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D E K A L 0 G
oder
DIE ZEHN GEBOTE

Telepathisch empfangen aus der
PETALE-GEISTEBENE
durch Eduard (Billy) Meier
vom
14. Oktober 1975
bis
17. November 1975


十    戒
或いは
十   の   掟

ペタレ-霊水準から
エドアルド・マイヤー(ビリー)によって、テレパシー的に受信

期間 1975年10月14日から11月17日まで


COPYRIGHT UNO URIICOCRRCCHT 1975 BY EDUARD MEIER
‘Freie Interessengemeinschaft für Grenz - und Geisteswissenschaften und
Ufologiestudien’, Semjase-Silver-Star-Center, 8499 Hinter-
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Filme und Schriften usw. Kopieren, Veröffentlichen, Nachdruck
und Vortragsverwendung usw. auch auszugsweise nur mit schriftlicher
Genehmigung des Copyright-Inhabers.

          まえがき

私達の太陽系が、新紀元の水瓶座時代の黄金の光の中に突入したことにより、地球人類は巨大な転換を目撃することになります。

この変化は、慧眼をもつ人間にとっては、ほとんどはっきりと見ることが出来るでしょう。

あらゆる変化は新時代の印です。

特に霊的な面で新しい方向に一層進化が進み、全人類の進化に決定的影響を与えます。
現在、その影響が明確な形を取りつつあります。
益々多くの人間が高い能力を発揮します。
例えば、テレパシー、テレキネシス(念力作用)、テレポテーション、空中浮揚がそれです。            

高度なテレパシー能力を持つ人間が、高度に発達した霊的存在から報告を受信し、非常に貴重な霊的教訓を私達に伝えます。
本書はこうした事例の一つであり、高度に進化した霊的存在から一人の地球人(私)に伝達されたのです。
彼(つまり私)は年少時より、この重要な使命の為に訓練されました。
こうして彼に伝達された霊的教訓を地球人に広め、光に満ちた未来へ導くことが彼の義務です。
もし読者が、真理に対して不屈の精神を造りあげるとことに努力しないのであれば、本書を投げ棄ててください。
本書は批判家、学者ぶる人、道徳家ぶる人、常習的な否定論者、宗教狂信者のために書かれたのではありません。
清澄な心を持ち、真理を探求する人間、真理を認識しようとする人間だけが本書を理解し、自ら深い真理を見つけることが出来るのです。

本書に書かれたことを曲解して、誤った不合理な結論を出さないことを深く希望するのみです。
霊力と創造の力に関する知識がまだ閉ざされている人は、思考力を用いて真理を理解し、かつ実践するように根気よく努力を重ねて下さい。

より多くの人間が、本書で助言された英知と真理を実践すれば、真の平和と愛が地球に訪れるでしょう。
人類は何千年前から現在までそれを達成しようとして失敗してきました。
しかし、今や人間は真理を通して徐々に変わりつつあります。
一つ次のことをお勧めします。

偏見は常に真理へ到る道における障害になります。

ですから、同胞よ、それを捨てなさい。次の言葉を忘れないで下さい。

 あらゆるものを常に正確に吟味しなさい。

 それから善のみを信頼し、それを実行しなさい。

同胞よ、

この本に述べられた真理に照らして、善のみを学び悪を排除して下さい。

というのは、次の古代インドの格言に注目してください。

賢者は去っていった者や死んだ者、過去の
出来事を取り戻そうとはしない。

しかし、愚者は取り戻せないものに対して
大声でわめく。
その為に愚者は悲しみをさらに拡大する。

これが賢者と愚者の違いである。



        はじめに

本書は霊的価値を取り扱っています。

これは私エドゥアルド・マイヤー(ビリー)が、高度に進化した霊的存在から一語一語テレパシーによって受信したものです。
私は受信しながら記録しました。

この受信は19 7 5年10月14日から11月17日の間に行われました。
この交信は私の側から発信することは出来ませんでした。
しかし、私は送信されてきた言葉をゆっくりと書き取ることが出来、不明な場合には、その言葉の意味が完全にわかるまで、何度も繰り返されました。

最初の手書き原稿を詳細に調べてみますと、私の普通の筆跡とは全く違っていました。
それはあたかも別人が書いているような筆跡です。

高度な知識を私に伝えてきた霊は、自分を「ペタレ」と呼んでおり、「私-我々-単位」であると云い、自分はこの伝達の単位(統一体)又は、その単位の一部として知識を送信しているのだと説明しました。

本文とその文体は、受信されたものと一語一語、ここに印刷された文章と同一であります。
この文と文体は私の表現法ではありません。

本文は「神」について語ってはいません。

「創造」について語っているのです。

創造は生命の「存在」と「非存在」です。

それは宇宙に広がった霊的エネルギーです。

それは純粋な霊であり、その英知、知識、愛、調和の真実の正体は測り知ることは出来ません。

創造は霊的に活動する何ものかであり、人智を超え、万物を支配する純粋霊-認識-エネルギーであり、常に活動し、創造し、進化の中に常住し、全てを包む英知です。
読者よ、

本書の深い真理が、貴方を知識、英知、調和、平和、愛に導き、貴方があらゆる面で霊的に大きな貢献をすることを祈ります。



(Die ZWÖLF GEBOTE von PETALE)

 ペタレによる十二戒

1  創造以外、貴方に他の権威、神々、偶像、聖なるものがあってはならない。


2  貴方は創造の名を聖なるものとし、それを乱用してはならない。


3  貴方は毎日を祝祭日とし、聖なる日としなさい。
   (自己を清らかに保つこと)

                      
4  貴方は創造との結合を破ってばならない。
   これは次の掟を含みます。
   貴方は姦通してはならない。 


5  父母を尊敬し愛するように、創造を敬い愛しなさい。


6  粗暴になり生命を殺してはならない。


7  他の人間(他の生命)の創造に対する権利と義務を奪ったり、
それらを利己的目的に利用してはならない。


8  創造と、真実と、生命に対して偽りの証言をしてはならない。


9  絶対に嘘をついてはならない。


1 0  物質的富や隣人の所有物を貧欲に求めてはならない。


11  真理を罵ってはならない。


1 2  創造の法則と創造の掟を、決して、決して、無価値な儀式宗教に委ねてはならない。



1975年10月14曰 (木) 午前8時4 6分

    十戒 (DEKALOG)

創造に近い霊領域からテレパシー伝達によって受信した「十の掟 (ZEHN GEBOTE)」に関する助言と解説

私の言葉を聞いて驚かないでください。
私の言葉は高い霊的振動の水準から発信されたものです。
私は物質から解放され。性別を超えた存在であり、創造の愛と真理の完全な存在の水準にいます。

今貴方は私の言葉を理解出来るようになりました。
それは貴方が最近、私の言葉を受信する能力を持つことが出来るようになったからであり、又、その必要性が生まれたからです。
貴方は真理を探求し、完全に真理に専念していますから。

貴方が受信の理由を尋ねていますので、貴方の任務をよりよく理解するために私のことを説明しましょう。

貴方は現世において、決して貴方の方から私と交信することは出来ません。
何故なら、貴方の霊的波動は認識と理解の水準を超えたばかりですから。

しかし、貴方の波動は現代のどの人間よりもはるかに進んでいます。
貴方の達成した水準は、私達が貴方と交信し、貴方の世界の人間に私達の教えを伝え、記録することを可能にさせました。

よく理解して下さい。
私は物質世界から脱却し、純粋霊の領域に入りました。
私は、もはや一般的生命ではなくなり、たえず前進する存在となり、男女の性別を超えました。
私はもはやプラスとマイナスに左右されることはなく、男性や女性でもなく、中性体であり、性を超えました。
私は貴方がたのような存在と違い、名前は与えられていません。
貴方は私の名前を求めています。
それは貴方の仲間の為にそうしたいからです。是非にといわれるのであれば、次のように私のことを呼んでください。
それは私を示す名前として使ってください。

   私は ペタレ(PETALE) です。

何故、私が貴方に話しかけるのか。何故、貴方のレベルに達し、貴方に言葉を伝えるのか。その理由はこうです。
遠い昔に人類に与えられ、しかも間違って解釈されてきた十の掟(ZEHN GEBOTE)の価値を説明する必要性が起こったからです。
私が貴方の中に入ってきたのは、十の掟(ZEHN GEBOTE)を人類の理解できるレベルで正確に説明するためです。
私の解説を忠実に記録してください。
それは人類にとって必ず明白に理解されるでしょう。
十の掟(ZEHN GEBOTE)の真の意味を助言することが私の使命であり、私だけが貴方
に伝えるのです。
私の貴方への解説は、貴方が理解出来るまで続けられますが。それは短い期間のものとなるでしょう。
それが終わると私は再び沈黙します。しかし、必要な事態が起これば、再度、貴方に助言するでしょう。

今世紀のはじめに、私は貴方の時代の一人の人間に私のことを理解してもらおうと試みました。
彼に十の掟(ZEHN GEBOTE)の価値について助言しようと努力しました。

残念ながら、この選ばれた人間は真の理解に達することに失敗し、私の助言を独断的に改ざんしてしまいました。

彼の真理への愛は彼の好む宗教へ向かってしまい、私の解説を歪曲し、彼の儀式宗教に造り変えてしまいました。

私達は貴方のもっている多くの兆候を検査しました。
その結果、貴方なら私達の助言を忠実に受け取り、実りあるものにしてくれることが、わかりました。

私達のレベルでは、貴方の前に選ばれた人や他の人と違い、貴方は私達が伝えたものを一言半句も偽造することなく、正確な意味を記録し忠実に広めることが出来ると知っています。
私達は他のレベルから貴方の使命に関する情報を与えられました。
人間に直接話かける方法で、貴方に私たちの教えを伝達します。

それでは、真理を愛する態度をもって、私の言葉を正確に書き取ってください。そして、人々に広めてください。
十の掟の意味を説明する前に。次の言葉を人類に語りたいと思いますので、一言一句正しく彼らに伝えてください。
人間よ、光と生命が貴方に与えられています。それは貴方を大いに真理の道へ導くものです。
その為に、貴方はこの光と生命の中に自己を置きなさい。貴方が苦労して獲得した道を堅持すれば、それは常に貴方を創造に一層近づけます。

貴方を今まで連れてきたのは普遍的創造的愛であり、その不滅の光の下で、貴方が創造を認識してきたのも普遍的創造的愛です。
それはさらに創造を直視し、創造を理解出来るまでに貴方を引き上げ向上させるでしょう。
もし貴方がこれを理解出来なければ、やがてわかる時がくるでしょう。
決して静止してはなりません。
毎日の生活で貴方に与えられる以上のものを深く広く探求しなさい。
こうしてはじめて、貴方は真理へ向かって深く進化するのです。
ただし、貴方が日々日常生活で体験することのみで満足出来ず、さらに向上したいと願うならばの話ですが。
向上心をもってたえず探求し求め続けるならば、貴方は創造的愛と真理の光に包まれるでしょう。
その輝きは創造自身の知識と力からくるものです。
活動的に尋ね、追求し、創造の掟と法則を実行しなさい。
創造の掟と法則をあらゆる方面に認めなさい。

これを銘記してください。
創造が法則と掟を自然に与えた時から、それは永久に(創造の全存統期間)自然を支配しているからです。
太古に与えられたこの法則と秩序は永遠に有効です。といいますのは、その中に創造の全ての愛が完全な形で現われているからです。
ですから、貴方が細部にわたってこの法則と掟に従う時にのみ、まさに貴方は正しい道を歩むのです。
貴方は全力を尽くして貴方の思考、探求態度、認識力、そして全生活を、この創造の法則と掟に一致させるように努力すべきです。
人間よ、貴方は真理を歪曲した偽りの経典や聖書に惑わされています。
貴方は何千年以来不真実の道をさ迷い歩き、貴方に押しつけられた誤謬の重荷に苦しんでいます。

貴方がたの聖書や経典は十の価値における掟を伝承してきましたが、そこに書かれていることは、真理を伝えていません。
それでは貴方にこの法則を解説しましょう。
それによって貴方はその価値と意図を理解し、今から創造がこの法則を通して貴方に要求することを、全力を尽くして実行してくだい。
それを実行する為には、この語られた言葉を深く貴方の内的生命に刻印しなさい。
もし正しく実践すれば、貴方は常に感謝の念をもって創造に向かうでしょう。
しかし、貴方が一歩でも誤ったと気付いた時、誠実な愛を創造に再び向けなさい。
万物を包含し万物を愛する創造が貴方を包み、貴方を正しい道に導くでしょう。
貴方は、ただ創造によってのみ、理解と真理が得られることを認識するでしょう。
確かに貴方は常に創造に引かれるのを感じています。
貴方は創造の包括的愛と真理に引き寄せられます。
そしてついに、世俗的物質主義から清められ、創造に自己を捧げ、創造の全存続期間(永久に)にわたり創造に守られて愛と幸福の道を進むのです。
ご覧なさい。
全宇宙の全ての人間が、創造から与えられた法則と掟の中に生き、創造そのものである愛、真理、知識、英知と共に生きる時、万物の起源はどうであったか、万物の現在はどうであるのか、万物の未来はどうなるのか、貴方はその全てを創造そのものから体験するでしょう。
私が貴方に語る多くのことは、貴方にとって不可解に思えるでしょう。
しかし、いかに不可解、珍奇に見えようと、それは真実です。
何故なら純粋霊のレベルでは、私は一度たりとも決して不真実を見たことはなかったからです。
そのレベルでは、ただ真理、愛、英知のみが支配しています。
もし貴方が創造の愛を維持しようと努力するならば、貴方は創造の法則に一致した真理以外の何ごともすることは出来ません。
この真理は十の価値での法則と掟から構成されています。
私は今最高のレベルから貴方に説明します。
それによって貴方は、最も内なる霊的生活に導かれることになります。
貴方は、今はこの十の法則と掟を不可解と思うでしょうが。しかし、すぐに貴方は昔からこの道を歩むべきであったと気づくようになります。
私が貴方に語る通りに実行してください。

自己の欲望を抑制して、よく次のことに注意しなさい。
創造の愛、知識、真理、英知の発する所以外の方向に決して貴方の目と心を向けてはなりません。
貴方は自己の生命を維持する為に生きなさい。
さらに貴方は他人の生命も助けなさい。
彼らは誤った宗教による非現実的進化に入り込み、創造に反した生き方をしています。
その為に彼らは自己の生命を失っていますから、彼らに生命を与える為に生きなさい。
よく聞いてください。
私は貴方に助言者、啓発者として話しているのであって、貴方の宗教が非現実的なことを教えるように、審判官や有罪判決を下す者として話しているのでは決してありません。
何故なら創造の霊は助言しか与えません。
決して刑罰や有罪宣告ではありません。     


創造は生命をもつ全てのものを完全な形にさせ、かつ実り豊かに開化させたいのです。その為には、制御する(清らかに保つこと)価値を認識して下さい。その価値は創造の中に、又、私の教える言葉の中にも永遠に含まれています。

創造の中で万物が万物の中に生きる。
それは創造への愛を求める部分を万物に与えるためです。
創造への愛が広い範囲に存在するならば、そこに割り当てられた部分も同じ範囲に認められます。私が語ることは真実ありのままです。
貴方の助言者である私は、決して一時的な愛で語っているのではありません。

今日はこれで終わります。次回は十の掟の意味について解説します。
私は十の掟について真の価値を語ります。

19 75年10月 1 6日 (木) 午前8時4 9分

よく聞きなさい、地球人よ、時代は変わりました。
貴方は新しい進化の段階に入りました。
今新しい予言者(マイヤー)が選ばれ、貴方に真理の言葉を新たに宣布することになりました。
この予言者は貴方と同じ地球人ですが、貴方の時代よりはるかに進化しており、貴方の様な普通の人間は、彼の高い霊的水準に今世または次の二度の生まれ変わり(転生)をもってしても到達することは出来ません。
貴方が彼の霊的知識を理解するには、これから先、二回の転生も経て懸命に努力しなければなりません。
しかも、さらにあと三回の転生を経て、はじめて彼の霊的知識のレベルに等しくなるでしょう。
貴方がたがそこまで達する頃には、彼はさらにはるかに高度な水準に達しているでしょう。

時代が変わり、新しい宇宙的影響が現われます。
そこで地球人である貴方は新しい段階に自己を順応させなければなりません。
これは進化による変化でありますから、貴方はこの新時代に長い間抵抗することは出来ません。貴方は必然的にそれに順応せざるをえません。
さて私と新しい予言者の伝える教えを聞いてください。
貴方の新しい予言者は、大きな不思議や奇跡を現すことによって予言者とされるのだと云う様な、誤った信仰や無知の中に生きてはいけません。
何故なら、奇跡の行いを見せることによって予言者であることを納得させる時代は、過去のものとなったからです。
新時代が貴方に要求するものは、ただ真理を見つけ、認識する理解力とですから、予言者にそのような奇跡を求めてはいけません。
彼はそういう不思議な力を見せびらかす示威行為を極力差し控えるでしょう。

貴方は真理と認識を求める新時代の人類です。
貴方はこれを研究と探求、理性と悟性を絶えず働かせることによってのみ獲得します。
貴方はそれらを霊的な形で有効に活用するのです。
新しい予言者が貴方や大衆の前に姿を現わして、自分が予言者であることを告示しないからといって彼を疑ってはいけません。
新時代にそういうことをする者はニセ予言者です。
真の予言者は人知れず己を保ち、ただ小さなグループだけに真理を屈けるのです。         
新時代の霊的活動形式によれば、新しい予言者は小さな集団に真理を知しらせ、主に書籍を通して真理を普及します。
これは自分の使命が妨害されるのを防ぎ、大衆との接触を避け、偶像化されたり、聖者として崇められるのを避けるためです。
彼の霊力は非常に強力であり、病気や悪を治す力を持っていますが、そういうことをするのは新時代と進化に反することです。
こういう示威行為は過去のものです。
誤った教義に惑わされた人々だけが、こうしたことに夢中になり、霊力で他人の病気を治すべきだと信じるのです。
しかし、これは誤った愚かな考えです。


自分の病気や災いを、他人の霊力などで治してもらう時代は過ぎました。
もし、貴方が現在そういうことをなお続けているならば、貴方は愚か者であり、誤った道にさ迷い、進化における前進が妨げられます。
新時代は、貴方が肖分の力で考えることを要求し、同胞にも独力で考えるように指導すべきです。

貴方は同胞が真理である自らの霊力に目覚め、それを病気と諸悪の自己治療に活用させる様に助言すべきです。
これが真の隣人愛です。


多くの偽りの予言者が出現し、驚くべき奇跡をやって見せ、大衆に自分の霊力を見せるということが、昔から言い伝えられています。
かなり以前から、こうした偽りの予言者が活躍しており、その大部分が貴方がたによく知られています。                   
彼らは霊的治療家と呼ばれています。
「霊能者」とか奇跡を起こす人とも呼ばれています。
確かに、彼らはその力を用いて病気や悪を治すことができますが、それは誤ったやり方です。というのは、そうすることによって。彼らは患者の進化を遅らせるのです。
こうした霊的治療行為によって、彼らは一方では儀式宗教への信仰を一層あおり、他方進化の前進を妨害するのです。

こういう行為は、同胞が真理を追求し探求することを妨げるからです。
人間は身体が健康であれば、自分の夢や物質的目的だけを追い求め、病気や悪行を自分の力で治すことを学ぶことが出来ません。
彼は病気(または悪行)にならなければ、それを自分の力で治す為に真理を苦労して求めたり、自分の霊力を認識することをしないのです。
霊的治療家(霊能者)を利用することにより、人類は無知と無能の暗黒の中へ一層はまりこんでしまい、進化の道から無理矢理離されてしまうことになります。 
しかし、もし貴方が進化の道を前進したいならば、霊的治療に携わることをやめて、その高度な霊力をもっと自分自身のためにのみ利用しなさい。
もし貴方が進化の道を正しく歩みたいならば、そうした行為から離れ、新時代の要請に従って行動してください。
貴方にお願いしたいことは、貴方の同胞に真理を教えることです。
つまり、同胞が自己の能力と霊力を認識し、それを自己の進化のために
利用することを教えなさい。
新時代の要請はこれです。
すなわち、貴方の霊力を、自己を高度に進化させる為に活用することです。
病気治療の為に、貴方の霊力で貴方の同胞に影響を及ぼしてはいけません。
そうではなく、彼ら自身に霊的能力と力が有ることを教えるのです。
そうすれば彼らは、自ずと苦痛や災いから自由になることが出来ます。
新時代は一人一人の進化を要求します。
もし、貴方が彼の病気や悪徳を助けるだけであるならば、進化は生じません。
しかし、もし貴方があえてそういうことを行えば、貴方は進化の前進に対して罪を犯したことになります。
というのは、そうすることで貴方は同胞の霊的進化を妨げるからです。
貴方は無知、嘘、詐欺、誤った指導の罪を犯すことになります。
地球人よ、このような要因を十分な理解力をもって熟考しなさい。


地球人よ、
新時代が到来し、新しい予言者(マイヤー)が選ばれました。
私たちは、私と彼とで、貴方が求めるものを与えましょう。
貴方は平和、愛、静けさ、真理、英知、知識を求めています。
もし貴方が分別を持ち、私たちの教えを受け入れるならば、貴方の欲する通りにことが起こります。 
創造自身が、貴方を貴方の最も奥にある霊的生命の秘密に導き入れるでしょう。
しかし、貴方には教化援助と助言が必要です。
それを、私逮は十の掟の価値を貴方に解説することによって教えます。
これは「十の掟」と呼ばれて伝承されたものです。 
その意味と解説は貴方に不可解に思えるでしょう。     
又、これは何千年間も間違って解釈されてきたのです。

それでは私と貴方の新しい予言者が教えますから、よく聞いてください:


創造を愛し尊敬しなさい。
創造は貴方の存在の源であり。
創造は全ての知覚できる物体の中に、又、自然の全ての法則と掟の中に自己を現わします。
貴方は貴方の精神と感情が持っている出来る限りの理解力と、認識と。分別を用いて創造を愛し尊敬しなさい。


貴方は貴方の内部に「唯一なるもの」以外に何ものをも絶対に宿らせてはなりまぜん。

創造を愛し尊敬し、進歩の為の進化を達成する為に、創造の全ての法則と掟に対して責任を持ち、実行する義務があります。
もし貴方が、真の自身をもって実行すれば、貴方は全ての法則と掟を正しく認識するのです。
すると、貴方にとって一つ一つの法則と掟を詳細な点に至るまで遂行することが容易になります。
これをよく認識してください。
 
ところが地球人の大多数は創造の要求に反した行為をしています。
何故でしょうか。
何故なら彼ら全員が、自分たちの愛を正しい愛の活動へ高めるすべを知らないからです。
というのは、ほとんど全ての人間が自分の事だけしか考えないからです。
その為に、大部分の人が人生の目的に失敗するのです。
人生の目的は愛以外にないのです。
 
愛とは創造を愛し尊敬し、その法則と掟に従い、指導原理に従い、究極の目的に向かって進化の道を歩くことです。
そこで私達は十の掟を一つ一つ解き明かしていきましょう。
十の掟を貴方はすでに知ってはいますが、それでも私達の解説は不可解に思えるでしょう。
貴方は十の掟から再び創造の愛を認識し、それが貴方を創造へ帰らせるのです。



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002

「アテルザータ霊領域からビリーさんに語りかけられた言葉です。」

貴方は、自分の中に私の想念の存在に気付いて驚いていますが、困惑する必要はありません。私は、アラハト・アテルザータという名前で呼ばれている霊的存在です。この名前は貴方がたの古代語を基にしてつけられました。

私の物質的生命としての存在は終了し、貴方には未知の領域、しかも、貴方から遠い存在へ入りました。私の生命は連続という大海の存在と一体になりました。

私は創造の法則を遵守することにより、創造の知識、英知、カと一つになりました。私の霊は無限の時間をかけて、肉体から解放され、生れ変りを消滅させたのです。

私は力にあふれ、ほとんど創造の近いところにあり、完成を希求しています。

私が貴方に想念を送るのは、貴方に聖典を書いてもらいたいからです。

私は時間の観照者として、物事の起原と結果についての真理を洞察しましたので、貴方を通して、人間に理解出来る言葉で、この真理を啓示するのです。

そこで私の想念をよく聞いて下さい。そしてそれを正しく、読みやすい形で記録、保存して下さい。

貴方と私の水準の境界格差は長い時間であり、貴方がたの時間に換算すると数百万年の格差になり、その先に最高の霊的な次元があります。

私は時空を超えた交信が出来ます。そして瞬時にして過去と未来を知るのです。従って、貴方にとってはるか遠い未来の真理から、一瞬にして、私に
とって過去の霊的水準である貴方の水準へ達し、人間にとって価値ある重要な事実を貴方に伝えるのです。

貴方との交信は霊的教化の性格を持ち、貴方はただ受信者となるだけであり、送信する能力はありません。私の存在形態は高い水準に入ることを許され、その為に、高い霊的存
在に接近することが出来ます。

低い水準の霊は、それは例外なく現在の地球人ですが、その低い霊は私達に到達することは不可能であり、あるいは、私達と交信することさえも不可能です。

ところが、私達の方は、あらゆる水準に到達することができ、低い霊的進化のすべての生命と意思疎通が可能です。

私達はほとんど創造の水準に達しておりますが、それでもなお、創造に完全に到達するには、さらに全力を尽くして努力しなければなりません。

これは創造の法則であり、私達や貴方がたが決して違反したり、ごまかしたリ出来ません。

私のような立場にある霊的存在があなたの時代にやってきて、貴方の水準の生命(人間)と霊的教化の意図を持って交信することは、例外とみてよいでしよう。

これは過去においても特別な例外でしたが、未来においてもそうなるでしょう。

私達がこの種の交信を最期に行ったのは、約2000年前でした。

それ以後、私達は再度交信をする必要も認めなかったし、命令も受けませんでした。

ところが私達は2000年以来 再度惑星地球の進化の低い生命(人間)と接触することを決定し、貴方がその最初の人間となりました。

この接触の目的は、高い進化の生命とある期間交信を保ち、教化をうけることです。

貴方から受けた情報は、私達が2000年前に受けたものと同様に、危機的な内容でした。

貴方の霊的進化は貴方の時代よりもはるかに進化しており、貴方は地球の全人口の中で例外的存在です。

貴方は預言者の水準に発達しており、予言者としての使命を遂行することになります。

2000年前の時代の人々は十分な進化を遂げていなかった為、私達によって選ばれた予言者は十分な大衆教化を果すことが出来ませんでした。

そこで貴方は新時代にこの使命を果さなければなりません。しかし、過去の二の舞を演じてはなりません。

2000年前、私達の教訓が間違って解釈され、悪質な宗教や、間違った崇拝が発生しました。その信者達は間違った天使にひざまずき、全ての人間をだまし.ついに悪質な霊的奴隷になり下がったのです。

現代と未来の預言者として、貴方は、2000年前の予言者よりも、私の教訓を広めて、保存する効果的手段を数多く利用出来ます。

ですから、それらの現代的機械類をどしどし利用しなさい。

勇気を出して下さい。山の頂上から大声で叫びなさい。そして誤れる予言者の間違った宗教を破壊しなさい。というのは、彼らは霊を呪い出来る限り妨害するからです。

彼らは、私達や他の高い水準から霊感を受けたと主張しますが、それは全くでたらめです。

彼らの"偉大な”聖書や教典は、真理と論理の欠如した、とてつもない想像力の産物です。
大衆は幻想や虚偽に走り、我流の霊的像を作り続けています。

彼らは、霊とその形態に無知な為、自分達の思想、願望、理念を文章化して、自分達自身と他人をもだますのです。

私達は彼らと2000年来交信を断っているのに、どうして彼らが啓示を受けることが出来ましょうか!

それにもかかわらず、大多数の地球人は私達や他の高い水準と交信を続けていると堂々と主張するのです。

私達は彼らに知識や英知を授けないのに、どうして彼らは論理的な霊の教えを考えつくのでしょうか。

もう一度繰り返しますが、過去2000年間、私達や私達よりも高い水準との交信は一度も起っていません。こうした嘘の主張は自己顕示欲の強い地球人の詐欺や自己欺まんが原因であり、彼らはニセモノの霊界交信をでっちあげるのです。

貴方の霊力を十分活用して私の教訓を記録して下さい。

それでは準備して下さい。貴方の仕事は多くの時間を要します。

貴方の五感を冷静にして、受入れやすい状態におきなさい。



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003


想念のブーメラン効果

私のお節介を許して下さるならば、お読み下さい。

ご参考になればと・・・ 

1993-11-27

H.THOMA

 

ARAHAT ATHERSATA(Sanskrit)=Der wertvolle,der die Zeit beschaut

の教えより(P139の訳文3行目~) :特に想念のブーメラン効果の真実を理解したかったものですから。自分で翻訳し直したものです。

 

***************** 

 

気散的で病的で決心がつかない凡人、不幸で不自由な人、そして決心のつかない思索家などから、力強く集中する意識的な自然思索家になるべきです。自然思索家には、自然そのものが思索の道を教えてくれるからです。

 

私達は自然思索家を生命思索家とか霊思索家とも呼ぶことができます。実際、生命と霊は同じ道を教えるからです。また、想念は巨大な力を持っていますから、私達は力思考と呼びます。力思考は本質的に「生命に忠実で創造的な思考」と翻訳されます。

 

 健全で、目的に向かって努力する強い想念には、どんな物質も対抗できません。良い想念、良い思考方法とは創造との統一の絶対意識で満たされているものです。正しくて力を意識した積極的(POSITIVE)な思考は全ての困難を解消します。

 

しかし、第一に人間自身の中にある何かを自分の思考の中で現実のものにされなければなりません。そうすれば、それは感覚世界の中に現れるでしょう。つまり、障害、不幸や似たような出来事は、常に、それが受け入れられ、考え出されたその程度に現れると言うのが事実です。

 

もし、人がそれを小さくて些細なものと考えれば、それは小さくて些細なものになり、容易に克服可能なのです。しかしもしも、それらが大きく大変で打ち勝ち難いものとか征服し難いものとして考えられたとしたら、それは不可能になったのも、同然になり、しかも遠のくことになります。

 

力思考の思考力と利用は教育を必要としています。その教育は最初、非常に大変でしばしば困難なように見えます。しかし、本当に最初だけで、見せかけの不可能さなのです。と言うのは、この新しい教えが完全に慣れないもの、知られていないもの、異様なものと思われるからです。

しかしながら、実際は全てが非常に易しいのです。それは、「小石の一押し」を必要とするだけで、直ぐに思考は働きだし機能しだすのです。そして、今や既に全ては非常な速さで前に進むのです。この思考の全機械的な機能(INSTRUMENTALIUM)は、ほとんど突発的に新しい思考形態に自らを転換するのです。

 

脳と連合する器官の全ては、電気的変圧器のように、そのエネルギーの強さを変化させ、またエネルギーを変換するのです。全ての神経節、神経系等は、自動的にその新しい気分に適合し、新しく正しく、そして積極的な力思考を促すのです。

 

積極的な力思考が習慣化するのには、ほんのわずかな時間しか必要ではありません。確かに何事でも最初は困難なものですが、前に成すべき努力なしには、一つの報酬も与えられません。しかし、練習が名人を作ります。そして、長く申し分なく練習されれば、必然的に、力思考が習慣化する時がやってきます。 

 

思考は一つの純粋な霊的活動を表現しています。この活動は、形はありませんが、生命と力を持っています。しばしば、一度考えだされた想念は、考えだした当人よりも非常に長く生き続けます。個々の思考方法、思考の種類、想念は善か悪かのどちらか一つの完全に定まった作用を持っています。

 

これは、性格、運命、環境におけると同様に肉体にも作用します。ここの想念は無意識の中に定着し、そこから生じてくる行為とその成果等の形に具体化します。そして、プシケ(PSYCHE)、肉体、環境に影響を及ぼします。従って、自分の想念を常に憎悪と復讐に集中するものは、最終的には必然的に殺人者となります。

 

もし想念を、自分が不憫だとか助言してくれる者がいないだとか、突き放された存在だとか、忘れ去られた存在だとか、軽蔑される存在だとか、役に立たない存在だとか、余計な存在だと言う感情に集中するならば、最終的には自殺をします。

 

もし、進歩、成功、幸運、愛等に想念を集中させるならば、それに従った成功が精密な時計仕掛けの正確さで現れてきます。すべてがそうであって、考えられたことは、存在や非存在に対して決定的になるのです。だから、想念や思考は人を向上させ、考えもしなかった高みに昇らせるか、或いは堕落させて自滅の深みに落とします。

 

 まだまだそれだけではありません。思考は巨大な力のエネルギを作り出します。各々の想念は最強度のエネルギ波を放射します。このことは、想念それ自体が計りしれなく高い周波数を持つ巨大なエネルギ波であることを意味しています。想念はその起源の構造から飛び出して、その想念の性質に従った効果と条件を及ぼすために、妨げられもせず、そして防御もされずに宇宙の彼方まで疾駆していきます。

 

想念によっては、光か或いは暗黒の目には見えない巨大な力を放射し、他の似たような想念エネルギを更に取り込み強力になり、同様に宇宙の彼方とエーテルの中をすばやく通り過ぎていくのです。

 

想念がその最も外の到達点に達すると戻りの路を捜しますが、その際に、その想念のエネルギ形態はそれでも変化し、しかも反対になります。このことは、磁石と同じ吸引を通してそうなります。陽(POSITIVE)は自動的に陰(NEGATIVE)を引付け、陰は陽を引き付けます。

 

そして、最後に出来上がるエネルギの形は巨大な力となって終に戻ってきて、その想念の発信者に破壊をもたらすか或いは生命をもたらすのです。ここに注目すべき現象がありますが、これは人間にとって非常に独特なもので、特に注意すべきものです。

 

既に述べましたが、ここでは即ち、磁性の自然法則について取り扱います。 一つの磁石は二つの異種の極 : 正極(POSITIVE)と負極(NEGATIVE)を持つものとして扱います。また、その機能が理解されねばなりません。

 

つまり、磁石でどのようなことが成されるのかを理解されねばなりません。正極(プラス、positive)は負のもののみを引き付けることができ、一方、負極(マイナス、NEGATIVE)は、もし全てのものが POSITIVE(プラス)でないならば、全てのものを反発します。

 

前に述べたように、心配や不満等の悪い想念が発達し、ブーメランのような作用で投げ返えされ,必然的に再び想念の発信者に破壊的な重圧で打ち当たります。それが良い想念であれば、同様に良い作用をもたらします。そこで、これを次のように正しく理解し、しかも従うべきです。

 

放射された想念がNEGATIVEPOSITIVEであろうと自然なことです。それが送りだされた通りに正確に再び投げ返され、ただ全くとほうもなく強化し、そのエネルギ形態において変化しています。ここで注意すべきことは、力もまた変えられることです。いずれにせよ、明らかにそこには霊の学びの必然性が前提に置かれています。

 

ここでブーメラン的作用と言う言い方をする場合、ブーメランが投げ出されるとその戻りの飛行時に再び捕らえられることと理解することです。この場合のこのブーメランは想念の例えです。投げ出す力はまったく単純に想念の力であり、さればその形はNEGATIVEか或いはPOSITIVEの形であり、つまり想念発信の形です。ブーメランは投げた人に戻ってきます。

 

つまり、投げた人は、自分が投げ放った(砂泥を取り除いた)、そのブーメラン(想念)を再び掴み取ります。けれども、ブーメランを投げた人(想念発信者)が再び反転したブーメラン(想念)を捕らえるときに命中する力は戻る道で、当を得た力(想念の再受信)に改まって(変化して)います。

 

そのように、投げた力(想念発信時の力)が戻る力に変化する間、ブーメラン(想念)の物質は同一性を持続するのです。ブーメランの投げ出しは物理的な力であり、確実に目標を追うものであり、どんな苦痛も必要とはしません。

 

ブーメランの戻り道での再捕獲にはかなりの熟練、捕獲が正しく出来なかったときの捕獲の打撃による見逃せない苦痛に対する勇気と我慢を前提としています。ブーメランの物質が不変性を維持している間に、投げた力が戻る力に変わります。

 

この自然制約の例えは、その様相において、同じ原理で、人間の霊の力にも働いています。もし、結果としてPOSITIVEな想念が放射されるとその想念は自分の力の形を変え、そして想念発信者にNEGATIVE想念を命中させます。その逆もあります。

 

NEGATIVE想念の発信は想念発信者にPOSITIVE想念を命中させます。これは矛盾のようにみえますが、決してそうではなく、この全ての経過は完全に論理的であり、正しく、自然なことであり、創造の秩序と法則に従っています。

 

霊はNEGATIVEと厳密に同じだけのPOSITIVEを必要としています。従って、NEGATIVEと同じにPOSITIVEを保証する道が歩まれなければなりません。

 

そこで、必然的にNEGATIVE想念の発信者にPOSITIVE想念受信と力受信が結果として起こります。その逆も起こります。

 

以下省略                   

ひろみち

 

これは生命思考の場合で、感情思考(愛や憎悪)は、極性を反転せずに、そのままぶち当たります。「人を呪わば穴二つ」こういうことになります。 この件は、必要なら追加で書きますが・・・ ひろ



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「生と死」から、仮死について


Billy著「生と死」より;

生命の死は、すべての終わりにあらず、新しい門出、出発なり。何となれば死は新しい生命、よりよき生命へ向かう手段なり。正に、その通りである。

死は滅すべき、物質的、この世の生命が、反対の領域の生命へ移行することの変化にすぎない。それは再生によって、次の物質的生まれ変わりを準備する為である。死は通常の睡眠とは根本的に異なる。

すなわち、霊と死体は永久に断絶しており、次の覚醒(生まれ変わり、再生)の為に新しい物質的肉体を造らなければならない。

これからはっきりすることは、霊が死体からいったん去ってしまえば、決して元の死体に戻ることはない。

地球人よ、しかし、反対の証拠があると言うだろう。つまり、多くの人が臨床的に死んだにも拘らず、医学的な努力によって、様々な処置を講じて、死体を生き返えらせた事実があると主張する。確かにそれは正しいことだが、但しこれは条件つきのケースである。ある意味では、これは多くの場合、仮死にすぎないが、(地球の)医学はこれを認めていない。

この仮死は、物質的身体の活力が極度に低下し、生命機能が最小限度の極限状態に達し、地球人に現在知られている最高の技術機械や、反応検査でも、生命の維持機能を記録することが出来ないのである。この状態では、身体は臨床的に死んでいるが、それでもなお生命は生き続けているのである。

生命は最低の状態にある為、地球人がその機能を記録出来ないだけのことである。仮死状態は、生命のリズム、反射、生命機能が、最低の減速水準にある。つまり、仮死状態の肉体の生命機能は、最も遅くなるので、一呼吸が数時間続くこともあるし、あるいは百年間(もし仮死状態の中で彼がそう望むならば)続くこともあるが、その場合、おそらく彼の肉体は12から24時間歳を取ることに滞まるだろう。(?最後の文の意味が判らない)

この極端な生命機能の低下の状態を、地球の医学は記録出来ない。何故なら、彼らはこれに関する必要な知識も所有していないし、この過程を記録する必要な装置も持っていない。仮死状態にいる人間は、仮の死という特徴からもわかる通り、死んでいるのではない。つまり、人間の内部に宿っている、生きている霊は、まだ肉体を去らず、肉体を生かし続けているのだ。

同様に物質意識もまだ機能しているが、それは、しかし、非常に遅い速度である。こうした仮死状態の人間を、医学は臨床的に死と宣告する。(しかし、実際には死ではない)そして仮死状態の人間は、いわゆるその状態の経験を「死から舞い戻った」と報告する。

ところが、事実は、この「経験」は、物質意識の描いた像でありその想起にすきない。この物質意識の像は仮死状態でも完全な機能する潜在意識と霊との協力で想起される。

確かに現代医学は、人体の死の確認に関しては、多くの対応策を持っている。例えば、指頭を針で刺すとか、その他さまざまな方法で、人体が死んでいるかどうか調べる。彼らの意見によれば、仮死状態の人間は、苦痛等に対して反射的な反応をしなければならないというのである。しかし、仮死状態の人体はそんな反応はしない。

この肉体は、医学に知られた反射的反応はしないのだ。というのは、仮死状態の人体の生命は、その機能が通常の百万分の一に減速しているからである。しかし、これは現代医学が知らない事実だ。

そしてこの仮死状態の人体は、実際には医学の知らない仕方で反応しているのである。生命組織と生命機能の活動が極端に遅滞しているので、反応速度が極度に遅くなり、指を微かに勤かすだけでも、十時間以上も時間がかかる。

そういうわけで、医者はこの現象を理解出来ないし、観察も出来ないのである。人間が手術の最中に死ぬと、臨床的に死んでいると見なされるが、実際は、これは仮死状態にいるにすぎない。通常の仮死状態は、手術以外の要因によって、生命機能の遅滞が起こる。

中途半端な合理主義者でさえも、しばしば死後15分、又は20分経ってから、心臓マッサージ等によって、仮死状態の人間の「生命」を取り戻す事実を知っている。真の死に際しては、霊は電光石火肉体を去る。そして霊が、同じ肉体に戻ることは絶対にありえない。しかし、仮死状態が、医学的治療、ショック、事故、病気、又は冷凍等によって引き起こされた場合、霊はその肉体から去らず、その中に生き続ける。

その時、人体の機能は何百万分の一に低下しているが、その仮死状態から「生き返る」ことは可能である。

地球人よ、これが仮死に関する私の説明であるが、貴方は私の説明を読んで、その一部、又は全部を受けいれるかもしれない。何故なら、この説明は貴方に論理的に思えるからである。しかし、この説明を受け入れるのは、おそらく貴方だけかもしれず、地球の医学は否定するだろう。

医者のいつもの文句を私はよく知っている。

「貴方の大袈裟な説明は十分聞かしてもらった。しかし、私だけはそんなことは信じないよ。」

貴方もご存じだと思うが、私の説明に対する医者の反応と同じように、一般の地球人も、真実と霊の教えに否定的反応をする。ここに難点が存在するのである。私が説明に百万言費やしても、無意味である。何故なら、たとえ種が肥沃な土地に落ちても、邪悪な人間がそれを踏みつぶし、破壊してしまうからである。

私がこの本で真実について、貴方に詳しく説明し、教え、指導することが、果して意味のあることだろうか?確かに貴方は本書の読者として、勿論意味がある、と答えるだろう。

貴方自身、本書を全部読んで感謝したい気持になるかもしれない。しかし、貴方が残りの人類のことを考えた時、これがまだ意味があると言えるのだろうか?貴方はこれが、まだ価値ある行為であるという意見をお持ちであろうか?

さて、貴方にここまで私の言葉を読んでいただいた。そして、何故私がこうして書いているのか、と問うかもしれない。私がこうして苦労して書くのも、又、価値があると思うからだ。何故なら、貴方一人でもよいから、一人の人間として、貴方がこの本を通して、真実に一歩でも近づければ、この本が役に立ったことになるからである。

ここまで読んで下さったのは、貴方だけであるし、又、貴方は、私の今までのすべての説明と、私が本書を更に書き続けて、最後まで書き通すことに価値があると思っていられる---そういう理由で私は本を書いているのであり、もし、貴方が理解出来るなら、すべてを説明したいと思う。

地球人よ、

貴方は、貴方のよく知っている五感によっては、死と霊界のことは何も理解出来ない。又その五感は、貴方を生かすことも出来ないし、霊的力、感化力もない。これを認識する力は、わずかな人達にだけ与えられている。それは真実の為に生き、他の二つの(貴方に知られていない)感覚を、真実の為に活用する人間だけに許されるのである。これに最もふさわしい言葉がある。

「眼もそれをみることができなかった。
耳もそれを聞くことができなかった。
それは人間の心にも入ることが無かった。
それは創造が愛の七の法則によって準備した。創造は真実、知識、愛、論理、英知のために真に生きる人間の為に、それを準備した。

(以下、死後の世界とかに付いて間違って事を伝えた人々や宗教のことが書いてあるが、省略)

真実はこうなるだろう。
人間はどの程度自己を真実に捧げたか、どのくらい真実を生きてきたかに応じて、この世からあの世への移行が、不安、恐怖、無関心、憎悪に満ちたものになるか、あるいは、愛と喜びに満ちたものになるのかが決定される。
 
各人はその精進の程度に応じて、この世からあの世への移行が決定される外部の強い影響によって、強制的に死に至る場合があるが、これは一般に不安と恐怖を伴い、生から死への移行があまりにも急激な為に、当人は死への移行をまったく体験しない。

これは突然の死や、瞬間的な死の場合であるが、例えば、毒薬などを用いると深い眠りに入り、ついに無意識の状態に達し、そこから死に至る。人間が自然死すると(肉体の損傷を被って死ぬ場合も含めて)、ある兆候が現れる。これはすべての人間に一様に起こる。彼は死ぬ瞬間のしばらく前に(人によっては死ぬ数時間前に)自分の生命時計は終わりに近づいている---やがて死ぬのだと意識するようになる(もし昏睡状態が人工的なものでなければ、彼が昏睡状態に入っていようが、あるいは完全な意識状態にあろうが、問題ではない)。しばしば彼はこの事実を認めたがらないので、これを否定する。

彼がこの事実を喜んで受け入れるか、拒否するかは、彼の生活態度、つまり、すべての事柄に対してどのように対処するかによって決まる。本人の人生観、生き方によって、死の瞬間に不安と恐怖を経験するか、あるいは、非常に快い静寂に包まれるかが、決まるのである。それから生命の最後の数分がやってくる。

生から死への通過が行われる。この通過相は、各人の生きてきた人生や生活態度によって様々な形を取る。例えば、否定的な人生を送ってきた人間は、恐怖に満ちた想像図を描き出す。彼は実際に地獄を作り出し、目の前に劫罰のあらゆる戦慄すべき出来事が現れる。

彼は全身を緊張させ、驚がくし、ヒステリーを起こし、絶叫する。一方、真実を実践してきた人間あるいは正しく生きてきて、強い確信をもっている人間は、最後の瞬間になると、真の静寂を感じ、平和が霊界で待っていることを意識する。

一般に、この状態は数分続く。しかし、各自の人格によって長短の差は出てくる。彼は通常外界に反応しなくなる(瀕死の人間がこの状態--生から死への通過相--に入る時)。ところが、この状態、(つまり、通過相、移行期)に入ると、彼の全身の機能が高まり、彼の感覚は最高の感度に達する。彼はこの最高度に敏感になった感覚によって、自分の周囲の、すべてのものを捉え、記録する。

彼は周囲の会話やささやき声、場合によっては、自分の場所から何千キロも離れている人間の想念まで捕らえるのである。そればかりではなく、この高度に鋭敏化した感覚は、意識の力を高める。もし、彼が欲しさえすれば、彼は霊力に命令を下して、霊力を解放し、その霊力によって、彼の存命中に、物理的力や精神力を用いて実現出来なかったことを実現することが出来る。

つまり、垂死の人間は、突然感覚が高度に鋭敏になった状態で、自分の意志と希望に応じて、霊力を活用出来ることに気づくのである。こういうことも起こる。

垂死の人間が、自分の一番親しい人間に知らせたいと思う時、その人は急にどこからともなく自分を呼んでいる声を聞く。その人は不思議な気持に襲われる。その声はその親しい人に「これこれの人間が今まさに息を引き取ろうとしている」と告げる。

あるいは、その親しい人の家で理白もなく鏡が割れたり、花瓶や物体がその定位置から突然離れ、床に落ちてこわれる、等々。これらの出来事はすべて次のように説明される。

垂死の人間は、感覚が高度に鋭敏化し、物質的意識カが強力になる,それによって霊力が活動してテレパシーとテレキネーシス(念カによる物体移動)が作用し、今述べたように、親しい人に自分のことを伝える。

その際、彼は自分の声を親しい人に聞かせたり、テレキネーシスのカで物体を動かして見せたりする。

生から死への移行が終了すると、霊は電光石火のごとく肉体を去る。つまり肉体が生命機能を停止する瞬間に、霊は肉体を去るのである。こうして肉体は生命を失う。この現象は霊と肉体の調和を表わしている。

両者が生きている時、両者は相互に協力して機能し合い、生命を維持することが出来るのである。霊が物理的肉体を去ると、自己の領域、霊界の異次元の領域に達する。その移行は大変な速度で起こる為に、人間の作った時間測定植で記録することは不可能である。

肉体を離れた霊は、ただちに霊界「我々という形態」に参加するのではない。それは数秒後に行われる。肉体を離れた霊は一瞬のうちに霊界に達した後、自分の死体の上を浮遊する。霊はその感覚によって、自分の死体、環境、最後まで自分の意識を回復させようと看護してくれた遺族などを認めることができる。霊の側から見ると、環境と遺族は、たった今去った自分の肉体と同様に、何の関係もない。遺族と霊との関係は断たれたのだ。霊と肉体の関係も完全に断絶している。

そこで霊は自己の領域、霊界へ赴き、数秒後に「我々」の中に参加する。霊はもはや世俗的、物質的事柄と一切関係がなくなる。再度、誤解のないようにはっきりと指摘しておく。人間が死ぬと、霊界において生前正しい生き方をしたものにとっても、また、完全に悪い生き方をした者にとっても、いかなる不安、恐怖、旋律も感じることはないと言うことである。

霊界は完全に、中性-プラスに平衡を保たれており、プラス(善)やマイナス(悪)に左右されないのである。それは丁度人間が物質界において、自己の思考、行為、態度についてプラス、マイナス、中性-プラスのどれかを選択することによって、自分の運命を決定することと同じである、だからといって(悪い人間も、良い人間も、霊界では恐怖を経験しないからといって)人間は創造の法則と戒律を無視して、好き勝手に生活してよいということにはならない。

何故なら人間がそれを無視すると、損害を被るからだ。この損害は人間にとって、儀式宗教が主張する煉獄と地獄の恐怖よりはるかに大きく悪質なものである。何故なら、人間が誤った生き方を続けると、彼の内面全体が虚偽に満ちた性格に造り上げられてしまい、それに応じて天国か地獄を準備することになり、彼の外面の生活もそれに従って生きることになる。これが具体的にどういう形で現れるかについては、個人差があって説明することは難しい。

しかし、一つだけはっきりしていることがある。すべての人間は、いつかは必ず自分自身に合った生き方を選び、それに従って生き続けるのである。彼は自分の選んだ生き方によって、自分のすべての未来を形成する今生であれ、次の生まれ変わりであれ、また次の生まれ変わりであれ、それはまったく同じだ。

生き方を決定するということは、未来を確実にプログラムすると言うことだ。それによって未来は絶対的正確さをもって必ず実現する。

人生を猛ばく進してはならない

常に熱心に学習し、十分に準備してゆっくり歩め。そうすれば、貴方に愛と尊敬がついてくる。それらはいつも、貴方に平和とよき休息を与えてくれる。そこで貴方は、すべての英知と、すべての恩寵をも苦労して戦い取らねばならない。そうすれば、貴方はいつも声をはりあげて歌うことが出来る英知と賞賛と愛に満ちた歌を。

その為に、人間よ、常にあえて正しい人生を生きよ、決して止まるな。心に愛と英知を抱くべし。そして真の愛の為にすべてをなすべし。

熟考せよ、みんな無駄な人生を送ってきていた。苦しい負担を負いながら自分の人生を真の愛と尊敬をもって生きようとしなかった為に。

(以下省略)


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