーンだけであるという。しかも、このゾーンはまだ膨張中であり、この中で、銀河が生成と消滅を繰返しているのだという。

 この事実を、22世紀の科学者でも、それを自分で確認することはできていない。つまり、宇宙を踏破して、地球の科学者がこの事実を掴むまでに、地球人がどれだけ進化することが必要なことか。遊んでいる暇はない。

 20世紀から21世紀に、真理を知った者たちが大声でどなりあっていたとかいうのを聞いて、大したことはないと感じとった人たちがいたようだが、当時すでに、こういう状態であったのだと想う。彼等は、学んだことの差を埋めようと議論したのだと想う。

 上で、「感情思考」と「生命思考」という言葉を書いたが、ねこRの認識である。21世紀は殆ど感情思考しかなかったのだろうと、ねこRは想う。ねこの書き残したものをみて、それが判った。

 当時、物質的な利得だけをもとめて、人生は成功とみられていたから、何がなんでも、相手に勝たねばならなかった。勝てば、利益が自分にやってくると想ったのだ。だから、人は普段から負けないために、怒りの子にならざるを得なかった。

 その上に、精神的なよりどころとして、弱者が支援をもとめた宗教は、こうすれば、現世利得は君の物と、あおったのだから、物質まみれの感情思考ですべてに対処していくようになつたのは当然のようだ。この考えかたは、相手をみとめないものである。

 それに反して、創造の子としての生命本体と、ねこRの肉体生命の両方から思考するようにして、バランスした思考でいけば、最終的には、一つの回答になり、お互いに納得できるものである。それぞれが、自分の学びと思考の足らなかったところを見極める、素晴らしい学びのプロセスになっているのである。

 ねこRが生きているのは、相手を無視することは一切ない、生命思考で大いに議論している、22世紀である。


第33回: 感情思考とブーメラン効果


 紙飛行機のことを聞いたのと、ブーメラン効果についても思い出したので、少し整理して書いておきたい。

 時間旅行で、21世紀の、ねこに逢った時に聞いた話である。紙飛行機の特許は誰に与えられるべきかと言う話があり、なんと、十三世紀の日本の阿部清明という男だと、外国人の研究者が言ったとか。

 十三世紀に作られた宇治拾遺物語の中に、藤原道長が誰かに呪われた時に 阿部清明という陰陽師に真相の解明を尋ねたところ、陰陽師は紙で鳥の形を作って投げ上げたらたちまちに白鷺となって (呪っているものがいるであろう)南を指して飛んでいったという記述があるので、これを根拠にしているらしい。

 陰陽師というものが何をしていたのか、ねこRは知る由もない。時間旅行すれば、それも確認できると言われるかもしれないが、それもする気はない。この一文が示していることだけで、十分である。

 道長は身心に何らかの異常を感じ取って、清明に頼んだのだろう。清明は、感情思考のブーメラン効果を知っていたかのようである。ねこが随筆で書いていた、ねこへの異常なエネルギーについて、はるか遠くにいたおばあちゃんも同様な認識をしていたのであろう。

 おばあちゃんは、ねこの意識で跳ね返せと指示したらしい。清明は、道長の代りに、折り紙の飛行機を作り、飛ばしたら、それが白鷺に変身して、発信している相手目指して飛んだと、象徴的に書かれたものであろう。

 このようなことは、古くから伝えられていたことであり、真理の一部分だけが残されたものであろう。感情思考は、創造の真理を知らない人間はもっとも得意とする思考方法だろう。つまり、喜怒哀楽は動物的なものだからである。

 自分の想い通りにならないとか、なったとかで、激しい喜怒哀楽に身を委ねていると、人生は山谷がはげしくなり、発する想念は騒々しく、それを感じとれば、誰もそばによれなくなると想われる。21世紀の始めの、ねこの時代も、政治経済の不振もあり、多くの人々の心はすさんでいたらしい。

 感情思考のブーメラン効果は、既に、ねこが書いていたが、発信すれば、そのままの姿で、発信したものに戻ってくるのが真理であろう。清明はブーメランの戻りを利用して、紙飛行機によって相手を特定したと考えると、真実の話だと思える。

 本当は、清明が何もしなくても、道長への呪いは、発している本人にそのままの強さで帰る。だから、道長と同じ苦しみを自分に与えているのを知らない術者は、同じ程度に自分が異常になっていると想う。

 しかし、清明も術者として、何かをしていたとすれば、それは彼に帰ったと想われるが、それでも仕事をしていたということは、当時の術者は、このブーメラン効果をしらなかったのだろうか。しかし、これに関連する諺は世界中にいくつか残されているのを見れば、知っていてやったと想われる。

 感情思考の激しかった21世紀までは、普通の人々にも、このブーメラン現象はあったろう。つまり、何かを想いつめたり、特別に繰返して似たような考え方をしていると、それがもう無意識の中に習慣として築かれてしまい、本人が考える以上に、感情自体を増幅して、発信している可能性がある。

 ねこは、21世紀の随筆で、思考と体の病気について書いていたが、思考の種類によっては、呪いのようになってしまうものもあると想われ、それによって、相手を傷つけるだけではなく、それ以上に増幅して自分の身体に戻ってきて、身心の異常や、脳に異常をきたして怪我などが起きる可能性があると書いていた。

 特に、同じような怪我を続けてするとか、特定部位がいつも痛むとか、鬱の波が押寄せる等の場合が考えられる。これらは、実際に相手に起こされている場合があるが、それ以上に発信者に起こると考えるべきであり、このような現象がある時は、自分に異常な思考や、異常な思い詰めや、繰返しての異常な思考がないかを考えるとよい。
 
 このように、21世紀までは、思考方法の誤りによる病気や怪我や心神耗弱などがあらわれていたようで、それを睡眠薬や安定剤だけで対処しようとした西洋医学は、無力な部分が多かった。一方、気や真の漢方などの東洋医学も、ある種の成果をもたらしてはいたが、それまでのことである。

 本質的には、人間の生き方が、創造-自然の法則と掟に従わず、真理を知らず、自分の生命である霊(Geist)体のことを知らず、肉体的な物事のみを見て生きていたことが、多くの病気の真因であったと、ねこRは認識している。

 自分が幸せな感覚で生きたいと願うのなら、みんなが幸せな気分になれるようにと考えてあげるしかない。それが、すぐに自分に返ってきて、幸せな気分になれるのだから。それを、自分が幸せでないのはあいつのせいだから、あいつが不幸になればよいと想い続けると、実は、無意識の中にそれが沈殿して、自分をいつも不幸な気分にさせる原因になっているということだ。

 紙飛行機の元祖から、感情思考のブーメランに話が行ってしまい、暗い話になってしまったが、22世紀は生命思考がきちんとなり、みんなが一体感をもって生きているので、こんな話は、21世紀でおしまいだと想う。


第34回: 22世紀の人々と病気(1)


 第12回で、「誕生日はなにを意味するか」という一文を書いたが、まあ、大抵の人は眉唾だと思われたろう。しかし、これは、太古から伝わる真理らしい。ただ、今の時代まで、正しく伝わっているかどうかについては、ねこRは何も言えない。

 それによれば、誕生日の桁の数を加算して一桁まで落とすとそれは1から9になる。この数で性格や思考、行動、処置の特徴が示されると、ねこRは聞いたことがある。しかし、これには月も関係しており、何月生まれかによって、それらの特徴のそれぞれに強弱が与えられているようだ。だから、単純に同じではない。

 つまり、同じ数になっても、その特徴がはっきり出ている人と出ていない人とあると言う意味だが、それにしても、これはとても興味深いものである。実は、21世紀で聞いた時、「ねこは8の生まれであり、そこに示された特徴が自分の思考、行動、処置によく現れていた」と、語っていた。

 実は、ねこRも月日が同じ誕生日に生まれてしまったのだ。つまり、二月八日である。これで八の人と言われるらしい。二月というのは、これも非常につよく特徴がでると月に当っているらしい。とほほである。

 これから何が言えるかというと、ねこRの22世紀の人生は、どんな人生環境を歩もうとも、どうやら、20から21世紀を生きた、ねこと似たような思考、行動、処置をするということになるらしい。ねこは聞く所によると、血液が汚くなる成人病の特徴があり、血圧も上ったようだ。

 このような肉体的な病気の特徴は、思考行動の特徴に関連して起こっているようであり、つまり、思考行動によって、関係する人々との間での問題が発生したり、また、ねこの心の中にいろいろな特徴的な反応を起させる仕組みとして働いていたようである。

 ということは、この仕組みは、ねこが人生活動をしながら、何かを学び取るための仕組みであったようで、ねこが言うには、会社社会での仕事を終えて後は、慢性的に飲んでいた成人病の薬をやめても、病が進むこともなく、気分も安定していたらしい。

 実は、ねこは、会社の中での人間関係の中で多くの学びをさせてもらったが、それには、生まれた日の特徴が大いに役に立っただけでなく、それ以後の人生の中での色々な経験も、この特徴が大いに役に立っており、いろんな人々との関係を介して、多くの学びをしながら、自分の特徴を一つ一つに感謝できるようになったと言う。

 この生まれ日のことが、宇宙空間のどこに置いても、同じかどうかは、ねこRは知らない。しかし、この地球上にいるかぎりは、ねこRにも適用されるだろう。ねこRは、これを創造の愛として受け止めて、自分の思考、行動、処置の特徴を認識して、他の人々や、宇宙の森羅万象に対して、どう対処すべきか、自分で考えていきたいと想う。

 廻りくどく書いているが、実は、どんなに科学が進んでも、肉体を持つ人の思考、行動、処置にはそのような特徴が残されており、それによって、人は特定の病気になる傾向をもつのだということである。それが病気にまでいくかどうかは、本人の認識次第であるのだが。

 真理によれば、人類の病気は皆無にならないようだ。つまり、物質的な生命体に病気は避けられないもので、逆に、病気によって突然変異が発生して、生命の進化的な変化に結びつくかららしい。それによって生命の生存能力が向上するということになるらしい。

 そうかといって、ねこRは偏執な考え方に固執して、自分に特徴的な病気になろうというのではない。病気の傾向が見えたら、自分の特徴的な思考、行動、処置が出てきていることを認識して、それをやめるようにすること、そうして、延いては創造の法則と掟に従った生き方に繋がっていくようにしたいのである。

 21世紀への時間旅行の時に、ねこがつぶやいたのを聞いた。「最近、企業の関係者で鬱の人が多いのよ」と。ねこは、これは、明らかに、その人たちの思考、行動、処置が問われているのだと感じていたらしい。一度や二度の物事ではなく、これらは生まれついての特徴であり、考え方も習慣として、無意識の中に沈殿してしまい、本人の知らないところで、動きだしているものだろう。

 鬱病の原因はいろいろと在るだろうが、ねこRが言いたいのは、内因性の鬱状態であり、医学では自然発生的とみられているらしい。しかし、自分の特徴的な思考の中に原因があるものだと言うことである。

 この原因を消去れるのは、21世紀の医師の薬ではない。また、過食や拒食、ましてや死への試みでも成功はしないだろう。たぶん、ただひとつの解決策は、「私が、私の、私に、私を」という要求を捨てて、私以外の人や物事に重点をおいて、思考し、行動し、処置をしてみることだと想う。

 ねこは述懐していた。「”私”が出てくると鬱に沈みだし、これと戦う日々だった」と。ねこは、いつも、頭を左右に振って「”私の想いよ”消えろ」と言って、酷い自己中心的な考えを消去る努力をしていたらしい。

 この鬱という状態は、みんなにあるのだが、処方箋は「自分が変る」ことしかないのだと、ねこRは想う。まあ、そうしてみたらすぐに結果はでる。つまり、鬱から抜けている筈だ。これこそ、創造の法則と掟という愛の仕組みであろう。


第35回: 22世紀の人々と病気(2)


 さて、病気といえば、21世紀には動物たちと暮らしている人たちが多かったようだ。ねこに聞くと、ねこも小さい時に、実家には犬も飼っていたし、猫もいた。更に山羊もいた。隣の家には牛や馬が飼われていた。牛、馬、山羊等の家畜は、当然人間の住む領域とは別の部分で飼われていた。

 ねこは自分の家を持ってからも、すぐに猫を飼っていたらしい。その猫が死んでから、ずっともう飼わないでいた。それには、理由があった。当時、動物と一緒に住むと、それら特有の病気や、それらの身についている蚤などのよる病気等の感染を避けるべきだということを知ったからだった。

 21世紀には、なにかとペットにされるものが増え、家の中、しかも、人間と同居している場合が多かったようだ。しかも、抱いたり、なめたり、キスしたりし、一緒に寝ているなどの光景がTVにもでたりしていたらしい。

 これは、人間にとっては、とても不潔なことであり、通常はなりえない病気にもなる原因になっていたと想われる。また、動物たちにとっては、自然な状態で走りまわりたいのを、させないでいるというのは、動物虐待としても問われるものだったかもしれない。

 本来、野生のものは人間に慣らして折に閉じ込められるものではないはずだ。そのようなものを柵に入れるのは、虐待だろう。家畜は、人間に慣れて柵の中でも自由と生き方を束縛されないような種類のものだけであろう。

 これらの考え方は、実は21世紀に書かれた本の中に指摘されており、そのことがしっかり頭に入ったいたので、ねこは次の猫を飼う気にならなかったらしい。

 ところが、ある日、一軒おいて先のお宅にいた、黒猫の「タンゴくん」が一晩やってきた。居着くかどうかを試したものだが、これは、もちろん居着くことはなかった。タンゴくんは綺麗な猫で、ねこもつい、飼ってもいいかなと言う気になってしまった。この気持が、すべての発端。

 しかし、タンゴくんは絶対に居着くとは想われなかったので、「犬にまたたび、猫に骨」という本を書かれた、作家の柿川鮎子さんに頼んで、兵藤動物病院に子猫がいないか聞いてもらった。そしたら、丁度、いると言うので、早速、貰いにいった。これが二つ目の失敗

 最初の猫は、眼が開いたばかりの時から飼った雄で、猫は「ねこ」が母親だと想っていたらしく、一緒に二キロも歩いて、魚屋まで往復したことすらあった。

 ところが、今度の場合は、既に五ヶ月の雌。しかも、後で聞くと、野良猫の子であったとかで、ねこの家では一日中なき通していたので、タンゴくんや他の雄たちがやってきて、家の周りをうろつき、呼び交わして騒々しく騒ぎまくった。

 実は、今は、子猫を貰う時には、予防注射や避妊手術はもとより、「一生外に出さない」という誓約書を書くことになっているらしい。ねこは、このことを知らずに、貰いに行ったのだ。しかし、この誓約書にサインするときには、そんな気の毒なことはできないと想いつつ、要らないと断ることができなかった。これが三つ目の失敗。

 「一生、外に出さない」で飼われている猫は、知り合いの家に多くいる。彼等は高価な猫を飼ったのだろう。一方で野良猫を増やさないために、市などが、これを義務づけているのだ。

 この猫と一日中一緒にいてみて、ねこは大変な後悔をしたらしい。最大の問題は、野良なのに、外にだしてやれないことは、明らかに虐待であると感じたこと。幾ら慣れてきても、野良に生まれているから、一生、家の中にいることは、恐ろしいストレスになる。病院のように他の猫もいる柵のなかなら耐えられても、一匹で知らぬ家にいて絶対に外に出すなと柵にいれられたら、つらいだろう。

 更に、ねこは前の雄猫が去勢手術をして以来物凄い皮膚病に一生悩ませられたが、ホルモン異常のせいだとねこは感じていたので、この雌猫の避妊手術に関しても何らかの病気がでるのが心配だった。

 それにもまして、四六時中、猫の異様ななき声を聞くのは辛かった。ねこの思考能力がゼロになったらしい。さらに、この同居禁止の考えを、ここで、もう一度反古にすることに、悩んでしまったという。

 結局、翌日、この猫を連れて、病院に返しに行った。病院の前につくと、既に、この猫は戻ってきたことを知り、なかなくなり、担当の女性が見えると、嬉しそうにだかれたのを見て、ねこは、悪かったと思ったらしい。仲間と一緒なら、狭い柵の中でも、のうのうと生きていられる、つまり、束縛される自由度が少ないのだろう。

 この子猫と柿川鮎子さんと兵藤動物病院のみなさんには、大変迷惑をかけてしまいました。

 このことは、ねこ自身に大きな試練を課していたようである。仮に無理やりそのまま置いたら、猫も人間も異常になったと想われるのと、仮に、小さい時から育てたとしても、もはや、ねこが動物の面倒を見るのは困難であり、しかも、訓令違反による病気などにも発展しかねなかったと、反省したようである。

 22世紀の生活では、家畜は別な環境で飼われており、野生動物を飼育することはない。ペットと同居したり、くっ付いたり、キスしたり、一緒に寝たりすることは、人間の健康を害するのと、自然に反する動物の飼い方として禁止されている。つまり、このような関係から、もともと人間の病気では無かったものに感染することを防ぐためである。


第36回: 創造に感謝する詩 (私でないものへ)

私でないものへ

私の創造よ
あなたは私の命の源
何時までこちらにおられるのでしょう
時にはそれを知りたくなります
あなたは教えてはくれない
自ら変えることは許されない
素直に学べとあなたはいう
定めた人生の目標に従い
自然のままに

私のプシケーよ
あなたは私の命の衣
何時まで私を守ってくれるのでしょう
私はいつも危険から守られています
私はいつも感謝しています
あなたの嗜好が私に染みます
それで失敗することもあり
動物のような能力すらも
自然のままに

私の無意識よ
あなたは私の舵取り
何時まで私を動かしてくれるのでしょう
私はポプラの木のように生きています
それはあなたがそうしているのです
それは辛いことでもあります
ここにきてまた根を拡げます
もっと上に伸びたいから
自然のままに

私は一体なんでしょう

 この詩は、ねこが何時か書いたものを、ここに借りて転載したものである。最後の「私は一体なんでしょう」というのは、ねこの現在意識が自問しているのである。これは、「ねこ」という全人格をすべて表現してはいないが、大雑把に、ねこが認識していたものである。

 実は、昨日、昔、行われた、こんな質疑を見つけたしまった。

 質問「地球人は一体いつになったら、真の人生を歩き始めるのでしょうか?」
 回答「これは少なくともあと800年はかかります。」
 質問「地球に、一体いつ平和と愛が達成されるのか?」
 回答「非常に遠い将来だ」

 ねこRは22世紀のことを書いているが、上の質疑のようにならないように、先ずはみんなが、創造の真理に目覚めることが必要だと痛感している。ねこも、21世紀に頑張って、先の平和で素晴らしい地球の人類の未来を描きだしていて欲しい。それが、ねこの霊(Geist)体の次の人生である、ねこRの思考、行動、処置に関わってくるのだろうからだ。

 ねこはこの詩で、自分の現在意識ではどうにもならないものを感じて、真理に照らして、この詩を書いたものらしい。当時、彼は氣功の錬功をしていたが、その時、いつも、自分と相手の中にある、この三つのなにものかを意識して、相互間に情報の橋をかけて送信していると述べていた。

 ねこRの未来随筆を読んでくれている皆さん、あなたの霊(Geist)体が、次に生まれる時に、とても平和で愛に満ちた人類になっている世界の絵を描いておいて欲しい。

 それと「私が、私の、私に、私を」という言葉を、一瞬でも忘れて見て欲しい。そうすれば、現在意識でざわざわしている自分以外の、三つの何者かを、あなたも感じとれると想うし、真の人生へと歩こうという気になるかもしれない。

 21世紀に、ねこはそんなことを、ふっと想って、この詩を書いたらしい。彼が真の人生を歩いていたかどうかは、さだかではないが。


第37回: ねこがしていた氣功について

 ねこは、あるきっかけから、氣功を学び遠隔氣功に挑戦していた。一方で、ねこが読んでいた真理の書に次のようなことが書かれていた。(正式には翻訳が出ないとなんともいえませんので注意してください。とくにドイツ語のままに残した部分は、正式な翻訳を待ちたいと想う。)


「..磁気療法による磁気流、あるいは磁気力は、本当はオーラ放射体、つまり宇宙からの電気生命エネルギーを具現化するものであり、磁気流、或いは磁気力によって、助力者つまりGeisthielerは病気の同胞を助けることができます。しかし、根本的救済は病気の人間自身の考え次第なのです。なぜならば、病気の人間が独自の力で、独自の治療を行っていかなければならないからです。つまり、この場合、病気である人間が、まず自分で、健康でニュートラルで、積極的な考え方をつくり出していかなければねならないということなのです。

 所謂、Geisthielerの治療がどのように行われるかについて簡単に説明しておきます。治療者は、自分の意志によって、自分のために必要となる宇宙的な電気エネルギーの何倍ものエネルギーを、自分の中に取り込むために、自分のGeisteskraftを投入します。いうなれば、彼はこの宇宙的な電気エネルギーによって、過剰飽和状態となるのです。彼はこの過剰エネルギーを、病人あるいは鎮静の必要な人の身体に投入します。こうして、まず苦痛が緩和されます。

 このような効果も、次のように理由からよく判ります。つまり、苦しんでいる人は、自分の病気(悪)を誤って制御されたPsyche自体によって何回も自分で呼び起しており、或いは、自分の病気(悪)に、少なくともよくない影響を与えており、自分の中に普通に入ってくる宇宙的な電気エネルギーを、その自分の病気(悪)によって、否定的で破壊的なものに変えてしまっている。或いは、電気エネルギーをただ、無意識、無感覚に消費してしまっているのです。

 つまり、所謂、Geisthielerは新しい宇宙的な電気生命エネルギーを病人の中に移入しているだけであり、結果として、このエネルギーが病人独自のものとなって、病人を健康に戻します。所謂、Geisthielerは、実際には新しい宇宙的な電気生命エネルギーを苦しんでいる人に補給しているだけですが、すぐにその効果は現われます。この点では、空になったバッテリーに新たに充電する時や、バッテリーに新しいエネルギーを補給する時と、まったく同じ事が起るのです。...」

 (以上:Billy著の中のGeistheilungより引用しました。)


 ここから以下は、ねこRの考えたことであり、信用しないで、あなたも考えてみて欲しい。

 第一の段落では、「根本的救済は病気の人間自身の考え次第なのです」と言うところが重要だと想う。しかし、これは伝染病とかウイルスによる風邪とかのことではなくて、人間のもって生まれた、特性によって発生してくる病気のことを指摘いると、ねこRは想う。

 だからこそ、「病気である人間が、まず自分で、健康でニュートラルで、積極的な考え方をつくり出していかなければねならない」と言う指摘であり、先日も、第34回で、人が陥る鬱のことについて書いたが、あれは、まさにこのことである。

 第二の段落は、宇宙的な電気エネルギーを病人の体内に送ると、沈静化したり、苦痛を緩和させたりできるといっている。ねこが氣功と称してやっていたのは、一部はこれと近いものだと認識している。苦痛の緩和はある程度実証された。

 第三の段落には、もっと重要なことが書かれている。人は生まれもって宇宙の電気エネルギーをもらっているのだが、それを正しく使えないばかりか、破壊的なものに変えてしまっているというのである。考え方がマイナス思考になっていると、潜在意識に繰返してそれをたたきこんでしまった結果、プシケーを通して、同じ部分に病気を引起すのだろう。これについては、以前にも、ねこRが書いたとおりである。

 このままだと、ねこがどんなに気を送って、苦痛を解消してあげても、また繰返すことになり、病気の全快は望めないということである。全快のためには、本人の考えが変わらねばならないことは、これによっても判る。

 第四の段落にあるように、ねこは、宇宙からの電気エネルギーを病人に投入しているだけである。もちろん、それには、氣功の技術をそのまま利用している。気の状態によって対処の方法が異なり、単純ではない。

 ねこは、氣功を無闇に実施してはいない。これは、ねこの人生に特定の関係をもつ人たちにのみ実施しているものであり、不特定多数には実施しない。理由は、相手の病状につながり自分の氣のバランスが崩れる可能性があるためと自信がないことも一因である。

(このようなことを有料で実施するのは、いかがなものか と ねこRは想う。)


第38回: 病気の発生と消滅を学ぶ

 ねこRが見ている限り、22世紀の人々は環境的な配慮もあり、また思考的に病気になる原因をつくる環境も無くなっているので、病気になる人は少ない。

 思考的に病気になる原因をつくる環境と書いたが、例えば、お金がないから、お金がらみの心配とか、争いとかが無いことが一つ。また、21世紀のように嫁姑の同居はありえないし、親は結婚した子供たちへの干渉は一切しないから、これまたストレスにもならない。

 仕事でも、全員が公的な仕事に一日何時間を奉仕しており、管理するものは居るが、これは、仕事の管理であり、人間の管理などはしないから、人間関係的な問題もない。ただし、仕事の責任は個々の人々が確実に行う義務がある。仕事の内容は、出来ることをやってもらうのであり、仕事に貴賎はなく、また、賃金とかはない。

 それ以外の時間は、みんな自分の学びのために、いろいろなことをしている。畑で野菜や花を育てるとか、何かの研究をするとか、芸術活動をするとか、何でも自由である。芸術作品も売ることはないが、自分の成果を発表したりする場もある。芸術家と言えども、公的な仕事をしている。

 このように、比較的自由に自分の時間が使えるし、いろんな意味で自主的に生きていくので、22世紀には21世紀に比べて病気が少ないと言える。勿論、人間の数が10分の1以下になっているから、病気の人の絶対数が少ないとも見えるが、実際に、病気になる比率が低いと想う。

 21世紀に、ねこが感じたことを、先日の時間旅行の時に教えてもらった。

 ある人が子宮ガンになり、それを切除したという。その直後に小腸が詰まったらしくお腹が膨らんでしまったというので、ねこは氣功をしてあげた。その結果かどうかは定かではなかったが、翌朝は、通じてお腹はへこんだと確認した。

 その後、食欲がでるようにと、氣功を時々行ったが、少し食欲がでた程度で、それ以上治まらなかった。その後、身体に痛みがあり、モルヒネの投与をしているという。実は、この人は気丈というか、自分の寿命だと考えたらしく、抗がん材の投与を拒否している。

 その痛みの理由が転移した癌らしいと聞いて、ねこは訝しく想った。

 寿命で死ぬのに、癌などいらないはずだ。大体、癌で死ぬ人はいない。大抵最後は、どこかの別の原因で死ぬから、癌で死ぬという保険は殆ど払われないはずだ。

 ねこはモルヒネを投与されているので、副作用として出ているらしい食欲不振をなんとかしようとして、気を送りながら、今一つ判らない、この癌の転移の理由を一生懸命考えて、悩んでいた。
 
 そして、或る日、モルヒネを投与していても、最早、痛みが消えてくれないという報せがきた。しかも、それは全身に癌が転移した結果らしいという。これには、ねこは仰天した。ねこは、癌に転移をさせないつもりで氣功を実施していたのだから。

 「なんとか、痛みをとって欲しい!」という要請である。

 この夜、ねこは必死になって考えて、その人の霊(Geist)とプシケと無意識に呼びかけて、転移した癌の消滅と痛みの消滅を頼んだ。氣はその想いと共にその人の体内に入ったはずだ。

 それから、数日、同じように氣功を実施していたが、そして、連絡があった。「なんとか、痛みをとって欲しい!」という電話をしてから、病人は「痛い」と言わなくなったという報告であった。効いているのは、間違いない。

 がんセンターに入院しながら、素人の遠隔氣功に頼ることは、まあ、考えられない。それが出来るのは、信頼関係しかない。この病人ならびに関係者とねこの何らかの意識のつながりがあったように想う。何故なら、いろいろな人に試しても、殆ど効き眼がないことも経験したからだ。

 さて、この情報と共にもたらされた、この病気の人の人生に関することごとから、ねこは、はっと気がついたらしい。この人の何らかの想いが、ガンの転移遺伝子に増殖するエネルギーを与えていたのではないか。この「何らかの想い」について、ここに書くことは控えるが、第37回に、真理の書からの引用として書いたことを立証していると、ねこには感じられたらしい。

 ここで、ねこは氣功に載せる想いを変えた。この人は、転移した癌の痛みに耐えながら、既に、この「何らかの想い」を消滅させた証拠として、ねこの氣功で、痛みが消えたのだろうと感じて、その後の氣功に「感謝」の想いを載せていくようにしたらしい。

 ねこが望んでいたのは、この人が、この病を克服して、自宅に帰れることである。これからも、その絵を描いて、遠隔氣功をしていくという。ねこが氣功を送るのは、ずっと昔の人生でとても深い霊的な縁を持った人々らしいという。何を根拠にそう言うのかは、ねこRにもなんとなくわかる。

 もう一つ、無意識の力はすごい。病気を作り出すことも出来るし、また消し去ることもできるらしい。

(追記:この随筆を書いたのは15:50でした。15時22分に、この人の霊(Geist)体は彼岸に帰られたと、夜に入って連絡がきました。残念でしたが、今朝の氣功以来、この随筆を書くまで、とても眠くて、ベッドに横になっていたのですが、何かを伝えてくれたのでしようか。ねこRやお友達とは22世紀に再び合えると想います。ゆったりとお過ごしください。こちらに残った人たちは、大丈夫ですよ。ねこの力が足りませんでした。) 


第39回: Y.F.さんの死について考える

 ねこは、遠隔氣功をしたばかりに、いろいろなことを体験したようだ。当時、ねこが学んだことを、真理の書の言葉に従って整理してみた。ねこRの時代には、大抵の人々はこの真実を知っている。

 (「」は真理の書から引用している。正式な翻訳はいつの日か、公開されるだろう。)

 ねこがよく知っている「五感によっては、死と霊界のことは何も理解出来ない。その五感は、ねこを生かすことは出来ないし、それらにはいかなる霊的な力や感化力もない。氣功の体験をするまでの、ねこの人生では、これを認識する力はなかった。しかし、実はわずかな人達にだけはその能力が与えられていると書かれていたらしい。ねこがそんな人と出逢ったかどうかは、ねこRは聞き漏らした。

 「それは真理の為に生き、他の二つの(まだ知られていない)感覚を、真理の為に活用する人間だけに許される」ものであったらしい。

 ところで、死に際して、どんなことが起きるのだろうか。 

 真理の書によれば、人間はどの程度自己を真理に捧げたか、どのくらい真理を生きてきたかに応じて、この世からあの世への移行が、不安、恐怖、無関心、憎悪に満ちたものになるか、あるいは、愛と喜びに満ちたものになるのかが決定されると述べているという。

 しかし、事故や何かの外部の強い影響によって、強制的に死に至る場合があるが、これは一般に不安と恐怖を伴い、生から死への移行があまりにも急激な為に、当人は死への移行をまったく体験しないと言うことも指摘されている。

 「人間が自然死すると(肉体の損傷を被って死ぬ場合も含めて)、ある兆候が現れる。これはすべての人間に一様に起こる。彼は死ぬ瞬間のしばらく前に(人によっては死ぬ数時間前に)自分の生命時計は終わりに近づいている---やがて死ぬのだと意識するようになる(もし昏睡状態が人工的なものでなければ、彼が昏睡状態に入っていようが、あるいは完全な意識状態にあろうが、問題ではない)。しばしば彼はこの事実を認めたがらないので、これを否定する。彼がこの事実を喜んで受け入れるか、拒否するかは、彼の生活態度、つまり、すべての事柄に対してどのように対処するかによって決まる。本人の人生観、生き方によって、死の瞬間に不安と恐怖を経験するか、あるいは、非常に快い静寂に包まれるかが、決まるのである。」

 Y.F.さんの場合、ねこは、自然死であると認識している。手術をしてから、ずっとかなりいろんな痛みとかがあったようだが、ご主人経由の話では、この人にはじたばたしたところがまったく感じられなかった。そして、最後の一週間くらいは、その痛みも消えていたと想う。

 ここに書かれたことからみると、この人は、確実に自分の死期を認識して、それを拒否することなく、穏かに受け入れたと想う。それは、抗がん剤の投与を断った事実からみられる覚悟が根底に見えるからである。

 ねこには、この人はいつの時代にか知り合いであったのではないかということと、この人は侍であったという感覚を、実感している。この死に直面する覚悟がそれを立証していると感じていた。

 ただ、今回の最後の全身への癌の転移によるという痛みは、この人の何らかの想いをひとつひとつ消したのではないかということ、それに基づいて他からやってきたであろう想いというかエネルギーをも断ち切るためのものではなかったかと想った。

 私は氣功を通じてざわざわした感じを受取り、この人の友人は、どうも、この人の痛みの感覚をすべて感じとるということで、この人の最後の感謝の気持ちとしての無意識の連絡をもらったように感じた。
 
 「垂死の人間は、感覚が高度に鋭敏化し、物質的意識カが強力になる,それによって霊力が活動してテレパシーとテレキネーシス(念カによる物体移動)が作用し、今述べたように、親しい人に自分のことを伝える。その際、彼は自分の声を親しい人に聞かせたり、テレキネーシスのカで物体を動かして見せたりする。」

 この事実は、どうだったか、ねこには判らない。私は、第38回の随筆を書いていた最中に亡くなられた。

「生から死への移行が終了すると、霊は電光石火のごとく肉体を去る。つまり肉体が生命機能を停止する瞬間に、霊は肉体を去るのである。こうして肉体は生命を失う。この現象は霊と肉体の調和を表わしている。両者が生きている時、両者は相互に協力して機能し合い、生命を維持することが出来るのである。霊が物理的肉体を去ると、自己の領域、霊界の異次元の領域に達する。その移行は大変な速度で起こる為に、人間の作った時間測定器で記録することは不可能である。肉体を離れた霊は、ただちに霊界「我々という形態」に参加するのではない。それは数秒後に行われる。肉体を離れた霊は一瞬のうちに霊界に達した後、自分の死体の上を浮遊する。霊はその感覚によって、自分の死体、環境、最後まで自分の意識を回復させようと看護してくれた遺族などを認めることができる。霊の側から見ると、環境と遺族は、たった今去った自分の肉体と同様に、何の関係もない。遺族と霊との関係は断たれたのだ。霊と肉体の関係も完全に断絶している。そこで霊は自己の領域、霊界へ赴き、数秒後に「我々」の中に参加する。霊はもはや世俗的、物質的事柄と一切関係がなくなる。」

 これが真実であることは、22世紀では常識であるが、21世紀のあなたに認められようか?

第40回: 「バカの壁」について

 ねこの時代に、養老さんの「バカの壁」と言う本が売れたという。彼へのインタビューを拝見した。何故この本が売れていると想うかと聞かれて、「日本人は考えなくなっています。私に代りに考えてもらっていると言うことではないですか?」と答えていた。

 ねこは、この本を読んでいなかったが、この言葉を聞いて疑問を感じた。何故なら、「思考は一つの純粋な霊的活動を表現している」という真理の言葉を認識していたからである。

 五感の協力だけでは現在意識は、事実らしいものを認識するだけで、考えることは起こらないとねこは認識している。そこには、無意識というか潜在意識の力が関わってきているのだと想う。例えば何かを見ようとすること自体が、潜在意識からやってきているのだと想う。

 しかも、子供の思考能力は、教えなくても既に始まっていた。やはり、思考というのは、持って生まれた力であり、それは、理由のある霊(Geist)体からのものであろう。霊(Geist)体からの何かによって、ねこの潜在意識に何らかの情報が伝えられ、それがなんとかして、ねこの現在に滲みだしてきて、何かを感知し、潜在意識の方にあるものと、五感からくるものとを比較していると感じられる。

 もし、ねこが感じていた、この機構が事実だとすると、養老さんの言い分は可笑しい。あなたに言われなくても、日本の人々はみんな考えているのだ。ねこの生きていた当時の日本人は、殆ど病人ではないのかと、ねこは感じていたみたいだ。

 それが考えていた証拠だろう。何も考えずに、のほほんとしていられる人は、病気にはならない筈だ。実は、みんな毎日いろいろなことを考えて、それに潰されてしまっていたのだと想う。会社を出れば憂さ晴らし。仲間と寄れば憂さ晴らし。ホームページで憂さ晴らし。

 ほんの少しでも、静かに座って眼を瞑ってみればいい。頭の中にいろんなものが湧いてくる。なんにもないと言う人は幸せだ。飛びだしてくる想念は明らかに、潜在意識からの誘惑だと、ねこは想っていた。もちろん、この中に出てくる物事は、実は自分の人生の中で溜め込んだものであろうが。

 ねこは、瞑想訓練と称して、この自分の中に浮いてくる想念を、「それはそうである」という風に、ただ、やり過ごしながら見つめる訓練をしていたらしい。浮いてくる一つ一つの想念に拘ると、ねこの思考は物凄い速さで対処した。この想念の速さは、今の、宇宙の光の速度に相当しているという。

 これについても、考えてみるとよく判る。例えば、ねこの思考は自分の身から宇宙の果てまですら、瞬時に飛んでいけるからだ。確かに、これは光の速さといってよいものだ。あなたも感じられると想う。

 さて、思考の種類と病気とかについては、既に以前の随筆に書いたので重複しては書かない。ここで書きたいのは、浮いて来る想念にどう対処するかということだ。

 心配事には心配だという対応をすると、幾らでも心配の度合いが膨らんでいく。逆に、もし、現れた心配ごとを無視するか、無視は出来なくても、些細なこととして思考すると、それは仔細なものになってしまい、気持がおちついてくるという経験をしたことはないだろうか。これはとっても面白いことであり、人間の喜怒哀楽はここに原因して、その大きさを変えてくるのだと、ねこは想った。

 これは別に瞑想などしなくてもいい。

 夜中にふと眼がさめかかったときとか、想念が、ふつふつと湧いてくのに出合える。半醒だと思考がついていかないから、あなたの潜在意識からの誘惑をじっと観察することができる。また、誰かから言われた一言とか、本で読んだとか、新聞の相談欄にでたこととかに刺激されて、自分の潜在意識から出てくるものもある。

 そうなると急に心配になったりするが、これも同じタイプの誘惑である。それに反応しないで、ただ、見過ごしていると、いつの間にか消えてしまう。こうして、黙って見過ごしていると、潜在意識はこれを出さなくなってくるし、その内に用済みだとして消してしまうのだと想う。

 この仕組みの真相は、ねこには自分の言葉で書けるほどには解明できてはいないが、結果的にそうなるというのは認識している。例えば、その心配の原因となるものが、自分以外にあるのなら、独りでに解決されていくというような仕組みになっているのかもしれない。関係者がいれば、潜在意識レベルでの対応がなされてしまうことも考えられる。ただ、これは、ねこの独断であるが。

 思考は、潜在意識から出された誘惑を期にして、走り始める。これはとても騒々しいものだ。想念がでてくるのに一々対応している自分の現在意識をじっと見つめて見るとよい。二重人格のように、もう一人の自分を見詰てみればよい。なんともはや、他の思考などできるものではない。

 この騒々しい思考をやっているから、本当に考えべきことに考えが及ばないのだ。これが真の回答だと想う。養老さんの本は読んでいないが、書かれたことが、有意義なら、その騒々しさをなくしてくれるかもしれない。

 思考は、自分の中にある創造の一部である霊(Geist)体に想いを致すような意識でなされると、感情的な思考から、明らかに生命的な思考になると想われ、その時には物質的な生活上の問題は仔細なものになり、他のもっと重要なものが、見えてくるのではないかと、ねこは感じて、そのような努力をしていると話していた。課題は山積しており、それに対して、自分の思考と行動と処置をするかで、心の中に幸福感や哀感が発生し、それをばねにして、また奮起し、道を先に行けば、また山谷があるという繰り返しが、自然の法則と掟として与えられているのだと想う。

 そして、この人生の中での、いろんな物事は、実は劇場のオペラのように「虚」であり、「実」の学びは、私の本体である霊(Geist)体がしているであり、ねこの現在意識が、過去に戻って以前の失敗を消してしまいたいなどというのは、無意味なのだと想う。もはや霊(Geist)体としては学びは済んでいるのだから。

 さらに、親子の縁を切りたいとか、くだらないことを考えてみても、これも無意味である。それをしたら、霊(Geist)体の目標と違うことになり、今のあなたは、存在しないことになる。

 今の親がいて、あなたと如何な確執が在ろうと、意味を認めるのは、あなたではなくて、あなたの本体の霊(Geist)体であれば、あなたが文句をいう先が違う。親ではなくて、貴方の霊(Geist)体にどうぞ。」

と言う。

 ねこの生きていた当時では、宗教が幅を利かしていたから、霊(Geist)体とか霊(Geist)とかと言う言葉は言えなかった。宗教によって概念が違い、この言葉をだすと、宗教の教えに従う人たちは、そこの解釈で読んでくれるので、違う解釈になってしまうらしく、真実を広めようという人たちは、とても神経を使っていたようだ。

 22世紀の、ねこRの時代には、宗教というものはなくなっている。お金とかいうものがなくなると、大抵の物事が、消えていく。これについては、またあした。
 M005

41から50



第41回: ピラミッドと宇宙人の軌跡

 ねこは、会社員の時から変なものに興味をしめし、その最たるものがUFOと宇宙人であった。だから、地球に古代に宇宙からやってきた者たちが居た証拠を探して書いた本とかを読むのが好きだった。

 もう亡くなったが、イギリスのレイモンド・ドレイクという古代への宇宙人の係わりを研究していた人とのお付き合いから、彼の研究成果を見せてもらっいていた。彼の本は、日本で翻訳出版されていたが、彼に印税がどの程度入ったのか判らない。最後の頃に、日本人は誠意がないと怒っていた。

 たしか、私も出版社に文句を言ってあげた記憶がある。印税を印刷した部数だけ支払っていないのだということだった。日本人の恥である。確か、この出版社は倒産したと想う。それは当然の成行きだと想う。

 彼の最後のまとめの一冊が、”W.Raymond Drake MESSENGERS FROM THE STARS”である。日本の神話やいろんな物語の中にも、宇宙人の軌跡が残っており、彼はそれらを克明につづっていた。これは、20世紀の日本でのUFO研究グループからの情報をもとにしていたようだ。

 その次に、ねこが興味をもったのは、Billyさんを紹介した最初の頃に、霊(Geist)的な因縁すら感じた、フランス人で米国のNASAの仕事をしていたモーリス・シャトランの古代の物事への研究であった。

 彼が粘土板の数字からニネヴェの定数、この太陽系の大常数の発見の中に示していた、ホイストン彗星が、実はBillyとコンタクトしていた宇宙人が、”破壊者”という名で呼んでいた巨大な彗星と同一のものであると知ったのは、単なる偶然ではない。これは、何かの導きである。というのは、フランスの天文台には記録があり、ねこが調べても、日本の天文台にはどこにもデータがなかったからだ。

 この彗星の発見者のウイリアム・ホイストンと言う人は、かの有名なニュートンの直弟子であった。この彗星が起したと、宇宙人が語った内容は、正式な翻訳を待つしかないが、今の地球の月を宇宙から連れてきたこと、ノアの洪水、サントリニ島の爆発、衛星だった金星をある惑星から引き剥がし、その金星の位置を今の所に連れていった等々、いろいろと、この太陽系に影響を及ぼしているのだという。

 さて、ねこは、このモーリス・シャトランの研究の中で、元のピラミッドの高さの推定してものに興味をもっていた。彼は、ピラミッドが三つの原理で造られたと推定した。計測はエジプト肘長(0.52418メートル)でしている。

 第一の原理は、ピラミッドの大きさは、きわめて正確に地球の大きさと比例していなければならない。つまり、半基底長と高さの比が、4/πであること。

 第二の原理は、各側面の面積が高さの平方に等しくなる必要がある。つまり、半基底長と高さの比は、黄金数の平方根に等しいこと。

 第三の原理は、ピラミッドの体積は、正確に1800万立方肘長でなければならない。

 少数で出すと上手くいかないというので、エジプトでは円周率πは22/7とし、黄金律Φは14/11を使っていたのを利用している。ピラミッドの基底の一片の長さの半分が、220肘長だとすると、高さが、280肘長になる。側線の長さは、356.089になり、二つは満たしたが、体積が1806万9333立方肘長になってしまう。彼は、このことから、基底面が正方形ではないと結論づけていた。

 ねこは、これが正しいかどうかは知らなかったが、Billyさんと宇宙人の会話の中で、ピラミッドに関連して280という数字がでてくることを知っていたので、この二つから、”280”(肘長)という数字がピラミッドの高さに関係していると考えて、FIGUに手紙を書いた。

 ちなみに、280肘長x0.52418m/肘長=146.7704メートルがピラミッドの高さだと想ったのであった。

 その回答は、次のようなものだった。言葉は、Guidoさんのドイツ語である。

 ”Wenn alle 7 Hauptschalen eines Atoms voll besetzt sind, (was jedoch nie bei allen zur gleichen Zeit der Fall ist), dann betraegt die Gesamtzahl der Elektronen in der Atom-Huell maximal 280, also kann es nicht mehr Elemente geben als 280.Es sind aber niemals alle Elemente auf einem Himmelskoerper vorhanden, wie z.B. auf der Erde ca.90 verschiedene an der Zahl."

"仮に原子の七つの主殻に完全に埋ったとしても、(しかし実際にはすべてが同時に埋ることはないが)原子の中に張り付く電子の総数は、最高で280である。だから、280以上の元素はない。しかし、一つの天体にすべての元素が存在することはない。例えば地球では、その数は凡そ90である。”
  
 なんと、”280”と言うのは創造が作り出した、この宇宙での元素の数の上限を示していたのだった。では、ピラミッドの高さは??

 この数字に関してのBillyさんと宇宙人の会話は、1980年2月3日に行われているが、この時、Semjaseはピラミッドの高さの数字を科学者に見せるのは、2,3年まてと指示していた。どういう分けかは、ねこは知らなかったが、今は公開されている。

 299'792.457(km/s)/(280x7)=152.9553357(m)

 これが、ピラミッドのもとの高さであるという。地球人のピラミッド研究は幾つも見てきたが、大抵はシャトランと似たようなものである。本当の高さは280肘長とはかなり違う。

 地球の研究者に判らなかったのは、示している元素の数と光の速さである。なんとも、レベルが違う。つまり、このピラミッドの建設は宇宙人の仕業であったのだ。


第42回: 金星は何処からきたのか

 またもや、変った話である。しかし、これも、宇宙人から伝えられた物事の真実を解明しようという、20世紀のねこの努力であった。この話の結論は最後になるが、それまでは、地球の人々の中に残された古代の話を追いかけたものである。

 西暦3103年と目される古代ヒンズーの惑星表には、金星だけが欠けているという。また、インドの古代バラモンが五惑星と述べるのは、中世らしい。バビロニアの天文学も、四大惑星であり、金星はないという。土星、木星、火星、水星という四大惑星に比べて、金星がもっとも人目を引くのに、これはどうしたことか。

 これは、つまり、この頃には、金星は今の所には無かったということを意味している。

 更に、ある時期から、金星は彗星として目撃されたらしい。何故なら、その金星には尾があったと記録されている。例えば、「金星から火が垂れている」とか、「煙を吐く星」とか、「ひげがある」とかと言う表現になっている。

 地球から肉眼で十分に見える尾をもつ金星はきわめて明るい天体だったのだろう。「天の明るいたいまつ」とか、「太陽のように光を出すダイアモンド」とか書いて、その光を朝日と比べるほどのものであった。カルデア人は「空における素晴らしい兆し」と表していた。ヘブライ人は「金星の輝かしい光は宇宙の一端から他端に拡がった」とも書いている。また、シナの記録では、「金星が白昼見え、そらを横切って動く時には、太陽と明るさを競うた」とあるという。

 更に、アッシュール・バニパルがイシュタル(金星)について、「火の衣をつけ、恐ろしくきらめく冠を高く頂き」と書き、エジプト人では、セメクト(金星)は「回転して火の炎を散らす星、嵐の中の火の炎」とかいている。

 ゼンド・アヴェスタという書物?に書かれたティストリャは、惑星を攻撃した星であるが、「光り輝くティストリャは、金色の角をもつ雄牛の形をして動く光を、我が身に取り入れた。」と書いているという。

 サモアの口伝では、「金星は凶暴となり、頭から角が生えた。」と繰返しているという。このような記述は無数にあるという。バビロニアの記録でも、金星の角のことがかかれているという。

 ギリシャ神話で、空に突然現れるのは、バラス・アテネ。彼女はゼウス(ジュピター)の頭から飛び出したとしている。別の伝説では、彼女は怪物の娘で、この怪物が娘を襲うが、彼女はこれを殺す。この怪物が惑星神に殺されるというのは、地球と彗星「金星」が相互の軌道を乱しあい、彗星の頭と尾が激しい放電の中で反対側にとんだ時の煙の動きの中に、人々が観たものだろうという。

 ギリシャ神話のアテネ(金星)の誕生は、「ミネルバ(アテネ)はオギゲス時代に..現れたと伝えられる」ということで、西暦前1500年頃とされている。パラス・アテネの誕生、或いは彼女の最初の地球訪問は、宇宙的災変の原因であり、この災変の記念が「古代カルデア人のすべての暦における怒りの日」となっているという。

 整理すると、金星は西暦前2000年頃に、彗星として誕生した。それから500年ほど経って、金星は二度も地球と接触し、彗星として軌道を変えた。西暦前10世紀から8世紀の間は、まだ彗星だったらしい。何かその頃、金星の運動を更に変えて、円形軌道の惑星にしたのだろうか。

 以上は、古代の記録とかからみた、金星の物語の一部である。

 宇宙人が伝えた真実は、どんなものだったろうか。如何に簡単に内容を引用して紹介する。

 1975年から見て、1万079年前に一個の巨大な彗星が、地球のそばにやってきて、大洪水が起こり、地球の当時の公転軌道と周期を変えた。地球の一日は四十時間にもなり、太陽は東から上らなかった。その後も2度地球に接近しているが、大洪水のような被害はでていない。この彗星は、前回の随筆で書いた、ホイストン彗星と想われるもので、宇宙人はそれを「破壊者=デストロイヤ」と呼んでいた。

 この彗星の公転周期は、平均575.5年である。最後に地球にきたのは、1680年で、この観測をホイストンがしている。この彗星は、地球にいろいろなことをしでかして居るが、今回は、金星のことのみに絞る。

 さて、宇宙人から、金星の物語の真実を教えてもらおう。
 
 この彗星、1975年から8590年前に、この太陽系に入ってくると、その引力で、当時天王星の衛星であった、今の金星を引き剥がし、自分の軌道に引き込んだ。巨大彗星の速度はきわめて早く、金星は後ろからのろのろと着いていく。

 普通ならちょっと考えにくいが、ねこは調べて見て、面白いことが判った。実は、天王星の自転は、公転軌道に対して横になっている。地球の月と違って、天王星の月であった金星は引き剥がしやすいのではないかと想った。

 この巨大彗星によって金星は天王星の衛星から太陽の惑星になり、ゆっくりとした長楕円軌道に移った。その軌道は、太陽系の他の惑星には危険だった。この長楕円軌道に金星は、1975年の7957年前まで存在していた。

 そこに、再び、あの破壊者がやってきて、金星を地球に向かう方向に引っ張った。同時に、巨大惑星は地球に対して危険な距離内に入り、再び破壊と洪水を引き起した。そして、次の破壊者が接近した、6906年前に、金星は巨大彗星に引き摺られて、軌道を変えた。しかし、金星は、地球に近い軌道に移った程度だった。金星はその位置に、4058年前まで止まっていた。

 次に巨大彗星がやってきた時に、再び金星は引き摺られ、確実に地球に向かう軌道に入ったのです。この接触は確実に起きた。3583年前、もう破壊者が来なくても、地球に向かっていたが、3453年前に、またまた破壊者がやってきた。

 破壊者は再び金星を自分の軌道に引き入れ、破壊者に引き摺られて地球のそばに迫り、ギリシャのサントリニ島大異変が起こった。こうして、地球のそばを通過して、地球の重力の影響を受けて、金星は今の軌道に落ち着いているのだという。

 それ以後、破壊者は公転周期や公転軌道を変えているが、太陽系に大きな影響は及ぼしていないという。西暦1680年の通過も、何の問題もなく、通過したという。予定では、次は西暦2255年が予定であるが、宇宙人が何らかの操作をしていると言う話をきいたような気もするが、ねこは忘れた。

 この話と、上に書いた伝説を比較してみると、なるほどと、ねこは想ったが、みなさんには信じられないでしょうか。

 なんと、日本の古事記では、神武天皇が国を作ったとか言うのは2600年と少し前というのだから、信じられない話ではあろうが。


第43回: 創造を感じられるとは、どういうことか

 創造がこの宇宙を作り出したのは、当然、一つの理念から発していると想われる。その理念からすべては発して行くのだから、すべては一つだと言える。ねこRは今では少しは理解しているのだが、ねこの意識では、まだ本の中の知識でしかなかった。
 
 それでも、ねこは、何とか、創造を理解したいと想って自然の観察をしたりしていたようだ。人間のつくり出したものや、人間の手が入ったものを除いた、自然な物事にはすべて、創造が感じられるという認識になったようだ。
 
 穏やかで、かさかさいう風の音の中にも、雷鳴や稲妻の光の中にも、そして、すべての動植物の生命の姿に、そして、鉱物も含めて、すべての時を通して存在したものすべてのなかに、創造の意志が見えており、そこには創造の存在そのものがあると感じとれる。

 そのようにしてみると、ねこの身の回りはすべて創造の愛の波動に包まれていると認識できる。こうしてみると、ねこには、創造の愛と力と英知に守られ、しかも、時には落ち込む心を支え、高めてくれ、しかも時々の気持に合った、自然の美をも用意してもらっていた。

 日の出と日の入りは、ねこの心に繰返して新しい息吹を与えてくれるが、そこには森羅万象の生成と消滅の教えが見えるようです。自然はこのように、ねこが進化していくために学ぶ必要なものをこうして目の前に提示していてくれたのだ。

 ねこが人生の意味を理解し、その目的を想いうかべ、それを自分で理解し、真に自由意志でもって目的達成のために努力すれば、きっと、自然の中にその回答を見つけ出すことができるのだと想う。過去の時代に進んだ人間たちが、そうして、見つけ出してきたものが、真理の書として残されることになったのだろう。

 ねこは、真理の書を読むのも言いが、自ら感じとりたいと想った。真理は、葉や花々の中にもある。真理は、石や岩の中にすらある。また、地に這うものたち、空を飛ぶものたち、水を泳ぐものたちのすべての中にも、いろいろな形態の細々生きているものの中にも真理は見つけられた。

 しかし、開いた感性をもって、開いた眼差しを持って物事をみるようにならないと、それは困難であった。ねこは、会社人間時代から、真理の書に親しんでいたが、それはあくまでも、読書の範囲内であろう。読書では真理の認識は何分の一だろう。書かれた物事を熟考しても、物質的な見方だけでは、理解は半減していた。

 ねこは、あるきっかけから、遠隔氣功の不思議さを知り、それをする内に、純粋に物質的なものから離れて、物質以外の何者かを理解する環境ができた。それらを通して、ねこは目覚めつつあると自分で認識している。目覚めの意味は「今までは死んだように寝ていたのだが、眼が覚めつつある」ということである。

 目覚めて見ると、眼前のものは、今までとは違うものを発信していた。今までは花達は美しい姿形や色とか香りとかをもって認識していたので、当然好き嫌いがあった。ところが、どれ一つとっても、創造の意志がつくり出したもので、すべてで一つという、大劇画の一役を果たしているのだとわかったら、いとおしく感謝の言葉を述べたくなった。

 ねこの前にあるということは、ねこと関係があるということであり、ねこの人生の一部であり、無視できない花だった。そうなると、草花や木々はもちろん、山や空の雲までそう言う気になるから不思議である。会社人間時代に、他の人間が自分にとって、特別な縁のある人々だという認識は既にあったが、ここまでになるとは想わなかったものだ。

 じゃが芋の芽を殺ぐ音のせぬ雨に

 この俳句を観賞して、ねこは「殺ぐ」がそぐわない?と感じてしまったが、後に知ったのだが、じゃが芋の芽には毒があり、これを食することはできないと言うので、削ぐのだが、逆に、芽を中心に考えれば、成長しだしていた芽を殺したことになると知った。

 実は、ねこが、この俳句の意図を知ったので、またまた、宇宙人からテーマを変えて、この随筆を書くことになってしまったのであった。

 じゃが芋が芽をだす時に、動物に食べられないようにと、創造が配慮してくれていたということに想い至り、じゃが芋にすらこうして無限に子孫を増やしていけるようにしてやり、人間や他の動物を支えよという使命を与えていたのだ。他の植物や動物にも、同等な配慮がなされていると感じとれた。

 これは、個々の種が進化の段階で得たものかもしれないが、根本の理念は創造にある。人間を支える環境のすべてにこのような配慮をしてくれている上に、人間にはそれらを自由に支配していいという能力を与えてくれた。しかし、自由とは言え、21世紀のような状態にまでしてよいとは言ってはいない。酷いことになっていた。

 じゃが芋にすらこれだけの愛が、それら全部を含めて、人間のねこには、物凄い愛が与えられていたのだ。当時のみなさんはとっくに知っていたのかもしれないが。

 ねこは、自分の霊(Geist)体が何時の日か、創造の存在という所にもどって行くとき、恥をかかずに、その中に浮かんでいられるようにと考えながら、毎日を過ごしたいと望んでいると、言っていた。

 22世紀の今、ねこRも当然そのようにしている。ねこRの霊(Geist)体は、当時のねこの意識的な努力に感謝している気配がある。


第44回: 戦争がなければそれでいいのか

 21世紀の日本には戦争はない。しかし、人々は日常生活においてお互いに足を引っ張り合い、不条理な理由で、他人を傷つけていた。これは恐ろしいことであった。このまま続くと、戦争がなくても、破壊的な想念が急速に広がるからだ。

 ねこは、氣功をやりだした頃から、なんとなく、異常な波動に悩まされることが多くなった。氣功をするというのは、相手の氣の状態を自分の中に取り込む可能性が在り、気をつけるべきだと、友人からの忠告もあった。

 ねこの場合は、氣功をする時に、自分と相手の霊(Geist)体、プシケー、無意識の間に、情報交換のための橋をかけて、自分の想念を送りこみ、相手自身のどの部分かに頼んで、宇宙からの氣を自ら取り込んで貰って、目的を果たしていたと推定していた。

 この間に、相手の状況を把握するために、自分の氣を送って、相手の氣との相互干渉のようなデータを取り寄せて、対処の方法を見つけ出すので、相手の無意識とのつながりもでてくる。この経験をしている間に、どうも、この空間に残された昔の想念等も拾ってしまうことにもなり、想念感受性が次第に強くなった。

 ねこが昔の人々のことを調べて書いている間に、彼等や、その関係者でなくなった人たちの猛烈な残念のような想念を身に受けて、酷いことになったらしい。これは、一人で受けたものではないので、別な面からの確認もできているので、ねこの単なる妄想ではないと想う。このエネルギーのような想念が、ねこが撮影する花などの写真にも現れてしまうようになり、それ以来、暫くは、写真撮影を遠慮しているということもあった。

 さて、上に書いた「破壊的な想念波」の急速な広まりという指摘は、実は、真理の書の中になされていたことだ。この破壊的な想念波が確かに広まっていると、当時、ねこは感じていた。言ってみれば、人類の全員の不合理な考えと、何人かの誇大妄想的な指導者の、貪欲な権力志向と、悪質な権謀術数が、強引に争いをつくり出しており、部分的には戦争が起こっていたし、全面戦争への危険もはらんでいた。

 ねこは、昔の人々の想念を感じた時に、「あなたの残念を理解しました。消えてください。」と想念を発信してやると消えることも発見した。これは、自分の中の世界かもしれないが、なにかを学んだようだと、ねこは言っていた。

 このような「破壊的な想念波」だけでなく、「自己中心的な想い、つまり、不安、恐怖、戦慄」の想念波がこの空間に蔓延しており、それを敏感に感じとれる体質の人々に、無用の痛みや肉体異常を起していることは明白だった。

 この破壊的な想念波は、言ってみれば、物質の中をすいすいと抜ける兵器のようなものである。簡単に防ぐ手立てがない。そう、兵器そのものである。しかし、これは、そういう、ねこも発信していなかったとは言えない。しかも、これは、発信者自身もその影響からの逃れられないものだったろう。

 私は、そんなことはしていないと想う人はいるだろう。では、ちょっと考えてみて欲しい。

 人は、食べ物、飲み物、知識などを得たい時は、働かなければならない。これは、時代を超えた自然な法則である。しかし、21世紀の人々は、ひょっとして働くこともせずに、これらを得られると信じていたのではないか。「そんなことはない。私は一生懸命働いたぞ」というかもしれない。

 しかし、そんな日々の中で、「苦労して働かなくても、稼ぐ方法はないか」と考えたことがない人はいるだろうか。ねこにだってあった。宝くじ、馬券、懸賞、投機等々で儲けたいと考えたことがあった。これは、「自然の法則への違反」であった。

 ねこも、流石に泥棒してまでとは考えなかったが、違反は同じレベルである。こうしてみると、21世紀の大半の人々は、この法則の違反者である。そんな想念が毎日の様に、この地球の空間を飛交い、そのうなり音のすさまじさは、敏感な人たちには耐えられないものだったろう。

 このような破壊的な想念波の影響を受けていないと想う人は、それこそ自分の現在意識の思考がこのような違反的な妄想に囚われているために、内部からの真実の叫びを理解できないでいるのであり、破壊的な想念波を一層増幅していたのだろう。

 この破壊的な想念波を消すのは、一人一人が自分の想念を調べ、この本質的な法則への違反を改めることが必要である。これをなくしていくのに、どれだけの時間がかかるのだろうか。当時、ねこは無力感を感じたようだが、それでも、なんとかしたいと、この随筆のような想いを、21世紀に擁いたようだ。

 21世紀の或る日、また電話。「ねこさん、昨年お電話した26歳の何々と言う者です。今まで電話で話をした中で、ねこさんに大変惹かれました。それを踏まえたら言うべき話ではないと想いますが、大豆の先物で....」


第45回: これは、ねこの認識不足だった    

 ねこは自分の生命の本体だと認識している霊(Geist)が、進化のために、ねこという物質生命に乗って配役を演じており、予めたてた進化の目標を達成して、死という機能を利用して、ねこの肉体から抜けてゆき、次の人生への準備をするということを、ようやく認識しつつあった。

 永遠に続く霊(Geist)が実存であり、ねこの肉体は、言ってみれば虚である。そして、生まれ変るといっても、ねこの肉体が、そのまま、ねこRになって再生するのではないというのもなんとなく、理解していた。

 そして、死に際して人は物質的なものを、何ももってはいけないことも認識できていたし、また、肉体人生自体が虚であれば、地位や財貨や権力などが、人生の目的ではないことも、明確に理解できたようだ。

 では、それを理解して人生を制御していさえすれば、何を考えてもいいのかと、ふと疑問になった。ねこの霊(Geist)は、今、ねこRに乗っていると、仮定してみて欲しい。本当に、ねこの人生での何ものも、ねこRに持ちきたしてはいないのか?

 もちろん、人格は違っている。地位も財貨も権力もなにも引き継いではいない。肉体の親子とか子孫とかの関係もない。本当になんにもないのか?

 実は、あるのだ。これを知ってから、ねこは大分悩んでいたようだ。実は、真理は、このようなことを教えていたのだった。

 ねこの肉体による特徴ではなく、ねこの意志による特徴であるものは、ねこの想念と感情から造られ、ねこの性格に封印されるという。それらは、ねこの物質的な潜在意識に送られ、更に、ねこの物質的領域から、ねこの霊的領域の中間点に送られて、霊力と蓄積インパルスというものに変換され、本体の霊(Geist)の側に蓄積されるという。しかし、霊(Geist)にではなく、霊(Geist)領域の潜在意識に蓄えられているという意味だ。

 ねこRはここでこの真実を中途半端に解説するつもりは毛頭ない。言いたいことは次のとうりである。

 ねこの肉体で学んだ霊(Geist)が、ねこの肉体を離れると、この霊的な潜在意識もどこかに保存されて残る。さて、この霊(Geist)が再び肉体を得るとき、たとえば、ねこRの肉体に入って再生すると、ねこRの肉体は、霊(Geist)の潜在意識から、インパルスとして、これらの情報を受け取り、ねこRが生まれた時に、ねこRが自分できめる以前に、既にこのインパスルスによって、特徴を決められてしまうのだ。

 ねこよ、お前が最後に残した特徴が、私、ねこRにきてしまったぞ。人格は違うとはいえ、お前と俺は、これらで繋がっているぞ。ひゃあ、大変だ。

 ねこRは、21世紀に、"あわや"で時間旅行しては、ねこにとっくりと、お願いをしてきたものだ。その結果がどうなっているのかは、ねこRもまだ定かには調べてはいない。

 では、どんなことを持ち込むのか。それは不純な価値であり、例えば、感情、貪欲、激情、欲望等だという。

 例えば、喫煙は肉体の器官的な要求であり、感情、意志、想念の所産ではないので、持ち込まないという。しかし、お酒や有毒物質の飲酒は、感情、意志、想念の所産であり、これは持ち込むという。

 ひゃあ、ねこは、アルコールも好きで、多分最後まで、ビールを少々は飲んでいたらしく、ねこRもお酒好きになっちゃったぞう。どんなものが、感情、意志、想念の所産であるかは、自分で考えてみれば判るだろう。

 ねこは、なんとか、真理の認識をし、人生において認識したことを実践することで、自分の激情、憎悪、利己主義、嫉妬、自己中心主義を克服しようと頑張っていたようだ。その結果かどう判らないが、人格は違うが、私、ねこRはそれほど、酷い自己中心的な考えかたにはならないようである。

 物質主義の時代に生まれた、ねこは、定年になって、収入がとても少なくなってから、ようやく、財貨に対する貪欲を絶てば、いろんな意味で、自分は自由になるということを真に理解したようだ。

 当時、地球では、当然お金がないと生きられなかった。お金は必要であり、生きられる必要な限度内でお金は利用すべきであった。しかるに、当時、財貨は利己的な目的で蓄積され、他の者たちを悲惨な目にあわせて平気な顔をしているものが多かった。そのような感情と意志と想念の所産は、またそのまま、次の人格に持ち込まれる。

 22世紀には、人口は減り、お金と言うものも既にない。ねこRたちの、この社会に、そのような激情、欲望、貪欲等を持ち込むのは、ご遠慮願いたい。


第46回: ねこが挑戦したかったテレパシー

 22世紀のみんなができているかどうかは言わないが、21世紀に、ねこが挑戦したかったテレパシーというのは、人の耳が受信機になる、原始的テレパシーではなくて、純粋に霊(Geist)形態のテレパシーであった。

 原始的なテレパシーだと称して、20世紀のUFO団体やなにかでは、会合などで実験をやっているのを目撃したことがあり、ねこは、当時はそんなことが出来るとは想わなかったらしい。では、何でまた、そんなことに興味をもったのだろうか。

 いつか、ねこのお友達の身体に変調があり、その状態を心配したことがあった。しかし、それだけの事でしかなかったが、後に、その人から、「ねこさんからの心配のテレパシー」を感じたと言われたのがきっかけで、テレパシー通信に興味をもってしまった、というか、このことが頭から離れなくなったらしい。

 しかし、あくまでも、純粋な霊(Geist)テレパシーに興味が起きたのであって、耳の機能を利用しての原始的なものには、何の興味もなかったのだ。

 純粋な霊(Geist)テレパシーというのは、概念だけを真理の書から引用すると、発信しようとする意志が、意識の中で形づくられ、それが無意識に拡散する。この拡散は、純粋な霊(Geist)力を経由して行われる。そして、そのテレパシーが直接、受信者の無意識または、脳皮の中に浸透していく。この純粋テレパシーは不可視の純粋な電気エネルギーであるという。

 さて、原理はこうである。(BEAM 重要な知識より-ねこ改訳概要)

 発信者の物質意識から伝達された観念(Gedanke)が、発信者の無意識の中で象徴像(Symbolbilder)に変化し、それが霊力(die Kraeft des Geistes)自身を経由して或いは通して電気エネルギーのインパルスとして発信される。受信者が、この電気エネルギーのインパルスを受信すると、それが再び象徴像に戻り、それが受信者の無意識の中ではっきりと現れ、無意識の中に浸透そこで再び、通常の声に変るのだという。

 これだけではなくて、この電気エネルギーの残りの部分が、脳皮の中で、囁き声のようにあらわれ、聞き取れない言葉として物質意識に浮いてくるという。

 さて、私たちは、これらに関する概念を知らないのだから、それを理解する言葉も無いようである。従って、ねこが理解することは困難だということも、事実であった。

 ねこが、この解説で引っ掛かったところがあった。無意識、電気エネルギーのインパルスと言う言葉である。ねこは、遠隔氣功をやりだしてから、色々なことを学んでいた。

 通常の外氣功での治療とかには興味がなかったが、ねこは何人かの人に遠隔氣功を試してみていた。この経験の中で、この仕事には、無意識のつながりが大きな役割をしていると感じていた。しかし、これが正しいかどうかは、ねこには当時は確認できてはいなかった。

 ねこの遠隔氣功は、本質は、治療の相手である人の無意識に、自分の無意識を経由して、「宇宙の氣を取り込んで、あなたは何をする」かというイメージを送っただけである。何かの異常があると、「なになにの異常は、もうなくなった」というイメージを送っただけであった。それなのに、このイメージは大抵達成されていた。

 面白いことがある。予め時間を教えてあって、その時間にぴったり始めても、数分遅れてから効果がでたとか、氣を感じたとか言われたことである。「横浜は遠いからですね」と言われたらしい。これは、しかし、意味が違うと想う。この伝達は、瞬時に伝わっていると想う。ただ、ご本人が感知できるだけ、氣を理解しているとか、頭痛とかの異常が具体的に治るまでの時間があるからだと、ねこは考えていた。 

 このような経験から、ねこは、純粋な霊(Geist)テレパシーなるものに挑戦してみたくなっていた。当時、氣功で実施していたのは、相手の無意識を経由して肉体の異常を自分で治すというイメージを送っていたのであるから、この代りに、伝達したい言葉というか、そういうものを送ってみることができるかもしれないと考えたらしい。

 病気を治すための、お手伝い以外に、元気を出させるための言葉とか、そう言うものが載せられたらとても嬉しいことだから、研究してみようと言う気になってきたといっていた。その後に、どのように進んだのかは聞いていないが、その内、何らかの報告があるかもしれない。

 22世紀の、ねこRの時代には、そんなことは日常茶飯なことだと言いたいが、とうしてかは言わないでおこう。まあ、21世紀のねこの時代には無理な話であったかもしれない。


第47回: ねこは自由に生きたいと想った

 悲しい事件があった。それを書いたが、この随筆には直ぐわなかったので、ねこRが削除した。ねこは、真理を知ってからずっと、「自由に生きたい」と想っていた。この自由とは、自分の内部の自由である。

 すべてのものから、内的に自由でなければ、創造の法則と掟にしたがって生きることはできないだろう。創造の法則と掟にしたがって、生きていないとしたら、その人生は死んでいるのと同じだとも感じていた。

 理由は、内的に自由でないとしたら、真理は真理として受け入れられないだろう。つまり、主義や信条や思い込みに支配されるからだ。20世紀から後悔された真実に対して心を開けた人は、内的に自由だったといえるが、ねこの心の中では、一部開いた程度だったかもしれない。

 真理を受け入れようとせずに、心を閉じていたら、ねこは明らかに自分の自由を封じこめたと想う。あのまま自由を封じこめていたら、ねこは、自分自身の自我の虜になっていただろう。もし、あのままだったら、ねこは、自由の中でいろいろな成果をあげていると想われる人々をみて、どうしてか判らなかっただろう。

 もし、その状態になっていたら、ねこは内部に自由が無いから、外に自由を探したのだろう。これは、幸せを詩文の外に探すのと同じである。幸せも、自分の中の状態であり、どこかの場所にあるものではない。これと同じである。

 ねこは、始めて真理の書を読んだ時に、「内的な自由が真の自由である」と言う言葉を読んで、本当には判らなかった。それから、ずっと長い間、企業と社会と家庭生活の中で、いろいろな事々にぶち当たり、仕事や収入を変えないで、何処か自由な場所に逃げたいと想っても、そんなところはないということを嫌と言うほど感じた。

 そして、かなり時間が経ってから、自分の生き方を、つまり、思考、行動の根本を、喜怒哀楽の激情ではなく、自然の法則に従って行うようにしたいという気になったと記憶している。出来るかどうかは別として、先ずはその気持が大切であった。ねこは、しつこく自分の思考と処置と行動を監視するようになっていた。

 そうしている間に、少しずつ、自己中心的なものから離れて、自分を見つめられるようになって、会社での仕事に対する考えも変化していったと記憶している。その思考行動の先に、早期退職によって、会社の中での自分の肩書とかをなくし、一人で何ができるのかためされる会社へと転身するきっかけにもなっていった。

 最初の会社をでて感じたこと。100年の歴史をもつしがらみの会社で、地位に付属した思考行動規範に囚われていた自分が、いかに内的な自由から遠い状態であったかも理解しえた。つまり、ねこは、その規範から自由になれていなかったということである。

 外にでてみると、これ規範は通用せず、まこと素晴らしい「内的な自由」の世界だった。しかし、人はまたまたその規範を自分で創りあげようとする。つまり、別の人間規範に縛られるのだ。

 ねこは、この時に、内的に自由という状態を作り出すと、外的な日常生活でも自由をつくりたせると言う真実を認識した。以来、表面上は一般社会の論理を見詰つつも、内的には、自然の法則と掟を基本にして、自分の思考行動を律して生きようとしてきた。新しい会社の規範つくりにも参加したが、それにもこの考えを滲ませた。

 自然の法則に従い、内的に自由になるということは、ねこ個人の内部のことや、自分以外の外部の社会に不満をもったり、怒りを引起すことは無くなるはずだった。ねこは、不正とかに対すると、非常に短気になってしまう性格であったので、これはなかなかその通りにはならなかった。

 しかし、かなり認識のために努力したので、定年になってからは、そこまでの激情はでないようだった。が、あまりにも悲しい事件に出会うと、ねこの正義感が短気な性格を呼び起してしまうようで、この随筆でも、怒り心頭というような書き物になっていた。それを反省して、もう一度、この内的自由のことを想起したらしい。

 どうも、人間は自分と同じ人間としか共同生活ができないもののようだ。つまり、自由な者は、自由なものの中でしか自由に生きられないということになる。

 真理によれば、動物社会には、人間の様に、自由でない共同体はないという。彼等は、創造の法則と掟に従って生きており、つまり、まったく内的に自由であり、外的にも自由であるという。

 私たち人間は、彼等より自由ではないのだろうか。

 内的に不自由だった時の、ねこは、いつも何かに苦悩し、愛や喜びは殆ど無く、ただ想い煩っていたように想う。今、少しは内的に自由な状態を実現しつつあるが、まだ、動物や鳥たちにすら劣ると感じていたようだ。
  
 あの少女たちが、内的に自由であったら、些細な事で、お互い激情に走ることは無かったろうに。


第48回: 21世紀、ねこの庭の木々と花々

 ねこは、紫陽花を一番陽の当たらない所に植えてしまった。わざとした分けではないが、庭の南側の端で隣の家の軒下になっている。東側が開いているが、脇にはさつきが生えていて、また枇杷の木が葉を繁らせている。それらの影になっているので、陽当たり悪い。

 この状態なので、毎年延びること。あまりに大きくなると困るので、短く切ると、またまた伸びる。陽を探しているのだから、仕方がない。この花たちも、創造から陽を探す能力をもらっている。毎日歩く道端の紫陽花は、三十センチ位の背の高さでも、大きな花を沢山つけている。我が家の紫陽花は、一メートル以上の背の高さでも、小さな花をぽつぽつしかつけていない。ちょっと、申し訳ない気持になったきた。

 毎日、夕方の散歩をしてから、あじさいに挨拶している。だんだん、花の色が濃くなってきている。鉢植の額紫陽花は、場所を動かせるので、まだ綺麗に咲いている。ところで、この子も何処かに下ろそうと考えてるのだが、場所がねえ。

 少し前に、葡萄の木の苗を買って来た。陽当りを考えて、東に植えようとしたが、朝陽しか当らない場所では拙いと感じて、西日まで当る、最初の葡萄の木があった位置に植えた。買って来る時に、よりによって、一番葉の小さいのを買ってきてしまって、しまったと想ったが、植えて暫くして、直ぐに新しい葉がどんどん出て大きくなっているので一安心。

 一代目の葡萄の木は、沢山の実をつけてくれたのに、かみさんが、何か栄養になりすぎる?ものをやったらしく、枯れてしまった経験があるので、今度は、かみさんにも、絶対にしないようにくぎをさした。葡萄の木は、質素でいいのだ。創造は、そんなに栄養を与えなくても、元気に葡萄の実をつけるようにしてくれている。この事件は、カロリー摂りすぎで病気になるぞと私たちに警告してくれたと思っている。自然は素晴らしい先生である。

 ところで、葡萄の木は幹が細く、くねくねと伸びるものだが、上に伸びながら、触れるものを探す触手を伸ばしている。これはとても面白いもので、眼があるかのように、私が取り付けた桟に向かって延びてくる。それをあちこちに捲きつけて幹の弱さを補強しようとする意志がみえる。

 柿の実は少しずつ大きくなっている。花の咲く枝と咲かない枝とあるらしい。これも、創造の意図のようだ。それを知らないで、無闇に切った年には、殆ど実がつかないということらしい。今年は、沢山実がついている。この実が見えてくると、ねこは俳句に身が入るかもしれない。

 枇杷の木は、まことにへそ曲がりで、数年前から、殆ど実をつけてくれない。これも、ねこが切り方を間違えてしまったせいらしい。隣の家に行かないようにという配慮したのが、不自然だったらしい。

 不自然といえば、はなみずきは、最初数年、赤い花と白い花が咲いていた。それが昨年から、白い花しか咲かない。このことで、自然観察の森で調べると、接木をするとこのようなものは可能らしいが、木の管理者が変るともうわからなくなり、枝を切ってしまうので、赤いのがなくなるとか。ちなみに自然の観察の森には、このような不自然は一切なし。

 今年も、えごの木が物凄く沢山の花をつけて、貴婦人の様な姿で、ねこの家を飾ってくれた。その無数の花がすべて小さな実になり、ぶら下がっていたが、いつのまにか下に落ちたりして見えなくなる。確か、あの実を小鳥たちは食べない。だれが運ぶのか?

 現在、東側には薔薇の花が立ち上がって咲いている。赤、白、ピンク、黄色と咲く。この薔薇の前に、はなみずき、さつき、こでまりと繁り、その脇には、樫の木がたっているので、薔薇も背伸びをしている。ねこの背丈をはるかに越えられては、写真を撮るのもままならない。近所の人も、見上げて笑っている。背丈をきっても、次の年には、またまた、元の木阿弥。

 みんな創造からもらった、生きるための特性を駆使しているのがよく見える。ねこの庭は自然でないが、そのために、どんな自然環境でも生きられる彼等の生活力をみているようだ。彼等は、そのおかれた環境のままに、その人生を真っ当している。

 植物の場合は、しかも、動けないから、なおさら、如何なる環境でも「生きて子孫を創る」という使命を明確に実行するのだろう。土の温度を感知して、新しい枝をつけては葉に光が当るまで背伸びして、花をつけ、色と香りの波動で虫を呼んでいる。実がつけば、小鳥のために色をつけ、甘さをつけ、種を運ばせている。

 まことに見事なものである。この能力のすべては、創造から与えられている。

 ねこなんか、ちゃんと生きられる環境として、親に育てられ、たまたま、いい時代に育てられ、大した苦労もしなしで生きてきて、感謝である。果たして、ねこは、動物や植物のように、如何なる環境でも、不平を言わずに生きられたのだろうか。

 「自分が、もし、こんな環境に生まれたり、なったりしたら」という思考実験をしてみると判るだろう。さて...


第49回: ねこの人生のこれからの目標

 この随筆も、第7x7の回になったので、21世紀のねこが、66歳からなにを意識して生きようとしたのか、意識の中を調べてみようと想う。

 会社生活をしていた時は、つねに物質的な生活としての何かの目標があった。大抵は、会社の中での目標であったと想う。会社以外には、家庭の中での子供たちのことに関してとか、定年になったら、どうしようかとかであったと思う。

 この間に、ねこは、私たちが知るべき、本当の真理に出逢った。ねこの場合、その真理へのアクセスは、偶然ではなく、自分の人生を詳細に検討してみれば、あらまと思えるほど、必然的な流れだったと感じている。そして、この真理への認識の努力というものも、人生の一つの目標のようになっていた。

 さて、会社生活が終って、それからは、のんびり過ごそうと想っていたようだが、なんとも、これが落ち着かなかった。HPを作って、真理の紹介などしようとしたり、写真や俳句をやってみたり、随筆を書いたりしてみたが、それが何なのか判らなかった。

 氣功を学んで、人間としての自分を別な面からみることに成功したのと、昔の人たちのことを随筆を書きながら、彼等や関係者の残したと想われる想念等も感じたことなども踏まえて、これからの人生をどう生きるのか、ねこは考えざるをえなくなっていた。

 ねことしての人生が、あとどのくらいなのかは知らないが、上に書いたような、会社人間として持ったような、短期的な人生の目標はすでになく、これからの目標は別な意味のものを作り出す必要があった。 

 実は、ここまでの3年間位、ねこは比較的怠惰、つまり、それまでの惰性で生きていたようにも見えるが、それは多分違うだろう。HPを造りながら、色々な人たちとの係わりをし、誰かにのめりこみもし、氣功を学び、それも含めて、異様なエネルギーなどの攻撃と言う体験もし、身体で反応を知るという経験もしたりしてきたという。

 これは、実は、何かの準備ではなかったのか。ねこの生命本体である、霊(Geist)体は、ねこを怠惰に遊ばせてくれるとは思えない。

 特に、ねこの性格は、ケルト占いでは、「私は認識/知識を求める!」であり、中から来るものは、「お前がやれ-他の者がやる前に!」であると、ねこは知っていた。

 また、カバラによると、生まれ日の8のねこは、誰だったかは言わないが、この霊(Geist)体が乗っていた、直前の人生でさばききれなかった、非常に根本的な問題を、ねこという人生に持ち込み、これをさばき、これから開放されねばならないということがあるらしい。

 このことを加味すると、ねこは、多分死ぬまでこれを目標に生きていくのだろうと、ねこは感じていた。つまり、「認識によって知識を求め続け、それによって、この霊(Geist)体が乗っていた前世の誰かが遣り残したことを貫徹すること」ということになる。

 通常の物質人生の部分を終えてしまって、これから何をするのかという疑問がわく。しかし、考えてみれば、物質的な何かを求めての人生というのは、実は配役人生ではないか。配役で踊っていた時には、本当の自分など考えている暇も無かった。

 自分の人生を回顧した、ねこの最大の疑問は、「こんな人生をしてきて、前世の遣り残しは済んだのか?」であった。ある種のことは、確かに実行できたと認識はしていたようだ。真理が指摘していたものを考えてみると、ある種の想念の認識と消滅、物質的な生き方の行き過ぎの認識と実行とか、いくつかはあった。

 しかし、どうも、それだけではないようだった。つまり、66歳で人生が終りそうにない。ねこがそんなに早く、前世でやり通せなかったことを、今回は半生でやれるとは、とても思えないからだった。

 ねこは、身体のあちこちに、老人性の異常がある。もちろん、ただ、それだけでは直ぐに同行ならないものだが、これも必要として、遺伝や、思考の特徴から性格に刻印したものであったろう。

 それを認識しつつ、かつ、66歳からの人生を、真理の認識と知識の獲得に更に邁進することが、どうも、遣り残したことの意味ではないかという認識に至っていた。しかし、それを実行するには、相当の努力が必要だと、ねこは感じた。

 ここから先は、自分の霊(Geist)体に尋ねながら、霊(Geist)が持つ性質のプラスとマイナス、善と悪をバランスして利用しつつ、想念を形成しつつ、真理の認識という目標を達成したいと決心した。

 さらに、一つ前の目標は、ねこの想念によって、無意識に他の人々にもよい影響を及ぼしていきたいということ、この目標のもう一つ前は、死ぬまで病気では寝ない、精神に異常をきたさない、生活も最低限度困らない、家族や友人にも迷惑をかけないこと、ということになった。
 
 ねこは、自分の霊(Geist)体からのインパルスを受け取って、このような決心をしたと、言っていた。ねこは、果たして、この後、どんな人生を送るのだろうか。 



第50回: 遠隔氣功の体験から言えること

 以前にも、真理の書から次の部分を引用したが、

 「治療者は、自分の意志によって、自分のために必要となる宇宙的な電気エネルギーの何倍ものエネルギーを、自分の中に取り込むために、自分のGeisteskraftを投入します。いうなれば、彼はこの宇宙的な電気エネルギーによって、過剰飽和状態となるのです。彼はこの過剰エネルギーを、病人あるいは鎮静の必要な人の身体に投入します。こうして、まず苦痛が緩和されます。」

 「このような効果も、次のように理由からよく判ります。つまり、苦しんでいる人は、自分の病気(悪)を誤って制御されたPsyche自体によって何回も自分で呼び起しており、或いは、自分の病気(悪)に、少なくともよくない影響を与えており、自分の中に普通に入ってくる宇宙的な電気エネルギーを、その自分の病気(悪)によって、否定的で破壊的なものに変えてしまっている。或いは、電気エネルギーをただ、無意識、無感覚に消費してしまっているのです。」

 ここで、ねこRは、この内容を解説するものではないが、ねこが自分の体験によって、次のことが言えるというので、第50回の締めくくりとして書いておきたい。これは、ある種の体質の人には、重要なことではないかと想う。

 実は、ねこは、この随筆を書いている今日と昨日、とてもすごい湿疹に見舞われた。気温の上下や、梅雨入りの影響とかもあるかもしれないが、ここ暫くは、余り痒いのはでなかったのに、この二日は酷かった。

 遠隔氣功を始めたばかりの頃には、体中に酷い湿疹の島ができて、大変だったが、その後は殆ど起こらなくなっていた。この湿疹の島は、最初はぽつんとできるが、次々とでき、これが繋がり、大きな島になり、島の縁が真っ赤になり、まるでさんご礁のようになった。

 この出方が、実に不思議であった。夜でも昼でも、眠る前はなんともない。しかし、眠ると何かが起こるらしく、目覚めた時に、あちこちが猛烈に痒いのである。朝起きて、ご飯を食べる頃は痒みが最高である。昼寝のあとでは、起きると痒くて仕方がない。どっちも、何時間がおきて活動するとか、一時間の散歩をすると消えたものである。これはいつも同じ。

 ところで、一昨日と昨日は、少しだけ、遠隔氣功の対処をした。たしか、ほんの5分から15分を二回だったと想う。この随筆を書く気になったのには、実は、最近慣れに任せて?か、つい自身の内部の電気エネルギーの飽和に関する配慮が不足していたのではないかという疑問が起きたからであった。

 ねこは、この随筆を書く少し前に、痒くて何も手につかないから、ベッドに横になって、気の調整をしようと考え、全身の気の入れ替えを実施しはじめた。なんと、数分で、殆どの痒みが消えていき、腫れだけが残り、それも、これを書いている間に、殆どもとの皮膚に戻っているのが時間経過でみえた。

 今朝みた体の状況は、大きなさんご礁があちこちにでき、その間にも点々と小さい島があった。これは、今考えると、氣の滞りをあらわしていたようだ。三十分で、すべては跡形も無く消えていった。気の入れ替えは、数分でしかない。

 実は、真理の書の指摘の通り、ねこの遠隔氣功は差し当たりの痛みなどを取り除いてあげるのが主であり、それ以上の何者でもないのだが、それを実施する時に、明らかに、その人の無意識や想念のエネルギーを戴いてしまうのは仕方が無い状況である。

 だから、自分のエネルギーを満杯にしてということであるのだが、適当にやると、こちらの気の不足部分に何かを取り込んでしまうようで、それとの関係で、ねこの身体の中に、氣の滞りができるようで、その姿が、ねこの場合は湿疹のさんご礁であり、一部は、孫悟空の様に頭が占められる痛みである。

 人によっては、頭痛、肩こり、湿疹、あちこちの腫れなど、或いは持病が出てしまうとかになるのだと想う。これは、多分、薬では治らないと想われる。

 ねこは、最初の頃、この湿疹がでると、痒み止めを塗ったりしていてたが、あることを知った。つまり、痒いものは掻かなければならない。掻かないと体内の毒はでない、ということ。毒だしであるというのもそのとおりだった。何故なら、氣の滞りだったから。そう、掻くと、確実に痒みは忘れられた。薬では消えなかった。

 氣の滞りによる、あれだけ多くのさんご礁が、氣の入れ替えで、短時間で静かに消えていったことで、ねこは確信した。自分のやり方が悪かった、と。そう、身体の異常ではなく、自然な成行きだったのである。 

 さて、ここで、言いたかったことは、実は、人は接近したり、或いは電話で話をしたり、手紙やネットの言葉によっても、ある種のエネルギー交換をしていると想われるということ。その場合、氣功とかを意識しなくても、確実に相手の状態を取り込むことがあるだろう。

 そんなときに、氣の滞りが起こると、持病がぶり返すとか、湿疹、頭痛や肩こり、腰痛等なども起こりうるだろう。これを治すのには、個別の薬も効くと想うが、元の氣の滞りを無くすことが必要なのではないかと、ねこは気がついた。

 体内をお風呂に例える。体内の氣を水に例える。”手の平”と”足の裏”を蛇口とバケツに例える。”呼”吸”を”氣を入れる””氣を出す”に例える。息を吸いながら、「手の平から腕-胸-腹-お臍の丹田に氣が入る」と想い、意識を手の平から丹田まで辿らせる。同時に、「足の裏から足-腿-お臍の丹田」と言う流でも、氣を入れる。

 次に、息を吐くときには、手の平と足の裏とから、逆の方向に氣をくみ出すのです。こうすると、昨日のお風呂の水はどんどん綺麗になってくる。これは、そう想っただけで、実現する筈だ。

 突然、何かの異常を感じたら、横になってもいいし、立っていてもいいし、歩いていてもいいが、この氣の入れ替えをやってみると、普通ではない異常は消えると想うので、試してみて欲しい。

 今の世の中は、異常な想念が渦巻いているので、そういうものに敏感な人たちは、多分、病気になっているかもしれない。それからなんとか抜けてほしい。
 M006

51から60

第51回: 思考と病気について

 前回に、体内の氣のことを少し書いてしまったので、話が先に行けなくなった。ねこのためにも、整理して置きたいと想う。

 以前にも書いたが、人は生まれ日で、性格とか病気などの特徴がでる可能性があると、昔からの真理は伝えているようだ。肉体の遺伝子的な特徴もあるだろうが、加えて、性格が与えられ、その性格が、思考、行動、処置を特徴づけ、その思考の傾向から、肉体的に陥る病気の種類が、ある程度、予測されているようだ。

 ある程度と、書いたのは、当然、思考方法を変えていくと、そんな特徴は薄らいで、健康に過ごせるというのは当然だし、ねこが自分をみても、必ずしもそうはならないことも判るし、友人、知人等をみても同様に判るからである。

 もう一つ、カバラでは、生まれ日によって決まる、9年サイクルとでも言える人生の循環らしきものが見える。この循環のある時期に体調が、良い方向か悪い方向かは別として、一番大きな変化がある可能性があるとされているようだ。

 ねこでいうと、八の生まれだから、満年齢で0-7,8-16,17-25,26-34,35-44,45-52,53-61,62-70,71-とかのサイクルになる。8歳などのサイクルの先頭の年に何かがあるとされていた。

 幸い、ねこの場合は、この間に大病などはしなかった。しかし、血液の汚さとか、成人病の類が発生している。これらは、父母を見ても判るが、かなり遺伝子がらみではある。しかし、これにも何か思考的な原因がないか、ねこは、ずっと考えてきた。

 その解決のために、氣功をマニュアルを購入して独学でなんとかしようとした理由が実は、そこにあった。しかし、未だ、成人病関連は解決しえていない。まあ、氣功の意味を学んだ程度でしかない。

 真理の書によれば、人の思考力は非常に大きな力を持っており、思考は確実に人を思考した通りに変えていくという。人は、元々沢山の悪徳をもっており、その中でも最大のものが、誤った思考力だという。

 例えば、堕落して、異常で、自滅的な思考からは、

 緊張、嫉妬、復讐、怒り、憎悪、貪欲、批判、激情、喧嘩、他人への強制、呪い、残酷、窃盗,詐欺、嘘、恐怖、不幸感、自己憐憫、不満、空虚、憂鬱、無意味な会話、快楽だとが出てくるのだという。

 このような異常な思考によって生み出された、上述のような想念がでてくると、多くの病気が人の中に広がるのだという。

 例えば、各種の心臓病、神経衰弱、神経炎症、通風、頭痛、便秘、貧血、胃腸の病気、不眠症、肺結核、腹痛、意気消沈、心配症、失意、未来恐怖症、攻撃的になるなどであるという。

 さらに、上のような思考に加えて、いらいら、嫌いな仕事をしている、食べ過ぎ、不安を持つなどによって、アドレナリンが異常分泌すると、その影響は、病気になる以前に、次のようなものになって現れてくるという。

 悪寒、高熱、身震い、冷や汗、頭痛、めまい、神経衰弱症状、ノイローゼ、胆嚢炎、消化不良、肝炎、胃潰瘍、便秘、下痢、ヒステリーなどの症状を呈するという。これを繰返すと、ついには、上の病気になってしまうらしい。

 ねこは、会社人間の時に、不安感で冷や汗がどんどん出たことがあった。理由とか考えてみると、とても、ぴったりなことがあった。思考の異常と、それが呈する症状の関係は、自分で因果を分析してみるとはっきりと判るだろう。

 特にいけないのは、焦燥、激怒、立腹で、これは確実に自滅に至るという。これも、ねこには、恐ろしいほどに現実として理解できる。この種の思考は、とんでもない行動を起させて、結果は、その人の人生を自滅させるだけの処置にまでなってしまうという。

 いろいろな事件で、あの人が、あの子がといわれるが、この三つによって、完全に自制心が失われた結果だと感じられる。人は、この状態にならないようにしなければならない。

 それがどんなにかすかなものでも、上のような思考を繰返していると、症状は戻らなくなり、ついには、病気になってしまうと想われるので、自分の思考は、チェックしておくとよさそうであると、ねこは反省していた。

 次回からは、話題をがらりと変えようと想う。


第52回: 目覚めるとは どう言うことか

 人間が何故存在するのか。この質問に対する回答は、21世紀での教育では本質的には与えられていなかった。つまり、科学も宗教も真実を述べてはいなかった。ねこは、当時、異端とされたUFO問題にからみ、科学や宗教とはまったく「異質なもの」を、楽しみながら学んでいた。

 当時は、この「異質なもの」は、普通?の科学者も、ニューサイエンスとか称した人たちも、宗教家たちも、まったく興味がないというか、無視され、トンデモないものであるとされ、ねこが日本に紹介したときから、読者はUFOそのものに興味を持つ人々が殆どであった。

 この「異質なもの」は、実は、とても考えられないほど古代に地球に来た者たちは知っていた真理であり、当時の地球土着の人々にも、伝えられていたものであろうが、いろんな人災によって、それらが地球人から忘れ去られ、一部残されたものはあったが、一般の人々からは隠されてしまった真実であるという。

 ねこが学び出していた真理には、私たち人間が何者であるのかを知るには、大きな「感覚の刷新」が必要だと示唆されていた。それは何かというと、「宇宙の森羅万象を貫く、創造の法則と掟を認識し、それを守って生きるべし」と言うことだった。

 これが出来るようになると、「人は霊的に生きることを始めた」といえるのだと述べられていた。そのような状態になると、人は決定的な変化をするという。つまり、このような感覚の刷新こそが何事に於いても決定的な変化を実現させる唯一の力であるのだという。

 感覚を刷新して理解すべきことは、「霊(Geist)がすべてであり、物質的なものは無であり、物質的なものは、自分が考えるようになると言うのが原則である」と言うことである。

 これは言い換えると、物質的なことは、すべて自分の思考によっていかようにも変化するものであり、絶対の、永遠の、変ることがないという実存ではなく、想い通りにころころどうにでもなるという意味で、無とか虚とか表現すべきものだと、認識しろと言うことだと、ねこは理解した。

 それだからこそ、思考が正しく用いられ、正しい目的に向かって導かれると、思考は人の霊力の啓発と実現化に貢献するのだという。思考が正しくなく、正しい目的にも適っていない場合は、人生全体がどうなるかは、想像に難くないだろう。

 更にいえば、唯一思考によってのみ、創造の領域を感じとり、それによって、自分の身体の内部に、創造的な状態を意識的に現実化しなければならないのだ。

 この感覚が一度、その人の内部に作られ、現実化すると、その人は、それから意識的に再び離れたり、物凄い物質への意志でも造らないかぎりは、この認識と感覚は失われることはない。

 この意味で、大部分の地球人は、”目覚めていない”。

 如何なる生命も創造という存在に由来しており、それだけが、真実である。自分は真理を知っていると認識しているにしても、「自分は創造と一体である」ということを意識することが重要であると指摘されている。ねこも頑固にそれを貫いていた。

 つまり、真理のすべてが、人の意識の中で永遠に存在し続けるために、その意識が必要なのである。

 この目覚めをする前までは、ねこは確かに「生きた死人」だったといわれてもしかたがない。

  梅雨に入る何も見てゐぬマネキンの眼

 この俳句を拝見して、ついつい、この随筆というか、真理の紹介をせざるをえなくなった。世の中には、何となく目新しいことが書かれた本や、宗教の宣伝雑誌が溢れている。しかし、それらはまず、あなたのお金を狙うものである。

 創造の真理は、誰にもお金を払うことはないのだ。自分の感覚の刷新をするだけで、自分の内宇宙と外部の地球の自然や外宇宙から、必要な英知と知識は、無尽蔵にあなたに与えられている。ただ、取り出そうとしていないだけである。

 私たちに何らかの原罪があるとすれば、それは、眼があっても何も観ていないマネキンになって、創造の真理から離れたことであったと、ねこも想う。


第53回:  肉体の欠点を嘆かず、生かしていこう

 新体操のアテネ五輪個人代表決定競技会が2004年3月18日東京・代々木 第一体育館で開かれ、村田由香里(東女体大研究生)が 全4種目で最高得点を出して1位となり、五輪代表に決まった。 村田さんは団体で出場したシドニー五輪に続き、2大会連続出場という。

 NHKの番組で、ここに至るまでの村田さんの内面に生じた想い、それに対する思考や行動や処置についての紹介があった。彼女は、シドニー五輪の前では、国内では自信もって演技できたが、外国に出ると まったく自信がなくなっていたらしい。五センチの身長差、容姿の違い等が強烈なコンプレックスになっていたらしい。

 その後、秋山エリカとの出逢い、彼女は自分の思考、行動、処置を大きく変化させた。人が、コンプレックスを克服することは至難の業である。秋山さんは彼女に、徹底的に思考させた。

 その結果、「その差を認め、その差を逆に自分らしさとして延ばしていこう」と、村田さんが認識した時から、彼女には、自分らしさを延ばすのに必要なものがみんな揃ってきた。

 例えば、演技用の音楽は、クラシックから、沖縄で彼女のための音楽を作ってもらえた。それが、彼女の身体と意識にフィットした。しかも、アテネでは演技の採点方式まで、彼女に味方している。小柄だからからこそ、難易度の高い演技が数多く入れられる。これは、外国の大柄の選手に対して、優位にたてる。

 また、先日のロシアでの外国人との合同練習で、彼女より小柄な子達が素晴らしい演技しているのをみて、彼女は、秋山さんとの、この四年間の思考と行動、処置についての変革努力には間違いが無かったと確信したという。

 ねこは、優秀なコーチとこの選手の二人が、「真の人間の生き方」の一つを見せてくれたなあと、感じた。 また、スポーツ選手は、自分との戦いがその人の人生に素晴らしい体験となり、それ以後の自分の人生にも、観てくれたファンにも有意義なものになるとも感じた。
 
 彼女は、メダルの目標もあるが、自分の演技を見せることで、さらに、何かを伝えてくれると想う。アテネの演技、乞うご期待である。

 真理は、生まれもった身体の特徴に文句を言うべきではないと述べている。肉体の形や、体質や、病気の特徴のすべてが、自分の生命本体であるものの、学びのための環境であるし、出現する能力についても、その時の人生の配役としての必要性からのものであるからだと、ねこは認識している。

 余談になるが、親や親の環境などについても、自分の生命本体そのものが選んだものであり、これまた一切不満は言えない立場にあるということも納得せざるをえない。

 勿論、今の時代の、お金や家柄や地位や何かしか重要視しない、この時代では、この二つの事には、納得しないと大方の人は言うだろう。それでも、大抵の人たちは自暴自棄にはならず、頑張って生きている。それはきっと、自分の中からくる、生命本体の声に従っているからだろう。

 村田さんと秋山さんが経験したことは、多分みんなに起こっているのだろう。

 頑張っている人は、自分の環境と特性をもって、この理不尽な社会ではあるが、その人生を乗り切ろうとし、強いところは利し、弱いところは少しずつ延ばし、どうにもならない部分は逆に利用することができないかと、考えながら生きようと意識しているはずだ。

 それをしないで、他人への無数の部分のコンプレックスに押しつぶされる人もいるだろう。

 似ている人でも、みんな違う個性をもって生まれているし、内部には、無数の転生をかけて認識したものや、得た力が存在し、いつでも必要な時には飛び出してくるのを知らないだけである。

 村田さんが、5センチの身長の差を、コンプレックスではなく、特徴として認識したら、その背に合った音楽のことが浮かび、それが与えられ、プシケー(Psyche)も意識も活き活きとして踊れるようになったし、よりスピードの必要な演技を開発できるようになり、つかも、採点の対象が、全体の美しさの総点ではなく、演技の難易度と数の掛算の総和で評価するという競技に変ったのである。

 これは、このコーチと選手の二人にとっての暁光だけではなく、このことを実現したことで、この生き方が、創造の法則と掟という宇宙万物を刺し貫いている真理の立証となり、この真実を知りえた人々の意識のに大きな変革をもたらすだろうと、ねこは感じた。


第54回: 2004年アテネ・オリンピックによせて

 日本の女子バレーはオリンピックでは常にメダルを取れたお家芸であったが、それが出場すらままならなくなり、2000年のシドニーで出場はしたもののメダルには遠く及ばず、低迷してしまったらしい。 

 昨年、監督に就任したのが、柳本であった。一年で、彼はとても良いチームを創りあげたようだ。柳本が選んだ、主要メンバーは、監督に就任する時に協会のお偉方から、これは選手に採用してはだめだとリストされていた人たちだったらしい。

 私が思うに、協会の人間、つまり、それまでの伝統を受け継いできた人たちには、それらの選手たちがどういう人間であるかを完全に誤解していたようだ。柳本についていえば、現役でのオリンピックでは、確か猫田氏が優秀なセッターであったために、その仕事では二番手の彼は終始ベンチだったらしい。

 彼の指導は目標を示すことが仕事であり、実際にそこに到達する方法を考え実行してきたのは、すべて選手たちということであった。

 昔、大松ありき。大松は鬼と言われた人であった。徹底的なスバルタ式の強化で有ったと想う。柳本の指導方法は、大松以来の指導法とは根本から違っている。

 柳本は、自分の役割が日本のバレーをとても高い位置から見ることだと認識したのだろう。彼の眼は世界のチームの現状と暫く先の状態を予測して見詰ていると想う。そうでなければ、彼には目標は作れない。

 彼が、請け負った目標は、アテネ五輪での金メダルであるのは当然である。そこに至るまでの、下位の目標が彼には存在しているはずだ。ここに来るまでの一年間に、幾つの目標を選手たちに与えたかは知らないが、選手たちは、その目標を確実に自分たちで実現してきた。

 柳本が個別の選手を叱咤激励し、一人一人の技術と自信に満ちた精神力を鍛え、自主性を引き出すために、練習には勿論参加して、鍛え続けてきた。この部分は、勿論、昔の鬼監督たちと同様であろう。練習風景の記録を見ると、選手と監督が真剣勝負をしていると見えた。

 柳本の目標は徐々に上った。それを実現するために、選手はまた一丸となって、自分たちでその目標をどう達成していくかを思考し、練習法を考えだし、それを実行して、監督のより高い目標からの評価をしてもらうという繰り返しをしていた。

 監督は、選手より三段くらいは高い目標が見えているのだろう。そうでなければ、一緒に喜んでしまうだろうが、柳本はさらに、一人一人の選手に挑戦状をたたきつけていた。「もう、来なくていい」と。

 これは、ねこにはとても新鮮に感じた。

 そして、自分が率いた会社時代の仕事のチームと個人のあり方についての理想像を想い出していた。ねこは、仕事のチーム員を自分で選ぶことは、殆ど出来なかった。会社はそんなに甘くない。従って、目の前にいる全員を一つのチームに仕立て上げなければならなかった。

 仕事の場合も、目標はあり、戦略は自分で描き、戦術的には、チームに任せるのが最も上手くいくと言うのが、ねこの経験からいえることであった。しかも、その戦略の達成に必要な条件作りは、戦略を描いたねこの仕事であり、責任である。そして、この成果は、チームのものであり、戦略を描いた、ねこはただの裏方でしかないという認識でいた。

 柳本は、これとまったく同じ考えの持ち主らしい。彼は、現役を退いてから、いくつかの会社のバレーチームを率いて、成功を収めているが、その時も含めて、彼は、チームの裏方に徹しているのが、見える。

 今彼は最高の目標に向かってチームの力を上げつつあるが、チームも人も、どんなに高い目標でも、正しく目標を理解し、思考し、行動していけば、結果が出て行くことを証明してみせている。今回の予選では、最後に確か中国に完敗しているが、翌日には、これが次の近い目標になっていただろう。

 彼らの、最上級の目標は、アテネでの金メダルである。慌てず、確実に目標を達成して、次の上位の目標に向かっていくこと、その成果が金メダルであるが、よく考えてみれば、次のことが言える。

 彼らは、この二年間は、17年から34年間の、それぞれの自分の人生の中で経験する、大いなる学びの機会であり、この経験は、彼女たちには大きな自信となり、以後の人生の行動指針になるとおもわれる。  

 柳本は、会社の廃部によって仕事がなくなり、人生に失望して自殺まで考えたことがあったと、ねこは聞いているが、彼にとっても、人生捨てたものではないし、これは素晴らしい経験であり、自分のもって生まれた素質に感謝することになるだろう。彼は、この仕事での経験を語れば、世の人々を元気にしてあげられると想う。

 私たちの人生は、創造-自然の法則と掟のもとにあり、一つの目標を達成したら、次の目標が現れるという仕組みらしい。

 国の一員、社会の一員、会社の一員、家族の一員など、如何なるチームに於いても、監督はこのようであるべきだし、チームはこのようにあるべきだし、一人一人もこのようにあるべきだと、想う。  

 21世紀の政治家も、官庁などの上役も、会社の役員も、みんな、柳本のような監督であるべきだ。そうしたら、密室政治や隠蔽体質の社会などにはならないはずだ。仕事をしているチームの者たちは、如何なる不正をも許してはならない。

 それができないチームは何も達成できず、崩壊するのは当然である。

 柳本ジャパン、すくすく伸びて、のびのび戦い、最後の目標を無心に達成してみてほしい。しかし、結果は気にしなくていい。成果はチームのものだ。不具合の責任は、監督が引き受けるから。ねえ、柳本さんよ。


第55回: 盲人として生まれた、ねこに視力が..

 こんなことは物理的にはないかもしれない。しかし、もし、そんなことが本当に有ったとしたら、その瞬間、ねこはどんなことを感じるのだろうか。それまでは、光のない世界であった。それが、たった今、突然に見えたとしたら、ねこはどう感じるのだろうか。

 これが、光というものか!

 この光は何処から来るのだろうか。

 どんな風にして光は出てくるのだろうか。

 あれが太陽というものだったのか。

 どうやら、私の肌に暖かさを持ってきたのも、この光らしい。 

 ということは、太陽が私に暖かさをくれたいたのか。

 これが色と言うものか!

 どうしてこんなに無数の色があるのだろう。

 手で触って形は知ってはいたが、この花達の色はどうだ。

 木々の幹も枝も葉も実も、まことに色彩感に富んでいる。

 これらの色はどうして発色しているのだろうか。

 また、何のために発色しているのだろうか。

 ただ人の眼を楽しませるだけなら、こんなにも色々とはいらないだろう。

 とにかく、なんにしても、感動、感動、感動だ。

 でも、私の周りの誰も、大きな声で感動!などとは言いはしなかったなあ。

 これらの色は、光の作用によるものらしい。

 それでは、光がなかったらどうなるのだろうか。

 光が無ければ、すべては闇なんだ。

 光が野原に落ちたとたんに、目の前に、野原は描かれる。

 光が木々の上に落ちれば、そこに木々が描かれる。

 光が空中に落ちれば、水滴を通して微光を放つ虹が描かれる。

 こんな不思議を光はどうしてやれるのか。

 どうやって無数の色彩と照度を作り出せるのか。

 この光はどのようにして発し、すべてに作用するのだろうか。

 光は創造の贈り物だということは言葉では知っている。

 もし、光が無かったら、眼前に広がる宇宙は無限の闇だ。

 そればかりか、光が無ければ、すべては存在しえない。

 ねこの庭の木々や植物も、光が無ければ芽吹きもしない。

 大地の熱で芽吹いても、光が無ければ成長できない。

 植木鉢に植えた花を冬、窓辺に置くと花は光の方に葉の向きを変える。

 ねこの庭の木々や花々は、太陽の光に当ろうと上に伸びている。

 大きい木の下にあるものは、その陰から抜けようと、横にも広がる。

 更に小さな植物や動物、そして私たち人間にも、光の刺激が必要だ。

 ねこは、会社で陽の当らない部屋にばかりいたので青白くなった。

 そう、ねこは創造からの無限の愛である光を甘受していた。

 盲目の時には何にも知らなかったが、眼が開いてみると、創造の愛の印が無限に存在していた。

 ねこは、感覚と意識に於いて、この盲目の状態でいたのだった。

 この一見死んだように見えるが実は生きた世界に、不思議に満ちた働きをする光とはなんだろうか。

 この光という最大の富が、太陽によって、私たちにもたらされる。

 その光は、宇宙の中をねこの想像を絶する速度で走り抜ける。

 この宇宙の至るところで、目減りしない光の量は何処からくるのだろうか。

 聴けば、光は火からくるというが、その火とはなにか。

 これまた、不思議なものである。

 火はすべての物体に含まれている。

 それは、物体の中に閉じ込められた、何らかの力である。

 木を外部から強烈に擦って熱を入れると、木の中に内在した火は解放される。

 火は、宇宙の全体に拡大される。

 金属をグラインダーで削ってやれば、眠っていた火花が飛び出す。

 火は光だけではなく、暖気も与えてくれる。

 太陽は光と共に、暖気を与えてくれている。

 ねこの家の薔薇の蕾は、昨夜の雨の水滴を吸い、太陽の光を受けて膨らんでいる。

 こうして、ねこが創造が与えてくれている光と熱の効果を書き記すのに一生かかってもたらないだろう。

 ねこは、この人生で、原子力発電の設備の設計製作にたずさわってきた。

 この仕事で微微たる電気による光が燈され、いかにも有意義なことをしたかのように想ったものだ。

 しかし、そんなものは無にひとしかった。

 火はとても凄いものだが、誤用されれば、人の命を奪うものになる。

 稲妻が走るとき、それは恐ろしいものに見えるが、美しいものでもある。

 創造から来るものは、すべて人間にとっては祝福であり、善である。

 しかし、人間が悪意や不注意で愚鈍にも、幸せのために与えられものを、腐敗した物に変えてしまう。

 盲人の眼が開いてみれば、この地上世界は、楽園である。

 創造の創りあげてくれたものは、なんと荘厳で、愛と美にみちた世界であろうか。

 言い表すべき言葉もない。

 そう、事実、地球は楽園なのだ。

 眼が開いた、ねこは、ただ、それをみて、その通りに認識しなければならないのだ。

 そうすることで、正に、盲目から目覚めるということである。
   

 ああ、創造よ、ねこはあなたの愛に感謝します。
 
 眼があいた今となっては、この認識は二度と失うことはありません。

 私の内部に居られるあなたの一部である、霊(Geist)体の意志にそって、今から生きていきます。

 如何なる試練があっても、それがあなたの学びのためであれば、ねこは真っ直ぐにその通りに進みます。

 ねこは創造の法則と掟を認識して、残りの人生を生きて行きます。

 ですから、すべての失敗は、進化の糧として、あなたの栄養にしてください。


第56回: 猫の霊(Geist)体は進化するのか

 かなり知性の高い子猫の噂を聞いた。ねこの家で15年生きた、「みみ」もかなり知的な猫だったらしい。そこで、動物の霊(Geist)体についての、真理を知りたくなって、ねこは真理の書の中を調べてみたらしい。

 この真理は、当然、21世紀の地球の常識や知識ではない。ねこの要請で、ねこRは、それを堂々と、ここに書かねばならない。

 21世紀の人々は、あまりにも、「あきめくら」にされてきたからである。何でも、想いついたときに、正しい知識を知るのはいいことだと想うから。もちろん、めあきになりたくない人は、そのままでいればいい。

 宇宙の森羅万象をその理念から作り出した創造は、動物にも生命として、霊(Geist)体を与えているという。人間の場合は、この霊(Geist)体は、霊的な進化の法則に従い、最後には、創造に入るところまで無限に進化していくのだが、動物の場合は、それとは異なるという。

 つまり、純粋な自然進化という、ある種の秩序に従うものらしい。つまり、動物の場合は、霊的完成を目指すものではなくて、ある種の最少の進化、自然の進化をすると言う意味らしい。

 その進化は、”本能-知能”とかの言葉で表現するようなものだということらしい。

 この説明で多少判ったろうか。つまり、「猫というものは、みんな同じ程度の”本能-知能”を持つものである」と言い切れないということだ。言いたいことは、ねこの猫、「みみ」も、”本能-知能”で、他の猫を凌駕していたのではないかということである。

 しかし、こんな知識すら、21世紀にも、地球の外から与えられねば考えも及ばなかったということである。

 地球人は、なんでも知っている、この世に唯一の人種であるなどと納得させられ、異星人がいると信じたければ、それはSFの世界であり、勝手にどうぞとのたまう科学者や、宗教家ばかりであったようだ。

 さて、件の子猫は、野良猫だったのか。どうやら、それは野良ではなく、飼い猫の子が、迷いでたものであろう。生後一ケ月程度だろうか。二週間の間に、この子猫がしめした飼い主たちとの間にしめした、”本能-知能”の状況は、普通の野良猫の子には考えられない。

 ねこは、猫が大好きだから、筆名を「ねこ」としているのだから判るが、猫には、確かな個性の差がある。猫たちも、霊(Geist)体を持ち、”本能-知能”の自然進化はしているということを知るに及んで、ねこは、この真実をはっきりと納得したという。

 猫にも聡明さが見えるようなものがおり、ただ本能しか見えないようなものもいると言うことである。すがた形は、同じように見えるが、猫ですら、内部はやはり違うのである。

 そんな猫と人間の付き合いは、面白いと想う。猫は確かに人を観る。この観るというのは、自分のプシケーで人間のプシケの波動との共振具合を観ると、21世紀のねこは考えていた。

 最初から好き嫌いがでているわけではないだろう。しかし、何かの拍子に、人と猫が仲違いすると、猫は確実に、それ人を嫌いになるというか、波動で感知して、これを避ける。相当に離れだと頃からの、声や、口笛や、足音や、匂いやなにかの特徴を感じとって、さっと、自分の隠れ場所に逃げる。

 好きに人の場合には、もちろん、それらを感知して、向かいに出るし、絡みつくし、すりよって甘えてくる。特に、餌をくれる人は、母と想うようだ。小さい子がいると、自分より、上か下かを最初に出逢った時に、すぐさま決定する。この認識は凄いものである。

 ねこの家では「みみ」にとって、次男は自分の親分、三男は自分の子分、ねこは最初の友人、家内は母とみられていたようで、特に、親分には忠誠を誓っていた。

 それぞれの人が言う、言葉を区別して解する能力がある。同じ言葉でも、誰が言ったかで、言うことに従うか否かを決めている。この真理を良く考えてみると、猫でも、”本能-知能”は個別に進化しているらしい。

 さて、件の子猫にもどろう。猫をべた褒めするのは、ねこの趣味ではないが、この子猫、黒基調で白のアクセントが誠に、美しいし、全体として聡明な感じがする。無断で写真を拝借して、この一文に花を添えてもらおうと想う。

 この子猫、故合って二週間で、他家に貰われて行ったらしい。そこには、生後三ヶ月の別のねこもいるらしいが、家の人たちにも即溶け込み、この先住の猫をも既に従えているとか、手放したお宅では、寂しい限りらしい。

 この子猫、噛むという”本能-知能”を、状況にあわせて、その強さを加減するという所まで、これまでの猫生で進化させてきたのだろう。人の言葉を聞き分けると言うことができる”本能-知能”をえているといえる。また、可愛がる人たちには、徹底した無償の愛を示してくれる、人間とは大違いだ、にゃん。

 この子猫、今から、長生きして、素晴らしい猫生を過ごすと、またまた、来世は、更に”本能-知能”に磨きをかけて、またもや、もっと聡明な顔をして現れてくるだろう。

 人間は負けないで、進化しないとねえ。この意味、判ってくれないかしら、にゃん。
 


第57回: ねこは、平和のために何ができるのだろうか
 
 21世紀の始めに、地球は、非常に危険な状態になってきていた。

 もっとも、このことは、20世紀の終り近くには、「時はまたに十二時を打っている」と警告されたはずである。ここまでの一万年で、地球に戦争が無かったのは、たったの250年位であると言う指摘もされていた。 
 
 平和というのは、単に一つの言葉ではないのである。この言葉には膨大な概念が含まれている。これを真理に基づいて、説明しろといわれても、ねこにはできない。

 人は、自分が考えたとおりのものになるということは真理であり、この地球上に住む人々のすべてが考えた総和が今までの地球の状態であり、これからの地球の状態をも確約しているのだろうと、ねこは認識している。

 ねこがその概念を説明できないにしても、この地球上に、”世界平和”を目標として達成するのには、物凄く沢山の下位の目標が達成される必要があると、想う。

 つまり、非常に小さいことから始めねばならないということである。それは、どんなことだろうか。

 ねこが自分の家の中で、そしてまた、自分の所属するあらゆる環境社会の中で、「争い」をするのなら、ねこは、決して、この地球上に平和をもたらすことはできないのである。

 だから、先ず最初に、ねこの内部に平和を築きあげねばならない。さらに、ねこの友人、親戚、知人等と、そして日常生活の中で出あう人々と、職業の関係で出あう人々と、或いは、遊びに行く時に出あう人々と、一切の人々との間に、平和を造りださねばならない。

 このようにして、世界平和のための努力は小さいところから始めて、それを更に発展させていくことが必要なのである。

 そして、世界の情勢がどうあれ、どんな事件等が起こっているとしても、先ず自分の周りの小さな部分からやることを要求しているのである。

 平和を望むと言いながら、家族が喧嘩していて、世界が平和になりえますか。
 兄弟姉妹で親の遺産争いをしているのに、世界に平和がありえますか。
 近所で何かの争いごとをしていて、世界に平和がありえますか。
 自治会で揉め事がわんさとあって、世界に平和がありえますか。
 学校の中で、管理者と先生でもめていて、世界に平和がありえますか。
 学校の中で、友達と喧嘩し、先生ともめて、世界に平和がありえますか。
 幼稚園でおもちゃのとりっこしたりしていて、世界に平和がありえますか。
 会社で同僚や上司ともめていて、世界に平和がありえますか。
 他社や他社の人間ともめていて、世界に平和がありえますか。
 地位とか職業の違いで、相手ともめていて、世界に平和がありえますか。
 財産や才能の差を羨んでもめていて、世界に平和がありえますか。
 家柄や学歴の差を羨んでもめたりして、世界に平和がありえますか。
 生まれついての環境の差を羨んで、世界に平和がありえますか。
 権力の差を羨んでもめたりして、世界に平和がありえますか。

 相手の態度が気にくわないと怒っていて、世界に平和がありえますか。
 馬鹿にされたからと言って、恨んでいて、世界に平和がありえますか。
 恋人に捨てられたからと恨んでいて、世界に平和がありえますか。
 掲示板で馬鹿されたと喧嘩して、世界に平和がありえますか。
 他人の物を盗み取り、平気な顔をしていて、世界に平和がありえますか。
 
 もちろん、最も悪いのは、人を人とも想わない連中だと、言えるかもしれない。しかし、よく考えみてほしい。彼等もみんな一個人なのだ。ねこと同じただ一人の人間。

 一個人が思考した想念の過去の綜合が、今を実現している。そして、すべての人々が今、思考している想念の綜合が、明日の世界になって現れてくるのだ。

 ねこの意識の中に、新しい生命の誕生についての予定情報があった。この子の人生のためにも、ねこは、戦いの無い環境を整えてやりたいと願っているが、21世紀の最初は最も危険な時期だと認識していたと想う。

 21世紀の始めに70億人という人口に至り、既に化石燃料は涸渇し、エネルギー争奪のために、欲望に満ちた連中が世界を自分のものにしようとしている。これはが第三次世界大戦へと導く原因になるのかもしれない。

 じっと観ていれば、この成行きは、誰にでも、はっきりと見えてくるだろう。権力と物質欲の亡者どもがどのようにうごめくか、隠しても、はっきりとみえてくるはずだ。既に、見えているのだが。

 しかし、今の、ねこやあなたに、それを非難する権利があるだろうか。たまたま、ねこがあいつの人生をあるいていたら、同じことをしていたのではないか。

 そして、あなたには、とるべき責任は何もないのだろうか?


第58回: 真理は、厳しい言葉で伝えられる
 
 「怒りは多くの美徳を破壊する」という真理がある:

 怒りが先に立って行動が行われると、それまで自分が培ってきた、人に認められた良い部分、それを美徳といえば、それらの美徳は一気に崩壊しまう。嘘と想うなら、怒りに任せて行動してみれば解る。誰も君のそばに寄らなくなるから。

「悲嘆に満ちた立場は、人の鮮明な思考、行動、栄誉を損なう」という真理がある:

 何かで悲嘆にくれている場合に、新しい物事は考えられない。立ち直れないからである。新しい考えがないから、行動もなく、その結果えられる栄誉もありえない。悲嘆の原因を早く取り除くことが重要だということである。夫を亡くして数十年悲嘆にくれたままの人は、慢性の腰の病気がいつまでも治らなかった。

「偽善は真理の裏をかく」という真理がある:

 偽善が蔓延すると本当の真理が裏をかかれて効力を失う。それでは世の中真っ暗である。しかし、それが現実のようである。もう少し、真理が正しく知られねばならない。

「飢えは法律の範囲内での品行を欠けさせる」という真理がある:

 普通の社会ではそのとうりである。しかし、アフガンにいるような難民たちにはその不品行をする相手すらいなかった。皆んなが飢えていた。相手は沢山食べていたのに。

「不幸は毅然さを破壊する」という真理があります:

 まあ、不幸そのものの定義が必要であるが、本人が不幸と認識していると何事にも毅然とした態度はとれず、自分の不幸を嘆くのが先になりそうである。

「激情は、家族、人間、財産を破壊する」という真理がある:

 理性も悟性も棄てて、人が激情に動かされて走れば、こうなるだろう。時々このような人がいて犯罪を犯すようだが、それまでの評価はまるでおとなしい人というのが多いのだから、ひょっとして自分も何時か..。

「不注意は死と破滅をもたらす」という真理がある:

 これは事故などを見れば明らかであろう。

「噂を広げることは、共同社会を破壊する」という真理がある:

 これは、WTCのテロの後にも既に起きていた。事件があると常にこの問題がでてくる。根本に疑心暗鬼と差別の意識があるようである。自分でも気をつけないと...

「酩酊は良い態度と生活を破壊する」という真理がある:

 人は酩酊すると隠し持っている本性を現す。酩酊してTVに出されて失態を演じていた人たちは、後々、家族や会社や地域の中でもこのようなことになっているかも。

「卑劣は人間の尊厳を破壊する」という真理がある:

 卑劣な行為をする人は、どんなに人生で成功していようとも、一度でも卑劣な行為が発覚すると、その人の尊厳のすべてが失われる。見つからなければ良いとやった事々が、ここにきて色々と曝露されている。昔のお偉いさんたちが沢山いるなあ。


「我欲は良い評判を破壊し、嘘は知恵を破壊し、邪悪な言葉は平和を破壊し、悪徳は世界を破壊する」という真理がある:

 これはこの通りで納得であるが、しかし、懲りずにいくらでも続けてやる大物たちが沢山いる。対抗して、一般市民も、小さな我欲、小さな嘘、邪悪な言葉を多用して、小さな悪徳を楽しんでいてもいいものだろうか?.......さてさて.....


第59回 21世紀、ねこの感慨

 「想いの世界」

 物理的なものの世界があった
 しかし
 言葉がないと人の意識にとっては
 すべてはないに等しかった

 形を持つ言葉の世界が与えられた
 そして
 ものの名前に意味が与えられた
 すると   
 ものが観れた

 形をもたない言葉の世界があたえられた
 そして
 内面の動きに意味があたえられる
 すると   
 喜怒哀楽がうまれた

 太古
 自然に喜び悲しみを知り
 美味しいまずいを知り

 今や
 思いの中で喜怒哀楽を知る
 思いを制御できれば..

         (ねこ)

 「雪景色」

 私を魅了するのは
 新雪の曲線美に覆われた
 あの雪景色だ

 私の身震わすのは
 木の枝が樹氷で覆われた
 あの雪景色だ

 私を怒らせるのは
 人の産むごみで覆われた
 あの雪景色だ

 私はあくまでも白く
 曲線美に満ちた雪景色
 それが好きだ
        
        (ねこ)


 「浅はかな法則」

 経済には 
 実は法則なんてないよね

 戦後には
 みんなの活力があったね

 ただそれだけさ

 バブル後は
 皆んな守りで必死だよね

 買う気はないね

 頭の中で
 考えた法則で動かせるの

 地球人は
 お金の意味を忘れたのね

 ぶつぶつ交換よ

 さてさて
 ではお手並み拝見しよう

 消さないで年金

        (ねこ)


 「こころ穏やかに」

 喜びは控えめにしよう
 そのことは私の心の踊りを抑える

 怒りは控えめにしよう
 そのことは私の心の興奮を静める

 憂慮は控えめにしよう
 そのことは私の心の沈みを支える

 思いは控えめにしよう
 そのことは私の心の盲信を減らす

 悲しみは控えめにしよう
 そのことは私の心を鬱感から救う

 恐れは控えめにしょう
 そのことは私の心を萎縮から救う

 驚きは控えめにしよう
 そのことは私の心を喧噪から救う

 すべての情感を穏やかにすれば
 私はこころ穏やかに過せよう

          (ねこ)


第60回 どんな生き方をすればいいのだろうか

 私たちは、本来二つの性質を持って、この地球上に生きているという。

 一つは、地上的-物質的な性質、もう一つは、創造的-霊(Geist)的な性質である。もちろん、20世紀に誕生した時は、ねこはこれを知りもしなかった。知ったのは、真理に出逢ってからである。

 地上的-物質的な性質は、つまり、ねこの肉体がやってきた元である物質的なものに向かう性質であるのは言うまでもない。一方、霊(Geist)的な性質は、その元である創造に向かう性質であるという。

 後者についてなかなか理解できないのには、日本人の「霊」と言う言葉で植え付けられたものがあり、最初から拒否反応をしめすのもしかたがないのかもしれない。真理は、いつかそんな疑問を解いてくれるだろう。
 
 更に言うと、人の死の瞬間に、物質的なものは塵となって、土に返る性質のものである。しかし、霊(Geist)的なものは、もとの霊(Geist)的なものの中に戻っていくのだという。

 この二つの性質を、自分は持っているのに、それを認識していないとどういうことになるのだろうか。

 もし、そうだとすると、肉体的、つまり、物質的なものだけを考える人は、物質的なものの中で、物質的な性質でもって、ただ、地上的、物質的なものの為にのみ、生きることになる。

 このように生きる者は、知らないで、霊(Geist)的なものの敵になっており、霊(Geist)的なものに背いていることになる。つまり、その人は、過去のもの、無常なもの、死んでしまうもののためにだけ、生きていくのである。

 では、霊(Geist)的に生きる人というのは、どういうふうに生きるのだろうか。

 霊(Geist)的な人は、意識的に、霊(Geist)的なものにしたがって生きている、つまり、創造的に行動しているという。法則と掟にしたがって生き、真の人生、真理、そして霊(Geist)的な状態及び物質的な状態での平和のためにのみ、生きているという。

 更に言うと、

 物質的に、肉体的に生きるということは、すべて、ただ、地上的なものだけを見ることである。物質的な考え方をする人は、物質的なもののみに耽る。自分以外の人を見る時も、その人の物質的な価値、富、地位、容姿、器用さとかのみを見る。
 
 物質的な考えをする人は、創造、創造が造った被造物の中に、地上的なもの、死んだ自然、過去、死すべきもの、五感を楽しませてくれるようなもののみを見るという。

 霊的に生きるということは、至るところに創造的なものと物質的なものとを同時に見ることであり、その両方を共に扱う生き方であるという。

 このことはまた、仲間の中に、プシケ的な偉大さ、プシケ的な美しさを探して、それらを愛することであり、道徳的な本質を持つ人とのみ関係を維持し、彼等のより高度な性質を観ることであるという。

 霊的に生きる人は、創造的な創造の中に、快適さ、有益さ、偉大さ、美しさを観るだけではなく、永遠で不思議に満ちた自然の中に、自分自身の中にある創造の一部のためにあらわれている、創造の啓示を観るという。つまり、霊的に生きる人は、いたる所に、創造の無限さや、身近での存在を感じとるという。

 21世紀に、ねこがこれらのことを何処まで認識して、この両方の性質を駆使して、霊的な生き方をしていたのだろうか。ねこがまさしく、霊的に生きようと努力していたとしたら、同じ霊(Geist)体を受け入れている、22世紀のねこRには、正しい生き方が、反映されていると想われるが...さて。
 M007

61から70

第61回 霊(Geist)が、ねこを導いた証拠は?

 20世紀に生まれた ねこは、霊(Geist)という言葉では、幽霊しか想い浮かばなかった。しかし、或る時期から、自分の中には、転生する真の生命である、霊(Geist)というものがいると、認識した。

 ねこの祖父母の家は、農業をしていたから、おいなりさん、氏神、えびす大黒が祭ってあった。更に、戦争が終って、教育勅語とか、小学校での朝の神棚への礼拝はなくなった時に、籤引きで当った母が、小学校から譲りうけた大きな神棚が、飾ってあった。

 更に、父母は双養子であったので、祖父母が無くなった時に、仏壇を父と私がお金を出して、買って、祖父母と早逝した弟を祭ることにした。今は、そこに父母の位牌も並んでいる。

 これで、まあ、あの土地では考えられるものがみんな揃ったと想う。現在は、弟が実家をついでいるので、これらを引き継いでいる。 

 ねこは、実は無宗教に近かったので、仏教の知識もなく、霊と言えば、お化け程度の認識だったし、仏教の脅かしめいたものは、真実を知るに及んで、簡単に捨去れたと想っている。

 真実を知った今、霊(Geist)が、ねこを導いた証拠はあるか自問してみようと想う。ねこの現在意識だけではとても出来なかったこと、それらが多分、その証拠ではないかと想うので、振り返ってみよう。

 1)先ず、生まれの日がその一つ。1938-2-8が誕生日であり、完全なカバラの8型である。もちろん、出産前の、ねこの現在意識の所産ではないと想う。そして、その人生の特徴はというと、

 「数の8は、その人の前の人生で重大な問題を背負わされ、当時の人生で、それをさばききれなかった、それと同様なものを背負うことを意味している。この、当時の、非常に根本的な問題が、インパルス的に、しっかりつかまえられて、自分で死とあの世の領域を通して新しい人生に持ち込み、今現在の人生でこれをさばき、これから開放されねばならない。...」と言う。

 こんなことは、当然、ねこの現在意識ではありえない。カバラなど認めないと言う人は、まあ、眉に唾でも付けてくれていい。

 2)次は、大学の学科の選択である。私は、もともと、義務教育の後は学校は行かなくてもいいと想ったのだから、受験勉強もせず、当然、浪人した。人生いろいろ。色んな人と出逢って楽しく過ごした。

 翌年、いくつか受かったが、私立にはやれないので、新潟にしてくれという父の要請で、OKをした。が、なんと、電気工学がいいのに、父は機械工学科に願書をだしていた。これは、私の現在意識の選択ではなかった。

 3)就職になるが、募集を見ていると、石川島がジェットエンジンをやっているというので、そこに推薦を貰うことになるのだが、当時、石川島は学科の成績で何番までと指定していた。いきたい人が数人いたが、その条件で、ねこが推薦された。これも、ねこの現在意識の所産ではない。

 更に、酷い話だが、ねこは、がスタービンの最終試験の日に、寝坊して試験を受けられず、単位がとれず、ジェットエンジンの仕事にはつけなかった。    

 4)会社での仕事は順調に行っていたが、そのころから、「自分の能力開発」に興味を持ち出す。これは現在意識では抑えられないほど強いものだった。自分の能力に不満をもち、何かを身につけたいという気持がつのったということである。

 瞑想、プラス思考、心とは何かを学びたいとか、とても、沢山の意識的な遍歴をするのだが、これは、仕事ができないとかから来たものではないので、現在意識の範疇ではないと想われる。

 5)そうこうする内に、宇宙人問題に出逢う。これも、現在意識ではなく、偶然の所産に等しいが、仕事とはまったく別に、別なことに意識が向いていき、真理に出逢うことになるのだが、これには、知りもしなかった世界中の数人の人たちとの係わりがあった。知らないまに、その方向に行ってしまうのであり、そうしたいという現在意識の所産ではなかった。

 6)26000人の会社を突然辞め、14人の会社に移る。もし、じっくりと考えたら、この行為はしなかったと想う。つまり、或る日、突然に、その思いに駆られ、相手の会社に話をつけてから、直ぐに所属長に辞表を提出していた。

 この時から、ねこは組織の長として自分を権力を使うのではなく、すべてを個人の立場で自ら手足を動かす環境に、生き方の上で、大きな変革を自分に強いたのであるが、普通の人なら、権力を選ぶと想うから、ねこの現在意識からではなかったと推定される。

 7)最後になるが、氣功をどうして学ぶ気になったのか、これも定かではない。突然、「遠隔氣功の驚異」と言う本に出会い、読んだとたんに、私もやれると想ったのである。直ちに、申し込んでマニュアルを取り寄せ、半年間ずっと錬功した。

 こうして、氣功をやることで、色々な人のことを知り、遠隔氣功をしたりして、とても普通では考えられない体験をして感動し、それによって、なおさら、自分は現在意識と潜在意識だけが支配する肉体ではないということを認識してきた。

 この氣功を通して、真理を自分から学ぶであろう人たちに出逢いつつある。その人たちが、何時から、どのように感じ出すのかは、21世紀のねこには判っていないが、この一生で出逢う、縁ある霊(Geist)体の人々とは、22世紀のねこRは、また、出逢うことになろう。

 それがだれだれであるか、実は、独りでに感知できると、ねこRは知っている。

 さて、最後になって、ねこは考えている。

 「私は前世で何をやり残したのだろうか。今生で、それが達成できているのだろうか?もちろん、物質的なことではなくて、霊的な学びなんだろうと想うが...」

 前世は、多分、明治維新の前であろう。21世紀の、ねこの時代に、「三谷の新撰組」が放映されていた。あの中にはいないだろうか。居たら、面白いが、人殺しは、ごめんだわ。 


第62回 独自の思考が大切である

 この宇宙にも、地球のすべてにも、私たちにも、創造の意志によって明らかにされる「創造の法則と掟」が貫いていると真理は教えてくれている。創造の法則と掟は、永遠に変らないものであり、人間の定めた法律や規則などとは根本的に異なる。

 「創造の法則と掟は、それによって起こらなければならない、将来の事柄に対する決定であり、予定である」というのが真理であるという。つまり、この事柄のすべては起こり、遅かれ早かれ、人間の中での真理の知識は、豊な収穫をうるはずであるということも真理であるという。

 言い換えると、法則と掟の規定と、そして、或る学びをするために、必然的にその結果を招くように生まれた原因とによって、すべての事柄は起きなければならない。これが真理であるという。

 ねこは、この教えを知るまでは、こんなことを考えもしなかった。この真理を知らず、そして、創造の法則と掟ではなく、人間の造った規則とか法律とか規律とかだけを考えて行動したために、これらの思考と行動が原因となって、法則と掟によって必然的に現れる結果としての自己刑罰を自分自身に課して苦しんでいたのだよと、指摘されているのだ。 

 でも、ねこはまだこの真理を解説などで知っただけである。教えて欲しい割には、内容を理解する気がどうも薄いのは、どうしようもない。本当に理解するために、努力をしなければならないと想っている。

 実は、それに必要な能力、つまり、理性と悟性を、人間は創造から貰っているのだという。この言葉の定義は、私たちの持っている辞書に書いてあるのとは、いささか異なる。これも、いわば、隠された真実であろう。

 理性:すべての現象、すべての出来事を創造とその法則と掟に
    したがって認識するための人間の能力

 悟性:概念を形作り、その概念を価値に表現できるための人間
    の思考能力。
    この人間の思考能力は、判断そして熟考、そして帰結を
    見出す能力を持っており、それを通して、事実の知識が
    獲得され、その知識の体験を通して智恵へと導く。

 ねこは、これらの能力自体をまったく認知していなかったから、どちらかというと、本は読むがそこから何かを得るために、これらの能力をフル活用することはなかったかもしれない。仮に、これがフル活用できなくても、先ずは、この能力を呼び覚ますようにしなければならないと、ねこはやっと理解しつつある。

 そのためには、先ず、「そんなことはないはずだ」という考えを捨てなければねならないと想う。そこの考えは、21世紀の科学や宗教や学校教育などが正しいという信仰からでるのかもしれない。

 しかし、よく考えみれば、このようなものへの信仰に縛られるということは、ねこの意識は、そこから出られず、とても無知であり、虚しいものになってしまうぞ、ということだ。ねこは、このことの重大さに気がついた。   

 何故なら、創造から与えられているのに忘れていた、この理性と悟性をもって自らすべての出来事を認識し、思考しながら体験し、すべてを智恵として身につけていけるのだから、学校知識や宗教の教えや哲学などの単なる知識を遥かに凌駕するものであると判ったからである。

 しかし、これには、本当に自分で思考することで学ばねばならない。真理の知識は、思考する事で学ばねばならないのであり、これ以外には道は無いということである。

 ねこが、自分の人生の中での出来事を詳細に分析してみると、前回の随筆でも書いたように、人生の岐路がいくつかある。この岐路にあって、ねこは比較的素直に、示された結果に従った満ちを歩いてきた。これらの岐路の最初のものは、小さい時からの、ねこの考えが原因となって造りだした結果であったと認識できる。

 しかし、ねこの考えや行動や判断の特徴は、生まれもっているので、これは実に素晴らしい劇画であると猫には見える。

 その最初の岐路での選択が、次の岐路までの人生の流れを作り出して、各種の因果の学びを作り出して、ねこ、ひいては、ねこの霊(Geist)体が失敗から受ける自己刑罰を作り出し、その苦しみや悲しみから、真の認識によって、その刑罰を自動的に解消しては、また失敗するという学びの環境を眼一杯楽しんだのである。

 そして、その間の思考の特徴、もちろん、これももって生まれた性格であるが、それによって、次の岐路への原因という準備をしたのである。そしてまた、岐路の判断である。ねこは、それらに抵抗しないで、素直であったので、大きな地獄をみることは無かったと認識している。つまり、小さい山と谷で沢山まなんだと認識している。

 自分のことだけ書いても、仕方がない。これを読まれている、あなたの全人生にも、あなたの霊(Geist)体が準備した、学びの道を行く間に、沢山の出来事や事柄があるだろう。それをただ単に、人間の造った物質世界の決め事の中で判断するのではなく、あなたに備わった、理性と悟性をフル活用して考えてみて欲しい。きっと、苦楽がバランスした素晴らしい人生を造りだせると想う。

 物質世界の喜怒哀楽だけを元にして、学校の知識や、宗教や哲学とかの微微たる教えとかに縛られないで、理性と悟性を生かして、自由に大空をかけ、宇宙の果てまで飛んでみて欲しい。


第63回 強制的な意志形成の怖さ

 前回の随筆で、人生の岐路での、ねこの自由意志による判断について書いた。そのことは、創造の法則として、次のような言葉で述べられている。
 
 「如何なる人間の自由意志による決断にも、決して干渉しないように、あなたの想念、言葉、行動を制御せよ。あなたは、常にこのことを考えよ。決して強制的に教えてはならない。」

 ねこは、人生で、自分は岐路で自由に道を選択したが、会社の存続の為とはいえ、大方の人を守るために、少ない弱者を退社させてしまったことは、残念なことであった。この時に、明らかに弱者には自由意志は無かった。もちろん、希望退職の募集に自ら応じた人たちは、この限りではないが。

 更に自分の子供のことはまったく彼等の自由意志にまかせて来たし、干渉はしてこなかった。能力開発優先と本人が考えた就職浪人とかの事態にも、それは本人の意志に任せた。

 これは、自分以外の人に対する配慮であるが、自分自身のものについての、法則はもっと手厳しい。

 「あなたは決して強制的に自分の意志を形成してはならない。ただ、教訓を通してのみ。それをすべきである。」

 この”教訓を通して”とは、このような真理の認識を通して、自分で自分に教えるということである。人生を自由意志で歩けると、結果は自らの責任であり、その中から学べる、創造の法則や掟が見えてくる。それらを通して、次の何かの意志決定をするようになるべきだということである。

 大抵の人は、自分はそうしているぞって、想うかもしれない。しかし、実は、そうではないだろう。よく考えてみると判る。「自分がこれをしようと決める根拠は、なにか?」と自問してみればよい。

 親からのしつけによって、身についた何かを元にした意志決定がある。学校で教えられたしつけや、有るべき姿などによる意志決定がある。社会での法律や風習や一般常識による意志決定がある。会社の理念や経営方針や管理職規定とかによる意志決定がある。自分の信仰による意志決定がある。更に、物質的な欲望による意志決定がある。TVや新聞の論調などによる意志決定がある。デマや騙しに乗ってしまう意志決定もある。

 とにかく、無数の何かから強制されて決まる意志決定をどれだけ沢山していることか。私たちの現在意識は、無数の何かに引き摺られて、あれをしなきゃ、これをしなきゃ、あれはしない、これはしない等々の想いによって騒々しい限りである。

 この暇さえあれば浮いてくる物事への、こまごまとした意志決定に際して、同時に、自分の喜怒哀楽の感情が付き纏い、渦巻き、常に常に、情緒不安定な状況を作りだしてくれる。

 本質的な自主性がなく、想い惑いつつも、これらのものによって強制的に形成されてしまう意志によって、何かを決めてしまい、結果に一喜一憂し、結果が悪ければ、悩み苦しみに悶える。

 この意志決定を、強制されて行ったために、自分には責任は一切無いと考え、強制的な決定に至らしめたものに対して、怒りを爆発させるしかなくなる。上手くいったとしても、それによる意志決定を止められなくなり、何時の日か、必ず、落胆と苦しみに落ちるという道を歩くことになる。

 自らの信仰をベースにして意志決定をするのも、まさに、この状態になる。

 21世紀のはじめ、地球上にではテロの報復合戦というような状況を呈していた。イスラム教の信仰を背景にした、自爆テロも頻繁に有った。

 ハマスの指導者、ヤシン師は、朝日新聞の質問に、

 自爆テロの宗教的な裏付けは「コーランの”悔い改めの章”には、神の道のためにみずからをささげた者は天国に行く」とあることだと言っていた。(ヤシン師はこの後、暗殺されてしまった。)

 コーランの”悔い改めの章”とは、「信仰に入り、移住し、神の道のために生命と財産とをなげうって戦った者は、神のみもとで最高の段位にある。これらのものこそ勝利者である。主はおんみずからのお慈悲とご満足と彼らのための楽園を、よき便りとしてかれらにもたらしたもう。そこには不断の安楽があり、彼らはそこに永遠にとどまる。まことに神のみもとには大きな報酬がある。」というものである。

 コーランは自殺を許してはいない。イスラム原理主義者は、自爆テロは自殺ではなく、アラーに自ら身を捧げる殉教者となって、不断の安楽を手に入れられるという、この章によって、自爆の意志を決定したのである。

 これほどではないが、宗教的な規範による意志の形成は、同じように、この創造の法則に違反しているといえる。

 このことが真実であると認識して、何からも自由に、自分の意志を形成するようにすれば、人は情緒の安定を図っていくための道の入り口にいると認識できる。これは、ねこの経験からも、言えることである。


第64回 人生には、不断の試しがやってくる

 さて、「情緒の安定を図る」と言う言葉を書いたので、20世紀から21世紀を生きてきた、ねこの経験を書いておきたい。もちろん、ねこは、まだ人生を残している。だから、この後、どんなことを経験するかは判らないので、認識が更に上がる可能性はあるが、今のところは、この程度である。

 この随筆で、以前、ねこは、ハウツー物の本で能力開発したいと考えて、いろんな本を読んだり、実践したりしていたと書いた。これは、実はとりもなおさず、ねこ自身のどこかに自信が無かった証拠である。

 もちろん、企業の仕事については、責任の範囲内では、こなせるだけの基本能力はもっていたので、その部分で自信がなかったのではなさそうである。とにかく、自分の中に、言ってみれば、他の人間にはない能力を身に付けたいという欲求が常に湧いていた。

 最大の興味は、「心の秘密を知りたい」とか「転生の秘密を知りたい」というものだったと記憶している。その理由は、今から想うと、いつも、ふつふつと湧いてくる、何らかの「不安感」であったようだ。これらに関する本を読み漁っては、自分で、この不安感を無くそうと努力していたのだが、結果的には、「強い?心」にはなりきれなかったと想う。

 この自信のなさが、どんどんと、ねこをいろいろな学びに引き込み、自分がどんなものかを自覚しながら、最後の真理にめぐり合うことになっていく。これは、偶然ではなく、明らかに、自らの内部に仕組んだ経過をたどっての到達であったと認識している。

 仕事に熱中している時には、現在意識は、それに夢中になっているが、仕事が暇になったり、休みが続いての最後の日とか、日曜の夕方だとか、普段は、朝、眼が覚めかかった時とかに、ふつふつと湧き上がってくるものが、沢山あったものだ。もちろん、今でも、これからもずっとあるものである。

 ねこは、これは、不断にやってくる試験だと想っている。如何なる意識状態で生きているかを毎度試されているなあと感じるからである。

 自分の人生を歩む中で、何か自信のないことのついての問題の発生、自分の範疇以外からの何かの発生、家族のことでの問題の発生、親戚のことでの何かの発生、友人関係での何かの問題が発生、会社での問題の発生、自分に関係した社会での問題の発生、等の悪い予感のようなものが沸々と浮いてくるのである。

 それが不安感となって、しかも、情緒不安定を引起し、感情中枢のあたりや、消化器系統に異常な不安感が起こってきて、痛みを伴ったり、冷や汗がでたり、したものである。特に、相手のある物事については、感情的なものが付随して沸きあがり、全身の状態が瞬時に変化するものであった。

 三十代半ばまでは、ねこは、人々との交渉範囲が拡大するにつれて拡大した、この不安感を何とか自分で消そうと、心の秘密に挑んでいたということである。これは、心を強くしようとすればするほど、逆に不安感の強度が大きくなったようで、実際には、この戦いに、ねこの心は勝てなかった。

 ある時期、ポジティブ想念で仕事中心の日々を送っていると、まるで別な部分の物事へのネガティブな想念が、ふつふつと湧いてきて、あちらへ、こちらへとふらふらしていたと想う。しかし、仕事はみんなと共に、ちゅんとこなしていた。

 真理を知らない頃には、このネガティブをそのまま取り込んで、酷い不安感にさいなまれることが非常に多かった。どんどん、その心配が昂じてじっとしていられなくなり、相手を呼び出しては、確認するとか、余計な指示をするとか、自分ででていってしまうとか、いらぬ心配ばかりした。そして、A型のせいだと想った。

 しかし、この心配したこと、かなりの不安感に襲われたものについては、実際に何かが起こったためしはなかった。逆に、最初から、細かく対処してあるから、絶対に大丈夫だと安心していたものには、よく何かの出来事が起こり、ゆったりした休みなどはなくなるほどに、対処に追いまくられたものである。

 ねこは、まだ性格的に、このような不安感が来ても、なんとか内臓にはこなかったが、人によっては、胃腸などに異常がでてくる人もいた。

 ねこは40歳になって、真理の書に出逢い、創造について学ぶうちに、自分の情緒の不安定を克服することが必要であり、それを試されている現象だと認識した。その後も、物質的な生活上の物事を遂行していく中で、数は減っても、この試しは、ずっと続いている。

 しかし、ねこの内部はまるで変化してきた。それをただ見るだけに留められるようになっている。だから、これは、相当な物事でも、情緒不安が起こる前に、既に、「それはそれである」いうだけで、心を動かす以前に、通り過ぎていっている。

 希に、意識がそれに捕まると、瞬時に気分が悪くなり、ねこは、直ぐに首を横に振って「消えろ」と言うか、「また試したな」というと、すっと不安感は消えて行き、平静にもどれるようになっている。取り越し苦労はしないし、現実にも起こってこない。または、マイナス意識をプラス意識に変えてしまうことも、一部はある。

 しかし、もし起こっても、それをそのまま受けて、学びをするつもりであるが、それだけのことでしかない。いまさら、惜しいものもなし。

 この情緒不安定を起すことなく、日常的に出てくる不安感を乗越えるのは、ただ、見過ごすだけでよかったのである。会社でも、家庭でも、社会でも、このことの実現は、ねこを大いに気楽にさせてくれたし、仕事にも自信ができて、会社を替わっても、定年になっても、問題なく、情緒の安定は保たれている。

 更に、自分だけではなく、友人等を通して伝えられてくる、試しも沢山ある。これを情緒の乱れ無しに聞き遂げて、必要な対処をすることができるのも、自分の中では重要な成果だと想っている。

 日常の喜怒哀楽の絡んだことや、心配ごとや問題から離れて、自然の中で、気晴らしの散歩をして、その時間には、いろいろなことを忘れて、更に、情緒の安定に努めていこうと想う。結果的に、心が平静になれる。そういうことだった。


第65回 特別に重要な認識と想われること

 不断の試しがやってくると、ねこは認識していたが、さて、本当はどうすればいいのだろうか。ねこはこの生き方の問題をずっと考えてきていた。これらは、どうも、すべて無常な物質領域の意識で見たり考えたりしているものではないか。これでいいのか、と、ねこは考え、打開策は瞑想ではないか、とか、いろいろと考えていた。

 21世紀のある時期、ねこは、大きな意識転換をさせてもらった。これは、まさかと想うほどの物事であったが、それを書いても誰も信じてはくれないだろうし、そのこと自体がみんなに起きるとは言えないので、ここでは省略するが、私の人生と関係してくれた人々の人生の、計画された通りの交差点での交通事故のようなものだと書いて置こう。

 しかし、いくつもの出来事、それに関して、かなりの認識努力を傾注して行った。これらの仕事とでも言うべき物事の、因果や特徴などから、とても筆舌につくせない成果を生み出し、ねこには大きな認識が産まれた。関係者にも意識的、無意識的にある種の認識が生まれたはずであるが、それは、知らない間に起こったことでもある。殆ど知るよしもない。

 つまり、ねこだけではなく、多くの関係してくれた人々の、無意識的、或いは無意識の協力がなければ、出来なかったことであり、関係してくれた皆さんに匿名のままですが、感謝したいと、ねこは語った。

 もちろん、21世紀当時の人たちだけではなく、ずっと昔に無くなった人たちの想念まで絡んでおり、とても理解されないことだと、ねこは想ったのだろう。

 ねこが認識したことは、簡単にいうと、

 「霊(Geist)の意識でもって生きよ」

 と言えば、良いのかもしれない。これは、真理の書に指摘されてた言葉である。

 ねこは、この認識をする以前には、

 自分の内部に浮かんでくる、喜怒哀楽、想念などのすべての物事、自分の外部に自分に関連して生じて来るすべての物事、更に、もっと自分を取巻く環境で発生しているすべての物事を、肉体に付随した物質意識で考えて、いろいろな、思考・判断・処置をしていた。それが情緒の不安定に繋がった。

 真理を学びだしてのちは、これらのすべての物事の因果から、ねこの霊(Geist)体が何を学んだのだろうかと、考えていたようである。つまり、「肉体の意識でもって、創造の法則と掟に従って生きる」ことではないのか、と。

 ところが、これは、明らかに違う生き方だと、ねこは気がついたらしい。

 物質意識を主とするのは、無常で、人間的で、虚な人生をしながら、安楽な実人生とは何か、などと考えることになっていたのである。

 霊(Geist)の意識を主とすると、永遠で、創造的で、実存の人生をしながら、この無常な世界の中にさえ楽園を実現していくことが可能になるのである。

 ねこは、次のように意識的な変革をしてきた。ここからは、とても、重要なことである。

 霊(Geist)の意識で、すべてを感じ、考えるようにする。すると、あたりの自然なものは、すべて別な顔を見せてくれる。つまり、霊(Geist)は創造であり、自然に現れている創造の愛を、一体感として感知できる。

 人々との係わりでは、霊(Geist)の意識から考えれば、霊(Geist)は共に創造の一部であり、一体であり、学びのための連絡もできている。

 と、いうことは、物質意識でのお互いの過誤は、相互の霊(Geist)体の計画のもとに成される、学びであり、それが”創造の法則と掟という仕組みの中で行われたのならば”、何が起ころうと、実は霊(Geist)体の相互に認識した物事が、霊(Geist)体の中に栄養として吸収されていき、同じ過誤は二度起きないのである。

 ”創造の法則と掟という仕組みの中で行われたのならば”の条件が実は重要だと、ねこは気がついた。物質意識を主とすると、これから外れてしまい、何の学びにもならないということである。真理は鋭く真偽を分けている。

 このためにも、ねこは、「霊(Geist)の意識で生きる」という風に、自己変革し、ねこは”目覚めた”と自認していた。

 このことを凄まじい人生の苦しみの中で自認する人々も居る。ねこは、そのような人々を、やっと理解できるのだと、ほっとした。

 この認識によって、ねこの思考・行動も変化していった。メールマガジン「自然から貴女と貴方へ」を発行した。これは、霊(Geist)の意識で物事を見つめることの、訓練になるのだろう。

 あなたはどう思いますか。まずは、ご自分の霊(Geist)体と仲良くしましょう。


第66回 真の「自己」は肉体にあらず

 自分の肉体を「自己」だと想うと、肉体がねこのすべてを支配する王様になる。なるとかではなく、生まれてからずっと、それが基本で生きてきた分けである。今の世の中の人たちの大半は、この考え方で生きていると見える。勿論、ねこもそうだった。

 だったというのは、最近は、その意識から抜け出つつあるということを意思表示している。まあ、しかし、他の人からみたら、どうかは、保証の限りではないが。

 肉体が王様であるということは、肉体人生で、成功し、人の上にたち、人より多くの財貨を手にし、より素晴らしい住宅を持ち、衣食も他の人たちに比べて素晴らしいものを自由に、世界の何処までも出向いて得られるようにし、肉体を大事にし、高価な薬を持って健康を維持しようとできるようにするためにのみ、努力することになる。

 今の世の中に、政治、経済、警察、司法、教育、会社関係等々に君臨している人々をみると、「我が自己は肉体である」がすべての基本になっているのだろう。子供の頃から、そう言う意識で育てられ、長じて当然良い学校に行くとか、世襲で親の仕事を継ぐとか、兎に角、その流れにそって、肉体に飾り付けをしていくのが人生の目的になっていたと想われる。

 しかも、よく考えてみて欲しい。親も学校の先生も、社会も、頑張って出世をせよとたきつけている。みんなそれに煽られて、一億二千万、総中流だなどという思い込みをさせられていた。みんなが、自分の自己は肉体であると確信していた。

 ねこは、定年になってから、気がついた。真の自己は肉体にあらず、と。

 なに、ねこは、親の七光りもなく、財産もなく、コネも無いから、それができなかっただけだろう。お前がそうでないかのように、言うのはよせといわれそうである。

 それにあまりまともに反論はできない。しかし、考えてみて欲しい。あのバブルの時代、みんなが中流なんていうのは可笑しいのに、誰も文句をいわなかった。みんなで、鳥小屋のような団地に入って、中流家庭ですと自認していた。

 一方で、支配者的な金持ちは存在していたが、中流はその内、金持ちになれそうだと想わされ、借金も能力のうちと言われ、身を粉にして働かされた人々、もう一方で貧しい人たちがいたが、それは殆ど無視されていた。何故なら、日雇いでも仕事があれば稼げたからである。

 バブルがはじけた今、すべての嘘はばれてしまった。支配者的な金持ちたちを除けば、殆どが貧しい人々である。今や、ローンを返せない人々は、多くなっている。

 ここから話は、がらりと変る。

 真の自己は肉体にあらず、実は、真の自己である各々の人の霊(Geist)であり、肉体は、ただ、霊(Geist)がこの世に現れて学ぶための住居であり、道具であるにすぎないのである。

 これが真理であると自分で認められる人には、これは真理である。しかし、認められない人には、これは真理ではないことになる。あなたは、どうするか、ご自分で考えて欲しい。

 ねこは、これが真理であることを自分の思考で、なんとか実証している。

 この真理の認識によれば、肉体は霊(Geist)が地上で、宇宙の事象、地球での事象、自然の環境、人間相互の関係などから学ぶだけの道具であり、必要以上の衣食住や財貨等はまったく無意味な存在になる。

 ましてや、地位の上下が人の上下になるとか、ただの記憶の良し悪しで大学に入るとか入らないとかと言う差だとか、男女の差だとか、昔の、士農工商とか、身分の差とか、政治家の子は政治家とか、医者の子は医者とか、学歴による待遇の差とか、採用の可否とか、すべてが誠に無意味な存在になる。

 はっきり言えば、この真理を忘れさせ、人に「自己は肉体である」と妄想させたのは、宗教や政治によるものであり、その意をくんだ教育者たちの仕業である。みんな騙されて競争して財貨を構築したところで、日々それを奪われ、何時の日かには、すべてを盗られてしまうのに、知らないで居る。

 大半の人は、子供の頃から、肉体での競争心だけを煽られ、宗教や世の常識というものに感じがらめになった親をみて育ったら、自分もその責任の一端をになってしまうものになってしまうだろう。  

 しかし、21世紀の始め、ねこには、このような常識に反旗を翻す人たちが見えはじめていた。そんな人たちに向かって、真理の書が、数千年続いてきている、この偽善を暴きだしつつある。これらの人々が、自ら、この真理に目覚めていくに従って、世界は平和へと向かうことになるのだろう。

 あなたが、自己の肉体のために財貨を溜めたとて、あなたは、それをもってあの世にはいけない。残った子孫は、それの奪い合いをして、醜い人間の本性を曝け出すだろう。それだけではまく、沢山の財貨を国という支配者たちに奪われるだけである。

 ねこには、夫婦で必要なだけのものがあればよい。ねこには、宗教は無意味であるから、お葬式とかにお金をかける気も毛頭ない。最後の財貨は、微微たるものであり、子供が争う必要のないようにしておくことにしている。

 ねこは、肉体をいたわりすぎるという、慢性過剰医療をすべてやめてから、10年近くなるが、まことに体調がいい。運動能力の低下はしかたがないが、風邪で医者にいくことも一回もない。肉体を甘やかさないに限る。

 ビールをどうしようかとさえ、思案している位だ。これは、肉体が悪いのではなくて、ねこの現在意識の問題である。何か事件を起しても、肉体が悪いのではなく、ねこの意識が悪いのであり、肉体を死刑にしてはいけないとはっきり判る。

 一生かけて意識の変革をしないと、何時までも、これは繰返すことになる。真理と人間の常識とは、まるで認識が違うのだ。


第67回 真の「自己」は、どうやって進化するのか

 肉体は、真の「自己」ではないと、明確に認識することができて、ねこはとても嬉しい気持でいっぱいであるが、さて、ではどうやって、ねこの真の「自己」は成長させれば良いのだろうか。成長、つまり進化のための人生であるのだから、肉体を仙人にしてしまう分けにはいかないのだから。

 その答えは、この借り物の「肉体」を駆使して人生を送りながら、自分の周囲の人々や環境との交渉によって発生する出来事の因果の中から、創造の法則と掟を一つ一つ自分で考えて認識することであろう。

 それが人生の目的であり、この結果が、真の「自己」の成長、進化になるのだから、そのためには、道具である肉体を健康に維持することが大切であると、ねこは認識している。

 実は、肉体は、プシケーというものに包まれていて、現在意識による思考によって喜怒哀楽を作り出し、それが瞬時に肉体の緒器官の状態を変化させ、病気にしてしまうという特徴をもっている。したがって、肉体を病気にしないためには、自分の思考を制御しなければならないのである。

 こんなことが、物心ついて直ぐに教えられていたら、ねこの生き方は大きく変化したと想う。

 ねこは、中学の時に、義務教育以上の教育を受けたくないと想ったと随筆にも書いているが、本質的に記憶人生は嫌いであった。というか、どうやら、記憶能力が低かったのかもしれない。ねこは、最初から、この肉体の記憶能力などで他人と競争する気はなかったと想う。

 もし、この真理を知っていたら、常識的な勉学ではなく、もっといろいろと友人たちとの交渉で発生した問題の因果を学べたし、波動の違いによるらしい友達の好き嫌いなどについても、理解できたことは多かったと想う。

 とくに、小学校の先生たちに対する気持や、中学の先生との確執などについても、ただの道具による学びと考えれば、苦しむことは無かったものが多かったと想う。先生たちとの確執は、父母が先生で有ったことにも起因しており、父母と先生たちの間の何かが、私に影響したことも、今は理解できることであるが、当時は、虐められたと言う認識しかなかった。

 父母に煽られて、高校受験をするが、250人中、ビリから五番目くらいだったらしい。この進学校は完全な記憶力による学びであり、大学受験のためのドリルを自分でやれというものであり、ねこには苦痛であった。だから、殆ど馬鹿にして受験勉強はしなかったので、受験に成功するはずもなかった。

 この三年間は、ブラスバンド部を創りあげるのに頑張り、集まってくれた人たちは、大抵自分より年上の学年の人たちであり、非常にいい関係で過ごさせてもらった。その上、音楽部の女性たちは、男子校に入る、一握りの才女たちであったと想うが、とても、優しくしてもらって、苦労も癒されていったと想う。

 この時の同期生には、とても素晴らしい成績をとる人たちがいた。最近、同期会で有ってみると、今も頭がよいことや、医師、学長、社長など難しい仕事をまだ続けていると、語って居たのが印象的であった。私の脳裏には、脳味噌が違う人間としてしか想い出せない。彼等は、私のことなど殆ど記憶にもないらしい。

 私には、進学校とは言え、大抵はそのまま就職したであろうブラスバンドの仲間たちとの三年間がとても懐かしく思える。部長の先生は、神主さんであったが、自ら率先して、大太鼓を叩いてくれた。

 この時にも、この真理を知っていたら、もっと沢山の認識をしたと想うと残念である。

 受験に失敗して、しかたなく、一年の浪人生活を東京で送ったが、このころから、ねこは、受験に関してテクニックのようなものが有ると知ってしまった。予備校の中での話は、この技術論?だけであり、ねこもそれに乗ってしまった。これは、肉体の受験向け改造論であり、それをしないと受験に勝てず、世に出ることも、成功もままならないというのであった。

 この時に、ねこは、兄弟二人の大学の教授から、このテクニックを教わった。この時のクラスに、数学が飛び切り優秀な人がいた。しかし、この人は、英語と国語が出来ないために、何年も浪人していた。教授はそんな彼を指して馬鹿にして、人間扱いせず、私たちの前で罵倒したものである。

 この学生が、その後、どうしたか、ねこは知らない。しかし、彼を罵倒した教授は、のちに、予備校の自分の教え子に、自分の学校の受験問題を漏らしたとして、新聞種になり、即日、自分で自分の命を絶ったと新聞で知った。この人は、真理を知っていたら、こんな教育もしなかったろうし、自殺などしなかったのにと想うと残念である。

 真の「自己」が肉体ではないことを、みんなが知っていれば、このような受験戦争やいらぬ教育も不要であり、すべての肉体が平等に待遇され、協力して生きていく中で、創造の法則と掟を、人生や自然の中から学び、また更に真理に基づいた認識がなされ、真の「自己」の進化に資することになっていくはずである。

 予備校の中ではなく、宿舎での友人たち、それに宿舎にしていたところが経営していた幼稚園の先生たちとの面白ろ可笑しい一年間にも、ねこは本当に沢山のことを学んでいる。しかし、もちろん、まだ、自己は肉体と想っていたので、真実を認識しているとは言えなかった。

 こうして、ねこは大学に進学するが、そこからのことは、次に書くことにする。


第68回 真の「自己」の進化について(続き)

 予備校生活のあとの受験のことについて、一言書いておきたい。現役で同じところを受験しても、私は当然落ちたと想う。ところが、受験技術を身につけた時、同じレベルの入試問題のあまりの簡単さに、びっくりしたものである。

 これは、どうしてか。知識が増えたわけではなく、受験というものに対する恐怖とか心配がなくなり、自分に自信がついたということのようだった。なにせ、見たとたんに、答えが見えたり、筋道が見えたのだから。

 これには、無数の問題を解いてみるという経験をしたからであり、別に記憶力とか頭がよくなったわけではなかった。最初は零点ばかり。暫くすると50点ばかり、最後は100点ばかりになった。

 人生のすべてにこれが必要なようだ。そうして、認識したものが、創造の法則と掟という真理なのだろう。

 肉体は真の「自己」にあらずということは、肉体の脳にどれだけ知識を詰め込んでみても、なんの意味もないのであり、もって生まれた才能と性格があれば、それで良いと言うことである。人間の教える知識などはまことに微微たるものであり、ものによっては、間違いばかりである。

 自然な形で、自由な意識で沢山の人たちと出逢い、一緒に肉体をつかって何かをしたならば、相互に学びをすることができるのに、大抵の人々は、何かに縛られながら、自分の意志を信仰によって作り出していたと想う。

 ねこは教育者の父母のしつけ、義務教育のしつけ、高校でのしつけ、予備校でのしつけによって縛られていた。しかし、宗教からは自由だった。実家はお寺の檀家であり、父母は、よく寄進をしていた。死ぬ前に戒名を買っていた。

 ねこは、父母、祖父母は尊敬し、敬うのにやぶさかではなかったが、小さい時から、この信心をする気はもうとうなかった。後に「宇宙人との遭遇」という宇宙人とのコンタクト記録の翻訳をしたので、その本を実家に送ったら、父は全部読んでくれたが、自分の信心は変えなかった。しかし、父母がいる間は、仏教など不要という意見はしなかった。

 大学に入ると、機械工学という専門教育だから、教授や学生との間の意識が、人間的なものより、物質的なものになってしまい、あまり人間的な干渉はなかったので、ここに書くことがあまりない。その反動で、ねこはジャズハンドの方に飛んでしまう。

 キャバレーや音楽喫茶やダンスホールやバーというような社会人の溜まり場にでていくことになった。この時期の学びは、人間関係、特に男女関係のどろどろしたものなどを観るという経験による。肉体が真の「自己」とみんなが想っていた分けで、泣き笑い人生が蔓延していたと想う。

 ただ、ねこは子供としかみられず、相手にはしてくれなかったと記憶している。どろどろの中でみんなが何かを学んでいたのであるが、苦しみの割には成長がすくなかったのではと想うと、彼等にとって残念だったと想う。

 ねこは、水商売の人たちに、特別で、意識的な思い入れがあった。これは前世の何かを想いだしていたのかもしれない。その仕事が汚いとか、恥かしい商売だとか言う人には、むきになって反論していたと想う。

 真の自己と肉体の関係を知っていたら、もっと明確に、人や仕事に貴賎はないという自分の言いたいことを言えたのにと想うと、残念な気がする。

 そんなことをしながら、ねこは学校の外の人たちによって、ある種の人生の学びをさせてもらっていたのである。学校生活では、みんなが同じ環境であり、学びはすくなかったと想う。

 社会にでてから、ねこは直ぐに変化する。先ず、一度した仕事は、二度としなかった。入社して研究所の実験装置の設計建設の仕事をしだしたが、次々と似た仕様の装置を受注した。そこで、自分では殆どやらずに、自分のチームに入った年下の人に、順繰りにやってもらうようにした。

 そのために、自分が担当した時の仕事の手順書はすべて標準化して、それにそって設計ができるように配慮した。完成した時には、会社の技術報告雑誌に担当した人の名前でレポートを書いてもらった。このようにしたことで、みんな一気に、仕事の計画から完了までの全工程を責任をもってできるという経験ができた。

 他所の仕事では、上位の技術者や管理者が自分でみんな良いところをとるのが、彼等の常識である。

 ねこの場合は、最後まで、このやり方を通した。みんなは肉体を駆使して、失敗をして、それから大いなる学びをしたと想う。

 つまり、ねこは、常識的な知識などは欲しいと想わなかった。智恵が欲しかった。その智恵を使って、自分のチームの人たちの仕事の実行能力を一気に、カタストロフィ的に飛び上がらせることに意をもちいた。更に、言えば、毎日する仕事を、同じやり方ではしたくなかった。

 昨日の常識を今日は捨てて、新しい方法をつかうというのが、ねこの人生の考え方の特徴であった。この考え方を最後の会社でのコンサルタントの仕事に持ち込んだが、何処の会社も、旧態依然として、新しい考え方になんの興味も示さなかった。大会社の意識は、大抵、宗教的で変らず、内部崩壊以外は変えようがないと想った。それが最近になって起こってきている。時すでに遅し。

 ねこは、このような考えで会社の仕事をこなしながら、意識と肉体を自由にしていく内に、四十歳を過ぎてから「真の自己は肉体にあらず」を含む膨大な真理を学ぶことになり、今、振り返ると、ねこはそれを認識するのに必要な最低限度の意識環境にあったと、感じている。

 実際に、この真理に、本当に目覚めるのは、最初に知識として読んでから、長い時間がたってからであり、しかも自分だけではそれを認識しえず、周りの人々との交渉の経験から、やっと、この認識の序の口に来たのであり、ねこの人生で素晴らしい出逢いをしてくれた、みなさんのおかげだと想っている。ありがとう。


第69回 日常、どのように生きるべきなのか

 ねこは、自分の人生を振り返ってみた。自分でいうのも変だが、ここまでの期間、ねこは比較的穏かな人生を送ってきたといえる。私の知人には、猛烈に辛い人生を送ってきた人がいた。その人は、今やっと、穏かな日々を得ようとしている。しかし、あくまでも、真の自己の道具としての肉体としてのことである。

 人生の幸不幸はバランスしているのではないのか?では、ねこは、今から厳しい人生になるのか?それはどうかは、ねこの過去の行状によるだろう。もう一度、考えみよう。

 前回まで、二回に渡って、私の肉体人生と私の現在意識の想いのことを書いてきたし、その前には、もって生まれた肉体の性格や考え方の特徴も書いてきた。

 ねこの真の「自己」である霊(Geist)は、この人生で、両親を指定し、誕生日も指定していたと想う。誕生日は次の意味を持つという。頭蓋骨部分が大気中に現れたとき、銀河系の中心太陽(我々の太陽ではない)からの光線を受けて、この肉体の多くの特徴が決められるというのは真理である。

 従って、古代から行われている占いとかの統計技術が開発されていたのである。もちろん、生まれた惑星や生まれた土地や誕生日が同じでも、秒単位で違うから、すべての人々が異なる特徴をもつということになる。

 双子でも、生まれる時間が異なるから、特徴は同じではない。両親からの肉体的な遺伝的な性質はこれとは別に受け継がれるだろう。生まれ日による特徴は、双子の場合は似たようなことになると想われる。

 この肉体的な特徴をもって、両親との間でも、兄弟との間でも、学校のクラスや倶楽部の人々との間でも、友人関係でも、男女関係でも、社会の人々との間でも、会社の同僚や上司との間でも、仕事の顧客との間でも、すべての人々との間で、その特徴をもって、無数の関係の中で、無数の出来事を経験するのである。

 これらの無数の出来事は、ねこの真の「自己」、つまりねこの生命である創造の一部が学びのために用意した環境であり、出来事であり、ねこの肉体がそれによって、いろいろな感情を引起そうと意図していると、ねこは認識した。

 つまり、これらのことは創造の法則と掟を学ぶ、計画的な仕組みであると理解できずに、肉体的な反応だけで生きていると、その一つ一つに大きな喜怒哀楽が発生し、それは、プシケと肉体を刺激し、肉体的に、または精神的に病気になるのである。

 実は、これらの出来事を詳細に分析して、創造の法則と掟を一つ一つ認識しろという仕組みである。このことは、真の自己が霊(Geist)であり、この物質世界での学びの道具として肉体生命を利用するのだということを理解していないと、まったく意味が判らない。

 判らないだけではなく、ある肉体は苦痛に耐えられず自殺するとか、なげやりになるとか、真摯に人生を生きていこうという意識はなくなってしまう。ある肉体は、物質欲に囚われて、他の肉体を踏みつけにし、小さな学びもできずに、死に際して、内部に地獄を演出しつつ、少しの進化で終ると想われる。

 さて、肉体人生のすべての出来事において、自分と相手の間でいろいろなことが起きる。この出来事から、肉体生命の自分を知りたければ、相手の状態、言葉や態度を眺めるべきである。相手は、私の仕掛けた行為や思いに反応しているのだ。勝手に、動いているのではない。私と相手の霊(Geist)体は確実に連絡を取っていると想う。

 言ってみれば、霊(Geist)体たち相互のはかりごとであるかもしれない。道具の肉体たちの現在意識としては、お互いの反応から、創造の法則と掟を知り、お互いに納得しないといけない。私の意識が原因なれば、私が本当の因果を認識すれば、私の間違いに対する罪は消えうせ、相手もその件では反応しないようになるである。これは、事実である。これで私は認識に至り、二度と同じ誤りはしない。

 ”肉体人間の自分がどんなものか”を理解するには、日常交渉するすべての人々の反応をみていれば、確実に判る。人々は、肉体人間の真実の私を写しだす正確な鏡である。この真理を明確に認識しないと、肉体人生は地獄になる。自分の影響が相手にすべて実現し、私に跳ね返るのだから。

 私たちはすべてにおいて何でも考え、行動、処置できるような能力と自由を与えられているのは、創造が私たちの思考、行動のすべてを読みこんでいるのであり、それも、どんなに進化しても、まだまだ、ちゃんと学べるように、無限の法則と掟を用意してくれてあり、肉体でどんなに進化しようと、もう良しという終わりはないようである。つまり、600から800億年の学びを要求している。

 日々体験した喜怒哀楽を客観的に観ることができないと、肉体人間の自分の本当の姿を認識するのは不可能である。

 つまり、体験した喜怒哀楽を完全に中立な視点から、熟視し、評価できるためには、内的な静寂が絶対に必要である。それが実現していれば、出来事における、自分の思考や行動のプラス要素とマスナス要素を認識して、その両方をバランスさせることができるのである。

 このバランスは、つまり、内的な幸福感でもある。そして、創造の法則と掟の認識が真の自己への滋養として送られるのだろう。


第70回 平和のシンボル、鳩の番いが

 21世紀の初頭の、或る日のことであった。

 ねこが庭の草刈をしていると、紅葉の木の枝に二羽の鳩がじっととまっている。どうやら、番の様であるが、離れて枝にとまっている。巣はまだ構築していないから、これからどうするのだろうか。私が下に行っても、気にせずじっとしている。

 紅葉の葉が、とても繁々となっているので、横からも上からも見えない。鴉にはみえないだろう。小鳥たちは、来ても、紅葉の木には、邪魔はしないので、格好の隠れ家である。

 鳩は平和のシンボルになっているが、確かに他の鳥とは喧嘩もしない。他の鳥を攻撃して餌を盗る鴉などの攻撃性格の鳥たちとは大違いだ。

 創造は、いろいろな性格の鳥たちを造り、地球上の空を自由に飛べるようにしてくれている。彼等は、自然本能として与えられたもの、それ以上でもそれ以下でもなく、まさにその通りに生きている。

 私たち人間は、外観からみると、チンパンジーやオラウータンという動物に似ている。彼等も、明らかに、自然本能として与えられているもの、それ以上でもそれ以下でもなく、正にその通りに生きている。自然本能の範囲内で、人間が習慣づけるとそれもできるようにはなる。

 さて人間はというと、私たちにも、植物や動物たちのように、自然本能はもちろん存在している。おおよそ、肉体とプシケがその役割をしていると想う。しかし、私たちは、それだけではなく、進化する意図をもって、私たちの身に存在している、真の自己である霊(Geist)がある。

 それを忘れて、肉体が自己であり、猿から進化したものであり、脳味噌にためた知識でもって生きているなどという妄想をさせられてしまい、言ってみれば、動物的な生き方をしてきている。チンパンジーは人間の子供よりも智恵があるとかいいながら、馬鹿なTV番組を喜んで見ている。

 世界を牛耳っている各国の支配者たち、各種の宗教の支配者たちは、このようなばかばかしい物事に騙されている人々を、動物的で肉体的な欲望で釣り、欲しいものを買うために、必死で働くように仕向け、揚句の果てに、価格は需要関係からという素晴らしい仕組みで、貧乏人からすべてをせしめていたのである。 
 
 一握りの支配階級がおり、彼等にくっ付いているコバンザメ的な小物たちがおこぼれをもらっていた。貧乏人がともすると、大金を当てることがあったが、彼等は直ぐに、それを使いはたしてしまった。もちろん、使わされてしまうのであるが。

 このような支配環境を作りだすのに、宗教はおおきな役割を果たしており、一方で極端な慈悲を要求し、他方で、天国と地獄という場所をつくり、死んで、どちらに行きたいかという脅迫観念を植付け、何もしないで金銭を巻き上げ、更に寄付の高によって、なんの意味もない死んでからの幸せを売っていた。

 21世紀のはじめ、人口は72億人になり、地球のエネルギー資源は底をつき、ついに、資源戦争に突入した。米国のイラク攻撃に賛同したのは、みんなエネルギー的に困るところであった。

 世界の支配者はどこの国にも存在していた。動かせるものの大きさの違いだけで、本質はなんら変らないものたちであり、被支配層のお金をいかに引張りだすか、それによって、自分たちがいかに裕福に暮らすかを考えていたものだ。

 官庁の幹部も然り。銀行などのの幹部も然り。会社の幹部も然り。

 どこかの自動車会社のでたらめ振りは、目も当てられなかった。あの会社には、ねこの同級生も幹部でいたはずであった。彼は真面目で勉強のできた男だっが、彼も一緒に、隠蔽に加担したのかと想うと、ねこはがっかりした。

 これらの事態になったのは、私たち被支配者が、義務教育のでたらめ知識、宗教による脅かし、社会のでたらめな常識、更に、会社や官庁組織のでたらめな常識にだまされて、自分の真の「自己」は肉体だと想わされていることに、主たる原因があったのだ。  

 もちろん、支配層も真理を何もしらずに、この権力構造を受け継いだものであり、実は、私たち、被支配者の中に、彼等の予備軍がいるというのが事実であり、これが延々と続いてきたのだといってよい。

 この支配者予備軍が、現在の支配者から権力を奪い盗ろうとして、中傷合戦を繰返しており、参議院の選挙が目前であったのにも関わらず、ただ、中傷の喚き声のみが虚しく響いていた。

 人口過剰により、エネルギー不足、食料不足、領地不足、そしてそれらの争奪戦争が各所で発生しだしていた、21世紀の初頭、日本は人身売買の拠点だと指摘された。情けない話であった。
 M008

71から80



第71回 子孫に、この地球を残せるのか (1)

 あなたは、この問いに答えられますか。

 真の「自己」があり、その肉体が進化のための道具であり、この地球上に無数の転生をして、合計600億地球年以上もの時間を確実に安全に過して、初めて、あなたの真の「自己」は、肉体がいらないところまで進化することになると真理はのべている。

 あなたが、この真理を真理と認識したとすると、「子孫」というのは、あなたの真の「自己」が生まれ変るための道具としての肉体の連鎖による子孫ということになり、この「子孫」に地球を残すことは、地球規模で重要であり、更に宇宙全体の創造の法則からも重要なことであると、認識できるだろう。

 仮に、上のことが真理と認められなかったとしても、あなたが大事だと想っている、子供や、孫や、ひ孫や更にその先の肉体的な係累の「子孫」に地球を残すことは矢張り重要であると、あなたは認識するであろう。

 どっちにしても、「子孫」に地球を残せないとしたら、大変なことになるというのは、共通認識として、お分かりいただけると想う。

 では、今、地球はどのようなことになっているのか、お分かりだろうか。実は地球の陸地の内、食料生産に必要な耕作地に適している土地は非常にすくない。
 
 また、魚介類の食物連鎖を崩さずに利用できる数からみた魚肉の生産量、食肉用に利用される動物の飼育環境等々を減らさずに利用していける限界がある。
 人間一人当たりの食料の最低の消費量を推定して計算すると、地球上で生きられる人間の数は、実に、5億人が限界値であるという。これは、専門家が計算すればすぐに判るものだ。

 それが、なんと、2004年中には、72億人に達すると推定される。国連の統計はいい加減で、これより低い数値になっているというが、いずれにしても、これは、とてつもない数字なのである。しかも、止まるところをしらないのであり、まさに、これは、私たち人間によって地球に落とされた人口過剰という”爆弾”と言っても過言ではない。

 この爆弾、人口密度の増加でみると、発展途上国で猛烈に増大し、先進国では非常に緩慢にしか増大しないという特徴を持つ。

 この人口過剰によって最初に起こる直接的な結果は、貧困である。発展途上国の実態をTVの報道を見れば判るが、その国の国民総生産よりも早く人口が増加すると、国全体が貧困になる。その結果、いかなる経済的な発展も望めなくなる。したがって、職業教育も受けられず、仕事もなく、貧しさは増大する。大抵の発展途上国はこの状態にある。

 さらに、進んで、飢餓と栄養失調が進む。この飢餓は、まさに人口過剰の結果である。
 
 飢餓と貧困は、発展途上国の都市に、暴力事件を引起す。私たちは、権力や富や地位や愛などに飢えているが、何にも食べるものがないこと、飢えることを本当には知らないだろう。少なくとも、ねこは知らない。本当に飢えたら、人間は本能のままに動き、良心を麻痺させ、動物と同じになるだろう。

 父と子は犯罪者や泥棒になり、母と娘を売るだろう。更に、犯罪集団を作り、自分の基盤を守るために、他の者たちといがみ合い、市民は政府に暴動を起すだろう。

 地球規模では、人口増加で、資源が不足する。これは誰にでも判るだろう。しかし、ここで、重要なのは、総人口の 1/4の先進国が、これらの資源の3/4以上を消費していることである。しかも、それらの資源は先進国にはなく、開発途上国にあるものを、先進国が政治的に脅かすか、或いは軍事的に占領してまで、確保し、調達しているのは、ずっと昔からのことである。これからも続くだろう。

 この人口過剰の結果、或いは人口過剰を原因として起こるいろいろな物事によって、地球規模の環境破壊が起こっている。

 さて、人口を制御するのには、各国の理性的な出産計画と人口政策がないとできない相談であるが、信仰、宗教そして伝統などによって妨げられたり、大抵は不可能になっていたし、今もそうである。

 仏教やヒンズー教は、出産計画をすることに寛容のようである。イスラム教では、「子をつくり、数を増やしなさい」と言われているし、キリスト教のカトリックでは、「あなたがたは行って、増えなさい」というのを原則として、理性的な家族計画を許さない。実は、これは女性差別であるが、この意味ではすべての宗教がこの姿勢をとっているが、ここでは割愛する。
  
 ねこの知人でも、カトリックの信者で、子供七人などという人がいた。大変でしたね、奥さん。

 このままいくと、国連の低位の予測ですら、2025年に85億にもなり、65年で倍になることになり、開発途上国からの難民流入で先進国も飢餓と貧困にあえぐことになり、世界中にエネルギーの争奪戦争が起こったり、あちらこちらで暴動が起こったりしないとは言えないのである。既に、世界中にテロは起こっている。

 揚句の果てに、狂人の支配者が一発の核兵器を飛ばしたが最後、この地球は惨憺たる状況になるということさえ、誰もが知っている。しかし、誰もそのことを本気で考えようとはしていない。

 これでは、地球は究極の汚染に見舞われて死に、あなたの子孫はいなくなるか、酷い苦しみにさらされることになってしまうし、創造が用意しているすべての学びの仕組みが崩壊してしまうだろう。

 さて、そんな日は、たぶん、あなたの今の人生で起こる可能性があるのですが、あなたはどうしますか。

 (内容は、FIGU-Japan”人口過剰問題への提言”を参照した)  


第72回 子孫に、この地球を残せるのか(2)
 
 再度、前提条件を提示しよう。”真の「自己」は肉体である自分ではない”という真理を真理として、あなたが認めたとすれば、あなたは、この地球を破壊してはならないと認識できただろう。

 そう認識したら、あなたがどの国に住んでいるかには関係なく、この宇宙船地球号とその乗組員である人類の存続のために、この人口過剰爆弾による壊滅的な状況から、この世界を救わねばと考えて欲しい。

 更に、この地上に生まれた人間はすべて、自然の-創造の法則と掟から見れば、すべての点で平等であるべきであることも、あなたは認識するだろう。にもかかわらず、今の地球上では、いたるところで、不平等が造りだされている。

 人口過剰の問題についてのみ見ても、人口が過剰らしいと想っている人々は、多いだろう。しかし、問題は開発途上国だけにあり、先進国では出産率が落ちて困っているので、こちらは増やしてしかるべきだ、などとという。21世紀初頭の日本では、年金破綻は出生率の低下によるなどと、政治家は言っていた。

 これは詭弁である。日本人の寿命は医薬や医療の過剰投与もなんのその、どんどん延ばされていた。年寄りは増える一方である。数合わせで若い人たちが年寄りを支えるというのは、どうみての論理的でないのは最初から判っている。ただ、バブルの時には、知って知らぬふりを、みんながしていただけである。

 実は、すべては地球号の人口過剰が原因である。地球上の先進の国々を見るといい。第二次世界大戦後、先進各国は、工業国家になり、どんどん物を作って相互に輸出し、低開発国にも売り込んだ。しかし、これらの低開発国が工業国化するに従い、先進国のものづくりでは、低賃金の国に負けてしまい、先進国は経済国家とかいうものに変身することになったのは、資本主義の下では当然の結末である。

 この経済国家というのは、実質の無いものに投機をし、売り買いによる差額で金を稼ぐという国になったことであり、工業国家の時のものづくりへの雇用は、他人の財産を利用して差額を稼ぐ仕事やそれらで稼いだ金をサービス業が巻き上げるというような仕組みの中に取り込まれていくのである。

 更に、低開発国での人口爆発は、無数の難民を作りだし、彼等は、どんどんと先進国の中に流れこんでいった。その結果、経済国家はどうなったか。年寄りには仕事がなくなり、みんな年金に頼るしか手がなくなって、そういう国は福祉国家というものになっていく。誠に茶番劇である。

 ヨーロッパの国を見れば判るだろうが、21世紀の日本もそうなってきていた。つまり、年金破綻は少子化のせいではなく、寿命が延びたのなら、国内での仕事を増やし、年寄りにできる仕事をさせて、年金の支払いを少なくするのが、国の為政者と会社の馬鹿な経営者たちの使命であるのに、あっさりと、ものづくりを捨てたのである。

 そして、バブルでしかない経済大国という名に踊らされ、ついには、働けた人間たちに年金を払うことになったが、その年金の基金を増やしたつもりが、実は、破綻寸前になるまで知らん顔でいたものだ。福祉国家が聞いてあきれる。


 長くなってしまったが、あなたが、もし、真の「自己」の真理を認めたくないというのなら、話は別だが、息子や娘を産んであげても、誰もあなたを面倒見切れませんよ。

 考えて御覧なさい。工業国のような仕事はほとんどありません。有っても、浮き沈みが激しい。何時首になるか判らない。良い大学をでたからといって、そのブランドや知識で支配者になれるのは、少ない人たちであり、人を人とも想わないような考えの人間しか出世はしないのですよ。あなたの子はそんな人間にしたいですか?

 昔と違って、GNPの延びがないから、賃上げが無いのに、福祉国家だと騙されて、年金の基金を払わされ、少ない賃金では、父母を養うのは到底できない相談である。年金の支給はそのうち、70歳になるかもしれないのに、報酬をもらえる仕事は55歳ではやお終いということになるだろう。15年間どうするのか。子供には頼れないのに。

 21世紀の頃、子供は、自分の所有物、自分の愛情の対象物、姑や舅から産んでくれと言われて産む物、夫婦の欲望の果ての間違いでできた物、年金支払いの税金納入マシン、宗教の信者になる物などと、想っていた者たちも多かったと想われる。

 これが間違いであったと、認める人々が増えたら、全世界の政府と為政者の首をすげかえて、世界中平等な人口低減対策に取り組むことになろう。その際、Billyから、既に提案されている方法しかないことも、認識されるだろう。

 2004年、日本の政府が、「一人の女性が一生に産む子供の数の低下」という言い方をしていたが、人口過剰問題の最大の犠牲者は、地球の女性たちである。Billyは”女性差別”と言う言葉で表現していたが、その証拠がここにある。

 イスラム教のコーラン第4章:
 「男は女より上位にある。なぜなら、アッラーは一方を他方よりも優位を賜ったからである。」

 儒教:
 「百人の女子は、1人の男子に如かず」

 ヒンズー教:
 「妻たる者は決して独立を享受してはならない」

 新約聖書/パウロがエペソ人に書いた手紙:
 「妻たる者よ、主に仕えるように自分の夫に仕えなさい」

 
 世の女性たちよ。あなたは、性的な奴隷や、子供を産む機械にされて、それに甘んじて良いのですか。真の自己に目覚め、如何なる宗教からの、脅迫にも屈せず、わが子を”物””自分の所有物”にするような利己心を捨て、内部からやってくる、真の自己の要請以外の子を産まないようにしませんか。

 あなたの真の自己は、あなたに本当の学びの人生を歩んで欲しいと望んでいるでしょう。これは、あなたにしか判らないことです。信心や義務や脅迫観念から子を産むのはやめませんか。

 みんなが、子供を自分の所有物と見ないという考え方にならない限り、この地球大の課題は、解決の糸口は見えず、地球に世界大戦の嵐が襲い、人類はその大半が死滅することになりそうである。

 あなたは、無為に、愛する子供たちを死なせることができますか。自分はもとよりですが。


第73回 子孫に、この地球を残せるのか (3)

 「あなたにとって、真の自己は何ですか」と言う問いに、どんな答えをしようと、現実は既に、あなたの身心を蝕み、今からの人生は決して安楽ではないだろう。

 これに対して、あなたは「そんなことはない。日本はこんなに平和だし、物もあるし、少なくとも、私の夫は仕事もあり、社会的な地位もあり、私を大切に想ってくれている。年金のこともあり、政府は1.3人は産んで欲しいというし、それに従ってもいい。」と反論するかもしれない。

 しかし、よく考えて欲しい。私たち、先進国の人口の伸びは少ないが、地球の与えてくれているエネルギーの大半を使い、既に、それは涸渇しかけている。

 このエネルギーの利用の仕方は、化石燃料を燃すものであり、また、原子核の破壊によるものであり、これらのすべては、私たちの宇宙船地球号の環境のすべてを汚染してきた。これは、どんなことをしても、たぶん、地球人の手で元にもどすことは不可能なのである。

 この罪はすべて先進国にある。今、発展途上国の支配者たちが、自分の利権に目覚め、エネルギー資源を輸出することの代償として、各種のエネルギー利用の技術支援をするように要求し、この環境汚染は一層加速している。そんな中で、大気汚染対策を協議しても、米国は実施しようともしていない。

 また先進国の人間たちの欲望の果てに、各種の動物が絶滅したりしかかっている。更に、水質汚染によって植物すら死滅しかかっているが、これら害悪についての責任は、みな先進国にある。

 そして、イラクへの軍事力行使により政権を交代させ、自国のエネルギーを確保しようとする国々の醜い姿が見えている。この次は、自分の国ではないかと、エネルギー資源の埋蔵国の支配者たちは、びくびくしているのでは無かろうか。

 しかし、この残余の資源は既に底が見えている。これが涸渇すると、我々先進国に何が起きるのだろうか。

 最初に起きるのは、電気、ガスが来なくなる。これは一気に、戦後に戻るだろう。開発途上国の何十倍も使っている水も、一気に不足するだろう。もちろん、車は走れない。

 物資のすべてが不足するので、それを奪い合う、犯罪も急増するだろう。オイルショックの時を想い出せば判る。更に、衛生面での問題が発生し、疫病も蔓延し、多くの人たちが死ぬことになろう。

 このようになれば、各国のエゴが明確にでてきて、同盟国への支援などもありえず、日本は昔の様に、南方へと軍事力を行使する位まで、追い詰められないとは言えない。

 贅沢になれてしまった人間に、貧乏暮らしが果たしてできるだろうか。オイルショックの時に、一部の会社の人たちは、一気に、貧乏生活に陥ったものだ。収入がカットされ、ボーナスもほとんどなしで、ローンの支払いはそのままだった。子供を生んでいた人たちは、将来まで見つめてみて、子育てに苦痛すら感じた。

 20世紀のある時期、ねこはこれを経験した。しかも、その時には、自分の仲間たちの生活基盤を奪うという、首切りまでやってしまった。21世紀に入って、首切りのことを、合理化とか、リストラとか平気で言っていたが、これは真の経営にはあるまじきことである。

 Billyさんは20世紀の後半に、解決すべき課題の中に、「放漫経営」を上げていた。ねこは、ぼろぼろとでてくる、経営者の犯罪を見るにつけ、このBillyさんの指摘の鋭さに感服していた。

 ここまま行くと、間違いなく、私たちは、本当の飢餓に襲われ、苦しみの中に生きることになるだろう。もちろん、あなたも例外ではなく、あなたの子供たちも例外ではない。

 脅かしてばかりいると、この随筆も読んでもらえなくなるか。

 Billyの提案による、全世界で必要な人口低減措置については、正式な発表があるので、そちらに譲り、子供を作れる条件として挙げられた事項だけを、引用しておこう。理由は、21世紀にも幼児虐待の事件が多かったので、自戒をこめている。あなたは大丈夫ですか?

 1)少なくとも、三年間、結婚生活が続いていることを証明する
 2)円満で、健康な結婚生活であることの証明をすること
 3)配偶者たちの生活態度に問題がないことの証明をすること
 4)子供を養育する能力があることを証明をすること
 5)健康証明:遺伝性疾患や伝性病がないこと。麻薬、薬物、アルコール中毒に罹っていないこと

 つまり、出産は許可制にすることであり、かつ、西暦で、世界中で子供を生んでよい年がda,yi一度だけと決められる。だから、この間に妊娠がないかぎり、産むことはできないという厳しいものである。最低年齢も、男女とも決められる。

 宗教による、無制限な出産奨励による罪悪と、男系社会による伝統的な女性に対する差別という罪悪と戦わなければ、この対策の実施は困難である。


第74回 子孫に、この地球を残せるのか (4)

 さて、あなたは、「真の自己が肉体ではない」とお分かりなら、以下の話は、大笑いのたねだろう。しかし、お分かりではないとすると、どう考えるのだろうか。ほとんど誰であるかがわかる話であるが、もしも、関係者の方が読まれたら、22世紀に未来旅行でやってきて、ねこRに直接文句をどうぞ。ねこはとっくにいないのだから。

 まずは、私のネット友人の中で、唯一の作家先生の本から:

 極楽「お不妊」物語 柿川鮎子 (河出書房新社 ; ISBN: 4309012736 ; (1999/03))

 キャッチフレーズ:「お世継ぎ」を望んで毎晩涙しているアナタ。生理になってくやしがっているアナタ。婦人体温計を毎朝くわえているアナタ。私がハマった7年間の「カルトお不妊」の出来事に笑って下さい!大丈夫、女は必ず何かを産んでいる。

 この本のレビュ: ねこ  横浜市 (amazon.co.jp のレビューに載っている。)

 ”柿川鮎子は、文明社会と認知されている日本で、結婚した女性に子ができなかった時に周りから起る“女失格”的な眼差しや言葉による“暴力”を受けたと感じ、自然の摂理を無視して子を産みたい願望に励まされて、涙ぐましい努力を開始する。

 この一部始終を書いたのが、この本である。周囲が執拗に言いたがる“不妊症の女”ではなく、妊娠はコウノトリが持ってくるのであって、「お不妊している女」なのだと自分に言い聞かせる。こうなると面白いもので、人は思い込んだものに変身できるのだ。そして、ついに「カルトお不妊」の教祖のようになっていく。

そして、「お不妊」友達もできてくる。ここから先はぜひ本を読んでもらいたい。子供がいるからとか、男だからとか、産まず女に興味はないなどといわず、人の人生がどんなにくだらない常識や思い込みに支配されているのか、思い込んで何かに努力している時の人の状態を客観的に知る為に読んでみてもらいたい。結果がどうなったのかは本書を読んでもらいたいが、著者の最後の言葉を引用しておこう。

 「私たちは産む性をもってこの世に誕生した。世界中のよいもの、すばらしいものはみんな私たちが産んできた。いいものを産める母の役目を、太古からのDNAが記憶している。この世に生きて、生活しているだけで素晴らしい何かを産んでいるのだ。だいじようぶ。アナタは産める!たくましく、お気楽にお不妊しましょう。お不妊のススメである。」

 著者の聡明さとなんとなく硬いユーモアを含んだ語り口が良いので、読んで笑ってあげてほしい。そして、周囲に悩んでいるお嫁さんやそのお舅さんがいたら、みなさんにも紹介してあげてほしい。著者からの、お不妊虎の巻が与えられるから。 ”

 この本の作者は、結局、子供ができなかったので、離婚になってしまった。彼女はその後、一人で作家活動を続け、本当の自分の人生を送っていたと想う。

 21世紀の始め頃、日本では皇室にも、子供のことでいろんなことが取りざたされた。皇太子の妃殿下は優秀な外交官だった。皇太子はその人を見初め、結婚した。しかし、通常の結婚したという言葉は、皇室では違うことだったようだ。

 21世紀の或る日、ねこは、天皇家の遥か昔のことを随筆に書いたことがある。その内容は既に破棄されているが、その時期は、蘇我大王家と他の家との戦いの時のことであった。

 その後の藤原氏の時代を、清少納言の枕草子や、紫式部の源氏物語でみればわかるが、国の支配者は「中宮」と呼ばれた女性であり、その下に政治を司る男性がいたのである。ここらまでは女性上位の世界であったが、この後に皇統は男系とされ、天皇というのは万世一系の男性ということにされてしまっている。

 21世紀の皇太子の妃殿下は、男を産むために結婚したのだと、伝統的なものたちは、無意識にも、意識的にも、それを押し付け、男の子を産まない限りは、他になにするものぞ、という意識が満ち満ちているのが、21世紀のねこには感じとられ、妃殿下の苦悩に同情したと語っていた。

 大体、皇統の男系は、明らかに正室だけでなく、妻妾たちがいたから、確実になったものであり、現代の一夫一婦制度では、コウノトリが言うことを聞かないことはありうる。そんなことを知っていて、男を産めというのなら、柿川ではないが、離縁してでればよい。仕方がないのだから。皇室の血筋がお終いになる。ただ。それだけのことである。

 真の自己が肉体でないと知っている人には、天皇制度や王室など、なんの意味のありえない。肉体の人生の価値はもともと家柄などではありえない。ましてや、嫁いだ女性が男を産むと期待されるのは、馬鹿馬鹿しい誤解である。天皇家やその親戚、彼等を利用しているものたちは、女性を人間としてみていないと言うことを曝露してしまった。

 21世紀の日本は、まだ、そんなことを許す時代だったのか?それとも、許さない時代になっていたのか? 

 21世紀の、あなたは、こんなことを許せますか?


第75回 子孫に、この地球を残せるのか (5)

 さて、もし、あなたが、「真の自己は肉体である」と想っていたとしたら、実にショッキングな話をしなければならない。

 この考え方では、「この子は私と配偶者の子である。だから、子育ても私の自由になり、人生も私たちの言いなりになって欲しいし年取ったら私たちの面倒を見てもらいたい。」と、想っているだろう。しかし、この考え方は実に甘い。

 しかし、実は真の自己は肉体ではなく、自らの生命本体であり、最初から真の自己が肉体を動かすのだとすると、この二つの考え方によって、子供への対処がまるで違ってくる。 

 先ず、三歳にもなると、既に反抗期がやってきて、親の言うことなど聞く耳もたないくらいの反抗をする。更に何回かの反抗期を経過して、子供は独りで自我に目覚めていく。ただ親の言いなりになることはありえない。

 にも関わらず、自分の物と考えている親たちは、この子の人生を最初のところで狂わせてしまうことになる。この子は、生まれてから最初の部分は、自然型の人間として、本能的に生きる訓練をしているのだろうが、それには限界があるということを教えず、何でもかんでも言いなりになると、この子の思考、行動は、大人には制御できないものになっていく。

 子供は、社会に適用できるところまでは親が支援する必要があるが、それを超えたら、自分の判断ですべての物事に対処していく必要がある。しかし、21世紀の日本の親たちは、子供の養育の大半を義務教育という学校に任せっぱなしにした。

 この教育が、「真の自己は肉体なり」に従っているのだから始末が悪い。子供は、親に輪をかけて、この考えにこだわっていく。人を踏みつけても上にのし上がり、地位をえて、権力をえて、それによって財貨を溜め込んでゆこうとする者たち。

 一方、最初から、その競争に敗れたものとしての処遇をされても、それに甘んじて努力もしない者たちが世に満ちていく。人生の勝負は最初から決まっていたとでも言う様に。

 しかし、「真の自己は肉体にあらず」と真理を認識している両親には、次のことがみえているだろう。

 自分たちが産んだ子の真の自己が、ひょっとすると自分の真の自己よりも、更に古くて進んだものである可能性をも認識するだろう。生まれた子は、まだ親が何にも制限とかしなければ、真の自己の想い通りに生きていくことができることは、この両親は認識しているだろう。

 真理を知っている両親には、生まれ落ちた日時は、この子の性格、能力、肉体の特徴、思考の特徴、更にそれらによる肉体の病気の特徴すら、大雑把に見えてしまうだろう。それは、この子の真の自己の望むところであり、それを両親が捻じ曲げることはあっても、遅かれ早かれ、この子は、それらのすべてを体験することになるだろうことも理解する。

 つまり、これらの人生体験によって、いろんな失敗をしたりして、それから大いなる創造の法則と掟を学ぶのが、この子の真の自己の目的であり、この子の肉体とそれらのすべての特徴が必要なのである。

 この子の真の自己が両親より遥かに進化したものである場合、両親はこの子の真の自己が、この子の肉体の思考、行動などによって表現することから、たくさんのことを学ばせてもらうことになるだろう。

 要するに、肉体の年齢ではないのだ。

 ただ、逆の場合もあるだろう。つまり、進んだ真の自己を持つ両親に、かなり進化の低い真の自己が、子として生まれてくることもあるだろう。

 親子の場合だけではない。社会の中での人間に対する価値観が異なってしまうのである。21世紀での学力の差、地位の差、世襲による技能の差、財貨による差、肉体能力の差、記憶力の差、等々の肉体に関する差は、真の自己には何の意味もない。

 自分の周りの人々を良く観察見ると良い。世に偉そうな顔を見せている者たちは、真の自己は肉体だと想っており、「私は偉いのだ」という意識でいる。

 しかし、彼等の真の自己より進化した、真の自己をもっており、真の自己が肉体ではないと認識している人々からみれば、馬鹿にしか見えないだろう。今、子供であるものたちにすら、そう見えるはずである。

 最初に書いた、ショッキングな話というのは、「ひょっとすると、あなたは、生まれてくる子よりも、進化の度合いが低い真の自己の持ち主であるかもしれない。」と言うことであった。その時は、たくさんの事を、その子から、学べるだろう。それも進化の仕組みの内だから。

 そうと知ったら、子を虐めたり、殺めたり、強引に悪事をさせるとか、はできなくなるだろう。

 しかし、それも、あなたが、「真の自己は肉体ではない」という真理を知らないことには、理解ができないことなのだ。  


第76回 子孫に、この地球を残せるのか (6)

 ここまで来ると、あなたはもちろん、「命の貴さ」と言う言葉の、真の意味を理解されるだろう。また、私たちは「人」として創造されたもので、動物の何にかから、進化したものではないことも、お分かりだろう。

 動物の命と、私たち人間の命は根本的に価値が違う。

 人間は、進化する、真の自己である、霊(Geist)が使う住処であり、道具であり、すべての肉体がなくなると、霊(Geist)、つまり創造の分身、更には創造自体が進化する手段を失うことになる。それは、最も重大な創造の法則違反ではないだろうか。

 この意味で、真の正当防衛以外の殺害は、許されないものである。人間は、その昔から、戦争によって殺人を犯してきた。更に、個人的な殺人、過失致死、事故死はもとより、自殺、死刑も同様に、この法則に違反する行為である。

 もともと、「肉体が殺人をする」のではない。その肉体を動かしている意識が、肉体を使ってそれを行うのである。従って、意識を変えさせるためには、一生かけて、獄の中で自ら学ばねばならない。恩赦などは不要なものである。罪の償いができたかどうかは、本人にしか判らないだろう。殺人は年齢にも関係なく、対処すべきだと想う。

 意識の学びをさせることなく、肉体を殺す死刑を実行するものは、殺人を犯したと言える。この意味で、死刑は廃止するのが当然である。被害者に配慮というが、死刑にしろというのは、殺人するのと違いはない。昔の仇討ちと同じである。仇討ちは仇討ちを呼ぶ。

 21世紀の官庁と政治の支配者たち、宗教の支配者たちによる、間違った教育と指導と法律による縛りによって、森羅万象を貫く創造の法則と掟の真実を知ることはなくされ、被支配者層は、人口過剰を引起し、飢餓や差別への反動から殺人を起こし、自爆テロが起こし、追い詰められての自殺までしているのである。

 「人の命の貴さ」は、真の自己と創造との関係が明確に認識されないかぎり、理解されないだろう。

 犬や猫などの命とは根本的に異なるのである。もちろん、無闇に彼等の命を奪ってはならないのは事実であるが、食肉用に飼育したものは平気で無数に殺しながら、反対のための反対で、動物虐待の意を唱えるのは、間違いだろう。

 自然の中に創造が造りだした食肉連鎖の法則は、バランスした善と悪を描きだしている。どこかの部分を捕獲しすぎ(過ぎた悪)ても、まだどこかの部分を保護しすぎ(過ぎた善)もこの連鎖を崩してしまい、地球の動物相は破壊するようになっている。正しい悪(捕獲)と善(保護)を行って、全体のバランスを維持しろというのである。

 創造は、このバランスの維持管理を人間に託しているのであろう。然るに、私たちは、それを完全に破壊しつつあり、あちこちで連鎖は崩壊し、とんでもない種の繁殖が起きているのは、あなたも知っての通りである。それによっても環境破壊が起きている。

 人口過剰の上に、更に子を産み、飢餓と栄養失調で死なせていくのは、もはや殺人に等しい。更に、日本は確か、堕胎天国である。これも殺人と同じである。宗教の脅かしに屈して、避妊もせず、女性の肉体を傷つけ、果ては、水子を殺す行為はやめるべきである。

 特にキリスト教では、1990年11月、ヨハネ・パウロ二世が、世界カトリック薬剤師連盟で講演し、将来は避妊薬を販売しないようにと、間接的に要請したという記事がある。つまり、カトリックの薬剤師の事業経営は、法律と市場の要請にあわせるたけではなく、カトリックの倫理規定と教会の決定も考慮するように要請したのである。

 理由は、「人間の生命と尊厳を尊重しない」からだという。まだ、こんな馬鹿な言い分をあなたは認められますか?記録された歴史を見れば、宗教戦争でどれだけの人間の生命が失われたことか。彼等の主張には、自分の利益以外のなにものも見えてこない。

 人口過剰の戦いは、先ず、このような宗教の指示を無視することから始めなければならないようだ。難儀なことですが、やるしかない。あなたは、どうしますか。


第77回 子孫に、この地球を残せるのか (完)

 さて、ここまで来れば、今の時代の大半の課題の元凶である人口過剰爆弾は国をまたいだ宗教と各国の行政による間違った考えによって、発生しており、それに動かされた人々が、そのために、悩み苦しんでいることは、誰にでも理解されるだろう。

 どの国とは言わず、世界の総人口が、このまま増加を続けることは、確実に、地球の人類がお終いに向かった道を突き進むことになるだろう。これは誰かが預言したとか、そんなことは通り越して、一人一人が、既に感ずいているだろう。

 しかし、一方で、それは先進国ではなくて、開発途上国の問題であり、先進国の中でも、私は例外だという想いがあるのも事実であろう。人類破滅と自己の係累の欲しさの間で、ねこも、なんとも言えないジレンマを感じた。21世紀の人々のジレンマは理解できる。

 しかし、人類が生き残るには、早急な計画的な出産停止の世界的な処置が必要である。これは、国や家族などの個別な要求を一切排して実施しないと不可能なことである。

 すべての国の、すべての人々の相互理解がないことには、これは不可能である。その相互理解の基本的な条件は、「真の自己が肉体ではない」という、人間の生命の真理を知ることが必要であろう。

 日露戦争の勃発から100年間だけをみても、この地球に戦争のない日々はなかった。エネルギーと肥沃な土地と労働力の奪い合いという、わずかな支配者たちの欲望に載せられて、戦争に駆り出されてきたのである。

 このまま進むと、21世紀に、世界は火の海になりそうである。つまり、22世紀に、ねこRは正常な地球に生まれて、生きていられるかどうか判らなくなってきた。

 こんな時代に生きていく、あなたも大変だ。あなたのお子さんも大変である。もちろん、ねこも例外ではない。しかし、ねこは、真の自己をきちんと認識することができて、この人生が有意義だったと想うし、もはや、物欲に溺れることもないし、また、その可能性もない。個人としては、どうなっても、既に不満はない。

 参議院選挙の選挙カーが走っている。ただ、名前を連呼する。そんな彼等に、なんの政治の良心もないだろう。ただ、党としても、個人としても、当選後の利権が欲しいのである。

 このような人たちには、人口過剰爆弾を処理する良心も、力も、智恵も何もない。しかし、世の中にいる人々を良く見極めよう。中には、本当に偉大な人間がいるだろう。これは、年齢ではない。

 学校、会社、地域、グループ、会など、何でもいいが、その中に、報酬を当てにせず、人々のために働こうという人物がいるだろう。そんな彼等に、三権の仕事をしてもらうように、選出していく必要がある。

 今までの、三権の上部の支配していた者たちは、報酬を当てにせずにやるという者を除いて、すべて辞めてもらおう。三権の膨大な人間の給料が何分の一かに落ちれば、福祉国家は成立するだろう。企業は本質的に国有化して、人々のために必要な仕事を全員で分担し、国としての利益を配分するようにしなければならない。
 
 この条件は、Billyさんが提案していることであり、ねこは、当然だと想う処置である。ねこは、これに鎖国化を提案してある。一切を自国でバランスさせる。しかし、生きるために必要なもので絶対的に不足しているものについは、物々交換的な融通を各国とできるようにする。

 紙という、幻のお金は無くすことが必要である。エネルギー資源のない日本では、別のエネルギーの開発に若い頭脳を投入する必要がある。彼等にはできる。

 ねこは、なんの根拠もなく言っているのではない。20世紀の若者と、21世紀の若者では、既にかなりの霊的な違いがあると見える。つまり、百年経って、進化した霊(Geist)体が、この水瓶座の時代に生まれでてくると認識できるからである。

 21世紀の初頭から、25,860年の歳差運動の周期を、12等分した一つ、2,155年間の水瓶座の時代であり、これはとても素晴らしい進化の時代といわれている。2,030年から純粋な水瓶座の時代に突入する。

 21世紀に、ねこは、世界中の人々が戦争を起さず、人口抑制策を取り、創造の法則と掟に従って生きる絵を描き、2,000年に生まれた若者たちが30歳になった頃から、本当の進化の時代になっていくと、考えてたようである。

 その前段階として、イラク戦争の次の侵略戦争を起さないことと、起こったとしても、日本がそれに追随しないことを望んでいると、ねこは語っていた。日本の参議院選挙は、その週の日曜日が投票であった。

 そして、年齢に関係なく、今、目覚めた、あなたがみんなの意識を変える仕事の一端を担うことを、ねこも期待したいし、真理の普及活動をしている人々も期待していると想う。


第78回 ねこの人生、苦しみなどあったのか(1)

 「既に若い頃から苦しめられたものは、最大の知恵者になる」という智恵の金言がある。最近になって、このことについて、ねこは理解できるようになってきた。というのも、そのような人々を知り、それらの人たちの真理への認識のようすをみてきて、ようやく理解できたものである。

 実は、意外なことに、こう言う人たちの存在が連鎖的であると判ったものである。もちろん、今もその苦しみの真っ只中の人たちもいる。ここでいう真理の認識とは、最低限度、真の自己が、肉体ではにくて、万物の創造に繋がる自分の霊(Geist)体であると言うことである。

 もちろん、この認識から先の認識は、自分の思考の中で、どんどんと進むことになり、その内に、膨大な真理の書にもつながっていくのだと想う。当然、それらの内容の認識は、自らの体験との対比で、すんなりと認識され、それまでの苦しみは一挙に解消されていくのだろう。

 若い頃から「苦しめられる」原因は、いろいろとあるだろう。あなたの身について、考えてみられると良いかも。

 ねこは、自分の人生の中で、肉体的に苦しめられたことはない。つまり、健常で生まれ、健康で推移し、大きな病気はしていない。生活環境でも、苦しめられたことはない。つまり、勉学に必要なものは、すべて父母から貰ったし、不足はなかった。つまり、平凡に何にも無かったのかもしれない。(^-^)

 学校時代には、好きなことをして、遊んでいたし、勉学についても、必要な能力はあり、それで悩むことも無かった。人間関係でも、この時期は何にも問題は無かった。子供っぽい恋愛感情で相手を苦しめたのではないかと想うが、自分には苦労はなかった。

 会社に入るのも、すんなりである。仕事も、学校での専門科目がそのまま使えたので、ねこには、ここでも、能力不足とかの、一般的な苦しみはなかった。結婚についても、卒業の時に、相手を決めていたから、家庭とかについて、親から何かいわれるとか、自分であせるとかも、一切なし。

 こうして見ると、通常の外見からは、ねこには、人生で苦しみは無かったように見える。ところが、実際にはそうではない。

 ねこは、小さい時から、義務教育以上の学校に行きたくなかった。だから、淡々と書いてはいるが、ねこに受験は、本当は恐ろしく嫌なもので、とても、苦しかった。理由は、ねこは暗記が非常に不得意であり、暗記の無意味さを知ったからである。馬鹿馬鹿しい教育であったから。

 小学校では、一二年でも既に先生から、進学するのだから、その先を見越して叱られた。トラウマにはなっていないが、記憶は残っている。中学でも、同様である。とても、嫌な気分で学校に行っていた。すべては、心の中に押し殺して。

 何故、学校の先生の父母に生まれたのかと、かなり、自分の人生に嫌気がさしたほどの、嫌味を言われ続けた。まあ、それは先生の全部ではないから、救われてはいたが、彼等の本質は、ねこの心を必要以上に閉ざさせる原因になっていた。

 父母には、この話は、一言もしていない。

 したがって高校では、ねこは殆ど羽目を外している。進学校で、ブララスバンドに力を入れて遊ぶ人は、殆どへいないのに、これに精出して、押し付け教育に反撃していたと想う。数学は好きで、大学の教科書レベルの問題を解くのが好きで、そればかりやっていた。

 父の友人や同期の人たちの子供と、同じ学年であり、高校の成績も、大学受験の情報も、何処に入ったかも比較された。父母は、別に意識してはいなかったが、ねこには、良い気持はしなかった。無意識の内に、こうなって欲しいという気持が伝わってきたものだ。

 それもあって、ねこは、外に向かって、自分を発散していった。大学でのジャズバンド活動である。これは、ねこの身心を本当に楽にしてくれた。しかし、これは、社会にでてからもやりつつげることはなかった。

 会社の入ったとたんに、この気持が失せたので、これは一つ、私の人生の仕組みだったかと、今にして想える。「遊ばせてなるものか」という内部からの禁止令だったかもしれない。


第79回 ねこの人生、苦しみなどあったのか(2)

 会社に入ってからは、あまり詳しくかけないが、仕事のチームでの人間関係では問題は無かったが、直属上位管理職との確執は多かった。仕事を正しくやり遂げるには、必要な人材が必要なのに、上司は動かなかった。

 そんな時は、自分では苦渋の決断をして、更なる上司や他所の上司に直訴することを平気でやったが、実際には、かなり悩んだ末の実行であった。この時の確執は、かなり尾を引いていたと想う。

 プロジェクトではない、課の組織の場合には、次々と仕事を入れていかないと、課員が引き抜かれる。仕事のチームは、それぞれにリーダーと構成員の総合的な力の結果として、一人も過不足無しで、一番の仕事ができるものである。

 仕事の終盤にかかると、仕事の量がへるので、構成員が引き抜かれたり、リーダーが出したりする。

 ねこは、この方式は好きではなかったので、仕事を二重に入れるほう好んだ。しかし、新しい仕事の上流と先の仕事の下流は明らかに違うので、人員配置はなんとかやれたし、これが、みんなの成長には役立った。

 上司の都合で勝手に動かされる課員は、気の毒である。しかも、単純作業に近い方が、同じようなし事に廻されて、仕事のレベルを上げることもできない。このようなことを考えていると、一人一人に対して、創りあげた指導計画が保護になり、悩みは尽きなかった。

 仕事をすることには、殆ど悩みはなかったが、関係者の待遇とすべての関係者との人間関係の問題は、中間管理職としては悩み多いものであった。そして、自分のことは二の次にすることに慣れていった。

 更に、会社の環境が悪くなり、自分の組織の中で、割り当て人数の指名解雇的な早期退職の肩たたきをやらされた。もちろん、自分が管理職として経営の端くれにいるから、当然やれといわれるのだから、嫌とは言えずである。このことによる、悩みは大きかった。そうと決まれば、自分で、仕事中に求人票を調べまくった。
 この子に、この人に合う、かつ、ここにいるよりも、待遇も何もよくなるところを探した。一人にいくつか探して、転職の可能性を聞いた。彼等は大抵、そこにいるよりは、よい仕事に転職できたと自負している。

 「事務職は要らない」とか、平気で言われたり、名指しされるのを聞いて、気分が悪くなったし、会社に行くのが嫌になっていた。期限があるから、言わざるをえないのであり、その人のことを想うと胸は潰れる想いになる。ならなかった人たちは、今でも、元気に、その会社と関係をもって、仕事などをしている。

 ねこは、そのまま続けてそこにいたら、その人たちと同じような意識になったと想う。ねこは、外にでた。

 この三年は良い経験をした。バブルの最後の三年である。最初は、拾い世界にでて、自分の可能性を試すには絶好であったが、ベンチャー会社の経営というのは、会社の雇われ社長などでは不可能なものである。性格的に社長向きの人間でないとできない。更に、多くの物質的な世界の人間関係が必要である。

 さて、バブルが弾けると、この会社は大変になった。この間に、かなりの人間的な、設備的な投資もしていたので、不渡りを出さないとしても、かなりの綱渡りをした。給料も払えなかったこともある。ただ、一般の従業員の給料は高利の金を借りて対処したりした。大会社のただの管理職しか経験していないものが、会社の責任者の一人として、これらのことに対処したことは、人の痛みも少しは判るのに役立っていると想う。

 この会社では、大会社からの理不尽な仕打ちも多々あった。これに対処するためには、人情無視の対応をしたこともある。小さい会社でも、大会社などに負けては、生きていけない。理不尽は許さない。

 この状態から、自分を首にするしかなくなり、丁度、仕事をしていた、ある会社の募集に応じたところ、そこに採用されて、二番目の会社にとっても、良かったものである。

 最後の会社では、ねこも、頑張ったが、日本の公益事業の会社へのビジネスの合理化などは、提案しても、誠に無関心であり、いつも、ねこが一人で、それではだめだと大声をだしていたが、結果的には、本質は何も変わっていかなかった。

 こあしてみると、ねこには、大した苦しみもないようだ。のうのうと生きてしまったのかもしれない。

 このような人生を送りつつ、ねこの内部では、35歳くらいから、ずっと探しもとめていた、自分の真の力をどうやって引きだすのかと言うことに関する学びは、40歳で真理にであうことで、更に違うものを求めることはなくなっていた。

 自分の真の自己である、創造の一部である霊(Geist)の認識へと迎い、今現在まで、変らず認識を高めつつあり、この認識から、今まで人生で自分に起こった諸々の事実、今現在やっと認識した真実とその原因の理解、これから先の人生の生き方、家族や友人や周囲の人々との付き合いや配慮などについても、真理の教えに従って生きようと想っている。

 物質的な事々は、実は、物質以外のところからの配慮もあるのだということも見えてくる。

 人生を苦しみに襲われながら過ごしてきて、何故自分だけがこんなに?とか、感じてきた人たちは、自分の内部を真摯に見つめていくうちに、真の自己に出会うことができると想う。

 ただ、他のものと間違わないようにしないといけないと想う。自分の妄想もあることだから。ねこも、本から得た知識による妄想をしていないとも限らないのだか。それは、それぞれに自分でしか認識しえないことであろう。


第80回 人生の恐怖からの脱出

 先の随筆二つで書いたが、ねこが、一生かけて探していたのは、自分の味方になってくれる知識であったと想う。ねこの生きてきた日々は、自分の心の中に湧いてきた恐怖との闘いだったと言えば、あなたにも、そうかと理解されると想う。これが、ねこの苦しみだったと想う。

 子供の頃から、すべての日々は先行きの不安であった。その理由が自分の何からくるのかは、ずっと判らなかった。これは、私の真の自己が計画した性格だと今は認識している。

 この不安を抑えるために、ねこは、哲学やそれに似たものを多く学び、とくに自分の心の安定させ、そんな不安に負けないようにできる超能力でも欲しかったのだと想う。これは見つからず、焦燥感は苦しみだった。

 実は、これこそ、真理の書の指摘するところであった。”お前の味方になってくれる知識を苦労して獲得すれば、お前はもはや、不安で苦闘する必要はなく、真理の中で生き、愛の欲求が湧くだろう。”

 そんな不安を乗越えて、人生のすべてに挑戦しなければならない。決して、憩いや安静を求めてはならない。とにかく、たゆみない努力をして、立派な実を結ぶべと言うことである。また、不安に身を委ねてしまってもいけない。

 ねこは、心中に不安がでてくると、頭を横に振って消去ったとどこかに書いたと想うが、この真理に出会ってから、自分の想念を観察するようになった。

 それまでは、心の中に湧いてきた不安や恐怖感に、直ぐに身を委ねてしまい、かなりの時間、それに翻弄され、特に身体の消化器系が異常になり、食欲はなくなり、代りに酒を飲むとかしていたものである。これは、正に、指摘されたとおり、してはならないことだった。

 何故なら、仮に不安が的中しても、殆ど、それほどの被害はなかったのであり、身体の調子をくずしてまで考えることではなかったものが多い。

 時々、不安が襲うと、その想念を調べ、非論理的なものは排除して、誤りの想念を止めるような訓練をするようになった。時には、相手に対してとんでもない想念を起すことすらあるが、それらを排することを訓練しないと何をするか判らないことにもなる。特に、ねこは短気だから要注意だった。

 ねこの考えたこと、夢想したこと、感じたことをはっきり観察し、それを感じとった自分が、そのすぐ後にどのように考え、感じるかを調べるようにした。

 実際には、純粋観察ができないほど、入り込むことがあり、この時、ねこは頭を横に振って、そこに落ち込むのを防いでいるのである。簡単ではあるが、つい、落ち込む。

 あなたも、実行してみるといい。ふいに、不安がやってきた時に、そっと自分の想念を観察していると、次々と変化して、不安が増大し、恐怖感や、悲しみなどが湧いてきてしまう。自分が、それに乗って、そうだなあと想ったとたんに、想念は更に不安感を増大させくくる。

 このように純粋に想念を観察していると、自分の想念がどんどん変化していくのが判る。このようにしていくと、自分の心の本質が見えてくる。つまり、恐怖や悲しみの原因が何であるかも判ってくる。それは、自分が勝手に思い込むところから始まっている。或いは、日頃、潜在意識へ溜め込んだものが何かの拍子にでてくるのである。  

 ねこは、人生の日々での恐怖や不安感には、このようにして、自分の内部にある想念という原因を押さえ、その想念が非論理的だと認識すると、これらの不安感が消え去ることを知った。これはどんな小さいものにも、大きなものにも同じ効果を持つ。殆どは、ねこの自己中心的な考えである。

 私たちの想念、意見、意図、感情、それと積極的な努力が、自分の一生にどんなに重要であったか、今頃認識している始末である。これらのものが、自分のあらゆる行為をする、仕事する、言葉を発する時の、出発点であることも、理解できるだろう。 

 はっきりいえば、ねこは、ねこ自身の産物である。今の、ねこは、自分が考えた通りのものになっている。このことは、古い諺、「自分の運命は自分で開拓するものだ」で表現されている。

 もっとはっきりいえば、ねこの運命を決定しているのは、自分の性格、思考、行為、感情などである。こう考えると、生まれてくる日時は、明らかに自分できめたものである。

 そして、仮に私が、狂った大統領だったとすると、どこかの国の運命も、果ては地球の人類の運命すら、たった一人で決めるのである。

 ここまでわかったら、私たちのみんなの悲惨な運命や自然破壊も、すべて私たちの否定的な想念から発したものであることは、誰にでも判るだろう。その結果は、私たちの健康を害するのである。

 もし、極度に悲嘆にくれると、自動的にプシケーの病気になり、それから、肝臓、腎臓、胃が冒され、病気は体中に広がる。つまり、人間の全身に病が潜在することになる。この原因は、否定的で不調和な想念や感情である。

 それは、悲嘆、解決できない問題、無知、傷心、心配、憎悪、不安、苦痛、貪欲、嫉妬等から生ずるものであることは、あなたにも、経験から理解できるはずである。

 中性-プラス思考に意識を向け、心配や問題にくよくよしないようにすると、抜けられるのは、ねこの経験からも明確である。

 ねこは、年金を貰って、遊んでいて、仙人のようにしていると想われるかもしれないが、家族や友人や昔の人々との人間関係、社会問題などによるいろんな想いや恐怖感も日常たくさん発生しており、随筆がかけなかったりすることにもなっている。

 ねこの定めた人生は、仙人なんかにはなれないものである。死ぬまで、ばたばた何かしているのだろう。
 M009

81から90

第81回 あなたと私は相互の鏡か

 「あなたが自分自身を知りたいならば、静かに黙して、他のものたちが、どのように動くかを観なさい。何故なら、彼らの中で、あなたは、自分自身を知るからです。あなたが、他のものたちを理解したければ、あなたの中にある、自分の気持、考え、志向を見なさい。」 

 これは真理の書の中に諺のように示された教えである。ねこは、この言葉を知ってから、その意味をずっと考えてきた。すでに二十年も経った。

 「人は、他人のことはよく見えても、自分のことは見えないものだ。」と管理職教育とかで言われたものである。しかし、自分を理解するところからはじめないと、よい管理者にはなれないとかと脅かされたものだ。

 しかし、この真理を知るまでは、ねこは、明らかに自己中心的であり、相手のことは判っても、自分の真の姿を明らかにして、認めるところまではいかなかった。

 部長になったばかりの時に、管理者教育の一環として、箱根の山中の真っ暗な道を使ったウォーキング・ラリーを利用した自己認識のカリキュラムに参加したことがあった。いろいろな会社からやってきた、30歳から50歳位の範囲の50人が二人一組でラリーを行ったものである。

 ねこは、製鉄会社の部長さんと組まされた。私たちはまともに帰ってこれなかった。相手の言うことを聞かない二人では、真っ暗闇で懐中電灯だけがたよりのラリーは散々だった。意見を言い合っているうちに、指示書のある場所を一箇所見逃したために、時間が来ても帰れないことになったのである。

 管理職を長くやっていると、この頑固な自己中心もきわまるようで、この結果になるのは、先生には読まれていた。みんなの前で、こんな人間にならないように、などといわれて降参した。二回目は、そんな失敗はしなかったが、この時、相手の頑固さは見えるが、自分のことは判らないものだと認識したものだった。

 ねこは、表題の真理を知ってからは、自分のチームと自分、そして周りの全部という三つを観察するように努力した。チームと環境、つまり、上司とかが、私の言うこととか態度でどのように動くかを観ることで、少しは自分がどんなものかを理解したと思う。

 例えば、原発設計の最後のチームには、ねこは、私の仕事上の権力を三十人に分権したと、いつか随筆で書いたが、このチームの動きをみるにつけ、ねこは分担してくれた彼らの総合力が自分の力を遥かにこえると認識し、本気で彼らに期待しているということが判った。

 分担してでも、個人の能力を遥かに超えるという認識は、ねこを気楽にした。同時に上司の方を見ると、まあ、やってみなという感じて、そう悪くはなかった。

 その前の、仕事の時には、明らかにチームや上司に対して、強引だったなと感じられるような、彼らはいやな反応をしてくれた。これは、明らかに、ねこを動かした人たちの自我の強さと、ねこが上司を無視して対策をしたということへの彼らの反発がでたものではあるとしても、原因は、ねこの自己顕示欲も働いたのだろう。

 この真理から言えば、創造の作り出した物は、すべては一つで不可分であるということから観れば、自分と相手と環境のすべては、一切が関係した物事であり、自分だけのことでは収まらないというのが、明確なのである。

 このことから、ねこは、自分にどんな能力があるとは言え、それで持ってチームや環境の現象を勝手に支配できるものではないのであると認識できたものだ。しかし、この認識は、とても微々たる進歩であり、ねこは今も、ネットで出逢う人々から、多くのことを学んでいる。

 一方、チームや上司らのことを知るために、自分の内部をみて、自分の気持、考え、志向を観てきた。これについても、ねこは、霊(Geist)的にも、また、無意識のレベルでも相手とのつながりあることは明確に認識していたが、氣功の鍛錬をしてから、いっそうそのことを認識した。

 相手からや、環境からの波動や雰囲気は、私の気持ちや考えや志向になんらかの影響を及ぼしており、それらについて、自分の状態を観てみると、あきらかに、相手のこともみえてくるというのも理解しつつある。もちろん、ほんの少しの経験でしかないので、ねこの学びはまだ、とても微々たるものである。

 みなさんも、一度は、これについて、自分の経験を整理してみると、何かがつかめると想う。


第82回 粗野な肉体に、精妙な霊(Geist)体が乗る

 人間というものを理解するために、プシケ(Psyche)の真実を少しだけ紹介しておきたい。いつか、すべてが公開されるだろうが、現状は、日本語訳がない。

 私たちの真の自己が学ぶためには、この肉体が必要である。霊(Geist)は、肉体によって、自然の中に入り、他の霊(Geist)域と関係をもつことができる。だから、肉体の破壊は、この学びを不可能にすることである。この意味からも、いかなる理由があっても、地球の破壊、人類の絶滅は阻止しなければならない。

 だから、真理を知ろうと知るまいと、私たちの第一の義務は、肉体の健康と完全さを維持することである。私たちの肉体には、植物や動物と同じように、衝動や本能に応じたものがあるのは、誰でも知っているだろう。

 これらの衝動や本能は肉体の維持と繁殖だけを目的としていることも判る。純粋な自然本能である。これに対して、真の自己の霊(Geist)の本能は、進化による完成と癒しであろう。

 この意味から、創造は肉体への障害や破壊に対して、多くの配慮をしてくれている。

 ねこの肉体と利用者である真の自己である霊(Geist)は結合できないものらしい。

 肉体は物質であり、粗野なエネルギー。霊(Geist)は非物質であり、精妙なエネルギーであるから、波動的にも触れもしないのだろう。

 それなのに、ねこの肉体に、ねこの霊(Geist)体が乗っているという。どうしてか。これには、肉体と霊(Geist)体との媒介者が必要であり、その媒介者は、プシケ(Psyche)と呼ばれる、半物質的で半霊(Geist)的なもので、肉体と霊(Geist)の中間にあり、両方に結合できるのだという。

 肉体は、プシケ(Psyche)の衣であり、肉体の中で、プシケ(Psyche)は生き、活動する。それでも、肉体と同様に無常なものであり、肉体の死によって消え去るものである。

 快不快、痛みと快楽、喜びと悲しみなどの感情こそは、人間、植物や動物の中にプシケ(Psyche)が存在する印だという。

 ねこは、このプシケ(Psyche)が好きで、ずっと研究してきた。プシケ(Psyche)というのは、ねこの体の神経にそって広がる組織体で、ねこの肉体の内部から外部に向かって広がっているものらしい。

 肉体への外部からの刺激にプシケ(Psyche)は注意してくれており、何かの刺激があると、一瞬に身を竦ませてくれる。これは、誰でも経験している。肉体からはみ出しているのだ。

 プシケ(Psyche)は苦痛を避け、優美なものに憧れる性質を持っており、その性質で、肉体の維持のための見張りをしてくれているわけだ。

 さて、ねこが随筆でよく、思考と病気に関係があったと経験を書いているが、実は、このプシケ(Psyche)に関わることであった。プシケ(Psyche)の組織体と、ねこの思考はどうやら直接接触しているらしい。従って、どんな思考も瞬間的にプシケ(Psyche)の組織体に伝わり、プシケ(Psyche)はその思考に感化される。

 植物や動物は思考しないから、もって生まれたプシケ(Psyche)は本能のままに動く。ところが、ねこは、独自の思考能力を持っているので、それが論理的であろうと非論理的であろうと、プシケ(Psyche)は、その思考に反応し、それに見合った結果を作り出す。

 プシケ(Psyche)は自然本能に結びついているので、あらゆる理性が存在しても、その本能の支配から完全には開放されることはできない。優れた意志に対して、それは節度のない快楽の虜にしようと誘惑してくる。

 理性によって、この自然本能を可能な限りおさえるようにしないといけない。また、習慣というのは、誤った思考によって操縦されるもので、非自然的な天性になってしまう。

 一方、プシケ(Psyche)は、霊(Geist)自体の直接の覆いである。

 その中枢は、脳にあり、神経系に導かれて全身に織り込まれているが、霊(Geist)体も、脳からその霊(Geist)的本質とその霊力を全身に浸透させているという。

 ねこは、知らなかったが、このように、プシケ(Psyche)は重要な働きをしていたのである。ねこの肉体や思考に欠陥があると、プシケ(Psyche)がそれに感化され、また肉体の習慣によって、神経構造が麻痺して、病気になる。

 従って、肉体の健康より、プシケ(Psyche)の健康が第一である。プシケ(Psyche)の病気の原因は、ねこの観念的、情緒的な性癖が一つ。さらに、習慣、また無常なものに対する偏愛である。

 難しい話は、もうよしましょう。

 ところで、あなたは、ご自分のプシケ(Psyche)を感じられますか?


第83回 快不快、痛みと快楽、喜びと悲しみ

 これらの感情は、生まれついて、ねこの肉体に備わったプシケ(Psyche)が持っていた。よく考えてみれば、赤ちゃんは、おなかがすいたというような、生きるための機能的な本能はもちろん持ち合わせている。

 しかし、おしめが濡れて嫌だとか、抱かれたいとか、感情的なものは、器官機能的な本能ではないと思われる。それをプシケ(Psyche)が備えていたということは納得である。なぜなら、このような感情が生まれた日から体験によって、この能力を身につけるのだとすると、大変なことである。

 つまり、母親は食事を取る暇もないほど、育児に没頭しないと、感情のない人間になってしまうだろう。そのくらい大変なことだと思う。これが天性として身についていたということは、すばらしいことである。この事実を今の西洋科学的な医学は認めていたのだろうか。

 快不快、痛みと快楽、喜びと悲しみなどの感情は、それぞれが一組として統合されたものであるが、プシケ(Psyche)に外部刺激や思考によって刺激が与えられると、それにのどちらかに、反応するのだと思う。つまり、たとえば、快と不快が別々に存在している本能ではない。

 それらの感情は、生まれてからの環境や、性格的なものから来る思考の癖とかによっても、習慣として取り込まれて、それらの感情を条件反射のように刺激する原因をつくりだしていくのだと想う。

 人は、それぞれの生まれ日により、強弱も含めたら、多分、今生まれている全員がすべて違う性格をもって生まれていると想われる。その性格によって行う、思考の習慣が、個々人のプシケ(Psyche)を喜ばせたり、苦痛にさせて病気にしているとしても、みんな個々人で違うだろう。

 自身で思考ができる程に成長すると、自我に目覚めるが、このときから、プシケ(Psyche)はその思考によって染色され、不快や痛みを伴うことを嫌い、快楽をもとめようと、肉体を刺激してくるようだ。

最初から甘やかされると、プシケ(Psyche)は快楽に膨らんでいく。

 成長するにつけて、いろいろと制約され、しつけもされ、我慢が要求されるようになる。すると、プシケ(Psyche)的に、感情的に想ったように行かないことになり、プシケ(Psyche)は病気になる。それは、そのまま覆いである肉体に跳ね返るのであろう。肉体のあちこちに影響がでると予想される。

 そういう意味では、植物に備わったプシケ(Psyche)のように、必要な機能にとどめ、習慣による第二の天性などをプシケ(Psyche)に教育しないようにするべきだった。ねこにとっては、いまさらの感ではあるが。

 最初から、この本能を理性的に制御するように幼児のときから教育がいるだろう。

 世の中の事件は、大抵、この感情の本能が働いて起こっているような節がある。大体、ねこが小学生だったころの、小学生が不快なことを言われたからといって、計画的に同級生を殺めるところまで激昂することはなかったと想う。
 
 21世紀の環境では、子供にすら、言ってみれば無感動な言動によって人を傷つける環境が整っていたことも事実であるが、それに反応する極度の不快感とそれを作り出す思考の連鎖が、幼い子供にすら殺人を犯させることになっていたのではないか。

 毎日報告される、人間の感情の爆発による事件の報道から、ねこは、「如何に人々が理性に目覚めていないか」を考えさせられた。報道されるのは、「あの子に限って」「おとなしいあの人が」である。

 理性を働かせて、プシケ(Psyche)を抑えよとあるが、理性という、言葉の意味すら、真実は理解されていないのだ。

 理性(Vernunft)とは、「あらゆる事象と現象が創造とその法則に一様に関連したものであるということを認識する人間の能力」である。

(理性の定義は、新風社から出版のBilly著「わずかばかりの知識と知覚そして知恵」から引用)

 みなさんは、理性という言葉の意味をどう考えていましたか。


第84回 真実、理性を働かせるということは

 前回書いた、「あらゆる事象と現象」というのは、当然、私たちの五感で感じ取っている、物質世界の事象と現象のことである。

 それらの事象と現象を、創造的なものとして観察する能力を、私たちは与えられているということである。

 国語辞典によれば、理性とは「感情におぼれずに、筋道を立てて物事を考え判断する能力」とされている。この定義からは、創造に関係する事柄が、抜け落ちている。哲学的な定義でみても、創造に関する示唆はなにもない。

 私たちの教えられた定義は、間違いであり、本当は、本来の定義通りの能力があるというのが真実であろう。

 誰が、こんな嘘をついたのか。これは、実に遠い昔からの騙しである。2000年前に、磔の刑を受けた、イムマヌエル(Jmmanuel)が、創造の真理を解いたのにもかかわらず、200年後位に、キリスト教という宗教にされてしまった。(参照:The Talmud Jmmanuel: Wild Flower Press発行)

 この時から、明らかに、この嘘が始まっていると、ねこは理解している。ここで、ねこは宗教の攻撃をするつもりはない。それほど、知識もないからである。しかし、真実は、人の心に、自然に現れてくるであろうことは指摘しておきたい。

 さて、本題に戻ろう。私たちは、みんな、この理性を持っている。ならば、どういうことができるのか。

 宇宙の果てまでは語りつくせないから、地球に範囲を限定しても、起こってくる事象や現象は、もともと創造が当初から法則や掟として理念をつくりだしてあるものであり、それはすべて、創造の分身である、人間の霊(Geist)が進化していくために、配慮されているものであるという認識ができるはずだ。

 更に、人間の思考、行動、処置に対応して、すべてが実現し、それから人間が学び、ひいては、霊(Geist)を教育していく手段だという認識もできるはずだ。

 できないという人は、物質的な肉体だけが自分であり、物質だけが存在だと想いこまされた結果であり、つまり、ちゃんと持っているのに、理性という真の能力を利用しないでいるのだと言える。

 自然に現れているものは、もちろん、人間が人生を送り、学ぶため創造の配慮である。それが異常になるのは、人間の思考や行状の結果からであり、明らかに、私たちはそのことから学び、悪さを修正しなければ、いくらでも、それに応じた結果が用意されているのである。

 創造は私たちを苦しめるために、それらを用意してはいない。最初から、原因と結果が提供されているだけで、実現しているのは、人間なのである。あくまでも、認識のためにである。

 戦争も用意されている。しかし、原因を作り出し、実行して、損害をこうむるのは、人類の総体であろう。個人の思考と行状の集大成である。

 世界的な異常気象も、自然の中に用意されていたものを人間が、引き出してしまったものである。このような異常を解消するには、如何なる反省をし、どれだけの年数がかかものか、ねこは想像すらできないが、これも明らかに仕組みであり、そこに創造に意図が見える。

 毎日、ねこ自身に起きることは、ねこの思考と行状によって起きるが、これらもすべて、創造の法則と掟で用意されており、それを利用して、ねこは損害を受け、反省し、得たものがたくさんあったし、これからも、ひっきりなしにそうなってくるであろう。

 損害とは、物質的的な損害、肉体的な損害、精神的な損害があるが、少なくとも、理性の意味を知ってからは、ねこは、そんなに酷い損害を受けていない。自分の思考と行動の法則への違反を認識しないで、抵抗するとその損害は、まことに大きくなるはずである。

 これは、要注意である。自分の周りに起きる日々の事象と現象の後ろに、創造の法則と掟の存在を認め、自らの中にあった原因を明確にあぶりだして、思考と行動の悪さを認識すると、物質的な自分としても、同じ失敗はしなくなり、霊(Geist)への教育も進んでいくようである。

 このように、個人的な、家族的な、社会的な、国際的な、人間が作り出している、いろいろなものごとの背後に、創造の法則と掟をみることができる人間を、霊的人間というらしい。

 つまり、霊的人間とは、真実の理性を発揮している人のことだと、ねこは想う。

 あなたは、霊的人間ですか。それとも、物質的人間ですか。

 霊的人間として、生きてみませんか。宇宙の万象、自然も昨日までみていたものとは、違って見えてきますよ。自分以外の人々のことも、違ったものに見えますよ。自分と事象や他人や社会とも違った係わりに見えてくるはずですよ。

 しかも、この真実の理性は、未来をも現実の瞬間として捉えることを可能にするようです。


第85回 良心とは何か

 人間、いろいろな犯罪を犯す時がある。広く言えば、戦争を仕掛けている者は、その最たるものである。そのような事をするものたちには、良心がないのだろうか。

 さらに狭い範囲で言えば、犯罪とはいえなくても、物質的な生活での堕落した行為に囚われることがあるが、そのときに良心は働かないのだろうか。

 もちろん、ねこにも、あなたにでも、起こりうる話である。

 もちろん、私たちは創造から真の理性を与えられているのだから、その行為がして良いことか否は、この理性によって判断できるし、しないように意識的に制御できるはずである。

 夢中で犯罪などを犯したものが、後に真に反省したときに、その行為の際に、自分が悪いことをしているのだという思いが確かにあったと述懐することがある。判っていてなぜ止めなかったのか、これが問題である。

 この時、悪いことをしているという想いがやってくるのは、真の自己である霊(Geist)からであるという。この真実は、真理を学べば認めらるだろう。

 なぜかというと、たとえば占領軍は非占領地の人々に何をしても、裁かれることはないと想っている節があるではないか。彼らは、人を人とも想わない。占領軍が法律であるということがある。そんな時、占領軍による犯罪は、犯罪とは想わずに実行されてしまう。人間の法律などは、そんなものだろう。

 しかし、現在意識がそれを良しとしても、その犯罪を犯すものには、それは悪だという認識があるはずである。つまり、真実の理性があるということは、その行為が創造の法則に違反する悪であることが判るからである。

 このような感受性を、良心という。この意味から、この良心が自分の真の自己である、霊(Geist)からの警告であると理解できよう。

 つまり、霊(Geist)から発せられた警告は、プシケー(Psyche)を経由して、物質的潜在意識にやってきて、検閲を通して、人の現在意識へとやってくるらしい。

 ということは、これは、霊(Geist)からのインパルスであり、創造の法則と掟に従ったものであり、人は、そのインパルスを無視してはならない。

 あなたは、良心の呵責という言葉を知っているだろうか。人生を送る間に、人はいろいろと良心の呵責に耐えられないことになることにも遭遇するはずだ。

 これは、人間の法律と規律とかに違反しているのとは異なる。真の自己である霊(Geist)は、創造-自然の法則にしたがって生きて行きたいのに、物質意識の方は、法則に違反する思考や行為や処置に耽るので、理性という仕組みを通して、良心の呵責を起こさせるのだと想う。

 自らの思考、行動、処置を理性的に観察していれば、それが創造の法則と掟に適ったものであるかどうかは、霊(Geist)からのインパルスで理解できるはずである。つまり、良心の呵責の有無で知ることができる。人が、どんなにその悪に陶酔していようと、それは感知できると言う。

 短い人生、時間や能力を無駄にするような行為に耽るのも、創造の法則に違反していることになり、きっと、良心に恥じることになるだろう。霊(Geist)からのインパルスが来たら、その忠告を聞いて正しいみちに戻りましょう。

 さて、あなたのしていることを、あなたの真の自己は、創造の法則に適っていると認めていますか?


第86回 創造的に生きて行きませんか

 真理によれば、私たちは二つの性質を持って地上に転生を繰り返している。一つは、地上的、物質的な性質あり、もう一つは、創造的、霊(Geist)的な性質である。この随筆では、すでにこの二つのことにいつては、ねこの体験から、真理の一端を自分で感じ取ったものを縷々書いてきた。

 真理を認識したとかなんとか言っていても、では、どんな生き方をすれば、良いのだろうか。ねこは、この真理を知ってから、少なくても二十年間、その生き方をしてきたつもりである。ただし、つもりであって、それだけで良いとは想ってはいない。

 その生き方とは、ねこの人生で眼前に起こってくる出来事のすべてを、物質的なものと霊的なものとの両面からみて、学ぶことであった。

 自然を相手にしてみれば、すべての中に、創造と自然な要素を見る。暴風や雷雨という自然な要素の中にも、創造を見るということである。このような場合はまだ、思考の制御は可能であった。

 しかし、人間関係の中に起きてくる現象は、どうしても自我と自己中心的な思考が支配して、物質的なものしか見れなかったものである。

 ある時期から、ねこは、自分の性質の中に、遠い昔からそのままに引き継いでいると想われるものがあり、それを見ると、昔の人生がいくつか見える感じがしてきた。

 このようなことは、物質的なデータだけでは事実の確認は困難であり、言ってみれば、霊的な部分での確認がないとなんとも言えないが、ねこは、現在の物質人生において、無数の人々とのかかわりの中から、自分がどんなものであったかは、なんとなく理解した。

 時代はいくつもあるという認識だが、何にも変わってはいないというのが実感であった。しかし、ねこの生き方の認識を変えたのは、このような事実ではなく、今現在の人生での、無数の人々との、日々の係わりでの出来事の分析から得られた物事であった。

 もちろん、そんな物質的な係わりの度合いには強弱があり、特に強い場合には、過去の人生での係わりすら浮かんでしまうようなものがあった。もちろん、証拠があるとは言わないが、裏に霊(Geist)的な係わりが見えてくるものがあった。

 この霊(Geist)的な事情を考えない場合には、相互に何の理由があるのかわからないほど、唐突な物事が発生したとしか見えない。つまり、あいつか、ねこかのどちらかが、狂っていたとでもいうか、そういう風にしか思えないものである。そうなると、絶交ものである。

 ところが、霊(Geist)的な事情があると考えてみると、まことにその理由がはっきりとしたものである。この場合、ねこが理解したのは、相手にとって霊(Geist)的に必要なものであれば、この物質的な出来事はそのままに認めてあげられたし、自分の学びであれば、そのことを理解しただけで、相手の怒りは何もなくなったものである。
 
 これは、創造的に生きるということの一例である。実は、どんなにつまらない小さな干渉や諍いや出来事も、すべて、この仕組みになっているのである。自分ひとりでも、思考の中ですらそれは起きてくる。いかなる物事も、実に、この学びの糧なのだと、今、ねこは認識している。

 たとえば、夫婦の口論、親子の口論、友人間の口論、仕事仲間での口論、何でも、仔細に物質的な面と霊(Geist)的な面の両方から見てみると、起こっている理由が理解できてくる。もし、自分が、物質的な面だけしか見ていなかったら、霊(Geist)的な面を見れば、その解決策は瞬時に判るはずだ。

 霊(Geist)は、進化のために学びをしたいから、あなたと仲間の間で、何かをしかけているのだろう。物質的にしか見ていない場合は、それを知らなくて、どこまでも、学びの喧嘩を繰り返すかも知れない。霊(Geist)は何でも知っている、と想わねば判らないことが多すぎる。

 さて、みなさん、こんな生き方、創造的な生き方をしてみませんか? 問題が出ても、すぐに学ぶへきことが理解でき、気分の悪さとかの罰もほとんどなく、一瞬にして、不具合は解決しますよ。


第87回 私たちの宇宙の真の姿について

 ここから先、いろいろな未来のことを考えるのに、創造が作りだした私たちの宇宙の構造について、概略を知っていることは、重要である。しかし、現在の科学では、その一部分しか見れてはいないので、現在の科学の知識では、役に立たない。

 ねこが以前に、Billyさんを通じて紹介されていた、真実の姿の概要を、ここ引用しておきたい。日本語は、ねこによる英語版からの直訳なので、いつか正式に出版された時には、正しい翻訳で読めるので、今回は容赦して欲しい。

 この構造を地球の科学者が認識するのは、いつのことだろうか。私たちが知っているというか、見ているらしい宇宙とおぼしき部分は、なんと、第四ベルトの、粗物質ベルトの一部だけである。


THE SEVEN BELTS THAT COMPRISE OUR UNIVERSE
私達の宇宙を構成する7つのベルト

CENTRAL CORE(中央核):

The central core is an energy-producing agent (like an accumulator)
中央核はエネルギー生産部(蓄電器のように)

SIZE: 1x10(14th power) light-years wide
サイズ: 1x10の14乗光年の半径

UR-CORE BELT(原初核ベルト):

The 2nd belt is where energy is stored, which permeates throughout the other belts.
第二のベルトはエネルギーが蓄積される所で、それは他のベルトを通して染み出します。

SIZE: 1x10(14th power) light-years wide
サイズ: 1x10の14乗光年の幅

UR-SPACE BELT(原初空間ベルト):

The 3rd belt contains all the remaining energy for the Universe's contraction.
第三のベルトは、宇宙の収縮のためのすべての残エネルギーを含んでいます。

SIZE: 1x10(14th power) light-years wide
サイズ: 1x10の14乗光年の幅

COURSE MATERIAL BELT(粗物質ベルト):

The forth belt contains all celestial bodies such as planets, galaxies,galaxy clusters and all life forms that come into existence.The number of galaxies in our Universe is 423x10 (42nd power) . . that's 423 with 42 zeros after it!
第四のベルトは、すべての天体、例えば惑星、銀河、銀河団のようなもの内包し、存在となるべきすべての生命体を内包しています。私達の宇宙の銀河の数は、423x10の42乗であり、この数は423の後ろに42個のゼロがつくものです!

SIZE:2.5x10(15th power) light-years wide
サイズ: 2.5x10の15乗光年の幅

TRANSFORMATION BELT(遷移ベルト):

In the fifth belt occurs the transformation of fine matter (energy) into coarse matter.
第五のベルトでは、精物質(エネルギー)から粗物質への遷移が起こっています。

SIZE: 1x10(55th power) light-years wide
サイズ: 1x10の55乗光年の幅

CREATIONAL EXPANSION BELT(創造的な膨張ベルト):

The sixth belt contains pure Creational energy that permeates the other belts and continuously expands to create new space.
第六のベルトは、他のベルトに浸透する純粋な創造エネルギーを内包し、新しい空間を創造するために連続的に膨張している。

SIZE: 1.4x10(64th power) light-years wide
サイズ: 1.4X10の64乗光年の幅

DISPLACEMENT OR BUMPER BELT(変位または緩衝ベルト):

The seventh belt touches other universes, functioning much like the protective shell of an egg.
第七のベルトは、他の宇宙と接しており、タマゴの防護殻のように機能しています。

SIZE: 1.4x10(7th power) light-years wide
サイズ: 1.4X10の7乗光年の幅

Add it all up and the sum will give you the entire size of our Universe!
これを全部加えると、私達の宇宙の全体のサイズになります。

(FIGU-LAのHPから:私訳 by ねこ)


第88回 創造のものすごさの一端を垣間見る

 もっと凄いことがあった。創造は、この宇宙を七つの段階で進化させる予定らしい。私たちの今の宇宙は、次に示す第一の段階だという。この数値は下の九桁は概算として切り捨ててある。この「年」と言うのは、私たちの地球の今の時間で図ったものである。

第一の宇宙      311,040,000,000,000 年
第二の宇宙     2,177,280,000,000,000 年 (第一の 7倍)
第三の宇宙    15,240,960,000,000,000 年 (第二の 7倍)
第四の宇宙   106,686,720,000,000,000 年(第三の 7倍)
第五の宇宙   746,807,040,000,000,000 年(第四の 7倍)
第六の宇宙  5,227,649,280,000,000,000 年(第五の 7倍)
第七の宇宙 36,593,544,960,000,000,000 年(第六の 7倍)

 この宇宙はまだ第一の宇宙の最初の方である。この期間の生成と消滅を通して、創造は成長し、第七まで進む。この数字をみただけで、気の遠くなる物事である。これから見たら、私たちの一生の時間などは、無に等しい。しかし、私たちが生きて進化しなければ、創造は進化しえない。

 この意味がわかれば、私たちは、もっとしっかりと人生を生なければならないし、地球も破壊してはならない。さらに、いずれにしても、宇宙船をつくり、新しい惑星に生き延びていくことになるのも理解できるだろう。まあ、人生と関係ないといわず、空想でもしてみて欲しい。

 この第一期の創造の最初の膨張速度は, 44,069,497.5km/secであった。この速度には、半減期があり、正確に 6,347,755,102,040年であるらしい。半減期というのは、放射性物質が自然崩壊してエネルギーが半分になる時間が一定であり、その時間を半減期と称しているのと同じである。

 創造の膨張速度というのは、実は光の速度と同じであり、第一の宇宙の開始時点において、現在の光の速度定数の147倍の速さをもっていた。この膨張速度、つまり光の速度は、次のように計算される。

半減期番号     経過年数         光の速度

                          44,069,497.5 km/sec
1            6,347,755,102,040
                          22,034,748.75
2            6,347,755,102,040
                          11,017,374.38
3            6,347,755,102,040
                           5,508,687.188
4            6,347,755,102,040
                           2,754,343.594
5            6,347,755,102,040
                           1,377,171.797 
6            6,347,755,102,040
                             688,585.9
7            6,347,755,102,040
                            344,292.9
               3,868,432,000
   現在                       299,792.5
8            6,347,755,102,040
   予定                       172,146.46  

計算は、このようになり、現在の光の速度は、299,792.5 km/secになっているのである。

 この第一期の時間は極めて正確に算出すると,

  311,039,999,999,960 年になるらしい。

そして、この宇宙は、

  155,519,999,999,980 年の間だけ膨張し、その後は収縮に転ずるという。

 宇宙生成の時と同じ不変の半減期で逆に速度を上げ、再び原初の光の定数

 44,069,497.5km/sec

という最高速度まで達するまで、逆崩壊の作用が生ずる。

 つまり、第一期の時間は、6,347,755,102,040 年という半減期を49個持ち、全体の半分、つまり、24.5の半減期の時に、生成と消滅の交替、すなわち、膨張から収縮への交替が行われると言う。このことが判ると、前回の宇宙の構造の意味も、なにかしら、理解できそうである。

  311,039,999,999,960 / 6,347,755,102,040 = 49

 この半減の計算を続けると、生成の終わりでの光の速度は、2,600km/sec になるのが判る。

 これは、創造の進化の領域で,全てのものが創造され,この逆崩壊の間にも完全なものに発達でき、創造されたものの何一つも消去されるものはないのだという。

 この創造の最初の膨張開始時点での大きさ等の情報もあるが、真実はいつか科学者によって解明されるだろう。

 ねこが興味を持ったのは、半減期毎にできた空間のことである。最初の空間では光の速度はそのまま、今の速度の147倍で存在し続けているということである。もう一つ、これからも判るように、空間と時間の概念は、私たちの考える概念とは、異なったものであるということである。

 これらの概念の中に、時間旅行をするために利用できる物事が隠されているらしいが、これも、いつか地球の科学者によって発見されることだろう。

 私の知人は、来世、この時間旅行機を発明するよと明言していた。22世紀のねこRは、彼の友人であり、時間旅行機で、過去や未来を訪問している。この随筆で書いている、ねこの行状記は、その報告である。


第89回 創造は、あなたをちゃんと知っている

 ここまでの二回分、なんとも、難しい知識の一端を、引用して紹介したが、これらの知識は、私たちにはまだ到底理解できるものではない。

 また、これらの真理は、いつか確実に、みんなの目の前に書かれたものとして、あるいは実際に科学者の認識となって現れるのは時間の問題であり、ねこが説明するべきものではない。
 
 では、なぜ、このような引用をしたのかというと、私たちは、何だか知らない宇宙のビッグバンによってできた宇宙の中で、この銀河系の端のほうに位置している、われわれの太陽の下、この地球に自然に現れたとされているが、これらの解説は正しくないと言いたかったものである。

 宇宙は私たちが知らされていたものとは、根本的に異なる。もちろん、この宇宙を創造したのは、「神」などというものではなく、進化を目的として存在している「創造」が作り出したものであることを言いたかったものである。

 何かわからない「神」というものを根本においている、宗教や科学も、このことを理解できない。科学は本質的に宗教から抜けられない。何故なら、科学者のほとんどは信仰者であるからである。

 彼らには、この宇宙は理解できないだろう。創造が作り出した宇宙は、実は、まだ違った情報があるが、それは、もはや、ねこの言うことではない。真実が公開されたときに知れば良い。

 ねこが言いたかったのは、このものすごい宇宙の姿ではない。この宇宙システムを作り、物質領域を作り、銀河を作り、太陽系をつくり、惑星を作り、惑星の上に自然を作り出し、そこに植物、動物、人間を作り出してくれた創造のことを伝えたかったからである。しかも、ずっとエネルギーを与え続けてくれている。

 創造は自分が進化するのに、自分の分身である小さな霊(Geist)体を作り出した。この事実は、実はキリスト教の旧約聖書という本に次のように書かれている。これは、もちろん支配者であった宇宙人の偽造であるが、真実を示唆している。

「神は自分の形に人を創造された」(創世記1-27)と。さらに、「すなわち、神の形に創造し、男と女に創造された」と。

 この部分は、真実は、「創造は自分の部分霊(Geist)を入れて、人間という肉体生命を創造した」とうことである。創造は、性別はないが、人間という肉体生命に、男と女という性別を与えて、種の保存を本能として与えているということだろう。

 これを読んでくれている、あなたに、ねこが言いたいのは、あなたのことを創造は忘れてはいないですよということである。ねこも、あなたも創造の一部である霊(Geist)体という真の自己である生命を担っている。

 このことは、あなたが今、いかなる人生を歩みだしていても、それは、あなたの学びの人生であり、あなたの生命本体である霊(Geist)の進化につながり、最後には創造の進化に寄与するものでしよう。

 あなたは、言うかもしれない。「なぜ、私が創造のために苦しい人生をして、学ばなければならないのか」と。何人かの友人から、ねこはそう言われた。

 あなたは、苦しい人生だと述懐している。しかし、それは、あなたが考え出したものではないのか。

 創造は、すでに述べた、あの宇宙空間を作っただけではない。創造は、宇宙自体から、極微の世界まで一貫して通用する法則と掟を、すべての物事に染みとおらせているという。

 その法則と掟に、ねこや、あなたが干渉するのだ。そうすると、予定されていることは、すべては起きてくる。つまり、創造は如何なるものでも、用意してある。しかし、創造は、それで私たちを捕らえたりしてはいない。つまり、捕らえられるのは、ねこや、あなたの自由意志である。

 こうして、自由意志で、それらの法則と掟に捕らえられては、「私は不幸だ」などと、嘆いている。これは、自分勝手なことである。落ちたのは、ねこであり、あなたである。しかも、落ちたからこそ、悩み苦しんだ。

 そして、なぜこうなったのかと、考えることで、ねこは、それから抜け出した。あなたも、すべてから抜け出せるはずだ。今の地球では、物質的な物事に囚われたら、これを抜け出すのは至難のことである。

 しかし、創造は、あなたの苦境を必ず、解決してくれると想う。つまり、この問題の解決を、創造に投げ出せばいいと想う。お金儲けについて、創造が助けてくれるか否かはしらない。しかし、周りの環境を変えて、あなたの味方をしてくれるだろうということはなんとなく、判る。

 創造は、あなたに乗っている、貴方の真の自己、つまり、霊(Geist)を、ちゃんと知っているから、見放すことはありえないと、ねこは想う。


第90回 あなたの未来は、今、あなたの想いの中に

 ついに、この未来随筆は、苦渋、いや九拾の大台に乗った。未来随筆と言う通り、ちょっと、先の時代にしか理解されないかもしれないことを書いてきたつもりである。この随筆を書いている間、誰からも一切のコメントも質問もなかった。いや、確か、ゆらさんからは、同感してもらったことがあった。

 もともと、宇宙とか未来の社会とか、今の時代の地球を忘れて、なんとか良い方向に行くような、しかも、人に癒しやロマンを持たせられるような未来像を描けないかという、友人からの問いかけに答えて始めたものである。もちろん、この友人からは、感想を戴いており、なんとか、ここまで来たようである。

 この随筆で、以前に書いたと想うが、「あなたの未来は、今のあなたの想いの中にある」というのは、ねこの人生からみて真理だと、ねこには思える。

 しかも、ねこの場合、その想いは、しつこくしつこく考え抜いているもので、多分、潜在意識にしみこんでしまったようである。そして、人生の重大局面で、明らかに現在意識を無視して、その潜在意識によって、決断をさせられているという認識である。

 あなたが、「何かをこの姿で実現する」と意識しつづけてきたもののためには、あなたのすべてが、その実現に向けて、準備をしてくれている。これは、「実現したい」というプラスの欲望ではない。また、「したくない」というマイナスの欲望でもない。明らかに、「実現した物事」が描かれているはずである。

 目標達成をしたいだけでは、ふらふらするだけで、何が実現するか判らない。プラス思考で推し進めると、途中で何か小さい失敗すると、もう、マイナスになり、やれなくなってしまう。

 世の中には、このプラス思考を推奨する本がたくさんでている。教えている人の理解が多分違うのだと想う。

 「感情抜きの」プラス思考で行くと、必ずマイナスが押し寄せてくるのは、ねこの経験からすれば明らかである。このマイナスの想いをさらに反転させて、再びプラスへと転換できれば良いのである。そして、この繰り返しで行けば、数々の目標が達成できて、人生は有意義なものになるだろう。

 しかし、「感情込みの」プラス思考では、その感情だけがどんどん成長してしまい、その人の手に負えなくなるだろう。これは、消してしまわない限り増幅するもので、理性を超えてしまうこともありうる。

 どっちにしても、この仕組みは、創造が法則と掟に組み込んだものだろう。

 あなたは若い。あなたのこれからの人生を、どんなものにするか、絵を描いてみるといい。そして、その実現のために、何をするか、その前に何をするか、という小さな目標の階層を造っておくと良い。

 そして、すべての日々、考えたり、行動したり、学んだりすることはもちろん、遊んだりすることも、その小さな目標につなぎ、一つ一つ達成していくと、最後の大きな目標を手にすることは可能だろう。

 日本IBMで仕事をしていた時に、ねこは何人かの若い人たちに、このことを伝授してある。彼らは、どのような人生を送っているのだろうか。また、ある会社の新入社員の教育の手伝いをしたことがあるが、この人たちにも、同じことを勧めた。うわの空だったが、彼らは今、どんな人生を送っているのだろうか。

 確実な完成図を描き、その目標達成の手立てを考え、それに向かって日々努力すれば、あなたの目標は達成できる。これは、中性プラス思考という考え方らしい。 

 どんな小さいことでも、あなたが達成したいのなら、この方法が一番である。

 ねこの場合は、毎日、感情抜きのプラス思考をしていくことにしている。しばらくすると、マイナスが帰ってくる。待ってましたと、プラスに反転して、また元気に前進していくことにしている。

 これで残りの人生は、創造の法則と掟を一つ一つ経験しながら行くことになっているので、何かと楽しい毎日になっている。この馬鹿みたいな随筆も、その一環である。時々、マイナスになり書けなくなるが、またプラスに転換して、元気出して、書き出しているのは、その仕組みの一つだと認識している。

 あなたも、そうしませんか。 
 M010

91から最後まで

第91回 自殺者が交通事故死の何倍も

 これは、いままでの随筆で書いたことごとを認識しつつある、ねこにとっては、実に残念なことである。しかも、その自殺者の多くが仕事や人間関係に疲れてしまったという働き盛りの人々のことであれば、なおさらである。

 人間、時にはふと死にたくなることはあるだろう。ねこも、何か知らないが、楽になりたいと想うことが、まったくなかったとは言えない。

 ある人の公開されている日記を覗いたら、冒頭に、「車の流れにひょいっと飛び込んで見たくなった。別に生きてることが嫌だとか、死にたいとか、せっぱつまってるとかそういうことじゃないんだけど。」と。もちろん、この人は、思考実験をしただけであり、いささかもその気はないのだが。

 しかし、ねこの場合は、自分がどんなものであり、肉体が何を意味し、人生が何を意味しているのかを知ってしまった後は、そんな気を起こすこと自体が恥ずかしい気持ちになった。

 さらに、この人生での途中下車は、進化の流れからの途中下車でもあり、実際には許されずに、短時間の間に、生命本体は再び肉体をもって生まれ、同じ環境での学びをするという法則があることを知れば、なおさらである。

 仮に今度は、似たような人生の悩みを乗り切ったとしても、今度の寿命は前の人生での時間を引いて、短くなるので、若死にすることになり、物質人生にこだわりを持つ人ならば、一層の悔しさもでたりするだろうし、周囲の人たちにも残念なことになる。

 今の時代の特徴として、組織の中堅以上の人たちの自殺者が多いが、そういう人たちの、不足だった残りの人生は非常に短い。しかも、前回の人生での続きであるから、どうも、生まれたときから大人っぽいのではないと、ねこは推察している。

 ついでに言っておくと、死刑になった人々も同じだということである。この続きの人生は、どうなるのだろうか。日本ではないが、戦闘行為による死者の場合も同じである。

 最近の年若い子供による凶悪犯罪が多い。人間が多すぎれば、犯罪もいろいろと起きるという考え方もあろうが、ねこには、つい、このような人たちの直前の人生について想像してしまう。もちろん、なんの論拠もない。

 さらに、人口過剰によって餓死した子供たちなどの、次の人生についても、気がかりである。繰り返して、餓死するのは気の毒である。

 とても、信じられないと想うが、真実は、人は同じ文化に生まれ変わるという。つまり、「あなたは次も日本人に生まれます」ということである。

 創造の進化の一端を担う、私たちの生命本体としての、霊(Geist)のことまで考えるならば、人口過剰を是正し、五億に戻し、さらに、死刑の廃止をし、真理の教育によって、自殺や殺人、戦争やテロをなくすることが重要である。

 今の時代を見ると、ほんの一握りの女王蜂的な支配階級と、残りの働き蜂に分かれて見える。働き蜂は生かさず殺さず、宗教で戦わせ、経済で戦わせ、資産争いで戦わせておけば、女王蜂を攻撃することはできないほど疲弊するというのが見え見えである。

 さらに、科学が進むと、クローン兵士やロボット兵士が出現し、今の働き蜂はただ搾取されるだけのものになっていくのは見え見えである。兵隊に宗教や感情などはいらないというのが、戦争中毒者たちの思惑であろう。

 すぐにも実現する気配がある。

 こんな社会から、早くおさらばしたいですか? でも、自殺などしたら、あなたはまたしばらくしてこの世に逆戻り、もっと酷い社会で生きる可能性もある。

 逃げないで、ちゃんと、自分の人生を正しい道に戻して、最後まで頑張ろう。正しい道というのは、あなたの内部から、あなたに示されるはずだが、それには、まず、「自分自身が何者か」をよく考えてみるべきだろう。

 ねこは、あなたの友人として、あなたと一緒に考え、あなたに協力して行きたい。


第92回 性格や考え方、信仰の有無や違いからの悩み

 今日の人生相談に、義母の異常な潔癖症からストレスで壊れそうになってしまった主婦の相談があった。これは、宇宙人はもとより、ねこRの22世紀にはない問題である。

 人口が適正な五億に減ったら、結婚した子供と親たちは一切干渉がないようする環境ができる。親たちは、子供の人生の最初の支援はするが、独立したら、干渉はしないのが、普通になる。

 しかし、ねこの時代には、そんなことは言っていられなかった。いろいろな理由から同居はあり、それは、義理の娘や息子には大変なことだったと認識はできる。

 実の親子でも、これは当然存在することで、ことさら義父母ということはないのだが、まったく環境の違ったところで育っていたものが、突然一緒になれば、この差でぶつかるのは、当然の仕儀であろう。

 それを親だからとか、義父母だといって、自分の性格や考え方や信仰や何かを押し付けるところに問題の原因がある。

 今日の相談の義母は、家の中の汚れを異様に嫌う。異様という意味は、普通の人のように、適当にしておけないという意味である。

 ねこが会社に入った時に世話になった寮の経営者のお母さんは、自分の体の汚れを徹底して気にした人で、朝から晩まで石鹸つけては手を洗っていた。漂白されて真っ白な手指の異様。

 でも、この人は自分だけの問題であった。相談者の義母は嫁さんに対処を押し付けたようである。これは強烈なストレスになるだろう。潔癖症の人は、自分が動ける間は自分で率先してやればよいと想う。誰が汚そうと掃除は自分がするというのなら、認めよう。

 潔癖症の親は、それが嫌なら同居をやめるしかない。息子の家族は一緒にいなくてもいいのだから。これはただの一例に過ぎない。子供は、あなたの所有物ではない。尊敬されるか、お金の所有者でもなければ、同居なんかしてもらえないよ。

 結婚しようと想う人たちよ、何事も自分が支配していると想う人間のところには、同居はしない方がよいと想う。それぞれに自由に生きるが良い。

 ねこは、最近、よく家事を手伝うといわれる。仕事をしていた時は、もちろん、家内に任せたし、家事のことを気にする暇はなかったし、また、家内も自分で処理できた。

 しかし、年をとるとやる気もなくなってくる。ねこは、仕事をやめているのに、家内にそのまま家事を押し付けるのは、自分勝手といわれてもしかたがない。

 そんな時、家庭の中が異様になるのをそのままにして、家内を叱ってもなにも改善しない。言いたくなったら、自分でなんでもやってしまう。もちろん、家内の仕事を取ると、一層気が楽になり、任せたという気になるかもしれないが、それはないように、毎日はしない。

 あなたが、仮に同居するのなら、あるいは結婚するのなら、性格の違いはいかんともしがたい。何事も気になる者がやればよい。考え方の違いが、家の外に対する対処で出てくるが、これは、よく話し合う必要がある。

 ねこもいろいろとあった。定年後の今は、そんな時の判断基準は、生活を質素にということしかない。収入がきまっているのだから。

 ねこは、自分ひとりになっても、多分、子供たちとは同居はしないだろう。自由が一番。動けなくなったりしないと自信がある。小さいときから、意識の底にあるのは、「私は畳の上では死なぬ」である。

 家内には、私が先に死んだら、同居してもいいと言ってある。彼女の自由である。同居すると、必ず、家の改造になる。そして、年よりは、一部屋に入れられる。これはないよな。

 ねこは、父が田舎で一人で冬を越せるのに気がついてくれてよかったと想っている。弟家族には面倒かけたが、冬の間だけでも、窮屈な思いはさせられなかったから。

 同居しても、仲良く作業分担して、得意なところをこなし、誰の邪魔もしないで、自由に生きるようにしたいものだ。孫は夜泣きするものよ。我慢できなかったら、耳栓を買えば良いさ。

 地球人は人口を増やしすぎてしまい、いろんなことが起きてくるが、自業自得だわ。


第93回 未来旅行とか過去旅行ができる

 まだ、地球人には無理であるが、少しだけの書かれた情報を、ここに整理して残して置こう。

 宇宙人は、未来に行くのに物質的に行くのと霊(Geist)的に行くのとあるらしい。とにかく、好きな場所と時代の出来事を観察することができると言う。これは、直接的な未来観察である。

 もう一つの別の方法があるという。それは、地球人が「透視」と呼んでいるもので、この場合は、誤りと疑問の起こる余地があると言います。間違った観察と描写は免れないと言う。従って、これは、正しい未来旅行ではないと認識する必要がある。

 さて、宇宙人の過去旅行の実際を転載して書きとめよう。もっとも、何も詳しいことはない。(1956-2-4の出来事であり、宇宙人はアスケット、同乗者は、Billyさんとイリイッチ・ウスティノフである。私と書いているのはBillyである。)

 「私たちはまず、超高空を飛びます。それから過去へ透過するのです。」

 宇宙船は地球の大気圏を抜け出し、自由空間にでた。そこには無数の星がきらめいていた。

 「透過は瞬間的に行われます。」

 アスケットは機械を操作していたが、一瞬私が存在しなくなったように想われた。私は突然"消滅"したように想えた。すると、再びアスケットの声が響いてきた。

 「私たちはも今1300年の現在にいます。」

 次の時代に飛ぶときも、宇宙船を超高空に上げて、同じ操作をしている。このときの説明で、透過の準備に10分間かかり、過去への透過には一秒の何分の一か゛しかなかった。

 その技術については、アスケットからは、なんら説明されていない。Billyさんが、観察した内容が少し書かれている。

 "過去に移行する直前に、実に不思議な現象があった。宇宙船の周囲が徐々に微光を発して突然姿を消した。私にも同様なことが起こった。私が突然消滅してしまい、一瞬の内に過去への飛躍が行われた。私はまるで永遠そのものの中に置かれているような気がした。そして、私の心に、名状し難い静寂が訪れ、無限の偉大な平和と愛が私を支配した。この現象の技術面については依然として謎だった。私は技術の分野には精通していないため、その謎を解くことは不可能だろう。それでも、私は意味深い、非常に価値ある事柄を認識した。私は時々、存在そのものから霊的に高揚されているような気分になった。"

 余談であるが、実は、この後の過去旅行は、西暦32年へと行われた。それは、インマヌエルが磔にされた年である。この旅行で、新約聖書の記述とは違う事実が見られることになったのだが、それは、ここには書くことはできない。

 さて、これでお終いではない。Billyさんの認識の一端が披露されている。
 
"膨張速度の第一期の光の秒定数は,現在の秒定数の147倍も速かったということになります。何故なら、46(ねこ注:44.5?)兆年前の当時,光の速度まさに 44,069,497.5 km/sec であったからです。そこから私の見積もりは次のようにもなります.

 光の定数がkmを内臓しているように,1秒はそのたび毎に,厳密にクロノンの数(Chronon)を呈示しています。それは、1Chrononが1,000,000mmの長さ、つまり、1,000メートルを呈示しているからです。また一定の時間のChronon数は光線を東から西にいたるまで、通過させることができるからです。光の速度がChrononを内臓しており、現在は、299,792.5 Chronon/secとなります。

 これは時間と空間がお互いに依存し、時間がそれ自身に空間を含み、空間が、自身に時間を含んでいることがわかったので、容易に計算できました。

 その結論から、次の仮定が導けました。つまり、半減期による光の速度の変化と低速度化により、空間とChrononも変化します。その変化をとおして通常空間(Normal Raum)は超空間(Hyper Raum)に変化しなければなりません。

 そして、クロノン(Chronon)はタキオン(Tachyon)に変化しなければなりません。このタキオンは自らの古い、固有な速度を持って、超空間での最も小さな時間単位として存在しつづけます。ですから、もっとも古いタキオンは、その固有の超空間 44,069,497.5 km/sec の速度を呈示していなくてはなりません。

 また、次の事柄も明らかです。各半減期で通常空間が消滅して、超空間を創出しますから、既に6つ(ねこ注:7?)の異なる超空間が私達の宇宙に存在していなければなれません。

 更に、次のことも明らかです。過去或いは未来への時間旅行は、この事実に関係して可能です。つまり、時間旅行する物体は、どうにかして物体がクロノンの流れに支えられるように、操縦されねばならないということです。

 超空間或いは通常空間で、時間旅行をする物体の周りに、私達の現在よりも速い光速度をもつタキオンが集められると、その物体は過去に投げ出されます。一方、私達の現在の光速度の中のクロノンの流れは,物体を未来に連れて行くに違いありません。

 Billyさんは、ここまで真実に迫っている。しかし、実質的に、クロノンやタキオンを宇宙船と内部のすべての物質の周りに集めるかは、解明されていない。それと、時間旅行の前に、すでに宇宙空間を克服する技術はなければならないことも判る。

 したがって、私たちの霊(Geist)的な進化の程度では、この技術を使うことは許されないというのも、理解できる。戦争の道具にされるは、過去を変えたいとか馬鹿な連中がでてくるからだ。

 さらに、もう一つ、地球に来ている宇宙人の中には、次元が異なると所から来ているというものが多い。彼らの、先祖が実は、何分の一秒かの未来に入り込んで、そこに住み着いたという可能性が示唆されている。あるいは、過去に隠れたものもいるのかもしれない。

 昔は、時間旅行をして、犯罪者とかが逃亡しても、探せなかったらしいが、最近では、逃亡者の位置を特定するのは、いとも簡単らしい。逃げようたって、そうはいかないと。

 さらに、異次元世界のことについて。昔、地球のバミューダ三角地帯に、異次元の穴があった。現在は閉じているというが、ここから入ると、私たちとの並行している世界があると言う。入って出るところは、別の地球であり、しかも、三つ並んでいるとか。100万年前の原始地球にでるとか。そこから見ると、あと二つの地球が見える。それらは10万キロしか離れていないらしい。三つめが現在の地球だという。3500年前の金星の進入事件で、次元の調和が乱れて、こんなことになったと言う。

 おとぎ話でした。

バミューダトライアングルについては、私もずいぶんいろいろな事件の事を読んできた。この異次元への入り口はどうやってできてどうやって無くなったのか。

 私たちのSOL太陽系は、天の川銀河の端にあり、銀河の回転によって星間宇宙を移動している。その間に、巨大な星(どの星か未確認)の軸が少しずれを起こした。それによって、バミューダ、マダガスカル、日本海溝等に次元への入り口をつくり出したと言う。しかし、1977年の18年前から、この光線が徐々に弱くなり、時間的なずれを起こした。この光線の最後が地球に触れたのは、1977年7月10日らしい。それ以来、この光線の影響がなくなり、これらの次元の入り口は完全に消えたということである。


第94回 若者よ、世界を変えよう!

 シンカネットのクリエータ・マガジンに載ったものです。一万五千通発送とありましたが、読んでもらえるのでしょうか。


 「あの、バブルの頃に、人は、組織の中での仕事や、お金儲けの仕事に嵌っていると、「この位は誰でもしている」という、「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」式の、こすからい悪行をしていた。私も無かったとはいわない。「こんなに美味しいお鮨を戴いていいものかしら?」「いいですよ、お世話になっているのですから」とか、言いながら、社内接待なんか、どどっとあったものでした。

 会社の営業が営業費用の使用許可を取って、社内の私をお客さまにして、使うという、素晴らしい発想でありました。私も、とてもとても、美味しいお鮨を食べて、美味しいお酒などを飲んでしまったのですからね。

 その昔、人は物質やお金を使える権力の世界にいると、それを私欲のために使いたくなりました。今、それが少しずつ、明るみに出ているのです。これは、自然の理です。一生わからずにはすみません。君の悪行も必ずでるさ。

 人は騙せても、自分自身を騙せる人は居ません。必ず、そのことを悔やみ、間違いを犯したと感じて、学びがおきるのは、必定です。自分で認識できれば、先ず何をすべきかは、明らかです。何も悪いことしていなんていう人は、まずありません。仕事をしていた人で、何にもないということは、よほどの聖人ではないでしょうか。いま、みんなにそのツケは来ているのです。どうしたら、経済が上向くか、模索の模索をしています。

 あの当時は、必死で頑張っていた人たちは、労働理論とかにひかれて、ただ、一心に努力したのです。しかし、今、曝露されているものごとは、なんでしょう。そのころの指導者たちが心の地獄に落ちているのです。もはや、自分から、立ち直るしか、地獄からの生還はないと想う。天国なんて何処にもない。

 若者よ、物質や権力にまみれてはいけない。純粋に、君の内部からやってくる、君の生命の本質である、霊(Geist)からの声に耳を澄まして、それに従っていきるといいよ。それが、本当の人生だよ。仕事や必要なお金は、君が必要としたら、何でも用意されるさ。君たちが、世界を変えられると、私は期待している。」  (ねこ)


第95回 あとがき

 ねこは、氣功のマニュアルに付属したCDを聴いている。ねこの気分は穏やかである。また、この夕方、嵐もなく、穏やかである。このまま、地球全体が穏やかであれば、いうことはない。

 しかし、それはありえない。この瞬間にも、どこかで、自爆テロがあり、殺人事件があり、誘拐事件があり、幼児虐待があり、銀行強盗等々が、ひっきりなしに起きているだろう。

 また、異常雨量による洪水があり、異常乾燥による砂漠化があり、エルニーニョあり、動物の異常繁殖あり、生態系の破壊が進み、そろそろ極移動もありそうである。

 すべて、人間の仕業を因とする結果であろう。

 昨日まで、校正の仕事をした内容は、今から、紀元3000年頃までについてのことであった。

 これを読んでいるうちに、この随筆は、ここで終わろうと決めた。明日からの随筆は、また別な形に変化していくと想う。メルマガにも関係して変化するような気がする。
 ここで、ねこの未来随筆はいったん終わることにする。

 (完)

 ずっと読んでくれてありがとう。あなたに何かが感じられていたら幸せです。

 また、次の随筆で、逢いましょう。この随筆の続きが書きたくなったら、また復活することにします。    ねこ Aug. 07, 2004 



H999

       ねこの独り言


第001回 創造、自然の優しさが嬉しい

 この随筆は、昨日から開始したのである。何故かしつこく、そう想うのは、ねこが何かを始めるのに一番の日であるからだ。何か変なものを信仰している分けではない。私にとっては、自然の理だからだ。八の日である。しかも、日曜日。

 さて、「ねこの独り言」などという随筆を立ち上げて、何を書く気なのか、どうせ皆さんは期待もしていないはずだ。ねこの随筆をみてみると、判る筈だ。ねこはとても熱しやすくさめやすい性格かもしれない。

 だから、ねこは何かを企てると、最初に番号を設定している。前回の、未来随筆は、99回では終わると最初から踏んでいたので、第01回で始まっている。
 
 まあ、そんなことで、今度は999回を目標にして、001から始めることにした。あはは、馬鹿は死んでも治らないという、諺があるが、まさに、それを地で行くことになる。

 閑話休題。本題に入ろう。

 昨日も、今日も、暑さは凄いものだったが、日陰にいると吹いてくる風が、なんとも涼しく、汗っかきの、ねこには、とても優しかった。今も、窓を開けて、夕涼みを楽しんでいるが、これはとても嬉しいものだ。

 昨日、自分の所属する勉強会もサボり、じっと暑さを避けていたが、夕方になって、歩いてみた。いつもの全行程を歩いたのではない。理由は、途中で、町内の盆踊りの会場を眺めて帰宅するようにしたからだ。

 途中、桜の木の並んでいる林があるところにさしかかった。なんとも、凄まじい蝉時雨。こんなにたくさんの蝉が地中にいたのか。それにしても、短い命、何でジージーとなくばかりなのかって、不思議な気持で聴き入っていた。

 そこへ、なんと言えない涼しい風が。この風に皮膚を撫でられた瞬間に、蝉時雨が一瞬消えた思いがした。そのくらい、ねこの感覚を刺激した風の冷たさ。創造は、こんなに優しい風を用意しれていたなんて。

 人間の感覚というのは、このように、一つに強く反応すると、他のことを忘れてくれる。痛みとか、痒みとかが他の刺激を加えることで、すっと刺激がなくなってしまう。これも、創造の優しさだろう。

 今日は、孫たちが風邪を引き、彼らの母親も病院に行くというので、孫の付き添いのために出かけた。市内の隣の区だから、時間的にも、そんな遠くはない。

 だが、早く着きすぎて、彼らは、午前中の用から、まだ帰宅していなかった。なんとも暑い陽射しで、家の外で待つのは大変だったが、家と家の間を通りぬける風、これが、なんとも涼しかった。

 あらら、こんなに涼しい風が吹いているぞと、そこから動きたくなくなった。これは、まことに癒しの風であり、ついでに、水を撒いてみたら、もっと涼しい感じになった。

 話は飛ぶが、病院での診察も終わり、外の薬局に出て行くと、これまた、涼しい風。しかし、ここは、国道一号線のために、びゅんびゅんと車が通っている。空気もよくない。

 そこを避けて、少し離れた日陰に行くと、またまた涼しい風。昨日と今日、ねこは、暑さの中にも、涼しい風を与えてくれた創造に感謝しようという気持になった。

 夕方、気温が少し下がり、風は相変わらず吹いているので、二階の部屋を自然の風で冷やした。とても、気持のよい状態になった。ここは、CATVが天気予報もやっており、ねこの家は、これからしばらくは、最高気温が29度か30度らしい。

 まあ、35度よりは良い。あれだけの暑さを経験すると、ここまで下がると、創造の優しさを感じる。うす雲があるので、陽射しも、紫外線も少しは減少しているので、嬉しい。

 今、夜の九時半を過ぎたが、もう蝉時雨はなくなっている。静かな夜である。こんな夜は、創造、自然の優しさのことを考えながら、音楽などを聴くのも、楽しいし、幸せな気分になろうというものである。
 
第002回 創造の優しさといえば、太陽の光と熱

 毎度書いて、しつこいとお思いかもしれないが、太陽の光と熱は、地球のみんなに平等に与えられている。もちろん、場所によっての差はあるが、他のことも全部加味してみれば平等になっていると、ねこは想う。

 人間の手が何も入らなかったとしたら、地上には、豊かな森林や草原が広がっていただろう。樹木や草木の種は、それぞれの大きさを定められており、風で運ばれたり、鳥に運ばれたりして、広がるように仕組まれている。

 風で飛ばされる距離は、それらの樹木の適正な間隔距離をとるように計られている。しかも、針葉樹と広葉樹では当然、間隔は違ってくる。背の高い樹木の下には、中間の背丈の植物が生え、さらに下には、光が少なくてもよい、草やコケ類が生える。

 大きな樹木の種はまた、小鳥に運ばれて、遠くに運ばれ、森林が広がる仕組みを維持してくれている。

 ねこの近くには、まだ自然の山が残されており、管理されている。この範囲にも、ずっと長く自然のままにされていた斜面があり、一方で、戦後の伐採後の人間の手による植林、木材を得るための伐採と植林がなされた部分が混在している。

 この山林は、如何にも自然なように見えるが、実は、自然な森は下まで太陽の光が差し込み、明るいのだが、一方で、下までは光が入ってこない、真っ暗な人工の森がある。この差は、樹木の間隔の差である。

 自然林に比べて、背の高い樹木の間隔が狭いのである。この森は、明らかにほとんど枝の生えていない背の高い樹木が並び、上の方だけに枝があり、それが重なりあうほどになっていて、太陽の光は、そこで遮断されている。下の枝には、葉は茂らないから、必然的に枝は細いままで枯れて風で折れてしまう。

 それらの樹木の下には、羊歯さえほとんど生えていない。真っ暗な森には、枯れた枝と葉の山しかないのである。伐採には好都合かも知れないが、この山は死んでいる。

 さあ、ここまで書いてきて、何か言いたいのか。

 自然の森のようになれば、どんな種類の植物も共存できる。草原であったところにも、大きな樹木が生えるようになり、全体として、地球の大地の恵みを吸い上げ、水も制御し、それらの草木や樹木のみを食べて暮らす動物を生かし、さらに、肉食の動物たちも生きることができるのである。

 一方、人工の森では、一番高い樹木しか生きられないのである。そのうち、すべてを切り倒すから、樹木は生えなくなり、水は制御できず、洪水を引き起こし、あるいは早晩砂漠になってしまうだろう。

 地球の人間が作り出したシステムは、すべてが、この暗い森に似たものである。もちろん森林地帯がそうである。さらに、国家社会のあり方も、まことにこの通りである。また、企業社会もこの通りである。資本主義国家、共産主義国家、独裁国家のどれをとっても、こんなこの暗い森林システムである。

 そして、大半の底辺の人々は、ほとんど落ちてこない太陽の自然の恵みに相当する、地球からの贈り物を享受できないでいる。大半の恩恵は枝葉のない高い樹木に相当する、支配階級に吸い取られてしまい、底辺には最低のものすらこない国が多い。

 明るい森林の場合の中間の植物に相当する程度に、光が当たっているかのごとくに、日本などは一億総中流とかいったものであるが、実はそれはごまかしに過ぎないだろう。中流といわれたのは、最低の草や羊歯やコケ程度のものである。何故なら、一生住宅のローンを返して働くのなどは、中流とはいえないだろう。つまり、自然の恩恵で与えられるべき者を誰かに吸い取られているのだ。

 社会の構成員の全員が、平等に太陽の光と熱、つまり、地球からの恩恵を等しく配分されるようにしなければならないと想う。

 この自然のシステムが、人間に社会のあり方を正しく教えているのであり、今のような何とか主義国家ではなく、また、自由経済とかではなく、本当に、自然で、みんなが生きるのに必要なものを、等分に利用できるようなシステムにつくりかえることが必要である。

 動物は、今食べる、必要な分しか狩をしない。これが、善悪のバランスであり、人間もこのバランスを第一として、自然のすべてを管理する役目をしなければならないだろう。

 お金とかいうもの、個人財産というものは不必要なものである。つまり、死に際して持っていけるもではない。そんなものを不必要に溜め込んでいてると、死ぬまで、どんどん、恐怖だけがやってくるのではなかろうか。

 第003回 予感は、自分の内部からの警告だった

 加圧水型原子力発電所の二次系、復水器出口の流量測定用のオリフィスの後の部分、炭素鋼の管の減肉破損が起こり、そこから、高温の水が噴出して蒸気になり、その部屋で作業をしていた人たちが、何人も亡くなり、重傷者も数多くでてしまった。

 事故の内容と原因らしいものについては、ねこは自分でも経験があるので、ちょっとだけ書いておきたい。配管の中を流れる水の流量を知るのには、オリフィスという穴あき板を利用してするものと、ノズルを利用するもの、配管の中に風車をいれて、その回転から計るものなどがある。

 ねこは、この三つをみんな設計して実用化した経験があるが、オリフィスの場合は、出口側で水流が乱れるのと、一部圧力の低くなった部分では、水が蒸発して気泡になり、それが再びつぶれる時の配管の壁を打ったりする。そして、俗にいうエロージヨンが起きて、配管の壁を削ったりする現象が起きる。

 そのために、配管が炭素鋼の場合に、別の意味の腐食等があると、それを加速することになり、減肉が著しくなるので、このような装置では、配管の直径の何倍かの部分は、ステンレス鋼にするなどの配慮をしたものである。外からの超音波検査は定期的に行った。

 また、三次元に曲がった配管がある部分などでも、水流が回転して、エロージョンを引き起こすこともあり、重要な点検場所として、指摘されていたと想う。この原発でも、他の部分はリストにあり、調べられて居たようであるし、また、同型の原発のほとんどは、事故の部分と同じ所は既にステンレス鋼に変えるとかの対処をしていたようである。

 閑話休題、本題に入ろう。

 この仕事には、電力会社、製造した会社、検査の請負会社の三つが係わっていた。もちろん、規定を作っている、監督官庁の組織も当然、これに一枚加わる。そして、それらの会社の、担当者、管理者の二種類の人たちが最低係わっている。

 しかし、ねこの仕事中での経験から見ても、最初に、点検リストを作った人が完璧な仕事をしていれば、まず問題はでない。ところが、これが不思議だが、何らかの理由で、担当者がミスをしたものが、何階層ものチェック体制を通過してしまうことがあるのだ。

 その内の誰かが、試されているとしか想われない。ねこは、自分が原因のものも、他の人が原因のものもで管理者として見逃がしたものも、何回か経験している。

 もちろん、設計時点の仕事だけではなく、装置の組み立ての不備などによるものも存在した。ねこの経験したものは、幸い大事故には至らず、熱いめをしたり、放射能を浴びて、現場調査をしたのは、自分が最初にいくしかなかったものだ。

 今回の場合は、途中で、何回もいろんな人たちが検査対象から抜けていたことに気がついている。しかし、三つの組織のみんなが同時に気がつき、危険視していなかった。問題提起した人たち以外の人たちは、自分の都合から、ここまで長期間大丈夫だったのだから、あと少しはなんにも起こらない、と考えたのだろう。先送りしてしまった。

 しかし、この人々の中に、前回の定期検査のときに、危ないという内部からの予感を感じた人が居たのではないかと想う。関係者はみんな、蒸気もれ事故と聞いた瞬間に、あの部分だと認識したのだろうと想う。

 ねこは、自分の経験からはっきり、そういえる。瞬時に、あそこだという予感というインパルスが来るのである。ねこの仕事の時には、かなりの数の装置を設計していたのだから、どこかから、電話がきても、何の話かわかろうはずがないのに、「もしもし、事故が起こっているらしい」といわれたとたんに、「あ、あれだ」と気がつくのは、現在意識のせいではない。

 前々から、多分、設計時からでも、この何かからの予感という危険信号が出ていたはずなのに、気がつかなかったり、無視したのだと想う。

 今回の場合は、もっと酷い話で、強烈なものがきて、認識した危険度は高かったのであろから、最後に通告した人は「私は言いましたよ」という、通知をしたのだと想うが、それぞれの危険度の意識が違ったので、そのままになったのだろう。

 関係者みんなが、慙愧の念であろうが、自分の立場を守るために、自分の責任を回避しようとする発言がでてしまっている。このような相手に罪をなすりつけようとする発言は、一度吐いたら、戻らない。どんどん、自分の内部との軋轢が増してくるものだ。

 しかし、最初から、自分が最大の責任を持っていたと気がついたら、そういってしまえば、楽になるのだが、組織の中では、それを許さない。仮に、その人の管理者が、いいや、私らの責任ではないとのたまうと、もはや、板ばさみにあう。

 このような場合は、みんなが責任を認識して、それぞれに反省しなければならない。今回の場合は、業務上過失致死という刑法に問われるから、なおさらに、抵抗したのかもしれない。

 さらに一言、部分的な責任しか負えない、小さい会社に、全責任を押し付けてはならない。今、本当に責任があった関係者それぞれの心の内に地獄が出現しているのではなかろうか。自分の内部から沸いてきた警告は、万難を排して、大声で叫び対処しなければならない。事故は未然に防げたと想う。

 これは、人間が、物質意識だけで生きているのではないことの証拠だと、ねこは認識していますが、あなたはどう想いますか。

 蛇足だが、大切な人間の命を、怠慢の罪によって、奪い去る行為は許されない。もっと注意深く、しかも、自分を守るのは止めて、迅速に対処しよう。
 

第004回 平和ボケしていていいのだろうか

 【ワシントン12日共同】ロイター通信によると、米食品医薬品局(FDA)は11日、放射性物質を使った「汚い爆弾」によるテロ攻撃などに備え、2種類の被ばく治療薬を認可した。処方せんがあれば一般市民でも事前購入が可能になる。

 認可されたのは「Ca-DTPA」と「Zn-DTPA」の注射薬で、プルトニウムなど3種類の放射性物質による被ばく治療に有効とされる。これまでは汚染事故などの非常事態に限り使用が認められていた。

 FDAは「米国市民をあらゆるテロ攻撃から守るための方策の一環だ」としている。(共同通信)

 2004-08-12の、このニュースを読んでも、日本の一般市民は、たぶん何も感じないだろう。

 ラジュームやウランの放射性同位元素は自然界に存在しており、いろいろな物事に使われている。その最たるものがゆっくりとした反応をさせるものが原子炉であり、瞬時に反応させるものが核兵器である。

 創造があらかじめ用意してくれている、このような物事は、自然界には多い。人間はそれを善にも悪にも使えるのである。私達はこの核による善と悪の結果を知っているのに、本当の恐ろしさを知らないで居る。悪に使えば、地球も人類も破滅であろうことも、みんなが予想している。

 創造は地球の自然界に、超ウラン元素は存在させていない。プルトニュームなどは人間が原子炉の中で無理やり造りだしたもので、それらのものは放射線を放射しながらどんどん崩壊していく非自然なものである。

 日本などでは、国際原子力機関(IAEA) の核査察下にあり、核物質はグラム単位まで全部記録して管理されている。上のようなテロ対策がでるということは、管理されいないプルトニュームがテロリストたちに渡っているということが確実だとみられるからだろう。誰かが彼等に売ったものであろう。

 ねこは、原子力の仕事をしてきたので、被爆についての知識はある。ねこの設計したシステムの定期点検の時に、冷却水の排出パンの上で足を滑らせて作業者が転んだことがあった。この人の作業着が放射性物質を含んだ水に濡れ、室外に出る所での監視システムに捕まった。

 もちろん、作業着は脱ぎ捨て、シャワーですべてを洗い流した後のことである。これは、体内被曝を意味していた。放射性物質が口や皮膚を通して体内に入ると、それが体の中にある間ずっと、その人は被爆し続ける。つまり、ガンマー線の発生器を抱いているのである。これは、恐ろしいことである。

 体内にあるかどうかを調べるのには、15センチもの鉛で造った箱を使った放射線計測器に入り、微量の放射線まで調べる必要がある。もちろん、人間の体には、自然にも同位元素が入っているから、毎年の身体検査の時には、この装置で、ねこもチェックされたものである。これをもとにして、体内被曝の確認をする。

 通常と異常時の差を調べるのである。この時、この作業者には、何本もビールを飲んでもらい、おしっこにして出すという方法をとった。しかし、それがすむまで、施設の管理区域から出られない。そして、排出を確認して開放されたが、体内被曝の恐ろしさを、ねこは認識したものである。

 閑話休題、記事の話にもどろう。

 ここに書かれている薬は、キレート剤と言い、超ウラン元素のプルトニュームなどをカニがハサミでものをはさむような形で重金属と錯結合する薬剤であり、それらは錯体形成により人体から重金属性の放射性同位元素の排出を促進てくれるものである。

 これは吸収してしまったら、循環器系に入る前に、如何に早く排泄するかが勝負であることから、いつでも手元にあって、注射できれば、被爆低減ができる。だから、この記事が示しているのは、このようなテロが現実のものになってしまっているということだろう。薬を売らんかな、ではないはずだ。

 一方的な戦争に加担しつづけていると、日本も、このようなテロ行為をうけることにもなるだろう。日本人は、平和ボケしているから、そんなことには無頓着であるが、世界では、こんなことが、いつでも起こりうる状態になっていると想った方が良い。

 自然に存在しないものを作りだしたのは、人間の傲慢さであり、このことに対する自業自得の罰が起こるのも当然だろうと想われる。もはや、テロリストの行動は、良心による制御がしきれないところまできている。戦争中毒者が最も酷いテロリストであると、ねこは想うのだが。
 
第005回 動けるものほど、創造から離れてしまった

 夕方のウォーキングをしていると、今年は栗が当たり年のようだ。この地域は、鎌倉を取り囲んだ裏山の部分を切り開いた土地なので、かなりの崖が存在する。そんな崖の崩れ防止も含めて、いろいろな樹木が植えてある。

 その中に、栗の木や柿の木がある。毎年、そんなにたくさんの実がついているとは感じなかったが、今年は、どの木も、とてもたくさん、いがぐりをつけている。さて、収穫するのは誰なのか、興味をそそる。

 ねこの家の柿の木も、今年はたくさんの実をつけている。もう、実はかなり大きくなり、日当たりの良いものは緑から少し黄色になりつつある。たくさんの葉に隠れて、鳥たちから実を守っているように見えるが、赤くなったらすぐにも、鳥たちは試食を始める。

 実がつくものだけでなく、我が家の樹木は、今、みんな新しい枝を上に伸ばして、天に向かって自分の進化を誇示しているように見える。

 樹木は動けない。動けないがゆえに、黙々と創造の意図に従い、創造の定めた法則の通りに生きている。創造からの恵みである大地からの栄養と水分を吸い上げ、大気から酸素を吸い込み、太陽の光を受け取って光合成によってすべてを作り出している。冬には排泄のために、葉を落とす。

 子孫繁栄の掟を守るために、花を咲かせ、実をつけ、鳥や動物や人間に食べさせて、種を遠くに運ばせている。自分の子孫がどこにいるのかを、樹木は気にしてはいない。ただ、それらは、本能として与えられている仕組み通りに生きているのだから、どこに仲間が居るかは、本能的に認識している言えるだろう。

 動物たちは、自分で動いて生きる本能を与えられているから、植物よりも自由度が大きい。この自由度は創造の法則と掟から離れる可能性をつことになるのだが、彼等はそういうことはほとんどないようだ。

 進化の途中で、生きる環境や食べ物の種類を変えてきた者たちもいるが、それにしても、自然の食物連鎖の法則にしたがって繁栄してきている。

 食物連鎖の、ある部分を破壊したり、守りすぎたり、大陸間の種の移動を可能にしたりして、自然の環境を崩したのは、人間である。人間の極端な悪への堕落、極端な善への堕落が、動物や植物の世界をだめにしている。

 人間は植物や動物に比べれば、自由度が無限といっても良い。しかるに、創造の法則や掟も正しくは知らない。自然の法則や掟に従おうなどと言う気持はさらさらなかったし、今も殆どない。未来はどうだろうか。あんまり、期待できそうにない。

 私達と書くと語弊があるかもしれないから、ここから先は、ねこの個人的な話にしよう。ねこは自分がどんなものかを、まともに知ったのは、そう遠い話ではない。

 ねこの生命本体があり、それは厳然として創造の法則や掟に従っているものであり、ねこという肉体人間の物質意識を、植物や動物よりも、創造の法則と掟に従って生きて行くように内部から仕向けているらしいのだが、ねこは、そのような認識はとんとなかった。

 ねこの物質人生は、昔のことを書いた随筆などを見ると判るが、この物質的な肉体に付随した性格と人格で考えて生きてきたので、あたまに浮いてくるのは、自分の財産のこと、家族のこと、住環境のこと、隣人とのこと、友人とのこと、会社での仕事のことなどの、自分に何かの損害を与えると想われるようなことばかりであった。

 このような事物は、ねこの心の中に、大きな怒りや哀しみや恐怖を引き起こし、それが、そのまま内臓に伝わって体の調子が変になったものである。それらは、もちろん、今でもないとは言わない。

 このような、ねこの状態は、創造の法則と掟に対する従順度が、ねこの家の柿の木にも劣っていたことを示していると言っても過言ではない。さらに、我が家の猫、ミミにも当然劣っていたと言える。

 創造の法則と掟の真理が、ねこの目の前にやってきたのは、四十歳に近くなってからである。この真理は、少しずつ世の中に広まりつつあるが、みんなの目にふれるのはいつのことであろうか。

 ねこは、今、柿の木の実を見ながら、創造を真理を知ってからの、ねこの二十五年間の時間の経過をふり返って見ている。この随筆を書くに至るまでに、丸二日の時間を要している。
 
第006回 霊感と称して他人の人生を語る愚行

 自分には霊感があると称して、他人の人生を読むかのような行為をする者たちが多い。街角で、すがりつく弱い人たちに、希望を与えるような占い師の場合については、ねこは何も言う気はない。

 公開の場で、つまり、テレビ番組や週刊誌などで、しかも、本人が望みもしないようなものを予告のごとく発表し、当たらなかったといっては、それに輪をかけて、何かをわめき散らす気ちがいじみた行為は許されないと想う。

 人間の性格とか、思考の傾向とか、病気の傾向とかに関する、生まれ日に関係した古来からの英知をまとめたものがあることは知っている。また、当然のことながら、人の人生の先読みができるらしいことも、ねこは知っている。

 しかし、これはあくまでも、やりたければ、本人が自ら確かめるべきものであり、他人から言われる筋合いのものではない。それも面白おかしく、有名人の結婚や離婚と勝手に予測してみたり、果ては、地獄に落ちて死ぬなどと、ありもしない事を、公の場で口汚く言いつのるに至っては、なにおかいわんや。

 もちろん、そんな傲慢な人間を公の場に出してきて、スケープゴートのように芸能人や有名人を痛めつけさせるディレクタやテレビ局も、スポンサー会社もろくな人間たちではない。

 宗教的な何かを基盤にして生きていると、人は、そういう脅かしには弱い。地獄に落ちるといわれれば、改名もするだろう。自分の意思が無いに等しいのだから。

 このようなことが行われ、本が売れると、読んだ者たちは常に何かに怯えて暮らすことになるだろう。つまり、自分で考えることができなくなるのだ。何をするにも、何かに頼るような人間になるだろう。

 正月を見れば判る。何が何でも、おみくじ。仕事場では、毎日、今日の運勢とか、バイオリズムとか、血液型占いとか、を画面で確認してから、一日が始まるのではないだろうか。

 このような事態になっている原因は、日本の場合は、明らかに教育にあると想う。宗教もあるが、どっちかというと日本人は、まじめな信者は少なく、本当はすべてを混合した「日本教」の信者だと想う。

 この日本教は、キリスト教、イスラム教などのガチガチと比べても、たちが悪い。つまり、何から何まで、みんなに頼るという性質だと想う。つまり、平気で、どんな宗教の信者の真似もするのだ。日本人の全身が、いろんな宗教のいろに染まって見える。拝み人種でしかない。

 挙句の果てに、占いに頼る。下手すると、こっくりさんなどをやって、潜在意識と現在意識の間の検閲(逆止弁のような機能)を開きっぱなしにしてしまう人まででてくる。

 これが開くと、現実の眼や耳には見えないし、聞こえない物事が潜在意識から逆流して、実際の見ているものと重なって見えたようになるらしい。らしいというのは、ねこはそんな体験が無いからである。ただ、その病気になってしまった人とのかかわりを持ったことがあり、ある程度の認識をもっている。

 生まれついて、この逆流を意識的にできる人がいるらしい。つまり、眼前には見えないものが見えるという人たちである。幼児の頃には、現在意識も無心であり、死んだおじいさんが、見えるというような子供がいるのも頷ける。ある家の入り口に、おじいさんが立っているのが見えたとか言う大人の人もいる。

 密教などの修行で制御して開けるような場合もあるようだ。浄霊などというものをしている人たちはこれかもしれない。しかし、ねこは、彼等のしていること事態に意味があるとは想わない。被施術者は大抵無意識に開いている人たちだろうから、治療法はあると想う。浄霊などという言葉は、おこがましい。

 人の潜在意識は連絡し合っているとか、集合無意識とか、なかり研究されているらしいが、偏見に満ちた地球の科学や宗教には真実は見えていないようである。

 上に書いたことは、すべて肉体がらみの無常なものの関連事項であり、真の生命の領域に関しては何も述べてはいない。

 ねこは、今までの随筆で、今こそ、世に啓示されつつある、真理の書からの教えに関して自分で体験したことごとを書いてきた。その真理の本質を理解して、創造に身を任せて生きている人は、もはや何者にも支配されたり、洗脳されたり、脅かされたり、自ら恐怖に陥ったりすることはなくなるだろう。

 そして、他人のことを占うとか、霊感があるなどと言って、自らが何もかも知っているがごとくに、他人を恐怖に陥れるような思考、行為、処置は、明らかに創造の掟に違反した愚行であり、いつか本人にその罰が与えられることだろう。

 何はともあれ、そのような馬鹿げた者にだまされることがないように、自分の意志をしっかりと持つことが肝要である。しかしまた、その前に、最も、自分の自立意識を駄目にしている、日本教や、あらゆる宗教から離脱して自由になることが肝要であろう。
 
第007回 どうしても気になる、地球の芸術家たち

 この随筆を書く気になったのは、地球人よりはるかに進んだ人類の芸術に関する考え方を知った時に、地球の美術や音楽や文学の創作に於ける異常さを認識したからである。

 創造の法則と掟を認識して生きる彼等の場合、自分の手で自然を忠実に再現するものだけが芸術として認められるという。絵画だけでなく、その他すべての、写実的でないものは芸術として認められていないという。

 非写実的になんらかの物体を表現した絵画や彫刻は、気が狂った人間の混乱したあたまの産物であり、これらの作家は、現実との結びつきがなく、そのために、現実をみとめて、それとともに生活できない者たちだと言う。

 また、写真は人間の手で作りだされたものではなく、機械や器具の助けを借りて造られたのであるから、芸術には属さないらしい。

 地球人が進化していくと、芸術的な分野では同様に、このような考え方になっていくだろう。それは、創造の--自然の法則と掟に則って生きるようになると、当然のことであろう。

 現在の地球人の頭は、自然なものには眼もくれず、非現実的なものに、より多く囚われており、言ってみれば、上に述べた評価によれば、きちがい部落とでもいうことになろう。

 これと同じことが、通常の私達にもいえる。

 自然の中に存在する物事の真実を正しく理解せず、自分の心の中にある、何らかの偏見によって、色をつけ、形をゆがめたものにして、脳や潜在意識に溜め込んでしまっている。

 だから、何一つ、如何なる色も変形もされない、創造が作り出したままの自然という真実をみてはいないのだと想う。

 その結果は、何ができたか。

 すべての分野で、前衛などと称する異常なものが繁殖して、大部分の者たちの意識を混乱させ、陶酔させ、現実感を失わせている。これは、一種の宗教である。

 この状態は、私達を一層、創造の法則から眼をそらさせ、幻想や物質に堕落した生活の中に閉じ込め、ますます囚われの身にしてしまってきた。

 文学の中には、非現実的なものがはびこり、作家の妄想でしかないものに賞が贈られたりもしている。このような小説に、一時の現実逃避をして、眼の前の現実を避けて通ろうとするので、生きる力を失い、いい歳をして、自殺するような者たちまででてくる。

 しかし、作家の中には、時代の風潮に流されずに、将来、確かに主流になるであろう道を歩く者たちも見える。そんな人たちは、自信をもって前進して欲しい。徹底した真実を見据えた写実主義の芸術を守り通して行って欲しい。

 それらの中で、ねこが気にしているのは、俳句である。

 ねこはいまだにまともな俳句が詠めない。それはそれで仕方が無い。しかし、将来に向けて考えた時に、この世界で一番短い詩の形を、数百年もどう残せるかは、今からの方向付けが重要だという想いがしてきた。

 正岡子規は、写生の重要性を終始一貫して強調したという。子規は、誰でもが作れる句をめざしたのだろう。

 誰かさんの知識や教養によりかかった嫌味な俳句や、混乱している頭の中からひねり出した観念句といわれるようなものではなく、身近な花や木や生物、自然のうつろいに視線をそそぎ、写生をするというのが、彼の本意だったろう。

 ねこは、これだけでは物足りないと想う。

 俳句は、詠み手の側の言葉ではない、実存を表す言葉を用いて、すべてを描写する詩になって初めて、真に文学として残って行けるものであろうと感じている。違うという人に、賛意を貰う必要はない。
 
 詠み手の言葉とは、観念的、あるいは主観的な言葉を表わし、これらを用いた詩は、いずれにしても、独りよがりでしかなく、デフォルメ絵画と同じレベルだろう。

 実存を表す言葉とは、自然や人間を仔細に観察した結果の真実を表現する言葉のことである。これには、創造の法則と掟を認識して生きるという条件がつくが、これをみんなが常識として理解できるのはいつのことやら。

 さらに、俳句の場合は、極端に短い中に書き留めた言葉の表現を通して、作者の主観やさらに広がる自然の愛などをいかに余韻として滲ませるかが、文学としてのレベルの高さを持つことになると予測している。

 現在の俳句論は、その成り立ちから、座の文芸と言われ、主宰という偉い人がいて、芸と技を磨くというものになっているのだから、これは芸術でも文学でもありえない。言われるとおりの文芸という遊びである。

 芸術や文学は、もともと才能のある人が造り出すもので、歳とか時間でなんとかなるものではない。そういう意味では、このままでは、俳句は、いずれ消滅するだろう。知に溺れた俳句など、俳句にあらず。

 今、ねこの手元に、一茶の俳句集がある。そこに観念句などはない。しかも、詠み手の姿や気持ち、果ては当時の世情や風情の滑稽さまで、ありありと見えてくるではないか。彼の人生がそのまま俳句である。座の文芸などではない。

 霜がれてせうじの蠅のカワユさよ  一茶 
 法の世や蛇もそっくり捨て衣    一茶
 花つむや扇をちよいとぼんのくぼ  一茶
 
第008回 世界に何が起こっているのか

 不思議な相似傾向が見える。イスラエルとパレスチナ、米国とイラクの間にである。皆さんにも見えるのではないか。簡単に言うと、イスラエルと米国が相手の主権部分から手を引けば、和平への道は早くなるのに、それをしない。
 
 さらに、イスラエルはパレスチナを怒らせて、テロに駆り立てるのが巧みなようである。そして、米国はイスラエルの教示を受けているかのように、イラクの過激派をテロに駆り立てている。この仕組みは、共通のように見える。

 この二つは、どうも、よく言われる旧約聖書と新約聖書に記述されたことの成就に向かっているかのような印象をあたえている。これをここで詳しく書く気は無い。

 私は、キリスト教の聖書というのは、古代の歴史と当時になされた未来の預言までの資料を、宗教として改変してあると認識しているので、支配者たちが、改ざんした資料に基づいて、世界にそれらを実現しようとしていると感じている。

 ここに来て、米国はいろんなことを計りつつあるようだ。ブッシュ大統領は、西欧や韓国に駐留する米軍の兵士と家族17万人を引き揚げると発表しており、そのようになりつつある。

 さらに、敗戦記念日直前の8月12日、パウエル国務長官は、ある会見で「日本が国連安全保障理事会の常任理事国になるには憲法9条を見直す必要がある」とする見解を示しているという。他でも、この趣旨の発言が繰り返されているようで、米国政府が日本に対し、憲法9条を改訂して「軍隊」や「交戦権」を持てと要請しているのではないかと、想われる。

 このような状況が何を意味するかは、裏の裏まであり、ねこには到底判るはずもないが、もともと、冷戦状態での守りとして、米欧、米韓、米日の同盟関係によって、軍隊を駐留させていたものであった。それがいまや不必要になったという見方があるかもしれない。

 さにら、米国は単独覇権主義をやめて、これらの関係国との連合を考えたとの見方もあるかもしれない。つまり、日本も、正式な軍隊を持てといわれているということである。

 しかし、ねこには到底、米国が単独覇権主義をやめたとは思えない。もし、米国が、この三つの関係を切るとしたら、狙いは、どこにあるのか考えてみればいい。

 米国は独仏の近隣への覇権行動、韓国の近隣への覇権行動を計画している節がある。さらに、中東での覇権行動はまだ続くだろう。これらの欲望から見れば、米国は、もはや独仏、日本、韓国を守るために駐留するのはありえない。

 日本は、米国から自由になるチャンスかもしれないが、日本人の精神構造から言って、昔の軍事大国になる可能性が大であると、ねこは想う。どうなることやら。

 ただ、日本への米軍の駐留は増えるようだが、ここから、某国を攻撃するとなれば、日本は、大変なことになる。軍隊を持てば、日本を守るのは米軍ではなく、日本であり、徴兵にもどることにもなるだろう。
 
 世界は昔の冷戦状態からは脱したものの、今や、特定の宗教にもとづく世界支配の野望と、神から任されたという、宗教を利用した覇権主義がのさばり、それらに対抗する勢力のテロ攻撃を導き出す謀略的な戦略が取られており、その両者の争いに巻き込まれて、他の国々が疲弊していくという時代になっている。

 つまり、冷戦構造に比べて、バランスすることのない、戦いの状態であり、地球の人間の意識は、逆に悪い方向に行っていると、ねこは心配している。
 
 この覇権主義の軍隊と、対するテロ集団の力のアンバランスは、テロ集団の狂気を呼び、その狂気が引き金となって、大きな戦いになる可能性があると想われるのである。一度、この状態になると、今のイラクの状態のように、絶対に完全停戦はしえないし、国内での内戦もずっと続くことになる。

 第二次大戦での日独の敗戦のような形はつかない。もし、つけるとしたら、相手の皆殺しを図るしかない。つまり、大量の核兵器の使用か、生物化学兵器などを使うことになろう。これは、地球人と地球の終わりを意味している。

 ねこは何で、こんなことを随筆で書いているのか、自分でも、よくわからない。このような事態になったら、今までのような、物質主義的な考え方でいると、到底耐えていきていくことはできなくなるし、最後はそれぞれが隣国との戦争するにまでなっていくだろう。

 前の大戦の時のことを考えれば判るが、異国から来ている人たちは、気の毒なことになるかもしれない。それが起こらないようにするには、早く、人間とはなにかを考えて、戦争や紛争で人を殺めることは、やってはならないことだと認識しかないと想う。

 同時に、このような覇権主義に走る、如何なる国の覇権主義者を支援するような思考や行動や処置をしないように、国の為政者を監視する必要があると想う。
 
第009回 ひとりひとりの意識に問う

 第008回で、世界的な業火の可能性を書いてしまったが、これは次のような根拠からである。米国はイラクの独裁政権を倒して、石油の権益を確保の必要条件は整えたものの、全体としては、国が安定しないので、原油の搬送ができないでいる。

 それが原因かどうかは判らないが、イラクを三つに分割しようという提案があるらしい。南と北には原油がでるが、真ん中はなんにもないイラク。革命後のフセイン政権ではその三つの部分に、宗教と民族の違う人々をこぢゃごちゃにして、なんとかイラク人にしていた。しかし、今やその支配力はなくなり、元の三つの意識にもどっている。

 イラクをこの宗教と人種による三つの部分の分けようということらしいが、真ん中にくる部分は原油はないから、国としての収入源がないのは明白だ。この計画が仮に成功して、民族移動までさせられるとしたら、宗教の二派、それと違う民族のこの三つのものは、お互いに戦いを始める可能性がある。

 イラクが分割されていく段階で、中東全域が今よりもさらに不安定になり、戦争が他の中東諸国に拡大していく恐れが強まる。つまり、宗教二派、そして民族と同じ人々が住んでいる、エジプトからパキスタンまでの地域に戦争が広がっていくことが考えられ、その周辺の東欧、ロシア、中央アジア、インドに影響が出ると、見られるからである。

 こうなってくると、完全に昔からの預言にある、世界の混乱へとつき進んでいってしまう。このシナリオは、もう一つの、イスラエルとパレスチナのシナリオと同時に、意図的に書かれているのかもしれない。  
 いずれの国々の人々も、本当にこのようなことを憂いている人たちは、のほほんとしていてはいけない。これは、明らかに、少数の権力欲にまみれたものたちの仕掛けであろう。そんな仕掛けに乗る手はない。

 イラクの三つのグループの人々は、独裁政権によって、統合されたとはいえ、とにかく、イラク人として、一つに纏まって、国を立て直す方向に行って欲しい。数と力は、この際、忘れよう。選挙をすると、数では、前の支配者の支援者は、負ける。しかし、政治的、軍事的な面では、彼等が圧倒している。

 また、もう一つ、まったく違う民族が入っていることで、今の人間の意識では、仲良くするのが、いかに困難か、判る。

 それゆえ、宗教や民族の違いを一切すてて、創造の法則と掟という自然の法則にしたがって、みんなの平等性を認識し、何はともあれ、今、イラクに住んでいるということで、一致団結して、覇権主義者を追い出し、世界的な石油権益の企業をも追い出して、イラク国の人間としての自立を目指して欲しい。

 今、世界のすべての国々は、宗教、民族、国家の建国以前の支配関係などのいきさつを抱えているが、これらのしがらみを一切忘れて、その国の中で、完全な鎖国体制をとることを提案したい。

 これしか、覇権国家である、某国から無理難題の吹きかけや強引な攻撃、権益の横取りをされないようにする手立てはない。日本は、米国から自立するための、もっとも重要な時期にきていると想う。

 民主党の岡田代表が、アメリカを訪問して高官たちと会った後、憲法を改定して海外での武力行使を可能にすると発言し、党内外に波乱を呼んだようである。

 米国は、自民党が負けても、憲法の改定の動きはそのまま続くように、交渉しているようだ。どうも、軍国主義と侵略戦争という経験から、考えたくない方向ではあるが、現実はそちらの方向に進んでいるようだ。

 ねこは、私たちの、ひとりひとりが、自分の意志をはっきりと打ち出し、自分の意思で決めたことに責任をとる生き方をするように提案したい。選挙に行かないではなく、擁立する人間を自分たちで選定し、政治を変え、公官庁の構成員についても、自分たちの意思を反映できるとたちを採用する仕組みを造ろう。

 このままでは、世界の情勢は、Billyさんの書いている通りになるといわざるを得ない。その資料は、ここにあるから、覗いてみて欲しい。

『FIGU特別公報』第13号(速報版)
 
第010回 眼前に、創造の愛が見えるのに

 今、ねこの庭で実をつけているのは、柿の木である。葡萄の木と枇杷の木もあるが、まだ、実をつけていない。さらに食べられるものでは、茗荷がある。渋いがグミの木もある。これらの樹木や植物をみていると、創造からの人間への愛が見えてくる。

 ねこの両親の家は、祖父母が農家をしていたから、稲、各種の野菜の一生についての知識はあり、それぞれの実や葉や茎や根の生育の状態を思い出すと、ここにも、当然、創造の愛が見える。

 樹木のみについては、その場所にじっとしながら、毎年、実をつけているが、種を作り子孫を増やすだけなら、実は小さいに限る。しかし、今、ねこの眼の前に見える、柿の実の大きいこと。何でこんなに大きいのか。鳥たちは、突っついて、おいしいところを食べるだけで、種はただ下に落ちるだけだ。ジャガイモやサツマイモについても同じで、あの大きさはなんだろう。

 さらに、ねこの柿は、甘柿である。渋柿もあり、それで十分子孫の反映はできているのだから、甘い必要などはない。これは、明らかに、人間に食べさせるためのものだろう。それ以外には、無意味である。

 とすれば、この甘さは創造が私達のために考えてくれたものである。柿の実にはビタミンが豊富である。もちろん、猿や類人猿たちにも同様に食べさせようとしたものであろう。

 この柿は、葉への太陽の光と葉から炭酸ガスを取り込み、そして根からの水分とそれに含まれる栄養分を取って成長し、枝の特定の条件がそろった部分から、花をつけるへたの部分を延ばし、花を咲かせ、虫によって受粉して実を結ぶ。

 その実は、ほとんど同じ大きさになり、太陽の光の照射が多いほど早く実は緑から黄色から金色に近い色になって、実の熟し具合を表示してみせる。熟しすぎたものは、赤くなるが、これは、鳥たちへの知らせだと想う。

 こんなにまで、何から何まで配慮されている柿の実。これは、ただのあの、間違った進化論による植物の進化によるものではない。最初から、このように与えられているとしか思えない。この柿の実の事実に示された基本的な理念は、無償の愛というものだろう。
 
 樹木以外の植物で、私達の食べ物になっているものは、毎年、繰り返して生えては腐る、つまり、生成と消滅を繰り返して、私達が生きるための栄養を提供してくれている。たぶん、人間の手が入っていなければ、ある土地に、ある野菜が生成し、そして消滅する。

 これには、樹木と同様な光と水と大気と栄養が必要だが、柿などの樹木と異なり、野菜は幹がなく根と茎と葉を毎年、地中から立ち上げるので、土地のもつある種の栄養が一気に涸れることがある。それを回復させるためには、今、私達は別な種類の野菜と交互に植えて、土地の回復を図るという知恵がある。

 たぶん、この知恵は、それらの野菜が独自にもっていると想われ、人間の手の入らないところでは、自然にそうしていると想われる。野菜がこの英知を持っているとしたら、野菜への創造の愛がみえるだろう。広葉樹林と針葉樹林は場所を交互に使用すると言う事実がある。
 
 このような野菜にすら、創造はこんな知恵を与えている。私達が、自然の中で、この真実の愛を知っていたら、地球をこんな風に搾取することは無かったであろう。地球には、創造が最初から造り出し、すべての生き物を生かしてくれるために必要なものをすべて用意してくれていた。

 しかし、それは、人間の数でからみると、五億人が限度という。つまり、五億人の人間が、何不自由なく生きてゆくのに必要な環境が、創造の計らいで整っていたのである。エネルギー源、栄養源、人間という生命を維持するために考えられた環境とそれを維持するための微生物から大きな動物までの食物連鎖の配慮も完璧になされていた。

 しかるに、今や、私達は人口を七十二億まで増やしてしまった。しかも、生活は自然ではなく、すべてが不自然なものになり、創造が用意してくれたエネルギー源、栄養源を使いつくし、生命維持のための自然な環境も無残に破壊してしまった。

 どうして、こんなことになったのか。私達が、創造の愛に思いを致すことなく、自分が何者かを忘れ、醜い肉体と間違った知識に汚し尽くされた意識を持って、飽きることをしらない欲望に煽られて走りつづけた結果だろう。それが今でも。

 今まで使った地球の財産を取り返すには、百万年単位であるという。無くなってみて、初めて知る地球が私達にとって、閉ざされた宇宙船であるという事実。それでも、気がつかずに、このまま、私だけは欲望を満たしたいという想念が渦巻いている。この想念波は地球に渦巻いていて、ねこにすら、とても気持ちが悪い。

 昔、この状態を望んだものたちがいた。「神」と名乗った連中である。彼等は私達の祖先をちょっとした技術で騙し、宇宙の森羅万象は自分たちが造ったといい、「創造者」として崇めろと要求した。「神」と称した者たちが去ると、祖先の中で悪知恵のあった者たちが、その「役」を自分たちのものにした。

 そして、時間とともに、その歴史は宗教の教えへと変転してきたのだ。恐ろしいものが多いが、地球の人間がこれだけの科学技術を生み出している、この今の時代に、旧態依然として、偽造された宗教の教えに、唯々諾々として従ったり、依存したりしているのは、あまりにもお粗末ではないか。

 みんなの頭が、そのような状態だから、未だに、世界から権力闘争や支配戦争はなくならない。さらに悪い状態に近づいている有様である。人間を裁く神や仏はどこにも存在しない。ただの作り話である。自分を裁くとすれば、それは自分である。

 そして、宇宙の森羅万象は、宇宙開闢の時に創造という意識がすべての理念を作り出したものである。創造は、この森羅万象を無償で普遍的な愛でもって造り出してくれており、すべてのものにとって、平等に利用する権利を与えている。しかも、人間に関しては、この宇宙船地球号を維持管理しながら、すべてを利用する力を与えている。

 しかるに、私達は、その創造の愛と配慮を知らず、地球のすべてを自分のものであるかのごとくにむさぼり、既に大半のものを利用しつくしてしまっている。人間以外の生き物は、創造の愛を正しく認識して、自然の法則と掟に忠実な一生を送り、大半が人間のために尽くしてくれている。

 ねこの家の茗荷さえ、自然の摂理のままに生えてきて、ねこにおいしい味噌汁を与えてくれている。

 さて、柿の木が笑っている。茗荷にも劣る人間だなんて、恥ずかしい話を書いてしまった。あなたは、どう想いますか?


NZ999

ねこの随筆日記    


001「手書きの手紙を見直そう」

ネットで電子メールをするようになってから、殆ど手紙を書かなくなったので、手紙を書くのに字がでてこなくなって、幼稚な文章になるだろうなと感じていた。最近、また良く手紙を書くようになって、実は、それは余り気にすることではないという気になってきた。何故なら、手紙を書くときには、パソコンの脇で書くので、知らない字や忘れた字を辞書で引かなくても、電子辞書が助けてくれて、逆に書く内容が良くなるということを感じている。

電子メールというのはなんとも味気ない。

心の動き、つまり喜怒哀楽は、手書きではあからさまに出るし、書き手の性格が文字の姿として現れるので、読んでいるものに、非常に人間的なものとして相手の感情が活き活きと伝わるからだろう。

大きい文字を書くと身体の特徴がすぐにわかる。私は大きい字が巧くかけない。つまり、習字が巧くかけない。この特徴は、指先で書く自分の文字の特徴を現すことにもなる。これは私の身体の堅さを現していた。私の骨は太いらしい。四肢の関節の全体的な自由度がみなさんより、一つは少ない気がする。このために、どんなに練習をしても、私の毛筆はまことに流麗なものにならなかった。どうやっても、力強さはなく、どこかが崩れる変な文字になる。

では、指先でのペンではどうか。これも実は同様であった。しかし、この場合は、小手先でなんとか修正をして適当な形の文字になるように意識的に練習した。力強さはないが、少しは格好よくしたのである。じつは、そのために、なんとなく、女性的な文字になっている。それに、あちこちでバランスが崩れる文字の場合は、変な癖字にして変形文字を作りだしていた。

こんな文字でも、見るのが好きだと言ってくれる人には、最近でも手紙を書くことにしている。メールが途切れても、手紙は住所さえあれば送れるので、矢張り、強力な意想伝達の道具だと想う。特に、恋文などの、愛情表現の場合には手で書いた手紙が最も感情を伝えるのに有効であり、電子メールでは人間味にかけていると想う。

みなさんも、手紙の良さをもう一度考えてみて欲しい。


002「こころ穏やかに生きよう」

喜びは控えめにしよう   そのことは私の心の踊りを抑える

怒りは控えめにしよう   そのことは私の心の興奮を静める

憂慮は控えめにしよう   そのことは私の心の沈みを支える

思いは控えめにしよう   そのことは私の心の盲信を減らす

悲しみは控えめにしよう  そのことは私の心を鬱感から救う

恐れは控えめにしょう  そのことは私の心を萎縮から救う

驚きは控えめにしよう  そのことは私の心を喧噪から救う

すべての情感を穏やかにすれば
 
私はこころ穏やかに過せよう
                            「ねこ作」

003「フジツボ珍味ブーム」

帆立貝にへばりつく「厄介者」フジツボ。最近、ブームらしい。身はタラバガニとウニを混ぜたような味がするという。内臓はカニミソ風という。ねこは食べたことはない。東京や大阪の料亭でも受けて市場価格はほたての十倍を越えるという。ホタテの豊作貧乏に泣く青森県ではフジツボの養殖に乗り出す業者もでているという。

なんで、ブジツボかというと、ねこは、会社員時代、熱交換器の設計をしていたことがあり、発電所には沢山の吾が子、熱交換器が働いている。実は、この中に、海水で冷やす熱交換器があるがあるのだ。この冷却水の海水が、三十度を越えて丁度フジツボが大繁殖するような温度になる。そのために、冷却側の水室にはフジツボがホタテにではなく、熱交換器の管板にくっついて管をふさぎ、冷却水が通らなくなるのである。

この掃除が大変で、フジツボなんか世の中から居なくなれと呪いたい代物。それがなんと、この話である。世の中何が幸いするか判らないという話である。原発でフジツボを育てて電気料金下げて欲しいな。


004「生協の青海苔煎餅が好きだ」

とても美味しい。生協に食品や飲み物を買いに行くが、必ず二袋を買ってくる。理由は、かみさんと三男の息子が横取りするからだ。食べたいなら自分で買ってくればいいじゃないか。かみさんと息子は、自分の目的のものしか買って来ない。要するに、生協で青海苔煎餅を思い出すのは私だけということである。眼の前にあると、食べたくなり、しかも、止まらなくなり、親父のことなど忘れて全部食べるようになるのは誰しも同じということらしい。困ったことだ。

息子はお酒やビールは家では飲まない。呑むのは、ウィスキーである。何か、私の学生時代を想い起させる。サントリーのダルマを買っておいてあったら、なんと、殆ど底をついていた。やるもんだ。別に寄ったりしてはいないから、ナイトキャップかな。

私が買ってきた「JAZZ」というウィスキーがある。もう、そろそろ飲もうかと想っているが、これなど危ないものである。早く呑めばいいじゃないかと、かみさんがいっているが、名前がいいので置いてあった。しかし、危ないから、これを呑むことにしよう。

今日も、青海苔煎餅を二袋買ってきた。

005「お風呂で読む本がある」

みなさんは、知っているだろうか? 私には別に変な趣味、例えば、お風呂で読書なんてするわけではないが、詩の本を探していたら、見つかったものである。世界思想社からでている「風呂で読む 現代詩入門 平居 謙(湯水に耐える合成樹脂使用)」という本である。現代詩と銘打ってあるので、買ってみたら、なんとお風呂でも読める本だった。実際に水につけてもさらりと乾いて、なんともない。内容も、さらりと流される、そんなものだ。まあ、自分でもそれに似たようなものを書いて、ここに載せようと想う。これが現代詩というものか?

経済には     
実は法則なんてないよね
戦後には     
みんなの活力があったね
ただそれだけさ
バブル後は    
みんな守りで必死だよね
買う気はないね
頭の中で
考えた法則で動かせるの
地球人は
お金の意味を忘れたのね
ぶつぶつ交換よ
さてさて
ではお手並み拝見しよう
消さないで年金
  
         「ねこ作」


006「何十年ぶりの小学校のクラス会、一人幹事」

越後湯沢もどうせ雨だろうと出発を遅らせた。清水トンネルに入るまで、関東は完全に雨の中だった。13時ちょっと過ぎにトンネルを抜けると、そこは日が射していた。もちろん、雲は多かったが降ってはいなかったのである。あらま、ということは明日も雨だというから、今から「アルプの里」に上って写真を撮ろうということにした。ケーブルのお金、往復1200円。逢うに居た時間10分。曇った空をバックの写真は冴えない。まあ、それで、無いよりはましということにして、ホテルに向かう。以前行った時の感覚からすると想ったより、遠かった。これは年取ったせいである。

ホテルに着くともう、名古屋の一人は着いていた。幹事が二番では、叱られそうだ。受付を作り、名札を作り、お金を戴き、挨拶をし、部屋への案内を頼み。とても、幹事が一人というのは大変だった。みんなを部屋に案内して、宴会の案内をし、フロントへ会費のデポジット。各部屋の皆さんに挨拶して廻って、既に呑んでいると、お風呂に入れなくなり、最後に入ったら、もう宴会の時間。宴会の前に写真を撮るのを頼んでおいたのに、カメラマン遅刻。

兎に角、幹事から参加に感謝し、歓迎の挨拶。田舎の世話人女性二人の挨拶、田舎の事務局の挨拶。乾杯の音頭は、一番遠くから一番早く着いた御仁にやって貰う。しばらくして写真を撮りに着たが、一回しかフラッシュがたけず、三回も失敗して、カメラマンの女性は失笑。今朝見たら、まあ、それなりに撮れてはいた。飲みだしたら、幹事はみんなに挨拶周りして、いろいろな個人的な話をきいた。みんないろいろと苦労した様子。二時間しかないのに、カラオケを歌わせるのを忘れて、というより、何時も唄いたがる人たちが遠慮したために、唄い出したのが既に二時間後。お開きの時間。ホテルは時間切れ!幹事の「ねこ」は知らんふり。どんどん唄わせて、三十分延長。お片づけの人には、ごめんなさいでした。

その後は、部屋に帰ってみんな一部屋に集り、わいわいと話をして何十年ぶりの友情を確めあった。ふと気がつくと、21時58分、ちょっとしなければならないことがあり、ねこが席を外している間、学校での私のことで話が盛り上がったとか。何しろ、父親が教頭であっただけに、私のことは印象にあるということだった。その後、寝たのは良いが、ねこは後で寝たために、みんなの鼾の嵐で、ほとんど眠られず、そんな恨みも言えずに、帰りの新幹線ではぐっすり。帰宅してから、ベッド入って、また、ぐうぐう。

なんとか、幹事の仕事は終わり、朝食後、全員でバスにのり、アルプの里という公園にでかけた。ここで紅葉を見ようという計画で、ケーブルで上に上がり、しばらく散策した後、越後湯沢の駅で、次回の幹事は決めず、お互いに連絡をしあい、元気なものが幹事をするということにして散会した。快晴にはならず、山の上はかなり雲の量が多いし、霧状に下からわいてきたりして、余りよい写真が撮れなかった。言い訳でしかないが、紅葉もそう赤いところまでは行っていないので、色が暗くて醜い画像になった。やっと終って気が楽になった。


007「雪景色」

私を魅了するのは
新雪の曲線美に覆われた
あの雪景色だ

私を震わすのは
木の枝が樹氷で覆われた
あの雪景色だ

私を怒らせるのは
人の生むごみで覆われた
あの雪景色だ

私はあくまでも白く
曲線美に満ちた雪景色
それが好きだ
               「ねこ作」



008「想いの世界」

物理的なものの世界があった
しかし
言葉がないと人の意識にとっては
すべてはないに等しかった
形を持つ言葉の世界が与えられた
そして
ものの名前に意味が与えられた
すると   ものが観れた
形をもたない言葉の世界があたえられた
そして
内面の動きに意味があたえられる
すると   喜怒哀楽がうまれた

太古 自然に喜び悲しみを知り
美味しいまずいを知り
今や 思いの中で喜怒哀楽を知る
思いを制御できれば
                  「ねこ作」


009「氣功の鍛錬を始めた」

寒くなってきた。一階のリビングではガス・ストーブをつけているが、二階の自分の部屋はまだ暖房はしていない。今も深々と冷えてきているが、寝巻きの上に上着を着て、下には毛布を巻いている。これで何とかもたしているが、風邪をひかないようにしないといけない。年をとると体力が落ちるので病気になりやすくなり、自然治癒力も落ちてしまうので、治りにくくなる。この自然治癒力を回復したいので、今、氣功の鍛錬をしている。結局、人間の体と意識の関係の仕組みを勉強するようなものだ。今、八週目である。色々なことをやってきているが、どのくらいの成果があるのかは、まだ自己評価できる段階ではない。ゆっくりやるしかない。


010「眼と睫」

今日の朝日の夕刊によると、「ますから市場」が膨らんでいる由。化粧の焦点は「まつ毛きりり」という販売の仕組みがみえる。広告業界の裏の話を沢山知っている、ねこには面白い読み物だ。

ねこは、「おめめが大きいお子さん」だったが、今でも眼が大きくて、睫はバサバサというほど多いし、長いものをもっている。小さい頃から、そう言われてそんなものかなあと想っていた。眼が大きいから塵が入り易い。したがって、それを防ぐためには、睫は沢山、しかも長いのが生えないといけないのが自然の理である。これが、私の眼と睫の関係である。まあ、女性たちの美の、一つの条件と言うのなら、それはそれで良いが、もとはただそういう自然の理でしかないことは認識しておいたほうが良い。


011「恋と結婚」

小津安二郎さんの別荘の話や恋した女性のことが載っていた。 彼は三十一歳の頃に恋をしている。その人は小田原の芸者さん十九歳、栄女。その頃の小津さんの俳句を読んでみよう。

小田原は灯りそめおり夕心
明けそめし鐘かぞへつつ、二人かな
薫黛の蝕歯いためる浅き春
口づけをうつつに知るや春の雨
君が忘れし舞扇ひらきてはみつ、閉ざしてはみつ

すらりとして、きっぷのいい、くっきりと眉の濃い人だったと言う。戦後まで付き合い、北鎌倉に家を見つけたのは女性の方。みんなが夫婦になると想ったらしいが、しかし、二人は結婚しなかった。縁が無かったとしかいいようがない。


012「三浦半島へドライブ」

今日は三浦半島を下って見た。お魚を買うのと食べるのに行った。午前中はお天気が良くて素敵な青空と白い雲が見えた。午後は少し雲が出て、夜にはにわか雨が降るという変ようである。横須賀の先になるが、先端まではいかなかった。途中、三浦大根の畑が広がり、大いなる田舎の風景に逢い、写真を撮りたかったが、余り良い構図がなくてがっかりした。帰りに湘南国際村によって海軍カレーを買い、コーヒーを呑んで来たが、あそこの鴨が元気に遊んでいたので少し写真を撮ってあげた。載せるものが有るかどうかは?であり、今から見てみよう。

合計五時間の旅、車の中が四時間はあるが、いつもは足腰が多少気になるのだが、今日はそれが皆無。最近、氣功の鍛錬をし出してから、外に車で行く時は、氣功用のCDをもって乗り、ヘッドホンで聞いている。今日も車の中の全時間をCD聴きながら居た。それを聞いているだけで、最近は内気が高まるのが判り、血液の循環も良いらしい。この効果かもしれない。

私たちの肉体構造が次のように配置されているという。プシケー(Psyche)は神経にそって肉体のすべての部分に広がっている。即ち、内部よりもむしろ外部の方に向かってずっと多く広がっている。何故なら、主に、外部から障害に脅かされるからである。したがって、プシケーの注意は外部からのどんな小さな刺激にも十分促される。その時、プシケーに直接接触しているその肉体の持ち主の思考も重要な役割を演ずる。どんな思考も瞬間的にこのプシケーに導かれ、その思考に応じてプシケーが感化され、制御されるという。プシケーが感化され、制御されれば、神経から肉体が制御される。

このことは、私たちには大きな意味をもつ。つまり人間は思考する動物だからであり、その思考がプシケーに達すると直ぐになんらかの結果が、プシケーを通して身体にでてくる。このことの正しさは、自分が日常でいろいろな思考をしているの内容と、肉体の変調具合を見ていれば判る。だから、内臓の病気などは完全に、思考の傾向と結びついている。病気になりたくなければ、まず自分の思考を制御することが必要だということである。氣功の中での意念と臓器と気の関係がでてくるが、この真理の一部が含まれている模様である。


013「朝日新聞へのある投書から」

夫の定年の日、藤原栄子(六十歳)(仮名)さんはケーキでお祝いし、「ご苦労様でした」とねぎらい、その上で、「私、お昼ご飯は作りません」と切り出し、次々と希望を夫に告げた。「今日から別の部屋で寝ます。しばらくの間旅に出ます」と。

ねこは、この主張は良く判る。ねこのかみさんは、勿論、別の部屋に寝ている。これは定年というよりも、自分の気ままな自由が欲しいということの現れである。子育てを終れば、母は女として自由になりたいと想う。此処までが、男と女の仕事の分離が明確に為されていて、創造の仕組みの通りに分担してきたなあと想う。しかし、ここから先は、女性特有のものはすべてその力を失うのだから、同じことをしろと言うのは酷である。

ねこのかみさんは、車の運転をして出かけるのが大好きである。フラダンスの仲間、仕事?の仲間、近所の仲間などと出かけるのが大好き。孫に逢いに息子の家に車を駆るのも大好き。世の中の仕組みに合わせてのことは別に問題なく実施してくれるが、家の中の家事のことは、この女性同様にしたくないという。「びょうき」だという。掃除もしない。新聞や郵便物は片付けない。TVの前でごろねしているのが日課のようなものだ。

これに、ねこは???となったが、最近では、それはそう言うものだと納得している。つまり、「長年の反動によるびょうき」ということにしたのである。だから、掃除とか、食器洗いとか色々なことは自分でしている。文句をいうと、「病気です。離婚してください。出で行くのはあなた」と必ず言うのである。一切の財産をすてて、どこかの人に面倒をみてもらって欲しいというのがいい分。アハハハ、素晴らしい提案である。自分の好きなことはどんどんやるのだが。

また、どこかの国に遊びに行くでしょう。高級なツアーで行くようにといってありますが。夫と行くよりも、友達の裕福な女性たちと行くのがどんなにいいか判りません。ねこは、それを応援しています。今度は宮殿を見に行くようです。ねこは、かみさんと二人で旅行にいくよりも、一人で色々なことをしているのが好きだから、それはそれで相性のいい夫婦であろうか。私たちは、両方の父母の長期的な介護などはせずにきた。もちろん、かみさんには色々と負担がかかった。子供たちが独立したら、かみさんにそれ以上の苦労はさせるのは刻だから、自分が世話にならないように元気に生きることを考えている。

HPもそう、恋の詩を書くのもそう、メル友が居るのもそう、全部自分を元気に、ボケないでいたいからです。ねこは、人のために何かをするのが生甲斐です。それをしている限りボケないし、死なないのです。総ては、かみさんに迷惑をかけないためにしているのです。かみさんよ、今までありがとう。これからもありがとう。迷惑かけないように頑張るよ。

そのために、HPに来てくれている人たちに感謝しなくちゃ。ありがとう!



014「大船植物園」

今日の植物園は、お年寄りや車椅子の人たちも多かった。気温がまずまずだったので、出られたのだと想う。母の腕を持って歩く女性、孫にクルマ椅子を押してもらう御婆ちゃんなど。夫婦二人連れも多かった。昨日、日記にあんなことを書いたので、特に気にしてみていたが、まあ、仲良くお父さんが菊の丹精の仕方を奥さんに語っているのが印象的だった。仲良きことはいいことだ。

話は飛ぶが、

以前に想いの肉体への影響について書いたが、氣功の鍛錬で、臓器に意念を集中して気をその臓器に集めるというのがあるが、どこにその臓器があるのか知らないので、できないことだと想うだろうか。ねこも、そう想っていたが、その臓器を名を意識しただけで、そこに意識が集中されることを知った。これは、想念がプシケを介して肉体の臓器に影響を及ぼすということの証明の一つにもなりそうである。

もう一つおまけに、今日、来年のシステム手帳を買った。今から、二ヶ月で色々なものを書き込みたいのだが、最大の目的は、物忘れがあるかないかのチェックになるのだろうか。書くものは、俳句とか日記のねた話にしたいものだ。この日記を毎日埋めるのはかなり厳しい。もっと厳しいことを、ねこも、いくつか実施している。内証であるが、一日も欠かさずに、である。

今、氣功のエクササイズについてきた、あるCDを聞いている。実は毎日一定時間以上、エアホンで聞いているのだが、もう、八週間すぎたが、まったく飽きることがない。勿論メロディを覚える気はない。この音の流れを聞いていると自分の内部が熱くなってくる。同様のことが、採気のエクササイズで起こる。この音の流れによって私の身体にあるエネルギの停滞が再度活動させられる気がしている。ウォーキングによる足の土踏まずにあるツボからの気の採取は、20分くらい歩くと身体の中が一定以上の熱さを発する。運動だから当然だと言うかもしれないが、それよりも、暑くなる気がする。

採気の場合は、逆にゆっくりと歩くので、採気の意識をしないと実は身体は20分では温かくならない。だから、採気の影響があると感じている。横になっての、採気の場合は初めて数分でそうなるから、意識的な影響で外部から気というか何かのエネルギーが入りこむ。勿論、運動のせいではない。夜眠る時はそれをするとベッドの中が冷たくても、直ぐに暖かくなる。とても、気持がいいものである。これは、私の氣功のエクササイズが進んでいるとかを言っているのではない。何度繰返しても、なかなか色々な体感ができないでいる。そんなに簡単なことではないと認識している徹底してやらないといけない。

なまじ色々な知識があると、疑うことなく進むことが困難なようだ。「実はこうではないのか」などと考えるからである。カリキュラムを造られた人は猜疑心が停滞させると書いていた。しかし、サボらずに続けている。だから、色々な効果を感じとっている。この日記もCDを聴きながら書いているが、まったく支障がない。身体の中にエネルギーが駆け巡るように暖かい。

巳ちゃんの車で遠出する時は、CDのポータブル・プレーヤーで大きい音で聴きながら往復する。普通に乗っているだけだと、エコノミー症候群のように足がしびれたりすることがあるが、これを聴いていると感じなくなった。面白いことである。このCDプレーヤーは40秒間のアンチ・スキップ・メモリをもっているので、車の加減速による加速度でも大丈夫。


015「大学の同級生」

今日は素晴らしい発見をした。四十年たっても人に変らないところがある。それは「横顔」。前から見るとみんな、しわがあるとか、はげたとか白髪とかになっている。が、しかし、横顔はなんにも変らない。この素敵な発見で、ねこは二十九人のうち27人を識別できた。二人は、ちょっとできなかった。みんな素敵に年をとっていて、元気だった。四十八人のうち亡なったのは一人だけ。二十九人が集った。糖尿病の人が数人いるだけで、あとはみんな元気。まだ、現役の人たちが居る。

大抵は年金生活で慎ましく畑を耕したりしているとのことだった。神戸の地震を経験した人は、あの時の体験を生々しく話してくれた。 みんなバブルの時代を駆け抜けて素敵な男になっていたが、今から五年先に私はいないかもしれないといった人が何人かいた。そんなことはないと元気あげたが、早めに次の会を開く必要があるなと想った。


016「鎌倉を訪問」

今日は思い出して久しぶりの鎌倉訪問。手紙用の便箋が少なくなったので買いにいった。この便箋は、字の下手な私には非常によい。実は、社頭という会社で作っている和紙の便箋。私は万年筆が好きで、ほとんど手紙は細字の万年筆で書く。これが滲まないし、とても綺麗に書けるのである。だから、この便箋は幾つも買い置きをしているしまつである。

ついでに、少し紅葉した景色や、寒牡丹の咲いているものを眺めたり、写真に撮ったりしてきた。最近、私の撮る写真に花のアップが少なくなっていた。これは間違いなく、写真俳句から俳画に近い方向に気持が転換している証拠だと想った。不思議なことである。無意識に花以外のものまで広げて撮影している。


017「突然の筋肉痛」

筋肉痛がどうして起こったのか、原因がつかめないでいる。以前は、何かの力仕事をしたとか、無理な姿勢で何かをしたとか、腕を上げてのパソコンのやりすぎとか、パソコンの画面が高いので首をあげていたら、筋肉が変になったというのがほとんどであった。今回のものは、理由がわからない。なんとなく、腰の周りが痛くなるのからはじまった。これは、太ったせいでベルトに締められたせいかと想ったが、なんとなく肝臓の辺りが変だ。こうなると、巳ちゃんが早く医者に行けという。こんなもので医者に行くのは馬鹿だと断る。それならば、整形外科へいけという。これも断る。

しかし、一晩寝たら、もっと痛くなった。今度は背中の上の方に痛みがきた。ついでに、首が回せなくなる。サロンパスを貼ってみたが余り効果なし。時間かたつに従い、だんだん上に痛みが移動した。昨日は氣功の錬功はできずに寝た。今日は氣功の錬功をしていると、各所の筋肉が震えだした。こうなったら、氣功の錬功を思い切りやろうと集中していたら、痛みは首の周りに上がった。背中や腰の部分はほとんど痛みがない。これを書きながら、キーインをしているがほとんど痛みは感じなくなっている。原因がわからないままに、なんとか痛みが無くなって、医者にも行かずに済んでよかった。多分、首から上の重さが原因ではないかと想うのと、腕の重さであろう。少し、この二つを使うのを減らすことにした。

氣功の錬功では、背骨のズレとか変形があると自然に身体が修正する動作=自発功が起こるというが、今回の経験は、筋肉の震動のみであった。ぶるぶると震動して揉みほぐしたのであろうか。


018「三日坊主か、根気の男か」

哲学者の木田元氏が書いていた。小さい時に三日坊主といわれたが、戦後の混乱の後に、大学に入った頃に、酷く根気良く何かをしている自分がいたことに気がついた。自分では気が小さいと思っていたが、他人が見ると気が強そうに見えるらしい。自分ではズボラな怠け者と思っていたが、勤勉な人間に見えることもあるらしい。自分がどっちか良く分からない。どっちが本当なのだろうかと、自問したそうである。

このことは、次のことをしめしている。

つまり、人間は多面的で多様な可能性を持っており、ものごとによってどちらにも変化することを示しているのであり、それをこれこれだと限定することは、他の可能性を殺すことになり、多様な可能性をもつ自分を否定することになる。哲学の道で、スピノザと言う人が「限定は否定である」と説いているらしいが、まさにこれである。木田氏は、自分はこれこれだとか、なになにの専門家だとか自己限定するのをやめたら、とても自由になったと書いている。

ねこは、このことは小さいときから知っている。好きなことはどんなにしてでもやり続けるし、完成させてきた。したくないものは、直ぐにでもやめてきた。当たり前のことである。だから、ねこは、親として子供をなになにと決め付けたりはしてこなかった。子供の可能性は無限だからだ。


019「俳画とは何か」

ちょっと調べてみた。俳句に挿絵を付加したのものらしい。大岡春卜は、「発句(ほっく)の趣絵(おもむきえ)」、与謝蕪村は、「俳諧ものの草画」と称す。飯田九一は、「俳道精神におけるさびあるいは枯淡の表現に契合し、拙をもって体とし、つとめて巧緻俗臭をさけ、形象の単純化を要として俳趣雅致の特異性を具足する画風」、と定義した。 これは、実際に書かれたものをみないとわからないが、最後の飯田九一氏の考えように、色々な先生が教えているようだ。

俳画で検索するといろいろな人たちの作品がみれる。ねこは、近所で展覧会をみているので、形は知っていたが、この定義は知らなかった。ねこは今まで、写真の中で吟行し、写真俳句として自分のホームページに載せてきた。ここにきて、俳画のように、俳句写真にしようと挑戦している。しかし、俳句の趣にあった写風などありえようか。デジタルの絵を描くのはすでにある。

それで、写真は見たまま右脳写真とし、写真の外は俳句の趣で表現し、何かぼんやりともう一つ、撮影者の心の中でもうっすらとでるものに挑戦している。しかし、まったく自信がない。


020「紅葉狩り散歩」

今日は朝から街路樹の銀杏の木の黄葉を撮ろうと歩いた。この辺の住宅街は山の中を切り開いて造った街で、山谷がある。だから、年寄りは自転車での遠出は困難なのだ。そんな山谷を越えて歩いて見たが、まだ黄色は三分の一で、日当りの良い部分が黄色で悪いところはまだ緑。銀杏狩りが終った地点で、いたち川の遊歩道に入り、川のほとりを歩く。桜、もみじや他の木々の葉が紅葉して綺麗である。川の中ではすすきが群生して真白な島を作っていた。真っ白いサギが一羽いて写真に収まってくれたものだ。

川の土手で、未だにコスモスが群生して咲いているところがある。川原でいろいろな紅葉の写真を撮れた。桜など落葉樹の場合、花芽ができてから開花するまでの メカニズムは次のようになっているそうだ。

花芽ができた後で、各葉に「成長抑制ホルモン」が作られ、これが花芽に移動する。そして葉は役目を終えて落葉する。 花芽は、例え季節外れの暖かさがやってきても、「成長抑制ホルモン」の効果から、そのまま冬越する。 そしてこの「成長抑制ホルモン」は冬の寒さによって壊される。この「成長抑制ホルモン」が壊されてから、春を迎えて暖かくなると、グングン成長し、ちょうど良い時期に開花するのが通常の姿だという。 ところが、各葉で作られた「成長抑制ホルモン」が花芽に移動する前に大型台風などによって、大事な葉を千切り取られると、「成長抑制ホルモン」が花芽に届かなくなる。 それでも異常な暖かさがやって来なければ、花芽はそのまま冬を越すので、「狂い咲き」は起きないのだという。

問題は、台風などで「成長抑制ホルモン」が花芽に届かない場合で、かつ異常な暖かさがやってきた時に、もう春が来たのかと勘違いさせられ開花してしまうらしい。つまり、「成長抑制ホルモン」が花芽に届かない場合で、異常な暖かさがやってきたという二つの条件が重なった時に「狂い咲き」と言われる現象が起きるのである。

くりはま花の国では、山桜、ガクアジサイ、シャクナゲ、ライラックまでが狂い咲きしているそうである。 この事件は、夏の台風によって上ようなことが起こったのだろうと推測されている。花達からみれば狂い咲きではなくて、正常なメカニズムで咲いているのである。ご愁傷様。



021「昨日は満月だった」

月の模様になったうさぎは、インドの伝説らしい。昔から日本では月にはうさぎが住んでいて、お餅をついていると伝えられているが、そのルーツをたどるとインドの伝説が元になっているようである。インドではこのような伝説が伝わっているという。

 昔ウサギとキツネとサルの三匹がとても仲良く暮らしていた。ある時三匹は、自分たちが何故獣の姿をしているのかを、真剣に話し合った。

   「きっと前世の行いが、悪かったからだろう」
   「それならばこれからは、人の役に立つような行いを、しようじゃないか」

まもなくそのチャンスが訪れた。三匹の前に、ひとりのみすぼらしい老人が現れた。彼らはさっそく老人の世話をすることにした。サルは木に登り木の実を集めてきた。キツネは野山を走り回って、果物を集めてきた。しかし、ウサギには何もすることがなかった。そこで彼は自分自身を食べてもらおうと、燃えさかる炎の中に身を投じてしまった。これを見た老人はびっくりしてしまった。実は老人は神様の仮の姿だったのである。

  「お前たちの優しい気持ちは良くわかった。来世ではきっと人間にしよう。
   それにしてもウサギには可愛そうなことをした。月の中にウサギの姿を
   永遠に残してやろう。」

月の黒い模様は、ウサギが喜んではねている姿なのである。


022「健康ウォーキング」

昨日からウォーキングは三時頃から一時間にした。最近はぐっと寒くなって、手足が冷たい。二十分位歩くと身体は温かくなってくる。最近は、気の取り込みエクササイズを兼ねているので、直ぐに暖かくなるのだが、今日は指先の冷たさはなかなか暖かくならなかった。そういえば、気のエクササイズで、樹林氣功なるものがある。抱えられる大きさのいろいろな樹木に腕を廻し、樹木と自分の身体の間に気を回すと言うものである。この錬功で気が廻ることを確認できるかと挑戦されている。

実は、人家の近所では樹木抱きつきはちょっと恥かしい。もちろん、抱きつくのではなくて、腕を離した状態でまわして、その形を維持するものであるが、抱きついていると想われる。だから、この錬功は暖かい日を見て、山に入ってやろうと想っている。錬功はいろいろと繰返し行っているが、そんなに進んでいるとは思えない。諦めずに、ずっとやることにしている。

氣功の鍛錬で内氣が高まると、眼を閉じるといろんな色が見えるようになるとされている。これに気付いていなかったが、今日のお昼の錬功で眼前に色が見え出し、最後は紫色の円盤が現れてた遠のいていく繰り返しが見えた。これが何であるかを調べると、どうやら内氣が高まっている状態であることがわかった。色は七色あり、色の配合もいろいろとあるようである。

赤や橙色から始まって濃い紫に近付くという。今日は薄い紫まで見えた。これは内氣の状態の一つの確認方法であり、確認する楽しみが増えた。しかし、これで何かができるとかそういうものではない。円盤状ではあるが、輪郭は揺れ動いており、大きさも手前から遠くへと引き下がる運動をして、繰返して現れるので、面白いものである。風邪をひいたりすると模様がでるとか。


023「作曲家、船村徹さん」

作曲家、船村徹さん(七十歳)の話しが載っていた。

七十歳になって、ますます「人生これから」と想うようになりました。野球だと「ラッキー七」って言うでしょう。公私ともに、今が僕にとって七回の大事な攻防。今のところ、観客がトイレに立てないような試合をしているつもりです。十年後に呑むためのウィスキーを仕込んだり、つり用の毛ばりを作ったり、デジカメを抱えて海外旅行に出かけたり。「私」の部分も充実しています。酒も煙草もやるし、健康には拘っていないけど、やりたいことが多すぎて病気になっている暇がない。だから結果として健康なんだな。

ねこが思うに、まあ、彼の想うようにすればいいですけど、寿命以外にはそう簡単には死にませんわ。ねこも、いろいろと忙しそうにしていて充実しているから、こうして、ホームページを埋めているのや、メールを書いているのや、俳句写真に挑戦したりしていると、なんとも忙しくて、病気になってはいられない状況である。 人生は自分の仕組んだ通りに前向きにあるくのがいい。そしたら、病気になる暇はない。病気は気からと言うが、これは多分真理であり、病気になるようになるようにと考えるのが病気の原因だろう。ただ、生まれたときからもっている、体質があり、これがまた、ものの考え方に影響し、影響される堂堂巡りのようである。

船村さんではないが、酒も煙草もやっていても、それはそれでいいのです。彼にはね。


024「面白い話 その壱」

新潟の弟から聞いた話だが、彼は毎年、かまきりが木に植え付ける、なめくじのような形の卵の高さ位置が違うことに氣がついているようである。かまきりは本能的に、今年の冬の積雪の深さを知っているようなのだという。つまり、雪の中にもぐってしまわないような高さ位置に、卵を産み付けるのだという。

025「面白い話 その弐」

ねこは、毎朝髭を剃るが、時々皮膚を切ってしまって出血することがあった。バンドエイドなどを貼る以前に、テッシュとかで抑えるが、テッシュでは血が止まらない。抑えていると酸素も入らないからかもしれない。勿論、止血のために、血液の中に止血する成分が入っているから、それでとまると想われるが、それよりも外に流れるのは面白くない。

ねこは、新聞紙を破って、傷の上にペタンと貼る。すると、何とも素早く止血される。これはどんな理屈でそうなるのかは、なんとも理解できていない。鼻血がでたりした時も、テッシュではなく新聞紙を丸めて入れるとよく止まった。「止血効果や殺菌力が凄い!天然にがりは、わが家の常備薬です。」という大坂の人の記事がありました。これは参考になると想います。

026「体質と薬」

さて、話は変わりますが、血圧の低下のために、血液をさらさらにする薬を飲まされますが、これを呑むと、さらさらになるが、出血すると止まらないのである。父もそうだったが、ねこも何回もこれを経験した。今はもう、この薬をやめて8年目ですから、出血しても直ぐに止まる。ただ、血液のどろどろはどうなっているか判らない。実は、ねこは、体質上、慢性的に飲む薬はだめなようである。副作用で、別な病気がでてくるようで、仕方がないので、医者に断りもなく、慢性的な薬の投与は拒否している。ただし、これは真似してもらっては、困る。


027「再び、大船植物園」

素晴らしいお天気だったので、フラワーセンタに行った。帰りに遅い食事もして、三時半に帰宅。かれこれ五時間での散歩である。ウィークデイはフラワーセンタにはほとんど人がいません。大抵、無料で入れる人たちです。大人三百五十円ですが、六十五歳からは無料だから、近所から毎日遊びに来ている人もいる。紅葉、黄葉、薔薇や季節の木々が花を咲かせている。草花は育ててあるものを移植して見せてくれる。絵を書きに来る人も多い。他の人たちから邪魔をされないから、よい環境である。

多分十代の若い女の子だと想うが、三人別々に、高級なカメラで色々な物を撮っていた。書類とかリストのような物を見ながら撮影していたから、何かの目的での撮影らしい。かなり風が強かったから、彼女たちの髪は風でひらひらして、撮り難かったと想う。温室の睡蓮の部屋では、一人のご婦人が、たった一人で、丹念に一つ一つ撮っていたのが印象的だった。人が少ないからできるのだが。

お天気が最高だったので、ご夫婦の散歩も数組あった。芝生にひっくりかえって見ると、天が高くてどこまでもっていう感じだった。

028「氣功の錬功」

氣功のエクササイズはあまり正しく進んでいるとは想われないが、身体の中の気の高まりのようなものが感じられる。無意識に胸の中が熱くなるし、意識だけによるツボからの気の取り込みが成功しているようである。頭の上から身体の側面から手の中指へ、頭から顔と胸を通って両足の親指へ、頭から背中を通して足の裏までの三本の線にそって意識を這わせると、体中が暖かくなってくる。なにしろ、ツボからの気の取り込みは、意識だけでするのだから、証拠は、身体に何かが流れ込んで暖かくなることでしか、私にはまだ判らない。もっと真面目にやっている人たちは多分いろいろと感じているのだと想う。

029「恋と友情」

恋は盲目になりうる。だが友情は決してそうはなりえない。決してそうなってはならない義務がある。友人の欠点を愛するまでに発展することがある。だがそれは、友人を助けて彼にそれを知らせるためである。 ジード(フランス)

 このことを私たちは忘れているようである。ねこは、今こそ、すべての友人とそういう関係でありたい。

友人の苦難に同情することならだれにでもできる。しかし友人の成功に同感するには、たいへんすぐれた性質が必要だ。 ワイルド(イギリス)

 これも、ねこには、とても難しいことだった。嫉妬や妬みが支配したから。 


030「年の暮れが見えてきた」

とうとう、12月の日が減りだした。もう、三日である。暮れになるとしなければならないことがある。いらないといって、持って来てしまう年賀状である。来年に向けて、どんな絵や言葉を書くのであろうか。会社人間の時は、それなりに、皆さんからも戴くので、真面目に作っていたが、今年は、もう、出す人はいないのだが。大学の同級生へのものがあったが、もう、今回のクラス会で大抵、電子メールアドレスが判ったので、印刷ではないものになりそうである。俳句写真がなんとなくよくなってきたから、それを賀状にしようかとも想う。でも、印刷のものは色が綺麗に出ないからだめだ。その前にすることがある。忘年会とかである。


031「こころ」

ある人から戴いた疑問から、ねこがIBMにいた時に知った、あるシステム・コンサルタントの文章を読み返してみた。ねこはべつの説明をもっているが、これについて一度、自問自答してみるのも良いと想う。

「私たちは同時に二つの違う世界に生きているようにみえる。私たちの周りのすべては、物質の世界であり、私たちが見たり、聞いたり、感じたりできる一つの世界である。私たちは明らかに、この世界の一部であり、その世界で、私たちは見たり聞いたりされる物質的な身体をもち、この身体は私たちが物質の現実の中で機能し続けるのならば合致しなければならない物質的な要求をもっている。しかし、思考や感情、希望や夢もまた存在している。これらは物質的なものではなく、従って、見ることも触れることもできないが、そうだからといってそれらが現実でないはずはない。事実、それを真の自己の所在と考えたり、感じたりして自分のこの部分を見ている。何故なら、自分のこの部分はこの物質世界での私たちの行動のすべての決定をするからである。

考えてみれば、これはむしろ不思議な状況である。思考や感情がもし物質でないとしたら、いったいどこからくるのか?イメージやアイディアのような無形なものを理解するために、物質的な世界を超えた現実を信ずる必要があるのだろうか?もし、そうなら、私たちは自分自身をどのようなものと想像すればいいのだろうか?私たちは、この物質ではない実体から何かしらガイドを受けている物質的な被造物であろうか?あるいは、身体をこの世界で活動するための便利な乗り物としている非物質的な存在なのだろうか?このような質問は、人間としての自分自身のイメージを持つものの心を打ち、そして、その質問への答えを見つけようとする試みの長い歴史がある。

現在の最も共通に受け入れられている説明は、私たちはみんな心と身体という二つの部分から構成されているというものである。この説明に従えば、心は物の性質を持たない、このことは、それを見られないことを説明する。しかし、それは実際には、私たちの存在に、より本質的で責任をもつ部分なのである。身体はその脳の働きを通して、それ自身のある種の基本機能を実行できる。しかし、実行の全体的ガイダンスは常に、心からやってくる。

この説明は、私たちの経験を指示しているようだ。しかし、説明としては真に十分に満足なものではない。まだ答えていない重要な質問を全部残しているからである。心と呼んでいるものは、何なのか?物質的なことでないとしたら、何からできているの?非物質の心はどのようにして身体のような物理的なものと接触し、何かをさせるようにするのか?また、もし、心がそのように身体を動かせるとして、何故、他の身体を同じように容易に動かしえないのか?或いは考えてみると、私たちの物質的な身体はすべて同じ物質世界に存在している。

そして、それらはその面で相互干渉できる。私たちの心は共通の非物質的な実体の中に存在するのか、もしそうなら、何故、それらが存在する領域のなかで、直接相互干渉できないのか?それとも、できるのか?」


032「ねこの夢見」

ねこは、ほとんど夢を記憶できないでいる。私たちは毎日毎晩夢を見ているようだ。多い人では5,6回、少ない人でも2,3回は夢を見ているらしい。よく、自分は夢を見ないのだ、という方もいるが、それは見ていないのではなく、それを覚えていないだけなのだ。ではどのようにすれば、見た夢をよく覚えておけるのだろうか。

目覚め方がポイントらしい。レム睡眠からすーっと、自然な目覚めを迎えることが出来れば、かなり高い確率で夢をはっきりと覚えていられそうである。これが、私は駄目である。大抵、目覚ましか、かみさんの声で起されたからである。自然な目覚めを迎えるのに大敵なのが実は目覚まし時計なのである。目覚まし時計というものは、眠りの世界から無理矢理に、現実世界へと、私たちを引き戻す役割を担っているものだ。だから、夢の記憶を携えて目覚めようとしても、目覚まし時計のけたたましさによって、その記憶が飛散してしまうということである。

それから、自然の光を部屋の中に取り込んだ方が自然な目覚めを迎えやすいようである。つまり、雨戸や光を遮るカーテンは使わない方がよいということだ。闇に段々光が射してきて、やがて朝がやってくる自然の流れに身を置いた方が自然な目覚めを迎えられるのは間違いないだろう。それとよく言われているのが、夢日記をつけるということである。出来ることなら、その夢の情景を絵に表しておくともっと良いらしい。できるだけメモはとるようにした方がいいともいう。メモがあれば、どのように思ったかとかその後何があったとか、色々なことを書き加えておくこともできるから。

033「かみさん孝行」

ねこのかみさん、へびの巳ちゃんは、昨日八日のお昼の飛行機で、スペインに遊びに行った。私は仕事でしか外国には出ていないが、かみさん、すべて遊びででかけている。何故二人で行かないのかといわれるが、二人で行っても面白くもなんともないと想うからでもあり、同時にふたりだと、お金もかかり、何かの時に対処できないことから、ねこはほとんど留守番である。

留守番は、気が楽である。かみさんの旅行癖はXX化粧品のセールスで売上が上がったときに、ハワイに皆で豪遊したときの想いから始まったのだ。マウイ島とかでかなりいい思いしたのである。フランス・イタリア、返還前の香港、タイとかまでいって、今回はスペイン。みんな優雅な独身女性の友人と二人でのツアーである。これに邪魔をする分けには行かない。

巳ちゃんは、飛行機の上がり降りの加速減速が好きなのである。じぇっとこーすたーとか、遊園地物が今でも大好きで、ディズニーランドにも何回行ったやら。子供にかこつけて、自分が喜ぶ、過激な女だったのである。当然、車の運転も然り。

ねこも飛行機は嫌いではないが、何回も酷い眼にあっている。最初の羽田-サンフランのフライトでは、推定500メートルのエアポットに何回も落ちた。航空会社の名は言わないが、着陸時に滑走路にドシンと落ちて、酸素マスクが全部降りたこともある。馬鹿みたいな着陸をしたのだ。この二つとも、ベルト忘れていたら、大怪我をするところである。

巳ちゃんはお土産まで、日本で買う。現地で買うもので大きいのは、息子のための土地の風景写真集だけ。後はポケットにはいるようなものしか買わない。それ以外はみんな調べて先買いしている。あはは。ドランクなんてものは、コロコロのような布のもの。着替えしかいれないから、それで十分なのだ。鍵はあってなきに等しい。スペインも難民が多くて、ひったくりが多発というので、なにも持たずに行った。朝、家をでてから、25時間ぶりに電話がきて、いま着いたぞといってきた。

家事をしていると月曜日は忙しい。生ごみを市が回収するので、前の日までのを透明な袋にいれてだす。この日忘れると、次は水曜日になるから、大変だ。ねこの家は、巳ちゃんがものを整理整頓するのが嫌になっている。本人は更年期障害というが、ねこにはその理由が定かではない。だから、残り物の「物持ち」になり、冷蔵庫の中は満杯である。倉庫ではないのだが。

以前に息子に「冷蔵庫ごと棄てるにしかず」と言われたのだが、今回も、居ない間に整理することになった。居るときにはできない。「私がやります。文句をいわないで!」というからである。居ない間にすると、本人はわからないのだ。洗濯したものは、なかなか整理しない。これも、整理してしまう。しまう入れ物はあるのだ。TVでやっている“片付けられない人”をみて笑っているが、自分もそうなのである。

「何もしたくない」のが本音。しなさいと、いうと、パニック障害になった真似をする。まあ、主人が定年になって家に居ると当然嫌なことは理解できるが、それに輪をかけての「無動症」とでもいうか、家の中では動きたくないという「びょうき」になるのだと想う。本当の病気ではないので、外にでていくのは良いのだ。毎日、外にでかけては、色々なものを買い込んでくる。料理はするが、手の込んだものはしないという次第。

飛行機に乗りたいが口癖になっている。一日目はマドリードの観光で、スペイン広場やソフィア王妃アートセンターの見学、バスでトレドに行き、大聖堂カテドラル、サントトメ教会などの見学するようだ。夕食はスペイン一のグルメ、バスク料理を食べる。マドリード泊である。

まあ、好きなように遊へば、気が済むのだ。一方、ねこは、家でのうのうとしている。


034「港 よこはま」

久ぶりに横浜の中心にでた。今日は素晴らしいお天気で、空は青いし、空気は澄んでいるしで、歩くのには絶好だった。朝、一番にごみをだした頃に、県道に下りる車が列をつくっていた。息子が出かけるのに、バスがこないと言って戻ってきてバイクで出かけた。十時四十分に私が出かける時にも、バスは予定通りには来ず、駅についたのは、十一時三十分になっていた。

横浜駅をでてベイ・シェラトンでの某社の展示会に行き、巳ちゃんの貰いたがっている、お土産のバッグを二つ貰いに行かされたのである。なんとも、女性ばかりの御客の中にのこのこと男が入るのは気が引けたが、某社のベッカムさまを探して、安い物を一つ買ってあげて、お土産を二つ貰った。ところが、その前に、巳ちゃんの悪友たちが行っており、「巳ちゃんはスペインに闘牛に行った」と言っていたとか。「そうです。序でにフラメンコも習ってくるとか」って言っておいた。

みんなで大笑い。

それから、駅の地下の味のお店でお昼をたべ、MM21を見上げながら、山下公園まで汽車道を歩く。山下公園では、鳩のつがいの写真を撮ったりしたが、港が見える丘公園は整備で閉鎖されていたので、元町から石川町にでて帰宅してしまった。

一人暮らしだと何かと買い物に行くとか、お洗濯をするとか、干し物をするとか、取り込んで、整理してしまうとか、ごみをまとめてだすとか、ご飯を炊くとか、食器やなべを洗うとか、郵便や宅配や何かに対応しないといけないのだ。これに、氣功のエクササイズ、メールの返事や、ホームページの更新などが入ると、もう時間がいっぱいになる。散歩の時間が犠牲になってきた。

まあ、スペインで闘牛をしているらしい?巳ちゃんが帰ってきても、これらのある程度はしないといけないようである。自分が遊んでいて、何も家事を手伝わないわけには行かないからだ。一週間の主婦なし生活をしてみたが、適当に慣れた。以前は、何もしなくて、ただ、あるものを食べたりしていたのだ。主婦の仕事は知らないふりをしていた分けだ。今回は、主婦がやっていた家事として実行したので、色々なものがトライできた。まだ、料理を作ることはしないが、必要な物を取り揃える程度はなんとかなった。

買い物依存症、物持ち依存症の主婦が終い込んだものは、なんとか整理して、お掃除もできる程度に片付け、整理整頓もした。週の繰返し作業は可能になり、まあ、主婦の代行程度はいける可能性がでてきた。巳ちゃんの闘牛の方は、何事もないようで、さっき電話が入ったが、「電話した?」「していないよ」「じゃあね」「明日帰るのか?」「今、何時?」「六時」「そう、じゃあね」「うん」で終わりでした。

まあ、うちの夫婦はそんなものである。闘牛に出かけた巳ちゃんの私へのお土産はなんだったか。もちろん、友達や、息子や、嫁さんや、孫へのお土産はなにかあるが、それは別にして、私へのお土産を書いておこう。消しゴムが四個と住所録のような10センチx7センチの真っ白いノート一冊。 ケシゴムの絵は、ドンキホーテの影絵、ピカソの女の絵、ピカソの花束の絵、ピカソトレロの絵が描かれたものである。息子は、風景画を要求したのですが画家の絵の写真や建物の絵だけで、望みには合わなかったようだ。

巳ちゃん曰く、遠くで想っていたほどのところではなかった。アルハンブラも大して感動しなかったとか。まあ、勿論見ないよりはましだがという感想だった。ちゃんとすり稼業の叔母さんにつかまったらしく、ポケットの触られたらしいが、同行のお友達は二度目だから、手を引っ張って引き剥がしてくれたようである。今は、どこに行っても、このようなことは当たり前ですから。

さて、もっと飛行機に乗っていたかったというのが巳ちゃんの感想の最大のものである。昨夜はぐっすり寝て、時差ぼけもなんのその。時差ぼけがないのである。


035「人の進化とは」

ピアノで、オクターブの最も低い音を鳴らし、そして、より高いオクターブの同じ音を弾くとする。最初に鳴らされた、より低い音は次第に消えていく。完全なオクターブ差は終わりまでそのままである。その場合、或時間でみると、高い音の方が聞こえる振動として存在し続ける。この例は、人の意識の振動数変化と振動数増加という進化の関係を現しているかもしれない。人は進化と、それに伴う性格形成を全オクターブ領域の一番低い音から始めるのだろう。どれだけかの絶えざる前進努力を通じて、人の発展は持続し、最初のオクターブからより高いオクターブへと自分の音を或程度飛び上がらせ、現在の振動数を改良してきたという。これは、不連続進化といえるようだ。

そのような経過で、低い振動数の振動は、次第に層をなして人を覆い、そして、全ての時間の間、存在し続けて背景の中に終局の帰結として入り込むのというのである。進化の経過の中で生じた、より高い振動数が人の為に防楯を形成するということは、より低い領域からの衝動から、人を保護するということであろう。人はさらに停滞状態を壊し、絶えざる、更なる発展に努力していく。

このことは、次のことを意味しているだろう。人が常に同じ低い振動領域に心を動かしていると、前にも耐えしのんだのに、一度やった誤謬をまたもや犯し、同じ損害を新たに被ることになるということだ。進化しえない状況にある人は、再び以前に自分の落ちた振動数の中に深く沈下し、より古い振動数と衝動に捕らえられ、結果として以前の古い誤謬を再度犯し、それによって、また損害を被るのだろう。つまり、人に命中した、既に忘れていた、古い衝動によって再び罪を重ねるようである。

私はそんなことをしているのかもしれない。

036「虚礼、いまだあり」

まだ年賀状の準備はしていない。会社人間でなくなってからは、毎年、親戚と同級生と勉強仲間に出している程度である。昔はお説教じみたものとか、真理の受け売りとかが多くて、あんまり、読んだ人には気に入らなかったかもしれない。今年はどんなものにしようかなあと思案している。 ねこは、このようなものごとを決めるのは、えらく早い。あっという間に決めて作成して、一日で印刷までやってしまうのがほとんど。明日でもやろうか。

しかし、今年の形式は、ほとんど俳句写真に決まるかも知れない。理由は、文字をあまり書きたくないからだ。しかし、親戚とかにはどんなものか。文字も少しは要るか。今夜中悩んで、明日はすんなりと行きたい。今年は、五十枚しか買っていないから、少ない。だから、行かなかった人には、今から、ごめんなさい。


037「早寝、早起き」

今夜は、とても眠くなって、日記を書かずに寝よう。こんなことは、会社に行っていた最後の頃は、よくあった。年をとってしまったということかもしれない。早寝、早起きがその頃の癖である。その頃は、夜の9時になると眠くなり、TVの前で寝ていたものである。ただ、退職して、朝早く出勤しなくてよくなってからは、完全に夜遅くまでパソコンに向かったり、色々なことをしている。どういう分けが、九時ごろに眠くなることはほとんどなくなった。もう、ずっと前から23時から24時の間に眠る癖がついている。その代わり、朝も七時から八時の間が多くなった。


038「かもめと鯉」

以前に「寒空にそれでも愛を誓うかな ねこ」の俳句を載せて、かもめと鯉の写真に載せて、俳句写真にしたものがある。あれはとても興味深い出来事だった。あの日、私はかなりの強風の中を大船のフラワーセンターに行った帰り道で、その光景に出会った。大船駅の観音さま側にはかなり大きな川が流れていて、駅の近辺には何本かの橋がかかっている。当日、風が強く、しかも風が川に沿って吹いていた。川には、水辺の辺りにコンクリートの部分があり、かもめたちが、二十羽はいた。ねこが橋を渡っている時に風が吹くと、かもめたちが飛び上がったのが見えた。

これは写真になるかもしれないと、川の上の道から覗いた。みていると、風が時折強く吹くのだが、吹いたと想ったら、一羽が飛び立ち、風に向かって進む。風がつよすぎて、浮いたまま、その位置にホーバーリングしている。もちろん、かもめが飛び立つ速度はもっと速いし、前進できている分けだから、かもめは自分で前進速度を調節して、一点に滞空するの愉しんでいたのだった。一羽が飛びたつと、いっせいにみんな飛び立ち、滞空する。下手なのは、風に押されて橋の下に放りこまれたり、前進しすぎてのめって落とされたり、色々だったが、みんなで愉しんでいたのだ。かもめが考えて遊ぶという愉しみをもっているのを実感した。写真は、とれどもシャッターが下りる前に移動してしまうので、良いものが撮れず、結局あの一枚で終った。

川の中には、鯉もまた、水に逆らって、停止していた。かもめたちは、鯉のまねをしたかったのかもしれない。


039「なにわらワクワク」

今日は年賀状の印刷で一日が過ぎた。バブルジェットのカラー印刷ではとても遅くて頭にくる。仕方がないのだが、毎年のことだが虚礼とは言え、親戚と、本当にお世話になっている人たちには何かを書き送りたいものだ。来年用の一言には「なにやらワクワク!いい事がある新年になりましたね」が私のメインメッセージだ。いい年になりますようになんて、言うのは生ぬるいので、ついに、確定的な素晴らしいお年をお届けしたいのである。

みんな喜んで、新しい年を受け取って欲しい。確信の中でこそ、素晴らしい成果が生まれるのだから。ねこも応援しているので、頑張って良い年を掴んで欲しい。今年から、同窓生とかはE-Mailにする。その練習に、師走お見舞いを送ってみた。如何なものか、判らないが、一瞬に届くのは、素敵なことではある。


040「魅惑のピアノ」

久しぶりにアンドレ・ギャニオンのピアノを聴いている。夜聴くのは珍しい。いつもは、午前中も朝早い時間に聴いている。これで、詩の発想がでてくるからである。今は既に、この曲名からの詩は書いていないが、とても好きな曲が多いのでつい、今夜も聴いている。実は、大抵のCDは聴いているとマンネリになるのだが、これはならない。今は、氣功のエクササイズ用の大自然のCDが毎日ねこの体の中を流れているが、まったくあきることがないし、気にすらならない。

それと、このアンドレ・ギャニオンの作曲と弾きはとても私に向いていて、身体の調子を整えてくれる。嬉しいものに出逢えたと想っている。ギャニオンの曲の名前を借り、曲想からの発想を借りての恋歌詩集は既に57つになりました。自分でも、びっくりしています。最近は、ずっと書いていませんでしたが、今日は書きました。ちょっと刺激的かも知れませんが、ふっと沸いた「恋印」という言葉が詩の言葉を呼び出してくれた。

この次は何だろうか。テーマが思いつくと、詩の言葉は直ぐに湧いてくる。これが、ねこの右脳ポエムの特徴だろう。久しぶりに作詞を続けたら、良いことに思いつきました。

(幽玄会社)イブ企画 を立ち上げよう。社長さんは、もちろん、ねこ。

企画書:
「最初の企画は、横浜の夜景を見れる「イブの幻想」という企画。それを詩に書いてみましょう。もちろん、これは、ねこのためのものですが、あなたとお相手のための演出もしましょう。それがこの会社の仕事です。お金は要りません。何しろ、幽玄会社ですからね。どんな演出が欲しいか、それを書いてくれたら、何時でも仕事を引き受けます。環境の設定や、ラブレターの作成や出逢いの演出も致します。もちろん、ホームページのどこかに公開します。それが無料の条件です。今年のイブは、自分のものを企画しました。しかし、これだけは、詩以外は公開しません。だって、この仕事ができなくなりますもの。秘密厳守が、この幽玄会社のたった一つの特徴ですからね。」

ついに、ホームページを同級生に公開してしまったから、年より若いと思わせる、なんてこともしなきゃならないことになった。覗き見してくれた人には、若さを見返りにあげなければならないからだ。


041「師走」

今年も残り三日ですね。今年はねこには色々なことがありました。まったく何も仕事をしなかったのは、今年が始めてです。まったく、時間に縛られたりしないでいいのと、自分の意をまげてお金を稼ぐためのいろいろな処世術を駆使することがなくなり、これがもっとも、私の意識の健康に役立っています。

もちろん、何もしないと、年金以外のお金が入りませんから、ちょっと、大きなことはできないですから、節約をしないといけません。意識しなくても、必要なもの以外は買わないですし、まず、お小遣いが要りません。出歩くのも、大した距離は行きませんでした。

ただ、家も古くなるし、いろいろと物入りですから、気をつけておく必要があります。年金も減らされると想うし、もっと、節約の時代になるような気がしますから、それを前提にして生きるしか有りません。

右上がりの社会は、私達とともに、終ったという気がします。これから、違った時代ですから、生きるのにもそれなりの対策が必要ですね。もっとも、大切なのは、物に頼らないで生きれる人生の過し方の取得だと想います。一律には行かないことになりますね。一人一人が自ら考えるしかないようです。

042「暮れの鎌倉散歩」

今日、久しぶりに、暮の最後の日曜日の鎌倉を歩いてみた。北鎌倉から歩いたが、外国人が非常に多くて、日本人は、通訳か、彼らの恋人らしい。バスの人たちも少なくて、したがって、ねこは静かに散策できた。写真の対象はあまりなくて、しかも、撮れたのを見ると、枯れてしまっているものとか、ちょっと物足りないものがほとんどだった。

お店もかなりの数が、今日はお休みしている。暮から正月がお休みなしになるからだろうか。ねこがよく買うものは、縦書き200字詰めの和紙の便箋、封筒、絵はがきなどが、今日は京都で作られた小さい美人画の書かれた団扇がもくてきだった。 後ろに、短い言葉を書いて送る。とっても、綺麗である。普通の絵葉書では、佐木宗夫さんという人の描いた花の写真が好きだ。栗、無花果、辛夷、紫陽花、葛の五枚ずつある。とても、素敵な絵で、しばらく、愉しめる。手紙がかけるから。

043「大晦日、除夜の鐘がなる」

来年のことを言うと鬼が笑うというが、とっくに笑われているので、安心して来年も何かをしたいと、書こうと想うが、書くことが想いつかない。近くの光明寺の鐘が鳴り出した。2002年は過去に飛んで行く。過去は振り返るものにはあらず、未来も期待すべきにあらず、今現在を充実して生きるのが、私たちの人生だと想う。そんな中で、今年は沢山の人とのご縁があった。勿論、一期一会で正しく対処したつもりではあるが、ご迷惑をおかけしたことは多々あると想う。お許しいただいて新しい年もまた仲良くお付き合いをお願いしたいものだ。


044「そして、元旦」

昨年は中学の同級会を越後湯沢の高半ホテルでやったのだが、事務局をしてくれている友人から、年賀状を戴いた。なんと、中学卒業の時の私の写真と、高半ホテルでの私の写真を並べて印刷してくれた。年賀状に、自分の写真を載せる人はいても、受け取る相手の写真をいれてくれる人は、まあ、居ないだろう。これは、記念にとって置きたい。今回は年賀状は少ししか買わなかったので、大方の人たちには失礼させてもらった。大学の同級生のところはメルアドが有る人には、E-メールで代行した。しかも、「ねこ」の名前で。それにしても、まだE-メールのアドレスが有る人は、三分の一位である。

東京電力に電子メールの設備が入った時に、当時の荒木社長は、電子メールのアドレスが無いことは住所不定みたいなものだと言われたと聞いたことがある。電子メールのアドレスがみんなあれば、どんな話も同時協議できるので良いのだが、まだまだである。それから、会社では見れても、自宅では見れない場合も不便である。中学の方で言うと、会社の仕事で使う事務局の友人以外はいない。なんとも、世界が狭くなるのではと思いのだが。羽ばたけ!中年!


045「ハンドルネームの由来」

大学の同級生から聞かれた。「何故、ねこなのか」と。ホームページを最初に作った時は、ものづくり共和国という仲間のグループに入っていて、そこに加盟していた姫路の方がいて、「殿様」のようだったので、家老というハンドルネームを使っていた。何、ただ、年をとっていたからですが。共和国のみなさまとは、いろいろとお付き合いさせていただき、オフ会は川崎市、名古屋市、姫路市等で行われ、ものづくりに関係する人たちと楽しく過した。

その後、CATVにホームページを作り変えてから、どっちかと言うと俳句や写真の方にシフトしたので、ハンドルネームも変えることにしたのだが、ちょっと悩んだ。昔のペンネーム等を使うことも考えたが、人間的にはあまり、生々しくないようにして、動物にしたいと考えてみたら、どっちかというと、犬なんかよりも、猫の性格に近いので、「ねこ」にした。

ただ、自分で今は猫を飼っていない。勿論、以前に飼っていた猫がいて、15年生きて病気で死んだ。老衰もありましたが、観ていて気の毒だったので、現在は飼っていない。しかし、外で見ると可愛いので、いつも写真に撮ったりはしている。まあ、そんなことで、「ねこ」というハンドルネームを使っている。私の書くものは、みんな「ねこの通勤誌」のように、「ねこ」が主役になっている。


046「人生いろいろ」

そろそろ寝ようとしていたら、しばらくご無沙汰していた、お友達から電話がきた。母親と離婚した父の死を知ったという話であった。つまり、自分の父親のこと。もちろん、何処にいるのかは知らなかったので、びっくりしたとのこと。連絡は労働基準局からの手紙。これこれの人の何々の支給のお金が残っているので、息子さんのあなたが受け取ってくださいということだったという。

話は、一気に飛んで、「父はこの人生でいろいろと悪いことをしたと想うが、あの世ではどうなるのか」との質問が飛んできた。まあ、いろいろと我々の法律では、母や子供には迷惑をかけたとかいろいろとあろうが、その人のそれからの人生でいろいろと感じることもあったろうし、進化のための人生としては確実に何かを得て帰ったと想うから心配いらないのではと、回答しておいた。

また、悪いことなら、通常の罰は受けているだろうし、宗教でいうようなあの世で罰を受けることはないし、この肉体人生の中で、帳尻はあっており、如何なる人生でも、それはそれで決着はついて、あの世に持ち越すものはないのではと想うと伝えた。彼は納得していた。

雷が鳴って、急に雨がふりだした。雪に変るのだろうか。


047「正月は終った」

ねこの正月は終った。今日から長く眠るのをやめようと決心した。以前に、ある真理の言葉でノートに書き写したものがあるので紹介します。

幸福になりたければ、次の六つの失敗をしないように。

一、沢山眠ること
二、怠惰
三、懸念
四、怒り
五、無気力
六、ためらい

ねこは、どういう分けが沢山眠るのが好きだった。仕事が忙しくなると、つい怠惰に陥りそうにもなった。時として起こる、いろいろな懸念が頭に浮かぶことも多かった。短気だから、怒りの心が爆発することが多々あった。 計画が巧くいかなかったりすると無気力に陥ったこともある。やるかやらないか、時にためらいが起こったりもした。

ねこは、幸福でなかったかもしれません。


048「本当の指導者とは」

今日は久しぶりに独逸語の文を読んだが、眼がしょぼしょぼして疲れた。内容は政治家や政府の要人には、どういう人を選んだり、地位につけたりすべきかを考えさせられるものだった。今の状態ではそういう人はなかなか見つからないと感じた。私の直接知っている人では、土光敏夫氏位しか想い当らない。私が入社したIHIの社長をされた人で、後に東芝の社長になり、経団連の会長をし、中曽根さんに引っ張りだされて土光臨調をやらされていたのを思い出す。

実に素晴らしい人で、会社からの報酬はみんな奥さんの経営していた、学校に寄付していると、当時聞いた。 彼についての本は沢山書かれているが、直接指導を受けたものが書くといいと思っているが、もはや書く人はいないかも知れない。


049「足長おじさん」

今日の朝日の夕刊に、経済制裁下のイラクで難病と戦う少年が「足長おじさん」と来日という記事が載っていた。昨日は、ブッシュがイラク攻撃をしようとしていることに関連した文を読んだばかりである。難病のこの少年に手を差し伸べた人は、カリタス短大学長久山宗彦さん。少年の名は、サード君。経済制裁下で、医薬品が不足しており、膀胱外反症の手術治療ができなかったので、氏は兵庫医科大学病院に協力を求め、日本への渡航費用や治療費は、氏が大費用をしているボランティア組織で寄付を募り、不足分は、自分の自腹を切った。95年と98年の二回の手術を受けた。今回が最後の手術になる。サード君は、「僕の身体には輸血でもらった日本人の血が流れている。友達は日本人サードと呼ぶけれど、僕はそれが嬉しい。将来は日本の大学で勉強したい」と夢を語っているという。

ブッシュさん、それでもやるのかね?


050「動物天国、かまくら」

久しぶりに静かな鎌倉に行ってきた、人も想ったより少なかった。北鎌倉は特に観光客がいないので、リスや猫などの動物がのんびりとしているところが見える。すっかり、平常に戻って落ち着いた佇まいで、ねこは好きな雰囲気だった。蝋梅の咲き具合を見に行ったのだが、円覚寺はあまり本数がなく、明月院の方で何本か咲き乱れているのを撮った。霜が降りてかなり土が盛り上がっているので、日が当ってかなりぬるぬるしていたところもあり、滑るので参った。

ねこは、明月院の雰囲気が好きで、よく行くのでだが、今回は人も数人しかおらず、とても落ちついた雰囲気に浸れた。据わった地蔵さんの出している手の上に、花を活けてある。これは花地蔵という。その時々に明月院に咲いている花を持たせてあげている。ここの、枯れ山水の庭も綺麗である。丸い窓から見る向こう側の庭には、少しだけ春の息吹が感じられるようだった。庭は、季節によって、入れるようになっている。


051「友人が他界した」

人の死は寿命であり、病気では死なないなどと、先ほどは友人たちと話をしたのだが、自らの家族の死はそんな風には思えないかもしれない。まだ若い奥さんに亡くなられた、ご主人、ご長男、ご長女は泪ながらの挨拶をしておられた。突然の死は、ある程度は覚悟されていたとしても、辛いものである。献花に出席した、私達は一様に個人の素晴らしさに感動しており、みんなに与えてくれた彼女の心底からの優しさを想い出していた。参列者の数からも、彼女の人徳が判る。彼女について、彼女のおばさんの紹介を聞いていて、涙が溢れるのを止められにかった。

彼女は去りましたが、友人や知人の心の中に彼女のことを残してくださいというご親戚の方の話も素敵でした。沢山の人々が、感動した、お別れの式だった。宗教の色がまったくない、お別れの会だったのが、更に雰囲気をよくしていた。


052「巨象も踊る」

昨日、お別れ会の帰りに、一冊の本を買ってきた。「巨像も踊る」という、本である。著者は、前のIBMのCEOであった、ルイス・ガースナー氏。私は、54歳の1992年の4月1日付けで日本IBMに中途入社しましたが、その時、日本IBMは企業の分割を考えて、私を採用したらしい。それから、1998年に定年、その後一年の派遣で1994年2月まで日本IBMの仕事をしてきた。ルイス・ガースナー氏は、1993年3月末頃に、CEOを引き受けて、2002年春に退任するまで、巨像IBMを建て直した。

私は、この間にルイス・ガースナーさんが実行した、数々の施策を日本IBMでも確実に実行されていったのを今、この本を読みながら、再確認している。素晴らしい仕事を、ガースナー氏を中心にIBMの全社員が実行したことを振り返って見れると想う。感想は読後に書こうと想う。


053「心の病」

今日の朝日新聞の三面に、社員「心の病」増六割とでていた。100社に対して心の健康対策の調査した結果が報告されていた。その100社の中に、私が勤めたIHIと日本IBMもあった。42社の合計950人から回答があったもよう。この回答率は、当該会社の社員の四百人に一人の割合。中には、月の残業時間が100時間で、「なんのために仕事しているのか分からない」と言う人もいた。重圧と感じて社内で自殺を図る人までいる。企業でも、このようなことへの対処が検討されているようだ。

ねこは、自分の経験から言いたい。原因はいろいろとあると想うが、単にメンタルヘルスの問題ではないことは、管理者は誰でも良く知っているはずだ。それを知らないふりして、個人の個性的な弱さによる病気と片付けてはいけない。そんなことが部下に起きたら、管理者であるあなたに言いたい。あなたの後の人生であなた自らにそのツケは跳ね返るであろう、と。

ねこは、仕事をしていた当時、仲間のメンタルヘルスに最大の意を用いたつもりである。私も努めていた殆どの時間を50-70時間の残業は当然だった。しかし、それは、自分の為にしたことである。設計ミスの時は、家には帰れなかったこともある。試運転の時は、40日間2日に5時間しか寝なかったこともある。残りの時間は全部、装置の前で自分の設計したものを見つめていた。しかし、それは、自分で判っていてしたことである。

しかし、新聞の例は、多分、ただ、こき使われての100時間ではないか。さらに、サービス残業である可能性もある。ねこは、弱いものの味方でありたい。


054「イラク問題」

個別の国の事情はあれ、各国の元首の動きがブッシュの足を引っ張る形になってきた。ブッシュの支持率は急低下している。米国に付き合わざるをえないと諦めていた、欧州の各国やEUの指導者がイラク攻撃回避、或いは延期に傾く発言をしている。何はともあれ歓迎すべきことである。フランスのシラク大統領の今の発言は、「米国が対応を変えなければ、テロはますますのさばる」である。シラク大統領は、会談後の記者会見で「イラク問題について両国の対応と考えが一致した」と述べ、シュレーダー首相は「いかなる場合でもドイツは対イラク軍事作戦に参加しない」と改めて表明した。ドイツはイラク戦争反対である。シュレーダー首相は、対イラク戦争不参加を公約で表明している。公約と米独関係の間で板バサミの模様。

欧州の世論が戦争回避に傾いているので、首脳陣も時間稼ぎに、このような発言をしているようにもみえるが、世論の動きが戦争回避なら、日本も、戦争回避の行動をとるべきだとおもう。ブッシュの行動に漫然と後押ししているのは、後に批判されることになろう。

国連事務総長、平和を訴えながらもイラク戦の可能性を警告

一月十四日、国連のアナン事務総長は、イラクの武器査察により多くの時間が必要だが、イラクが国連の支持を無視すれば戦争の可能性に直面すると警告したと、ロイターが伝えているが、国連がブッシュの後押ししているの?安保理決議で、各国の意見を無視して戦闘開始はないでしょうねえ?マンデラさん。あなたはブッシュの参謀?


055「日々新た」

想い出に浸る暇なし日々新た   ねこ

この俳句は、植物の成長を見ていてそう想ったのだが、自分のことを見ても、そう思う。過去を振向く暇はないし、明日を煩う暇も無い。日々新たな今日をきちんと生きることが、私には必要である。こうして、日記を書くこと自体が、私には日々新たの一つです。日記は、小さい頃から宿題だが、真面目に書いたためしが無かったのに、この日記を書き出してからというものは、遅れても、書くのをやめた日がない。勿論、これは書いたら読むぜと影で脅かしてくれている皆さんのおかげではあるが、私は一つ進歩したのだと想う。

俳句写真に至っては、ようこさんの挑戦に挑戦して、こんな風に出来たのである。感謝すると同時に、人生は日々新たなのだし、それを表現して残すことも、自分を日々あらたにすることだと想うので、この俳句になった。毎日の、ホームページへのご訪問に感謝。


056「氣功の鍛錬が進む」

気温が極端に上がれ下がりしている。こんな時は、みんな体力の低下に注意しよう。体力が落ちると、病菌の力が相対的に増して、風邪やら、いろいろなものを起してくれからだ。ねこは、今日から気の放射の鍛錬に入りました。これは、形だけではだめらしい。内部に気が充満しないとできないからである。これまでの、鍛錬は、自分の気を感じられるか否か。気を外部から取り込めるか。気を外部に棄てられるか。細胞に気が蓄積できるか。気を経絡とかに沿って流せるか。等々の実習だった。

気の鍛錬が何なのかは、これ以上はわかっていないのだが、ある種の気感は得られている。身体の調子はすこぶる良いのだが、しかし、この鍛錬によるものかどうかは、判らない。みんな同じようになるとはいえないからである。私がこの鍛錬をしている理由は、免疫力、自己治癒力をあげるためである。それ以上のことは別にできなくても、それはそれでいい。楽しく、自分のエクササイズとして実行している。そう、日課になってきている。


057「超能力とは」

さっき、TVで米国の超能力者による、失せもの発見の番組を見た。昔から、この種の協力者が日本に来てTVが収録していたが、なんとなく、胡散臭い感じの紹介であったと想う。しかし、今回は、はっきり、「探す相手の想いとか、見たものの残像」を観るのだとはっきりされていた。私は昔から、そのように感じていた。霊のようなものとかではなくて、明らかに「残像」を読むだけだと。日本のこの種の能力があると言う人たちの番組は、すべて、霊の何かが見えるとか、そう言うものが多く、おどろおどろしていて気持が悪いのが多い。

今回の番組が、「残像」と明確に言ってくれたのは、よかった。今回の調査は、最後まで行かなかったのもあるが、殆ど正解に達していると想った。


058「全盲でも、自転車で疾走可能」

反響標定(エコロケーション:Echolocation)と言う言葉がある。音を聞く内耳のシステムはエコロケーション(音響定位)と呼ばれる機能に使われているという。魚類の多くは測線により「振動」を感じるが、イルカのエコロケーションシステムは噴気孔下の気嚢を使い、ひだを振動させ頭部のメロン内で音質を調整し発射し、反響してきた振動を下顎内の脂肪層で捕らえ、内耳を通って脳で感覚となるのだそうである。

エコロコーションの能力はおもに距離/大きさ/形/材質/水温/会話など水中生活に必要な物ばかり。しかし、もちろん、エコロケーションの最も研究されているのは、コウモリの超音波によるものである。人間にもできるでしょうか。

ある全盲の人が、舌打ちを続けて、その反響で身の回りの物をすべて感じ取っていた。その人がたしか生まれついての全盲の若者二人に指導して、半年でマスターし、彼ら三人が、マウンテンバイクで、林の中や、野原の石だらけの道を走り回るのを、TVで見た。最初は、全盲とは思えなかった。そのくらい早く走りまわっても、彼らは木にぶつかることもなく、お互いにぶちあたることもなく、道からはずれることもなかった。勿論、杖はつけていない。

知らない場所で、一人が電気屋を探して電池か何かを買いに行った。見事に電気屋を探した。すべて反響音と発している物音だけからの認識らしい。彼らの連続した舌打ち音はコウモリの超音波に相等するものらしい。素晴らしいことを知りました。詳細情報を記録できず、残念なことしました。しかし、いつか、知れ渡るでしょう。観た人が居たら、教えて欲しい。


058「右の螺旋」

今日は、「右の螺旋」という詩を書いた。右螺子は右に廻すと前に進む。電磁気学の右手の法則というものもあった。私がいろいろと学んだ中に、物事は1ヘルツで1単位の変化をするというのがあった。電子が原子核一回転する、地球が自転する、地球が公転する、銀河系の中心太陽を私達の太陽が1回転する、銀河が一回転する等で、それらは進化するのだという。

私たちは四季の一年で進化すると想い、この詩を書きました。一年が過ぎ、その次の一年がまた進化になる。日々新たと言いつつも、1回転で大きく進化することは喜ばしいことである。

059「右の螺旋」

一つの輪が完成して
そして
新しい輪が始まった

あの輪で得たことは
とても
うれしい事々だった

すべてはサイクルで
しかも
右の螺旋で突き進む

太陽は地球に四季を
そして
地球は一日をくれた

どんな一日も螺旋で
しかも
喜怒哀楽もふんだん

この輪は別な歓びを
そして
確かな絆を造り出す

日々新たなこの人生
そして
出逢う日こそ愉しみ

創造の愛の輝く季節
すでに
春はそこに来ている               



060「氣功の外気放射」

外気放射の鍛錬を開始した。これは、UFOの原理に近い。何だ?地球の乗り物は今はすべて内燃機関を使っている。つまり、何かを酸素と結合して燃してエネルギを作り出している。つまり、燃料を酸化して壊すことでエネルギーをとりだしており、可逆反応にはなりえない。これと同じ方法であれば、外気放射は体内のエネルギーを放射することになり、疲れたということになるという。実は、これでは、外気放射はとても大変なことになる。

宇宙人?から教えられている知識では、彼らの宇宙船は、宇宙に存在するエネルギーを壊すことなく、利用して、残ったものをそのまま空間に戻すことが原理になっていると述べている。氣功の外気放射は、空間の気を身体に取り込んで、それを放射すると言う方式をとり、間違えなければ、取り入れた気を、そのまま放射するのであり、身体の中の、自分の気を消耗しないことが大原則である。これは、UFOの推進原理と同じ思想である。

私たちは、社会の急速な変化に起因する様々なストレスにさらされており、肉体的、精神的に健康な状態を保つことは、極めて難しくなっている。病気にならないまでも、病気になる直前の「未病」(東洋医学で言われる)状態、言い換えれば病気予備軍の人が増えているらしい。このような精神的、肉体的なストレスに起因する不具合、例えば肩こり、腰痛、目の疲れ、不眠症、イライラ、その他の精神的動揺、ノイローゼ、食欲不振、だるさ等々は、「未病」が顕在化したものだと言われている。本来人間には、外敵に対する自己防衛システム(免疫機能、自然治癒力)が備わっているはずだ。

しかし、このような原因で未病状態になると、外敵が侵入してもこのシステムが十分に機能せず、病気になってしまうと考えられている。西洋医学や東洋医学でも外氣功等による治療は、すべて「未病」が顕在化してからの対処である。私が現在鍛錬しているのは、自分の中の気の状態を整える「内氣功」で、「未病」にならないようにしたいと鍛錬しているのである。以前飲んでいた、成人病の薬は、その他のことからの自然治癒力を落としていたと想う。傷ついたときの止血すらままならないものであった。あの薬をやめてから、いろいろな身体の能力が回復しているのをみると、長期の投薬は当然、自己防衛システムを破壊することになると想っている。


061「死刑廃止論議」

米国イリノイ州の前知事ジョージ・ライアン氏が、全死刑囚を減刑したと出ていた。賛否は真っぷたつ。もちろん、この背景には、米国の刑事司法が人種差別や極端な貧富の差など、米国の事情抜きには語れないとしているものの、このことは、死刑の存続論議には、政治的な思惑も絡むと論評されている。この判断の基礎になっているのは、死刑囚の冤罪問題で、80年代後半から、かなりの数の冤罪が判明して出獄釈放されたものがでていることによっている。一括の減刑には、冤罪によるあやまちをしたくないということから行われた模様である。

しかし、一方で、メリーランド州では昨年の13人殺傷事件パニックもあり、州知事は、死刑執行の停止を解除すると言っている。このことは、米国と共に先進国ではまれな、死刑存置国である日本でも論議を呼ぶのだろうか。日本の場合は、「国民世論」により、存続とされているという。法務省幹部の話として、一つの見方は、米国の司法はそんなに雑なのかということ、もう一つは、それほど行政権力がつよいのかという二つがあるという。いずれにしても、「日本から観れば遠い国」という受け止め方だという。しかし、死刑廃止国は増えている。


062「類語辞典は面白い」

ある人が書いていた。「類語辞典を読むのはすこぶる面白い。最近、講談社から類語大辞典が出版され十万部も売れているという。一体誰が買うのだろうか。 おそらく中高年の男性ではないだろうか。男は物事をカテゴリーに分けるのが好きな生き物である。車然り。文房具然り。優れた類語辞典も男のフェティシズム(異常なまでの愛着)を刺激するものかもしれない。特に中高年は今はあまり使われなくなった言葉と再会して懐かしさを覚え、「すこぶる」と「はなはだ」は厳密にどう違うのか、などと細かい所にこだわりながら愉しんでいるに違いない。」

これは、私には当てはまらない。

私は、類語フェチなんかではない。俳句とか、詩とか、随筆とかを書くのに、意識的に、センスのある言葉を使いたいと想っている。単なる言葉ではなくて、語彙(ある観点からみた言葉の集合)を沢山もちたいと想っている。子供の頃から文章をもっと書いておけばよかったと今頃反省している。今後の私の俳句や詩や文章に、学んだ語彙が使えたらいいなと想っている。


063「ねこは運転免許なし」

今日は一日激しい雨が降り、憂鬱な日だった。車の運転はしないので、最近は雨の日にどこかにでることはまず無い。車の運転と言えば、携帯を持ちながら運転している人をかなり見かける。道路の渋滞時などでは、しかたないとも想っていたが、今日のニュースでは、彼女と電話をしていて、川に転落して、水死というのがでていた。自動車の事故といえば、我が家の巳ちゃんは、昨年の11月に箱根に行った帰りに、対向車を避けようとして、縁石に乗り上げて、タイヤが外れて、あちこち擦ってしまう、自爆事故をした。車を取りに行ったのは暮れも押詰まっての最後の週。修復に一ヶ月と80万円(保険)もかかった。同乗者にも自分にも何も無かったのは不幸中の幸い。

飲酒運転で、同乗者の連帯責任はきびしくなって、結構な話である。先日、マイクロバスでどこかに出かけた人たちが、飲酒運転とスピード違反、罰金1000万円とか。気を付けよう。飲酒運転なんかで事故を起してはいけない。ねこが、免許を取れなかった理由がいまやっと判った。


064「不幸な話」

不幸な話があった。中学生が本屋から万引きをした。店主が警察に通報して、警官と暑に行く途中でその中学生は逃げ出して、踏み切りに飛び込み、電車にはねられて死亡した。少年は万引きをした。万引きは立派な犯罪である。万引きの多さで、商売にならないという店もあるようだ。警察に届けたということから、この店主を非難する電話やファックスが殺到したらしい。店主としては、生活を脅かされていることで、個別に子供の事情を聞く余裕は無かったとしつつも、生命の尊さに配慮がたりなかったことを反省して、店を閉じるという。少年の親は、子供の万引きのせいでそうなったことに、店主に対しても申し訳ないと述べている。店主を非難する前に、もっとしっかりと、犯罪行為をしたら罰せられると、世の子供に教えなれければならないと想う。万引きをゲーム感覚でやらせてはいけない。


065「氣功鍛錬が進む」

昨日は、山登りも含めて一時間半も歩いた。山に登ったのは、かなりの急坂なので登りきると、はあはあしたが、氣功のある種の鍛錬でかなり早くもとに戻れた。それは歩きながらでもできる。空間から手のひらのツボから気を丹田に取り込む。その後足のツボを通過させて、地に解放している。これは、自分に気を取り込んで、悪い気を薄めてよい気に変えていく、方法である。さっきから、ちょっと肩こりがしているのでこの方法で、気を取り込んでいる。これをすると直ぐに治ってくる。ただ、完全になくすには、外氣功での手当てがいるようだ。これは、まだ、完全にはできない。取り込んだ気を満遍なく、身体に供給するのに、気を廻す方法があるが、これは可能になった。また、身体の表面に気の流れをつくることができる。ベッドに入ってこれをやると、短時間で、身体全体が暖かくなる。

とても、面白い経験をしている。意識が大きな役割を果たしていることも納得である。もちろん、開発した人のために、一切の詳細をかけないので、これが正しいかどうかは、自分での確認でしかない。


066「スペースシャトルの事故」

スペースシャトルの事故、お気の毒である。お亡くなりになった皆さんの、ご冥福を祈る。それにしても、「シャトルの爆発は、米国のイラク政策に対する神の復讐であると言う声を聞いたが、これはでたらめだ」という、ホワイトハウス裏の教会の牧師による礼拝での発言らしい。これは、イスラム世界に事故を「神の意思」だとする解釈がでていることに対する反論だという。私がこの記事を日記に載せようと決めたのは、この発言の内容にコメントする気は無いが、ワシントン発で、この記事を載せる日本の新聞はなにを考えているのかと想ったからだ。

喧嘩すると神様が生贄を要求するのか、みなさんのお国では?それを、ぼけっと観ている日本の誰かには、神様はどうするの? 宗教戦争にもって行かないで欲しい。あくまでも、イラクの場合も話し合いで解決できるようにして欲しい。ブッシュさん!


067「私は太陽だ」

「私は太陽だ」の若者の、その後について、質問が来てしまった。実は、彼には、定型的な仕事をしてもらっていたが、確か二年ぐらいで、九州の実家の稼業を継いだ方がよいと家の人に話をして、そのようにしたという記憶がある。私は彼の言葉から、自分の人生の道が変化してしまったが、彼も、自分の道が変化したのだと認識している。その後の彼のことは知らないが、私はいまの自分で満足している。彼もそうだろうと想っている。人生には、生まれる前に自分の生命の本体が決めた、歩き方があり、何処に生まれ、どのように生き、誰と結婚し、どんな生活をし、などと大筋は決めてありそうだ。勿論、変えられない宿命ではなくて、自分の意志でどのようにも決定できるのだと思う。自分の意志で変えられる運命は、自分のもって生まれた性格がとても巧く、それを演出しているようである。その演出での配役をこなすうちに、なんと多くのことを学ぶことだろうか。

私は、素晴らしく沢山のことを学んだ。一番重要なことは、人々との出遭いである。人との出遭いしか、人生を豊かにしうる物はない。 沢山の人に出会い、今も出会いつつあるが、とっても、素晴らしい前世からの出会いが、今回の人生では、この年になって出会うとか、本当に面白い仕組みに思える。また、明日は、だれかに会うのだろうか?何のために?とても、楽しみな人生航路である。


068「乗鞍岳山頂にいる」

氣功のエクササイズ用のCDをイアホンで聴いていると、まったく自分だけの世界に浸ってしまう。すべて、作曲者の山頂アーティストと称するIZANAGIさんと言う人の六台のシンセサイザーによる演奏であり、録音は、二〇〇〇年十月十六日乗鞍高原白樺峠で行われたものだ。三曲入っていて、通して聴くと、50分位かかる。このCDを聴いていると乗鞍岳の自然の様子が身体に感じられ、身体の中を氣が風に乗るように流れ、いろいろな感じがしてくる。ねこの氣功のトレーニングのエクササイズの一つが、このCDを聴きながら氣感を養うことにある。毎日、五十分のこのトレーニングはすごい。CDを聴きながら車に乗っていても、疲れない。

ねこのエコノミー症候群特性を改善してくれるようである。しかし、これは、ねこが長時間の飛行機旅行をしたくない理由の一つである。


069「梅林を見る」

今日は新聞で紹介されていたので、大倉山公園の梅林に行ってみた。東急東横線の大倉山駅を北に出て、線路沿いの坂道を綱島方面へと登り、大倉山記念館の傍らを抜けてゆくと、ひとやま越えるような感じで梅林に辿り着いた。山登りなので、大方の人は、久しぶりの運動になる。大倉山公園は丘陵に位置しているが、梅林はその中の窪地にあって周囲を閉ざされており、それが山里のような印象を伴っていてなかなか良い風情がある。梅林に降りて行き、散策路沿いに梅を楽しむのももちろん良いが、周囲の高みから見下ろす梅林の風情も素晴らしいようだ。今日は、まだ、咲き始めで、それは、この次の楽しみにした。

梅の木にはそれぞれ品種の名を示すプレートが付けられており、つい、その名を確かめてしまう。なかなかの老木の梅も少なくなく、地を這うように幹を伸ばした梅や、端正な立ち姿で気品すら漂うような梅の木など、それぞれに見応えのある梅が立ち並んでいる。 枝垂れ梅も多く、全部咲くと、素晴らしい景色になると想った。


070「イラク」

パウエル米国務長官は、21日に、いらく問題について、「平和的な解決を望んでいるが、平和的な解決策がない場合の準備も必要だ」と述べ、米英主導の決議案を24日にも国連安保理に提出する考えを示したもよう。長官は、ロシアのRTRテレビとの20日の会見で、平和的解決の具体的な例として、「サダム・フセインが決議を履行するか、明日にも国を離れれば、戦争はない」と述べたもよう。このサダム・フセインの亡命について、いったい誰が受け容れるというのだろうか。

071「国内」

原子力発電所が数多く止まっている。建設時は、みあったクリーンな代替エネルギーが地球上にでてくるまでは、仕方がないというので容認していた人が多い。地元は、電源三法のお金を目当てにしていた。いま、これだけのエネルギーが停止して、かつ、排気ガス規制とかの全体規制がらみで、火力も立ち上げられないという可能性もでてきた。一度、エネルギーの耐乏生活をしてみるのもいいと想う。生命維持のための部分を残して、夏も室温28度設定をしてみるといい。かなり厳しいものになる。企業も相当に大変だと想う。一度やってみれば、真の問題がどこにあったのかが判るだろう。そして、原発が不要なら、とめたままにすればいいと想う。運転維持費は高いのだから、どこの国で、エネルギの自由化によって、原発は維持できないでいるようだから。


072「梅の和名での異名」

かばえぐさ(香栄草)とは、言いえて妙。傍によると香りがとても良い。梅の実がなれば、また、梅の香りが良い。香りつつ、どんどん栄えるからだろうか。馥郁たる香りというの表現は、梅だけらしい。

はつはなくさ(初花草)は、春になる前に咲く初めての花という意味だろうか。梅の種類は膨大らしいが、その花の開く順番もありそう。我先にというよりは、みんなが綺麗な時期に見てくれるためには、晩く咲こうとしているのではないか?

かぜまちぐさ(風待草)が、まあ、気の毒。春の風が吹き出すと花びらを散らすからだろう。はらはらと散るために風を待つなんて。なにか、面倒をみたくなる。

にほひぐさ(匂草)は、もうそのとおりで、梅林は、薫り香り匂っていた。

はるつげぐさ(春告草)は、春がくるのを告げて、桜なんかに跡を譲る、殊勝な魁精神。

かざみぐさ(香散見草)は、梅林一面ににおいをばら撒くといういみだろうか。 

くちき(朽木)は、気の毒だけど、確かに古木や朽木が多い。一部分が生きていても、元気に花を咲かせ、身をつけるのだから、見習うべきか。

そして、最後が「花の兄」。これは、どういう意味か、想像がつかないが、まあ、花の中でも、兄貴ということか。

梅は、みんなに可愛がられる女性のような花だということらしい。


073「ふきのとう」

今日は久しぶりに、近所の農道や、畑、それと自然観察の森に行った。理由は、ふきのとう探し。先日はまったく影も形もなし。今日は、なんとか、予定の場所で、小さいのを二つ発見した。アメニティでは日々草が一つだけ咲いていた。いつも一つだけ咲いている。芝桜がピンクの小さい花をつけ、犬ふぐりが、ぽつぽつと咲いていて、天空の昴のように見える。仏の座はなんとか、あるのですが、まだ花はまともに咲いてはいなかった。

山には、まだ春らしい物は殆ど無かったが、杜の食堂の庭の方にある小さい桜の木が花をつけていた。今日は休みのうえに工事中で花には寄れず、望遠でなんとか撮った。帰り道、日々草のところに、なんとも素晴らしいしだれ梅が咲いていた。行きには下ばかりを気にしていたので、見えなかった。人間なんて、こんなものだ。(なに、お前は「ねこ」だぞ)

そこから、農道を通って山を登ると梅が沢山花を付け出していた。これは綺麗だけれど、もう梅の写真は少しでいいことにして、ねこやなぎを見たり、桜の大木に抱きついたり、気功の錬功をしてみたが、木と話が出来るまでには至らず。その後、お昼になったので、今日はおすし屋さんで食べようかなあと想って、そちらに行こうとすると、なんとも気持が反対側に向く。仕方ないので、いたち川アメニティの方向に数歩行くと、なんと、農家の脇に、大きなふきのとうが、三つ。これが私を呼んでいたと感じた。すぐに写真を撮った。そんなこんなで、お昼は、家に帰って食べた。ふきのとうに出逢えてうれしい一日だった。


074「義父の米寿」

家内の父の米寿のお祝いにと、朝一番のバスででかけた。なんと、東京駅の新幹線のホームは最後のスキーにでかける人々で一杯だった。だいたい、ゆきあたりばったり、出かけるので、指定席を殆ど買ってことがないので、これには、参った。越後湯沢につくまでたっていた。まあ、運動だと思えばいいということで。トンネルを越えると雪国だったが、もう殆ど雪は無くて、スキー場だけに雪を貯めてあるように見えた。長岡に着くと、もう雪は一センチもなし。

お祝いは長岡市の成願寺温泉という所の、養寿館というところでやった。私たちの宿もここ。この温泉には伝説があるらしい。昔、西村右近と言う北面の武士が、故あってこの地に住み、その一人娘の花子の不治の病が、この霊泉によって治ったので、世に多くの人々にも、この効能を広めたいと言う花子の願いで、開かれた温泉と言われているようである。後に花子菩提のために結ばれた成願寺と言う庵寺の名が、この地の地名になったといわれ、当家の先祖が開業する以前から、この地に言い伝えられている伝説だそうである。湯治場のようだった。

さて、ねこは、「米百票」などという日本酒を戴き過ぎて、ちょっと、気分が優れない一日だったが、夕方には何とか治った。もちろん、氣功による手当てもしたが、何処からどうすればいいのかは記憶している分けではないので、ただの手当てによって、胃や腸の周辺に自分の外氣功で気を送っただけてある。やっていると、気分が良くなったが、完全に治るには、時間も必要だった。

この他にも、いろいろと試して見ているが、まだ、実感としてどういう結果がでているのかを書くことはできない。ただ、自分の内部の気を充実させる長いいろいろな錬功による効果は自分にでていると思う。免疫力の向上、自然治癒力の向上に役立っているのだと確信している。仮に外氣功が行われたとして、その効果が出てくるのは、あくまで、受けた本人の回復力が治すのであり、外からの力だけではないというのは、感じ取れてきた。気を空間から自分の内部に取り入れて、それを送信するというのも、実感として感じている。ただ、気感の訓練が足ないようだ。自分の内部ではなんとか理解しつつあるのだが、他の人の身体の内部からの気がとどんなものかを明確に探知できるほど錬功ができていないのだ。花や木や動物と、この気を通して意志の伝達がしたいというのが私の目下の願いである。食べ物とか飲み物とかに気を当てると変化するというのだが、これも、興味ある。楽しみが多い。


075「芹沢光次郎」

区の図書館で、芹沢さんの本をさがしたが、昔の全集ものしかなかった。古すぎるから、読者が居ないのだろう。ねこもこれから随筆とかきちんと書きたいので、人の文を読んでみたいと想う。
不思議なことだと想うわれるだろうが、ガンも消えてしまうようだ。宇宙からの気を吸い上げて、それを注入するのだが、もっとも大事なのは、中性プラスの「それはそうである」つまり、「既に消えてしまった」というイメージだと認識しつつある。氣功の効果は、潜在意識や無意識との連携のようだ。勉強すると、深いものがある。だから、花の寿命が延びたり、動物が寄ってきたりするのも理解できる気がする。ねこは、氣功を通して、自然の法則を学びたいと想っている。


076「孫と爺」

久しぶりに、孫と公園で長い時間遊んだが、不思議なものである。孫と爺が同い年の如くに付き合っており、少々疲れた。この娘は、最初から爺さんが好きで殆ど人見知りがなかった。巳ちゃんに言わせると、訪問しても、爺さんが行かないと、爺さんはどうしたのかと質問するそうである。お母さんに言わせると、この娘は爺さんが好きなんだというのです。さては、何でも買ってくれるとか?と想いめぐらせても、まだ、三歳だし、それほど買う場面は無かったし、特別にお婆ちゃんよりも好きになるほどの優位さはなかった。しかし、巳ちゃんは言い。前世に何かがあったのか?なんて。
そう言えば、この娘は二歳になる前から、爺さんに合うと、握手やむぎゅうと抱きついてきた。今でもそれは残っている。ねこの最新の詩は、この娘のことを書いたものだ。下の子ができたので、親はどうしてもそちらに意識が行くから、三歳にして、この環境から自立していく心の中の戦いをしているようである。
昨日は久しぶりに公園で、滑り台、シーソー、プランコ、かけっこ、買い物等々で長い時間一緒に居たが、雨ばかりで遊べなかったのもあるだろうが、いやに元気な様子だった。買い物でも、別に欲しがるものもなし、ちょっとしたおやつはあったが、風が吹く中で、兎に角、爺さんと大遊びをして、家に入りたがらない。帰る時も、元気に笑顔を見せていたので、安心した。ただ、爺さんは走り回わされ、スキップさせられ、抱っこさせられ、二人でブランコに乗り、疲れたび~~~という分けだ。

077「純真な意識」

幼き姉よ

君の純真な意識は
人の潜在意識を読めるのだよ
無心にね

弟ばかり気にして
君を大人かのように扱かわれ
泣いたね

君の純真な意識が
こころの奥底が読めることを
報せよう

君には読めるのね
やきもちをやいているのさと
いう想い

泣きじゃくるのね
大人に知らしめるにはそれが
最高だよ

大きくなるにつれ
君までが純真さを失うことが
無いよう

肉体が君ではない
その奥底に本当の命がやどり
観ている

ずっと忘れないで
純真で無垢で愛に充ちたもの
それが君

幼き姉よ

(Feb.23, 2003 ねこ)


078「昼寝での夢」

ねこは、めったに夢を記憶していないが、今日の午後に一時間半の昼寝をして、起きがけに夢を見た。なんと、十センチの大雪で、外の木々はすべて雪をかぶっていた。「なんか、大変な大雪だね、何々チャンは出張で大変だね。帰れないわ」などと言っていってた。

どうして、雪の夢なのか私には判らかったが、後で、メールを戴き、そのメールの中に寒気のするような内容が書かれていて、ねこにも、その冷たさが伝わったのかなと想いました。 このような、伝わり方はあると想うが、ちょっと不思議だった。ただ、自分の身体には一切の冷たさがなく、寝起きの異常もなかったから、私には、何かを意味しているとは想われなかった。でも、こんなこともあるものだろう。寝起きは半分寝ぼけて、二階から降りて行き、大雪の夢を見たといったら、巳ちゃんに笑われた。しかたないので、冷たい水で顔を洗ったが、しばらくぼうっとしていた。

これは何だろう。


079「ぜいたく」

久しぶりに逗子の日影茶屋にお昼を食べに行った。少し早く着いたので、マリーナの方に行くとなんと富士山が見えた。既に十一時なので、大気はかすんでいるので、空の青さは白っぽく、富士山も白と薄い蒼に見えてなんとなくボケてみえた。撮ってみると、写真よりは肉眼での方がまだ綺麗にみえた。日影茶屋では、柊南天や椿や梅が咲いていたが、梅はどうしても、いい絵にならなかった。ここまで書いて、あれは椿か?とふと想った。

この椿が太陽の加減か、一つなんともいえず、私に微笑む花があった。デジカメでとって見ると、フォグをかけてもいないのに、反射光が光り、柔らかい感じに撮れていた。実際に拡大してみるとあまりはっきりしないが、柔らかい光りを発して微笑んでいる。氣功をやり出してから、ねこにはいろいろな変化がある。それは、いつか書くことができる想うが、ふと想ったことが実現するとかもある。まあ、これは別に氣功と関係あるとは想わないが。面白いことである。


080「残念なこと」

民間出身の小学校の校長先生が自殺したという話を聞いて、昔を思い出した。今、人間の組織には、いつでも何処でもこのようなことが起こりうる。組織の中に何らかの問題があり、自分たちで手に負えなくなると、安易に外に改革者を探そうとする。または、外から乗り込んでやろうとするものも現れる。どっちにしても、この状態のままに外から人間を入れて、改革をしようとすると、四面楚歌になり、相当の精神力がないとその使命は果たせない。

そんなときは、独りで初めてはいけない。先ず一人は味方はいないといけない。ベルリンの壁も一人では破れなかった筈だ。ねえ、ゴルビーさん。


081「古い記憶の夢」

今日も、ちょっと夕方眠気がさして、眠って、17:30に起きる寸前に夢をみた。これがなんと、父が改築する以前の、田舎の古いうちでのものだった。頭が痛くて、おまけに、身体も痛くて目がさめると、実は、その部屋は、昔の家の一室だった。起きたのは、現在の自分であることは姿形で明白なのだ。隣の部屋を通って、囲炉裏のある部屋に行くと、母と祖母が、煙の中で何かをしていた。 母は、もう、先生はやめて家の仕事をしている風情。祖母はいつもの笑顔でいた。

ところで、どうしてこんなに煙いの?と聞くと、窓を開けると、今時の流行で、外の小道をアベックが通るのを観るのがいやだから、ガラス戸をあけないのだと言う。戸を開けてみると、成る程、歩いていた。そうして居るうちに、本当に目が醒めた。最近、昼寝の後の目覚めの夢をよく記憶しているのには何か理由があるのかどうか、それが判らないでいる。まあ、ありし日の母と祖母に逢えたのは収穫だった。


082「自発氣功」

氣功の錬功をしだしてから、時に身体の一部になんらかの痛みとかが走ることがある。これは、自分の肉体の原因の痛みではないのではと感じられる。理由は、突然に襲うからだ。実は、この寸前に、誰かのことを想うことがある。よく共時性とかいう言葉で本が書かれてるが、以前はこんなことを感じたことは殆どなかった。でも、まったく同じことを考えるとか、それで出かけたら、知人がそこにいたとかは経験がある。

しかし、この痛みとかは、どうやら、その直前に考えた人の痛みとかが同時に感じられたりすることもあるらしい。これは、不思議なことだが、無意識のレベルでのつながりがあるということのようだ。勿論、この確信があることではない。ただ、腰痛の人とかに遠隔で、トライアルで気を送っていると、自分の腰の痛みの部分に暖かさがやってきて、痛みが消えていく。痛みや鈍痛以外は自分の身体に感じないが、もっと違うことがある。

それは、相手のイメージの上で外氣功をしているイメージができていると、掌に温かみがでてくるのだ。これは、どういうものかは、確たる説明ができないが、気がイメージを介して、双方の無意識を伝わると感じている。その温かみは、気が入ったと想われる相手に感じられるはずと想っている。

巳ちゃんの脚に直接実施すると、温かみは即発生するので、確認できる。それ以上の効果は、まだ私には確信がない。とにかく、面白いものである。ただ、これは自分に対するもの以外は治療とは想っていない。


083「ハローという鴉」

久しぶりに、横浜の中心部まで行った帰り、港南台の駅舎の上にいた烏が、歩いている人に向かって、ハロー、ハローと叫んでいた。カアカアとは一度も言わず、すべて、ハローなのだ。知っている人は、みんなくすくす笑っていたが、私はびっくりした。烏は利口だから、いろいろな言葉を覚えたり、顔を記憶して仕返しをしたりすると聞く。まさか、そんな一羽に出逢うなんて、楽しかった。いろんなのが居て、友達がいうには---

「私が外に出て行くと、あっほーと鳴くからすが居るの。ほかの烏はちゃんと、かあーとなくのに。外に出て行くと待っていたように、あっほー、あっほーとなくのです。心のなかで、かあーと鳴きなさいというと、もう一度、あっほーと鳴いて、にげるのです。信じられますか、もう半年も続いているのです。この頃は、ひがんでしまって、阿呆で悪かったわね。と言い続けて居ます。でも、あ、あの烏だって分かるの。向こうも私に親しみを込めているに違いないと思うことにして、この頃は、“あんたも、あっほー”といってやるのです。」---ですと。烏の勝手だな。


084「沈丁花ぷんぷん」

私のウォーキング道では、今は沈丁花が満開で、ぷんぷんとにおいを発しており、白モクレンの大木が沢山の白い花をつけて咲き誇っている。こうなると、白梅や紅梅はかなり押され気味になってきました。地面には、まだ、水仙がたくさんの、白や黄色で咲いている。パンジーの花も満開で、家々の軒や、道路の脇で咲き誇っている。 そんな道を歩いていると、眼に付くのは散歩の犬ばかり。犬の運動は大変だと想う。そこ行くと、猫どもは何にも規制されずに、のおのおと歩いている。ねこは、氣功の採気の練習をしながら歩くのだが、今日は四時半からで、最後はぽつぽつ雨が振ってきたので、寒かった。


085「寒気のする話」

寒いといえば、ブッシュどんは、フセインどんの一家に退陣して亡命せよと48時間の期限をつけたとか。どうして、そのようなことが云えるのでしょうか。最後通告であり、その時間が過ぎるといつでも攻撃ができる???とか、どこかの新聞が書いていたが、どうしてそんなことが言えるのだろうか。国連が査察団をさっさと引き上げるのも変な話だ。それで、他の国はどうしたのでしょうか?ねこは寒々としてきたので、今日は早く寝よう。


086「大船植物園」

久しぶりに、大船の植物園にでかけた。今日は、もう一つの目的もあった。青空の下で、光りの舞を演じたいというものである。

先ずは、一つ目の話から。私は、65歳になったので、入園が無料になったのだ。花たちと会うのにお金が要らなくなったというのは、もう、嬉しい限りだ。考えてみれば、花を観るのにお金を出すというのは、自然ではないからだ。だから、実はここの花も自然ではないのである。所員が植えて育てて植え替えて見せているのですから。不自然である。

無料になったということは、とうとう、18歳未満の子と同じになったということです。子供たちと遊べる。今日も、小さい子達が遊んでいた。花は写真に撮りましたから、すぐに載せることにします。いろいろなものが自己主張していました。これをみていて、人間の一人一人も自己主張するのはしかたないと想いましたが、イラク問題は、この時間は忘れていた。
今日の錬功は、青空に向かってベンチに座り、内部の気を上げる錬功をしていると、目の前に細かい光りが飛交う。この光りの量と速度を意識でコントロールできるというのを確認しようとした。無数の光の乱舞が見えた。コントロールはまだできないと感じた。


087「イラク攻撃」

事実は事実として記録しよう。遂に、攻撃開始。ただ、3000箇所の空爆という最初の戦略が変更されて、フセイン関連の施設への攻撃に絞り、後は地上戦になったということで、市民と投降する兵士への無差別攻撃はなくなったようで、世界中の反対運動の意識の嵐が影響を及ぼしたかも、と感じている。

日本の首相は、国民の大多数が攻撃に反対しているのを知っているが、米国を支持すると述べた。


088「氣功の不思議」

氣功の不思議の中にあった、氣を送るという想いが、遠隔で届けられるか否か、それは想いだけか、はたまた、氣として届きうるか。それは体の場所を指定して届けることができるか。等々に非常に興味を持って、私の氣功の学びは続いている。

この疑問に、何人かの人とのやりとりで、どうやら、届くものらしいというのを確認した日として、私の氣功の鍛錬は、今日、一つの峠を越えた。受けている人の想いこみと言われれば、それはそうかもしれない。しかし、現実の、送ったほうの意図が伝わり、相手の身体に反応が出ることを確認できた。

具体的に、それがどんなものかは、今の所、書くにはいたらない。それは、私のレベルの低さに起因するもので、相手によらずできるかどうかが、疑問だからである。しかし、不思議なことが現実に起こる。というのは、距離を越えて行き、写真を持っていなくて、住所と名前だけでも相手に届くことを確認したからだ。まだ、ただそれだけでしかないが、これは何であろうか。何かの結果がでたとしても、それは、受けての免疫力と自己回復力で何かが起きるというものであろうと私は考えている。


MM777

ねこ 妄想という異次元時空を行く


 随筆 「 ねこ 妄想という異次元時空を行く 」 

三七五

私の名は、「ねこ」である。しかし、本物の猫ではない。この随筆は、どこかに鎮座している「観音さま」からの勧めで、書くことになった。

本人は、どうも、今一つ、どうすればよいかが判らず、ぐだぐだ、していたが、ついに、「観音からの煽りがあり、それに自分が乗ってしまう」という妄想をすることにした。これこそ、本当の妄想である。

すでに、この世には、「時間旅行」「超空間跳躍」「トランスミッション」などの、技術は、論理的にできると書いた本が、存在している。それを使って、宇宙を航行している、生命体がすでに地球にはやってきているのだ。

このように、断定できるのも、妄想のいいところだ。そこで、「ねこ」としては、この技術がすでに完成して、「ねこ」が自在に宇宙空間を疾駆できると、妄想する。こちらの地球人の方々には、まだ、それは出来ない何時できるのかと聞かれたら、何時のことやらと お答えしよう。

「ねこ」が乗る宇宙船は、ある種族から無料で一時借用している。とても、いい人たちで、「ねこ」は安心している。ただ、運転操作で、へまを、やると、二度と戻って来れないと忠告されている。同乗してはくれない。理由は、「ねこ」のような粗い振動数の生命体とは、多分、一緒にはいられないのだろう。地球は、すべてが異常な振動数らしい。困ったものだなあ。

と、言いつつも、これらのことはすべて、妄想であり、本気で読むと馬鹿にされたことになるので、注意して欲しい。馬鹿になっても、製造者責任は取れないからだ。

まあ、「ねこ」が妄想で尋ねる宇宙のもろもろを、読んで笑って、良いものなら、それを想い描いてみると、あなたも、素晴らしい妄想の世界にいられるはずだ。地球の重力に囚われるという日常から離れて、思いっきり遠くまで、跳んでみられるといい。

ただ、妄想の中には、「ねこ」が今までに読んだ、真実を書かれた本の内容が記憶されていて、ぽつんぽつんと出てくると想う。どれが、真実かは、たぶん、自ずからわかってくると想う。きっと何かのサインがあるだろうから。

「ねこ」が、この妄想という異次元時空を書くのは、多分、今の地球に愛想がつきかかっているので、何とかなるといいなあと想うが故ではないかと想う。でも、それも、妄想かも知れない。

さて、この妄想のもうひとつの理由がある。似たような、妄想をする人を探すことだ。こんな地球に、おさらば、して宇宙で自由を謳歌したいと想う人たちを見つけて、みんなの意識を集めて、その意識の力で、何かしたいことができるといいなと想うからである。

この妄想随筆は、多分、終ることはないと想う。また、毎日かけるものでもない。今日の表題の、三七五は、二〇〇三年七月五日を表している。思いつくまま、地球に何かが起きて、妄想旅行に行きたくなったときに、異次元時空に入って、ほっとするようなものを探して来たいと想う。

誰でも、そうだと想うが、「ねこ」が、この地球で一番気になっていることは、人口のことである。こんなに、沢山の人間がいて、低開発国では、男と女が閑さえあれば、子作りに精だしているなんて!食えないのに、まだ、子を生む。食えないから、飢える。その姿を見ては、余った食料をまわしてみたりしている。

人間が生まれている、他の惑星では、この問題は、どうなっているのか?「ねこ」は、異次元時空を駆使して調べてみようと想う。

しかし、地球の科学者は、宇宙に、確率的には生物がいるとは想っているが、本当に、地球人より進んだ生命体がいるとか、地球にきているとかを、真面目に確信してはいないようだ。もし、真面目に考えているものがいたら、もっと、真実を本気で理解して行こうという姿勢がででもいいだろうに、それはないようだ。電波望遠鏡で通信を待つ手いるような姿勢程度だ。

さて、宇宙船を飛ばしてみよう。何処に跳ぶのやら、判らないが、「生命のいる惑星に跳びたい」と言う設定で、超空間跳躍をさせてもらった。

“そこは、地球位の大きさの惑星だった。住民の話によれば、その惑星では、人口は五億人が限界だという。実は、惑星が発生した生命を維持していくのに、それが限界なのだ”と言う。

ここからは、「ねこ」の妄想になるが、地球は今、七十数億人である。これは、十五倍くらいの人口である。エネルギー源としての化石燃料の埋蔵量は殆どなくなってしまっている。これからも世界の総人口は増え続ける。エネルギーは枯渇し、食料生産も停滞し、まだ、残っているエネルギーを奪うために、戦争を仕掛けたりしている。ウランですら、殆どない。

もちろん、これからの妄想にでてくる、宇宙船を飛ばすようなエネルギーの開発を許されるほどに、地球人は正しく、物事を理解できる状態にはない。核の戦争利用がそれを端的に現している。原発にしても、核を造る道具にされてしまうのだ。そんな人間のレベルだと想う。

結果的には、今あるエネルギーの支配戦争が起こり、自分だけ生きられればよいとして、核戦争を起こして、大半の生命を亡き者にするような、絵が見えたりする。しかし、それはどうやら浅はかなことで、自分たちも、生きられなくなるとみた。それでも、やるのかね。

人口過剰は、地球全体の問題であり、ひとつの国で解決できるものではない。実は、“すでに、人口問題に対する、実効のある提言は出されている”のだ。国連は今、漸く、人口爆発への警告を発したばかりであり、何処の国も、本気にはなっていない。

この妄想に付き合っていただける人は、いざとなったら、みんなで、妄想宇宙船にのって、ある所に跳びましょう。まあ、いざとならないように、真剣に、地球の事を考えるようにしましょう。

さて、漸く立ち上がった、この妄想随筆、終らずに続くといいなと想う。うははは。




三七六

 さて、宇宙に飛び出したものの、「ねこ」はどうやって宇宙で出逢う予定の人々の言葉を話すのかと疑問をもたれると想う。もちろん、今の「ねこ」には、そんな能力はない。実は、宇宙船を貸してくれた人々が開発した方法がある。

 「学ぶ必要がある言語の、言語講座を作ってあるらしい。その仕事は、彼らの、言語学者と地球のコンピュータに似た機械が作成している。もうひとつ、似たような機械があって、それが、学習する人に、言語を伝えて、心に吹き込む。つまり、機械に接続されて、習う言語を聞くのだ。

 機械によって、学習する人は、催眠に似た状態に入り、言葉の意味や、概念を意識の中に植え付けられ、記録されるのだという。この訓練期間は、彼らには、二十一日であり、かつ、その言語を正しく話すために、さらに九日間か十日間の訓練が必要らしい。

 さらに、仕上げとして、言語学者と機械の助けをかりて、正しい言葉の使い方と発音の訓練を受けなければならない。こうして、三十日から三十一日で、習得してしまうらしい。」

 私たちの地球上には、まことに多くの言語、しかも、方言まで含めると、膨大な言葉の壁が存在している。太古の昔に何があったか知らないが、わざと言葉を変えて、誰かが民が自分の物であり、他にはいけないようにした節が見える。

 「ねこ」は、言語の壁で、いろいろな、やりたかったことが、出来なかった。もちろん、地球にも、学習プログラムもあり、似たようなことはしているが、特に日本人のような言語教育では、成人になってからでは、ただの教育だけでは、無理である。その言語の国にいって、その言語で生活するしかない。ましてや、帰って来てしまうと、元の木阿弥になっていくだろう。

 宇宙人の開発した方法では、短期間に確実に、仕事に行く先の言語を習得して、しかも、脳内に言葉が移植されているようだから、使わなくても、簡単には忘れないだろう。あちらこちらと行くと、膨大な言語が脳の中に、蓄積される。

 「ねこ」にしてみれば、こんな嬉しいことはない!「ねこ」は、四十代から、本当にドイツ語圏内の言語文化を知りたくて仕方なかった。それは、ある真理の書を原初のままで、すいすいと読みたいからであった。だから、このようなことができると知った時は、小躍りして喜んだものである。

 しかし、よく考えたら、これは、今「ねこ」の、妄想の中の話であり、自分が習得できる環境にない事を思い出して、なんともがっかりした。

 宇宙の人たちは、もっと、簡単に、自動翻訳機械ももっていて、私と話す時には、当然、日本語で話ができてしまうのだ。もちろん、最初にデータは入っているのだが。これは、地球でも、何らかのレベルにきている。

 地球では、ETと遭遇すると言う話が映画になったりしたが、いずれ、彼らは、現実に地球にやってくると、「ねこ」は妄想している。

先日、一歳の孫に逢ったら、右手の人差し指を出して、腕を伸ばしてきた。当然、「ねこ」もそうして、二人の人指し指がくっ付いた。「ねこ」だけでなく、母親も、婆ちゃんも、みんな孫がETに見えた。

彼は、まだ言語をもっていない。しかし、その内に、日本語を操りだすのだ。ああ、ドイツ語にしてあげたいとも想ったりはしても、それは出来ない相談だ。上の娘は日常的に英語のDVDで遊んでいるので、耳も脳も舌と口の構造もなんとなく、英語の発音になれてきている。英語の歌も唄う。「ねこ」には、外人さんの発音に聞える。つまり、聞えないということ。

「ねこ」は、本気で、あの惑星に行って、あの言語教育講座で、ドイツ語や他の言葉も、全部習得したいなあ!こればっかりは、妄想でも、達成できないのだ。

地球人が、このような教育システムを作り出すのは、近い将来では、多分ないと思う。理由は、お金だ。学んでは忘れてまた学ぶことで、お金を儲ける人がいるのだ。このシステムでやって、三十一日間でできると、一体、幾ら払えというだろうか。

馬鹿馬鹿しいお値段になると想う。お金を取るという仕組み、というか、お金が必要な限りは、無理な話かもしれない。あの惑星には、所謂、金銭というものが存在しないのだ。えええっ?

三七八

さて、先日の話しで、びっくりしたのは、あの宇宙人たちには、お金という概念はすでにないらしい。まあ、彼らと言えども、進化の途上では、地球と同じように、いろいろなものを物々交換している内に、似たような金銭システムはあったのだろうと、ねこは推測している。

今の地球の社会で、どうしたら、そんなことができるのだろうか。生きていくのに、すべてはお金である。このために、起こっていると想われることごとをあげてみよう。妄想だと想ってもらっていい。

人の、必要以上の物質欲を駆り立てる。そのために、精神的な方が疎かになり、人間の生きる道としてのバランスがまったく崩れているようだ。すべてにおいて、他の人との競争をして、人より多くの金銭を得ようと必死である。それが、可能なら、社会の正義からみて悪いと思うことでも、平気で行うものがでてくる。そして、他のものは、それについて行くことで分け前を得ようとしてきた。

このような、ことは以前のバブルの頃には、当然のことのように行われていたが、ばれたりはしなかった。しかし、最近では、それが機能しなくなり、ぼろぼろと曝露されている。えらそうにしていた人たちは、大抵、こんなことをしていた。しかし、大きさは違えども、今の金銭時代では、人は、それが当たり前と感じ、感覚が麻痺しているのだから、自分も悪いのだ。

これには、当然、仕掛けがあったのだと、「ねこ」は妄想している。資本主義にしろ、共産主義にしろ、本質的には、搾取システムだったし、今も、然りである。それは、すべて、地球の有限な資源をもとにして、構築されていた。その上、さらに仮想資源の取引を加えての、幻想を造り上げたのが、バブル経済であった。全員、ただの妄想をさせられただけである。

しかも、システムが巧く機能しなくなると、貯蓄とかは一気に、なくされてしまう。「全体に痛みを」とか言いながら、いつも、搾取されるのは、大衆に決まっている。そんな中でも、国の争いとなれば、すべての物が一瞬に破壊されて無になったし、これからも、なりうる。

 地球の資源は、本質的には、地球が自身と生命体を維持するために、長い時間をかけて作りあけで来たものである。化石燃料の生産には、極の移動や氷河期の発生などという百万年単位の時間をかけて内部に作り上げられたものなのだ。

 それを僅か百年程度で、殆ど使いきってしまう。地球の科学は、化石燃料以外の新しいエネルギーを開発するにいたっていない。太陽エネルギーで賄えるほど、空き地はない。もし、低開発国が同じような、エネルギーの消費を望めば、どこかで、エネルギー破綻が起こるはずだ。

しかし、そんなことは許さないものたちが居る。最近の戦争を見れば、判るはずだ。このまま行くと、最後には、エネルギーの不足、食料生産不足、人口低下、国の崩壊と他国への吸収、暴動、地球を二分するくらいの戦争になりかねないと、だれでも、妄想できるだろう。

宇宙人が、金銭システムを不要としているのは、無料のエネルギーを手に入れたからだと聞いた。無料のエネルギーで作った衣食住はすべて無料だろう。彼らの、エネルギーの利用の形態は、宇宙空間から直接取り出すものらしく、余分なものは、元に返す。地球人の様に化石燃料を酸化して、破壊する結果、汚染物を大気中や宇宙空間にばら撒くようなものではないようだ。

地球人が、この事を知ったらどうなるか。

実は、UFO研究者の中では、米国が事故で地球に落ちた宇宙船を拿捕したという噂を聞いている。乗組員は死亡していたらしいが、いろいろな調査をして、技術を盗みつつあるとか。地球の宇宙空間探査計画には、月や火星の資源を求めて始まったと記憶している。だから、米ソの競争が行われたと想う。

しかし、彼らは、月の裏側で、宇宙船や構造物を見たもようであり、また、NASAの撮った無数の写真には、いろいろな、宇宙船らしき光や陰が見え、人工としか想えない構造物も見えている。

今、米国や日本の探査機が、火星に飛んでいる。「ねこ」が、妄想旅行であう宇宙人によれば、これらの探査機がいろいろな資料をもたらし、ずっと先には、そこに生命が生活した証拠を発見するという。「ねこ」は、生きているあいだに、凄い発見を見るのを楽しみにしているのだが。

しかし、またまた、どうせ隠すのだろう。私たちは、いろいろな真実から、遠ざけられてきたし、これからも、そうだが、きっと、ばれる時がくる。その時のために、「ねこ」も、こんな妄想を書いて、ごねつつ、生きていたいと想う。

もっとも、気がかりは、宇宙空間に基地が作られつつあり、各国の人々が出て行くが、今まで宇宙空間に出た人たちは、一様に、崇高な何かを感じてきたらしい。それから、宗教家になってしまった人もいるようで、ひょっとすると、宇宙基地に宗教の出先が作られる可能性がある。

地上ですら、各宗教の対立があるのに、宇宙基地の中に宗教が入りこみ、そこから先への宇宙の旅にも宗教が前進することだ。

この気がかりの理由は、他の惑星には、地球のような儀式宗教はないと聞いたからだ。

宇宙空間の真の意味を理解し、宇宙の神秘を理解し、それを創造したものの本質を理解して始めて、宇宙空間のエネルギーを利用できるようになるのであって、もともと、この創造の本質と宗教のいう神や仏とは、なんの関係もないものなのだと、彼らはいう。

エネルギー無料の時代に達するには、宇宙創生の真実が理解され、人間の生命と人生の意義が正しく、伝えられ、地球の、一部の支配者による、全体民衆への支配構造を完全になくし、人種差別撤廃や、儀式宗教撤廃や、国単位の支配の撤廃や、過剰人口の適正化の実行等々のことをすべて実行できた後のことだろうと、「ねこ」は妄想している。ずっとずっと先のことの様に見える。

ねこの妄想の中での、宇宙人の宇宙船は、燃料などは積んではいないのだ。これが真実を理解する本当のきっかけになるはずだが、もし、誰かが隠し持っていても、今は、私たちは、見ることが出来ない。いんとくのされているのだから。いつか、きっと、彼らが本当に我々の眼の前に現れると想っている。

「ねこ」は叫びたい。「騙さないで、真実を教えてくれ。」






三七一一

 さて、儀式宗教はだめだとか、勝手な妄想を書いているので、それについて、私の考えを書いておきたい。このようなものは、地球以外には存在しないと、宇宙人から一笑されてしまったので、自分で考えるしかない。沢山の宗教があり、あまりにも広いので、資料があるキリスト教の聖書から、話を始めたい。

「ねこ」は、ずっと以前に、旧約聖書の創世記と新約聖書のマタイ伝にでてくる、イエス誕生の日から系図を逆算して、キリスト教の世界での、現人類の年代記を作ってみた。すると、アダムの出現は、紀元前三七六〇年になる。つまり、紀元後の二千年を足しても、六千年にみたないものである。

こんなに短いのかと、いろいろと資料を探している時、紀元前六二六頃のアッシュール・バニパル王の図書館で発見された、楔形文字の粘土板の話を聞いた。実は、その中に記録されていたことは、その頃より、三千年も前のことらしい。しかも、その中に数字だけの粘土板があり、その中に、十九兆九五五二億という数字があったらしい。

モーリス・シャトラン氏の分析を最後に追記して、紹介するが、此処では一気に結論に飛ぶ。

この数字が作られたのは、なんと、六万四八〇〇年前のことだということになった。これに準ずるものとしては、紀元前四万九二一四年前に始まる、エジプト年代記。紀元前一万八六三三年前に始まる、マヤの年代記等々、聖書の歴史より、はるかな昔からのものが存在している。

六万四八〇〇年前の地球の人間が、この太陽系について、我々と同程度、或いはもっと高い知識を有していたとは、とても、考えられない。これから、論理的に導き出せる結論は一つしかない。

我々の祖先が六万四八〇〇年前に、この太陽系か、或いは銀河系に属する他の世界からやってきた、宇宙飛行士の来訪を受け、この来訪者が我々の祖先に知性の改良を加えて、いろいろな事を教えこんだものと想われると言うことである。

さて、粘土板の他の部分には、シュメールの英雄の驚くべき叙事詩、ウルの王ギルガメシュとその盟友エンキドウ及び、永遠の生命をえて神となったウト・ナビシュテムの物語があった。これらを見ると、聖書に書かれたノアの洪水の物語は、これらの伝説を元にして書いたものとしか想われない。

この推察からすれば、旧約聖書の創世記は、もともとの何かを参照して、六千年の歴史に合わせて書かれたものなのだと、「ねこ」は妄想で断定している。宇宙の創世記は、こんなものではないだろう。宇宙人の来訪時に、それらの事々を教える資料が伝えられていたのだと想う。

「ねこ」の推察では、もともと「Religion」とは、宇宙の森羅万象の創造、人間の創造、人間の人生の意義などを学ぶことだったと想う。当時の我々の祖先を支配すべく、自らを「神」とし、本当の創世記を改ざんして、教え込み、最後には、内容すら無くなり、ただ「儀式のみの宗教」に造られたものだと、「ねこ」は、妄想してしまった。

創世記を見ると、変なことがあるのに気付く人は、いるだろうか。

第一章二七 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。地を従わせよ、また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物を治めよ。」神はまた、言われた。「わたしは全地のおもてにあるすべての種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち生命のあるものには、食物としてすべての青草を与える」そのようになった。......

第二章七 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで、人は生きたものになった。主なる神は、東の方、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。........

 この二つの人間の創造は明らかに違うものである。最初のものは、アダム1で、この物語は、真実の創造の創世記から、抜粋して改ざんしたものだろう。アダム2は、明らかに、宇宙人が地球人の進化に何らかの関与をしたものとみられる。

 最初の物語は、全体としての神のことであるが、後のものは、明らかに、人種のための、「主なる神」となっていて、彼らの行状を裏づけていると推察できる。

 つまり、宗教は、本来の宇宙創生の真実を伝えた資料の改ざんによって、宇宙人が自分を神として崇拝させようとした、工作品だと、ねこは妄想しているのだ。他の宗教については、まったくの勉強不足で、妄想すらできないので、この辺で、終わりにする。

 今、遥かなる昔に、地球に伝えられた真実の内容が、少しずつ、再度公開されつつある。まだ、日本語で読めるものは微々たるものであるが、時間とともに、沢山のものが、人がその気になれば、読める状態になっていくだろう。

 支配のために造られたとしか思えない知識が、そのまま引き続き、正しいものとして、今も、人々に読まれている。内容には、正しいものはあるのかも知れない。しかし、真実と虚構を区別するのはなかなか困難であろう。しかも、偽典として保管されている書物には、そのまま真実が残されている部分があるらしいが、これは、あくまでも、偽典とされて無視されているという。

追記  ニネベの大常数のこと

この数字を分析しているうちに、七〇x六〇x六〇x六〇x六〇x六〇x六〇x六〇に近いことが判明。どうやら、長い時間を秒で表したものに見えた。つまり、これは、二二億六八〇〇万日に相当した。これは、六〇〇万年位になる。はたと思い当たったのは、シュメール人がすでに地球の歳差を知っていたことから、調べてみると、この数字は、地球の自転軸が黄道の曲を一回りする歳差、二六〇〇〇(正しくは、二五八六〇)年、つまり九四五万日の、丁度、二四〇回分であった。
これは、大きな意味があった。つまり太陽系の運行にかかわる大常数であると想えた。つまり、惑星の会合周期をさしていると言う意味である。シャトランの計算では、回帰年の少数六桁目に違いはあるが、少数四桁までの正確な分数で現されないものはないという。

地球の回帰年は、365.2422日とされているが、もし、二二億六八〇〇万日をこれで割ると、六二〇万九五七八回帰年になる。もっと詳しい計算では、365.242199である。大常数を六二〇万九五七八回帰年で割ると、一回帰年が、365.242211となり、一年に0.000012日、つまり、1.0368秒の違いがでる。ところで、現在、回帰年が毎年^平均0.000016秒で短くなっているらしいので、この両者の数字で、この大常数が何時決められたのかが判ると、彼は言う。つまり、1.0368を0.000016で割ると、六万四八〇〇年前に計算されたと結論づけているのである。


三七一二

ねこ 妄想で異次元時空を行く 005

さて、言語学習も、やったので、「ねこ」は、かの惑星での人間の寿命などについて聞いてみた。なんと、彼らの平均寿命は一〇〇〇歳(地球時間換算?)だという。なんとも、地球人は最高でも、その一割しか生きられない。「ねこ」がこのことを聞いてきて、友達に話したら、「よぼよぼじゃん」と言われた。

いや、そうではないようだ。つまり、若々しく、一〇〇〇歳までいけるのだという。どうやら細胞に違いがあるようだが、詳しくは、いつか明らかになるだろう。では、その一生での重要な時期について、聞いてみよう。

彼らの場合、純粋に身体的な成熟は、十歳と六ヶ月であるという。そして、十二歳で生殖能力があるという。しかし、霊的な性格の形成に、七十年はかかるので、結婚は七十歳まで禁止されているという。つまり、霊的な成熟に七十年はかかるという。この意味は、「ねこ」の知識では説明できない。いつか、一般に知られることだろうから。そちらに譲りたい。

七十年過ぎたら、どうするのだろうか。地球では、学校教育を終るともう、それ以上の共通の教育はない。彼らの場合は、一生涯、人格形成と知識学習が継続して行われているという。

追記しておくと、妊娠期間は、九ヶ月のようだ。もちろん、自然分娩である。そして、子供は独りの母から三人が限度とされている。住宅には、五人以上は生活しない。これで、嫁姑の問題はありえない。というか、結婚した子のことに一切干渉しないのだという。

つまり、両親はパートナー関係にある子女や、結婚した子女と同じ世帯に暮らすべきでないという規則が一貫して守られているというのだ。子女が結婚したり、養育を必要としない年齢に達したら、子女の関心事に介入すべきはないと言うことである。これも、完全に守られている規則だという。

そして、子女は、十四歳から十六歳にかけて、両親のもとを離れて、小さなグループの同年代の共同体での中で教育される仕組みがあるようだ。

さて、今日、「ねこ」がこの内容を書いているのには、分けがある。十二歳の子が四歳の子を、理由は定かではないが死に至らしめた事件が起こった。暴力的な形で徒党組んでの犯罪にこの年頃の子供が引き込まれたりするのは、ありえたし、現実にある。しかし、この子供の場合は、まったくの単独行動であるようだ。

「ねこ」の妄想にでてくる、この宇宙人の社会の話からすれば、地球人は十分の一の長さの人生である。もし、単に肉体の細胞の再生産の回数とか寿命とかの問題だけが異なるのだとすれば、良いのだが、彼らの人生をみると、身体的な成熟は地球人の場合より、早い感じがしているが、結婚適齢期までの、霊的な面の教育に七十年もの時間をかけているのが大きな違いだ。

今地球では、親の承諾なしの結婚年齢が十六としている。勿論、身体的にも生殖能力的に完全だというのは、判る。しかし、彼らと比較して、地球での人格形成その他の教育は不足しているように思える。実際には、小学生で堕胎しに来る女の子がいるそうだから、完全に、宇宙人並の肉体と生殖能力を得てしまって居るのだろう。

そうして、みると、中学の三年間位は、宇宙人のシステム並に、親から引き離して、共同生活をしながら学ばせたらどうかと、「ねこ」は感じている。日本でいえば、もっとも、大きな障害は、その後の受験だろう。受験も、無くさないといけない。無意味な競争を無くすために、高校は一括おなじカリキュラムにする。ただし、特定の学問で、進められる子は、特別な配慮で、大学の教科をも取り入れをできるようにする。

これには、対策がいる。今、大学は、国立の場合も、独立採算になろうとしているのだから、受験ではなくて、学ぶものが学校というより、教える人とその授業の内容とを選んでいくと言う形にすればいい。大学を跨いで、学べるようには、すでになっているだから、これは可能なはずだ。

学校も教授も、完全に買い手市場になればいい。企業は、個人の人格や学校時代のボランティア活動とか、特別に延ばした能力などを配慮して、企業への就職試験の受験を依頼する方式をとる。子供たちは、親の庇護ではなく、社会の庇護の中で育てよう。その子がしたいことをやらせてみよう。どんなにか、活き活きと学び、進歩は著しいはずだ。

本当は、今の社会システムを大きく変えて行きたいものだが、一気には、無理だから、この子達の力でなんとかしてもらいたいし、それができるようにする為に、森羅万象の真実が学べる環境が少しずつ、整っていくという妄想に、「ねこ」は毎日浸っている。



三七一五
ねこ 妄想で異次元時空を行く 006

実は、モーリス・トャトランの「神々の遺産 地球外文明の痕跡を探る 一九七九」(角川文庫)との出会いは、私にとって、とっても凄い偶然を与えてくれたものである。シャトランはとても不思議な人生の糸によって、こんな本を書くことになるが、それはこの際、話題ではない。

この本を手にしたのは、一九七九年の暮だったと想う。私は、当時、ウェルデール・ステーブンス氏が取材して描いた、ある人のUFOコンタクトに関する本を翻訳していた。この本は、一九八〇年に、「宇宙人との遭遇」という本になって、世にでて以後十年間で五万人以上の人が読んだものである。

実は、この時点ではとても書けない内容があり、原本から削除してしまった部分に、地球に起こった「ノアの大洪水」に関する、宇宙からやってきた人からの、次のような解説があったのである。

「(前略)あなたがたの今日のキリスト教的な時間に換算すると、ノアの大洪水は(一九七五年から)一万七九年前に起こったものです。一個の巨大な彗星が、地球を軌道から追い出し、公転軌道と周期を変えてしまったのです。その結果、地球に大惨事が起こったのです。その当時の地球の位置日葉、四〇時間以上にもなり、今日のように太陽は東から昇りませんでした。大洪水のあと、公転周期と軌道の変化が二度地球を襲いました。しかし、この大洪水のような破壊的な大惨事は起こらなかったのです。最後の大転覆は、(一九七五年の)三五〇〇年前に起こりましたが、それについては、後とにお話します。一万七九年前に起こった大洪水は、一個の巨大彗星二よって引き起されたものであり、地球二はかり知れない損害をもたらしました。この巨大彗星は、太古の昔から、宇宙を移動しつづけていたのです。私たちは、この彗星を破壊者と呼んでいます。そして、私たちは、この破壊者が百万年前から宇宙空間を、猛り狂いながら飛行していることを知っています。あなたがたの時間尺度に従えば、この危険な彗星の公転周期は五七五.五年であり、西暦二二五五年に再び地球の勢力圏に達し、きわめて危険な状態に陥るでしょう。ただし、なんらかの、宇宙的事情で破壊者の軌道に異変が起こらないこと、或いは破壊者が崩壊されないという条件つきですが。破壊者の全開の通過は、(一九七五の)二九五年前、つまり、一六八〇年に起こりました。以下略」

この内容を読んで、私は、この彗星が確実に記録されているだろうと考えて、東京天文台に問い合わせた。しかし、一六八〇にやってきた、この周期の彗星の記録はないという返事だった。そんな時に、私は、モーリス・シャトランの、太陽系のニネベの大常数の話の中で、あの常数は、彗星まで合致していたことを想いだした。私は、何かを一心に調べたり、考えたりしていると、このような、シンクロにシティが起こることをたびたび経験していたことから、この度は、モーリス・シャトラン氏との、何かの因縁を感じたものだった。

シャトラン本を広げていて、私は、身震いした。こう書かれていたものである。
「ホイストン彗星 二十一万〇一九五日
この最後の彗星は、ウィリアム・ホイストンが一六八〇年二発見したが、あと、二八〇年したら、もどってくるはずだから、二二五五年に出現するだろう。一九六九年にこの彗星は太陽からのもっとも離れた遠日点を通過したばかりであり、目下、地球への帰還の途中にある。」と。

完全に、宇宙人が語ったと同じ内容のものであった。このデータをシャトランはフランスの天文台で調べてオリ、もうひとつ、因縁めいているのは、ウィリアム・ホイストンは、ニュートンの直弟子の人であったこと。

実は、この彗星、破壊者は、数々のドラマを我々の太陽系に起していると、語られている。ここで、それらを証明することは不可能であるが、出来事が何かだけをお知らせしよう。いずれ、詳細は世にでる本の中に詳述されるだろう。

今見ている地球の月を、宇宙の彼方から連れてきたこと。実は、月は他の太陽系の惑星だった。地球の科学は、まだ月の成因を確実には突き止めていないが、これも、シンクロニシティらしく、一九八四年に林忠四郎京大名誉教授と中沢清東大理学部教授が、「月の起源は惑星で、地球の重力圏に捕獲された」という衝撃的な論文をだしてくれたのを、読んで感動した。

洪水は、一九七五年からみて、
一万七九年前に、ノアの大洪水、七九五七年前に、第二の洪水、六九〇六年前、大災害、三四五三年前に、サントリン島の大異変等があるという。

そして、実は、八五九〇年前に、天王星の惑星が引き剥がされて惑星となり、七九五七年前に再び、引き摺られて、地球に接近させられ、更に何回かの破壊者による影響で軌道を変えられ、金星は地球に接近し、三四五三年前に、ギリシャのサントリン島大異変を起して、現在のあの位置におちついたのだという。西暦前三一〇三年の古代ヒンズーの惑星表には、金星だけが入っていないこと、古代バラモンも、四大惑星しか知らず、金星は入っていない。バビロニアの天文学も四大惑星であり、土星、木星、火星、水星の四つである。つまり、金星は西暦前、一五〇〇年頃に入ったといわざるえない、のである。

月は地球に同じ面しか見せない。引力的に捉えられた関係を示唆している。月と太陽の直径比が四〇〇分の一、地球と月、地球と太陽の間の距離の比が、ほぼ、四〇〇分の一であるのも不思議な関係である。この超特別な関係がなければ、皆既日食はありえないのだ。また、地球と金星が太陽から見て同じ方向に並ぶ合の時、金星はいつも同じ面を見せる。月と同様に、地球と接近して引力的な支配関係を作りだしたと思える。

これらの、事実を、「ねこ」は、有名な心理学者のカール・グスタフ・ユングの甥の娘であった、スイスのバーゼル在住のルー・ツィンシュタークや彼女のUFO関係の友達であった、ステーブンスとの何らかの縁で、このような物語に辿りつき、今、こんな妄想をしているのが、実に、不思議である。

人の人生には、大いなるシンクロニシティが必ずあると私は確信している。それは、しかも、どうやら、今の人生だけの関係では、恐らくないものだ。「ねこ」は当然、前世があり、生まれ変わりがあると認識しているから、前向きのシンクロニシティが大いにあり、人の人生の学びを豊かにものにしていると考えている。

べつの随筆にも書いたが、両親を選び、自然分娩で誕生日に生まれ出たときから、すでにシンクロニシティがあったと妄想している。それ以来、いろいろな人に出逢い、いろいろな事を教えてもらい、自分でも学んでいる。みんな、「ねこ」の生命本体の予定通りの行動だと、最近は、明確に、妄想している。これは、実に楽しいことだ。

人生になんの無駄もなく、苦楽も自分の想いのままに過してきたし、これからも、自分の思考の計画通りと納得して生きている。今までよりも、良くしたいと思えば、はっきりと、そのような思考とそれに見合った行動や処置をしていれば、なんとかなりそうだと妄想している。しかし、もう、この俗っぽい事々にのみ、囚われるのはやめて、自分の生命本体のことを少しは考えたりしようと想っている。
次は、妄想で再び、宇宙空間にでていこう。





三七一七
ねこ 妄想で異次元時空を行く 007

アインシュタインが、どうやら宇宙人から何らかのインパルスを受けて考えたらしい相対性理論の中に、エネルギー(E) = 質量(M) x 光の定数(C)の二乗 という関係が現されており、この関係を使って開発された原子力の仕事をしながら、私はいつも、想っていた。

「核分裂での欠損質量(△m)x 光の定数(C)の二乗 = 原子力として得られるエネルギー(△e)として使えるのだというのは納得したが、では、物質が最初にできた時のエネルギーは何から来たの?」と言うことである。この疑問を発したのは、大学四年の時に石川島重工業へ実習に行って、「原子炉の理論」を学ぶことになったのがきっかけである。

種を植えれば、樹木や植物が、土地が減ったとは思えないのに、どんどん、物質として大きく成長するのをみたら、誰でも、不思議だろう。不思議でないとしたら、なんと想うのだろうか。もちろん、水分に栄養を載せて、細胞が作られているのだというのだろう。

でも、水遣りを忘れても、成長するし、物凄い細胞の成長である。もっとも、人間の胎児の成長も似たようなものであり、私は不思議な感じをもっていた。よく考えれば、誰でも疑問をもつだろう。

エネルギー(E) = 質量(M) x 光の定数(C)の二乗 の式で、宇宙の太陽のような物質も、地球のような固い物質も、私たちのような動物も、植物もみんな物質であり、質量(M)である。これらを作り出した最初のエネルギー(E)は何だろうか?ビッグバンのエネルギーの中に在ったのだろうか?最初の最初がわかれば、今、眼の前にどんどん伸びてくる、樹木や植物の驚異的な生長について、解答がえられるのだ。

これは、今は、どうやら、誰も、教えてくれそうにないので、「ねこ」は宇宙船に乗ってあちらに調査に行った。そしたら、実は、ずっと前に、既に、地球人につたえてあるという事実を一部だけ教えてくれた。これらの事実は、何時の日か、必ず、教科書に載るだろうが、今は、無視されるだけだろうが。

「物質とは、具現化された理念です。そして、エネルギーの固い形です。言い換えると、エネルギーが具体的な形をとり、眼に見えるようになったものです。その原理は、とても簡単なものですが、それを明かすわけには行きません。つまり、エネルギー固い物質に変化したと言え、エネルギーが高度に収束され、集中化されて始めて、物質に変換されるのです。高度に集中化されるときに、物質の基本的な要素である、中性子、陽子、電子が発生します。それによって原子が形成され、さらに無数の化合物ができます。それらは、三つの凝集状態(個体、液体、気体)をもち、固い外皮が作られます。これは、あなたがたの科学者に知られています。固い物質は原初のエネルギーと同様にすべての点で等価です。と、いうことは、原初物質は絶対エネルギーであると同時に、原初エネルギーは絶対物質であると言うことです。という意味は、宇宙のすべてのものは例外なく、物質またはエネルギーで構成されていると言うことです。この二つの概念、エネルギーと物質は、根本的にはひとつで、同じものを表しています。しかし、厳密に言えば、それは二つの異なった形態をもちます。即ち、粗雑な原質と微細な原質です。粗雑な原質が物質を意味し、微細な原質がエネルギーを表します。」

ここまでの説明でなんとなく、EとMが等価であり、実はひとつのものの、二つの形態であるというのとが理解できた。ところが、これでは、まだ納得がいかない。では、どのようにして、物質が発生したのかが、まだ、判らない。

地球の宗教の経典によれば、「神が創ったという」し、科学者は、なんだか知らないが、「すべてはビックバンから始まった」という。

本当のことを知りたい。続きがあった。

「エネルギーは微細な物質であり、高度に集中化され、凝縮されると粗雑な物質になります。この二つの形態を機械によって作り出すことが出来ます。あなたがたは、それらをすでに様々な方法で作っています。」

確かに、地球人は、電気エネルギーを作りだしたり、核融合や加速器によって、物質を作りだしたりはしている。しかし、最初のところがやはり、判らない。

「しかし、一般には、両者は自然に生産されます。つまり、霊力によって造られます。霊力が理念に先行します。基本的には、創造が造るのです。創造は巨大な霊的存在であり、原初エネルギーを具体化する原因です。創造から理念が生じます。力と霊が理念を凝縮し、集中化して、微細な原質のエネルギーに変換し、微細な原質は、さらに高度に集中化されて、粗雑な原質、すなわち、物質に変化するのです。」
このような説明は、妄想好きな「ねこ」には、誠によく理解できる。「ねこ」は神がこの宇宙世界を作り出したなどということは、まったく考えていないから、この説明は、実に、よく判った。神ではなく、霊的な存在である創造が、宇宙の森羅万象を作りだしたということで、完全に納得した。
これには、大きな理由がある。他には資料を勉強もしていないので、キリスト教の神を例に挙げて書かせてもらう。あくまでも、「ねこ」の妄想の域をでないが、真実は、いずれ、でて来る。
「始めに神は天と地とを創造された。」という書き出しで始まる、旧約聖書の創世記第一章は宇宙創生のことを適当ではあるが、書いている。そして、「ねこ」が以前に書いたように、二七節で、「神は自分のかたちに人を創造された。」としていた。これは、明らかに、宇宙の森羅万象を作り出したもの、つまり、宇宙人が語った「創造による創世記」を「神による創世記」として改変して、捏造したものだと、「ねこ」には推察できている。
再び書くが、「第二章七 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで、人は生きたものになった。主なる神は、東の方、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。」という説明の「主なる神」が、この宗教をつくりだした、支配者とおぼしきものたちさす、言葉である。
この説明から、「主なる神」は、宇宙を創生したりはしていない。これをしっかりと認識しないといけない。この「主なる神」と最初の「神」は異なる。最初の「神」が作った、最初の人(アダム1)とは、実は、「主なる神」も含めた、人類のことである。
旧約聖書の作者たちは、この事実を消去るわけにはいかなかったのであろう。こう書いたのは、創世記の真実は、実は、創造による創世記を書くべきものだったということを、心覚えとして、数千年後の子孫たちに、伝えようとしたのだ、と 「ねこ」は妄想している。
「創造」と「神」は、全く違うものであるが、「創造には普遍的、無償の愛が充満しており、人を罰したりとかはしない」が、「神は怒り、罰し、荒れ狂うとんでもないもの」である。
こんな神が、宇宙空間に、無償でエネルギーを放ってはいないだろう。そう、宇宙空間の粗雑な原質のない部分には、微細な原質、つまり、エネルギーが満タンになっているのだろうからだ。
地球人に、「エネルギーからの物質化の簡単な原理は明かされない」というのには理由があろう。
地球人が、もし、このことを知ったら、直ぐにも、兵器を作り出すだろうからだ。こんな、野蛮人には、何にも伝えられない。と、いうことは、この宇宙空間の無限で無償のエネルギーを使う、宇宙航行技術も明かされることは無く、「ねこ」のように、妄想するしか手がないのである。

なんとも、悲しい現実といえる。


三七一八

ねこ 妄想で異次元時空を行く 008


さて、今日は、とんでもないものに挑戦します。以前に、私は、自分の誕生にことについて書いた。子宮の中での事々や、生まれた時のことなどを、本当に知りたかったのだが、まったく、想い出せないで入る。退行催眠と言う手はあるが、最近は、興味の方向が変化している。

「胎内の記憶」で検索をかけたら、同志社大学のイッターネット授業における、組織神学演習の報告レポート「誕生の記憶(著者 IMさん)」が、でてきた。この内容から、自分の興味を整理したいので、必要部分を引用させて戴いた。

「(前略)新生児はただ小さくて愛らしいだけ、人間以下、人間以前、無能力、無感覚とまで言われ、そのように扱われてきた。20世紀の科学者でさえ、彼らの泣き声は”出まかせ”の音声としか考えなかったし、ほほえみは”ガス”のせい、苦痛の表情もたんなる反射と片づけてきた。しかし、科学の進歩によって新生児は外側からも内側からも観察できるようになった。

その結果わかってきたことは、彼らが休むことなく情報をとりいれ、私たちとほとんど同じように経験を通して学習を行っていることである。出生前の生活ぶりについても、以前とは違い段違いに解明がすすんでいる。(中略)

胎児や新生児に対する研究は飛躍的に進歩してきている。その結果赤ちゃんが私たちの話す言葉までも理解し得ることもわかってきた。”誕生を記憶する子どもたち”の著者であるデービィッド・チェンバレンは:

”私は出生の記憶から、人間の意識が肉体を超え、年齢にかかわりなく連続し成熟しているのを知った。そこから出生時の知的生命について、それがたしかな実体であっても、その性質はまぎれもなく霊的であると考えている。すなわち非身体的でありながら意識のあるその生命に対して、私が与える最も的確な説明は「霊」なのだ。この霊は妊娠初期の、肉体がまだ建設中で機能していないときにも霊として存在する。”

と述べている。出生の記憶からたどっていくと、私たちの体のなかに宿る霊はどこから来ているのかという考えに結びついてくる。(後略)」

さて、「ねこ」は、ここで、次の事を言わねばなりません。ここで、述べられている「霊」と言う言葉のことです。

「ねこ」は、この「霊」は日本人が好きな、おどろおどろしたものの一つとしてよくTVで、霊能師とかが言っているような「霊」とは違うと言うことです。

私はずっと以前から、この霊能者とかの番組は、まったく信用していません。と、言うのは、霊能者と言う名の人々は昔生きた人々の意識の残像や、生きている人たちの潜在意識を読むのではないかと推測しているからです。

この報告に述べられた「霊」は、霊(Geist)体のことです。宇宙船に乗って、かの惑星におもむいて聞いた宇宙人が言うには、既に、地球の人々に真理は伝えられており、今は無視されているが、その内、学校で教えられるだろうということだった。胎児には、妊娠二週間後に、この霊(Geist)体が飛び込むという。

ここから、「ねこ」の妄想になるが、どうやら、私の本体は、この肉体の意識ではないようだ。昔、祖母から言われたことがある。死んだばかりの人の墓に行くと、人魂が飛ぶという。私は小さい子供ではあったが、そんな馬鹿な、と否定したが、彼女は見たといい、それを魂と言った。

私が想うには、彼女が見たのは、ただの燃えた燐である。祖父母や父母の死に立会い、私は、肉体を取巻く何らかのエネルギーがあるように思えた。それが、生気だ。死者の肉体には生気が見えない。後に、真理として教えてもらったのは、私が認識した、その生気は「プシケー」と呼ぶらしい。これを昔の人が「魂」と呼んでいたと聞いた。もちろん、今私が学んでいる氣とかも含まれているのかもしれない。

さて、とすれば、上の報告書に関連した「霊(Geist)」とはなにか?

上の論文のように、胎児は、いろいろな情報をえることが出来たとしても、どんなにしても、脳はまだ発達していないことから、それを構築中の脳で記録することは不可能だろう。とすれば、三歳児の記憶からえられた、胎内の記憶は、どこに保管されていたのか。デービィッド・チェンバレンは、それを霊(Geist)にもとめた。

「ねこ」も、そのように妄想している。詳細は、何れ、地球の科学者にも理解されるだろうが、もうひとつ、重要な妄想がある。この霊(Geist)体が、私の生命の本体であり、父母の力を借りて、肉体を作り出してもらい、その肉体を住処として、私の霊(Geist)体は乗っている。

「ねこ」という私は、自由に現在意識で動いているが、実は、私の本体は、私のどこかにある霊(Geist)体だということである。

いろいろな宗教書や一般の本などで、この霊(Geist)体について、いろいろな表現をして解説されているが、大抵のものは、私には理解しがたかった。真実の内容はその内、教科書になるだろう。

さて、宇宙から伝えられる情報によると、宇宙の森羅万象を構築した創造が霊(Geist)体であるということであり、私の生命本体は、なんとその一部!これは、恐ろしく昔に既に地球では公知だったらしい。知らぬが仏とは、誰のことか。

旧約聖書の創世記第二七節で、「神は自分のかたちに人を創造された」と書いてある。これは、創造が、作り出した「人」に自分の一部を生命本体として乗せたという意味だと、「ねこ」は確信している。

私の生命本体の事を感じ取ったら、なんと、生まれ代わりの意味が良く判った。死ぬということの意味も、よく判った。物質だけが人生ではないということも、よく判った。例えば聖書がなんのために在ったのかも、判った。病気の意味もわかった。人間社会の苦しみの意味もなんとなく判った。宇宙人がお金はないというもの、納得。年が、1000歳なんていうことも納得。

私の孫の三歳児に聞いてみたい。「君は子宮の中でどんな気分だった?」とね。

さて、ひとつ質問します。「胎児が母から生まれた時に発する最初の泣き声の意味を記憶している人はいますか?」記憶している人は、メールください。


三七二二
ねこ 妄想で異次元時空を行く 009

九州での集中豪雨による水害と土石流による被害がでた。もともと自然に作られた地形では、樹木や草木が生え、かなりの水量を保有できる仕組みになっている。雨を降らせ、生き物を潤し、余分な水量は河川を通して、いろいろなことに利用された末に、海に至り、蒸発して、水蒸気となり、上方の寒気によって雨となり、陸地に戻す自然なサイクルが備わっている。

誠に、創造の創り出したものは論理的にできている。このサイクルの中で出来た河川は、何度か氾濫しながらも、その形を自然に変えてゆき、一部には、湖が作られ、流れは真っ直ぐにされ、ある程度の時間が経つと、このサイクルのバランスができたのだろう。

しかし、陸地に人間の手が入ると、これらのバランスが大きく狂ってくる。「ねこ」の住んでいる町は、実は、三十年ほど前までは、いたち、猪、猿、アライグマなどが住んでいた山だった。その頂を削り取り、低い部分に土を盛り上げて、ある程度平にした土地である。

この造成によって、あたり一面、完全に岩が露出し、樹木は、家庭で植えたものしかなくなった。もちろん、遊水地という、鉄砲水を防ぐ池構造は作ってあり、水害が起こらないようにはなっている。所々に残された山の部分は、周りが削られているので、保水効果は期待できず、崩れ出したりするので、傾斜のきついところは、すべて、コンクリートで固められた。

似たような構造が、今回の土石流の発生した土地にもみられると思う。原因は、山の削り取りも大きいが、戦時中に材木として木々をみんな切り倒し、自然ではない、植林をしているところでは、木と木の間が狭いので、間の土地には、何も生えない構造になっている。自然に育ったところでは、樹木の間隔は夫々の樹木で異なり、その樹木特有の間隔以上にするように、胞子の大きさまで考えられているようだ。これは、実に素晴らしい配慮であった。

「ねこ」の近所にある、残された自然の中に、自然な森と、人工植林の森が、山の峰の両側に存在しているところがあり、どちらも、保存されているが、自然な方には、大きい樹木の間に、小さい木々が生えており、そのまた下には、草木がはえ、土の見えている部分はすくない。しかも、これらのもののすべてに、日が当るような間隔になっていて、大きな木々の枝も、どうやら、それを配慮して、広がりを規制しているように、見える。

しかし、人工植林の森には、人間が植えた樹木が狭い一定間隔に並び、それらの樹木の下には殆ど何も生えていない。理由は、光が土を照らさないからである。だから、それらの樹木の枝は下の部分はすべて枯れ落ちている。自身の、上の方の枝しか光が当らないで、暗い森になっている。

この二つの種類の森に降った雨の保有水量は、恐らく、何倍もの違いである。このような地形には、勿論遊水地などはない。これでは、膨大な水が河川に流れ込み、氾濫することもあるだろう。ただ、護岸工事をすればいいというものではないだろう。

なぜなら、集中豪雨の量は、土地や地方で決まっているわけではないからであり、最近の、地球の気候の異変も考えれば、いつでも、今までの、最高値を越えて降ることもありうるから、やはり、自然な形での、樹木の繁殖を支援するしかないと想う。

土石流は、開発地の隣では本当に重大な問題で、自分がよければ、それでよい訳ではないので、地域全体の対策が必要のようだ。火山の噴火による土石流の場合は、大雨があれば、起こる可能性は読めて、非難はできるとしても、通常の場合の裏山から押し寄せるのは、回避するのが大変困難であり、こんないのように犠牲者が多くでてしまうのだろう。

「ねこ」の近くの山には、もちろん、急な沢があちこちにあり、コンクリートの仕切りが何箇所も造成されているが、それを飛び越えたら、即、道路に流れ出るし、岩石の崩落もありうる。今となって、自然がよかったと喚いてみても、「ねこ」自身も、そのような所に造成した土地にいるではないかと、言われれば、言い訳のしようもない。

しかし、矢張り、一度は考えて見ることが必要であり、被害に遭われた人々に申し訳ないが、今日の随筆にさせていただいた。

最近の世界中の異常気象は、原因は何であれ、私たちが享受した何らかの物事のツケであることは間違いない、と想う。今日のお昼のニュースで、理由はどうあれ、関東の電力危機と言われていたのが、どうやら、ピーク消費電力を上回る量を確保したと言っていた。

田舎からの便りによると、農家の人たちは、三割減反をさせられているのに、どうやら、冷夏の予想であり、お米の生育に多大の関心を払ってはいるが、収穫量が落ちそうだと頭を痛めているという。つまり、自然の天候で生産量が決まるのだから、異常気象に対処する手立てはないだろう。

遥か遠くの惑星に住む、宇宙人たちからみれば、まだ、そんなことをしていますかと笑われそうである。彼らは、無料のエネルギーを手にしており、衣食住のすべてが我々とは違うようだ。

ところで、創造が創り出してくれた、雨を降らせるのシステムは、このサイクルの中で、各種のエネルギーを供給している。システム自体は、なんの問題もなく、時間とともに、バランスしていくものであった。異常気象になっても、もとのシステムのままなら、自動的にシステムの修正をかけていると、「ねこ」は考えている。

人間は水のエネルギーをいろいろな形で利用しているが、利用の仕方を誤っている部分で、各種の害を生み出している。誤っているのは、必要なだけのエネルギー利用をせずに、丸ごと盗ってしまおうという所にあるようだ。

他のエネルギーについても同様であろう。エネルギー源を壊すのは、火を手にいれてから、使い方に進歩がないなあと、「ねこ」は想っている。「ねこ」の妄想によれば、どうやら、宇宙人の乗り物は、空間からエネルギーを取り入れて、改変しないで、利用して、それを元に戻しているということらしい。雨のシステムと同じだ。

M555

超自伝 明智光秀


 超自伝 明智光秀    芝田康彦  作 (2008)

副題 消し去られた武将、光秀の想念を読む   

もちろん、これはフィクションである。今の時代、信長や秀吉や家康が、経営者や政治家などの見本のごとくあつかわれ、他の者たちには、余り光があたらない。つまり、強者の論理がまかり通り、弱者は歴史の中で、不当に扱われ、光秀などは逆臣でしかも、三日天下の馬鹿者として笑いものにされてきた。作者は、この「残念という想念」を捉えたので、その光秀の想念を読み取り、ここに「超自伝」という分野を拓きつつ、書き連ねたものである。

第一章 本能寺襲撃の本心を明かす。そして、その根拠となってくる、光秀はどんな人間だったのかについて、語っている。

第二章 信長との出逢いまでの想いを語っている、

第三章 足利義昭の上洛と信長の支配を語る中で、信長の人間性の欠如を語る。

第四章 そんな信長と知ってからの、傭兵としての光秀の悩みを語る。

第五章 そしてついに、冒頭で決心した、本能寺の襲撃について語る。

第六章 山崎の合戦で破れ死んだとされたが、実は小栗栖では死ななかった。その理由を明確にする。天下統一万民太平の夢。実は、これが光秀の掲げた目標であった。この目標のために、全てを律してきたのであって、本能寺はその一里塚でしかなかった。そのために、死なずに、家康と繋がることとなったことを語る。

第七章 信長、秀吉、家康についての思い出を語る。

第八章 徳川幕府の鎖国の意味を語る。鎖国は太平堕落へとつながり、明治維新という第二の本能寺の変が起きたと語っている。

第九章 そして、今現在の日本や世界の国々には、実は、新しい本能寺の変が起きなければならないと語る。

終章 新しい本能寺の変とは何か。実は、光秀が天正十年に、本能寺の襲撃を仕掛けた時に決心した、目標は、この地球の未来への布石となるものだったのだ。

追記  地球人類を救うために

              作 芝田康彦



第一章 第二章 第三章 第四章 第五章

第六章 第七章 第八章 第九章 終章

追記

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第一章 「私、光秀」はどんな人間だったのか



 坂本城の天守閣、私の居間にて



 天正十年(1582)五月二十五日の夜、私が、本能寺での事件を決行すると決めたのは、ほんの一瞬であった。くよくよと考えたものではない。しかし、私も人の子、そのあとで、それでいいのかどうか反芻していた。私の頭の中で、繰返し次の想いが舞っていた。



 「今考えていることの顛末は、私が天下を平定できれば、それでよし。しかし、失敗すれば、信長に対するただの謀反であると伝えられ、信長の仕打ちと秀吉の台頭への怨恨によって、主君を殺す逆臣という汚名を残すことになるかもしれない。もともと私には天下盗りへの欲はない。信長を討つ理由は、そんなものではない。もっと重要なことだ。これは、ここまでの私の人生で学び、実現しようとしてきた、平和への道の一里塚でしかない。この機会はあとにも先にも、今しかない。それにしても、私のこの決断もあまりにも急で、自分でもついていけないくらいだ。どうも、どこかからのインバルスを受けたようだ。私は性格的にみても、信長亡き後、天下に君臨する器ではない。政権を天皇に返すまでの仕事だ。失敗すれば、一族郎党を犠牲にすることになる。これは痛ましい限りだ。しかし、私の内部に"実行せねばならない"という想いが沸きあがるのはどうしようもない。身内のことを考えている暇などないのだ。天下のためだ。」



 このような、私の思考は実はもってうまれた性格である。判断は、実にはやい。あまり私利私欲には拘らないのがいいところ。と書くと、良い子ぶっているようだが、本当だ。

 何か大きなことを実行するには、T(時)P(場所)O(機会)の三つが確実に揃っていないと成功しないことは誰にでも判ると想う。目的意識がはっきりしていたら、TPOがそろった時には、万難を排して実行するのが成功への道であると、私は確信している。

 だから、誰かの後ろ盾があるとか、共謀したとかの計画は、私の頭にはなかった。一大事を計画する時は、絶対に誰かに漏らしてはならないのも、鉄則である。予め誰かに漏らしたら、よいことでも、悪い事でも同じであり、実現しない。理由は、あなたにもおわかりだろう。

 私は、生来、参謀性格であり、大将になる性格ではない。だから、自分の私利私欲で信長をなきものにしたのではない。信長が居なくなった後、みんなと仲良く手をつないで、戦によらずに、天下を平定して、朝廷に政治を返すのが、私のたった一つの望みであった。



 だから、予め自分の身内に配慮するようなことはなにもしていなかった。どうして、私がそんな人間になったのかについては、今から述べよう。



明智城までのこと

 

 ここで、私の生まれについて書いて置きたい。後世いろいろな系図が書かれているが、実は、こうである。

 

私の実父は、美濃石津郡多羅城主であった進止信周と言う人であった。進止というのは、荘園の支配者の意味だから、正しい苗字かどうかはすでに、定かではない。そして、縁あって明智光綱の養子になったのである。養父の光綱は若くして亡くなり、明智城は、光綱の弟であった叔父の明智光安が、私の後見として明智城の城主になっていた。実父の室であり、私の実母である人の父、つまり私の母方の祖父は、なにか高貴な生まれの人であると、私は実母から聞いて知っていた。私はこの誰か判らない高貴な祖父の血を引いており、武術などではなく、理知的な才能をもらっていたと想われる。

 養父母は早死にした。昔の寿命は短かったが、それにしても早すぎ、養父の手紙などによる記録はまったくないらしい。私の記憶にも、なにもない。

 ついでだから、ここで書いておくが、人は、殆んど永久に進化する生命の本体を担っているというが、この人生での必要な時間、つまり寿命を生きないと、すぐにまた生まれて、残りの時間を次の人生にするようだ。しかも、次の人生では、残りの時間だから、もっと早く死んでしまうから、親は嘆くだろう。だから、人は、自殺するとか、死刑にされるとかは絶対にしてならないと、私の意見を述べておきたい。



 私が十六歳で元服させてもらった天文十二年(1543)に、光安は城を譲ろうとして比叡山に登り、入道した。私は物心ついてから、十六歳までの十年間に、いろいろなことを学んでいた。大抵は領内の酷く年取った風にみえる老人だったが、どうみても、人間離れしている人が多かった。あの人たちも宇宙人かも。彼らが教えてくれたのは、人は、身分とか家柄とかで価値が違うのではなく、みんなおなじ価値だということだけであった。そして、私がどう生きるべきかを自分の頭で考えろと言われたものだ。

 私は、小さい時から、あまり詰め込みの学業などは好きになれなかった。まあ、当時、学校などはないから、気にする必要はないのだが、それでも、当時の嫡子はいろんな勉強をさせられたようだ。私の場合は、叔父はまことに物分りが良くて、私の自由にさせてくれていた。叔父が比叡山にのぼって、入道したと聞いた時、私は不思議だった。私は、そのころには、人の生きる道は自然に学べばいいと学んでいたから、叔父の「入道する」と言う行為に疑問をもった。

 ただ、頭をそるだけで、何かを認識できるとか、俗世のことに欲はなくなるとか、そんなことは考えられないことだった。よく考えてみると、叔父は父の城だったものを、その子の、私に返してやりたいと言う気持があったのと、私への忠誠という意味で、頭をまるめて、仏門に入ることにしたものらしい。



 「そんな馬鹿なことはする必要はないのだ。叔父は立派な城主であり、よく領国を治めているのは、領内くまなく歩いてきた、私が一番よく知っている。私の出る幕ではないのだ。」



 そう考えた私は、「私はまだ、その器ではありません」と、叔父の申し出を固辞して、叔父を比叡山から迎え下ろしたのだった。しかし、当時の弱肉強食が正義とされた時代では、血縁の情は欠片もなく、親兄弟が攻め合った時代であり、このような考えをするのは非常に珍しいことと想われるかもしれないが、私と叔父はふたりとも、それで納得できたのだ。

 私は、他所の武将の息子たちとは違い、肩書きとか権力とかには興味がなく、自然を利用した築城の技術や火薬や鉄砲などの新しい技術を学ぶことが好きだったし、それを利用して、領内の人々が幸せに暮せる手立てを考えるのが好きだった。自分では、武家以外の血が流れているなあと感じることがあるが、これは高貴な身分らしい祖父の血ではないかと想う。この仕事をするのも、どうやら、そこら辺りの想いが心の奥底から上がってきているせいかもしれない。

 私がねばったものだから、「よし、判った。それでは二十歳になるまで、城を預かろう」と、叔父光安は承諾してくれた。しかし、二十歳になっても、私は城主にはならなかった。「学ばねばならぬことが山ほどありますから。」といって、再び許してもらって、気が向くままに諸国の寺社や城を巡り、知識と知恵の幅を広げていったものだ。



 世襲のような社長にならずに、平社員で好きなことをしているのは素晴らしいことだった。社長は本当に立派な人がやればよい。それも、本当に社員とその家族、また商売のお相手や利用者やお客様のことを本当に考えてやれる人でなければならないのだ。私はそれをできる器ではなく、その下で働く平社員でしかなかった。平社員は学んで、本当の経営者に近付くことが大切なのだ。

 さて、これらの経験から得た知識と知恵は、その後の私の仕事に大いに役立っている。

 私は天文十四年(1545)、十八歳で斎木勘解由の娘、お熈(十六歳)と結婚した。私は、お熈に一目惚れした。そして、祝言の日に、妹のお八重がやってきたときには困惑した。聞けば、お熈が疱瘡を病んで、顔に痘痕ができたというので、私に合わす顔がないので、斎木殿が困ってしまい、どうせ、私は顔まで覚えてはいないだろうというので、妹を替玉にしてよこしたという。



 「まったく、もう、がっくりきた。私は、顔で女性に惚れてはいないぞう。」



 お熈はとても、聡明な女性だった。この人も、宇宙人だったと今にして想う。まあ、いろんなエピソードもあるが、ここの主題ではないから、いずれ、別の機会に書いてあげたい。

 さて、私は結婚しても、城には止まらず、諸国をまわり、学び続けていた。築城の知識も身につけているが、その基本は自然の要塞から学んだものである。当時の城で、安土城の次に素晴らしい城は、琵琶湖に突き出た坂本城だったと誉められたものだ。ああ、あれは私の設計と築城したものだよ。自慢している。



 戦乱に巻き込まれる



 当時は、まったく、第二次大戦後の日本のようなもので、明智の政治とはまことにかけ離れた状況にあったものだった。弘治二年(1556)四月、一介の油売りからなりあがり、守護の土岐氏に仕え、土岐頼芸を追放して、美濃一国を領した斎藤道三が、長子の義竜に家督を譲りながら、弟の孫四郎、喜平次を溺愛したことから、義竜は道三と疎遠になり、家督を奪われるのを阻止するために、二人の弟を殺し、道三に対して挙兵した。闇屋のおじさんが身代を築いたら、その子が俺によこせと親の財産をねらうと言う構図である。この構図は、実は、戦国だけではないようで、今の世の中にも、わんさとある。ここまでとはいわないが、親の財産や遺産のとりっこで、戦う子供や親戚の浅ましさは、みられたものではない。

 子供たちの喧嘩をみたくないなら、親は何も残さないにこしたことはない。当時の私は財産も作ってないし、また欲しがりもしなかった。だから、叔父やみんなと仲良く生きていられた。しかし、このような下克上は、この時期には多くあり、親兄弟が争うことも多かった。原因がどちらにあったにせよ、このように殺しあったことは、双方にとって悲しいことだったと想う。そんな時代の中でなければ、仲良く生きられただろうに。

 私の家柄で、父以前のことは、今一つ本当かどうか明確にわかっていないが、私の叔母に相当する小見の方が道三の後妻に入っていたという。この挙兵に際し、叔父の光安が義竜の味方をしなかったことで、義竜の軍勢が明智城を襲ってきたのだ。



 これは、悲しいことであった。



 道三親子が戦ったために、このような悲劇はうまれた。踏み潰す前に、話し合いがあったならよかったと想う。明智の城兵は僅かに380人しかいなかったのだから。当時、尾張の清洲には、この物語のもうひとりの主役の信長がいた。信長の妻、帰蝶は道三と小見の方の子であるので、私といとこであった。この関係から、私は信長のことは少し、聞き知っていた。

 道三は信長に援軍を求めたようだが、間に合わず、義竜に討たれ、今や、明智城も落ちる寸前であった。叔父光安が私を呼び、「ここは、女どもを連れて落ちてくれ。ひとまず落ちて、明智の再興を図ってくれ。」とこう、いわれたのである。

 「なんと、それは叔父上の言葉とは想われません。この城に育った、私、この城と運命をともにしたい。」と、心にもないことを言いつつ、一度は、反論はしたが、叔父の息子たち、光春、光忠らとともに、城を抜け出して、祖父光継の館のあった櫃が沢へと脱出した。私は、死ぬ時は、寿命以外はだめと決心していたから、叔父たちに死んで欲しくなかったし、ましてや、自分と家族も死に至らしめる気はなかったから、叔父の言葉に従って、落ち延びたのだった。この時は、自分の頭で、意外と冷静に対処したと想う。



 この時、弘治二年(1556)九月、私、数えで29歳。ここから、私の流浪の日々が始まったのだった。



 明智城が落城した時に、既に、いったんすべてを失い、一介の浪人として生きてみた。今更、物欲に溺れることはない。生まれてからこの方、私は、いろいろなことを学んできた。その中で、私の心眼に明確に見えてきたものがあった。それは、「人間は偉そうにしていても、自然に打ち勝てるものではない。」ということだった。「自然が人間に教えているのは、すべて均衡だろう。均衡することのない乱世はそれに照らせば、人間の愚かさを顕している。この世からすべての戦を無くさねばならないのだ」という想いが私の中に芽生えたのは、この流浪の時だった。

 この乱世に平和をもたらしたいという想いで、私は真っ直ぐに歩き出したのだった。心の中には、早くなんとかしたいという気持はあったが、人間の人生は単純なものではない。これからみる何人かの人々の人生は乱世という劇画の主要な配役のようにも見える。歴史は、強者の論理で書かれるものだろう。ひとりひとりの想いは、本当は違うところにあったのかもしれないのに。



 私は、歴史の記録を単純に信じてはならないと忠告しておきたい。


1002

第二章 信長との出逢いまで



 放浪時代、私はなにをしていたのか。落城する明智城を脱出したのは、弘治二年(1556)、私が29歳の時だったが、一緒に脱出した一族郎党を祖父の館に残して、私は、表向き、見聞と出稼ぎをかねて、諸国を渡り歩いた。その間、なんと六年間。もちろん、稼ぎは、時々ちゃんともって帰ったから、みんなを餓死させることはなかった。みんなは、みんなで、農業の手伝いなどをしながら、私の帰りをまっていてくれた。実は、私の本音は、誰が一番の武将であるかを探すことであった。つまり、私は、この「乱世を平定できる誰か」を探して、その武将に仕えて、協力して天下を平定し、人々に太平をもたらすというのが、確かな人生の目標になっていたからだった。

 この間には、武田と長尾(上杉)の川中島での合戦が何回か行われ、大抵の浮浪浪人はそちらに出稼ぎに行っていたらしいが、私は武田と長尾(上杉)には興味がなかった。彼らは、その時の状態では、互いに相手がいるために、その場所から離れて上洛し、天下を睨むことはできないと感じとったからだった。

 もう一つ、永禄三年に、上洛しようとしてやってきた、今川義元と、尾張一国を統一したばかりの信長との桶狭間での戦いがあり、この戦いに奇襲して勝った信長は、これから、美濃の後略にかかったのだった。私は、この結果も聞いたが、まだ信長に興味は湧かなかった。



 一乗谷の朝倉氏に仕える



 永禄五年(1562)になって、私は一緒に明智城を脱出していた親戚の光春(三宅弥平次)、光忠(明智次右衛門)らとともに、越前一乗谷の、朝倉義景の城下にやってきた。この時、私、既に三十五歳だった。当時の人生50年からみれば、もう残りが少ない。まして父や母はこの歳には亡くなっていたから、そろそろ行動に移そうという気になったのだ。

 室町以前の守護・地頭という制度は、司法・警察権は持っているが、行政権はもっていないとか、司法・警察権は持っていないが、収税権をもっているように、軍事権、司法権、収税権が分離された中央集権的な支配であった。これが長く行われているうちに、すべてが形式に堕落し、非支配層の人々には不満がつのってきていた。

 私は、このような仕組みは嫌いである。なぜなら、最も底辺の人々に、生きる目標がなくなってしまうからだ。どんな仕事でも、ただやらされて、結果の果実をむしりとられるのでは、努力しない方がましだということになる。



現代の企業でも、このような仕組みがあるかもしれない。それでは、発展しないだろう。勝手に計画をされ、それを果たせと命令し、成果を横取りするような仕組みは、働く人々を萎縮させるだけだ。

「上司は目標と凡その予算と利益の数値を示し、部下たちは、その実行計画と実行予算を策定する。上司は、その実行計画を精査して、自分でもやれるなら、承認する。」

私は、これが当然のことだと判らないものには、管理者になって欲しくない。自分でもやれないものを、「よし、やってみな。」とか、「俺が責任取るから、やってみろ。」なんて、いっておきながら、あとで、馬鹿呼ばわりするのは言語道断。実行中は、部下は上司に、全体の経過と問題を主体に報告し、対策についても、協議し、アドバイスをしてもらって、実行を続ける。結果の成否の責任は、部下にもあるが、上司に最大の責任がある。したがって、上司は部下の評価をする時に、部下と自分の責任を切り分けて、実施しないといけない。首を切る人は、それを終ったら、自分の首をきらねばならない。これが、私の持論だ。



 話が、現代に飛んでしまった。戦国時代に戻ろう。



 さて、そんな中で発生してきた戦国大名たちは、軍事権、司法権、収税権その他一切の行政権をもち、一地方を殆んど完全に領有する独立政権として機能するようになってきた。守護・地頭制度では、農民は農作機械のようなものであり、ただ搾取されるのみであり、人間として生きることは赦されていないようなものだった。これは、酷いことである。一方、群雄割拠の戦乱の時代ではあったが、私の生まれた時期は、領民の痛さも理解でき、収税への配慮もできる形で、地方の独立政権が成長していく過程であり、戦国時代で、この仕組みは出来上がるのである。

 世の識者たちには、この大名が、どんな風に、領国のみんなのやる気を起こさせるか、楽しみだったろう。



 さて、私が一乗谷にやって来た理由は、朝倉氏が、足利将軍とのかかわりをもっていたこと、もう一つ、当時の越前国は「しずかにておさまる国」と京の公家から羨ましがられていたというのを聞きつけたからであり、そんな国の大名である、朝倉義景とは、どんな人物か、興味をもったからだった。朝倉義景の幼名は孫次郎延景だったが、室町幕府十三代将軍足利義輝より偏諱を受け「義景」と改名したらしい。

 家督相続後は、教景(宗滴)の補佐を受け、無難にこなしている。だが教景が亡くなったあと文弱に流れたと言われるが、必ずしもそうではなかった。国は無難に治めていたが、朝倉義景の悩みの種は内乱ともいうべき一向一揆であり、同じく一向一揆に悩む長尾景虎(上杉謙信)と連携し、景虎が川中島へ出陣した際に、その背後を守るために、加賀国に攻め込み一向一揆と戦っている。この加賀の一向一揆が朝倉の部将、青蓮華景基を攻めてきた時だった。朝倉家に仕えたばかりの、私は、光春、光忠ら一族とともに、一揆の攻撃を退けるのに貢献し、正式に知行をもらうことになり、やっと故郷の明智から旧知のものたちを呼び寄せた。

 現代の教科書の記述によれば、長享2年(1488)、加賀で一向一揆が蜂起し、守護の富樫政親を打倒し、「百姓の持ちたる国」が成立したかに想ってしまう。が、実は「百姓の持ちたる国みたいであるが違う」という記録の一部を書いているというのが真実で、つまり、百姓たちの国ではなかった。百姓たちは、やはり、ひもじい想いをしていたし、普通の農民一揆とは違う様相のものであった。



 時がたつのは早いもので、朝倉に仕えて既に三年、永禄八年(1565)、私は三十八歳。



 この年の夏、足利十三代将軍足利義輝の執事、三好長慶が死ぬとその配下の松永久秀が幼い主君義継を無視して横暴な振舞いをし、義輝を廃して三好氏の育てた義栄を十四代将軍にしようと陰謀を企てた。この事件で義輝が死に、出家していた弟ふたりは、末弟は殺され、奈良一乗院の覚慶は興福寺に幽閉される。いずれは彼が殺されるとみてやってきたのは、洛西長岡勝竜寺城にいた義輝の遺臣だった細川藤孝である。覚慶は永禄九年(1566)二月に還俗して、足利義秋(後に義昭)と名乗った。八月になって三好勢が襲ってきたので、義秋は細川藤孝らを連れ、琵琶湖を渡って逃げ、十一月末に朝倉義景を頼って、一乗谷の朝倉館に入ったのだった。

 朝倉義景の館では、義秋を元服させてあげる。しかし、それ以上はしてくれない。そこで、私がこの将軍の弟のためにいろいろと尽力することになった。この時、「この人を将軍にして、別な政治体制での天下統一万民太平を創りあげたい。」が、私の願いになっていた。この人は、出家していたわりに、還俗してからは、ちやほやしてくれる取巻きが欲しくてしかたない人だった。私はとってもすごい奉仕をしてあげたものだった。

 しかし、時が乱世でなければ、私が義秋に出会うことはまずなかったのであるから、なにかしら前世からの縁をさえ感じる。義秋は、朝倉氏に上洛の手伝いをさせたいと想ったのだ。しかし、当時、義景は嫡男の阿君丸(母は小宰相局)を失ったことでがっくりきていたらしいのと、越前一国の安定を第一義としていたようで、義昭を将軍に擁立し上洛する意思を見せなかった。



 私は、「義景は立派に越前の国を治めている。文武に優れた武将である。文弱の武将ではないのだが、今、義秋を擁立して上洛することは考えられない状況なのだ。」と感じていた。



 そんなことをしている間に、永禄十年(1567)九月、私は細川藤孝の勧めで義秋の家来になった。朝倉氏に仕えているのだから、二重家来だ。しかし、当時、朝倉氏が将軍の家来とすれば、その家来の、私も将軍の家来だから、それでもいいことだった。その頃、信長が美濃一国を手中に収めたことを知った。この時に、初めて信長のことが、私の頭に上ってきた。



 「信長が、尾張と美濃を統一した。彼の環境なら、上洛ができるかもしれない。」



 運命の出逢い



 私は細川藤孝と相談して、足利義秋の内命を受けて、永禄十年(1567)の暮に、岐阜の信長を訪ねた。この面会は、私の知り合いであった猪子平介という人が信長の侍大将になっていたので、この人のつてで実現したものだ。この時、信長は重臣もいれない自分の居間に、私を招きいれて、ふたりだけで話をきいてくれた。私自身のことや要件のことを暫く訊かれたあとで、私はやっと眼をあげて、信長の顔をみて、想ったものだ。

 「私はもう三十九歳、信長は藤孝と同じ三十三歳、義秋は三十歳。しかし、信長は歳では計れない何か磐石の重みを備えているようだ。今まで逢った人には、このような人はいなかった。」

 信長は穏やかにふるまっていたが、私はなんとなく威圧される想いがしたことを憶えている。 あとで、小耳に挟んだのだが、永禄元年(1558)京、堺方面を視察にでていた信長が美濃の刺客に狙われて、八風峠を越えて尾張へ帰国する際に小倉右京亮実房と言う人に道案内してもらったらしい。このことで、実房は信長と通じたとみられ、上司の六角義賢(承禎)に切腹させられたらしい。

 この時に、信長が刺客の手にかかって命を落としていたら、その後の信長の偉業はすべてなかったものである。つまり、小倉右京亮実房は信長の命の恩人であり、かつ、時代の変化の流れをつないだ恩人であるといえる。信長は、安土城ができたときに、寡婦となっていた実房の妻を安土に迎えて側室としている。お鍋の方と言うのが、その人である。信長は、彼女の子供も取り立ててやったらしい。信長が命の恩人の家族に示した配慮をあらわすエピソードである。

 もうひとりの妻、吉乃ともエピソードがある。彼女も土田弥平次に嫁いだが、弥平次の戦死という悲運にあい、兄の生駒家長が住む生家に帰ってきた時、そこで、信長に見初められて室となり、信忠、信雄、徳姫を産んでいる。信長は、美濃の国、斎藤道三の娘の濃姫を正室に迎えているが、子供がなく、吉乃の方が正室のようになっていたようだ。

 さて、こうした信長とお鍋や吉乃との結びつきは、美人であったとかの理由はあろうが、信長は幼少から生活の中で母の愛情を受けることが少なく、お鍋や吉乃に母性愛を感じたのではなかろうかと、私は考えている。信長は、父信秀の命令で、生まれてまもなく、那古野城主となり、両親と別れて乳母や重臣たちと暮らしている。これは、父の信秀が信長を最初から自分の後継者として認めたからであろう。信長がうつけといわれようと、父は諭すことはなかったのが、その証拠ではないかと、私は想う。

 この嫡男の育て方は、当時は当たり前だったのかもしれないが、信長は乳母の乳を噛み切ったりしたようで、乳母が何人か代わったという。彼は、今の言葉でいえば、常に母を意識するマザコンだったのだと、私は推定している。だとすれば、いろいろな奇行は母の気を引くためだったと理解しうるのだ。そうでなければ、「うつけ」といわれてもいい分けのしようがない。

 その母親が傍にいる弟の信行(信勝)を可愛いがり、柴田勝家、林通勝などの重臣が弟を盛りたてて、後に、信長に背くことになった。この原因は、兄弟争いではなく、信長の謀略による旧主家や親戚などが殺害されたことから、重臣たちに危機感があったのかもしれないと、私は観ている。この後、信長は、一族間の争いにうち勝っていくが、ついに、弟との確執は悲劇的な結末を迎える。信行の謀反は、一回目は母の仲介で許されたが、二回目は、もう見逃せる状態ではなかったのかもしれないが、柴田勝家らが信行からの離反を確認してから、謀反を捏造して謀殺したのかもしれないという推察もあるようだ。そうだとすれば、信行の無念は残ったであろう。何れにしても、信長の尾張統一には親戚がらみの戦いが多く、双方の消せない想いが残っていると想われる。



 信長が十八歳の時、父信秀が四十二歳の若さでなくなった。その後、お守役であった平手政秀が自殺した。信長が二十歳のときである。政秀の死は、いっこうに、うつけのような行状を改めない信長に対する諫死であったとされる。信長は政秀を弔うために政秀寺を建立しているので、流石の信長も内心、後悔したのかもしれない。尾張一国の統一という信秀と信長二代に渡る仕事は、その間に行われた謀略と殺戮によって、確実に達成されたのであり、当時いわれていたような、「うつけ」殿ではなく、戦いと謀略の天才だったようである。

 別な面が出ているエピソードがある。領内の津島の盆踊りに家臣や自分も仮装して加わった事で、領民が喜び、城下まで踊りの列を連ねて、御礼踊りをしたというのだ。信長は家臣の国人や地頭らには厳格に対処したが、その下部にいる地侍や農民には年貢や普請のへの人足要求の面でも、かなり気をつかったようである。



 さて、朝倉に仕えた経緯とか知行などを訊かれた後、信長が私に聞いた。



 「その方の言うことは、判った。ところで、なんで、細川藤孝ではなくて、その方が岐阜に来たのか」という。

 「それは、新公方さまが、美濃に猪子殿という知り合いがいる私を、まず殿のもとにつかわし、上洛のご催促を伝えさせようとの事でした。殿にご承知いただければ、さっそく一乗谷に帰り、新公方さまからの上洛依頼の、ご内書をもらって、お取次ぎいたします。」と、私。

 「もっともなことだな」と信長。

 このあとで、信長は、私がまったく予期しなかったことを言ったものだ。

 「その方、今から、私の家来になれ。知行はさしあたり、朝倉と同じ五百貫にして、その後は働きぶりでいかようにもするぞ。」

 私はびっくりして、顔をあげ、思わず答えていた。

 「それは、とてもありがたいことです。殿の申し出、謹んでお受けして、一生懸命働きます。」

 これが、二人の運命の出逢いであった。それにしても、即断即決のふたりであった。



 最初の驚き



 居間での会見の後、信長が私の鉄砲の腕を見たいと言うので、岐阜城の射撃場で試し撃ちをすることになった。ちょっと、自慢したので、やってみせろというのだ。信長は、射撃場の責任者である佐兵衛というものがそこにいないことにきがついて、佐兵衛が慌てて走ってくるのを見るなり、「お前の日頃の行状は聞いている。」と罵った後、許しを得ずに、持ち場をはなれたという理由だけで、私の眼の前で、その男を手打ちにしてしまった。まあ、会社でも仕事中に、自分の責任部署にいないというのは許されるはずはないので、叱るのは私も当然だと想ったが、いきなり手打ちにするというのは、いささか、恐ろしかった。

 信長は、このように、周囲を取巻く家来たちに対しても、決して気を許していなかったようだ。それは、決して、この時代の武将に共通なものではなく、生まれてから後天的に信長に備わった猜疑心ではなかろうか。この猜疑心が何歳頃から発したかは定かではないが、信長自身が、押さえきれないものであったと想われる。

 ただ、尾張美濃を平定したあと、これ以上望まず、領民にとって善い殿様で納まれば、こんな猜疑心は、必要はないと想うのだが、信長はそれでは満足しなかったのだ。彼は、何処までも拡大思考であり、私を通しての、この新公方の申し出は、渡りに船だったのだろう。まさか、傭兵となった私への見せしめのためにしたわけではないだろうが、それにしても、明智城や朝倉氏の下ではなかったことであり、私には、最初の驚きであった。



 私の目標は、天下の平定であり、当時の武将を比べると上杉や武田ではなく、信長がその目標達成に一番近いと感じたので、猜疑心が強く、気性も荒く、おそろしい人柄ではあるが、ひとまず、ついて行こうと決心したのだった。まずは義昭を将軍にするのが、最初の目標だったから。

1003

第三章 足利義昭の上洛と信長の支配



 信長が義昭と改名した新公方を擁して、上洛の支度を整えたのは、永禄十一年(1568)八月だった。信長の六万の大軍は、当時の将軍義栄を押す六角承禎や三好三人衆の抵抗をものともせず上洛し、義昭を第十五代の将軍につけた。

 ところで、私が仕えてから、この頃まで、この猜疑心のつよい信長が四度ほど、無防備になったことがある。しかし、その時は、事なきをえている。私は、彼を運がつよい人だと想った。その後、私は義昭の将軍政治と信長の軍事政権の間を取り持つ庶務の役割をすることになり、とっても忙しい毎日だった。

 信長は、表向き将軍義昭の後見人の立場を務めていたのだが、実際には、幕府のすべてを監視して、制限を加えていた。そこで、義昭は信長を自分に家来として従わせるために、足利の家紋や副将軍の地位を与えようとしたが、信長は一切受けつけなかった。信長がそんなことで、家来になると想った義昭は、生まれ着いてのボンボンでしかなかった。家柄や肩書きで人を動かせると想ったらしい。現代でもよくある話だが。

 信長が、最初から将軍義昭を傀儡幕府にして、織田軍政で天下平定に向おうとしていたのだと、私は気がついていた。そうこうする内、義昭は越前の朝倉義景との間に、信長追討の密書を取り交わしたらしいが、それを信長は察知した。二条城の竣工の祝いに、信長から義昭名義で出仕するようにと朝倉義景も呼ばれたが、義昭との関係を訊かれて殺されかねないと思ったらしく、上洛しなかった。彼は、文弱な男ではなく、やる時はやるのだと、私は想った。

 信長は浅井氏に妹のお市を嫁にやった時に、朝倉氏への攻撃には、浅井氏と相談すると約束をしていたが、この場合は相談すれば引き止められるし、一方で、朝倉攻めを延期すれば、織田政権の威令が落ち、勢力バランスが崩れると考えたので、当然、朝倉への攻撃を開始した。この事件は、義昭の将軍という名で何でもできるという依頼心と天下盗りの野望に燃える信長の非情さが引き起したもので、私としては、浅井と朝倉には同情を禁じえない。



 この時、浅井氏では、遠藤喜右衛門と言う人が、「信長と戦えばお家は滅びる、信長の一味になれば、お家繁盛疑いなし」と浅井氏に提言したというが、一方で、取り交わした起請文の約定にそむき、朝倉を攻める信長は信じ難い」という久政の感情論を、満座の家来が支持したために、信長を迎え討つことになったと聞いた。この戦いで、その遠藤喜右衛門が、戦場で信長と刺し違えようとして、雑兵の首を持って、"浅井の侍大将の首実検をしてくれ"と信長まであと数歩に近づいたが、後ろから引き倒されて最期を遂げたらしい。引き倒したのは、彼の顔を知っていた竹中半兵衛の弟の久作であったという。遠藤喜右衛門にしてみれば、さぞ残念だったろう。信長は、またしても、運良く危機を脱している。

 天正元年(1573)八月、信長は朝倉義景一族を滅亡させ、つづいて、小谷城の浅井久政、長政をせめて自害させている。この時、信長は、久政の妻から、唾をかけられ、「表裏の猿猴」と罵られたので、毎日、彼女の両手の指を二本ずつ切り落とし、すべてなくなってから、磔にしたという。



 「これは、天下を太平にする男のすることか?」と、誰でも想うだろう。



 また、同じ年の九月十日、かつて、近江で信長を狙撃した杉谷善住坊が捕らえられると、生きながら、土中に立たせて埋め、七日かけて竹鋸で首を挽かせて殺したという。



 「ああ、何たる非道、この男は、異常だ。」



 更に、天正二年(1574)、信長四十歳、私四十六歳の春。岐阜城に年賀にきた公家、大名、信長の武将たちは、酒を振舞われたが、その酒の肴に、浅井長政と朝倉義景の頭蓋骨に漆を塗り、金箔をはったものがだされた。これは、私もみせられたが、困惑して顔が上げられなかった。私は、信長の常軌を逸したとしかいいようのない残酷さに、恐れを感じ、これらの信長の行為を止められなかったことに、慙愧の念が湧いてきた。

 これに先立ち、私は三好党との戦いや本願寺との戦いに従軍したが、殆どは二条城の警護であった。にもかかわらず、元亀二年(1571)には、近江滋賀郡と宇佐山の志賀城を与えられた。更に、九月に比叡山の焼き討ちが行われ、山麓の焼け跡に坂本城を新築し、五万石の大名にしてもらった。浅井に動かされた比叡山と本願寺に対して、私は和議を図るように、信長に進言して三日の有余をもらって交渉して帰順の文書を持ち帰ってくる最中、なんと、信長は攻撃を開始してしまい、結局、比叡山を焼き払ってしまった。これで、私は面子丸つぶれ。信長は、「馬鹿な奴め、あと一時間早ければ。」と言ったものだ。



 さて、待遇のことだが、この当時、秀吉でも、こんな待遇は受けておらず、私の務めた京都奉行の仕事が認められたのだろう。しかし、これは、経過をみれば、喜んでばかりはいられないことだった。そして、私は、これまでずっと主従関係として、義昭から下久我荘の年貢米や雑税をもらっていたが、坂本城主になってから、二重の家来の仕事はできないので、義昭との主従関係を断ったのだった。

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第四章 私の悩み



 家老と傭兵と同盟者の違い

 

 私は天正十年(1582)五月十三日、信長から、甲斐攻めの疲れを癒せと非番という休暇を貰い、安土城から三日前に琵琶湖を船に揺られて坂本城に帰ってきた。私は甲斐征伐から信長に従い、四月二十一日には安土に帰ってきたが、その後、五月十四日には、信長の嫡男の信忠が甲斐から凱旋し、莫大な戦利品を信長に渡していた。この甲斐征伐で、信長の領国はついに、三十

三カ国になった。



 私はこの様子を見ながら、想った。



 「信長は、日本の天下を平定したら満足するのだろうか」



 宣教師フロイスは日本史に、風聞として書いているらしい。「信長は毛利を平定し、日本六十六カ国の絶対君主になった暁には、一大艦隊を編成して、支那を武力で征服し、領国を自分の子供たちに分け与える考えだった」と。



 私はこのことについて直接、信長の本心を訊いたことがある。それは、私の目指した目標、天下平定による戦争のない平和な国にすることから、かけ離れたものだった。私の悩みはここから一層大きくなっていった。

 安土城下で凱旋する将兵たちの祝宴が開かれる中、五月十五日に同盟者である徳川家康が、武田の武将で投降した穴山梅雪とともに安土にあらわれ、家康は駿河一国の加増に、梅雪は旧領安堵の礼を述べにきた。私は信長から、この家康一行の饗応を命じられた。十四日は長秀が家康一行を饗応していたのだが、四国の長宗我部元親征伐で主将、信長の三男の信孝を副将として補佐すると言うことになり、私に、この仕事が廻ってきたのだった。



 信長は、四国攻めの兵を大阪に集め、自分も、淡路島にいく予定だったので、家康一行の訪問は内心は迷惑だったのかもしれない。しかし、相手は同盟者であり、信長は自分の威厳をしめしたかったのだろう。そうこうする内に、五月十七日には毛利の高松城に水攻めをしている秀吉から、増援依頼の急報がきた。信長は、四国攻めを取りやめて、毛利との決戦を急ぐ決断をした。信長は堀秀政を秀吉のもとに派遣し、当面の措置をさせつつ、私とその組下の細川忠興、池田恒輿、塩川吉太夫、高山右近、中川清秀、筒井順慶らを先手として出兵を命じてきた。

 家康の接待に当たっていた私は、このために坂本城に帰ってきたのだった。饗応は、長谷川秀一らに交代した。饗応は廿日まで続いていたが、十九日の丹波猿楽を舞った梅若太夫が不出来だとして折檻し、信長が家康の前で、自制を失うできごとがあったらしい。この後にフロイスは日本史という本で、この時の信長と私のことについての風聞として、「ところで、信長は奇妙なまでに、親しく、彼を用いたが、このたびは、その権力と地位を一層誇示するべく、家康らのために饗宴をすることを決め、接待役を彼に命じた。これらの催し事の準備について、信長は、密室において彼と語らっているが、彼から自分の好みに合わない意見を言われると怒ったというが、しかし、これは、密室の中のことであり云々」などと書いているらしい。



 脇からみれば、信長と私の関係は実に面白いものだったろう。信長は、私を本質では嫌っていた。時として波動が合わなくなったからであろうし、私は、ただの傭兵でしかないと言う意識があったからだろう。信長は昔からの重臣たちは、もともと自分を"うつけ"として廃嫡しそうになったくらいのものたちだから、信用もできないし、仕事もそうできる連中ではないと想っていた節がある。それに比べて、私や秀吉は非常に重宝な傭兵だと想っていたはずだ。



 天正八年(1580)には、私はついに畿内の大将にされ、近江滋賀郡五万石に坂本城、それに加えて丹波一国二十九万石と亀山城を使わせてもらった。これは、京都に対する備えであり、信長が私を有能な傭兵として割り切っていたからだと想う。一方、この年の四月に、織田家の最大の勢力をもっていた、佐久間信盛が嫡子とともに追放されている。罪状は、五年にわたって何の手柄もなく、世間が不審がっているということ。それに引換え、私や秀吉や恒輿らの働きは天晴れだと誉められている。この一事からも、信長の傭兵戦略がみえてくる。この時、細川忠興、池田恒輿、塩川吉太夫、高山右近、中川清秀、筒井順慶らが、私の指揮下に属したのであった。

 私は佐久間親子への過酷すぎる処罰を非常にいたましく想った。信盛は、信長の父信秀の代から家老として、主要な戦いにはすべて出陣し、戦功を立ててきていた。信盛は信長と行動をともにしてきたのであり、信長の落度としてあげたものはそんなに大きな失敗ではなかったと想う。

 八月になって、信長は家老の林通勝、重臣の安東伊賀守親子の知行を没収して、追放した。通勝の罪科は二十四年前に、柴田勝家とともに、信長の弟の信行を織田家の後継者に擁立しようとしたことであった。しかし、その後、信長に忠誠を尽くしてとともに戦ってきていた。



 何ゆえ、今なのか。その時、一足先に信長に寝返った柴田勝家にはなんの咎めもなかった。



 美濃の強豪として知られて安東伊賀守は、十三年前の永禄十年(1567)に、武田勢を美濃に引き入れようとしたという罪科で処断された。難敵石山本願寺を征服できるめどがたった頃から、昔に過ちを犯した家老への粛正がはじまったのだが、それ以後の忠誠の年数や戦功などはまったく意味をもたないという信長の猜疑心が自制できなくなった証拠だと私は想った。

これほどの猜疑心は、ちょっと他の人間には考えられないものだ。傭兵は、切り取りした土地を褒美にやればよく、次の切り取りのために、それまでの城をとりあげれば、一層奮励するものだと想っていたようだ。傭兵は、天下統一の折には国内には要らないものたちだとも考えていた節がある。傭兵は、支那という切り取りごめんの場に送りこむつもりだったのかもしれない。

 日本は、自分の子供と親戚と家康などの同盟者で支配し、傭兵を送り込んで勝ち取った支那はまた、子供を送りこんでいこうという、世界占領の野望をもっていたと想われ、これが、フロイスが書いた風評になったのだと想われる。

 そんな信長の野望と、日本の天下統一という平和への偉業の達成を最終目標としていた、私とは、根本的に違ったものであったから、この辺りから、信長と私の意識の波動の位相が180度違ってきたと想う。私から同じことを言われても、信長には、それまでの波動とは違って聞えたであろうし、信長の感情中枢に何らかの刺激をあたえたのかもしれない。だれでも、一つや二つの、とても違和感のある波動を感じた記憶があるだろう。



 私と信長の間には、何時からか、そのような違和感が発生していた。 





 私の利用価値の変化



 信長は天正二年(1574)三月、従三位参議に任ぜられ、天正三年十一月に大納言、右近衛大将、天正四年十一月に正三位内大臣、天正五年十一月に従二位右大臣、そして天正六年正月に正二位になっている。しかし、その年、天正六年の四月、突然辞官を申し出て、その後は官職についていなかった。その理由は、「征伐の功いまだ終らず」ということだった。全国を平定したら、また官職にもどってもよいという意味だという。

 お鍋の方にもらしたという信長の本音は、「私はこの後、五、六年のうちには、四海平定をする。そうなれば、海の外に働き場所をもとめねばならない。そんな世になれば、それまでしか用のない位階は似合わないのだ」だったという。これは、フロイスの書いた風聞に近いものであり、事実であろう。



 信長の権威は膨張するばかりで、彼の前にでる諸大名は、顔を仰ぎみることすら、憚られたのだろう。永禄五年(1562)に攻守同盟を結んだ家康ですら、織田政権の外様大名に転落していた。家康は、信長の忠実な追随者となっていく。信長に思い上がりがあると判っていても、信長から離れることはできなかった。離れたら、破滅することは見えていたからである。

 天正七年(1579)築山殿事件が、家康の嫡男に嫁いでいた徳姫が、夫の不行跡と築山殿が武田家に内通していると信長に訴えたことから始まっているが、家康は、信長から妻と将来ある息子を殺して自分への服従をしろと暗に強制されたと想ったのであろうが、これに逆らうことはできなかったのが、その証左であろう。家康はもとより、築山殿、嫡男信康の悔しさははかり知れない。



 天正九年四月十日朝、信長は小姓たちをつれて竹生島に参詣した。安土から長浜城まで十里、長浜から竹生島まで湖上五里なので、日帰りはできないと誰でも思って当然であった。城内の上臈たちは、信長を見送ったあと、「殿は、今日長浜にお泊りでしょう。お留守の間にたのしみましょう。」と二の丸で遊び、桑実寺に出かけたものもいた。寺で法話を聞き、湯茶の接待を受けていた侍女たちは、信長が突然帰ったときいて仰天した。侍女たちが迎えにでなかったので、信長は「女房どもが出迎えないのは、怠慢だ。」として、桑実寺の長老も詫びたが、「主人の許しもなく、勝手に持ち場をはなれた罪は見逃せぬ。」と、長老も含めて侍女たちを断首したということがあった。この上臈たちは主人の威を傘に着て、目下の者に傲慢な振る舞いが逢ったと信長が聞いていたこともあろうが、これはやはり、信長の非道をしめすものである。



 信長の非道といえば、丹波征伐で波多野秀治の八上城を攻めた際に、私は「遺恨があって攻撃しているのではない。天下統一して万民太平の世を造りたいのだと。」と和睦を説き、老義母を人質として八上城におくり、私を信じて投降した波多野を安土に送ったところ信長が即座に処刑した。このために、私の老義母は城でころされてしまった。

 「なんと酷いことをするものか。母上に申し訳ない。」と、私は切歯扼腕した。

 更に、荒木村重が妻子と部下を捨てて有岡城を捨て、尼崎城に逃げた時のこと。村重の武将が内通して、滝川一益の軍が有岡城に乱入した。この時、信長は、村重に味方していた本願寺へのみせしめだとして、部下の緒将に命じていた。「城中の男女は、残らず斬れ。ひとりも助けてはならない。」と。

 私は降伏した敵兵、罪のない婦女子を死刑にするのは残忍な所業だと思ったので、彼らの赦免を懇願したが、信長は本願寺の顕如上人を威嚇するために、すべて殺し尽くすと決めたら、それを実行するのみであった。村重の妻子と荒木一族の人質は、尼崎の七本松で女房衆百二十二人が磔に処せられ、それに仕えていた若等、下女たちは四軒の家に閉じ込められ、四方枯草で覆って火をつけて火あぶりの刑にされた。私は、この様子をすべて見とどけた。信長は常人ではない。

 武田の人質となり後に信玄の養子になっていた信長の息子勝長が武田勝頼から返されてきて、安土城で信長と対面するということがあった。私はこの二人の対面のご馳走をしろと命じられた。

今まで、私は礼法に疎い信長に、さまざまな進言をして、受け入れられてきた実績があり、今回の勝長との対面には、直垂装束で出座してもらわねばと考えて進言した。信長は、そんなものは公家にさせておけばよいのであって、自分は常着でよいという。私はここで引き下がろうとしたが、親子対面の馳走奉行としては、ひとこと言ってしまった。



 「久しぶりのご対面に、上様ほどの人が、常着では、客人の手前、いかがなものでしょうか」

 「何を言うか、ここは私の城だ。招かれて喜ばぬ客はいないわ。おれが常着であっても、礼儀知らずと卑しむものはいるか。行儀ばかりで何の能もない公家の真似を何故しなければならないのか。明日のしたくししなくていいから、坂本に帰れ。」と言われてしまった。

 私は、信長が京都に軍事政権を打ち立ててから、行政官僚としての手腕を目覚しく発揮した。石山本願寺との和睦が成立するまで、信長は畿内の統治に手をやいていた。私の禁裏や畿内の地侍らに対する巧妙な外交折衝によって、信長は大きな利益を得たのである。その後、織田政権の基盤が固まると、私の存在価値は次第に薄れてきた。京都での政治の上部組織は直臣団に管轄させ、下部組織の事務官僚は、逃げ出した第十五代将軍の足利義昭が京都に残していった幕府の者たちから、人材を抜擢した。これができるようになると、信長は、私の官僚組織に頼る必要がなくなってきていた。



 信長としてはその能力と人脈から、私との波動の違いを我慢してきたが、ここにきて、私の能力も人脈もいらないところまで、直臣の力が強大になってきているのが、信長にはわかってきたし、一方の私にも判ってきていた。



 信長という恐怖の君主



 安土城の各層の座敷に、群青、緑青の濃絵に描いた狩野永徳の筆が飾られていた。賢者、儒者、仙人天女、天人、三皇五帝などの絵は、信長が、彼らの誰よりもすぐれた最高の存在であると、見るものに悟らせるために選んだ画題として選んだらしい。

 信長は全国から数百体の神像や仏体を安土城に集めていた。彼はそれを崇拝したのではなく、それらに、自らを崇拝させる儀式を、毎朝、繰返していた。私は、信長が自らを地上最高の神と思い込んでそうしているのか、諸大名への示威のためにそう言った姿勢をとっているのか、真意をつかめなかったが、恐怖にみちた君主であるのは間違いないと想った。



 さて、天正十年(1582)の正月一日。信長への年賀の挨拶は、一門衆、他国衆、安土に住む地侍の順である。年賀の客は、先ず表門から三つの門をくぐり、天主の下の白砂を敷き詰めた広場にでると、そこに待っている信長に挨拶する。挨拶のあと、天主の御幸の間を拝見する。ここは、天皇行幸を奉迎する座敷であった。天皇は公式には臣下の家を訪れることはないが、将軍の場合は別らしい。信長は誠仁親王が即位の後、安土城に行幸を仰ぎ、皇室との関係を確定するつもりで、御幸の間をこしらえた。ここは、殿中ことごとく金色で、金具も金であった。 

 それらを拝見した後、台所を通って厩の前にでる。青竹を組んだ通路の行列に従い、私が足を運ぶと、堀、長谷川らの信長近習が路傍に立って、得意げに客に声をかけていた。



 「あれに立たれているのは生き神さまであるから、手を合わせて拝んで、お礼の銭を渡すように。」



 切れ目なく続く、列の客が、手をあわせ、百文いれたおひねりを渡すと、信長は無雑作に後ろの小姓の持つ盆の中に投げ入れた。信長の表情は無表情であり、私には、前を行く人々が虫けらのようにみえた。大名連中は、そのことに誰も気付いていなかったようだ。

 私は、信長が近臣を集めた評定の座で言った言葉を思い出した。

 「俺は蝦夷より、九州、琉球まで平定したのちは、唐国より南蛮へ乗り出す心つもりをしている。」と。

 そして、この年賀で生き神さまを演じていた信長に、底知れない不気味な面を感じたものだった。



 信長と朝廷の確執



 信長が武田勝頼を打ち破って安土城に帰還したのは、天正十年(1582)四月二十一日だった。そして、京都、堺、畿内からの大名たちや信長を知るいろいろな人々が凱旋のお祝いにやってきた。

五月十四日、北西の空に不気味な大彗星があらわれた。フロイスは、「月曜日の夜九時に、ひとつの彗星が空にあらわれたが、はなはだ長い尾を引き、数日にわたって運行したので、人々に深刻な恐怖心を起させた。その数日後の正午にわれらの修道院の七、八人が、彗星とも花火とも見えるような物体が、空から落下するのを見て、非常に驚いた。ところでこれらの兆候を深く考えれば、驚くべき将来の出来事の前兆として、恐れずにおれないはずである。だが、日本人の間では、こうした吉凶占いはあまり行われておらず、それが本来なにを意味するものか、気づきもしないようだ。」と書いている。



 この頃から信長は、誰にも見当のつかない行動を取りだしている。



 朝廷では、信長が凱旋した翌日の二十二日には、安土城に勅使を送って、戦勝を祝った。二十五日には信長を太政大臣、関白、征夷大将軍のどれかに任官させようと決めた。将軍については源氏という先例であったが、義昭を解官して、信長を平氏将軍にするというものだった。しかし、信長はその勅使に会うこともせず、その申し出を拒否した。信長が心中で何を考えているのか、取巻きの近臣である、森蘭丸、長谷川秀一、堀秀政らにも判らなかったようだ。征夷大将軍の地位は武門の最高峰であったからだ。

 信長は、実は甲州征伐に向う前に天正十年二月に、暦の改定をすると朝廷を恐れさせる意思表示をしていた。日本では古代から、朝廷の陰陽寮というところで、陰陽頭が暦を作っていた。陰陽頭には、土御門家が世襲で任命されて、全国の陰陽師を統率していた。土御門家の作る暦は、京暦と呼ばれた。信長は、これに変わって、尾張美濃で用いている三島暦を京暦に変えようとしたのである。つまり、天下を統一するには、暦の統一は必須であるが、これを信長がするということは、天皇の権威を無視することになる。

 この問題を持ち出されそうなので、朝廷は何らかの官位を与えて、信長を朝廷の臣下にしなければならなかったのである。しかし、信長は、この申し出を蹴った。信長が何を考えていたのか、誰にも判らなかった。これらのことを見るにつけ、私は、信長との距離が、埋められないほど大きく開いてしまったと感じたのだった。



そして、五月七日の朝、信長は、三男である信孝に、四国征伐を命じた。そして、緒将のいる前で、次のように告げた。



 「なお、このたび、信孝の後見人は、長秀に申し付ける。」



 後見人は、私ではなかった。この瞬間に、中国地方と四国地方を平定する役目は、秀吉にまかされたといってよかった。ということは、これから出向く毛利攻めで、私は秀吉の指揮下にはいるということになるからだ。

 安土の周辺警護をするという、私の立場は、信長配下の武将のうちで、最も重いものとは考えられたが、私には、信長の日本平定のための戦闘要員としての傭兵軍団から、はずされる可能性があるとはっきりと感じとれた。私は、五月十七日から二十五日まで、坂本城ですごした。その間、誰も近づけずに、ひとりで、琵琶湖の湖面が見える居間で、今までの人生の事々に想いを馳せていた。

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第五章 本能寺 



 天正十年五月二十五日夜



 ここまで、回想してきて、私は想った。



 「私は、実の父母のことも、早死にした養父母のことも、よく憶えていない。その後、叔父に面倒をみてもらい、元服後も叔父に領国の仕事を一切やってもらい、自由に諸国を見せてもらった。その間は、領国の中での問題もなく、私と叔父との間には、もちろん、争いなどはまったくなかった。幸せな日々であった。しかし、周りの国では下克上や親子どうしや親戚どうしの戦いが起こってきた。足利将軍による守護や地頭を介する政治が堕落して単なる収税組織となったために、日本一国を治める機能は低下したせいであった。

平和とは、みんな、お互いを理解して、自分の立場をまもり、仲良くその責任を果たしていくことであると、私は理解しつつあった。しかし、そんな中で、明智城が攻撃され、叔父たちはみな、無念の死をとげてしまった。私はその叔父の、明智を再興せよとの要請で、命永らえてきた。この下克上や力ずくの領国支配の時代は、本来、自然なものではない。

 自然は人間のように私利私欲はない。明智城落城後の流浪の時代に、私は多くのことを学んだ。この戦乱時代は、実は足利将軍の、政治の堕落の中で発生してきたものであり、新しい政治体制への産みの時代であろうという直感がある。

 更に、領国の人々の不満がつのれば、その不満の意識や想念は一つの塊となって、人間たちの意識を撃つのだろう。その結果、誰かを頭として、何らかの行動にでる。これは自然なことに想われた。

 それらの者たちが、私利私欲でなく領国内を正しく治めたのであれば、人々は満足して戦乱の世にはならなかっただろう。しかし、実際には、そういう者は少なく、殆どの者たちは、自らの私利私欲に走り、止まるところを知らなくなった。



私が流浪の時代に諸国を歩き、いろんな人々や自然から学んだことは、支配するものがいなければ、人々は自然にみんなと助け合い、平等に、そして自由にのびのびと生きていけるということだった。人々の上に立つものは、本来、人々を支配するのではなく、人々に共通に必要なものごとに専従して働くように人々から依嘱されるだけもので、あるべきだ。これが自然の姿であろう。しかるに、民と依嘱専従者の関係が民と支配者となり、関係が逆転してしまったのだ。

 流浪の果てに、私は朝倉義景の世話になり、足利義昭との縁ができた。この時に、義昭に協力して将軍家を再興し、足利幕府の力を復活させ、朝廷の力を復活させて、日本に平和をもたらせたらどんなにいいかと想った。

 これを実現するには、京都に近く、義昭を擁して上洛して、将軍につけるだけの力を持つ戦国大名が必要だった。それは、私が仕えた義景ではなく、信長だった。

 そして義昭は将軍になった。私は、義昭と信長の間を取り持ち、二人への二重の家来として働いた。義昭には、よい為政者になってもらい、戦乱の世を治めてもらいたかったので、言い尽くせないほどの奉仕活動をしてきた。しかし、彼は将軍になるのが目的であり、なってしまうと、ただの支配者でしかなかった。

 一方、信長が悪知恵的な能力を発揮して、しかも、運にも恵まれて、その勢力圏を拡大していった。将軍との関係を絶って、信長に仕えた理由は、義昭の身勝手さにあった。彼が支配者になっても、現状の異常な事態を収める力も知恵も人望もなく、なにも変化しないと想ったからだった。信長は、性格が短気で、時々異常な行動もする田舎者という感じであったが、現状に満足せず、つねに新しいものに挑戦し、国の経営にも意を用いる男に見えた。



 諸国漫遊で身に付けた私の才能に、信長は興味をしめし、また、城持ちではなかったことから、下克上で自分を倒すこともない人間として、安心して、私を傭兵にしたのだろう。私は、信長が、その力をもって六十六ヵ国を平定して、新しい将軍となり、朝廷の意向を拝して日本に本来の平和をもたらせる、たったひとりの男だと想い、彼に仕えたのだった。

 そんな想いがあるから、信長が時に示した短慮からかと見えた非情な振る舞いにも、私は眼をつぶってきた。しかし、それは増長の一途をたどっており、もはや許されるものではなくなっている。信長は、父の教育方針によって、生まれてまもなく母から離されたと聞く。彼はどうやら、生まれついての母親への執着があったので、父のこの配慮は、人間信長をつくらず、鬼心の人間をつくるという、実は逆の効果になってしまったと、私は今にして想う。



 人間には先天的な悪人はいないと想う。信長は母の愛情を知らないで、母の愛情を求め続けた、気の毒な男だと想う。彼の心の底に沈んでいるのは、安心して懐にいられるはずだった母に裏切られたことから発した、何者にも気を許さないという強烈な猜疑心であろう。しかし、似た境遇の人たちがすべてそうなるのではないから、このことは信長本人の責任に帰されるべきものだと想う。

 信長の人生を考えてみると、彼はこの猜疑心によって何回も運良く危機を脱しているのだ。この猜疑心が実は、彼にその能力を開花させいているのであって、もしも、この猜疑心が発していなかったら、信長は今の地位にはいないかもしれない。そして、この猜疑心は信長の業績が認められたとしても、その後に大きな禍根を残すだろう。その理由は、彼は猜疑心によって、自分勝手な想いで、相手が自分を亡き者にしようとしたと感じたら、徹底的に残酷な方法で相手を殺しているからだ。これは、私怨による殺人であり、自然が認めるものではないし、それらの人々からの恨みの念も世に渦巻くことだろう。

 戦乱を収める能力は、彼の家臣、傭兵、同盟者の力もあって、ついに、中国地方と四国地方の平定によって、六十六ヵ国の平定に近付いているのは、まことに喜ばしく、その偉業の実現に、私も頑張るのにやぶさかではなかったのだ。しかし、今、私の中には、信長の無限に膨らむ支配欲と底知れぬ猜疑心による殺人行為の拡大に、恐怖を感じていると同時に、信長がここに至ったことへの責任の一端を自分が担っていることに震えた。



 最初の頃の信長は、いろんな意味で好きでもない私を、煽てて重宝に使っていた。しかし、私の進言に異常な反応を示してくるようになったのは何時頃からだろうか。私の言葉が彼を刺激し、彼の本性を曝け出させるようになってきたのだ。信長と私の波動は決して心地よく反応するものではなかったのだろう。常に信長を恐れ崇めさせられている大小名には、そんな反応はなかった。考えてみれば、信長に媚びているものたちは、みんな自分の私利私欲を、信長を通して満たしていたから、同じ波動を発しており、どちらも気持がよかったのだろう。しかし、すべての人たちがそうだったということではない。



 私が傍にいることが信長を刺激している!



 ここで、私は、自分の内部からの何かの囁きが聞えたような気がした。そうだ。今のままではいつか信長へのお前の一刺しで、お前が消されてしまうぞ。そうなれば、信長とその崇拝者たちによって、全国平定がなされ、権力による政治が再び始まるぞ。それは、お前が目標にした真の平和な日本ではないぞ。お前は真の平和を実現する仕事を完成しなければならない。そこで、お前が何をするかは、自分でよく考えてみろ。」



 私は想った。

  

 「明日の朝には坂本城から、丹波亀山城に出立しなければならない。どうしろというのか。信長と二人で密室の対話を最期にしたのは、あの親子対面の準備の時だった。あの日、私が信長に進言したことは、ことごとく蹴られた。揚句、私が言った"上様ほどの方が"という言葉に逆上したかのように、信長は言ったものだ。いや、信長は意識しないで、本音を言わされてしまったのだろう。"何を言うか、俺は今に天皇を凌ぎ、生き神さまとして世に君臨してやる。俺の前ではみんな虫けらみたいなものだ。こんなちっぽけな国の支配者で満足するものか。必ず、世界を制覇してみせる。"と。

 私は、この言葉に震えた。そして、私の"日本の平和の達成"という目標と、信長の"殺戮による天下の支配と領地の拡大への野望で人々を戦乱に巻き込んでいくこと"は正反対のことだ。世の平和達成には、この狂気の男をのさばらせておいてはならない!と言う想いがひしひしとやってきたものだ。あの時、私の前で曝け出されたあの本音が、この正月の"生き神さま"になって現れたのだった。誰も信長の本心は知らず、拝んでいた。恐ろしいことだった。このままいくと、大変なことになる。



 信長を亡き者にするとしても、その後、信長は私を居間に呼ぶことはなく、信長を亡き者にすることは、言うのは易く実行するのは、とても大変なことだ。



五月七日、信長は、四国攻めに丹羽長秀と私のどちらかを信孝の後見人にする選択肢があった。中国の大将が秀吉であるから、四国には私を出していれば、今頃、私は大阪にいて四国に渡る準備をしていたはずだ。信忠は京都の妙覚寺に滞在している。信雄は領国伊勢にいる。信孝は丹羽長秀と共に四国侵攻に備えて大坂にいる。滝川一益は上野の廐橋城におり、柴田勝家は上杉方の越中魚津城を攻めている。秀吉はもちろん、備中高松城を包囲中だ。

 つまり、京都近辺で纏まった軍を率いているのは私だけだ。私が出陣する頃、信長は、京都の本能寺にいる。よし、この好期は今しかない。これを逃したら、如何なる手段を弄しても、私の一生の間に、日本に真の平和は実現しえない。私のなすべきことは決まった。これは、私にしかできないことなのだし、やらねばならないことなのだ。・・・・」と、心を固めると、私はごろりと横になった。



 敵は本能寺



 私は、五月二十六日、坂本城に長男の長五郎と、荒木村重の息子新五郎に嫁ぎ、荒木の謀反の時に戻され明智秀満と再婚した娘のお倫らを残して、3000の兵を引き連れて、居城である亀山城に移動した。亀山城では明智秀満、明智次右衛門、斎藤利三、溝尾庄兵衛らの指揮する軍勢13000が出陣の準備を整えていてくれた。



 五月二十八日夜半、私は居間に、婿の秀満を呼んで、この計画を話した。最期に、



「これは、どうしてもやらねばならないことだ。したがってくれぬか。」というと、



 秀満の答えは、



 「殿の決断に依存はありません。我等の命は殿に預けましょう。存分にしてください。」 

だった。



 「一切、口外は無用。」

 「委細、承知。」



 五月二十九日、私は備中への出陣に備えて、鉄砲や弾薬やいろいろなものを西国に向けて送り出した。あくまでも慎重に、備中への出陣の手はずのままにした。同日、一方の信長は馬廻り衆、小姓衆、女中等あわせて七十人程度で安土城を発ち京都に向った。信長は四条西洞院の本能寺に入っていた。



 信長の動向の情報を、二条にあった、私の屋敷の者から伝えさせていた。まだ、計画は、私と秀満の胸のなかであった。六月一日、情報によれば、信長は朝廷からの使者の訪問をうけたりしているらしい。この日の夕方六時頃に、私は亀山城の広間に、主だったものを集めて、こう伝えた。



 「先ほど、上さまの近臣から連絡があり、これからすぐに、本能寺に伺い、出陣の行列を上さまに見せることになったので、先手のものたちより、京都に向かうことにする。」



 この命令を発して、私は、胸中がすっと落ちつくのを感じた。 



「さいころは投げられた。」



 午前零時頃、亀山城の東、条野のあたりに差し掛かった時に、私は秀満に命じて、明智次右衛門、斎藤利三、溝尾庄兵衛、蒔田伝五の武将を集めて、この密謀を打明けた。彼らは私の考えに同意してくれた。

これは彼らも信長の行状に、私と同じような不安を感じていたのと、私を信頼してくれた結果である。沓掛の辺りで、全軍に暫く休みを取らせ、天野源右衛門を先手の頭として出発させたのは、味方から本能寺に内報するものを捕らえることが目的だった。 そして、ここからの出来事は、詳細はどうあれ、本能寺の変としてつたわっている出来事であり、信長とその子、信忠が自刃した。

 この時、信長の遺骸は見つからなかった。出火の折に火薬庫らしいものが爆発したが、それで信長らの遺骸が飛ばされたらしい。

 信長は、その支配欲によって、日本の半分まで制覇し、あと半分の平定もすぐ目前にしていたのであろうが、支配領国が大きくなればなるほど、彼の中に発する猜疑心は黒雲の如くおおきくなったであろう。その黒雲に自分自身がさいなまれ、何処まで行ったら、安堵できるのかと想っていたことだろう。信長は、自分の行く手を阻んで、猜疑心と疑心暗鬼の黒雲をなくしてくれるものを待ち望んでいたのかもしれない。だから、自ら、作り出した、京都の「真空地帯」をただひとりの男に提供したのではないか。それが、私であり、やられても、「是非に及ばず」ではなかったろうか。



 謀反の結末



 六月二日、私はこの時点になって、織田の緒将の対戦している敵方に、信長を討ったことを通報し、緒将が離れられないように依頼する手段を講じ、近隣の織田の家臣にも、投降するようにとの書状をだした。近江と美濃の緒将は大方味方についてくれたが、あとで判かったが、それ以外のことは殆んど失敗だった。私は、この謀反を前もって詳細に検討するとか、誰かとの密約したことは、まったくなかったので、結果がどうなるかは、考えてもいなかったものだ。



 それこそ、私自身が「是非に及ばず」でやるしかなかったのだ、からである。

 結果は、山崎の決戦での惨敗であった。



 この事件後の諸大名の動きは、私から見れば、理由がなんであれ、殆んどが、私利私欲に根ざしていたとしか想われない。 

 六月五日に、私の娘がとついでおり、私が頼りにしていた津田信澄が大阪城で自害したのは、痛恨の出来事であった。彼は、私の縁戚ということもあって、織田信孝、丹波長秀らに急襲されたらしい。彼を殺せと誰が指示したかは判らない。信澄は実は、弟の信行の子供であり、それでも信長から「一段の逸物」と評された男である。私の縁戚と言うだけの理由ではないだろう。この急激な大事件の中ですら、冷徹に自分の利益を先読みしているものたちがいたのだ。

 私には、当然与力してくれるだろうと想っていた者たちがいた。細川藤孝と忠興親子そして筒井順慶である。忠興には言うまでもなく、私の娘のお玉が嫁いでいる。この結婚は、当時の常識であった政略結婚ではなかったし、信長の声かかりでもあった。だから、細川親子が一番に味方してくれると想っていた。しかし、細川藤孝、忠興親子は、味方にはならなかっただけでなく、彼らからの密書が秀吉のもとにとどいたのは、六月四日のことであるという。筒井順慶とは、丹波攻めを共にし、大和一国の城主に推挙したのは、私であった。一時は、私の本隊とともに、大坂の信孝、長秀を攻撃しようとしたが、それを突然中止して、郡山城に篭城してしまった。



 彼らには完全に裏切られた。更に、中川清秀や高山右近もついてはこなかった。彼らには、秀吉からの、信長と信忠は生きているとの陰謀書簡が送られたようである。その状態をみた畿内の地侍たちも、私の誘いにのらなくなってしまった。毛利に送った、私の密書は秀吉に奪われたことから、すべては崩壊していったのは、残念だった。しかし、最初の信長を排除する目的は既に成っていたので、あとは精いっぱい戦うまでだ。



 小栗栖の真実



 山崎の天王山で秀吉軍を迎かい打つが、秀吉軍四万の前に、一万三千の、我が軍は敗北し、私とともに勝竜寺城に戻れたのは、溝尾庄兵衛尉ら千人にみたなかったという。千人で守っていても、夜明けには落城は必死であった。

 「夜の明けぬ内に、坂本に向かってください。私たちはこれから討ってで、最期の一戦に望みます。」という勝竜寺城の城代であった三宅藤兵衛を残して、溝尾庄兵衛尉ら三十余騎をつれて、午前零時に城外にでた。



 この時に、私は覚悟を決めた。



 「私はここで死ぬ訳にはいかない。信長を討ったのは巧く行って、人々はあの狂気の政治から抜けることはできそうだ。しかし、この度のことを見るに、大小名はみんな私利私欲があるために、秀吉の諜報活動に惑わされている。このままでは、秀吉が信長を真似て支配を開始するのは見えている。今、この天下を民衆が求める、朝廷を頭とした真の平和を実現していくものは、見当たらない。強いて言えば、徳川殿がいるが、秀吉は既に、信長の子を擁して、諸侯に君臨する画策をもしているようだ。

 このままでは、信長の狂気はなくなったが、最期には、小ぶりの信長然とした秀吉が天下を自分のものにするだろう。私はここで死んだふりをしても生きのびて、日本に平和な政権を実現するために、このあとも一生それを仕事にするのが使命だというインパルスを受けている。



 「一万三千の兵と一族郎党を犠牲にしてしまった。それでも、この仕事は、何か何でもしなければならないことだった。しかも、これでお終いではないのだ。どこかで、この身を亡き者にする事件を創らねばならない。委細は溝尾庄兵衛尉に任せよう。」

 

 小栗栖の林から、坊主が何人かでていった。誰も咎める者はいなかった。

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第六章 天下統一万民太平の夢



 坂本に帰ると見せて、小さな庵へ



 私は、あの時のことに、想いを馳せた

 「この一生で天下統一、万民太平を実現すると決心したからには、死ぬことは考えなかった。ほとぼりの冷めるまで、あの庵には長いことお世話になった。」



 秀吉の天下取りの野望



 私による本能寺の事件は、秀吉にはまったくの渡りに船だったのだろう。明智の残党狩りや大将の首を探す気は殆んどなく、最初から、自分の天下取りの邪魔者にマークをつけて、それへの対処に走っている。表向き、信長の弔い合戦だから、信長の後継ぎをきめる必要があったのだろう。秀吉は柴田勝家、丹羽長秀、池田信輝らの武将を集めて、継嗣には僅か三歳の織田秀信がきめられたようだ。確かに、信長の正嫡、正統の孫ではあるが、信長の子は信雄、信孝もいる。この秀吉のおごりは、彼の天下への野望が如何に大きかったかを示すものだろう。この後継者の決定後、武将たちに、私と信長の遺領の分与を行って、他の武将たちの、猜疑の眼をそらしており、身内の戦乱にはならなかったのは、まずは領民にとっては、よかったのだろう。



 「なんとも、狡賢い人だ。」



 私の武将のひとり、勝竜寺城を守っていた斎藤利三は六月十七日に処刑されたと後に聞いた。

 「彼は、切腹はせず、わざわざ縄を打たれ、私の遺体と首がさらされている前で、「殿、あさましき姿になりましたなあ」と落涙したという話が伝わってきた。

 「私が確かに死んだと思わせてくれたのだ。利三よ、ありがとう。」

 私の親戚縁者は、私の縁者を返り見ない作戦行動に、どんな思いで亡くなったのだろうか。彼らの想いに答えなければならない。私は、彼らのことに想いをはせた。

 信長を討ってから、安土城の守っていたのは、私の女婿、明智秀満だった。ここに山崎の敗戦が伝えられると、一緒にいた武将たちの何人かは逃げてしまったらしい。秀満は坂本に帰って死のうと、みんなを連れて、城をでた。秀満は安土城を焼いてはいない。



 「実は、付近にいた信長の子息(信雄)が、なにを想ったか、安土城に火を放ち、これが町に燃え移り、町を全焼した」と、後にフロイスが書いている。



 秀満は何とか坂本城に入るが、坂本の留守のものは、私が小栗栖で死んだとの知らせをうけていた。秀満は、城と最期を共にしようと決め、三宅周防守と、荒木山城守ら重臣に金銀を与えて落ち延びるようにすすめたという。これも、私は後に聞いた話である。堀秀政が坂本城を包囲すると、秀満は死を共にするという武将たちと天守閣に立てこもるが、城にあるいろいろな財貨を失うのを惜しみ、堀秀政に送ったらしい。この後、私の子女を刺殺し、自らの腹をかき切り、煙硝蔵に火をかけ、主従もろともに灰燼に帰したというが、火事でおわるのは、あとが判らないので、真実は闇の中である。



 「坂本には明智の婦女、子供、家族親族がいた。また、大勢の人が逃げこんでいたが、羽柴は軍勢を率いて到着し、ジュスト(高山右近)は最初に攻め入ったひとりであった。この間に明智の一門は、多額の黄金を窓から湖中に投げこみ、ついでにもっと高い塔の上に閉じこもり、同所で、明智の夫人や子供を殺し、壁に火を放って自殺した。」などとフロイスは書いているらしい。



 フロイスの書簡では、「然して城中の緒人、その他の人々を熱心に斬首し、都の信長の御殿に差し出したるものは、一度に千余級に達した。・・・この斬首はかなり長く続き、多くの場所で行われた。・・・信長の御殿の前で、三十いくつかの首級を羊か犬の頭でもあるかのように、一本の綱でつなぎ売ろうとしているものがいた。この哀れむべき人々は、このような捧げものをするのが、もっとも、信長の霊を喜ばす行為であると信じているようであった。」と書かれていたらしい。

 信長は死んでまで、人々に畏怖されたのだろう。



 斎藤利三は、六条川原で切られた。しかし、彼には、四人の子女がいたが、いずれも、死をまぬがれたことは、ほっとするものがある。嫡男の与三右衛門尉は徳川秀忠に仕えて五千石を領した。利三と敗走している時にはぐれた利光は、矢張り徳川家に仕えて、五千石を与えられている。三男の角右衛門尉は、小早川秀秋に仕え、五百石を得るがのちに浪人したらしい。

 長女のお福は角右衛門尉の友人で、ともに小早川から退散した稲葉正成の妻になり、後に春日局とあらため、将軍家の乳母になった。稲葉正成も立身して二万石の領主になっている。



 「きっと、世に万民の太平を実現させてみせるぞ。安らかに眠ってくれ。」

 そして、私は、それ以後、天下の情勢をみてはいたが、直接の行動はしなかった。



 秀吉の天下平定への歩み



 清洲会議で、信忠(信長の長男)の子・三法師を推す秀吉と対立した信長の三男信孝をおし、決定に不満を持っていた勝家、信孝、滝川一益は秀吉打倒の兵を挙げた。そして、秀吉と柴田勝家が近江国賤ヶ岳で対戦する。佐久間盛政など歴戦の勇士を抱える柴田勢に対して手を出しかねていた秀吉軍だが、盛政の突出によって反転し攻勢をとる。秀吉軍は中川清秀の戦死など犠牲を払いながらも、加藤清正、福島正則など賤ヶ岳七本槍といわれた活躍で柴田軍を圧倒した。遂に前田利家の戦線離脱で柴田勝家は北ノ庄に敗走し、この勝利で秀吉は、織田信長亡き後の実権を掌握し、天下統一への道を開くことになった。天正十一年(1583)四月のことだった。 

 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家の勢力を除いた秀吉に対し、徳川家康や織田信雄は次第に警戒の色を濃くしていった。そして天正十二年(1584)三月、家康は後北条氏、長宗我部氏、佐々氏などを味方につけ、信雄と結んで秀吉に対して挙兵した。しかし、小牧山を本陣とした家康と楽田に進出した秀吉は膠着状態に陥り、情勢の打開を図った秀吉軍の池田恒興、森長可らは長久手の戦いで討ち死したという。

 兵数では信雄と家康の連合軍に優る秀吉であったが、長久手の戦いで敗北し、信雄と講和を結んで戦を終結させる。その結果、家康は軍を退却させ、信雄の取次ぎで秀吉と講和することになったようだ。実戦で勝利したのは家康であったが、結果的に秀吉の政治力が家康を従わせることになり、秀吉の天下統一への流れは、これから急加速したといえる。

 

 天正十三年(1585)四月には、雑賀一揆を鎮圧する。七月には長宗我部氏を倒し四国を平定する。そして、従一位関白に任ぜられる。天正十四年(1586)十二月、大政大臣に任じられ、羽柴から豊臣に改姓した。

 天正十五年(1587)三月、 九州征伐に出陣し、五月には、島津義久を倒し九州を平定した。島津義久は、日向・大隈・薩摩の統一を行ったあと、耳川の戦いで大友義鎮を倒し、さらに島原の戦いで龍造寺隆信を破って九州全土を支配していた。しかし豊臣秀吉の九州征伐に敗戦、秀吉に降伏して薩摩国を安堵された。

 天正十六年(1588)七月、 刀狩令を発布している。

 天正十八年(1590)三月、 小田原の役で北条氏を滅ぼし、九月、天下統一を達成したという。天下統一を望む豊臣秀吉は、中国・九州を平定し、残るは関東・東北となった。関東を支配していたのは北条氏政・氏直父子であった。秀吉は再三にわたり上洛を命じるが、北条父子はこれに応じない。天正17年、秀吉は北条氏に宣戦布告をし、各地から兵を集めて小田原城を包囲した。北条側は籠城策を取って小田原城に兵を集め秀吉軍と対峙する。三ヶ月にわたった戦いは、圧倒的な兵数と秀吉の策により、北条側の小田原城開城と氏政、氏照の切腹によって落着した。これで秀吉の関東支配が成就し、 続いて会津に攻め入った秀吉は、東北も支配。秀吉の天下統一が達成されたとされている。

 天正十九年(1591)十二月、養子の秀次に関白を譲り、秀吉は太閣となる。

 文禄元年(1592) 三月、 小西行長、加藤清正らを朝鮮に出兵させる。(文禄の役)

 慶長元年(1597) 二月、 明使と講和交渉を行うが訣別し、朝鮮再出兵令を発する。(慶長の役)

 慶長三年(1598) 三月十八日 秀吉、伏見城で死去。享年六十二歳。



 文禄・慶長の役は、秀吉が,1592(文禄1)~93年,1597(慶長2)~98年の2度にわたって朝鮮を侵略した戦争である。全国を統一した秀吉は、国内の支配体制をさらに強化し,領土を広げようとして、明(中国)の征服を計画し、朝鮮(李氏朝鮮)に道案内をもとめたらしい。

 しかし朝鮮がことわったので、二度にわたって朝鮮をせめた。はじめ,朝鮮の都ソウルを陥落させ北方まで進んだが、後に明・朝鮮の軍におされて苦戦し、1598年、秀吉の病死により兵を引きあげた。ここまでの戦いでも、多くの人々が犠牲になっている。無念の想いは、戦場はもとより、この地上をいつまでも漂うことになろう。



 関が原の戦い



 私は想った。

 「ようやく、秀吉の出番は終った。信長が想っていたことを、秀吉もやってしまった。天下統一までにどれだけ多くの者たちが無念に死をとげたことだろう。戦いという力による支配では、天下の統一はできても、万民太平の世を実現するのは難しい。信長が尾張・美濃を平定した時分の下克上の世での戦乱の様相はおさまりつつあるが、今はまだ、信長時代から秀吉のしたことへの不満が、いまだに、武将たちには残っており、このまま安定するとは思えない。」

 そして、見ていると、案の定、再び戦乱が起きた。



 慶長五年(1600)九月、秀吉の死後、徳川家康の勢力拡大に危惧を抱いていた石田三成が、豊臣恩顧の大名を糾合し、徳川勢力の一掃を画策したのだろう。上杉討伐に東上する家康軍に対し、毛利輝元を総大将にした西軍が大坂城で挙兵、伏見城を攻略したという。この知らせを受けた家康は東軍諸将を西上させ、岐阜城を攻略した。東上する西軍と、関ヶ原で雌雄を決することになる。九月十五日、両軍あわせて15万を超える兵数が激突するが、戦いは西軍の小早川秀秋の寝返りによって、わずか一日で東軍の勝利となる。捕らえられた三成は京都で斬首されたらしい。



 玉子のこと



 私が、ふっと玉子からの想念を感じたと想ったのは、七月十七日の夕方だった。玉子は私の三女であり、天正六年八月、十八才の時、織田信長の声がかりで丹後田辺城の城主であった細川幽斎の嫡子忠興に嫁がせた。天正十年六月に本能寺の変が起き、玉子の父は夫の忠興を味方に誘うが、忠興はこれを断り、秀吉軍として出陣し、父と山崎で戦ったのだった。

 玉子の実家と婚家が敵対関係となり、夫の忠興は、玉子を弥栄町味土野に幽閉した。玉子はこの地で侍女(清原枝賢の娘で、洗礼名マリア)の一人からキリスト教の話を聞きながら、味土野で二年間暮らしたらしい。その間に玉子も、神はいろいろあるが、その上には自然を創造した絶対のものがあり、絶対のものは、自然の中にそれ自身を顕していると感じたらしい。そして、人がみな、自然の法則にしたがって生きれば、この世には戦はなくなり、自然に万民太平になれるのだと想ったのだろう。

 さて、秀吉にさとされ、忠興は再び妻として玉子を迎えることとなる。城に戻った玉子は、秀吉のキリシタン禁制の寸前に、清原マリアを介して洗礼を受けてガラシャ(Garcia)という名前を授かった。洗礼名のガラシャとは、ラテン語で「恩寵」の意である。子供は忠隆、興秋、他三子をもうけたようだ。慶長五年(1600)七月十七日、夫の忠興は、徳川家康に従い上杉征伐に出陣し、ガラシャは大阪邸の留守をしていたが、石田三成の軍勢に囲まれ、人質として大阪城入城を迫られた。

 しかし、「私が人質として入城すれば夫の足手まといになる」と、人質を拒み、キリスト教が自害を禁じていたことから家臣(小笠原少斎)に長刀で胸を突かせて刺殺させ、館に火を放ち、落ちる屋敷とともに悲運の最期を遂げたと伝わってきた。

そして、辞世の歌として、



 ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ



を残したと巷で噂になっている。この辞世は、誰かの創作だろう。なぜなら、玉子は、キリスト教の話を聞きながら、神というものへの信仰をはるかに越えた、真実の実体としての創造と自分の命のつながりを想いだしていただろうから、自分で散ることは絶対にしない。そんな考えは、明らかに当時の封建的なものごと、例えば家の名誉のために死ぬとか、自殺するとか、考えられなくしていたであろう。



 それらを綜合すると、玉子はこのときには死んではいないはずだ。



 自殺を禁止されているキリスト教で、胸を刀でつかせてまで死ぬというのなら、覚悟の死であり、遺骸をみせて、石田三成にみせれば、もっと効果があったはずだ。しかし、小笠原少斎、河喜多石見、石見の甥の六左衛門とその子、そして金津助二郎と、その他の三、四人のものが切腹して果てたとされ、この後、轟音と共に細川邸は火に包まれたという。遺骸をみせなかったのは、玉子にそうする明確な理由があったからだ。



 私と家康の出逢い



 慶長八年(1603)二月十二日、徳川家康が征夷大将軍に就任して、江戸幕府を開いた。そして 慶長十年(1605)四月十六日、家康、将軍職を子の秀忠に譲る。そして、家康は、駿府の大御所となり 二元政治を行うようになった。慶長十三年(1608)、私は駿府を訪れ家康と面会をした。何を話したのかは、内証だから、後世には伝わっていないはずだ。家康が人払いして逢ってくれたものだ。そして、慶長十四年(1609)、私は徳川家康に用いられ、権僧正の官に任ぜられた。

 私は思い出していた。



 「あれは、確か、天正十八年(1590)の小田原征伐をして、秀吉が北条を破って天下を平定したときだった。あの折の鷹狩の時に、伊達政宗にであった。彼とは初対面であったが、文武両道に秀でた大名だった。駿府の徳川家康に面会できたのは、正宗の紹介もあって実現したものだった。」



 大阪冬の陣



 慶長十九年(1614)、徳川政権を安定させるためには、大坂城の豊臣秀頼と淀殿を確実に統制下におく必要であった。京都で、秀頼が念願であった方広寺の大仏が完成し、大仏開眼供養の準備が進められていた。この大仏建立は秀吉がやりかけて、完成できなかったものであった。秀頼の威信を上げようと淀君が使った費用は膨大なものらしい。同時に豊臣家関連の寺社の修復等に莫大な費用をかけている。これらの浪費は、豊臣家を疲弊させていった。これが一つの戦略だった。大仏が完成し、梵鐘も出来上がった。上棟式と開眼供養をしているところに、将軍秀忠名の「上棟と供養を延期せよ」という厳令が発せられた。



 理由は、梵鐘の銘文にある。



 「国家安康 四海施化 万歳伝芳 君臣豊楽 子孫殷昌」の、国家安康と君臣豊楽の二句に、豊臣家の陰謀が含まれているからだと、伝えたものだ。このことは、もちろん、幕府側が仕組んだわけではないから、この碑文の内容が伝わってから考えた策謀であり、開戦の理由が欲しい家康に誰かが進言したものだろう。さて、だれでしょう。

 陰謀がないというのなら、「秀頼の江戸参勤」、或いは「淀殿を人質として江戸へ送る」、或いは「秀頼の国替え」の、どれかを選択するように迫る戦術である。

 秀頼側はこれを拒否、各地に散らばる豊臣方の諸将を集め、挙兵の準備をしだした。

十一月十五日 家康、秀忠、二条城を発ち大坂へ向かう。戦いが進む毎に、家康から豊臣方に和睦を打診した。これは、私の進めもあって、戦乱を大きくせずに、豊臣家の力を落とすことを第一の目的にしたからだった。十二月十九日講和が成立する。はじめ和議に反対していた淀殿であったが、毎夜にわたる威嚇射撃や城内に向けてのトンネル工事、さらに天守閣に攻撃を受け、大坂城の二の丸、三の丸を取り壊す条件をのんで和議を呑んだらしい。実戦では5分5分だった戦いも、この講和戦略により家康側に有利に運び、戦後、二の丸、三の丸の堀を埋められた大坂城は裸城同然になってしまった。



 私は思い出していた。



 「まともに戦ったら、大変なことになったのだ。戦いは最小限にして、豊臣の威力をなくして、豊臣方につくものたちを諦めさせることが第一だった。私の期待したようになった。一つ目の段階は巧く成功した。」



大阪夏の陣

 

 翌年の元和元年(1615)、ついに最期の戦いになった。

 大坂冬の陣は、大坂城の二の丸、三の丸の堀を埋める事を条件に講和された。ところが、豊臣方が埋めるはずの堀を徳川方が埋めてしまったため豊臣方が抗議する。これはもちろん、最初からの戦術であった。これを反逆だといって、家康は、秀頼の国替えか城内の浪人を放つ事を要求したが、豊臣方が拒否したため、四月二十七日に開戦となった。

 そして、五月七日、家康本陣に幸村本隊が突撃した。真田軍、一世一代の奮闘を見せ、家康の旗本勢を蹴散らし、大将旗を倒すまでに追い込んだという。家康は三方ヶ原以来の屈辱を味わい切腹を覚悟したが、側近に諌められ、思いとどまったと後に伝わっている。真田軍は一度ならず突撃をくり返したが、三度目の突撃で幸村以下全員が討ち死したという。五月八日、豊臣軍、秀頼の正室・千姫(秀忠の娘)を秀忠のもとに送り助命を要請するが却下された。秀頼、淀殿、二の丸の糒庫に逃げ込む。井伊直孝の発砲により秀頼、淀殿自刃。真田幸村の息子、大助も秀頼に殉じたもよう。

 大坂城は焼け落ち、秀頼、淀殿母子が自刃したことで豊臣方は敗北。秀頼と側室の間に一男一女があったが、国松は捕らえられて斬首された。女は助命され、鎌倉の東慶寺に入れられたとされている。豊臣家は二代で滅亡した。戦国時代の幕引きとなった大坂夏の陣以降、家康は徳川政権樹立を加速させ、徳川将軍家による江戸時代へ本格的に移行する。



 私は想った。



 「あのとき、家康は、豊臣家を滅ぼすことになかなか同意しなかった。彼には秀頼を小大名としてのこす気が残っていたからだ。この戦いでも、豊臣に味方した者が多く亡くなっている。この戦乱の禍根を絶つには、豊臣の幻影を消去るしかなかったのだ。このことで戦乱の時代がやっと、終り、天下統一は確かに成ったのだった。その次は、万民太平の実現をしなければならない。

 しかし、実は、家康は五月七日の真田の攻撃の時に亡くなっているのだ。そして、この戦いで死んだとされた小笠原秀政が、以後暫く、影武者としての役を果たすことになる。

 武将小笠原秀政の室は、登久姫という家康の子松平信康と信長の娘の五徳との間にできた子だった。その小笠原秀政の娘の千代姫は徳川秀忠の養女として、初代熊本藩主細川忠利の室になっている。

 この忠利は、細川忠興とその室、細川ガラシャの子であり、細川ガラシャは、私の娘であるということは、まことに深い因縁といえるだろう。大御所はまだ死んではならないのだ。」



 この判じ物は、私にしか判らない。



 七月   幕府が武家諸法度、禁中並び公家諸法度を制定した。



 元和元年(1615)、徳川家康は大坂夏の陣において豊臣家を滅ぼし、幕府の基礎を磐石のものとした。次に幕府がとりかかったのは朝廷対策で、「禁中並びに公家諸法度」を出した。この法律により、公家・親王などの席次、三公、僧侶の任免と昇進、武家の官位や改元にいたるまで、朝廷の決定に対して幕府は口出しができることにしたものだ。 

 さらに京都に京都所司代が置かれ、これにより朝廷の行動さえ常に幕府に監視され、外部との接触を大きく制限されることになったのだった。これは幕府が、朝廷の持つ伝統的な権威が反幕府勢力に利用されることを極度に警戒した結果であった。その後も折りに触れて幕府は朝廷の行動になにかと干渉することになった。



 元和二年(1616) 三月、家康、大政大臣となる。さあ、行き着くところまで行った。



 四月十七日 家康 死去 享年75歳。もちろん、影武者は天麩羅などで死んだのではなく、姿をけして後、悠々と暮したのである。



 ここまできてみると、私には感慨深いものがあった。



 「元和元年の諸法度の制定で、武家と禁中、公家という力のある者たちを押さえ込む事で、徳川幕府は磐石になり、ようやく、大御所の出番が終った。」

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第七章 信長、秀吉、家康への回想



 「本能寺で信長の出番が終ったのは、天正十年(1582)年、私は55歳だった。秀吉が、出番を終ったのは慶長三年(1598)、私は、七十一歳だった。そして、大御所の出番が終ったのは、表向きは、元和二年(1616)、私は八十九歳になっていた。時は、足利幕府の末期、足利から朝廷による支配権を取り戻そうという意識の働きだした頃であり、そろそろ、被支配者層による不満が鬱積する時期にきていた。



 これは、自然の法則での万物の共存共栄という理念からみれば、間違った社会構造であり、それは崩れる宿命にあった。これは、いつの社会や、組織の中でも常に起こりうることで、自然なことである。そんな変化する社会には、必ず、必要な人間が現れているのは、歴史が証明しているはずだ。ただ、歴史はすべからく、勝者の論理で、勝者を美化する小説のように書かれているので、後世の人々にとっては、真実は藪の中だといえよう。



 天正の頃は、足利幕府に対する不満が爆発して、あちらこちらで一揆や暴動がおき、主家を倒し、親兄弟親戚で地域の支配権を争った時代に突入していった。

 この時、私は、自分が何をするために生きるのかについてのインパルスのようなものを感じ取ったのだった。そして、時期を定めたのは、足利義昭との出会いであり、上洛に一番の尾張美濃という場所にいた、信長との出会いが、すべてのきっかけになって、政治の変革へと走りだしたのであった。

 信長は運だけではなく、力と性格と環境を用意されて、義昭との出逢いをきっかけに、私の探しもとめた、必要な男の出番がきたのだろう。一方、信長からみれば、これは自分の目論見に、ぴったりのことだったし、ついでに、私を傭兵にしてしまう。これは、用が無くなったら、いつでも切れるというのが、信長の本心だったろう。

 信長は支配圏が拡がるにつれて、親の代の旧体制での部下はまったく信用できず、代って傭兵を巧く使いだしていた。私はもちろん、秀吉もそうである。傭兵は言ってみれば、ヘッドハンティングである。探そうと、相手からやってこようと、それはどうでもよかった。

 しかし、信長は最期には、近臣だけを信頼していたかもしれない。信長は知っていたかどうか判らないが、近臣たちを通さないと信長には会えないようになっていた。大将の権勢を傘にきたものたちの、自然の行動である。これも、時代を問わず、存在することだ。この時期、秀吉は逆に、近臣に取り入るということで、この仕組みを巧く利用していたようだった。

 本能寺で、信長の出番が終ったのは、正に時と機会と場所が、そこに用意されたものであり、私の考えた、天下統一万民太平への舵は、ここで大きく方向を変えたといえよう。ここで変えなければ、日本は、世界に対する大きな過ちを、この時にしてしまったであろう。

 信長がいなくなって、最も得をしたのは、もちろん、秀吉であろう。私にすべての罪をなすりつけて、信長の狂気を廃して方向転換したという大きな仕事を、私からうばってしまったのだろうから。そして、私に関する歴史的な事実は、その影で消されていくのだろう。



 しかし、秀吉に止まらず、当時の信長を取巻く武将のほとんどは、信長の狂気に気がつきながら、何もせずに保身しており、私の行為に安堵したのではなかったのか。秀吉は、信長と私と言う大きな重しと競争相手を一度に消して、いってみれば、二人の業績をすべて最初から全部を我が成果として、その続きやったのだ。

 いってみれば、創業社長と競争相手の常務が同時に消えて、残りの常務が他の役員を蹴飛ばして、平社員の社長の息子を立てて自分が実権をにぎるというものだ。しかし、こんなことはよくある話かもしれない。秀吉は、商売人にしたらよかったと想う。たぶん、お金儲けが巧い。例えば、千成瓢箪などを売るとか。秀吉にあやかろうと言う人には、売れたであろう。

 秀吉の天下が殆んど一代で終ったのは、ただの雇われ社長のような立場に等しいからであり、築いたものは私利私欲からのものであり、信長のような、自分の目標もなく、私のような万民太平への認識などはなかったからであろう。

 最期に行った、支那への覇権を目論んでの朝鮮派兵は、信長を越えたいというただそれだけの示威行動ではなかったかと想われる。それにしても、唯々諾々と秀吉の命令に従って、朝鮮に渡った武将たちは、秀吉となんら変らない意識の持ち主とみえるが、どうなのか。まあ、秀吉の出番は、ただの中継ぎでしかなかった。他のものが何もしなくても、自然になくなる経過であった。



 「それにしても、家康と言う男は、変な男だった。長久手の戦いで、実戦で勝利したのは家康であったが、結果的に秀吉の政治力に家康が従ってしまった。そして秀吉の天下統一への流れは急加速したのだった。家康という男は、信長に信康を切らされても、忍従したし、この時も、変なことになっている。家康の性格は、今もって私にはよく判らない。本気で怒ったことがあるのだろうか。

 創業の会社の社長秀吉が死んでから、母の淀君という専務を後ろ盾にした、世襲のぼんぼん社長の秀頼を擁した常務の石田三成と外様常務の、家康の争い程度のことでしかない。

 日本の国を何とかしたい者には、まことに社内派閥抗争のような、馬鹿ばかしい戦いであった。結果はみえていたので、何もすることはなかった。

 大阪冬の陣と夏の陣は、もはや、待てなくなって、私が、家康を万民太平への、真の天下統一へと示唆した結果起こったことであった。



 家康は、天下の統一万民太平へのすべての仕組みを、優柔不断というか、なかなか実行しなかったが、やっと実行に移したのが、この東西最終戦であった。家康は、この最期の戦いで、出なくてもいいのに出陣して、真田幸村隊の猛攻の時に死んだが、これが表にでては、再度の弔い合戦になり、武将たちがどちらに味方するか判らない状況だったので、これは秘匿した。

 武家諸法度を出して、二度と、戦いが起こらない対策をしたあとで、家康の死を翌年に発表したのは、このためであった。

 信長、秀吉、家康と三人が天下の統一に、その出番を果たしてくれたが、万民の太平には何の寄与もしておらず、それぞれの役割はその程度だったということ。

 この後の、万民太平への仕事は別の人々の出番があったのだった。」



 さて、天下統一万民太平はだれが作りだしたのか。

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第八章 地球を模擬した鎖国の試み



 元和二年(1616)秀忠は七月七日に伏見城に諸大名を集め「武家諸法度」を布告した。これは、徳川家が日本の武士の棟梁であることが未来永久に続くものであると宣言したようなものである。更に十七日には家康が二条城に公家集を集め「禁中並び公家諸法度」を通告した。公家衆は大騒ぎとなったらしいが、そのことを表に出すことまでをこの法度は禁止していた。天皇も公家も征夷大将軍の監督下におかれ、その限りでのみ自由が認められる。信長も秀吉も手をつけかねた聖域の奥深くまで家康は、大坂夏の陣の勢いをかり踏み込んだといえるだろう。

 更に、二十四日には仏教各派の本山と本寺に対する法度を布告した。これで宗教界も徳川政権の支配下におかれることが決定したようなものである。大坂の陣は単なる豊臣家の滅亡だけの仕掛けではなかった。徳川家が絶対君主の地位を確立し、武家も公家も宗教界も、すべてを支配下に納めるための一大プロジェクトであり、万民太平への仕掛けを実行したものであった。



 元和五年(1618) 秀忠、譜代大名を全国に配置する。

 元和七年(1621) シャム貿易を許可する。翌年、朱印船貿易のために奉書船制度を定める。

 元和九年(1623) 七月二七日、秀忠は将軍を家光に譲位し、大御所として後見することになる。

 寛永九年(1632) 一月、秀忠死去。家光は幕藩体制の確立へ向けて専制を強める。

 寛永十年(1633) 二月、第1次鎖国令を布告する。十二月には改易した徳川忠長を切腹させる。

 寛永十二年(1635)五月、第3次鎖国令を布告、日本船の海外渡航を禁止する。

            六月に武家諸法度を改定し、参勤交代制を制度化する。

 寛永十三年(1636)長崎出島完成、ポルトガル人を移住させる。

            この年、正宗が他界した。

 寛永十四年(1637)十月島原の乱が勃発する。キリシタン弾圧を強化する。

 寛永十六年(1639)二月に島原の乱を平定する。

            七月、ポルトガル船の来航を禁止し、鎖国を完成させる。



 私は想った。



 「この時ようやく、第二弾の対策はできて、権力争いが終った。更に、ようやく、最期の仕掛けをする時期にきた。世界の国々は、自らの中で自立することがまず大切なことだ。自らの国の中で、衣食住を達成できなくて、何か太平なものか。為政者は国民の幸せのために、すべてをなげうって、働かねばならない。 

何故なら、自然はすべてにおいてバランスをしている。その自然の中で、人間はそのバランスを崩さないで、みんなが平等に生きるように、それぞれの役割をみたしつつ、生きていくことが、この自然の理に叶っているのだ。

 こんな簡単なことが判らないものが、人々の上にたつから、支配者になってしまう。朝廷も公家も武家も民衆の上に立つのなら、民衆への奉仕者としてでなければならない。底辺の民衆には、絶対の支配者などは、要らないものだ。徳川の幕藩体制は、この時期で天下統一万民太平を実験してみる、一時の凌ぎである。これは、世界の縮図なのだ。

 つまり、幕府はこの地球そのものだ。地球にはすべてにおいて限界があるのだ。その中に、国がひしめいている。これらの国々が藩に相当するのだ。各藩を委ねられた大名たちは、自分の一国の中で、本来の治めをする必要がある。もはや、隣を侵略することは許されない。ましてや、藩を横に結んでの宗教による支配なども、許されない。

 この仕組みで、政治のありかた、万民太平の実現のしかたを学ぶことが、この国には必要なのだ。延いては、ずっと未来に、この実験が世界に通用する理念となり、地球に戦争のない時代をもたらすための、見本になればと想う。

その為には、この国を地球に模した鎖国にしなければならない。少しずつ、家光殿を洗脳するしかないが。これが、私の願いであり、その娘の玉子の願いであり、わが友、正宗の願いでもあるのだ。



この策謀は、私ひとりでは、むりだった。家康の信任を得ていた伊達政宗が必要であった。彼は若いときに信長に似た処遇を受けているのが、不思議だ。彼もまたマザコンだったらしい。つまり、天正十二年(1584)、四十一歳で父輝宗は十八歳の政宗に家督を譲った。特に輝宗が病弱であった形跡もなく、一説に、政宗の実母最上殿が、政宗の疱瘡で失った片目とその性質をきらい、弟の小次郎に家督を継がせるべく策動していたので、輝宗が先を制して政宗を立てたともいう。

 このことは、私が正宗からじかに聞いたわけではないので明確には判らないが、信長にそっくりだ。政宗が実力で奥州を制覇していた時期はわずか5年ほどであり、この後、侵略や統一の戦はしていない。つまり、私欲で領地の拡大はしていない。信長とは比較にならないほど、人間的だ。政宗が小田原に出発する前日、母に食事に招かれたが、政宗の膳を膳番が毒見したところ、血を吐いて倒れたという。政宗は直ちに帰って弟小次郎を呼びよせ、これを斬ったといわれているが、これも本人に確認はしていないので、判らない。



家康が政権についたとき、外様大名はつぎつぎと江戸に参勤して妻子を江戸に居住させ、家康に、二心なきを証明したものだが、政宗は諸大名に先がけて子の秀宗をいち早く江戸に送っている。正宗は慶長十六年(1611)ごろ、宣教師パードレ・ソテロを通して切支丹に興味をもち、城下での布教を許したが、同十八年(1613)にローマに派遣した支倉常長が、元和六年(1620)に日本に帰る間に、切支丹禁止令が発せられたため、帰国した常長を牢につなぐことになったこともある。彼も、キリシタンを超えて、自然の法則にたどりついていたかもしれない。親しく聞いてはいないが。

 徳川家光が将軍就任のとき、諸侯を集めて、祖父家康、父秀忠は諸侯の授けを得て将軍となったが、自分は生まれながらの将軍であるから、すべての大名は、今後、臣従の礼をとるべきだ。異存があれば直ちに国元にて一戦の準備をされよと言ったようだが、この時、政宗は居並ぶ諸侯の前に出て、政宗はもとより、諸侯にも異存のあるはずがありませんと平伏したので、みな同じように頭を下げたようだ。

 正宗は、誰とでも、よく付き合ったので、時に謀反に加担したと疑われたりしたが、実際にそんなことはなく、家康、秀忠、家光の将軍三代に仕え、天下の平定と万民太平に尽くしていた。



 家光の政策については、私と正宗は、ともに協力して進言していたもので、鎖国政策は完全に実行されていった。その正宗もまた、寛永十六年に私より早く亡くなってしまった。私も早くあの世に帰りたいと思ったものだ。

 寛永二十年(1643)十月二日、私は、上野の寛永寺で没した。(享年108歳)



 太平は頽廃に堕落した



 日本で徳川幕府が実施した鎖国政策の結末は、当然、私には見ることはできなかった。

 この試みは、一つの強引な政策として、それができる島国という環境をもった日本であったからできたものであろう。鎖国は、国の外に資源を求めずに、人口と経済成長と衣食住も含めた文化の高度化の三つのバランスを取れるかどうという閉鎖システムの実験である。

 この時期の人口の増加をみると、1600年の1200万から、1872年の3311万人と推移しているが、 人口増加率は、1600-1730年の間は0.756%、1730-1800年の間はマイナス0.065%、1800-1872年の間は0.107%となっている。各家での産児制限もふくめて、人口の爆発にはいたっておらず、なんとか経済とのバランスを意思していたようである。



 江戸時代を通じて長期的な経済成長、特に市場経済の成長が見られ、17世紀から18世紀初めは高成長、18世紀初めから18世紀末は停滞、18世紀末から19世紀は緩やかな成長という3つの局面が存在していると評価されているようだが、もちろん農業生産は頼れず、何処の藩でも、非農業生産へと転換していった。

 幕府の政治が安定し、貨幣経済が生活に浸透するに従い、人々は贅沢を好むようになっていった。商業の発達で商人は富を蓄えて力を伸ばし農村では自給自足経済が揺らぎ始めていた。

 これを背景に、幕府の財政は支出超過となり、財政の建て直しと物価安定のため、享保、寛政、天保の三つの大改革が行われた。こうした改革は、時代の進展に伴って変化する風潮を無視して、古い封建思想を押しつける形がとられたので、時代が進むに従って、人々の反発を買い、改革の効果も上がらなくなっていった。

 日本が鎖国の中で太平の夢へと実験している頃、世界は大きく変貌した。1668年、イギリスは名誉革命によって議会制民主主義への道を開き、続いてフランスも1789年の革命で王政を倒した。そして18世紀後半に起こった産業革命で資本主義に突入し、植民地と資源を求めてアジアヘ進出を始めた。



 一方、カムチャツカ・アラスカを支配下におさめたロシア、捕鯨の寄港地、太平洋横断航路の設置をもくろむアメリカも、アジアに関心を示し、日本に対して開国を要求するようになった。

 こうした状況の中で、1840年、イギリスと清(中国)との間でアヘン戦争が起こった。アヘン貿易による資本の発展と市場獲得を目指すイギリスに対し、清は百害あって一利のないアヘンの貿易を禁止、両国は戦争に踏み切ったが、イギリスの圧倒的軍事力の前に清は敗れ、不平等条約を結ばされるに至った。

 長崎町年寄高島秋帆などの識者は、アヘン戦争での清の敗北を重要視して、富国強兵・庶世一致を唱え、西羊式砲術で諸外国の侵略に備えることを説いたが、鎖国政策の継続が困難になると、これらの意見を取り入れて洋式砲術を採用し、開国へと大きく傾いていった。



 明治維新は再びの本能寺



 その革命は、次のように進んだ。この革命にも、多くの人々の出番があった。

 江戸幕府三大改革 ⇒ 黒船来航 ⇒ 日米和親条約 ⇒ 将軍継嗣問題 ⇒ 日米修好条約 ⇒ 安政の大獄 ⇒ 公武合体 ⇒ 尊攘運動の激化 ⇒ 連合艦隊が長州を攻撃 ⇒ 第一次長州征伐 ⇒ 倒幕運動 ⇒ 薩長連合成立 ⇒ 第二次長州征伐 ⇒ 大政奉還 ⇒ 王政復古 ⇒ 江戸城無血開城 ⇒ 戊辰戦争開始 ⇒ 新政府誕生 ⇒ 西南戦争

 上記の推移は歴史に記録されている。しかし、すべてが真実かどうかはわからない。

 しかし、この革命によって、日本は一気に、他国と同じレベルに堕落していった。つまり、他国を侵略するという暴挙にでていく。これらを指導した人間たちの飽くなき私利私欲に、一般の国民は知らずに協力していった。浅ましい結末になってしまった。

 歴史は繰り返えしている。つまり、再びの本能寺のあとは、信長の想い、秀吉の朝鮮出兵にいたる私利私欲とまったく同様に、為政者たちは、外国への侵略戦争へと突き進んでいったのだった。

 誠に、人間の浅ましさである。当時の誰ひとりとして、これに責任の無い者はいないだろう。

 この物語の中での、すべての犠牲者の残した残念を理解してあげられたら、幸せなことである。

1009

第九章 新しい本能寺への布石



 第二の本能寺、それは明治維新だった。

 ここまで、私は、自分がしたことは何だったのかを明確にして、単なる私利私欲による野望や怨恨などで、信長を亡き者にしたのではないことを縷縷と書いてきた。

 更に、今の停滞した時代に、日本人が信長を待ち望むというような風潮がある。人々は信長の一部分のみをみて英雄にしたてているが、必ずしも、そうではない部分も認識する必要があろう。また、秀吉や家康についても、実際以上の評価をしすぎる風潮があり、例えば三英傑などと称されて崇められている。

 しかし、私の行動の意義を理解した日本人は殆んどいないようだ。いれば、光秀待望論が出てもいいのではないか。大半の人々が、ただの主殺し、謀反だと想っている証拠であろう。

 「英雄待望論」の風潮には、歯止めをかけなければならないようだ。

 理由は、信長や秀吉や家康の想いを継いでいる人々は既に今の世の中に生きているからである。小信長も、擬似信長も、今の世の中には、わんさといる。

 実は、この人たちでは、この世は、天下統一万民太平にはならないと、私は想っている。

 私は、第二章で、日本の中での「閉鎖された島国、日本での天下統一万民太平」への実験のことを書いてみた。私が描いたのは、本当の「本能寺の変の目標であり、その原因と結果だった」ということである。



 あの実験は、徳川幕府の政治下での、為政者、官吏、人々の全部に甘えと私利私欲が支配したために、堕落に至るのは、眼に見えていたが、まあ、私も寿命が300歳とは言えなかったので、「第二の本能寺」というべき、明治維新へのしかけをするために生まれてくれたのが、この男である。



 明治維新のきっかけ



 幼くして桂家の養子となり、桂小五郎、長州藩主の命により木戸貫治に改めた。松掬(しょうきく)と号し、いみなを、孝允(こういん)といった。長門の国(山口県)萩呉服町に生まれ、長じて長州藩士岡本権九郎より漢学を学び、「吉田松陰」の教えを受けた。また江川太郎左衛門らについて西洋の砲術・兵学を学び、さらに神田孝平らより蘭学を学ぶなど、早くから開明的方向をめざし、後年天皇制絶対主義官僚へと成長していった。

 藩主の命により長州藩藩政の指導的位置につき尊攘(そんじょう)論から討幕論へと藩論をみちびき、また、薩長連合密約の終結に尽力するなど、倒幕運動推進に大きな役割を果たした。

 王政復古するとすぐに、「五固条の御誓文」の修正に関与し、また版籍奉還の実現に努力した。

 西南の役が起こったとき、旧薩摩藩の不平士族の反政府暴動にも、また板垣退助らを中心とする士族民権運動にも、反対したが天皇制絶対主義政府内部の大久保利通独裁にも批判的態度をとった。西南の役の真最中に脳病により45才で死んだ。

 この人の経歴や思考傾向を見ると、第二章の、私が演じた「謀反人」の意識を引き継いでいると判ろうというものである。



 しかし、ここまでは、島国の話であった。



 その後、地球という閉鎖世界の本能寺が必要になってきた。今の世界には、信長国、秀吉国、家康国、諸々の戦国時代の大小名の国々がひしめいた、日本の中と同じ状態である。

 したがって、もはや、第三の本能寺が、地球規模で必要な時期にきているのだ。



 第三の本能寺はいつだろうか。



 既に仕掛けは開始されていると、私は想うが、この仕掛けは非常にゆっくりと機能し始めているのであり、何がどうなっていくかは、ここに書ける話ではない。この辺りで、先のことは若者たちにまかせよう。



1010

終章  地球の国々の課題はなにか



 私は、本能寺の変をへて徳川幕府が確立してから明治維新までの鎖国実験は、結果は別としても、評価すべきものだったと想う。各種の諸法度によって、内乱や他藩侵害を起さない状況が作られて、当初は確実に機能していた。

 一方、今の地球上の国々の状態は、戦国時代のようなものである。なんとか、抑えてはいるものの、ことによっては、第三次世界大戦にいたる可能性がない分けではないだろう。

 いきなり、世界の話に飛んでしまったが、本質は、戦国時代となんら変らないからである。

 地球には、いくつかの大きな問題があると想う。



 1)地球的にみて資源が偏在していて、しかも、もう殆んどない。

 2)各国の生活レベルが違いすぎる。貨幣価値も労働価値もまったく違う。

 3)地球としても、国としても人口が過剰である。結果として、飢餓状態の国がある。

 4)人種間の問題などがある。

 5)宗教間の問題などがある。

 6)何処の国にも大きな貧富の差がある。身分制度すらある。

 7)隣国との紛争や内乱が多く存在する。

 8)人間としての問題として、死刑の存廃の問題がある。



 このままいけば、地球人類は破滅に向かっていると、誰でもが予想できるだろう。

 このような問題を解決していくには、いったいどうするのか。

 それには、新しい「本能寺の変と改革」が必要だと、私は感じている。



 私の夢 



 実は、「こんな社会になって欲しい」と言う想いが、400年前に本能寺の変をしかけたあの日、私の頭に浮いてきたのは、こんな想いだった。それに行き着くには、信長がいては、どうしてもだめだと想ったのであった。



 地球の人々を力で支配してはだめだったのに、各国の支配者たちは未だに力で支配している。このままでは、世界的なエネルギー争奪戦争と食料争奪戦争が起きても不思議ではない。



 そうなる前に、信長意識を光秀意識に変えていくべきだと、私は想う。この意識を世の人々に伝えて欲しい。



                 (亡霊 光秀)

       完



1011

追記 地球人類を救うために・・・



001 第三の本能寺の意味



地球人が、この地球から抜け出すことは当分出来ない相談だ。然るに、ここに人口は2006年に、76億に達しているという情報がある。国連の統計では、2020年にやっと75.8億程度と予測している。これは過小評価である。



さらに、地球のエネルギー資源は枯渇しつつある。世界の気象も異常になり、もともとの地域と気象の関係が崩れだし、どこの国の食料事情も住環境も成立しなくなりつつある。



この意味が、判りますか? 全世界の国々の人々が、自分の土地との違和感を覚えてくるのです。みんなが他所の国が欲しくなります。



そして、エネルギー資源と食料確保のための他国への侵略や飢餓状態による国内暴動、市民戦争、クーデター、略奪と虐殺へと人々を追いやることは、想像に難くない。



その走りがすでに見えている。その一つは、ミサイルや核を武器にした、他国からの資源の分捕り合戦である。北やイランの問題はその走りだと思う。



この状況は、地球の縮図としての日本でいえば、戦国時代である。群雄割拠のあの戦国の日本が、今の地球である。



当時と比較すると、信長の意識は米国の意識に相当する。足利義明の意識は国連の意識だろう。信長が傭兵として使った武将たちは、イギリスや日本などの首相たちの意識だろう。



米国とその一派は、武力で地球の国々という群雄たちを支配しようとしている。この狭い地球を支配し尽くしたら、科学技術を使って、宇宙に出で行こうという野望も持っている。これは、まさに信長意識であり、後に、秀吉がなした朝鮮出兵と同じ意識である。



当時、光秀はこのような力による支配は決して平和をもたらさず、人々を苦しめるだけだと判断して、信長意識を亡き者にしたのだった。さて、この光秀意識は、今の世界に存在しているのか?



一条の光は見えるものの、それはまだ具体的な力として結集できるところにはなっていないようだ。この地球上で、この一条の光を受けとめた人々の意識が結集して、大きな力となって、光秀意識を作り上げて、米国主導の信長意識を押さえ込み、地球上の人々の意識を一つに変えていくことが、第三の本能寺という偉業であることを、光秀意識は指し示しているのだ。



それをどう、実現するのかは、大変難しいことだが、兎に角、一人ひとりの意識をかえることが必要であることは、これ読んでくれているあなたには、自明だろう。そして、76億人のほとんどの読まない人たちを、すべて、光秀意識に変えるのに必要なのは、ただの蟻の一穴なのだということも自明だろう。



002 歴史は示唆している



今の時代、アメリカが信長的な発想で、国連という足利幕府を傀儡として、神から依頼されて米国が地球という天下を治めるのだと、勝手な行動に走っているという状況だと見ると、日本の歴史は、今の世界の歴史を示唆していたことが判る。



光秀意識からいえば、天下を朝廷に返すべきであるということになるが、今の地球上には、これに相当するものはない。また、仮に存在していても、今の状況下では、それは機能しない。



これは後で考えることにして、まず、今の戦争や紛争や環境汚染などの状況を打破するのに、いかなる考え方が必要かを考えなければならない。



日本の戦国時代以前の足利政権は、守護・地頭の制度によって、税の中央集権的に取立てをしていたために、地域を治めるという機能は重要ではなかった。つまり、中央集権的な支配であった。



そこに戦国時代が到来し、各地の豪族が自分の支配地域を治め、税も取りたてる仕組みになっていき、隣国との戦いが起こり、最も強いものが、強引に割拠している群雄を打倒して、支配権を広げ、信長のような意識が台頭して、足利政権や朝廷に対する反逆を試みることになった。



この状態が、今の世界に、そのまま当てはまる。



その状態を打破したのが、光秀意識であり、信長意識は倒された。しかし、すぐには、それを消し去ることはできず、秀吉よって、引き継がれた結果、朝鮮への出兵が行われたりしたものである。



これは、世界を知らないもののすることであり、現在の時代でみれば、地球の外への侵略などはとうてい考えられるものではない。



さて、光秀意識は、徳川にもたらされ、徳川幕府が天下を統一した後に、諸侯は土地に封じられ、その地のすべてを治めることが要求され、もはや武力で、他の地域を侵略することは禁じられた。さらに、日本自体は、一部の出島等の管理地は別として、完全な鎖国へと移行したのである。

そして、260年間、各地方は、諸侯によって治められ、全体として、徳川幕府の力の元で、安定した、戦いのない時代を構築した。



今、まさに地球は鎖国である。では、これから、地球人類がとるべき施策はなんだろうか。それは、次に。



003 徳川幕府の再来を



今の時代に、地球全体を指揮する、徳川幕府のような存在が必要になっている。しかし、今の国連は末期の足利幕府のような、実質的な力のない、傀儡政権でしかない状態である。



今の各国は、徳川時代の藩に相当するものであり、その一国が徳川幕府に替われる存在ではない。しかるに、米国は、我らこそ、その任に当るものだと言わんばかりの思考行動をとっているのは、あなたにもお分かりだろう。



これを許している限り、地球には天下統一万民泰平は絶対にありえない。この状態が一万年以上続いており、戦いのなかった日々は、ほとんど無いことを歴史は示している。



徳川幕府の代わりは、地球上のどの国の軍事力をも、お茶の子に押さえつけられる、強大な軍事力をもった、本当の国連のようなものが行う。



徳川幕府が定めた、武家諸法度や禁中公家諸法度や宗教の諸法度も実行しなければならない。 国境を越えての他国への武力や経済力や宗教などによる侵略を一切禁止しなければならない。



さらに、今の地球の各種の問題の根幹である、人口過剰問題を根本的に解決しなければならない。それによって、食糧問題やエネルギー紛争や貧富の差や環境問題の一切を克服することが可能になってくる。



これを成し遂げるのには、これらの問題を各国の中で、自分の責任で解決しないと出来ない相談である。エネルギーも食料も一切、自国の範囲内で自給自足することにする。移民も越境も難民も、輸出も輸入も、一切許さないことにする。これは強大な軍事力で押さえつけても実現する。



これによって、どこの国家も、人口は自然減にさせざるを得なくなり、結果的に、エネルギーも要らなくなり、各国の自然の中で暮らせる範囲まで、贅沢三昧の暮らしを落とし込むことになる。



そこまで、各国が努力していく中で、並行的に、次の対策が必要である。



地球の言語はあまりにも多すぎる。これを将来一本化するために、まず、共通言語を一つ制定する。これは、ドイツ語にする。ドイツ語は英語や他の言語よりも、論理的な構造を残しているので、誰がなんと言っても、光秀意識は、ドイツ語を推奨しておく。いつか、その理由はいつか判るだろう。



もう一つは、地球規模の経済的な活動をすべて終わりにする。為替などという、虚業は不要にする。自給自足するのだから、これは当然の話だ。



しかし、今のような国々の人々の意識では、このことはなし得ないだろう。



どうやって、その足がかりを作って、これを実現するか・・・・とても、困難ことだが、みんなの意識を変えていく、大きな覚悟がいるだろう。



でも、それでもやらない限り、地球のエネルギーは早晩尽きるし、生きる環境は汚染がさらに酷くなり。人口過剰で、難民化するか、侵略するかのどちらかになり、内戦はもとより、暴動は起こり、さらには世界中で第三次世界大戦が起きて、早晩、地球は地獄になるのは、誰の目にもはっきり見えるはすだ。



地球を破壊したり、人類滅亡を演出するのは、誰だって嫌なはずだ。今こそ、信長意識から光秀意識に変えなければ、地球の人類の将来はないと思えるが、如何?





亡霊  光秀


1012

2000年(平成12年)5月7日生まれの女性は『気づかいは天才レベル!疲れるくらいに気のつく人』

2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
西洋占星術で占った結果

あなたの太陽星座は牡牛座です。表面的には、おっとりしていて優雅なセンスのよい人でしょう。周りの人達がパニックになっているときでも、あわてず騒がずマイペースを守ることができるようです。仕事も生活態度も、まじめな慎重派で安定感に満ちているはず。金銭面では、なかなかの締まりやと思われます。とはいえあなたは、遊びに興味がない無粋な人というわけではない様子。私生活ではグルメやファッション、芸術に関心や才能がありそうです。しっかり稼いでそのお金で趣味を楽しんだり、美しいものに囲まれて暮らしたりすることに、無上の幸せを感じるのかもしれません。

あなたの月星座は双子座です。好奇心旺盛な性格で、常に変化を求めるせいか、同じことの繰り返しは苦手かもしれません。友人などの言うことに影響を受けることもあり、自分らしさを失う可能性もあります。また飽きっぽい面も持っているので、ひとつのことが長く続かない場合が多いでしょう。趣味も次々に興味の対象が移ります。新しいことへのアンテナを張っている反面、いろいろ始める割には身につかないなどの短所も。ただコミュニケーションをとるのがとても上手です。誰とでも友だちになれるのは、あなたの会話上手のおかげでしょう。頭の回転が速いのも、長所のひとつと言えそうです。粘り強さに欠ける点を補えれば、あらゆることをこなす器用さが活かせるのでは。

2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
四柱推命で占った結果

落ち着いていて、人の意見をよく聞く人ですね。根がまっすぐな性格なので、横道にそれずに人生を進んでいくことができるでしょう。個性を光らせるよりも、他人と歩調を合わせながら歩んでいくことに集中するタイプです。そのために、人生に荒波は立ちませんが、大きな充実感をえることは少ないかもしれませんね。時には、周りを気にせずに伸び伸びと振る舞ってみるのもよいでしょう。女性だからと自分に制限をつけてしまわないでくださいね。全ての垣根を取り払うと、全く別の顔を持つあなたに会えるはずですよ。また、「これだけは譲れない」いう部分を心の中に持つと自信がつくのではないでしょうか。周囲に遠慮し過ぎないようにしてみてください。

あなたはリスクをともなう冒険はせず、堅実に生きていこうとしますね。目立つことが苦手なため、ひかえめで大人しい印象を持たれるようです。まじめに努力を積み重ねていく人ですので、大器晩成型だといえるでしょう。若い頃は周りから後れをとっているように感じることもありそうですが、年齢を重ねていくにつれて、あなたの実力や才能が高く評価されるようになります。ですので、焦らずに自分のペースを守りながら生きていくようにしましょう。無理に周りのペースに合わせようとすると、あなたらしさを失ってしまう可能性がありますよ。結果を急がずに、着々と目標に向かって歩んでいくことで、成功に近づくことができるでしょう。

2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
数秘術で占った結果

なんでも器用にこなしてしまう誕生数5のあなたですが、中途半端になったり器用貧乏にならないようにすることが重要です。興味をもったことをあれこれ試すのも30代半ばまで。早めに最終的な目標を決めて、準備をしながらいろいろな経験を積んでいくと、人生の後半に忙しく面白い日々を送ることができます。「どうせ無理」「時間がもったいない」と思わないで、まずは思いついたことにはどんどんチャレンジしていくようにしましょう。また、異性を惹き付ける魅力の持ち主なので、恋愛に限らず異性の協力者を得ることができるかもしれません。


2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
365日誕生日占いで占った結果

『気づかいは天才レベル!疲れるくらいに気のつく人』

基本性格
慎重なあなたは細かいことにまで気がまわる人。天才的にいろんなことに気づくことができます。そのために神経質だと悩むことがあるかもしれません。人の心の動きにも敏感で、傷つけたといっては傷つき、傷つけられたといっては落ち込むでしょう。あなたはその繊細さを隠すために、わざと悪い言葉を使うことがあります。それは照れ隠しのようなもの。ただ、せっかくあなたには上品なイメージがあるのですから、言葉づかいで印象を落とすのはもったいない話。わざとはすっぱなしゃべり方をするのはやめた方がいいでしょう。恥ずかしい時は、とにかくしゃべり倒すことで逃れられます。

生まれ持つ価値
観察力があり、周囲の人たちの様子をじっくりと冷静にうかがっているあなた。そんなあなたが生まれ持つ価値とは、身近な人たちの気持ちをきちんと理解することです。あなたは人の表情などから感情を読むのが上手です。そして、その人が自分に何を求めているのかを瞬時に判断することができまるだけでなく、その人のためになることを率先してやって上げることができるでしょう。

与えられた使命
コツコツと努力するタイプのあなたに課せられた役割とは、こまめに動き回ることです。あなたは話し好きで、人との繋がりを大切にします。責任感もあり実行力もあるので、多くの人たちと上手に交流することができます。常に自分に与えられた役割は何かを考えながら、行動するように心がけましょう。こまめに動くことによって、あなたはさらに活性化するでしょう。

2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
月齢占いで占った結果

生まれた日の月:ニュームーン
いい意味であけっぴろげ

隠し事はしない、いい意味であけっぴろげな性格があなたの一番の特徴です。自分のことは何でも周囲の人に話せますから、みんなにとってはとてもわかりやすくて信頼できる人だと言えます。もちろんそれはあなたが周囲の人を無条件に信じているという証でもあるでしょう。少し強引なところがあっても憎めない人だと思われているのはそのおかげではないでしょうか。またその根底には、周囲の人から好かれているという自信がありそうです。

2000年(平成12年)5月7日(日)生まれさん【女性】を
宿曜(27宿)で占った結果

あなたは理想家で直感力に優れ、集団の中では常に指導者として活躍します。しかし、合理的な判断を最優先させ、感情論を後回しにするタイプで、やりかたに人間性が感じられません。成功するために一番よい答えをすぐに打ち出せるのですが、その答えは残酷で冷徹なことが多いのです。人生において運も実力も大切ですが、最終的には人と人との関係です。正しくて合理的な答えがよい結果を生み出すとは限りません。優しい心を持ちましょう。



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