001 創 造 の 創 世 記 (詳細はBILLY MEIER 創世記参照のこと。但し、最新版の翻訳はないです。) A 『創造の誕生』と『宇宙の始り』 宇宙は『原初創造』とも呼ばれる『原初炎』の『理念』として生まれた。 従って、最初、宇宙は眼にも見えず、空間的な存在でもなかった。理念でしか無かったので、『無限定』であり、『空間』や『時間』に分離されていなかった。 『原初炎』は、『創造の存在』と言う理念の中に『空間』と『時間』の理念を加えたのであって、それを実現するのは『創造』の仕事であった。 『原初炎』は『無』の中に『自己の理念』を入れたのである。従って、無存在、無時間、無限持続の状態で、『創造』は『原初炎』の理念と言う胎児であり、種子であり、『創造』は『種子』から『発芽』し、成長することになるが、七大時の間、自己を認識すること無く、『原初炎』の庇護の元に、まどろんでいた。 『原初炎』は『無』の中に、自己の水準での『自己時間』を設定した。つまり、胎児としての『創造』の無意識的な産出から、意識的誕生までの期間として、『原初炎』の存続期間にもとづく『七つの大時』を与え、『創造』にとっては、『無限持続』が概念になり、『一定の時間』になった。 そのまどろみの間に、『創造の胎児』は無意識の中にあったが、『発芽』して、自己を芽生えさせ、成長し、自己を形成し、生命活動を開始した。 しかし、まだ生まれたばかりで、知識、叡智、愛、力などは全く持って居なかったし、自己の認識すら無かったので、『無存在』から独力で何かを生み出すことも出来なかったので、『原初炎』が自己時間を設定してくれたのである。 『創造』が『七つの大時』という時間を与えられたため、『無』は成長する『創造』を通して、『空間』と『時間』に形成されなければならなくなった。そして、『創造』の進化と平行して『時間』は発達し、無限持続から有限時間になった。 『創造』は自己に目覚めつつあったが、自分が霊的で、力を持った生命であり、存在であることを意識していなかったし、また、自己以外のものに対する感受性もなく、時間と空間をも知らなかった。『包括的感情』と『自己以外のものを創造する意欲』を造り出すこと、つまり自己の中に普遍的感受性を造り出すことを『創造』は最初にしなければならなかったから。 生命の原因、つまり、自分以外の生命の産出に必要な『創造の理念』と『力』が『創造』には無かった。 『創造』にとって、『無』は『無限持続』であり、『暗黒』だった。『原初炎』が創造のために、大時を設定しなければ、『暗黒』は無、無限持続、非存在であり続け、空間、時間、宇宙と言う限界性は決して造られなかったであろう。『暗黒』は『宇宙』としての理念の中に設けられ、『光』になる予定であった。 暫くして、『創造』の誕生がおこなわれた。 成長する『創造』は最初の大時のまどろみから目覚めた。しかし、『創造』にとって、最初の大時はまだ『時間』ではなかった。それは、『原初炎』によって、概念としてつくられた理念にすぎず、『創造』にとっては、それは概念ではなかった。だから、それは存在しなかった。 『創造』そのものも、『原初炎』によって理念の形で考え出され、凝縮して成長する『真実』、『存在』に成らなければならなかった。そして、『創造』はまだ『無』の中に浮かぶ、『無』をまとった『理念』』でしかなかった。この『理念(創造)』が自己(理念)から抜け出して、『原初炎』から独立して、創造する義務があった。 『創造』は『原初炎(原初創造)の理念』から『自分自身』を造り、『無意識の存在』から目覚めた。それが『創造』だった。 『創造』は自己の存在を意識しはじめ、『自己創造の意識のかたまり』となり、生命としての自己意識を通して、『創造』は自己を拡大し、力のかたまりとしての、自己の脈動する『霊的かたまり』を広げていった。それにつれ、『無』は『眼に見える概念』、即ち、『有限性としての成長する空間=宇宙』となった。その『有限宇宙』の中で、『創造』は自分自身から『現存在』を造った。 『創造』は、この自己創造の過程で、自己形成を為し遂げつつ、『創造的真実』を無意識的に造った。『創造的真実』は『知識』と呼ばれるものである。 『創造』は『知識』という財産を利用することによって、『叡智』に変えた。つまり、知識の応用と言う体験を通して、『論理=絶対確実な創造の力』に変えていった。『叡智』=『絶対確実性』=『論理』=『絶対確実な創造の力』である。 『原初炎(原初創造)の理念(創造)』は、最初の大時から目覚めた。『創造』は自己の中で独力で自己を拡大し、自己創造の形態と力を独力で発達させた。そして、『創造』は七大時の間、進化した。 『一大時』 = 2,177,280,000,000,000年 『七大時』 = 15,240,960,000,000,000年 =『1全大時期間』 『総全大時』= 36,593,544,960,000,000,000年 =『7x7x7x7全大時期間』 (年は地球年です) 七大時の間進化した『創造』は、その後、意識的存在(意識的統一体)として眠りについた。自己進化の活動を止め、静かに休養する為に。しかし、『創造』の発達は停止しなかった。つまり、『創造の無意識』が働きだしたから。 『無意識』は霊的力を得て元気になり、生命と進化の意志を持って生き生きと活動し、覚醒時であれ、まどろみの時であれ、決して休むことなく、常に活動する。 『創造』は純粋な霊的な形で活動しており、それは力強く、巨大で、不滅であり、造形力と産出力を持った生命形態である。一方、(創造がまどろんでいるので)『創造』の『物質意識』は麻痺しており、ただ、霊的意識のみが常に活動していた。つまり、『創造』の無意識』も霊的意識と共同して、霊的進化の活動を続けていた。 このように、『霊』は活気に満ちた存在であり、この『霊』は『創造』の中にあって、独力で自己を産出した。つまり、『まどろみ』は進化する要素を持っている。 一方、万物を包む物質、即ち、身体或いは霊体は、覚醒時においても活動を休み、休養した。『まどろみ』は力の休息の側面であり、霊を包む物質、身体或いは霊体を造る。この『霊体』には周期的な休息(まどろみ)が必要である。しかし、この『霊体』の中に住む『霊』とその『力』は永久に目覚めており、決して休息の必要はない。 休息が終わった後に必要なものが『霊体』である。この休息の中で『意識』は遮断され、物質の麻痺が起こる。物質的麻痺によって、『意識』は全ての外界の影響から遮断され、その結果、純粋霊だけが活動することになり、主導権を握る。物質意識の麻痺によって、無意識の純粋霊が支配するのである。この静寂によって、『無意識』はその内部で無限定の力を成長させ、進化させ、産出することが出来る。 このことは、『創造』にも、『原初創造』にも、『創造』から生まれた、全ての被創造物にも適応される。違うのは、限定された時間の長さだけである。『創造』のまどろみの時間は七大時であり、被創造物の生命の覚醒とまどろみの期間は短い大時で、秒、分、時、日、週、月、年と呼ばれている。地球人は昼を覚醒期間、夜を睡眠期間としているが、『創造』の覚醒期間と睡眠期間はそれぞれ七大時である。 『意識』と『無意識』は平行して起こる。 ************* 人間が眠ると『創造』と同じ現象が起こる。『物質意識』は麻痺し、全ての外界の影響から遮断される。『無意識』が進化の主要な力である。人間の場合には、進化現象は眼に見える『霊的言語』として、象徴的な絵言葉として現れる。 この絵言葉は、『第一の良心』で『無意識』によって分析され、知識となり、活用される。ところが、人間の霊的水準では、自己の霊的存在を意識した時に、『第二の良心』において、初めて、その認識が得られるのである。ところが、人間はこの『認識』を『真実』して受け入れない。即ち、夢の中で、この『認識』は『眼に見える霊的言語』や『霊の象徴的絵言葉』として現れるが、人間はそれを理解出来ない。 ************* 『創造』は最初のまどろみの期間とそれに続く覚醒期間に物質的形態を一切造らなかった。つまり、自己産出と自己進化のみを達成していたから。しかし、『創造』の内部では、成長しつつある『理念』が、既に物質的生命を造る段階(有限性を持つ概念に)まで成熟していた。 『創造』はまどろみの中で、自己の中に七重の構造、『七層の原理』を造った。それは、万物が、『創造』の力から出発して、産出能力を持つ『創造』に成るための仕組みである。その構造は次の七つで統一されている。 1 普遍的存在 2 普遍的法則 3 普遍的情緒 4 普遍的愛 5 普遍的力 6 普遍的時間 7 普遍的産出(創造) 『七層の原理』は、『創造』の『情緒』中で考えだされ、理念に変わり、生み出され、生気を与えられ、成長した。この『七層の原理』の『統一体』は、全ての霊的、物質的生命の原始を形成した。従って、この『七層の原理』は、全ての形態の、全ての生命の根本法則である。『時間』と『空間』に関連する全ての概念もこの『七層の原理』から生まれた。 万物を生かす、この『七層の原理』は『創造』の『情緒』を破って、『創造』をその力で満たした。この『七層の原理』の産出によって生まれたインパルスが『創造』を震えさせ、産出的理念の想念の萌芽を起こした。『理念』は『確信』となり、『意識』となり、『生命の母胎』となった。つまり、『生命の母胎』は『産出的理念』の確実で意識的な産出物であった。 『産出的理念』の自己認識は存在化した『創造』の想念として、今、自己を現した。それと共に、統一体が分割されて、『生気の理念』も造られた。これは、自己を二分して、生気ある二つの統一体を造るためである。つまり、自己を外部にも造るためである。 自己の内部にある様々な力と形態を、自己の外部にも造ることによって、内部から外部へ、それから外部から内部へ自己を造り、進化するためである。『創造』の外部に物質的形態を造るための、『理念』と『意志』が造られ、それらは『存在』となった。そして、『無限持続』『無限定』『無限』は『有限』『限定』『時間』の概念に変わった。 『存在』になった『創造の理念』によって、『獲得された認識』と『造られた力』は自己の中で『創造』を膨脹させ、拡大させた。『創造』は拡大し、巨大な大きさに膨脹し、内部から外部に広がっていった。つまり、『存在化した創造の理念と意志の力振動』が自己を拡大しながら、『(創造自身でもあった)無の真空』に突入した。 『無」は『暗黒の暗黒であり、輝く暗黒であり、暗い光に満ちたものであり、無の広がり』であった。『無』自身がまだ自己自身を意識していないが、『創造の産出的理念』によって生気を与えられて、生き、広がり、存在となり、空間となる予定であった。 『暗黒』は『存在化した創造の理念(光として)』を受け取った。言い換えると、『理念と言う光』、つまり、『創造』の『力振動』が『無』の中に突入し、『無』を力強く振動させたのである。 『創造』はまどろみに入り、目覚めるごとに、新しい宇宙産出への『理念』の誕生を改めて考えるのである。『創造』は自己の進化と共に、宇宙をも進化させる。そして、『創造』が目覚めて、産出を続け、あらゆる所で万物を呼吸させ、生かし続けている間だけ、全ての『宇宙』は存在する。 『創造』がまどろみに入ると『宇宙』は『無』限定』『無期限』『非存在空間』と言うものに縮小し、万物は再び『非存在』『無存在』に変わる。この時、万物は『創造』に帰るからである。 『創造』は目覚めると再び『限定』を造る。この時、『創造』は以前より、遥かに高度に進化しており、そして、全ての生命を含んだ宇宙を新たにつくるのである。 空間、宇宙の存在のための七大時だけの理念である、『非全大時萌芽の理念』は『創造』の力振動によって実り、生かされ、誕生し、『存在』となった。これは『理念』が自己を『存在』として現実化し、『無限定』が『空間』になったことを意味している。 宇宙の凝縮化と現存化をとうして、統一体としての『創造』は、最初の自己分割を行い、産出的な宇宙を有する統一体になった。『宇宙』は『霊的なもの』と『堅い物質=把握できる物質』に分割された。統一体としての『創造』は、自己を分割しても『七層の統一体』としてとどまった。これは、『創造の内部で霊の七つの形態があり、外部で物質の七つの形態がある』ことを示している。 (霊形態の七層の価値) 1 普遍的-存在 2 普遍的-法則 3 普遍的-情緒 4 普遍的- 愛 5 普遍的- 力 6 普遍的-時間 7 普遍的-産出 (物質形態の七層の価値) 1 生成と消滅 2 法則遵守 3 霊的発達 4 愛の生活 5 力進化 6 時間拘束 7 物質的産出 ** 物質形態の七層の価値の解説 ** 1 生成と消滅 『創造』の『普遍的-存在』は、全大時に渡って永続する『生命』であり、創造自身の中で、かつ、創造の外部で、そして万物の中で永続する『生命』であり、自己の産出的七層を完全に遵守する『生命』である。 一方、そのような『創造』の『普遍的-存在』とは異なり、『創造以外の全ての生命』は『霊形態の七層の原理』を遵守することを義務つけられている。この『霊形態の七層の原理』は、進化を通して達成されねばならない。 『創造』の『普遍的-存在(生命)』は自己意識的で、『全大時的生命』であり、終わりがなく、形態的変化つまり、死を経験する事のない生命である。それに反して、万物は『創造』によって造られ、自己存在的生命形態の外にあり、『全大時的でない、物質的現存』の中に組み入れられている。 したがって、全ての形態の物質的身体は発生と消滅に従い、現存する宇宙の種類に応じて発達する。(その宇宙は『創造』の発達水準の産出に相当する)地球の人間を含めて、全ての物質的生命は、発生と消滅の法則に従って、産出成長と死の法則に従う。 物質的生命は、全時間的に存在する生命ではなく、死を通してこの世からあの世に移行し、自己の周期的現存性を終える。これは生命が続けて進化を行うためである。 これに反して、『創造』は人間の手に掴むことの出来ない『霊の被服』で包まれ、発生と消滅の法則の支配をうけず、全時間的に存続し、法則に完全に従い、周期的にまどろみを行う。 2 法則遵守 全ての物質的生命は地球人も含めて、『創造』の秩序の枠内で生きている。この秩序は『創造』に因んで『普遍的-法則』と呼ばれる。この法則は外部に生気を与え、生命の形成と維持のために、全ての物質的生命が従うべき『統一的原則』である。 この法則は『創造』にも適用される。この法則は、生命維持と生命実現のための確実な価値を形成し、『創造』によって造られ、現存在となった全てのものの中にはめ込まれている。この法則は自然の中にも認められる。(自然法則) この『法則の遵守』のみが、正しい『創造』に向かう生命維持と生命形成を保証する。自然の中に認められる法則は、手に掴める物質のための『七層の原理』に全て適っている。 3 霊的発達 全ての物質的生命の霊的発達は、『創造』の『普遍的-情緒』から生まれる。この『情緒』は、全ての『存在』の根源にある産出性(創造性)を持つ。思考力を持つ人間を始め、全ての物質的生命は産出的(創造的)霊的発達、つまり、霊的進化の義務を負っている。物質的生命に、力と産出性に満ちた霊的発達を要求するのは、七層の法則そのものである。 4 愛の生活 全ての一時的生命が、愛の生活を送ることは、『創造』の『普遍的-愛』の七層の法則の中に義務付けられている。『普遍的-愛』は、全時間的、全統一的愛の振動を通して万物に広がり、万物に活力を与える。従って、全部であり、一つであるものの中でいかなる差別もありえない。 愛の生活は、統一的で無限の調和であり、全てのものと、全ての生命を同じ方向にむかわしめる。言い換えると、限界のない愛は、統一的、調和的、生産的要素として万物に充満しなければならない。 『愛』は『効果的な真実の理解』をもとにして、『全ての事柄、生命、存在、要素等を同一方向的に承認すること』を意味する。 『効果的な真実の理解』とは、『万物の効果的理解』『創造の情緒の認識』『創造的要素としての真の存在の把握』『創造の中で輝き、釣り合いのとれた情緒-感覚振動などの理解』を意味している。 『愛』は感情的現象や感情的性格から生まれる産物ではない。愛は性愛の所産ではないし、所有欲、美、気紛れ等から生まれるものでもない。 『愛』は、生産的情緒進化が平衡を保ちながら、万物の同一方向的な承認、認識、活用に向かう活動の『結果』である。この『結果』を通して、初めて『感情と感覚』という要素が活動を開始する。そして、それらの『感情と感覚』が『思考作用』と協力して、愛を特定の愛の形態に造り上げる。 この特定化した『愛』は様々な水準の振動を取り入れる。その結果、『愛振動』と言う形に限定化する。たとえば、二人の人間の愛の振動は、人間と動物との愛振動、または、人間と植物との愛振動よりも早くて高い。この限定化によって、更に人間と人間との間の愛振動が細分化される。 例えば、夫婦愛、友情、親子の愛、兄弟姉妹愛、親戚同族間の愛などである。愛振動はまた、その種類によって段階付けがされ、様々な形に分かれる。従って、ある人間が花に対して感じる愛振動は、同じ人間が動物や他の人間に対する愛振動とは決して同じものではない。 『愛』は『万物を同一視点から見ること』を教える。『統一的な、限界のない調和』を教える。愛の振動は、全ての生命の中で、常に活動していなければならない。統一的愛振動として、その種類に応じて等級付けされた水準について、万物を理解する為に。 5 力進化 『力進化』は全ての物質的、一時的生命にとって、『霊の全面的進化』の為に必要である。その『力の萌芽』は『情緒』から生まれなければならない。そして、その萌芽を目覚めさせ成長させなければならない。そして、成長した『力』は進化に奉仕し、霊的進化の最高の力として利用される。 この『力』は『創造』の中に既に存在していた『普遍的-力』の完全性にまで高められる。その『完全化した力』によって、『生命』が造られ、『存在』となる。 物質的、一時的生命は、『霊の力』を進化させる『任務』をもって居る。その『任務』は『創造の普遍的力』を手本とし、七層の法則の義務を果たし、遵守しなければならない。 そうすることによって、霊の進化した力が『完全』に達し、いつかは、『創造の力』と一つになるのである。こうして、霊の進化した力は『創造』を完成することができ、不滅で自立した統一体として、『創造』の中で、全体性のために協力する。 6 時間拘束 『創造』の中で存在化した『普遍的-時間』は全大時にわたって存続する概念であり、その中で『創造』は無限化している。『普遍的-時間』に反して、物質的生命は全大時にわたっては存在しない。 何故なら、物質的生命は、有限形態として、『発生と消滅』『生と死』の変化を受けなければならない。従って、物質的生命は、時間に拘束される。 『創造の存在』は時間に拘束されている。その拘束の中で、『創造』は『非消滅』であり、無限時間に渡って常に進化する。しかし、『創造の寿命』は時間に拘束されない。何故なら、『創造』は全大時にわたって存続し、発生と消滅、誕生と死の変化を受ける必要がないから。『創造の生命』は無限の『存在』であり、その『存在』の中で『覚醒とまどろみ』の期間だけが完全に意識的な形で与えられる。 物質的生命は、有限形態として、『発生と消滅』に於いて、時間拘束を受ける。また、進化に於いても時間拘束を受ける。つまり、物質的生命は、『創造』ように、無限に進化することは出来ない。 物質的生命は、一定の期間の進化が義務付けられている。つまり、物質的生命の進化は、小さな時間単位に分けられ、再生と言う形でこの世とあの世で人生を送り、人生を形成する。 一定の有限化した期間の中で、進化が、完成と言う最高の水準に達するまで、物質的生命は再生を繰り返し、物質的身体、時間、空間も絶えず発生と消滅を繰り返す。 従って、物質的生命は、発生と消滅の反復を生き抜き、『創造』の『七大時の覚醒期間』と『創造期間』を耐え抜き、進化の最終目標を達成しないままに、『創造』に没入する。そして、物質的生命は、一瞬にして自己の存在を消し、『非存在』となる。その時、『創造』はまどろみに入り、万物は宇宙と共に、そして宇宙の中で『無』に帰す。 7 物質的産出-創造 『物質的産出』とは、七大時的概念の中で、物質的生命を存続させることであり、『創造』によって造られた生命が、『自らの種の保存を行うこと』である。『創造』は『普遍的-産出』を行うが、『各物質的生命』はこの『物質的産出』を行う任務をもつ。この『任務』は各生命の『霊的、物質的地位』に応じて与えられる。 『創造』は全大時に渡って、中断することなく、霊的、物質的産出を普遍的に実行している。つまり、『創造』は霊的、物質的生命によって宇宙に活気を与え、充満させるのである。 しかし、この『普遍的-産出』は常に『単一の形態=原型』にすぎず、その原型が自己産出によって発達を続け、繁殖し、自己拡大して、万物になり、万物に活力を与えるのである。そして、生命は、時間的限定を受けながら、物質的身体などの中に住み、発生と消滅を義務付けられる。生命は再生の際に、新しい身体を必要とする。 『生命』は全時間に渡って永続する『霊』を身体に住まわせる。 その時、『創造』は『普遍的-産出』を行うだけであって、そこから子孫を造るのではない。その任務は各生命が『物質的産出』によって受け持つのである。子孫の産出は種の保存のためであり、それは各生命が自己の種を生むことである。『生命』が死ぬと、『霊』は再生するが、この新しい発生と消滅を通して、進化は前進し、活力を与えられる。 『創造』もこの産出に一部参加している。つまり、新しい『霊』を常に産出している。 ** 『霊』の七つの形態 ** 『七層の法則』の発効によって、『創造』の輝く本質は、自己分割をおこなって、統一体として、霊的な形態が眼に見えるようになった。つまり、叡智の知識において、論理的認識、即ち、真実が造られた時、『創造』の輝く本質の可視化が、霊的な形で行われた。『存在』の真実の認識に於いて、『無存在』の覆い(理念)が霊的な形で可視化した。『七層の法則』が理念の覆いの中で造られたのである。 『無』が霊的に見えるようになり、『無の覆い』は『存在』となり、生気を与えられ、『成長する空間』『宇宙』になった。『自己意識的存在(創造)』を通して、『産出的理念』は『無の形態』を凝縮して空間となり、空間を拡大した。この『産出的理念』は、多様な形態に拡大した。この理念は、宇宙の奥深くまで振動した。 その時、『創造』は自己分割を行ったにもかかわらず、この多様な形態と共に自己の統一性を保った。そして、『創造』は『生命の根』として止どまり、多様な形態との結合を保たねばならなかった。 『創造』によって造られた理念は、『真実』『論理』に造られ、『存在』になった。 凝固、濃縮、拡大によって視覚化した空間、即ち、存在となった宇宙に、ミルク状の薄片の泡が生じた。空間膨脹を続ける宇宙は、『理念』と『産出』を用いて、『創造』以外の様々な生命を産んだ。 『創造』はこの出来事を認識し、真実として、真の論理として受け入れた。そこから、『創造の叡智』が生まれた。『創造』のミルク状の霊的薄片は、霊的かつ物質的生命として、『創造』と『宇宙』の中で成長した。霊的認識は、知識、真実、論理、叡智として、『創造』の中で成長し、『創造』の永遠の内部生命となった。 一方、物質的生命は、『創造』の外部で、つまり、宇宙の内部の奥深いところで成長し、眼に見える、手に掴める形態に変わった。 あらゆる形の生命は『真実』となり、『論理』となり、『存在』となった。生命は、それ自体生命として存在し、絶対の確実性が造られた、それ以外に絶対としてなにも造られなかった。外部に存在化した生命を通して、また、『創造』の自己分割を通して、『創造』は自己を『絶対』に変えた。 こうして、『創造』は絶対に於ける絶対として存在するようになり、論理の論理、真実の真実、叡智の叡智、愛の愛、存在の存在、時間の時間、情緒の情緒、産出の産出、力の力、法則の法則となり、また、現存在の現存在として知識の知識となった。 こうして、『創造』は宇宙に於ける全ての霊的、物質的生命の根源となり、絶対の中に於ける絶対的絶対として、万物の不滅の根となり、源となった。 『創造』は自己の内部と外部において、絶対の中で絶対となったにも拘らず、統一体としての自己を分割したといえども、内部と外部との一体化を維持した。何故なら、『創造』は自己の内部では、自己自身の永続性と絶対に満たされており、一方、外部では、自己の永続と現存性を、万物の中で呼吸と言う形で現し、自己自身の法則に従ったからだ。 『創造』はまどろみから眼をさました時、絶対の中で初めて自己を、『自立した、産出能力を持つ、統一体』としての『創造』であると認識した。『創造』は『原初炎の理念から絶対の形で造られた』という自己の起源を認識した後、自己を『自己産出するもの』として認識した。 『創造』は初めに原初炎の理念のみがあり、創造自身がそこから自ら案出し、思考し、生み、生産し、生産の喜びに満たされ、案出すると言う、二番目の認識をした。 第三に『創造』は自己の『霊性』を認識した。つまり、『創造』は霊的特徴を持っており、自己判断によって自己変化することである。この『霊力』が産出的振動として、万物を現存在化させることが出来るのだ。 万物は、『創造』の案出が進行するにつれて、理路整然と発達し、現存在として造られ、誕生した。つまり、万物は、生成過程即ち、進化の中で複製された。『霊力』によって生命の最初の形が造られ、その生命が呼吸-覆い-として現存在を始めた。この生命は、まだ、『発生と消滅を繰り返す主要な形、姿、身体を纏う前の物』である。 『生命』自体は、呼吸-覆い-として、霊として全大時に渡って存続するものである。但し、『生命』が『創造』の七層の法則を遵守し、『絶対』に達するまでに、進化の法則に自己を同調させることが、その前提である。 『創造』の七層の法則を遵守することによって、『生命』は全ての物質より長生きすることが出来、完全な形として『創造』の中へ入る。つまり、『生命』は最後の原子よりも長生きする。 さて、それから、『創造』は、まどろみのうちに造られた固体、手に掴める物質を理解し、認識した。そして、『創造』はこの堅い物質に『霊的呼吸』によって生気を与えた。 つまり、固体は物質的質量として、それらの形と種類に応じて生気を与えられ、活動することになった。しかし、固体は有限化のために消滅すべき運命にあり、時間に制約された。 物質質量は、自ら自己を発達させ、生き生きと活動し、自己の中から物を造り出す義務を負っている。しかし、この義務は全大時に続くものではなく、その寿命は制限されているので、いつかは消滅する。 このようにして、『創造』は『自己の統一体を、内部と外部に分割したこと』の『真実』を認識した。この『内部』と『外部』に分割された両者は結びついており、その『結び付き』の中で、『創造』は万物と一つであった。 つまり、『創造』は自己の内と、外に造った物に分かれているが、両者は『創造自身』の中にあって、『創造』と結合されており、分割されているにも拘らず、統一性を形成している。何故なら、『創造』は万物の中に、内部と外部に存在しており、それらと一体だから。 『創造』は自己を二分し、二体として現れたが、二体に見えても一つ(統一体)であった。内部と外部に分かれた『創造』は、例え、三体に見えても自己自身であった。三体というのは、『創造自身』、『霊的形態としての内部』、『霊または霊的形態の持つ活動的な力としての外部』のことである。 この三体は二体と同様に、外見にしかすぎない。何故なら『創造』は万物の中に存在しており、万物と結合しているからだ。また、『創造』は自我の膨脹の為に分離形態をとり、その分離形態は相互に結合されていたから、『創造』は分離形態をとっている万物と一体であった。 万物は宇宙の中にあり、宇宙と共にあって『創造』と一体である。そして、万物は『創造の自我』の拡大した形態である。従って、万物は、外的生命として、自己決定の進化が義務付けられているのだが、『創造自身の所有するもの』である。 『創造』は自己が全ての生命の源泉である事を認識した。『創造』は自分が『無常』、『発生と消滅の法則』に束縛されない事を認識した。 『創造』は全大時に渡って『永久の炎』として実在となり、決して有限化されず、絶対の絶対として、全大時に渡って終局と限定が無く存在する。 『創造』は自己認識の論理の下で、自分を認識した。そして、存在化した自己の理念の価値を理解した。そして、独自の想念の力を用いて、生産、形成、産出を続け、様々な種類の形態や身体を無数に造り、宇宙に生気を与えた。 数百万年、数十億年の時間をかけて様々な形の天体を造った。それらの物体の生命の波が活発に活動し、それぞれ自己の種類の存在を意識した。 しかし、まだ天体の表面には生命は存在しなかった。何故なら、生命が進化を行う為に必要な活力を、天体の表面が生命形態に供給出来なかったから。その後、『創造』は天体の表面に、物質的生命形態を造った。それらの物質的生命形態は自ら活動し、移動することが出来た。それらは、天体の表面に生気を与え、無数の様々な生命形態が出現した。 無数の様々な生命形態は天体に生息し、定住した。それらは、『創造』によって造られた『生命の呼吸-覆い』を与えられて生かされた。この『生命の呼吸-覆い』は、『『創造』の中にあって、創造自身の形、即ち、霊的形態、創造自身の小さい一部分から生じたものである。『創造』が造った霊の小さな部分が『創造』の外に解放されたのである。 このことは、『創造』の造った生命形態を生かすためであった。しかし、この小さな部分霊は無知であり、知恵が無かった。この小さな部分霊が、内部と外部の七層の法則を守る事によって進化を遂げなければならず、また、そうすることによって、完全になると言う課題が課されたのである。この意味で、部分霊は『創造自身』の『完全』に敬意を表す。この部分霊の進化が完全になるのを通して『創造自身』は更に進化し、完全にならねばならない。 その為には、この部分霊、小さな霊的統一体は、いつかは完全になって『創造』の中に入ることが条件である。そして、『創造』の中にあって、『創造』と同じ目的を持つ小さな統一体として、『創造』の統一体の完全性に敬意を表すことである。 こうして、『創造』は大時と総大時の無窮の時間を経た後、『原初創造=原初炎』と言う形態の絶対的完全になる。それから、全ての論理と叡智を備えた『絶対』の持つ全ての力、絶対的力、即ち、『中心創造=全ての存在の超存在』の中へ入るのである。 『超存在』は『最初であり最後であるもの』であり、全ての『存在』の『起源の、起源の、起源』であり、『中心創造』である。『超存在』は『炎』と『原初炎』を造った。 そしてまた、『原初炎』は自己産出的な力である絶対の中の絶対無から産出された。絶対の中で、自己産出的力を通して、最初と最後の存在である『原初完全』が発達した。 『産出の車輪』は終わり無く回転し、始まりもなく、終わりもないのである。これが、論理-絶対に於ける『中心創造の存在』である。『中心創造の存在』が『終わりのない車輪』と呼ばれる。何故なら、『中心創造の存在の期間』は無限であり、無限定だから。 この『無限定』の中で、『原初創造』は絶対から生ずる自己の力の力と論理を持っている為に、『唯一の産出能力を持つ形態』と呼ばれるに値するのである。 そして、『原初創造』は、無時間の想念を案出し、理解し、生み出し、それを理念と現存在的産出物に変えることが出来るのである。 ![]() |
002 B 『人間の誕生』 宇宙は現存化した空間によって、眼にみえるようになって誕生した。この宇宙の誕生によって、『創造の理念』が形として存在するようになった。『創造の理念』が現実化し、生命も誕生した。多様な生命は、物質的天体世界、惑星に生気を与えた。 多様な生命は、まだ、外形を持って居なかったが、それは初めて身体になったばかりの『原初核=生命の中心部』であった。また、それは、多様な種類の純霊的実態から成る生命であった。 『創造』はこれらの外形も身体もない生命の為に物質的身体を造った。外形を持たなかった生命は、この身体に住み、自分自身の所有物とした。 『永続するもの=原初核=原初生命=創造の一部分』は全大時に渡って永続するものであり、決して消滅しない。 眼に見える姿とは、現存在化の最初の時点に於ける物質的身体のことであり、これが物質的生命の自己発達と自己進化を養うのである。 つまり、自己発達する生命、物質的生命に進化の道が開かれたのである。生命は進化を義務付けられ、進化の経過は『七層の法則』に従わねばならなかった。この身体は、自立的な生命形態の、全ての物質的生命の最初の始まりとして、確実な形態をとった。 それから、『原初核=原初生命』は『堅い第一物質』として、最初の生命を造った。 この『堅い第一物質』から、全ての『身体に束縛された生命形態』が全大時的に現れることになっている。このことは、『創造』の統一性の所産として、『創造の思考、理念、七層の論理の所産としての真実が真実になった』ことを意味している。 つまり、これは『創造』の産出方法の首尾一貫性を現しており、『創造』の力、真実と叡智、知識、愛、調和、産出の喜び、『創造』の七層の情緒、絶対の、絶対の現れである。 これらの『普遍的価値』は全て『七層の法則の論理』と呼ばれている。つまり、『創造の論理』、『創造の内部と外部の論理』、『創造によって造られた生命の論理』などによって、『堅い第一物質』が造られたのである。『堅い第一物質』は、『身体に束縛された、全ての物質的生命の物質的源泉』であり、出発点であった。 物質的身体を纏った生命の第一物質は『酸』と呼ばれ、全ての生命を包む身体の源である。この『源』である『酸』は過去に於いて、多様な形態と種類の物質的生命を内蔵していたのであり、現在も内蔵している。 この『酸』が自己分割を行い、多様な固体を造った。それらの固体の結合によって、特定の形態と種類をもった、特定の生命形態が生まれ、また、全大時的に生まれ続ける。この『酸の細分化した個々のものは、アミノ酸と呼ばれる。 このアミノ酸の結合を通して、第1一生命である、単細胞生命が造られた。その身体の中で、第1一生命が、自己進化の中でアミノ酸の結合を繰り返して、多数-生命に、複雑細胞に、多細胞に自己を拡大し、身体の物質と形態と調和を保ちつつ発達した。 身体に束縛された最初の物質生命は下等の植物相であった。それは原初-植物-生命であり、自己進化を行い、徐々に高等化した。高度に発達した植物形態は、発生と消滅の七層の法則に従わなければならなかった。つまり、老化し、枯死し、死滅する運命にあった。そして、進化に従って、特定の植物は、新しい形態と酸を生み出した。 植物が死滅すると、新しい酸は、外界の影響と至る所に存在するアミノ酸との結合によって、新しい生命を生んだ。この新しい生命が死滅すると、分解してグニャグニャした、腐敗した物質になった。その物質が他の酸に侵入し、付近の物質とその酸の結合によって新しい過程が生じ、そこから新しい生命が誕生した。 この新しい生命は下等な形態を持ち、ゼリー状で、爬行し、忍び歩く自立的生命形態であった。その生命は、最下等の位置にある固体生命形態であり、身体を纏い、自立的な小動物、動物相の第1-生命であった。 動物相の第1-生命は、空気中、海中、地上で、また、それら三つの領域の表面上で、または三領域の中で進化した。それは、各種類と形態に応じて高度に発達する為であり、また、高度な動物になる為であった。 植物相と動物相が造られたが、『創造』は『自己発達と全七層的進化を意識し、自己形成を遂行するだけの知識を備えた生命形態』を造らなかった。『創造』はその様なものを造る理念を、まだ、真実としなかった。 『創造』は自己進化の義務を負った生命形態の生命維持を可能にするものを造った。それは、第一に生命維持に役立つ滋養物だった。 これは、植物相と動物相を造る時と同様に、論理的な成長過程の結果である。 植物相の出現の前に、原初物質と生命維持物質が最初に造られた。これらは植物の養分として役立った。植物相の存在を通して、動物生命を維持するものが必要となった。まず第一に生命の維持、身体の維持の為に滋養物の存在が必要となった。 新しい生命の誕生の前に、その生命の維持を可能にさせる物質の出現が必要であった。これが、『創造の七層の法則の論理的成果』であった。 こうして、自己進化の課題を与えられた生命を維持させる物質が最初に造られた。やがて出現する新しい生命は、特別の姿と価値をもつこととなった。 『特別の価値』とは、『新しい生命形態は、自ら考え、自ら行動し、自ら決定しなければならない』と言うことである。 何故そうするかと言えば、それは、新しい生命形態が、自ら意識的に発達する力を持つ為であり、更に、七層の法則に従って、知識、叡智、愛、調和を自ら形成する能力を持つ為でもあり、また、いつかは完全な統一体として、『創造』と一体化する目的を持って、自己のあらゆる面を進化させ、完全になる為でもあり、また、完全なる統一体である『創造』が、自己自身の統一体の中で、更に完全へ向かって進化を続ける為でもある。 『特別な姿』とは、『新しい生命形態は、七層の法則と調和をとりながら、万物を支配し、保護しなければならない』と言うことである。 また新しい生命形態は、生命と意志をもった様々な形態や姿を造り、そして、それらの生活環境などを造る能力を持たねばならない。 それは、進化と生命形成の為に、自己を意識し、完全に独立しなければならない。その生命形態の『生命』の中に、『創造の一部分(小さな創造の部分霊で、これが原初核としての本来の生命を形成する)』が内臓されているので、この生命形態は『創造』と結合されている。 この新しい生命形態は、オメダム(OMEDAM)と言う名称を与えられた。 オメダム(OMEDAM)とは、七層の秩序に従う『法則(OM)、そして(E)、履行(DAM)』を意味している。 従って、人間は太古以来、宇宙語で『ダム(DAM)』と呼ばれた。DAMは地球語ではホモ、人間と翻訳されている。 A-DAMは最初の人間と言う意味である。Aは『最初』を意味し、地球に関係がある。太古に於いて、人間の種族が遠い宇宙から地球に植民した時、地球は、このゾル(SOL)太陽系で人間の生命を維持できる唯一の惑星で有ったからだ。そこで、ADAMは地球人と言う価値をも意味している。 『創造』はOMEDAM(法則-履行、人間)と言う生命形態の理念を案出し、造った。OMEDAM(法則-履行、人間)と言う、生命形態は、全ての宇宙に7x7の多様な形に造られた。 全宇宙について言うと77 (40,353,607)種族が存在している。(宇宙の数を逆算すると823,593となる) これらのOMEDAMの肌の色は73 (343)種類である。 人間の肌の色は、種族の相違から起こるのではなく、解剖学的相違、巨人、小人、等やその他の特徴によるものである。これからはっきりすることは、地球上には、一つの、そして唯一の人間属が生きており、また同時に、この人間属は宇宙のいたる所に定住している。 地球には、この人間属の多様な種族が生活しているが、彼等は決して地球で造られたのではなく、他の宇宙の別な世界が彼等の故郷である。従って、彼等はそこから地球にやってきたのである。何故なら、惑星はそれ特有の人種を生産し、決して異種族を生産しないからだ。 OMEDAM生命形態、人間は二重性をもって造られた。つまり、二つの同類の形態、一つの統一体を二つの要素、プラスとマイナス、男と女に分割した。この二つは分割されているが、相互に結合しようとする性質を持っていた。両者は『七層の法則』に従って、生殖と進化活動を保証した。OMEDAM生命形態はまた、自己存在について他の二重性を持っていた。即ち、『霊的存在』と『物質的存在』である。 OMEDAM(法則-履行、人間)は、『万物の中で、万物と共に進化しなければならない』のである。換言すれば、全ての生命形態は、長い進化過程の課題を、統一的に達成する為に、一緒に、そして、お互いの為に、生活しなければならないと言うことである。 つまり、全生命形態は、『内部と外部』、即ち、『霊性と物性』の両面で、七層の法則を実行すべく、全体として一つに纏まり、連帯をたもたなければならないのである。 人間の生命は、自己の『霊』が進化を通して、完全を達成し、いつか完全なものとして統一的完成者として、『創造の情緒』の中に入ることを義務付けられたのである。 『完全なるものとして、創造と同じ方向に向かい、創造の完全への自己進化を促進する』のが、人間生命の目的である。その時、人間の生命、『創造』の統一体の偉大な団結の中に、自己統一体として参画するのである。 ![]() |
003 C『霊に関する教えと七層の戒律の遵守に必要な、初歩的前提条件の根本的価値を含む秩序規則のMEIERさんの解説』 『創造』の創世記はペタレという霊的生命からMEIERさんに伝えられたものであるが、人間として、どの様に認識し、生きていくべきかを、MEIERさんが解説している。全文を転載することはできないので、基本的な部分のみを抜粋する。 必ず『創世記』を読んで理解、認識に至る道を進んで下さい。解説は次の三つのポイントから成っています。 1)畏敬と尊敬は、全ての認識の根源的力である。 2)情緒(気持ち、感情)の平行化(バランス、釣り合いを保つこと) 3)霊の教えの伝授 C1 畏敬と尊敬は、全ての認識の根源的力である。 つまり、これは、もし人間が認識を獲得したいと思うならば、彼の『内部』に、『万物に対する畏敬の念が支配しなければならない』と言うことである。 肯定的要素(プラス)と否定的要素(マイナス)を含めて、万物は畏敬されるべきであり、万物が堕落(プラスかマイナスに傾くこと)していない限り、平等に尊重されるべきである。 合理的な思考能力を持っている人間なら誰でも、感情(情緒)面での基本的前提条件を満たすことが出来れば、高度な霊的価値の知識を獲得することが出来る。 この基本的条件とは、『万物に対する尊敬と畏敬の念』である。 この『畏敬の能力』は合理的な人間の中で、多くの能力と共に眠っている。その能力と力は、あなたの霊的情緒(霊的感情)の中で眠っている。 それらの能力と力は、あなたの物理的な眼で見たり、耳で聞いたり、手で触ったり出来る物体と同じ様に、霊的感情の中に存在する。 あなたは、自分にこう言うことが出来る。『もしも、私が確かな力(それは、私の中で休息している。もっとも、私がそういう状態にさせたのだが)を、私の中で発達させることが出来れば、私は全てを体験することが出来るし、高度な認識も獲得出来る。更に、私は知識、叡智、能力を手に入れることが出来る』と。 一番重要なことは、あなたが自分の中で、自分の能力を育むことである。それに着手しなさい。その為に霊の教えがあなたを指導する。それには、次の条件がある。 『あなたが自分の霊の中で、自分の思考力を働かせて、霊の教えを消化し、自分のものにすれば、理解力と才能が生まれ、それによって情緒に栄養を与えることになる』 その結果、あなたの中に能力が目覚め、それが力に発達する。 (中略) 次のことは、全ての人が理解すべきである。 人間は、自分の中に何等かの霊的力、能力を目覚めさせるまでは、自分の中に根本的秩序を立てなければならない。全ての物事の、最初の最初に、堅固な基礎がなければ、全ての訓練が無目的で、非現実的で無意味である。 霊の教えを完全に習得するには、唯、知識丈で出発してはいけない。つまり、最初の最初から始めなければ、霊に関係する全ての訓練は無意味で無益である。自分の人生において、どこかで瞑想や霊的活動を簡単に始めてはならない。 何故なら、まだ、その段階に達していないから。つまり、霊の教えに関するいかなる体験も認識も身につけていないから。たとえ、あなたが瞑想を行ったとしても、あなたはそれについて無知なので、自分を欺き、妄想を抱き、その結果、危険な幻想的恍惚感に陥る。この幻想的恍惚感はあなたを真実から遠ざけ、あなたの真の能力と力の発達を阻止し、眠らせてしまう。 霊の教えはそれ自身の中に真なる全てのもの、そして全てのものに関する全ての知識を含んでいる。そして、真実の知識について自ら懸命に探求し、霊の言葉を読み、理解することが出来る者なら誰でも、この教えの知識の中に万物の『原因と結果』を認識することが出来る。しかし、誤った教えに固執し、彼の情緒が真実の光に照らされていない者には、それは秘密の儘である。 (中略) 実際には、人間は霊の教えや霊的知識を、他の全ての知識や能力と同様に、絶えず探求し、発見し、実践している。 しかし、例えば、読書について言えば、彼が学習し、教養を高めなければ、幾ら読んでもその本の意味が分からない。霊の教えについても同様である。 理性豊かな思考力のある人間なら誰でも、もし彼が正しい訓練を選ぶならば、解読することが出来る。もし、彼がそれに相応しい、正しい道を探求し、実行するならば、誰でも霊の教えの奥義を発見し、その結果得られた力を活用し、その叡智と知識を自己の霊と情緒の法則として認識し、遵守することが出来る。 霊の教えと世俗的知識や能力との唯一の違いは、『理性豊かな人間なら誰でも、霊的知識と能力を無限に自分のものにすることが出来る点』である。 (中略) 真実を解明し、教化し、解説し、それによって人間が成長するには、二通りの方法がある。一つは、真実の解明を望む者は、専門家に心中を打ち明け、大家を訪ねることである。 但し、その大家は正真正銘の霊的指導者であること、決して誤った教えを説く指導者の門を叩いてはならない。(儀式的宗教を説くものは駄目) もう一つは、全ての認識と発達は、探求者自身、全く一人で行うべきである。真実の探求者は、この事をしっかりと胸に刻んでおかなければならない。この場合、高い認識に自分一人で到達しなければならない。 (中略) 認識にいたる道の扉は、唯、確実な秩序-規則に従うことによって開かれる。この道は、昔の人々に正確に教示され、それが不滅の、全大時的な霊の書物の中に記録されている。 太古(地球の文字による伝承の時代を遥かに越える昔)には、人間は霊の書物を重要視しなかった。何故なら、彼等は『創造の七層の法則と戒律』を自然の中に読取り、説き明かすことが出来たから。 現代の人間は非常に非霊的である。その為に彼は、無数の誤った教えを信奉し、オカルト宗教、オカルト学、秘術学、神秘思想の虜になっている。 外界の世界のいたるところに『創造の七層の法則』が眼に見えているはずなのに、或いは、霊的には眼に見えずとも、存在しているのが分かる筈なのに、彼には、外界の世界に最早見つける力も無いし、認める力も無い。 しかし、もし彼が認識の道を歩み、万物に尊敬の意を表し、畏敬の念を持って見るならば、そして、『創造の七層の法則』を見ようと努力するならば、彼はそれを認めるだろう。 あなたは唯、あなた自身の霊と情緒の中にのみ、その方法と手段を見つけることが出来るのである。 あなたに高度な霊的宝物が与えられる前に、そしてあなたがそれを活用出来る前に、あなたは最初の特定の能力を自分で目覚めさせ、発達させなければならない。 最初の特定の能力とは、あなたの『情緒の基本的気分』のことである。これはあらゆる認識の出発点として、最初の根本的要素である。これは、霊の言葉で言うと『畏敬』である。『畏敬』とは、『承認し、尊重し、尊敬するに値する全てのものを、承認し、尊重し、尊敬する』ことである。これが『畏敬』の意味であって、畏敬は崇拝ではない。 遠い昔から生命は、『崇拝は依頼心に堕落するが、一方、畏敬は承認、尊重、尊敬を促進させること』を学んでいた。何故なら、隣人を畏敬の念を持って注視する者は、その隣人を自分と同じ価値、同じ性質、同じ起源を持つ者であると見做すからだ。 尊敬が現れる場所には、いたる所に畏敬がある。畏敬は万物の中に現れている。 畏敬は善の中にも悪の中にも、全ての人間、全ての動物、全ての植物、そして宇宙に存在するありとあらゆるものの中に現れている。だから、万物に畏敬の念を表さなければならない。何故なら、万物の中に尊敬の念が存在しているからだ。こうして、ありとあらゆるものは、生きる権利を与えられている。従って、善も悪も進化の使命を果たしている。 尊敬は、生きる権利によって造られる。その権利は、『創造の意志』によって造られた。故に、その論理的結論は、『宇宙に存在する万物、森羅万象は、普遍的愛によって造られ、各自の特定の目的を達成することになっている。従って、万物は尊敬に値するのであり、畏敬の念をもって見なければならない。 もし、あなたが、物質的、人間的、世俗的な事柄よりも、『高度な事柄が数多く存在しており、また、あなた自身よりも高度な実体が数多く存在している』と言う深遠な認識を、自分自身の中で発達させなければ、あなたは、あなたを高度な霊的水準に前進させる力を決して発見することは出来ない。 あなたが真の知識を獲得できるのは、唯、あなたが畏敬の知識を重要視する能力を実践することによってだけである。あなたが認識の光を受けて、進化の道を示す案内者となる権利を、あなたは勿論他人と同じ様に持っている。 しかし、あなたがこの権利を獲得するには、まず秩序の規則と『創造の七層の法則と戒律』を守らなければならない。何故なら全ての法則は、霊的生活にも、物質的生活にも全く同じ様に確実に通用するからだ。 つぎのことは、あなたにとって重要である。 あなたは、高い認識に達する為に準備しなければならない。物質生活において、あなたが万物に畏敬の念を表すと言う行為は、生得的なものでは無いから、あなたはまず、これを育てなければならない。 この努力を通して、あなたは、認識の道に立ちはだかる最初の困難を克服するのである。自己鍛練によって、自分の中に畏敬の気持ちを造らなければならない。そうすることによって、あなたは、その気持ちを自分の情緒にしていくのである。 (中略) 外部から、あなたに教授、説明、指図などを提供することは出来る。しかし、それ以上のことは無い。何故なら、あなたはそれ以外のものは、全て自分で認識し、自分の思考を働かせて、自分のものにしなければ成らないからだ。そうすることによって、それは、あなたの知識となる。 従って、あなたが霊の教えに精通したいと願い、その知識を基にして、叡智、能力、力を発達させ、それらを十分に活用したいならば、あなたは自己鍛練を通して、『尊敬に値する全てのものに対する畏敬の念の気持ちを、自分の中に起こさせなければならない。あなたの環境、あなたの経験を尊重せよ。そして、それら全ての中から、何があなたから畏敬を求めているかを見付けよ。 あなたの同胞、動物、植物を尊重せよ。そして、それらの中に尊敬の念を探しなさい。あなたの同胞を卑屈な態度で批判し、非難してはならない。あなたが批判をするときは、バランスを保ちながら批判しなさい。それはあなたが。彼等の欠点を愛と尊敬の念を持って明らかにし、それを確認させ、彼等を援助する為である。このことは『畏敬と法則』の為に必要である。 そこであなたに。バランスのとれた否定的なことと、バランスのとれた肯定的なことを行うことを勧める。そうすることによって、あなたは完全にバランスのとれた行動をとることが出来、万物に対して、畏敬の念を感じることができるのである。 もしあなたが、どんなもの、どんな事柄に対しても、バランスを持って関係し、それについてバランスを持って考え、行動するならば、あなたは必ず自分の中に畏敬の念を造ることができる。 従って、あなたは決して善だけ、あるいは悪だけを見てはならない。あなたは善と悪を平等に、つまり、バランスを持って見なければならない。そして、この二つの要素から尊敬を認識し、承認しなければならない。何故なら、善も悪も『創造』が造った進化の為に、生命にとって不可欠な要素だからである。だから、あなたは両者を尊重しなければならない。あなたはその一方に偏ってはならず、両者を認識し尊重すべきである。そして、それをあなたの内面と外面の生活の規範にすべきである。 この秩序-規則はあなたの情緒の構成要素にならなければならない。あなたが自ら自己完成を達成する為に、長い時間をかけて自己を大きく変えるには、この秩序-規則を力にしなければならない。この大きな自己変化はあなたの内部に起こらなければならないし、また、それは合理的な思考生活から始まるのだ。 あなたが単に、表面的に万物に畏敬の念を表すだけでは不十分である。あなたは内面では、畏敬の念とは全く別のことを考えているからだ。たとえ、あなたが起きていようが、眠っていようが、或いは団体の中にいようが、独りでいようが、あなたは自分の内面に、つまり、自分の心の奥底に、畏敬の念を持たなければならない。あなたはここから始めなくてはならない。 (中略) あなたが、認識の道を進み、尊敬に値するすべてのものを畏敬するならば、外界からは全く知られずに、また、極めて静かに、あなたの内部に変化が起こる。あなたの内部の変化に気ずく者は誰もいない。しかし、霊の言葉を読み取ることの出来る専門家は別である。 あなたが昔と同じ様に自分の家業に従事し、義務を果たせるのは、あなたの変化があなたの内部で起こったからである。あなたの変化は、局外者の眼には見えないから、彼がその変化を認めることは出来ない。 尊敬に値する全てのものに、畏敬の念を表すことが、全ての認識の根本要素であることを、最初からあなたが知るのは容易ではない。それは、あなたがまだ、信仰に傾いているからであり、その信仰によって『認識は、それ自体、能力であり、純粋な思考現象である』と信じているからだ。 この考え方では、次のことが理解されていない。即ち、『全ての認識の源泉は、あなた自身の霊と情緒である』 何故なら、そこにのみ、万物の発生と消滅の根本的力が眠っているからだ。そこで、あなたは、『人生の秘密を解く鍵と人生を美しく生きる鍵とを自己の内部と外部に発見するだろう。 しかし、その鍵を見つけるには、あなたが自分の霊と情緒の中で生きることを始めなければならないのである。 あなたの霊と情緒は、あなた自身の想念によって造られた感覚を通して、活力を与えられ、知識と能力を用いて形成されて行く。この感覚は、霊と情緒を絵画的に表現し、価値的にそれらに順化する。従って、あなたは、自分の感覚と感受性を制御することを学ばねばならない。そして、必要に応じて、その強度と方向に応じて、適切にそれらの舵をとらなければならない。 あなたはまた、それらを意識的に造りだし、それらと協調的に働くことも学ぶ必要がある。そうすることによって、あなたは七層の法則に従って、外部の世界と共に自分を発達させることが出来る。 次に述べる価値は、あなたが霊の教えに精通する為に必要な原則である。 即ち、あなたに義務付けられた進化を通して、あなたが自分の内面を成熟させ、自己を完成させる為に、あなたは霊的認識に関する知識を求めよ。 しかし、決して知識の為だけの認識を求めてはならない。高い認識に到達することによって、得られた全ての知識は、誠実な態度をもって、あなたの進化に役立てなければならない。つまり、あなたが真摯な態度で行う、全ての真実の探求は、あなたの想念、あなたの意識、あなたの進化に確実に役立つものでなければならない。 このことは、あなたの知識と真実そのものに対して、畏敬の念をもつことを意味している。 * ***『情緒の安定』以下は、必ず『創世記』本文をお読み下さい。**** (亀川 正敬訳) ![]() |
004 宇宙人Semjaseによる「霊の教えのイントロダクション」 (Semjase,1975年3月26日15.20時の第十回コンタクトの文章#3-#271まで。 2002年に英語版とも比較し、翻訳の全面訂正したもの...H.Thoma) 3.人間は霊(Geist)の住処です。霊(Geist)は死ぬことがなく、肉体が眠っていても決して眠りません。霊(Geist)はすべての想念、すべての感情の動きを記録します。霊(Geist)の声に注意を払うことを学んでいれば、霊(Geist)が自分の想念が正しいかどうか教えてくれます。 4.人間の内部にあるこの霊(Geist)は、創造の王国の住処です。すべての人間は自分自身の霊(Geist)をもっているのです。 5.人間が、天上の天国について、そして自己の内部の天国について語るのは無意味なことです。人間が語るべきは創造、真実、知識、英知、霊(Geist)、意識と存在であり、これだけで十分なはずです。 6.人間の熱望は、永遠の生命、不滅の平和、決して消滅することなく保たれる霊的、意識的な豊かさへの絶えることのない喜びにあります。 7.天と地は消滅します。しかし、真実、知識、英知、霊(Geist)は決して変わることも消滅することもありません。 8.霊(Geist)と意識は、完全、調和、平和、認識と洞察、知識、英知、真実、美、愛、そして真実に生きる存在(SEIN)が近づいて来るのを、いまかいまかと待ち受けています。永遠に持続するこれらすべてのものを。 9.これらすべてが一体となって、霊的な智恵の王国をつくり出します:これらすべては、創造的なものの中に存在しているのです。 10.これらすべては、人間すべての独創性の、中の独創的精神として、あらゆる旋律の中の根源的な旋律として、すべての能力の、中の基本的能力として、創造の原理の、中の至高の原理として、あらゆる奇跡を越えた奇跡として、存在の中にあります。 11.創造が意識的に世界をつくり出すように、人間は夢の中で奇跡の世界をつくり出します。 12.この能力は意識の中から上ってくるのです。すべての奇跡が人間の中にあるように、意識もまた人間という存在の中にあります。 13.人間自体が一つの天国、すなわち創造するものの王国なのです。 14.だからこそ、はるか昔の地球の哲学者は言いました。人間とは、大宇宙の縮図としての小宇宙であると。宇宙の中にあるものはすべて、人間の中にあるからです。 15.人間の内部の次元は無限です。 16.創造のイメージとしての人間内部の霊(Geist)、これは次元のない存在です。これは、その中にあらゆる次元を含むと同時に、あらゆる次元を超越した存在です。 17.霊(Geist)とは、あらゆる奇跡を越えた奇跡、すべての力を生じさせる奇跡の中の奇跡です。 18.しかし、奇跡は、完璧な霊(Geist)の力の利用を意味しています。 19.しかし、人間は論理的に解明できない現象を奇跡と呼びます。 20.もし、人間が幸福を感じるなら、その幸福は彼の内部からわき起こってくるものです。なぜなら、幸福とは自分で作る状態であって、決して場所ではないからです。 21.喜びは、霊的な釣り合いから作られ、人間の内部からわき起こってくるのです。 22.ですから、すべては自己の内部からやってくるのです。 23.一見したところ幸福の原因となりそうな事物あるいは人物は、もしその人間が幸福に向かって霊的に努力してきたならば、人間の中の幸福がそれ自身をあらわしてくることの表面的なきっかけをつくるだけです。 24.幸福とは、人間の本質にかかわるものであり、切っても切れない霊(Geist)という存在の証拠です。 25.無限の喜びと無限の力が、この霊(Geist)という存在の中に内包されているのです。 26.人間は外見的には年をとりますが、それはただ一時的な現象にすぎません。 27.50年前に彼は存在しなかったし、50年後も-肉体は死んだ時-もはや存在しません。何故なら、ただ肉体だけが老化して虚弱になれるからです。 28.霊(Geist)は永遠に若いままであり、どんな老化現象にも支配されません。 29.老年期、そして青年期あるいは幼年期も、また苦しみも悲しみもその原因となる問題も、すべての周囲の状況や日々の経験のように、通り過ぎていくものなのです。 30.永続するものは、霊(Geist)という存在、真実、知識、英知、そして真実です。 31.これらを、人間は認識し築き上げていくべきなのです。人間を自由にするのは、これらのものだけなのですから。 32.霊(Geist)という存在を認識すれば、その人間にとって、老いはもはや危害を加えるものではなくなります。 33.苦しみも悲しみもその原因となる問題も、人生の、周囲の、環境の、そして世界などの変動も転変も、人間を絶望に陥れることはなくなります。 34.英知は、激烈かつ強大な力です。 35.英知とは光です。 36.光が輝く場所であればどこであろうと、暗黒も無知も消え去ります。 37.無知は暗黒そのものですが、英知の光は暗黒に打ち勝つでしょう。 38.英知は、霊(Geist)そして意識の存在の証明であり、幸福、真実、知識、平衡、美、調和、平和という特性をその内部にはらんでいます。 39.英知は光です。 40.英知はまた、霊(Geist)の存在を認識し、創造の法則に従って、霊(Geist)とともに歩む人間を特徴づけるものでもあります。 41.英知とは、霊(Geist)の力の利用です。 42英知と霊(Geist)は2つのものですが、一体です。太陽と太陽光という二つのものが一体であるのと同じことです。 43.太陽光は太陽熱があるからこそ生じるのであり、太陽熱はそれをつくり出すプロセスがあるからこそ生じるのです。 44.宇宙には、万物を創造する一つの存在があります。その存在は自らの力によって力を生み出します。その力は真実、知識、英知として表れ、創造の法則すなわち統一的な原理に従って、変動することなく均等に、永遠の時に生命を与え続けるのです。 45.この力に満ちた存在こそ、創造なのです。 46.したがって、ただ一つの存在が、宇宙のすべてをあまねく支配しています。ただ一つの創造、ただ一つの真実、一つの知識と英知があるのです。この存在は永遠に同一で変わることがありません。 47.永遠の真実は、変動することも変化することも決して支配されません。その法則は決して改定されませんし、新しい時代に合わせられることもありません。 48.一方、霊(Geist)の力は活発に変動します。英知を獲得するほどに、霊(Geist)の力もまた大きくなるからです。 49.宗教とその誤った教えを創造のための道具として提供され、それを通して英知が非現実的になるとき、それは人間の弱さの印です。 50.人間は力と自由と喜びと光を、それらが実際にある場所ではなく、他の場所で探します。 51.英知は、創造の一部が霊(Geist)として人間の中に宿っていることをはっきりと示す証拠となります。 52.ですから、人間が英知を高めていくべきで、彼は創造を認識するでしょう。 53.彼は真実の探究を増大すべきであり、そして英知の力について知るべきです。 54.真実の認識は、あらゆる制約からの解放をもたらします。 55.真実の認識は、無限の知識と英知をもたらします。 56.英知は、創造の法則を認識するための強力な手段です。 57.愛で満たされた人間は、英知の面でもまた豊かです。英知が豊かな人間は、また愛に溢れているのです。 58.それなのに地球人は、愛を知らないために、自分自身を欺いています。 59.地球人は真実の愛を知らず、理解することもないままに、占有したいという欲望や気持ちを愛と解釈しているのです。 60.人間は、たとえ創造という言葉を意識しなくても、真実と知識と英知を認識して初めて人間になります。英知とは、至上の愛なのです。 61.そうして人間は常に、悟りと認識が知識と英知と愛であること、また愛があるところに英知もまたあることを知るのです。 62.愛と英知は互いに補完する関係にあります。創造とその法則は同時に愛と英知なのです。 63.英知と知識があるところには、愛と認識があります。愛と認識があるところには、創造があります。 64.愛と英知の成長は、人間に創造を認識することを教えます。 65.でも最初に、人間は真実を学び、それによって、彼は自由と平和を得て、不滅な平和、無限の力を掴むでしょう。 66.英知と愛の両方が、創造的な本質と性格の二つの左右の翼です。 67.英知と愛によって、人間はすべての創造物の上に立ちます。 68.英知と愛は、人間は創造と自然の法則の満たしに向かってますます専心するでしょう。何故なら、霊(Geist)と創造が一体だからです。 69.地球人は、自分が知らない愛について語ろうとします。 70.彼の感情が愛であると思い込み、それによって自分を欺くのです。 71.愛は,言葉では表現できません。何故なら、愛は、幸福と同じように自分でつくり上げた状態であって、場所ではないからです。 72.愛は不滅です。そして、何ものも、愛を別のものに変えることはできません。 73.霊(Geist)の力の正道が真実、知識、英知、愛の認識へと導くのです。 74.この霊(Geist)の教えの考えと任務は、真実、知識、英知と愛を広げることにあるのです。 75.もし、これが失敗し、もはや助けにならないとしたら、宗教の間違った教えによる場合と同じように、悪いカルトが間違った教えによって霊(Geist)を隷属させ、無知をつくり出します。 76.もし霊の教えが霊的知識を広げる機能を講師するならば、その教えは創造的な秩序の強力な道具となります。 77.霊の教えは、認識、真実、知識、英知と愛を、永遠なもの、不死なもの、そして不滅なものとともに、死を乗越えそして光を放つもの、その中に英知と愛のバランスを体現ものと共に、広めることにあります。そして、それらが、すべての理解を超える平和を広めるのです。 78.人間は誰でも、平和とはどういうものか、人間的な経験に従って知っていると信じています。 79.しかし、永遠の存在、霊(Geist)、すなわち不死なる創造の、英知に基づく平和を理解するのは、普通の人間の理解力を超えています。 80.なぜなら、彼が宗教の誤った教えや人間的な物質的なものごとに捉われているからであり、これらが、自分の内奥の経験に従った理解を彼から隠しておくからです。 81.真の認識と英知を得るための真の鍵となるのは、経験です。 82.無数の奇跡が、霊(Geist)の王国に含まれています。 83.人間の周囲にある可視の宇宙空間は、奇跡に満ちた限りないこの創造という霊的知性の中にあっては、単なる小さな染みにすぎません。 84.このような小さな染みのごとき宇宙空間が、この限りない創造という霊的知性の中に、何十億という単位で数限りなく散らばっています。 85.人間が肉眼でとらえることのできる宇宙空間は、無限の中のただ一点にすぎません。 86.人間が肉眼で見ることのできない宇宙空間は、計り知れず、理解できず、想像もつかないものであり、物質を志向する人間の知力や理解力ではいたずらに混乱を招くだけでしょう。 87.人間が見ることのできる宇宙空間は、何十億という単位の数限りない空間のうちのただ一つにすぎません。なぜなら,限りなく強大ですべてをつくり出す、この創造という存在の霊的知性の中に、宇宙空間の中の宇宙空間、宇宙空間の向こうの宇宙空間、宇宙空間の下の宇宙空間、宇宙空間の上の宇宙空間、宇宙空間の外の宇宙空間が散らばっているからです。 88.この巨大な霊(Geist)、そして創造という存在すなわち霊的知性から発せられるこの強大なカと、人間は結び付いています。なぜなら、創造というこの霊的知性の一部が、人間の中に霊(Geist)として宿り、人間に生気を与えているからです。 89.人間に宿る霊(Geist)の力、その喜び、その平和、その自由、その英知、その知識、その能力は、霊的に無知な者、論理的でない者、批判者、知ったかぶり、宗教にとらわれている者、退化した者、その他すべての誤った道に導かれた者にとっては、想像を絶するものです。 90.この真実を認識し、そこから知識と英知と愛をつくり出した人間だけが、恵まれた者となります。 91.彼は、科学や哲学や質問する人々の究極的な問題に対する解答を知っています。 92.そのような恵まれた人となるためには、真実を求めて発見し、そこから知識と英知を愛を得ることが必要です。何故なら、人間は真実と知識と英知と愛の中でのみ、霊的に成長できるからです。それによって、彼はすべての人間的弱さから解放されるでしょう。 93.もし、人間が-想いの中で-絶え間なく常に、永遠な創造の-霊の現実の中に住んでいるとしたら、その人間ははじめて光を与えられ、完全に解放されます。 94.霊的知性は、法則的な霊(Geist)原理から光りを与えられ、霊的知性は、創造的な存在、完全さ、創造するもの自体の力に方向付けられます。 95.これに対立するのが人的知性です。人的知性あるいは人的意識は、一般に物質世界の個々の事物にのみ向かいます。 96.その結果、人間はあらゆる方面で制約を受け、阻害されます。あらゆる種類の不幸、弱さ、隷属にとらわれ、抑圧され、苦痛を感じ、責めさいなまれるのです。 97.したがって、人間の自己分析が、真実を発見し、霊的な進化の道を辿るために根本的に必要な方法の一つです。 98.そのためは、絶えず自分の想念を考察し、それがどのような種類のものであるか見詰ることが要求されます。 99.最終的に自分が常に創造的-哲学的な原則と現実、そして創造の-自然の法則によって導かれ方向付けされ、決定されるという事実に、人間は留意しなければなりません。 100.自分の固有の霊(Geist)の息吹とともに、自分の固有の霊的存在(SEIN)とともに、自分が創造するものに所属していると言う、連続的な意識的な気持が人間の中で支配しているべきです。 101.自分の本質的な霊的な存在(SEIN)が、創造するものと不可分の―体であることを、霊的にはっきりとしていなければなりません。この意識によって、物質的な外の世界を克服するためにです。 102.この創造的-哲学的に満ちた真実と認識が、常にすべてのものの最初として、人間の思考、感情、行動を支配すべきです。 103.霊と一体となっている者だけが、認識を持続し、善行を積むことができるのです。なぜなら、その者は自分の内部に創造の可能性を秘めているからです。 104.無限の宇宙のどんな否定的なものも、もはや彼を妨害したり、隷属させたりできません。 105.これに加えて、創造的-哲学的意識は、実践的に、ダイナミックに発展します;すなわち、すべてのものごとの中ある一つの実体の知覚から成り立っている、神秘的な意識です。 106.ですから、人間は、実践的哲学者と神秘思想家であらねばなりません。そして、この変転し消えていく種々の事物の中にある現実を直視しなさい。 107.そもそも人間とは何でしょうか。 108.姿と名前、それだけです。 109.それでは、人間から名前と姿を取り上げたら、何が残るでしょうか。 110.残るのは、基本的なエッセンス、存在 -霊(Geist)です。 111.霊(Geist)という存在に気がつかない人間は、どんなに微弱な風にさえ、あちらこちらと吹き飛ばされて、拠り所もなく絶望のうちにさまよいながら、それでもどこかにすがれないかと探し回るのです。しかし、このような人間は、根本的な真実を探し、発見しようとするまで、すがれるものなど見つけられないでしょう。 112.数限りない人間が天上の星を見上げますか、そこから、何らかの成果や認識を得ることはありません。 113.しかし、天文学者であれば、空を見上げることから新しい世界を発見し、それについて書物を記したりもします。 114.天文学者に見えるもの、認識できるものが、空を見上げることはできるとしても、ほかの人には見ることも認識することもできないのです。 115.よく見える目をもっているにもかかわらず、彼らには見えないのです。 116.これと同じことが、普通の人間と霊的な人間の関係に当てはまります。 117.霊的な創造の法則に従って真実の中に生きる人間は、周囲の生物の中に、事物の中に、思考行動の中に、人間自体の中に、自然の作用の中に、そして考えられるかぎりのすべての状況と現象の中に、創造するものを見つけ、それを認識できます。 118.一方、霊(Geist)の存在に気がつかない普通の人間や、宗教その他の誤った教えにむしばまれている人間は、見ることも聞くこともできず、真実のほんの一部さえ認識できません。 119.このような人間の生活は、人間的-物質的な道へと押し出されすぎるので、霊的でありません。 120.そのために、目も見えず耳も聞こえず、無知のままに生きているのです。 121.創造の法則に従う人間は、最も幸福に満ちた、最も恐怖を知らない存在です。 122.そのような人間の意志は決して屈することがなく、その努力専心は計り知れないほどで無限です。そして彼の英知と愛は常に一定で完全であり、宗教その他の誤った教えに惑わされた人間のように気まぐれに変転することも疑惑にさいなまれることもありません。 123.彼の心は、果てしない大海に等しく、決して平静を失うことがないのです。 124.恐怖におののくこともありません。 125.その人間は、彼の霊的な気質(Sinn)をさらに大きく広げ、いかなる堕落した否定的な力も、もはやそれに影響を与えることはできません。 126.その霊的な気質は、マイナス方向へ逸脱するいかなる思考にも、ブラス方向へ逸脱するいかなる思考や行動にも、決して影響を受けないのです。 127.調和のとれた気質こそ、創造するものの中に--創造への専心の中に、創造の英知と知識の中に、創造の愛と平和の中に、すなわちすべての物質的な壁と人間の環境を超えたものの中に--根ざしており、有効に、霊的な進化を促すのです。 128.だから人間は、つねに霊性を高め発展させるべきです。 129.霊(Geist)、すなわち永遠の創造の発展の源泉となるものは、人間の最も内側の存在自身です。 130.一方、人間の最も外側の存在は、あらゆる可能性が制限されています。なぜなら.それは自分ではなく、表皮にすぎないからです。表面的部分とは、肉体、限界、自分を惑わすもの、あるいは苦難と苦痛の源泉にすぎないからです。そして認識にも、意志にも、献身にも、自由にも、愛にも幸福に関しても制限されているからです。 131.仲間の人間をただ外面で、物質てきに見るならば、彼はその人間の物的側面としての、形と姿以上のものには見えません。 132.しかし、彼がその同じ人間を認識の霊的な眼で見るならば、自分の中にあるこのすべてを証明する意識が他の人の中にも、たとえ、その人が自覚していなくても、宿っていることに気がつくでしょう。こうして、彼が仲間の人間を見る見方が完全に違ってきます。 133.そのとき彼は仲間の人間をただの男、女、少女、子供として見ることはなくなり、創造する力をもつ霊(Geist)の住処として見るようになるのです。その霊(Geist)は自分を知り、自分の存在を知り、機会さえ与えられればいつでも誰を通しても自分を示したいと望んでいるのです。 134.真実を知る者は、自分の知識と認識から仲間の人間を見ます。何故なら、人々の中に創造するものを見ることができるからです。 135.すくなくとも、彼は、真実を認識していなかったころに知っていたよりも現在の方が多くを知っています。 136.ここから、無知とは永遠に変更されえないもの、ではないことが実証されます。 137.真実を受け入れる意志さえあれば、人間はあらゆる無知から自分を解放することができます。 138.人間はあらゆるものから自分を解放できるのです。どんなものでも人間から取り去ることができます。ただ、創造的な意識、霊(Geist)、自分の内奥の存在、彼の中のそれらの純粋に霊的な創造の領域のものだけは取り除けません。 139.全財産を奪われ、自分の家から放り出されても、誰も自分自身の内奥にある霊(Geist)の王国から追い出されることは決してありません。 140.だから人間は創造であるものを常に意識しなさい。それがなければ、彼は呼吸もできないし、考えごともできません。認識することも、見たり聞いたり経験したりすることもできないのです。 141.だからこそ、いつの世でも、偉大なる賢者が言うのです。「人間にとって、創造的な霊(Geist)は自分の息よりも身近だ」と。 142.この至上の意識から人間は決して逃れることができません。遅かれ早かれ、人間はいつか必ずこの創造的な現実に直面するからです。風何故なら、それは、自分の生命の中の生命であり、自分の霊(Geist)の中の霊(Geist)であり、自分の意識の中の意識、自分の光明の中の光明、すべて生命の中心的な思考力、すなわち人間の思考をはるかに超える存在なのです。この存在と比べたら、人間の-物質的な-知性による思考など、完全に無意味なものになります。 143.この存在、すなわち霊(Geist)は、肉体の眼の光なしにも生きていくことかできます。同様にまた、霊(Geist)は聞くことや、腕や脚がなくても、それどころか外面的な意識の外面的な理解が無くても生きていけます。 144.霊(Geist)に生き続ける能力を与える何ものかが常に存在するからです。すなわち、それ自身の創造的な力です。 145.人間の中の、この自己認識、すべてを見つめすべてを感じる霊(Geist)の意識は、自己の思考や感情の動きを見つめ、自己のすべての思考の背後にあって、知識の有る無しを人間に告示する意識であり、すなわち創造するもの、霊的な意識なのです。 146.霊(Geist)は全知全能であり、同時にあらゆるところに存在するということ、そのために霊(Geist)は限りない幸福となり、限りない美となり、限りなく大きな価値すなわち万物の価値となるということ、これらのことを人間が繰返し考察することによって、創造という言葉は絶大な意味をもつようになり、人間を内部で大きく進化させることになります。 147.霊(Geist)と創造という言葉を自己の中に刻みつければつけるほど、彼の内部に、大きな意味をもつ心理的な変化が起こるのです。 148.彼の感性と彼のすべての感覚が変わります。 149.そのことを通して、彼の霊的な知性が澄み渡るほどに、彼の人格は力を増し、彼の人生も恵まれるでしょう。 150.霊(Geist)の意識あふれる賢者ともなると、十億年後となるかもしれぬ遠い未来の出来事を認知し、眼前に、生命形態と人類のいっさいの過去を想起しています。 151.賢者には、このように偉大な知識が与えられているのです。 152.でも.どうしてそんなことができるのでしょうか。 153.このような人間には、自己の内部すなわち霊(Geist)の中に、そのために必要な条件か備わっているのです。 154.まぶたを閉じていても光が知覚されるように、すべての人間の中には創造的な存在、すなわち全体の霊の王国が厳然と存在しています。ただし、それを知覚できるのは、内部の眼によって自己の内部を見る能力を備えている者だけです。 155.それはすべての必要条件を備えている者だけに、有用なのです。 156.すべての人間は、霊(Geist)の王国を自分の中に宿しています。しかし、無知、思い違い、不完全、災い、あらゆる種類の過失と制約のために、霊(Geist)の王国は覆い隠され、抑え込まれているのです。真実を認識し受け入れることによって、こうした諸悪を善へと転じなければなりません。 157.さまざまな災いのすべては、人間が、自分のかなに、堕落したすべてのものに対抗し、中性プラスの状態へと導く能力を発展させることによって、解決され、解明されなければなりません。 158.霊(Geist)を経験する進化の道は、意識的に真実を模索し、真の知識を集める努力を重ねることによって、加速することができます。この努力によって人間は、万物の中に創造が存在するという認識に基づく、すべてを包括して宇宙全体に広がる英知と愛へと導かれます。 159.創造、真実、英知と愛、霊(Geist)の王国の中で、あらゆるものと人間は一つです。 160.真実と英知、人間が空間と時間と肉体によって互いに分離されていること、これは内的な経験を通して乗り越えられます。 161.英知と愛がひとつになり、知識と真実がひとつになり、霊(Geist)の英知と愛が、経験を通して、統一体へそして創造自体へ、宇宙に広がる喜び、力、完全へと導くのです。 162.ところが、創造的なものを知らず、誤った教え、すなわち霊(Geist)を隷属させる宗教にとらわれて誤った道を歩む人間は、非常に多くの過ちを犯し、間違った場所で真の宝物を探し続け、そのために自然と創造のあらゆる秩序、規則、法則を破ることになります。 163.そのような人間は、人間社会の法津と習慣をいかに厳密に守ろうとも、宇宙における創造の法則、規則、秩序を破り続けるために、人間の苦しみや不安、問題、恐怖、誤った教え、誤ったふるまい、人間的弱点、不幸、霊的な無知、霊的な隷属と制約にとらわれるのです。 164.あまりにも非現実的な宗教そして人間的な無知によって、まさに最も貴重なものが把握されないのです。 165.誤った道へと導く宗教と無知とが、最も貴重な宝物の源泉、生命の中の生命、すべての知性の中の光明であるもの、すなわち霊(Geist)と創造を人々から隠しているのです。 166.人間は、日常生活におけるすべての状況とその経験を、創造的なものであるとして受け容れるべきです。 167.いつでもどこでも、どんなことに直面しても、自分自身を見つめるべきです。 168.人間自身、万物の中におり、万物の中にある創造的なものを呼び起こし、そしてそれを認識し経験しなさい。 169.だから、創造は万物の中にあり、万物は創造の霊(Geist)によって生かされています。万物はすべてにおいて一つとなるのです。 170.しかし、人間が霊(Geist)の道を知らなければ、どうやって自分自身を万物と同一視すべきか、という問題があります。 171.たいていの場合、人間は自分を自分の肉体と同一視するのが常です。 172.しかし、人間が真実に入ろうとし、創造という存在(SEIN)と霊的な現実に内的に分の意識を合わせるようとしたならば、何が起こるでしょうか。 173.全世界がいつのまにかこの本当の現実、つまり「霊的な真実」の中へと溶け入るのです。 174.創造的なもの-霊的な一つで唯一の原理が全世界を支配します。 175.それでは、人間は自分をどうやって万物と同一視すべきでしょうか。 176.まず、自分という存在が実際にどのようなものであるかを凝視すべきです。 177.たいていの場合、人間は自分を自分の肉体と同一視しています。 178.彼は自分の肉体を宝物のように世話をし、食べ物を与え、身を粉にしてそれに尽くします。 179.誇らしげに安物のがらくたを飾り付け、くだらない妄想で粉飾します。その一方で、自分の霊(Geist)を萎縮させているのです。 180.彼はほんの少しの痛みで腹を立て、不機嫌に他人に当たり散らし、時には泣いたりわめいたりし始め、自分を哀れみ、自分の人生を自分で奪うことをします。 181.彼は肉体を、何とも名状しがたい光輪で、また、虚栄、恐怖、不安、プライド、そしてさまざまな問題で包んでいるのです。 182.更にしばしば、すべてのものをただ、彼の肉体の周りに置くのです。 183.さらに、自分と肉体とを同一視するだけでなく、物質的な財産まで同―視することもあります。周囲の人々がそれにうっかり触れたからと言って、腹を立てたりします。 184.一方、霊的な真実を認識する人間はどうでしょうか。 185.そのような人間は、世界の、そして宇宙のあらゆる事物や生命形態と自分とを同一視するでしょう。 186.創造的-霊的な英知に満ち、知識と真実と愛と認識に満ちた人間は、過去において万物は真実から生まれたこと、現在も未来も万物は真実から生まれ続けるだろうということを認知しています。 187.こうして、彼はあらゆるものそしてそれぞれと一字分を同一視します。 188.そのような人間は、自己の深奥の霊的な意識において、常に万物と各々と一つになっているでしょう。 189.自己の深奥の霊的な意識と、宇宙の万物とが同一であるとみなすのです。その一方、物質に意識を向ける他の人々は、自分と自分の肉体とを同一視し、お金や全財産や誤った言葉や誤った教えや自分の声の響きと、自分とを同一視するでしょう。 190.しかし、人間が自分を宇宙の万物と同一視するならば、憎しみも欲望ももはや彼の内部に宿りません。何故なら、彼は如何なる個別の差をも作らないからです。 191.彼は万物の中の本質と一つになったからです。 192.他の人々が何物かを自分だけの所有物であるとみなすかもしれませんが、霊的な思考をする人間はその物をその物の内部の真実と同一視します。ですから、彼は内部にすべてを所有していることになります。 193.自分を真実と同一視することによって、すべての恐怖が霊的な人間はから消え去ります。 194.その人に対して、石を投げるために掲げた敵の手は、創造と霊(Geist)の真実によって逆に操られ、手を掲げた当人に降りかかってきます。 195.霊的な人間は保護されているのです。自然全体と調和しているのです。敵対する者でさえ最後には彼に頭を下げることになるのです。 196.攻撃を仕掛けることが、かえって霊的な人間の霊的なものをますます強力に高める結果を生むからです。こうしてすべての邪悪で卑劣で堕落した者に打ち勝ちます。 197.結局のところ敵の行為は、霊的な思考をする人の成長と、真実を認識させるのに役立つだけする。 198.彼等は霊的な思考をする人に邪悪なこと、厄介なこと、悪いことを仕掛けようとします:彼等は批判、知ったかぶり、虚偽、中傷、異議、誤った主張、誤った教え、冷笑、非難によって霊的な人間をつぶすことかできると思っています。しかし、そのような行為は自分たちの損を招く結果になります。なぜなら.その行為によって自分たちの愚かさと無知とが露呈するからであり、また、霊的な思考をする人がその経験を通じて学ぶために、その霊(Geist)と意識がいっそう偉大に力強くなるからです。 199.このような真実は、多分暗示ではありませんか? 200.そんなクレームは妄想でしょう。何故なら、それは間違いだからです。 201.ここでは絶対的な真実を扱っています。 202.間違ったことを考える者、誤った教えに導かれる者、そして宗教にとらわれる者の人生は、総じて、悪質な悪い暗示に満ち、思い込みの概念に満ち、誤った教えと異常な仮定に満ちています。 203.これらの損害を克復する唯一の可能性と唯一の方法は、基本的に人間の造り話を廃止する真実を認識することであり、それに従い、創造的-霊的な至高の力に自らをゆだねることです。 204.すべての非現実的な暗示と俗人的な想像は、「私は、その部分として、霊(Geist)として私を生かす創造の一部である」ということで正されるでしょう。 205.創造的と霊的な力、真実と現実を除いてすべては想像であり幻想であるという知識は、人間が人生で発展させようとする熱意を減じることは決してありません。それどころか、予期しないほどに高まるでしょう。 206.現在も真実であり将来も真実であることだけが、真実とみなされます。永遠に信頼できること、いかなる場合でも決して改変の必要がないこと、それが真実です。 207.真実は、別の時代や新しい時代に適合させる必要がありません。何故なら、真実はあらゆる時代を通して不変だからです。 208.真実は永遠に同じであり、他の言葉で語られても常に同じに響きます。 209.真実は、人が何時の時代にも、何処の場所にもでも作り上げることができる、岩です。 210.真実は人生以前に存在し、人生以後にも存在します。 211.短い期間しか存続しないものは、危険であり、悪意のある騙しであり、誤った教えです。 212.創造と真実は、今日もあしたも常に同じであり、常に不変であり、常に同等の価値をもつものです。 213.創造と真実は、その名もその形も変りません。何故なら、創造と真実は名もなく、形もないからです。 214.だから人間は、創造であるものをつかむべきです。何故なら、創造であるものだけが真実だからです。 215.真実は、創造それ自体と同様に不滅です。真実は、永遠であり完全です。真実は人間がすべてのエネルギーを使い、意志のすべてをかける価値をもつものです。何故なら、真実は決して人間をだまさないからです。 216.だから人間は、真実をつかむべきです。万物の中にある永遠に持続する静寂、喜び、知識、愛、強さ、英知によって、悠然と揺るぎなくありなさい。 217.創造であるものは、終りのない英知と真実以外の何ものでもありません。真実には一点の誤りもないのですから。 218.だから人間は、創造の英知から力を引き出し、自らの固有の霊(Geist)の中に英知の光を探すべきです。 219.自分の手をわずかに動かせば、もう十億回も創造であるものに触れることになることを、霊的な人間はよく分かっているのです。何故なら、創造であるものがいついかなる時も、どこの場所にも存在しているからです。 220.永遠で筆舌に尽くせない力に溢れた創造であるものが、自分が行くところどこにもでも存在するという真実を知る時、霊的な人間は喜びに満ちあふれます。 221.創造であるものは、永遠の平和であり、永遠の認識に満ち、完全の極みなのです。 222.それは、自己の内と外にあまねく存在する至高の霊的な意識という、あらゆる奇跡の泉です。 223.霊的な人間の喜びは、霊的生命そのものと同しく永遠です。 224.霊的な進化を速めようとするために、霊的な人間はあらゆるもの、個々の物を創造であるものとして見ます。 225.彼が何かを見た瞬間に、彼は創造であるものを見るのです。 226.あらゆる事物の背後に、その現れた形の中に、創造であるものが彼の前にいつでもたっているのです。 227.ですから、霊的な人間は、至高の霊的な経験をしようとして、あちこち走り回ったりする必要はなく、彼が今居るところに、認識と経験を集める最善の場所を見つけるのです。 228.霊(Geist)は、その人間の中で成長するのであって、どこか別の場所においてではありません。 229.自分の思考と行動を通じて、人間は自己の霊(Geist)を育まねばなりません。 230.この認識によって、その人間の態度は聖域へと進みます。そして彼とともにある万物-あれの足元の地球さえも-が崇高なものなるのです。 231.霊的な人間は、創造と自己の内部に宿る霊(Geist)とを経験すべき時を、将来にではなく、”今、此処に”見ています。そのことを通して霊的でない普通の人間にとっては--彼が遠い将来の中に生きていると--しばしばまったく誤解されたのです。 232.霊的人間に、時間とはいつかではなく、いつも、この瞬間です。 233.霊的な人間にとっては、真実を見るために、もはや肉眼を必要ありません。 234.霊的な人間は、自己の内部で真実を探し始め、真実を少しずつ明らかにしていきます。何故なら、彼の霊(Geist)は彼にとってすべてを見られる存在だからです。 235.どこで発せられた言葉であっても、彼に聞こえない言葉はなくなります。 236.より早い進化のために、霊的な人間は耳に届くすべての音を真実の音として聞きます。こうすれば、あらゆる音が霊的な意識の中にまで到達して、そこにとどまります。 237.同じように、あらゆるものを創造であるもの、そして真実そのものだと彼に想い起させます。 238.あらゆる状態を創造的な状態であり、あらゆる機会は創造的な機会です。 239.この認識の中で、霊的な人間は生きて生活し、それによって、自分の内部を歩くのです。 240.偉大なもの、霊的にあるものは、人間の心の中に小さなものとして宿ります。何故なら、真実を認識の中で永遠なものが、有限なものの中に宿るのです。 241.この永遠の力は、どんな人間の中にも宿っています。しかし、それを認識している人間はごくわずかです。 242.永遠なものを呼び覚ますためには、合理的な論理が必要であり、また、誤った教えから自由であることが必要です。 243.永遠なるものを呼び覚まし、それを効果的にさせることが人生の目的です。霊的な完成が人生の目的です。 244.霊(Geist)において豊かな人は、自ら一つの楽器になり、それを通して創造が霊(Geist)の王国を表現してくれるのです。 245.創造のこの至高の智恵の価値が、天国を生じさせるのです。 246.霊(Geist)において豊かな人は、あらゆる制約や物質的な自我意識の境界から解放されており、そして、このようにして、常に創造自身と接しているのです。 247.人間の場合は、物質的な原理の重さが覆い被さっています。 248.そう遠くない将来に、地球の科学は物質に置いての、この原理を発見するでしょう。 249.創造はすべての被造物に含まれています;自らを展開させ進歩していく万物に、です。 250.制限を受けることのない霊(Geist)、そして創造そのものだけが、真の自由、真の完全、眞の認識、力、愛、知識、真実、英知を意味しているのです。 251.これらの特性はすべて、創造するものの絶対性の中で、創造なるもの自身なのです。 252.したがって、真にその人生の中で何かすばらしいものを獲得したいと望むのであれば、人間は自ら霊であるもの、制限されないもの、そして制限しえないものに依拠しなければなりません。 253.制限されるもの、制限されるかもしれないものはすべて、非現実の幻想やさまざまな問題をもたらします。 254.魅力的に見えるものは、いつか問題や幻想を生む源泉となるでしょう。 255.すべての形態の有限なものは、最も内的な本質にとっては不自然な存在であり、そのため、人間は、非常に厳しく自分を傷つけることになしには、これらのものを真実と認め、愛することは出来ません。 256.有限のものはいつでも必ず何らかの短所を抱えています。何故なら、有限のものはすべて、さまざまな問題や困難を伴うからです。 257.人間が有限のものを愛したり、所有すれば、少なくともそのものは、絶対に消滅するという短所を持っています。 258.人間が人間的な愛の意味で、有限のものをいくら愛することができても、時間くればそれは消滅し、人間はそれを惜しんで悲しむのです。 259.有限のものは、別の観点から見ても短所をもっています。 260.有限のものは、たとえすぐさま消滅しなくても、少なくとも変化します。 261.もし、有限のものが、瞬間的に人間的な愛で満たされたとしても、次の瞬間には人間的な憎しみにとって変られ、憎しみで満たされるかもしれません。 262.それが物であれば、その物は変化し消減するでしょうし、それが人間であればその人は隣人への態度を変化させるでしょう。その結果、悲しみと苦しみだけが残ります。一方、制限されないものは決して変転することも変化することもありません。なぜなら、制限されないものは永遠にその本質を変えず、その価値も絶対不変だからです。 263.人間が英知と真実に目覚め、霊的な知識をふやしていくならば、普遍の愛に導かれ、彼の人生が、自分と他人に至福をもたらすならば、その者の真実の認識は熟したと言えます。 264.その時、その者は自分が内部に創造の部分、霊(Geist)、つまり霊的な王国を意識するようになります。 265.霊的な愛と英知の中に、創造は存在します。 266.霊的な光りと霊的な愛を得るために決意して取り組む者には、創造への扉が開かれます。 267.人間が真実を愛するならば、そのときには彼は完全であるもの、奇跡に満ちたもの、そして自身の中の霊的な王国を具現しているものを愛するでしょう。何故なら、そうすることがまた英知の王国へと至る道なのですから。 268.人間は、創造的な存在を意識し、万物から霊的な知性の輝きを引き出すべきです。 269.広大で、無限で、そして開かれた宇宙空間にあって、創造であるものの眼が人間を見つめているということ、また、創造は真の知性であり、そして、すべてを安全に見守り、その感覚を備えられ、すべてに答えることができる、その眼で彼を見ていると言うことを人間は認識すべきです。 270.ですから、人間は、創造であるもの視線の下で、意識的に、霊的に生きるべきです;無限の力であり、人間が絶えず意識していなければならない、霊的なものの意識をもって生きるべきです。 271.そうすれば人間は、決して力を失うことがありません。 ![]() |
005 人間という生命の構造 物質意識(大脳領域) 想念と理念生成、ならびにその活用を司る。常に物質的潜在意識と連結しているがその理由は、物質的潜在意識からのインパルスがなければ、見聞した事柄から何かを得ることかできない為。 物質潜在意識(小脳) 各自が生活の中で経験し、身につけたすべてのデータ、論理的であるなしにかかわらず、聴覚、視覚、触覚を介して得たデータが蓄積されている。物質領域内のコミニュケーションと霊領域との連携を司る。 検閲(大脳と小脳の間) フィルターおよび安全装置であり、想念と情念の恣意性を弱める機能をもつ。例えば、人間が行動する場合、行動しようという考えは物質的意識によって把握される。するとこの考えは物質的潜在意識に流れ、再び物質意識に戻ってくる。(この往復は繰り返される) 従って、この考えはニ回の検閲を受ける。二回の検閲を通じて残されるのは、全データのおよそ四分のーである。この検閲機構が事故、薬剤、薬物または長期に渡る病的思考によって損なわれた場合、その人間は獣化する。 *恣意性= 瞬間的、無制御、独断的の意味 *非恣意性=思慮深い、慎重な、非独断的の意味 病的な意識錯乱(いわゆる精神病)の場合、検閲機構はその後位にある潜在意識を封鎖する。 中心意識(脳幹) 物質領域から霊領域へと移行するデータ、および霊領域から物質領域へと移行するデータの全ては、二種類の中心意識を通過する。 物質的中心意識(脳幹) データが霊領域へ移行できるか否かをチェックする。移行できるようであれば、そのデータはここで霊的な言語および記号の形に翻訳・変換される。物質領域に於ける錯乱である、いわゆる精神病は、ここで完全に封鎖される。霊自体は病気にかかることはないからである。 霊的中心意識(脳幹) どのデータがインパルスになって物質領域へと移行できるかチェックする。データは物質的言語または物質的概念に翻訳される。霊領域から発した知識のデータは、霊的中心意識を通過し、さらに物質的中心意識を通過して、インパルスの形で物質領域に到達する。 インパルスは更に物質的潜在意識と検閲を通過して物質意識に入り、そこでイメ一ジや言葉に翻訳されるか、或いは感性または予感の形で感受される。 霊意識(大脳) 霊領域に於ける能動的思考。但し、霊思考は物質思考と違って、二つの領域に股がっている。二重領域思考である。 霊的潜在意識 (小脳) 現在に至るまでのすべての人生で獲得した能力、知識、英知、真理、論理、愛に関するデータが、記憶されている。マイクロチップにたとえられる。 Psyche(プシケー)(古い言葉では魂) =死ぬべきもので、肉体の死と共に破壊されるもの 物質的または半物質的な組織。思考と感情を介して、愛または憎しみ、調和または不調和をつくりだす。感情の中心。ブシケは半物質的な性質を持ち、肉体と霊を仲介するものである。 Gemuet(ゲムート)(情緒/心情) =不死であり、肉体の死でも破壊されないもの 物質領域でのプシケに相当する霊領域での存在である。この情緒とプシケが合致すれば、霊領域でも物質領域でも調和が現れる。この情緒とは霊的進化段階(他の人間への接し方に特にはっきりと現れる)を示すバロメータである。 霊とは。 創造または創造の一部=不死であり、不可侵である。霊は錯乱または病気に侵されることはない。霊は進化と再生の流れの中に永遠に組み込まれている。すべての生命形態は、創造の一部によって生かされている。つまり、霊とは創造の意識であると言える。 (私訳:H.Thoma) ![]() |
006 THE SEVEN BELTS THAT COMPRISE OUR UNIVERSE 私達の宇宙を構成する7つのベルト CENTRAL CORE(中央核): The central core is an energy-producing agent (like an accumulator) 中央核はエネルギー生産部(蓄電器のように) SIZE: 1x10(14th power) light-years wide サイズ: 1x10の14乗光年の半径 UR-CORE BELT(原初核ベルト): The 2nd belt is where energy is stored, which permeates throughout the other belts. 第二のベルトはエネルギーが蓄積される所で、それは他のベルトを通して染み出します。 SIZE: 1x10(14th power) light-years wide サイズ: 1x10の14乗光年の幅 UR-SPACE BELT(原初空間ベルト): The 3rd belt contains all the remaining energy for the Universe's contraction. 第三のベルトは、宇宙の収縮のためのすべての残エネルギーを含んでいます。 SIZE: 1x10(14th power) light-years wide サイズ: 1x10の14乗光年の幅 COURSE MATERIAL BELT(粗物質ベルト): The forth belt contains all celestial bodies such as planets, galaxies, galaxy clusters and all life forms that come into existence.The number of galaxies in our Universe is 423x10 (42nd power) . . that's 423 with 42 zeros after it! 第四のベルトは、すべての天体、例えば惑星、銀河、銀河団のようなもの内包し、存在となるべきすべての生命体を内包しています。私達の宇宙の銀河の数は、423x10の42乗であり、この数は423の後ろに42個のゼロがつくものです! SIZE:2.5x10(15th power) light-years wide サイズ: 2.5x10の15乗光年の幅 TRANSFORMATION BELT(遷移ベルト): In the fifth belt occurs the transformation of fine matter (energy) into coarse matter. 第五のベルトでは、精物質(エネルギー)から粗物質への遷移が起こっています。 SIZE: 1x10(55th power) light-years wide サイズ: 1x10の55乗光年の幅 CREATIONAL EXPANSION BELT(創造的な膨張ベルト): The sixth belt contains pure Creational energy that permeates the other belts and continuously expands to create new space. 第六のベルトは、他のベルトに浸透する純粋な創造エネルギーを内包し、新しい空間を創造するために連続的に膨張している。 SIZE: 1.4x10(64th power) light-years wide サイズ: 1.4X10の64乗光年の幅 DISPLACEMENT OR BUMPER BELT(変位または緩衝ベルト): The seventh belt touches other universes, functioning much like the protective shell of an egg. 第七のベルトは、他の宇宙と接しており、タマゴの防護殻のように機能しています。 SIZE: 1.4x10(7th power) light-years wide サイズ: 1.4X10の7乗光年の幅 Add it all up and the sum will give you the entire size of our Universe! これを全部加えると、私達の宇宙の全体のサイズになります。 (FIGU-LAのHPから:私訳 by Hiro) ![]() |
007 Was ist die Schöpfung? 創造とは何か? Auszug aus Stimme der Wassermannzeit, Nr. 89 Dezember 1993 Stimme der Wassermannzeit、(機関誌) No.89 1993年 12月 Geisteslehre-Symbol Schöpfung Geisteslehre - Symbol Schöpfung (上は) 霊の教え(Geisteslehre)のシンボル で表現した 「創造」 Die Schöpfung ist das unmessbare Geheimnis in unmessbarer Grösse schwebend. 「創造」は、計り知れない大きさで浮いている、計り知れない秘密です。 Die Schöpfung ist gleichlautend mit dem Universalbewusstsein, das da lenkt und waltet im SEIN des Bewusstseins und als doppelspiralförmiges Eigebilde, das zugleich das Universum in seiner wachsenden Ausdehnung bildet, wobei die Doppelspiralarme pulsierend leben als geistige Energie und gegeneinander rotieren. 「創造」は普遍意識と同じ存在であり、それ「普遍意識」は現に、意識の実存在(SEIN)の中で指揮し、意のままにしています。そして、二重螺旋構造の卵の形象(Ei-Gebilde)として、それ「創造」は、それ「創造」の成長する膨張の中で、同時に宇宙を形成し、その際に、二重の螺旋の腕が脈打って霊的なエネルギーとして活動し、相互に回転しています。 Der Schöpfung innerer und äusserer Körper ist das Universum. 「創造」の内部と外部のからだが、宇宙です。 Die Schöpfung – in ihrem Ganzen pulsiert das Universalgemüt und das Universalbewusstsein und die Kraft des Lebens, der Existenz überhaupt. 「創造」-その全体の中で、宇宙の心情(Gemüt)と宇宙の意識、そして生命と存在(Existenz)一般の力が、脈打っています。 Diese ist von allem durchdrungen, und alles ist von ihr durchdrungen, also bildet sie eine Einheit in sich selbst. In dieser Einheit selbst findet auch alles Leben statt und alle ihm zugegebene Evolution. それ「創造」はすべてのもので満ちており、そしてすべてのものは、それ「創造」によって浸みており、また、それ「創造」はそのものの中に自身で単一性(Einheit)を形成しています。その単一性そのものの中でまた、一切の生命、そしてすべての、それ「創造」に与えられる進化が起こります。 Die Schöpfung hat, wie jede Lebensform, Werde- und Evolutionsgänge ihre Zeitwerte sind jedoch in sehr hohen Werten verankert. 「創造」は、あらゆる生命形態のように、成長の歩みと進化の歩みを持っていますが、その「創造の」現時点の価値(pl)はしかし、非常に高い価値(pl)に根拠を持っています。 Die Schöpfung selbst lebt während sieben Grosszeiten in bewusstem, schöpfendem Zustand. – Danach legt sie sich zum Schlummer während ebenso vielen Grosszeiten, jedoch in siebenfach sich vervielfältigender Form, um dann wieder während sieben Grosszeiten in 7fach vervielfältigter Form zu wachen und zu schöpfen. (Eine Grosszeit = 311 040 000 000 000 Erdenjahre; sieben Grosszeiten = 2 177 280 000 000 000 Erdenjahre, auch eine Ewigkeit genannt, und 7x7 Grosszeiten ist eine ALLGROSSZEIT.) 「創造」自身は七つの大時(Grosszeiten)の間、意識的、創造的な状態で活動し、- その後、それ「創造」は、同じ程度に多くの大時の間、眠りに着きます。しかしながら、重畳形態のその七倍で、つまり、七倍の重畳形態での七大時の間、再び目覚めて創造します。 (一大時は311 040 000 000 000地球年; 七大時は2 177 280 000 000 000地球年、 また、永遠と呼ばれ、7x7大時が全大時です。) Die Schöpfung ist die Schöpfung, und keine andere Schöpfung ist in ihrem Universum neben ihr. 「創造」は「創造」であり、その「創造の」宇宙の中で、その「創造の」そばには他の如何なる創造も、存在しません。 Die Schöpfung ist die Schöpfung aller Kreationen, die da sind das Universum, die Galaxien, die Gestirne und die Erden, die Himmel, das Licht und die Dunkelheit, die Zeit und der Raum und alle Heere der lebendigen Formen des Lebens, jegliches nach seiner Art. 「創造」はすべての被造物の創造であり、そこには、宇宙、銀河、星々や地球、空、光の闇、時と空間、そして、すべて夫々種類で、生命の生き生きした形の一切の数々が存在します。 Die Schöpfung ist Gerechtigkeit, Liebe, Kraft, Weisheit, Wissen, Barmherzigkeit, Freiheit, Gnade, Gesetz, Gebot, Bündnis, Erfüllung, Evolution, Leben, Beistand, Freude, Schönheit, Frieden, Unfehlbarkeit, Ausgeglichenheit, Geist, Allzeitlichkeit, Folgerichtigkeit, Werden, Vollkommenheit, Zufriedenheit, Unerschöpflichkeit, Allmacht, Lieblichkeit, Unendlichkeit, Verbundenheit, Empfindung, Erhörung, Erhöhung, Sohar, Sanftheit, Klarheit, Reinheit, Wandlung, Entstehung, Zukunft, Macht, Ehrfurcht, Allheit und SEIN. 「創造」は、正義、愛、力(Kraft)、智慧、知識、慈悲、自由、恩恵、法則、勧告、契り、実現、進化、生命、援助、歓び、美、平和、過ちのないこと、釣合、霊(Geist)、全時間性、首尾一貫性、生成、完全無欠、満足、無尽蔵、無限の力、愛らしさ、永久、連帯、感覚、聞き入れ、向上、ゾハール、温和、明晰、純粋、変化、発生、未来、力(Macht)、畏敬、普遍性そして、実存在(SEIN)です。 Die Schöpfung ist das SEIN und das NICHTSEIN des Lebens. Sie ist die ungeheuerste Masse geistiger Energie im Universum. 創造は生命の実存(SEIN)であり、また非実存(NICHTSEIN)です。それ「創造」は宇宙における、霊(Geist)的なエネルギーの最も巨大なものです。 Die Schöpfung ist Geist in reinster Form und unmessbar in ihrer Weisheit, ihrem Wissen, ihrer Liebe und Harmonie in Wahrheit. 創造は純粋な形での霊(Geist)であり、真実に於ける、その英知、その知識、その愛と調和に於いて、計り知れません。 Die Schöpfung ist etwas geistig Dynamisches, eine für Menschen unbegreifbare, über allem waltende Rein-Geist-Intelligenz-Energie, eine allzeitlich aktive, kreative, unaufhaltsam in Entwicklung stehende, alles in sich schliessende Weisheit. 創造は、何か霊的に活動的な者であり、あらゆる統括された純粋-霊-地-エネルギーについて、人間(pl)にとっては理解しえないものであり、常に活動的で、創造的で、その中に含有する英知のすべてを進化の中に、止まることなく組み置くものです。 Die Schöpfung ist Wahrlichkeit, das Allumfassende, Tröstung, Ganzheit, Belehrung, Gleichheit, Richtigkeit, Erkenntnis, Erfahrung, Ermahnung, Zucht, Erinnerung, Offenbarung, Preisung, Vervollkommnung, Erklärung und Weisung. 創造は確実さ、すべてを包括するもの、元気を与えるもの、統べるもの、教えるもの、均一性、公正、認識、経験、勧告、規律、想起、啓示、賛美、完全さ、説明と教示です。 Die Schöpfung ist der Weg des Lebens, sie ist die Natur, sie ist Licht und Feuer und Betrachtung, die Schöpfung ist das Bewusstsein, und sie ist allgegenwärtig. 創造は、人生の道であり、それ「創造」は光であり、炎であり、観察するものであり、創造は意識であり、そしてそれ「創造」は遍在です。 Preis sei der Schöpfung 創造に讃えあれ ![]() |
008 Die Funktion des Gehirns 脳の機能 Das materielle Gehirn des Menschen birgt in sich das materielle Bewusstsein. 人間の物質的な脳は、その中に物質的な意識を蔵している。 Es ist das Gehirn der eigentliche Apparat, der alles zusammen aufbringt und alles zusammen verarbeitet, das also die Ideen, die impulsmässig aus dem Unterbewusstsein kommen, zu eigentlichen materiell bewusstseinsmässigen Ideen aufarbeitet, verarbeitet und in die Endphase bringt. 無意識からインパルスの形でやってくる観念のすべてを収集し、すべてを一緒に処理し、実際の物質意識的な概念に加工しつくし、処理し、そして最終段階へともたらす、実際の装置、それが脳である。 Das Gehirn ist der Faktor des materiellen Bewusstseins, der Lösungen sucht, Ueberlegungen anstellt, Resultate findet und diese dann als eigentliches materielles Wissen in materiellem logischen, teillogischen oder unlogischen Sinn wieder abgibt und weitergibt an das materielle Unterbewusstsein, wo es dann weiterverarbeitet wird, und, so gewisse Logiken daraus hervorgehen, jotahafte Impulse via das Zentralbewusstsein aussendet in den geistigen Bereich, die sich dort dann ansammeln, festsetzen und mit stetig neu hinzukommendem logischen Wissen erweitern. 脳は物質意識の要素であり、その物質意識は答えを探し、熟考し、結論を発見し、次いでそれを、物質的な論理として、つまり一部論理的な考え、或いは非論理的な考えをもった実際の物質的な知識として、物質的無意識に再びもどしたり、渡したりする。次いでその知識は、その物質的無意識の中で再度処理され、そしてそこから一定の論理が結果として生じ、ほんの僅かなインパルスが中央意識経由で霊(Geist)の領域に送信される。その霊(Geist)領域はインパルスをそこに集積し、確認し、そして常に新しくやってくる論理的な知識で、自己を拡大する。 Dies bedeutet den eigentlichen Evolutionspunkt, d.h. den eigentlichen Fortentwicklungspunkt, wo sich das eigentliche geistige Wissen dann bildet. これが自己の進化地点を意味しており、つまり、自己の絶え間ない発達地点を意味しており、そこに自己の霊的な知識を形成する。 Findet ein Mensch durch sein Gehirn und somit auch durch sein materielles Bewusstsein eine Lösung eines Problems, geht diese Lösung nicht vollumfänglich in den Geistbereich ein, sondern es gehen aus dem materiellen Unbewussten nur jotahafte Impulse hinüber, so nämlich nur die Impulse des absolut logischen Gutes. 人は自分の脳を通して、そしてそれゆえまた、彼の物質的意識を通して問題の解決を発見する。この解決の大部分が霊(Geist)の領域に入っていくのではなく、物質的無意識からほんの僅かなインパルス、つまり絶対的な論理的善のみが、霊(Geist)の領域に渡って行くだけである。 Alles Unlogische also bleibt im materiellen Unbewussten zurück, weil ihm der Durchgang in den Geistbereich durch Formen der Sperre des geistigen und materiellen Zentralgehirnes versagt wird. あらゆる非論理的なものは、また物質的無意識に残されるが、それは霊的そして物質的中心脳の遮断のしきたりによって霊(Geist)の領域への通過は拒否されるからである。 Nur ein kleinster Prozentsatz dessen, was der Mensch durch sein Gehirn und durch sein materielles Bewusstsein ausarbeitet und erschafft, ist von reinster logischer Natur, und nur dieses ist dann in Weiterverarbeitung durch das materielle Unbewusste fähig, in den geistigen Bereich hinüber zu gelangen, während alles andere, das Unlogische hierzu nicht fähig ist und zurückbleiben muss, um weiterverarbeitet zu werden im materiellen Unbewussten und Bewussten, bis einmal daraus reinste Logik entsteht. 人間が自分の脳を通して、そして自分の物質意識を通して仕上げ、そして創りあげたものの中の、ほんの僅かなパーセントのものだけが、純粋に論理的なものであり、ただそれらだけが、物質的無意識を通しての仕事の続行の中で、霊的な領域へと行き着く資格があり、他方、すべての他の非論理的なものは、その資格がなく、物質無意識と物質意識の中で消化されて、そこから純粋な論理が形成されるまで、残されなければならない。 Nur die höchsten Werte also in reinster logischer Form finden heraus aus dem materiellen Bereich, um in den Geistbereich hinüber zu gelangen. ただ、純粋で論理的な形での最も高い価値だけが、霊(Geist)の領域に達するために、物質的な領域から探し出される。 So eben die geistwerten Resultate und Impulse, die dann im Geistbereiche weiterverarbeitet und aufgebaut und gespeichert werden als allgrosszeitliches Wissen. このような霊的な価値を持った成果とインパルスは、次いで霊(Geist)の領域で更に消化され、構築され、そして全体時的な知識として蓄積される。 Das materielle Gehirn des Menschen und das damit verbundene materielle Bewusstsein bilden also die eigentlichen Aufarbeitungs- und Umarbeitungsfaktoren, durch deren Entscheidungen im logischen, teillogischen oder unlogischen Sinne sich das gesamte Leben des Menschen gestaltet einerseits, andererseits jedoch bildet sich daraus auch das geistige Wissen und die geistige Wahrheit und Weisheit, weil ja durch diese Faktoren Impulskräfte von reinster Logik entstehen in Zusammenarbeit mit dem Unbewussten, die dann in den Geistbereich abgegeben werden. Billy 人間の物質的脳とそれと結びついた物質的意識は、また自己の構築力と改作力を作り出し、それらの力を通して、論理的な、或いは一部論理的な、そして非論理的な意味での決定が、一方ではその人のすべての人生を形成し、他方ではまた、その決定から、霊的な知識と霊的な真実と叡智が形成されるが、なぜなら、それらの力を通して、純粋論理からのインパルス力が無意識との共同作業の中で生じ、そのインパルス力が次いで霊(Geist)の領域に送られるからである。 ビリー ![]() |