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001 アピール 地球の人口限度算定


Billyさんのいう地球人口の制限値、529百万と言う数字について、KG49のクリスチャン・フレーナーさんが、なにやら考えて質問したのに、Billyさんが答えた回答です。
529 = 23 x 23 だとか・・・(笑) 
本当の根拠をよく、認識しましょうね。 
クリスチャンさま、質問の方が難しくて、訳していません。ごめんなさい。

H.Thoma ( 2011-08-21 非公式翻訳 )
 ( 原文出典 FIGU-SB Nr.59)

Antwort

回答

Die Zahl von 529 Millionen Menschen, die als höchste Zahl der Erdbevölkerung gelten und die nicht überschritten werden sollte, beruht nicht auf einer kabbalistischen Berechnung, sondern auf einer reinen mathematischen Nutzbarkeitsberechnung in bezug auf das naturmässig gegebene fruchtbare Land, auf dem auf rein natürlichem Wege durch die menschliche Gemeinschaft genügend Nahrung erschaffen werden kann, dass 529 Millionen Menschen problemlos und gar im Überfluss ernährt werden können.

人間の529百万(5億2900万)人と言う数は、地球人口の最大値としてみなされるもので、超過してはならない数字であり、カバラなどの計算からのものではなく、自然によって与えられた肥沃な土地で、その土地で純粋に自然な方法で、人間の529百万(5億2900万)人が問題なく、完全にあり余るほどに栄養が与えられうるほど十分な食物が、人間社会によって生産されうる土地に関する純粋に数学的に有用な計算をよりどころにしています。

Demgemäss ist auch die Zahl von 12 Menschen pro Quadratkilometer nur ein durchschnittlicher Wert.

それに応じて、また一平方キロメートル当たりに12人という数字は、ただの平均値です。

Jeder Quadratkilometer als Kulturland muss auch derart verstanden werden, dass darin Fliess- oder Stehgewässer und Wiesland für Tiere gegeben sind, wie aber auch Acker- und Gartenland sowie Waldanteil.

耕作地としての個々の一平方キロメートルはまた、次のように理解されなければなりません。つまり、その土地の中に、流れる水か、溜まっている水、そして動物のための牧草地が与えられ、加えて耕作地と庭地と森林割り当て分が与えられていることです。

Natürlich ist das nur als Fall dessen zu verstehen, wenn die notwendige Quadratkilometerzahl naturmässig fruchtbarer Boden gegeben ist und jeder Quadratkilometer von nur 12 Menschen bewohnt und bewirtschaftet wird.

それは次のような場合として理解されるのが自然です。つまり、もしも必要な平方キロメーター数が自然で肥沃な土地として与えられたとして、個々の平方キロメーターは、たった12人によって住まわれ、耕作されるということです。

Da es aber Siedlungen, Dörfer und Städte gibt, sind natürlich die Verteilungsverhältnisse anders gegeben, folglich dem Rechnung getragen werden muss.

しかし、そこには開拓農地、農村や都会が存在します。言うまでもなく他の分配割合が与えられ、従って、それについての計算がなされなければなりません。

Zu beachten bei der notwendigen Quadratkilometerzahl von naturmässig fruchtbarem Boden/Land für 529 Millionen Menschen ist auch, dass nebst denen auf dem Planeten noch unzählbare Tiere und unzählige Getierformen existieren, die auch eine Lebensberechtigung haben.

人間の529百万(5億2900万)人のための、自然で肥沃な土地 / 地帯の必要な平方キロメートル数に際して顧慮すべきことは、また、この惑星には、その人間たちと共に、同様に生きる権利をもつ、数え切れない動物たちと無数の昆虫などの小動物が存在していることです。

Diese benötigen auch sehr viel Land, das ihnen nicht abgesprochen und nicht weggenommen werden darf durch den Menschen, weil er seinem Wahn der Überbevölkerung frönt und immer mehr Lebensraum braucht, den er der Tier- und Getierwelt raubt und diese langsam aber sicher ausrottet, weil ihnen ihr Lebensraum und das Futter geraubt und zerstört werden und weil sie in ungeheuren Massen gejagt und getötet werden, um dem Menschen als Nahrung zu dienen.

このことはまた、そこから人間によって、動物や昆虫たちに裁定がなされたり、追い出されたりされない、非常に多くの土地を必要としています。何故なら、人間が自分の人口過剰の幻想の虜になり、ますます生活空間を必要とし、それを彼は動物世界や昆虫世界から奪い取り、それをゆっくりとしかし確かに根絶します。何故なら、動物や昆虫の生活空間と飼料は奪い取られ、破壊されるからであり、また人間の食べ物に用いるために、彼等は恐ろしいほど大量に狩られ、殺されているからです。

Weiter ist auch der Raubbau an den irdischen Ressourcen zu nennen, den der Mensch der Erde betreibt, indem er verbrecherisch die Erde ausbeutet, wodurch viele für den Menschen lebensnotwendige Stoffe erschöpft und nur schwerlich durch andere Dinge ersetzt werden können.

更に、地球の人間が地球を犯罪的に搾取するべく進めている、地球の資源の乱掘もまた言及されるべきです。そのことによって、人間が生きるために必要な物質の多くが使い果たされ、他のものでは殆ど置き換えることはできないのです。

So ist also allein daraus zu erkennen, dass sehr viele Faktoren eine Rolle spielen in bezug auf eine irdisch-menschliche Population von 529 Millionen.

ですから、もっぱらそこから、529百万(5億2900万)人という地球人の人口に関して、非常に多くの要素が役割を演じているということが、認識されるべきです。

Wollte alles genannt sein an diesbezüglichen Wichtigkeiten, dann nähme es kein Ende, alles anzuführen.

もし、すべてのことが関係する重要事項について言及されるとしても、すべてを述べのるに切りがありません。

Billy 

(原文著作権 FIGU/BEAM , 訳文は非公式で H.Thoma 2011-08-21 )


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002 アピール 人口過剰


 FIGU-Landesgruppe JAPAN のHPより転載しました。原著は下のHPを見てください。

http://jp.figu.org/act-ov1.html

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人口過剰爆弾 - 地球破壊 - 女性差別

 無制限な出産という狂気を直ちに阻止しなければ、世界の人口が2倍、3倍になるのにそう長くは掛からないだろう。また、社会、政治、経済 、自然、環境、気候に関するあらゆる問題、つまりこの地球上で起きているすべての地球的規模の環境問題が人口爆発もしくは人口過剰に起因 していることも、争う余地がないのである。

人口爆発から環境崩壊へ 

我々の惑星地球の近未来

 1993年の人口増加を見ると、恐るべきことに、この地球に住む人間の数はたった1年間にほぼ1億人増えたことが分かる。より正確に観察する と、1秒間に3人の新生児が誕生した計算になる。

1秒 = 3人
1分 = 180人
1時間 = 10 800人
1日 = 259 200人
3651/4日= 1年 = 94 672 800人

 これに比べ、1994年はまたしても出産に関して常軌を逸脱した年であって、人口増加は2倍となっているところから、次のような計算になる。

1秒 = 6人
1分 = 360人
1時間 = 21 600人
1日 = 518 400人
3651/4日= 1年
= 189 345 600人

 これは、「世界監視機関」およびこれに携わるその他の組織、ならびに統計学者によっても確認されず、認識されなかった事実である。なぜ なら、彼らは見せかけの計算パターンにかたくなに従い、大ざっぱに見積もった計算をしているだけだからである。しかし実際は、人口増加に関して例外が生ずる年が度々あり、新生児の数が多くなったり少なくなったりしているのである。そして1994年は、予想の2倍に上る子供が生まれた年だった。この事実に加え、世界人口は人々に信じ込ませようとする大ざっぱな統計よりもかなり多い。それは、多くの国々は自国の人口についておおよそのデータしか提出できず、そのため多くの人間が統計から忘れられているのが普通であり、その数はとどのつまりはその都度2~5億人プラスになっている。したがって、1995年初めに地球の人口は57億5000万人あるいは58億5000万人だったとする「世界監視機関の計算」とその統計は正しくない。なぜなら、1995年2月14日にはすでに62億7000万人いたと推定されるからである。つまり統計が主張するよりも、はるかに大きな数である。だが、「世界人口監視機関」はそれほど厳密に考えていないようだ。なぜなら、明らかに数億人ぐらい大したことはないように思っているらしいからである。しかしまさにその点で、彼らはまったくとんでもない思い違いをしている。事態はすでに、一人ひとりの人間が大きな意味を持ち、一人ひとりの人間が地上の生命全体とこの地球そのものの破壊と滅亡に加担し、その危険性が日々に増加しているのである。

 1995年初めには世界の人口はすでに62億7000万人以上であったが、それ以来1秒に4人ずつというペースで増えつつある。増加率は再び少し低下してはいるが、それでも1993年に比べると1人増えている。これは、1994年中に多くの人間が生殖可能年齢に達し、そのためにより多くの子供が生まれた必然的結果にほかならない。人類の約4分の3は発展途上国で生活している。そのうちまた約20億の人間が飢えており、さらに飢えと栄養失調のために毎日4万人の子供の命が失われている。これは1年間では1400万人である。飢えが原因で人間のあらゆる種類の不幸、社会的緊張、革命、そしてついには内戦や国家間の戦争が起こる。財の分配をめぐる闘争はますます残忍で非人間的になり、人間的な生活は完全に姿を消す。すべての国家はテロリズムと無政府状態と混沌に陥り、飢え、悲惨、困窮、戦争、迫害、大量虐殺が人間を逃走へと駆り立て、いまだかつてない大規模な民族移動が起こる。こうして1995年の春だけでも、約2億人が難民となった。巨大な人間の波のように第三世界は避難すべく動き始め、最初は住み慣れた地域に限られていたのたのが、やがてますます多くの人間が豊富な食料、富、裕福な生活、贅沢、そして仕事の機会が心をそそる北の方向へ、工業国、経済国、福祉国へと向かう。だが、就職口は減る一方である。なぜならば、逃亡者が次々にこれを占有し、彼らは現地人よりも安い賃金で働くので、現地人は収入の道を失い、福祉制度の世話にならざるを得ない。

 北の工業国および経済国に住んでいる、富める人類の3分の1は、南の貧しい第三世界の人間と比べて1人当たり10倍以上かせいでいる。そして、この富める3分の1は、世界経済の生産量の5分の4を生み出している。いっぽう、北の経済国の人間の止めどない消費欲は、すべての地球資源、すなわちこの惑星のすべての原材料およびすべてのエネルギー資源のなんと3分の2をも費やしている。しかも、北の工業国が生み出しているあらゆる種類の環境破壊は、第三世界のすべての国を合わせたよりも、はるかに大きく、破壊的、壊滅的である。工業国は環境保護においても、環境に対する被害を避けるためのテクノロジー等が発展途上国に比べて数倍も進んでいるにもかかわらずである。

 世界の全部の自動車の約70パーセントは北半球に集中しているが、そのため工業国が大気や環境の汚染に関与する割合は非常に高い。そのうえ、北の経済国の人間は、第三世界の人間に比べ、1人当たりほぼ100倍の量の水を消費している。だから、工業国の国民はすべての河川や湖や海など、あらゆる水資源の汚染に最も大規模に、最も激烈に関与しているのである。

 農業においては工業化がいっそう進み、今でも化学薬品を止めどなく使用するために、土壌は完全にやせ衰えている。その結果、穀物の収穫量は減少の一途をたどり、浸食が広がり、種の死滅がますます加速している。また、「スポーツ精神」やその他の見え透いた理由、さらには純粋な殺傷の快楽から、あらゆる種類の動物が無意味に撃ち殺され、根絶やしにされている。もちろん、密猟監視人や猟場番人の保護育成などあり得ない。それのみならず、大洋や河川や湖でも、ハイテクを駆使した小型漁船や最新の装備を積んだ漁獲船団による過剰漁獲が、あらゆる水棲動物の生息数を無思慮かつ無責任に激減させている。だが、漁獲量は急速に減少しはじめ、多くの魚種や他の水棲動物はすでに絶滅の危機に瀕しており、すでに根絶されてしまったものもある。だが、南の第三世界の国々も、自然に対して無責任で犯罪的な乱獲を行っている。一例を挙げれば、熱帯雨林は犯罪的かつ組織的に伐採され、1995年初めにはすでに元の面積の半分にまで縮小、破壊、壊滅したのである。

 人間が無責任に引き起こしている環境変化の規模と速度は、衛星によってはっきり分かる。たとえば、カザフスタンとウズベキスタンにまたがりトゥラン低地に位置するアラル海は、わずか30年以内に半分に縮小し、そのうち40パーセントはここ数年で起きたことが衛星写真によって証明された。アムダリヤ川とシルダリヤ川が注ぐ排水路のないこの塩湖には、水は雨量の多い年にしか湖に達しないが、表面積は1975年にはまだ5万4400平方キロメートルあった。だが、湖水を潅漑に利用したため、わずか15年後の1990年までに湖は40パーセント縮小したのである。その結果、かつて地球上で4番目に大きかった湖の魚は無残にも死滅し、漁業と魚加工業は終焉を迎えた。その責任は農場主、技術者、科学者、そして政府にある。彼らのある者は庭園や広大な農地の集中的潅漑のために湖から水を引き、他の者はそのための手段や方策を提供する一方、責任者たる政府はそれらを認可した後は、手をこまねいて傍観していた。

 こうした行動や振る舞いは、実際にはこの地球の他のすべての国々でも見られるものであり、それぞれ形を変えて現れているにすぎない。たとえば、地中海でも凄まじい破壊が生じるということが、実際に起こりうるのである。これは主として、ポー平原から洗い流されて海に流入する化学肥料やあらゆる種類の廃水によってアドリア海が絶えず汚染されているところから毎年、病的なまでの海草の増加がますます大規模に発生し、海中のすべての生物を窒息死させている。これには、ナポリ、ジェノバ、ブリンディシ、カタニア、シラクサ、トラパニ、パレルモ、マルセイユといった港町も関与している。なぜなら、これらの町は有毒な廃水を何の処理もせず海に流しているからである。


 もう1つの大きな地球的規模の危険は、地球のオゾン層の希薄化である。これも人間の罪過と無責任さによって引き起こされている。オゾンホールは南極上空のみにとどまらず、年々大きくなっている。というのは、紫外線から生命を守ってくれるこの保護層は別の場所でも破壊されているからである。宇宙空間に発し、地球上のすべての生物に致命的な危険をもたらす紫外線は、ますます強く地球を照射する。その理由として、北半球上空でもすでにオゾン層が急速に減少し、もう危険なまでに薄くなっているからである。こうして、紫外線はすでに測定によって確認できるほど温暖な地域にも広がり、人間の間に「メラノーマ(悪性黒色腫)」と呼ばれる皮膚癌を引き起こしている。人間によって引き起こされた人工的な温室効果が同時に地球的規模で広まりつつあり、気候全体が崩れてしまう恐れがそこから発生したのである。種々の不自然な自然災害も、人間の破壊の狂気が原因であり、すでに現在では気象学者が、熱帯ハリケーン、異常な干ばつや、洪水など、自然災害の増加を記録している。これには、また地震や火山の噴火も含まれる。科学者たちはいまなお、それらは純粋な自然災害であると主張しているが、この主張は事実ではない。事実、こういったすべての事態や出来事や事件は、昔ながらの自然の枠にはとっくに収まらなくなっているのである。北極と南極、グリーンランドの氷原、それに山岳氷河が急速に融けて、その結果世界中で海面の上昇が顕著となっている。標高が低いすべての島国や沿岸地域は危険にさらされ、ゆっくりと、だが確実に上昇している水面下に消えようとしている。みずからを被造物の王と見なしたがる人間は、あからさまな非理性と利己主義を増長させて、地球的規模であらゆる生命にとって暴力的な脅威となってしまった。世界中ですでに無数の生命に対して危険な変化をもたらした最悪の悪弊と化しているのである。しかも、人類はとどまるところを知らず、凄まじい速度で増え続けているのだ。だが、地球がますます砂漠化している原因となっているのは、まさにこの事実にほかならない。つまり、人間の盲目的出産のせいで、あらゆる貧困とあらゆる悲劇、総じてすべての社会的、生態学的ならびに経済的悪がとどまることなく広大無辺に増加し、ついにはもはや取り返しのつかないところに発展していくのである。

 人間は地球の一部である。だが、人間は生きることの在り方を理解しようとしない。人間はそれぞれ異っているが、ある者は色が違い、ある者は異った人種、民族に属し、またある者は単によそ者であるというだけで受け入れられなかったり、軽蔑されたり憎まれたり、侮辱や迫害を受ける。権力欲の強い者や強力な者は、無力な人間から土地や財産を奪う。それとまったく同様、人間は自分の居住地である地球を、あたかも他人であるかのごとくあしらい、地球と全生物との調和のためではなく、ただ私利のみのために生きる。夜盗のごとくやってきて、まるで他人のように自分が要るものを何でも大地から奪い取り、何でも気の向くままに地上のものを破壊し、破滅する。人間は母なる大地と共に生きるのでなく、敵であり、大地の一部を侵略し、臣従させると、さらに前進し、次の場所でまたしても同じことを繰り返す。


 人間はその故郷、地球と大気、すべての水、全環境、あらゆる種類のすべての生命を、それらが使用され、利用され、破壊され、略奪され、搾取され、そして使用後は廃棄され、絶滅されても構わないものであるかのように扱っている。大地の溢れんばかりの富への欲望と、抑えのきかない人間の盲目的出産とが、やがてこの惑星をすべての生命もろとも飲み込んで、破壊し、そして生命のない荒涼とした砂漠以外の何も残さない。

 さて地球の人間が、何の明るい予測も許さない自滅的な状況に滑り込んだわけは何であろう。これについては、人類の誕生から今日に至るまでの歩みを調べてみなければならない。人間という種、すなわちホモ・サピエンスが増えて、世界中に住むようになるまでに数百万年掛かった。西暦元年には、せいぜい1億246万5000の人間が地球上に生きていたと推測されている。その時点から3億人に達するまでわずか1000年しか掛からなかった。しかし、あらゆる種類の戦争と疫病や伝染病が、繰り返し何百万という人間の命を奪った。これについては、特に中世が挙げられる。14世紀、ヨーロッパでは特に「黒死病」が人口の減少をもたらした。というのは、ペストが猛威を振るって蔓延し、一度に大勢の人が死に、全体では数千万人もの人間が死んだのである。だが、医学の最初の成果が出るやいなや、死亡率はまた減り、その結果、人間の死亡数は出生数よりもずっと少なくなった。そのために世界人口の増加はますます速くなり、1810年には初めて10億に達した。結果として、新生児の増加率が増えるのは言うまでもなく、世界人口の増加する速度もあいまってどんどん加速されたわけである。そして早くもそれを通じて劇的な問題が生じようとしていた。それは、生命圏全体と生命および惑星の来るべき破壊をほのめかしたものをすでにたくさん含んでいたわけである。人間の激増とその破壊的な帰結に関する警鐘はすでに当時鳴らされはしたが、今日同様無視されてしまった。今日では確かに、誰もが人口過剰によって引き起こされている地球的規模の破壊を話題にしているけれども、人口過剰の問題を認めようとせず抑圧しているのである。1926年には人類は20億、そしてその数を2倍に増やすまでなんとわずか116年しか掛からなかった。そして1960年には早くも30億人、1977年には40億人であった。つまり、次にその数が倍になるまで今度は51年しか掛からなかったのである。10年後の1987年には地球の人類はすでに51億に達し、それからわずか8年後の1995年2月までに、その数はなんと60億にまで増えた。これは世界中の誤った統計が出している数字より約3億人多い。最初の人間から数えてホモ・サピエンスという種が10億人に達するまでに数百万年、正確には450万年要したが、その後、世界人口が6倍に増えるのにたった185年しか掛からなかったのである。だが、人口過剰の擁護者、たとえばカトリックの教皇である法王は、際限なく子供を生むように人間を激烈かつ狡猾にたぶらかし、信仰によって事実上強制して、カトリック教会が搾取できる信者をできるだけ多く作り出そうとしている。その際、法王は、聖書に書かれている、控えめに言っても非理性的で犯罪的な指示を引き合いに出す。それは、モーゼの書第1編第9章第7節に次の言葉で言われているように、狂気の沙汰ともいえる人口過剰の増長を宣伝している。

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「あなたたちは産めよ、増えよ、地に群がり、地に増えよ」

注)(1996年版 新共同訳)

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 まさに人間がこのとおりに振る舞ったし、現在に至るまで変わってはいない。しかも、それは法王とその枢機卿、司教、僧侶、そして信者などによって、人類と生命と地球に対して犯罪と言ってもいいほど、恐ろしい行動パターンとして継続させられている。これによって、出産を犯罪的に促進し、-ある国家や市町村ではこれを正式に行い、それに従う者には多額の出産手当や児童手当を支給している- 一方では、法王への服従を通してあらゆる理性をつぼみのうちに摘み取っている。そのうえ法王は、母親の命を救い、また必要性のある中絶をでさえもしばしば禁止するだけでなく、あらゆる避妊法や、妊娠と出産の回避に適したその他の措置も禁止しているのである。法王とその信奉者は、妊娠中絶や、いかなる種類のものであれ避妊でさえも神に対する冒涜であり、非人間的であると言う。だが、法王は、無数の女性が妊娠、出産を通じて困窮と悲惨に陥り、子供が両親あるいは片親によって虐待され足蹴にされるとき、また多くの女性が同じように虐待され苦しめられるとき、また食料がなくて子供たちが悲惨にも飢え死にするという事実について何と言うのだろうか。それは恥ずべきことであり、非人間的なことではないだろうか。しかし法王もその信奉者も、そのことについて、明らかに心を煩わす様子は見えない。そしてたまたま、ある信者がそのことに構ったとしても、良心を安らげるために、わずかばかりの献金をするのが常である。その様なことや、セクト的な決まり文句や、美辞麗句ではことの進展はなく、また多くの問題を1つとして解決することはできない。殊に世界中に存在するすべての悪と問題の根源となる最大の問題、つまり人口過剰の問題を解決することはできない。

 人類の増加と食料生産との較差がますます大きくなっている。そこでバランスを取り戻すのは、疫病、伝染病、飢餓、戦争など、極端な形で人間の数が減少することによってしかない。ただし、もし人間自身がついに正気に戻って、論理的な行動と対策により、つまり厳格で徹底した産児制限と効果的な出産停止を実現し、またこれを容赦なく遂行することによって人口過剰のこれ以上の進行に終止符を打つならば話は別である。

 ついでながら食料生産についても簡単に一言。本格的な農業および菜園に利用できるのは、地球の全陸地面積のわずか12パーセントにすぎない。残りの面積は、山岳、岩、ツンドラ、ステップ、森林、砂漠など、耕作不能な地域である。しかし、12パーセントの利用可能面積は、人類の数とはまったく釣り合っていない。というのは、ごく自然に計算すると1人当たりの人間がきちんとした生活を営むために必要な生存圏は8万3333平方メートルであり、たった1人の人間の食料需要を満たすのに4000平方メートル(これは63.245×63.245メートルに相当する)の肥沃な耕地を必要とするからである。これを60億の人類に換算すると、総面積は約2400万平方キロメートルとなる。だが、これは確保できない。この地球全体の利用可能な12パーセントの耕地面積は、わずか1800万平方キロメートルにすぎないからである。つまり、60億の人類が食料生産に必要とする面積より、600万平方キロメートル少ないのである。そして、この矛盾は新生児が1人誕生するごとに悪化し、しかもこの12パーセントの面積は増えないどころか、土壌流出と砂漠化、家屋、道路、飛行場、村落および大都市の建設、さらにはあらゆる種類のスポーツ施設などによって日ごとに減少し、消滅しているのである。

 牛肉1キログラムを生産するのに、9キログラムの穀物が必要である。肉lキログラムは人間の1日の栄養価に相当する。だが、換算すれば、穀物9キログラムは16人の人間を養うことができるのである。今日、世界中の海で300万隻の漁船が漁をして、魚や水中のその他の生命体の生息数を激減させている。しかも、漁獲量は過去40年間で3倍に増えている。人間の食物連鎖に入った魚やその他の水棲動物は、1950年はまだ2000万トンだったが、1990年までに年間1億トンに増えた。だが、漁師は海だけでなく、収入と利益が得られるなら、つまり金勘定さえ合えば、湖や河川をも良心のひとかけらもなく収奪している。そして、すべてが非常にプロフェッショナルに、だが遺憾にもすべての点でまったく将来を考えずに無責任に行われる。しかし、このような乱獲はすべての海や河川での世界的な過剰漁獲をもたらした。こうして、多くの海や湖などに生息する多数の生物がすでに再生能力の限界に達し、あるいはすでに完全に搾取されて死滅または絶滅してしまったのである。

 人間はすでに、漁師や農場主や菜園家などがいくら努力しても、人口増加についていけない状態に至っている。つまり、毎年新たに生まれて著しく増大する人口に加わる数千万の人間を養うことができるためには、すでに生息している人間が、自分の食料消費量を制限しなければ無理である。だが、これはまったく新しく直面する状況であり、人間がこれに順応しなければ、これからも数百万の人間が餓死するであろうし、しかもその数は増える一方であることが予測される。

 空気や気候も問題になっている。地球の大きさに比べると、大気は実際のところきわめて薄い膜にすぎない。精密このうえない自然の複合的な制御系は、地球の生命体が呼吸できる種々の気体の混合比を5億年もの間、一定に維持してきた。気温さえも、きわめて狭い帯域内に保たれた。こうして天然の防盾が生じ、その下でやはり天然の温和な温室気候が発達し、その中で次第に多様な生命が繁栄できたのである。しかし、この精妙な均衡に人間が干渉したために、およそ100年前からすべてが変わってきている。人間自身がその技術や毒物生産などによって、地球の気候さえ変化させ、徐々に一切を壊滅させる危険で、生命に敵対的で、破壊的な温室効果を新しく生み出している。人間の自己欺瞞は、最後には人間自身とすべての生命体、さらには地球の破壊と滅亡を招くのである。

 化石燃料の燃焼や、自動車、その他のエンジンの排気ガスなどにより年間230億トンの二酸化炭素が、化学産業や個人消費によって100万トンのフロンが、牧畜、稲作、ゴミの山により3億8000万トンのメタンが、窒素肥料とバイオマスの焼却により1100万トンの一酸化窒素が、大気中に放出されている。

 オゾン層破壊や温室効果、すなわち地球の気候変動に対する責任が、ひとえに人間にあることは疑いなく、またこの世界に住む人間が増えれば増えるほど、それらすべては悪化し、救いようがなくなるのである。現在すでに明らかになっている気候変動が、ハリケーンや災害を伴うその他の激烈な自然現象の増加を招いているのは間違いない。

 人口過剰の弊害が蔓延するのは、女性が抑圧され、軽蔑され、虐待され、男性に比べ、劣等であるとされるからである。女性には権利がない。したがって、実に多くの女性たちは男たちから、さまざまな脅迫を受けているが、中でも最たるものは信仰による中絶と避妊の厳禁である。 しかし、このような差別はキリスト教とその教派だけでなく、その他の宗教やそれらの教派にも見られるのは以下の短い抜粋が証明している。

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イスラム教のコーラン第4章

「男は女より上位にある。なぜなら、アッラーは一方を他方よりも優位を賜ったからである。」

儒教

「百人の女子は、1人の男子に如かず」

ヒンズー教

「妻たる者は決して独立を享受してはならない」

新約聖書/パウロがエペソ人に書いた手紙

「妻たる者よ、主に仕えるように自分の夫に仕えなさい」

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 これらの格言は、宗教および多くの男の観点から女性の価値について語った、実に明瞭な言葉である。そしてこの女性を差別する言葉は、過去に語られただけでなく、今なお至る所で語られているのである。このことは、とりわけ女性を出産機械として乱用しながら、女性はそれに抵抗できないことを証明しており、また、人口過剰が今後も敏速に止まることなく活発に進んでいくことを証明している。

 カトリック教会は避妊や出産防止に対して重厚で頑丈な防御壁を築いた。これは、出産制限と出産防止のあらゆる理性、女性のすべての権利、そして出産や妊娠中絶について自分で決めたいという女性の願いに真っ向から対立するものである。しかも、政治家までがこの意味で女性の権利を切りつめ、不当にも女性について裁定し、国の法律でその自由を奪うのである。そのため、特にカトリック教(およびその他の宗教)の間では、放縦な出産増加が今後もはびこり、地球上のすべての生命を、それどころかこの惑星の存在さえも危うくするのである。今後も出産を管理せず、出産停止および産児制限を導入、実施しないことは、死の文化を育むことを意味する。だが、犯罪的なローマ教皇もしくは法王とそれに従うすべての者たちは、強大な権力を持っており、それによって法王(および他の宗教とその代表者)は、全人類と地球および地球上のすべての生命を苦しみと悲惨さ、破壊と絶滅へと導くのである。

 法王とヴァチカンの枢機卿は、世界中の地域のすべての種族の10億近い信者が属するカトリック教会の最高権威をなしている。1968年、当時の法王パウロ6世の回勅「フマーネ・ヴィテ」が公布された。この標題は「人間の生命の伝達の公正な秩序について」ということを意味する。その第14節には、避妊法の許されないやり方が詳しく述べられているが、それは法王と枢機卿らが女性を差別し、その権利を切りつめ、世界の人口を引き続き無制限に増やして、人類とあらゆる生命と惑星地球を損ね、破壊するために、企んだものにほかならない。

回勅「フマーネ・ヴィテ」第14節

 「たとえ治療の目的であっても、すでに芽生えた命を直ちに摘み取ること、特に直接、妊娠中絶を行うことは、法に適った産児制限の方法ではなく、絶対に排すべきことである。同じく、男性または女性の直接的、恒久的または一時的不妊手術は、排撃されなければならない。全く同様に、夫婦の行為を遂行するにあたって、子孫繁殖を妨げるために、途上、前後に関わらず何らかの所行を講じることは、それが目的であっても、目的のための手段であっても退けるべきである。」

 これについて見解を述べると、法王が言っていることはすべて、非人道的で生命に対して敵意を持ったものであるから、躊躇せずに無視すべきである。というのは、そのくだらないおしゃべりは取るに足らないものであり、彼が提示したものは、世界と人類が直面しているいっさいのものに対していかなる現実的な関係も持っていないからである。

ビリー



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003

An die Menschen der Erde

To The People Of Earth!

地球の人々へ

Es gibt Zeiten, in denen der Himmel in Flammen steht - es gibt Zeiten, in denen die Erde auseinandergerissen wird, Ozeane sich ueber das Land ergiessen und Tausende ihr Leben lassen mussen; es gibt Zeiten, in denen Muetter von ihren Kindern fuer immer getrennt werden, Zeiten, in denen sich liebgewordene Menschen zum letzten Mal sehen, Freunde endgueltig Abschied nehmen und die Liebsten in flammenden Infernos vergehen.

There are times where the sky is burning; - there are times where the earth is torn apart, oceans flood the country and thousands lose their lives; there are times, where mothers are forever separated from their children, times, where lovers see each other for the last time, friends say definitely good-bye and the dearest die in a blazing inferno.

空が燃える時がある-地球が引き裂かれ、海水が地に溢れ、多くの者が命を失うに違いない時がある;母たちが自分の子供たちから永久に引き離される時があり、恋人たちが最後の逢瀬を迎え、友が最後のさよならを言い、最愛のものが燃える惨劇の中で死ぬ時がある。

Es gibt Zeiten, in denen euch die Gier nach Macht die Hoffnung auf eine sichere Zukunft raubt, Zeiten, in denen eine fanatische Weltanschauung den Wunsch nach Liebe ersticken laesst, Hass das Bestreben zum Zusammenleben begraebt und der Wille zu toten starker ist als der Wille das Leben in seiner unendlichen Fulle zu achten und zu beschutzen.

There are times, where the hope for a safe future is robbed by the greed for power. Times, where a fanatic philosophy of life strangles the desire for love, hate abandons the endeavour for living harmoniously together and the will to kill is stronger than the will to respect and to protect the splendor of the gift of life.

権力欲が心配のない未来への希望をあなたから奪う時がある。熱狂的な世界観が愛への願いを押し殺させ、憎しみは調和して生きようとする努力を放棄させ、そして殺そうという意志の方が限りなくいろいろなものに満ちた生命を尊重し守ろうとする意志よりも強くなる時がある。

Trotz diesen Zeiten der Finsternis und des Wahnsinns vergesst nie zu laecheln, wenn ihr die Moeglichkeit dazu habt; vergesst nie, euch zu freuen, wenn die Sonne hinter dem Horizont aufgeht und ein neuer Tag beginnt, vergesst nie, euch selbst und den Boden, auf dem ihr steht, zu lieben, vergesst nie euren eigenen Namen und euer eigenes Wesen, vergesst nicht, dass ihr Menschen seid, die in diese Welt geboren wurdet, um ein einzigartiges Leben zu leben, wie es in seiner Art kein zweites Mal vorkommt.

In spite of these times of darkness and madness, never forget to smile if you have the possibility; never forget to be amazed when the sun rises behind the horizon and a new day is dawning. Never forget to love yourself and the ground whereupon you stand. Never forget your own name and who you are. Dont forget that you are a human being born into this world to live a unique life, never to be experienced a second time like this.

そんな暗くて狂気の時でさえも、あなたにそれができるものなら、微笑むことを忘れるな。太陽が地平線からあがり、新しい夜明けが始まったら、それを歓ぶことを忘れるな。あなた自身とあなたが立っている大地を愛することを忘れるな。あなたの名とあなたが何者なのかを忘れるな。今と同じように二度と経験できない固有な人生をいきるために、この世に生れてきた人間だということを忘れるな。

Eines Tages wird aus der verbrannten Erde ein gruener Spross hervorbrechen, um einen neuen Anfang einzulauten - vergesst nicht, dafur dankbar zu sein.

Every day there are green sprouts breaking through the burned earth to announce a new beginning - dont forget to be grateful for this.

何時の日も燃えた大地から緑の若芽が顔をだしてくる-このことに感謝すべきことを忘れるな。

Auf dieser Erde existieren viele Kulturen, viele Voelker und ethnische Gruppen nebeneinander.

There are many cultures on this earth, many peoples and ethnic groups.

この地上には多くの文化、多くの人々そして民族のグループが相並びたっている。

Alle sind voneinander verschieden, alle haben ein anderes Weltverstaendnis, allen liegt eine eigene Philosophie zugrunde.

All are different from each other. All have another understanding of this world and all have their own philosophy.

すべてがお互いに異なり、すべてが世界への違った理解をしており、すべてが固有な哲学に基礎を置いている。

Manche dieser Philosophien unterscheiden sich in ihren Inhalten sehr stark, andere hingegen nur wenig.

Some of these philosophies drastically differ in their content whereas others differ only a little.

それらの哲学の幾つかはその内容に置いて非常に異なっており、他のものは少しだけ異なっている。

Manche stimmen miteinander uberein, andere widersprechen sich gegenseitig.

Some of them correspond, others contradict one another.

それらの幾つかはお互いに意見が一致しており、他はお互いに異論を唱えている。

Viele Menschen viele Lehren.

Many people and many doctrines. 

多くの人々と多くの説。

Ein eifriger Juenger wird seiner Lehre eifrig folgen.

An ardent disciple will follow his doctrine eagerly.

一人の熱心な弟子が彼の説に熱心に従う。

Ein fanatischer Juenger wird seiner Lehre fanatisch folgen.

A fanatical disciple will follow his doctrine fanatically.

熱狂的な弟子は彼の説に熱狂的に従う。

Was aber bedeutet fanatisch>?

But what does fanatical mean?

しかし、この「熱狂的」とは何を意味するのか?

Es bedeutet, dass sich zwei Menschen bei einem Gesprach uber ihre Ansichten nicht mehr in Freundschaft unterhalten koennen.

It means that two human beings cant talk in friendship anymore about their opinions.

これは、二人の人間がもはや友好的に自分の意見を話すことができないことを意味している。

Es bedeutet, dass sie sich bei einer Begegnung in der Wueste nicht die Hand reichen, sondern sich gegenseitig zu erwuergen versuchen, und es bedeutet, dass sie lieber sterben wuerden, als vom anderen Hilfe entgegenzunehmen.

It means that they dont shake hands if they meet in the desert but that they try to strangle each other, and it means that they would rather die than ask for help from the other.

それは、もし、二人が砂漠で出会っても握手はしないこと、そしてお互いを殺そうと努めることを意味しており、また、相手から援助を受けるより、むしろ死のうとすることを意味している。

Fanatismus ist eine Seuche, die sich schnell ausbreitet.

Fanaticism is an epidemic that spreads quickly.

熱狂主義は素早く拡がる一つの伝染病である。

Wer einmal von ihr infiziert ist, wird sie in kurzer Zeit auf viele andere uebertragen.

The one who bcomes infected will soon communicate it to others.

それに一度感染したものは、すぐに多くの他の者に伝染させる。

Er ist ein loderndes Feuer, das die Menschen entzuendet und ihre Vernunft verzehrt, ihren Blick fuer die Vielfalt der Gedanken und ihre Toleranz gegenueber Fremdem ausloescht.

It is a blazing fire that spreads among people, that consumes reason and eleminates their view for variety allowing themselves to be intolerant of opposing beliefs.

熱狂主義は燃え上がる炎であり、人々に火をつけ、人の理解力を消耗させ、考えの多様性への見方や、違ったものに対する寛容さを消し去ってしまう。

Fanatismus ist wie ein Pfeil, der die Luft zerschneidet und auf geradem Weg seinem Bestimmungsort entgegenrast.

Fanaticism is like an arrow that races through the air towards its destination.

熱狂主義は空気を切り裂き、その目的地に向う道を対抗して凄い速さで飛んでゆく矢のようなものである。

Nie wuerde er freiwillig Halt machen, nie wuerde er seine Bahn verlassen und nie wuerde er seine scharfe Spitze abwerfen.

Never would it stop voluntarily. Never would it deviate from its path and never would it let go of its sharp point.

それは自発的には決して止まらず、けっしてその道から外れたりせず、決してするどくとがった先端を棄てたりはしない。

Am Ende bohrt er sich tief in sein Ziel hinein, und niemand kann ihn jemals wieder herausziehen.

Finally it bores deep into its target and nobody can ever pull it out again.

最後には、それはその的に深く穴を穿ち、誰もそれを再び引き抜くことはできない。

Viele solcher Menschen bewohnen unseren blauen Planeten.

Lots of those people live on our planet.

多くのそのような人々が私たちの青い惑星に住んでいる。

Mit blindem Eifer kaempfen sie fuer ihre Ideen, ergriffen von einem Gedanken, den sie nicht mehr loslassen konnen.

Blindly they fight for their ideas, caught up in an ideal for which they cant let go of.

彼らは夢中で興奮して、もはや離れることのできない考えに感動して、自分の観念のために戦う。

Sie achten weder das Leben ihrer Mitmenschen noch achten sie ihr eigenes Leben.

Neitherdo they respect the life of their fellow creatures nor do they respect their own life.

彼らは彼らと同じ人間の生命を尊重せず、自分の命をも尊重しない。

Eisern folgen sie der Spur, die sie einst festgelegt haben.

Stingently they follow the path on which they once decided to go on.

強固な意志で彼らは一度行くと決めたわだちに従って行く。

Auf den Wegen, die sie gehen, findet man grosses Leid.

On the paths that they walk youll find great harm.

彼らが行く道で、あなたは大きな危害を発見すろだろう。

Auf den Strassen, die ihre Armeen beschreiten, findet man nichts mehr.

On the streets where their armies march youll find emptiness.

彼らの軍隊が行進する通りで、あなたはもはや何もないことを発見するだろう。

Wer sie gesehen hat, wird sich fragen, wie man nur so ruecksichtslos, so krank und so teuflisch sein kann.

Who has seen them will ask himself how one can be so ruthless, so mad and so devilish.

彼らを見た者は、人がどうしてそんなにも容赦なく、狂気にそして残忍になれるものかと自問するだろう。

Ob ihren Taten wird man in Wut erzuernen, aber man wird zugleich auch in tiefe Trauer versinken.

Upon their deeds youll become infuriated but at the same time there will be deep mourning.

彼らの行いについて、あなたは怒りに憤激するだろうが、しかし、同時に深い悲しみに沈むだろう。

Es ist die Trauer der Opfer.

It is the mourning of the victims.

それは犠牲者の悲しみである。

Eine Trauer derer, die ihre Familien und ihre Freunde verloren haben; die Trauer daruber, dass die Voelker der Erde nicht in Frieden nebeneinander bestehen koennen, dass es nicht moeglich ist, einen Konflikt ohne Gewalt zu loesen.

A mourning of those who have lost their families and their friends; the mourning that people on earth cant exist next to each other in peace, that it is impossible to solve a conflict without using force.

自分の家族や友達を失った者たちの悲しみ;地球の人々がお互いに隣で平和に存続できないことの悲しみ、それが力を用いることなしに解決することが不可能だという悲しみ。

Die Menschen werden in sich gehen und begreifen, dass nichts fuer die Ewigkeit gebaut ist, nichts fuer immer waehrt, dass es keine Sicherheit gibt und keinen Schutz gegen die todbringenden Ideen der besessenen Revolutionaere und Weltveraenderer.

Everybody will look inside themselves and understand that nothing is built for eternity, nothing lasts forever, that there is no safety and no protection against the fatal ideas of the obsessed revolutionaries and world-changers.

誰もが自分の態度を反省し、そして、何ものも永遠には建たず、何ものもずっと持続しないこと、狂った人間の革命や世界の変革の致命的な観念に対する安全とか防護とかはないことを理解するだろう。

Man wird verstehen, wie zerbrechlich der Traum von einer heilen Welt ist, wie schnell die wunderbarsten Palaeste und Bauten in Schutt und Asche liegen koennen und dass die Waelder, Seen, die einzigartigen Landschaften, diese einmaligen und grossartigen Schoepfungen in sekundenschnelle zerbombt und niedergebrannt werden koennen.

Youll understand how fragile the dream of an undamaged world is, and how quickly the most wonderful palaces and buildings can lay in ashes. The wonders of the forests, lakes and the landscapes - these unique great creations - can be bombed and burned down within a few seconds.

あなたは無事な世界の夢などなんと壊れ易いものか、そしてどんなに素晴らしい宮殿や建物もなんと素早く瓦礫と化しうるものか、そして、この森、湖、比類のない陸地-これらの唯一の無二で、偉大な被造物-が爆撃されて数秒で焼け落ちることを理解するだろう。

Und die Trauer wird alle ergreifen und Traenen werden die Ozeane fuellen.

And the mourning will move everybody and tears will fill the oceans.

そして悲しみはすべてを襲い、涙は大洋を満たすだろう。

Diese Trauer aber birgt in ihrem Inneren einen Keim, der alsbald zu wachsen beginnt und getraenkt von diesen Traenen wie eine Pflanze wuchert, groesser und maechtiger wird.

But this mourning has a seed inside that starts growing profusely from the tears that water it, and the plant gets bigger and more powerful.

しかし、この悲しみはその内部に種子が孕まれ、直ちに成長を始め、植物が大きく強く繁茂するように、その涙から水を飲まされる。

Es ist der Hass, der hier nahrhaften Boden findet.

It is here hate finds good soil.

それはそこに良い土壌を見つける憎しみである。

Er legt sich wie ein Schleier um die einst klaren Gedanken, er betaeubt wie Opiumrauch, und im Taumel des Hasses wird das Verlangen nach Vergeltung staerker, und der Wille Rache zu nehmen tritt an die Stelle der Vernunft.

Like mist it surrounds the thoughts, it stuns like the smoke of opium, and in the giddiness of hate the desire for retribution gets stronger and the will to take revenge substitutes reason.

種子はかつての澄んだ考えの周りを霧のように取巻き、アヘンの煙のように朦朧とさせ、憎しみのめまいの中で、報復への欲求が強くなり、そして復讐しようとする意志が理性にとって変る。

Die Opfer sind dann keine Opfer mehr sondern Raecher und sie sind es so sehr, dass sie von ihrem Plan, die Urheber ihres Leidens zur Strecke zu bringen, nicht mehr ablassen konnen;

sie sind erblindet, ihre Sinne sind trueb, ihr Mitgefuehl ist stumpf, aber ihre wahnsinnige Idee ist maechtig in ihnen und treibt sie voran, unaufhaltsam, unerbittlich - sie sind fanatisch geworden.

The victims arent victims anymore but avengers and they become so engrossed in their plan to hunt down the originator of their suffering that their senses are clouded and their sympathy is numbed but their mad ideas are powerful and drives them unstoppably, relentlessly -they turn fanatical.

犠牲者はもはや犠牲者ではなく、復讐者であり、そして彼らは彼らの苦しみを作り出したものたちを狩り出す計画に没頭し、もはやその計画を断念できない;彼らは曇らされ、彼らの感覚は混濁され、彼らの同情は鈍るが、彼らの狂気の観念は力に満ち、そして彼らをもはや止めがたく、容赦なく駆り立て-彼らは熱狂的になる。

Der Kreis schliesst sich.

The circle is closed.

環は閉じている。

Der Himmel wird brennen und die Erde wird beben.

The sky will burn and the earth will shake.

空は燃え、地球は震える。

Armeen werden einander bekaempfen, ohne zu wissen, wofuer sie es tun, ohne zu wissen, wofuer sie sterben, ohne zu wissen, warum sie leben.

Armies will fight against each other without knowing what they are fighting for, without knowing what they are dying for, without knowing why they live.

軍隊は何のために戦っているのか知らずに、何のために死ぬのかを知らずに、なぜ生きているのかを知らずに、お互いに戦うだろう。

Gebietet diesem Krieg Einhalt!

Stop this war!

この戦争を阻止しよう!

Lasst nicht zu, dass der Wahnsinn euer Handeln bestimmt! Entscheidet weise und gerecht!

Dont let madness determine your action! Decide wisely and just!

あなたの行動を狂気に決めさせるな賢くそして正しく決定しょう

Verteidigt euch, wenn ihr angegriffen werdet, aber toetet nicht, wenn kein Grund dazu besteht.

Defend yourselves if you are attacked, but dont kill without reason.

もしあなたが攻撃されたら、自分自身を守れ。しかし、分けもなく殺してはならない。

Seid konsequent in euren Entschluessen, aber geht nur so weit, wie es notwendig ist.

Be consistent with your resolutions but only go so far as it is necessary.

あなたの決心に筋を通せ。しかし、それが必要以上にやり過ぎないようにしよう!

Kaempft fuer eure Rechte und eure Freiheit, aber tut dies nicht auf Kosten von Unschuldigen.

Fight for your rights and your freedom but dont do this at the cost of innocent lives.

あなたの正義と自由のために戦え。しかし、無実のものの犠牲の上でこれをしてはならない。

Lebt euer Leben so, wie ihr es fuer richtig haltet, aber vergesst nicht, dass es viele Menschen mit vielen Leben gibt.

Live your life as you think it is good but dont forget that there are lots of people with many lives.

それがよいとあなたが考えるように人生を生きよ。しかし、多くの生き方を持つ沢山の人々がいることを忘れてはならない。

Seid frei in euren Taten, aber tut nur so viel, dass wenn es alle tun wuerden, man immer noch atmen koennte.

Be free in the things you do, but still allowing everybody to breath in their own personal space.

あなたがすることに自由であれ。しかし、それでもそれがなされる時に、人が呼吸できる限りにおいて、それをしよう。

Glaubt, was ihr glauben muesst, aber stellt nicht euren Glauben ueber den eines anderen.

Believe what you need to believe, but dont put your belief above that of others.

あなたが信ずる必要があるものを信じなさい。しかし、あなたの信ずるものを他のものよりも重視してはならない。

Seid Patrioten in eurem eigenen Land, aber denkt auch daran, dass ihr Buerger einer Erde seid.

Be patriots in your own country but also think about being a citizen of earth.

あなた自身の国で愛国者たれ。しかし、あなたは地球市民であることも考えよう。

Sagt eure Meinung, aber sagt sie nur so laut, dass man die anderen noch hoeren kann.

Say your opinion but dont say it so loud that you are unable to hear others.

あなたの意見を言いなさい。しかし、人が他の人の意見をきけないほど大声で言ってはならない。

Und was immer ihr tut, vergesst nicht, dass kein Verbrechen ungestraft bleibt; handelt daher nicht wie Verbrecher, sondern wie Brueder und Schwestern, die in einem kleinem Boot einem unbekanntem Land entgegentreiben.

And whatever you do dont forget that no crime stays unpunished; thats why you shouldnt act like criminals but like brothers and sisters sitting in a small boat and sailing towards an unknown country.

そして、あなたがどんなことをしようとも、どんな罪も罰せられずには残らないということを忘れるな;それ故、犯罪者のようにではなく、小さなボートに乗って未知の土地に向かっている兄弟、姉妹のように行動しよう。

Es gibt viele Gefahren dort draussen, aber die groesste Gefahr seid ihr selbst.

There are lots of dangers out there, but you are your own biggest danger.

そこには多くの危険があるが、しかし、あなたがあなたにとっての最大の危険なのだ。

Bringt das Boot nicht zum Kentern.Rudert sanft den Fluss des Lebens hinunter

Dont let the boat capsize. Row gently down the stream of life ...

ボートを転覆させないように!人生の流れに静かに櫓を下ろして...

 

Atlant Bieri Schweiz

Atlant Bieri Switzerland

アトラント・ビエリ、スイス

 

訳注:英語版についていた依頼文

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著作権についてドイツ語/英語共、下記の通り:

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Nov.21,2001 
配列と日本語化 
by H.Thoma



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004

拷問と死刑

惑星地球とすべての生命の未来は危うい・・・
なぜなら、時計は十二時を打っているからだ!!

  von 'Billy' Eduard Albert Meier
  私訳:H.Thoma Dec.10,1995

1 惑星地球とすべての生命の未来は危うい。時計は今や12時を打っているのだから!
2 生命のいない世界?

3 空っぽで、焼き尽くされ、化学物質と放射能に汚染されている世界?

4 致命的な疫病が蔓延し、疲弊し、搾取され、荒廃し、破壊されて、生命の欠けた世界?

5 事実、既に破壊されてしまったものを再興し、再び蘇生させるために、すべての種類のこれ以上のすべての破壊を最終的に防ぐことを、私達が決意し、直ぐに行動をしないならば、この完全に生命のない地球の恐ろしいイメージは近い将来に現実となりうるだろう。

6 そうしないと、他の人々を戦争へと煽動することで権力と個人の利益を渇望する、邪悪で、欲望を追い求める無責任な人々の狂気を押しとどめることは何ものにもできない。それらの人々は、厳密に彼等個人の利益のために、この惑星地球とその上の生命を死、全体破壊そして根絶へと引き渡すのである。

7 この惑星とその上のすべての生命の全体破壊の狂気のプロセスは、苛酷な結末に至るまで、阻止されずに、急速に、容赦なく続くであろう。

8 これは、現在存在する人類や生命だけの問題でもなく、既に何万ヘクタールの森林を破壊している酸性雨の問題でもないのである。

9 それは一切の生命-
    -惑星そのもの
    -全ての人類
    -すべての植物生命
    -すべての動物

そして、地を這い、空を飛ぶすべてのものに関する問題である。そして、それはまた私達の子孫が生きるであろう、未来の問題である。化学物質や核汚染が原因で、人間というよりも悪魔やサタンの姿に近い、恐ろしい姿の生き物とならずに生きるべき未来の問題である。

10まさにそこへと導くのは、戦争、革命、分派主義、化学物質汚染、堕落、権力と利益に対する欲望、地や動物区系や植物区系そして惑星そのものの破壊である。さらに、新しい病気が病身と流行病を生みだすだろう。それらは新しい流行病であるヘルペスやエイズのように治る見込みがなく、しかもエイズは確実に痛みを伴う死へと導く。

11人間や植物や動物の生活空間が犯罪者的無責任者と殺人的分子によって破壊されるだけでなく、惑星そのものとすべての小さな生命体にも及び、それに私達が呼吸している空気までが、無責任な人間のせいで、人、植物、動物、惑星そのものを問わず、地球上のすべてのものの中に、多種多様な形の残酷で苦悶に満ちた死が気味わるく迫ってくるレベルまで毒物と放射能で飽和されている。

12 人はすでに地獄を経験しているが、未だ天国を理解していない。

      ビリー


13拷問と死刑

14生命体への、悪事や罪を犯した、すべての人間への拷問と死刑は是か否か。

15この問は、責任ある、健全な思考をする人にはまったく問題ではない。何故なら、責任ある、健全な方法で思考することは、どんな苦痛や復讐の念の可能も排除するからである。

16もし、どこかで恐ろしい犯罪が起こされると、たちまち関係者や無関係者による怒りの叫びや激発がある。

17拷問や死刑への大声の要求がなされ、悪事や罪を犯したすべての者は当然の結果として、拷問と死刑を宣告され、生からあの世に送られるべきだと言う。

18罪人は拷問され、虐殺され、八つ裂きにされ、縛り首にされ、銃殺にされ、溺死させられ、首を切られるべきであり;火あぶりにされ、石で打たれ、油でゆでられ、或いは切り刻まれるべきだと言う。

19これは、いわゆる人類の個人や集団の中の人々の、誰かが悪事や罪を犯したための怒りと悪逆、無力さと恐れに満たされた時の反応である。

20これらの人々、つまり自分達は悪事や罪を犯した者達よりも善良だと確信している人々が、復讎と報復のために叫ぶ。

21しかし、死刑を要求し、拷問と死刑を叫ぶ-これらの人々は、罪を犯した者よりどれ程善良であろうか。

22いや、まったく逆である。死刑を擁護し、要求し、死刑を実行する者達は、過失者達自身よりも、より良くはない。

23彼等は、罪を犯したために拷問されたり、死刑の判決を受けたりする者達よりもむしろ悪く、より罪深い。

24死刑を擁護し、要求し、実行する人間は、心の底では臆病であり、恐れに満ち、同時に個人的な利益を貪っている。彼等の思考は病的に無責任であり、理性に欠けている。そのことによって、出来事が彼等の思考を飲み込み、彼等の力を越えたとたんに、彼等は恐れ、悪逆、無力さに圧倒されてしまう。
何故ならば、彼等の思考の方法とその強さは、その出来事を、責任をもって審理できないほど未だ原始的だからである。

25拷問と死刑は決して罪の償いなどではなく、原始的で、罪深く、無責任で、理性に欠けた人間の、最も原始的で、罪深い復讎と自己満足の形でしかない。彼等の知能指数と人間性は、破廉恥な所業のために拷問を受け、生から死へと送られる犯罪人のそれより遥かに劣ったところにある。

26拷問と死刑の擁護者や支持者が実行者であろうと、裁判官か弁護士、主婦、単純労働者、或いは乞食であろうと問題ではない。どのような場合であろうと、拷問や死刑の推奨、要求、或いは実行は、際限のない原始性、愚かさ、強欲、分派主義、邪悪さ、残虐さ、無責任さ、それに理性的で悟性的な思考のための能力の無さの証明であり、また最も原始的な情緒の未熟さの証明である。

27拷問と死刑の擁護者と実行者は、自分自身の底知れない原始性が自分自身や環境と調和し、満足することから自分を阻害するような人々である。

28彼等の利己的な思考方法は、不正な出来事が自分自身や彼の友人や見知らぬ者達にさえ行われると、麻痺するほどの恐怖、悪逆、怒り、無力さ、復讎と憎しみに圧倒され、支配されるような原始的なレベルにある。

29彼等の抑圧されている原始性と残虐性はそのような場合に突如として現れる。

30もし、国の法律がそれを許し、そうする機会が与えられるとしたら、彼等は自分達の無制限な感情を噴出させるであろう。ただ、法律と自分自身の支配的な臆病と恐れだけが、彼等の眠っている残虐性の満たしから防いでいる。もし、この恐れと臆病が取り除かれ道が開かれると、彼等は自由にその残虐性に耽るであろう。

31衝動的に行動する病的殺人者より以上の酷い残酷さと残虐性が、潜在的に彼等の中に潜伏しているのである。

32殺人者としての強制的な犯行者は病気であり、衝動的に殺人を犯す犯行者は、ある行為をする時に自分の意識を制御できない。

33嫉妬から、或いは利欲等のために殺人をする者もまた病気である。彼等はすべて適切な償いに結びつけられるべき適当で、人間的な助けを必要としている。

34いかなる犯罪者も常に惑わされており、少なくとも思考において病気である。しかし、最終的には、個人としての人間と同様に、社会や国家が責められるべきであり、彼に対して共同の責任を持っている。

35彼等すべてが責められるべきであり、共同の責任を負うと言うのは、彼等が必要な予防策を講じてこなかったし、講じようともしていないからであり、また、適切な規範を教えず、全ての犯罪を抑制するだろう法律と監視を準備していないからである。

36罪と共同責任を持っていると言うのは、彼等の隣人に対する無関心さが顕著であり、自惚れた態度に満ちているために、慈善の思いはそれが現れる前に凍りついてしまうからである 

37泥棒、殺人者、自殺者さえを含めてのすべての種類の犯罪者は常に、惑わされる者であり、そそのかされる者である。いずれの場合も犯罪行為は、たとえその犯罪が予め綿密に計画されたとしても、ひとえに錯誤とそれ故の病的な思考プロセスに拠っている。

39犯罪行為をする人間の思考は異常で非論理的である。それ故に、犯罪が実行されただけの、利口さと知性があるにも拘らず、錯誤、そそのかし、或いは病気だと言えるのである。

40しかしながら、たとえ問題が犯罪病であったとしても、錯誤、そそのかし、病気は治癒され、償われることができる。

41犯罪病の治癒の可能性の要点は、過ちに陥りやすい人間が、罪を犯した後に償いに没頭する時に、その償いが提供してくれる治癒に拠っている。治癒と償いとは犯罪行為をした人間が、自分の行為の非論理性と罪を認めることができ、自分の行為と病的な思考の過ちへの陥りやすさを意識する方法や、場合によっては医学の助けを借りて、思考の健全な道にのれるかもしれないと言うことである。

43罪を犯した人間は教示と学習によって、罪と誤った考えに気付かなければならないし、また法則に適った『人間』と言う真実の生命体に自分を変身させねばならない。

44犯罪者が適当な期間、一人にされ、社会から隔離されるだろうが、罪を犯したものが仮に罪を犯していない者と同じ自由を持つとしたら、償いはできないと言う理由からであることは、言うまでもなく明らかである。

45どんな種類の犯罪者も、それ故、常に病気であり、惑わされ、そそのかされる者であり、彼は非論理的で非現実的な思考のプロセスに基づいて行為をするのである。

46犯罪者は仲間や国全体の助けを必要としており、それによって償いに耐え、実行できるのである。

47犯罪者は、償いの可能性が提供されるのを必要としている人間である。この可能性とは、しばしば正しくない方法ではあるが、個々の国の法律が要求するようなものである。

48いずれにしろ、償いは、修正されるべき人間が社会と社会の自由から隔離されることを通じて償いの可能性を与えられており、真実の真理と正しく健康で法則に適った思考と行動を教えられる場合にのみ遂行される、のである。

49もし、罪のある人間がその悪行に対して拷問や死刑によって罰せられるとすると、復讎の念にみち、サディステックで、償いや人間性に欠け、また最初から償いの可能性をなくすような刑罰に直面することになる。

50そのような拷問や死刑は、一般に、犯罪行為の影響や結果にまったく関係のない人間よって、要求され、決定され、実行される。

51拷問と死刑への彼等の思案、決定、そして要求、それが実行される態度は、自分達がいつか同様犯罪によって、被害を受けるかのうせいがあると言う理由からの血に飢えた復讎の思想、恐怖、臆病、そして利欲に基づいている。

52つまり、人々は、自分自身の臆病、恐怖と利欲、未熟さ、不完全さ、血への渇望、権力などへの密かな欲望をカモフラージュするために、他の者に拷問や死刑を要求し、行使するのである。

53際限ない愚かさの中で、彼等は拷問や死刑の擁護と実行の要求が自分自身の原始的な特性を暴くものであることを認識できないのである。

54彼等の惑わされた、そそのかされた、病的な思考が犯罪の決定的な理由であるにもかかわらず、犯罪者はしばしば極めて高い知性をもっており、逆に、拷問や死刑を叫ぶ者達は救いようのない愚かさ、原始性、傲慢さに苦しみ、そのようなものから、自分が罪のある犯罪者よりも善良だと言う間違った思い込みが沸き出している。

55彼等の原始的な愚かさ、恐怖、臆病、利欲の故に、自分がはっきりと復讎と血に飢えて行動し、思考し、話しており、そのことによって惑わされたり、そそのかされたり、病的な理由から、多くの場合自分自身を、犯罪を犯した者よりも過ちに陥りがちな者に仕立てていると言う知識と知恵の光が彼等にさすことは決してない。

56いずれの国家も秩序を維持し、或いは維持するために目論まれた法律で暮らしている。

57そのなかには、秩序が維持され、矯正され、違反者が彼等を健康で正しい思考と行動と生活に導く償いの手続きに組み入れられるために、犯罪行為に償いを要求する法律もある。

58しかしながら、ある人、人間が原始的であればあるほど、その法律と犯罪に対する理解は、より非論理的で、非人間的で、欺瞞なものになる。

59これも証明されることだが、ある人、ある人間が宗派的、宗教的であればあるほど、その論法、行動および生活において、より原始的で欺瞞的になり、犯された犯罪に対する償いの理解と適用に於いても、より原始的になる。

60彼等の原始性が法律に従った論法、行動と生活の理解を妨げているような、宗派的、宗教的な人間だけが、復讎に満ち、血に飢えて、適切な償いの代わりに、ある人間の犯行や犯罪の代償として拷問や生命をさえ、要求をすることができるのである。

61拷問と死刑が数千年前に残忍な生贄の儀式としてその後は宗教-分派的なカルトの復讎的の罰として考案され実施されていたように、拷問と死刑は全ての、宗教、分派、政治に入り込み以来、無責任で犯罪的な軍隊、裁判官、強奪者そして進化の最も原始的な段階にある他の無責任な分子によって、正当化され、要求され、遂行されたのである。

62これらの分子はおこがましくも自分を人間と呼んでいるが、実際にはこの名に値しない者である。その名に値する人間が、どのようにして自然と創造の法則を無視でき、また他の生命体の生と死を支配するための法廷に座っておれるだろう。

63理を明らかにできない原始的で分派に属する馬鹿者だけにできることであり、それが犯罪的な軍隊、一人の革命家、テロリスト、位階主義者、君主主義者、無政府義者、或いは法王、分派主義者、狂信者、乞食、主婦、裁判官、弁護士、国家の大統領、或いは独裁者であるかは問わない。

64もし仮に、彼等が正しく、創造の法則と掟に従い法を守る人間であるとすれば、彼等は決して復讎を要求したり、誤りを犯しやすい者を裁く場に居たり、有罪にしたり、罰を要求したりはせず、逆に、相談する場におり、必要な償いの期間と種類を人たることを基に決めるだろう。

65しかしながら、これらの原始的な馬鹿者は誤りを犯しやすい者の裁きの場に座り、復讎の罰とその実施を決め、思案し、要求するのである。遠い昔から、次のように言われていることを彼等は知っているにもかかわらず、である。

あなたが裁かれないために、裁いてはならない。そして、あなたがはかりをもって裁くと、正にそのはかりであなたも、また裁かれる筈だ

66原始的な馬鹿者が考え、行動する方法は、我々に熟慮を促し、そして裁きに関する昔の言葉もそうである。

67だが、このような思案と行動を気にかけるのはほんの一握りの正直な人々でしかない。

68人々の大部分は、復讎的な罰を受ける者よりもより善良であると信じている。そして、そのような思考は、不正が正義に優先する国だけでなく、世評では正義が不正に優先する国、例えば、法治国家においても発見される。 そこでは法が、人々に承認されて、償い的ではなく復讎的な罰を要求し、普及させているのである。

69そうでなければ、スイスやドイツなどの法治国家で、主婦や労働者、技術者、弁護士、警察官等のようなあらゆる職業の市民が公に犯罪者の死を要求したり、アメリカで、例えば戦時中に、平和時と同じような方法で、死刑が認められ、実施されることをどのように説明できようか。

70第二次世界大戦中に、スイス、いわゆる中立国家-一般に平和の地にいて処刑された多くの人々に思い巡らせてみよ。

71罪が起こると、次のような原始的な言葉があっさりと聞こえてくる。『犯罪者を殺せば、長く養うことはない』とか『豚は拷問にかけて八つ裂きにしろ』とか

72思慮ある人間として、次のように自問するのが合理的ではないのか。『この場合、どっちが善良なのか? 犯罪者か?それとも、復讎的で血に飢えた罰を要求する者か?』と。

73何よりも拷問は、死を来すような苦痛に苦しむ同胞を見ることでの、血に飢えた娯楽と満足であり、そして死刑は、そのまさにその名の示すとうりのもの、すなわち復讎の意図と形態の罰である。

74それは、いわゆる人間によって、考案され、要求され、実行される復讎的な罰である。彼等人間は事実、肉食の、血に飢えた獣であり、その思考と行動において、自己保存本能から殺すのではなく、人を襲って餌食にすることが簡単だと理由から人を食うようになった獣にも劣るのである。 

75拷問と死刑の非情さは、その実施を決して正当化するものではなく、ましてやそのような復讎の思いさえも正当化するものではない。

76死刑は違反に対する償いの一切の可能性を奪う。なぜなら、死刑が実行されたあとでは、彼にとってのすべて、現実にすべてが終わってしまう。

77原始的な馬鹿者、復讎に飢えた者、分派主義者、動物的で犯罪的な軍隊、独裁者、テロリスト、無政府主義者、それに国家によって合法化された殺人者の故に、彼は死ぬ。これらの殺人者は、合法的な、或いは違法な殺しの判決によって、公の殺人を大いに楽しみ、自分を大きく、強く感じて、『この豚を片付けてせいせいした』と叫ぶ。これは、理解力のまだ乏しい、半人前の大物気取りが、隣人の家の窓に石を投げて、『見せつけてやったぞ。リンゴを一個木から盗んだくらいで、もはや文句は言うまい』と叫ぶようなものだ。

78人は、違反した仲間からの償いを主張することはできない。そして同時に、復讎的で血に飢えた罰を要求し、実行することもできない。自然の法則と創造の掟に従って、間違いを犯した者は償いと償いを満たす機会を与えられなければならない。

79この償いは、真に人間的な法が暗に意味するように、誤りを犯しやすい人間が、犯行や犯罪を懺悔することである。

80言い換えれば、この人間が何ケ月、何年、或いは一生をかけて、自分の犯した悪や罪を考えて懺悔し、学び、自分の思考と行動と全生活を真の人間になる道 にのせるための可能性を与えられなければならないと言うことである。

81小さな独房にとじ込められ、寂しい場所に追放されて、20年、25年或いは一生の間、自分と自分の思考だけで、誤りを犯しやすい者は、与えられた償いの可能性がある故に、彼が次のように言える日まで毎日、自分の恐ろしい重荷を運んでいかなければならない。

82『そうだ。私は自分の行為について考え続けてきた。そして、生命、仲間そしてすべての法と掟に対して犯罪的に行動してきたことを理解した。真理を理解できるようになり、後悔している。私はあの時の行為について許しを請う』と。

83刑罰の執行は、復讎的な罰を下し、復讎的な罰を実行するために、人間によって発明され、作られたものではなく、 犯罪者を助け、生命と人間の秩序の真の法則を教え、論理的な思考をさせ、彼等を(真の)人間にするためのものである。 

84拷問や死刑が、犯罪者や殺人者への見せしめであったためしはない。

85これは有史以来、世界的に証明される事実である。

86一方、今日、死刑を廃止した国々で犯罪発生率が増えていない事も証明された事実である。

87このことは、全世界での人口の増加との比較で見られるべきである。 

88例えば、人口百人の3%が犯罪者だとすれば、千人に30件の犯罪がある。

89その率でいけば、1万人で300件、10万人では3000件になる筈だ。

90実際、パーセンテージが事実同じであれば、犯罪が増加しているように見えるだけだ。

91人口が一定して急激に増加するだけで、犯罪発生率が増加することがなくても、より多くの犯罪が発生することになる。

92拷問や死刑は見せしめの効果はもたない。何故なら、犯罪者は自分の惑わされた、そそのかされた、病的な思考で、司法によって拘禁されたら、どんな事が自分に起こるかについて、恐らくほとんど考えもしないからである。

93事実、ほとんどの犯罪者は惑わされた、そそのかされた、病的な思考方法で、しばしば、自分は警察や当局よりも賢く、だから自分は絶対に捕まらないと予想するからである。

94惑わされた、そそのかされた、病的な思考方法で、自分は絶対捕まらないだろうと確信しているとしたら、どうして犯罪者が拷問や死刑への恐れから思い止どまる筈があろうか。

95仮に犯罪者が、自分の不法行為を拷問や死刑で代償しなければならない可能性を考えたとしたら、彼の態度は以下のようなものになろう(また、これも証明されるだろう)。

96「その時には、俺にとって、すべては素早くおわり、やすらぎを得るだろう。

97奴等に俺を拷問させ、殺させ、俺の死骸を土に埋めさせよう。

98俺にとって重要なのは、こいつやあいつを地獄に送ってやれることなのだ。

99馬鹿共が俺を殺してくれれば、俺は残りの人生を監獄で生きることはなくなる。

100 そして事実、原始的な愚か者が、殺人や暴行への償いを阻むことによって、そのような犯罪者を助け、教唆しており、また、彼等に邪悪な行為へのフリーパスを手にいれさせ、責任と償いを回避させる手助けをしているのである。原始的な愚か者は、償いの可能性のある者たちからも償いの機会を奪っているのである。

101 それが誰であれ、どんな罪があろうが無かろうが、仲間を愛し、励まし、助けるのが人の義務である。

102 誰も仲間を裁き、判決を下す権利を持っていない。

103 適切な方法は、罪を犯した者の相談にのってやり、すべての可能な人道的援助を彼にもたらし、与えることである。

104 拷問や死刑をいかなる擁護者や執行者も、事実、隠れた、或いは公然の殺人者であり、殺人の罪を犯す病的で、そそのかされた、或いは惑わされた犯罪者よりも一層堕落している。

105 拷問や死刑のどんな擁護や執行も、背後に国の裁判による判決があろうがなかろうが、それが隠れてであろうが公然であろうが、事実上の殺人である。

106 いかなる種類の戦争行為、革命、デモ、テロリズムや無政府主義の行為での拷問や殺しの擁護や執行、また個人的な領域で危機に瀕した生命への援助を拒絶するときも、それらは事実上の殺人であり、そして言うまでもなく、あらゆる種類の宗派的、宗教的な理由による殺しもまた殺人である。

107 他の人間を殺すのを許すのは、唯一、正当防衛の法律のみであり、しかも、そのような殺しが純粋な正当防衛行為から起こる場合に限られている。

108 明白な防衛での明白な正当防衛だけが、仮に人が殺されても、いかなる罪も問わないのである。

109 戦争や革命で他の人々を殺すこと、拷問や殺しを擁護すること、いろいろな宗教によってなされているように、そのような行為のために武器を神聖化するとも、また事実上の殺人である。

110 いかなる種類の戦争や革命の行為は、決して正当防衛や防御ではない。何故ならば、人が軍隊、暴徒、宗派、革命家として集まる時には、彼等は事実上の殺人の意図と仲間を殺そうとする考えを持って集まり、攻撃は一方から或いは他方からしかけられる。

111 軍人、革命家、テロリスト、無政府主義者、宗派者、等々は、敵になりそうなものを捕虜にすることや人道的、非殺戮的な方法で彼を排除することにまったく配慮せず、むしろ、殺戮の考えを育て、培養するのである。

112 軍人、革命家、テロリスト、無政府主義者、等々は故意に敵を殺そうと言う意図を持って活動し、人道的に、生命を脅かすことのなく、敵を排除しようと言う意図をもつことは決してしない。

113 仲間を殺すことができる兵器は、この理由からのみ、作られ使用される。そのことによって、殺したいと言う意図があり、殺すことへの事実上の意図があることは明白である。

114 今日では、技術や化学、その他の科学は、いわゆる防衛軍が死と破壊のみをもたらすような殺人兵器性を適用する必要がなく、人間の生命が脅かされずに、攻撃に対する純粋な防衛兵器を自ら用意して、適用できるところまで進歩してしまっている。

115 これは行われず、代わりに、敵を拷問し、殺すための討議、訓練と実行のみである。それ故に、私達はここで事実上の殺人として扱っており、意識の中で、そのようなことに賛成できる者は、人と言う名に値しない者である。

116 拷問や殺しの意志を持った人間が、どんな機会でも自分の堕落ぶりを思う存分発揮するのは明白であり、彼等にとって、判決の時や戦争や革命の行為をしている時に勝る好機があろうか! 

117 戦争や革命の時は、とりわけ、これらの人間は、拷問や死刑を明白に擁護すると言う彼等の堕落をまったく抑制しようともしない。

118 彼等の望みと法的な拷問や死刑を許可する機会を得た時には、もはや彼等の堕落は際限がなくなる。

119 このような分子の極悪な堕落ぶりや大量殺戮は世界中にいやというほど知られているので、この点についてこれ以上語る必要はあるまい。

120 最後に、前に述べた、確実な犯罪発生率の上昇について述べなければならない。

121 たとえ、犯罪の発生率が上昇しておらず、人口増加に従って件数が増えているだけだと言われ、証明されても、ある時、つまり国家が危険にさらされたり、危機に瀕した時である。

122 その時期には、市民が犯罪的な自己救助に頼るが、それは再び決まって、拷問や死刑の擁護者によってである。123 破廉恥な行為のために他の者を死刑で罰することを主張したり、実行する者が、危機に際して、自分自身の利益だけを求め、窃盗、殺人、食べ物泥棒、略奪、中傷、死体剥ぎのように犯罪行為をする者と同一人なのである。124 これは見過ごされてはならないし、また、私達のすべてが熟慮すべき多くの情報を用意している証明された事実である。

  ビリー


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