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第43章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は存在である。
 3. 予言者は、存在の無限性と人間の生命の道について語る。
 4. 地球人は、彼が全宇宙に存在している知性の全量を、かなり独り占めしてきたような考えに慣れている。
 5. 特に地球人は、宇宙人の存在を同情的な笑いを持って、滑稽なことだとして見下している。何故なら彼は、宇宙人の存在を知ろうとしないからである。
 6. そして地球人は後者の感情を抱いて、特に知識人を見下すのである。「私は宇宙の知識人や、地球の知らない世界の人々との、コンタクトマンでないことを感謝している。」
 7. しかしまことに、この誤った観念以上の倒錯は無い。又地球人にとって、それほど似つかわしくないものはない。彼等の名誉はいつの時代でも、互いに権力と富のための殺し合い、二枚舌、嘘、偽り、破誠を暴露することであった;そのことで必然的に無気力になる必要は無い。当然軟弱性は、しばしば地球人には十分に頻繁になったし、もっと頻繁になるだろうが。
 8. まことにいつか地球人にとって、宇宙人がやっぱり存在していること、真のコンタクト者の全てが、単なる嘘付きや詐欺師ではなかったことを、認識しなければならない時が来るだろう。この分野における数え切れない詐欺師やペテン師は、論外としても。
 9. それから地球人は、昔から多くの予言者に対して、まず彼等が死んだ後、又は彼等を殺害した後でその偉大さを知ったように多くの不正を行ったことを認識するであろう。
10. そうなる迄、まだ多くの時がすぎ、多くの良い真理の教えは罵られ、無慈悲な罰が加えられ。或いは抹緞される。
11. それにも拘らず、彼等は真理に応じ、義務を果し、知恵を広めるであろう。
12. そして彼等は、自ら学んだ教えも広めるであろう。そして人間が知っている、最も大いなる事についての教えも。
13. 人間が知る最も大いなるものとは何であろうか?
14. 誠にこの質問に対する答えがあるなら、それはその内容の点でも、その適用の可能性に於ても、真実、実際に全ての人間に当てはまる、或る一つのものであらねばならない。
15. それは普遍的有効性を持ち、宇宙に存在する全ての生命に当てはまる答えでなくてはならない。
16. 十分な悟性と理性を持つ生命体はいずれも、無条件にそれを認めることが出来る。つまり、ただ一人だけでなく、全グループと大衆が。
17. その時、受け入れ者が何か特別な学校の創設者であろうと、道徳哲学者であろうと、特別な組織、哲学、共同体の信奉者であろうと、それはどうでもよいことである。
18. 答えは、全て理性の賜物を持つ全宇宙の存在が、それを平等に受け入れる事が出来るよう、それ自体において真実でなければならない。
19. その時、理性と悟性がとりわけ最大に重要である。何故なら十分な理性や悟性の無い人間は、論理的真理を把握する事も、理解することも、受け入れることも出来ないからである。
20. だから、そこから人間が誰の霊的子供であるか。彼が理性と悟性を、内に多く蔵しているか、そうでないかが、認識される。
21. 質問に対する答えは、まだもう一つの重要な要因を、それ自体に含んでいる。即ちその答えは、或る一定時代や時期だけに真理であるというのではなく、その真理性が永遠に、又大いなる永遠時間、有効でなければならない。昨日も、今日も、明日も、明後日も、将来も常に、それが少しも変造され得ること無く。
22. だから、この答えに礎石が置かれるべきであるなら、それは生命そのものの様に、真実で、確実で、又全てを包括する創造霊のように、永続するものの上に置かれねばならない。
23. 一体生命そのものの様に、確実で、真実であるものは、何であろうか?
24. 貪ことにそれは、再び、ただ生命に過ぎない。
25. しかし貴方は自問する。この答えで何が言われているのが?‥と。
26. まことに貴方は、直ぐに初めから出来る限り、徹底的に熟慮しなければならない。何故なら全ては、ここで解説される全てのことに、更に依存し、全てはそれに基づくからである。
27. 我々は、単に聞き知ったり、伝説から知るだけではない何かを、全ての初めから、出発点の為に受け入れなければならない。
28. そしてそれは、我々の全てが、それに同意出来るものでなければならない。それを我々は、自分の内なる所、良心、理性、洞察、悟性以外、何の源泉からも汲み取らない。
29. 即ち我々は、非論理的で誤った観念や、宗教的美辞麗句を持って質問に蕎手してはならない。そうではなく、真理に対する愛を持って、そうしなければならない。何故なら、それが一番安全であり、それにも拘らず、最も論争の少ないものであるからだ。
30. 即ち我々は、純粋理性と論理を我々の導き手とならしめる様、そして真理そのものと人生に対する結果の為に、真理の感覚を持って、真面目に真理を希望する時に、我々は此の世に生まれた全ての人間を照らす光によって、純粋理性と論理を啓蒙させよう。
31. 人間はこの光に心を開き、それに忠実であるなら、彼は堅固で安全な基礎に立つのである。そして彼は、あらゆる真実の啓示である、唯一の源泉に達するのである。
32. 人はこの光を斥ければ、彼は不確実で危険な道を歩み、宗教宗派的な疑いと着想の泥沼の中で、いたずらに無益の苦労をするのである。それらは、想像もつかぬ偉大な力強さを持って地球人を支配し、既に何千年前も昔から、地球人はいやというほど、それらについて聞いてきたのである。
33. だから最も純粋な論理と理性が、指導者であるべきである。何故なら最も純粋な理性と論理のみが、内部の光によって輝くからである。
34. 即ち、生命とは何であろうか!‥・もう一度質問が為されるなら、
35. その答えは、次のようである;生命とは存在である。存在とは生命である。
36. 即ち、存在が答えと成る根底の出発点である。
37. 存在は、最高の仕上げと完成である、 その都度の最高の進化状態に在る、真の創造の生命である。
38. 又存在は、継続中の人間の進化が最高に完成する中で、正しく公正に生き、生命の最高状態を配慮する時に、人間の生命であるとも言える。
39. 存在について、人は誰でも独自の概念に従って、独自の概念を作り、形成することが出来る。だから根本においては、何ら特別な解説は必要ではないのである。
40. しかしながら存在については次のことが言える。即ち存在とは、愛と、創造の法則と掟を成就させる、義の最高の幸福状態と、進化の完成を出来る限りに成し遂げた中で導かれる生命のそれである。
41. それについて一般に、人は全てを生かし、そもそも本来の生命を形成する、無時間の創造的生命力を理解する。
42. 自分の生命を創造に適って整え、創造の法則と掟に従って生きれば、正にこの状態において、人は自分自身を生きるのである。
43. 即ち人は、この状態において、創造そのもののように創造的に生きるのである。ただ創造よりずっと微弱であるが、自然に生きている。
44. しかしこのことは理解し得る。何故なら人間は、創造とは比較になら無い程、饉かな進化しか遂げていないからである。結果的に人間の存在状態も、それに応じてずっと低いものでなくてはならない。
45. 人は存在とその本質を見、うまく説明することは出来ないが。その度の価値を決定することは出来ない。何故ならそれは、それぞれ該当する人間の進化状態により、人間によって全く異なるからである。
46. その時、進化状態と存在状態は、指紋や知能程度が異なるように、人によって全く異なる。
47. 更に人は、生命という言葉を用いずには、そして結局、生命と存在を互いに同等に置かずには、存在について語ることは出来ない。
48. だから存在と生命は、結局一つであり、同一のものとなる。
49. 全てをより細かく観察してみるなら、存在は実在と成って出現する。
50. その際、それは人間の思考力によって導かれ、愛によって生命をひき起こされる。そして先ず、創造の法則と掟に従うことによって、それは意志によって現実化され、一定の形態を引き受けるために現われる。
51. その際人は、それが或る一定の形態に入っていくという事は決して言うことが出来ない。何故ならそれが真実に現実化するまで、それは何の形態もとらず、ただ理念にすぎないからである;まず存在が形成されて、初めてそれは一定の形を持つ。
52. 即ち、存在する生命力が、実在して、知られる時である。
53. そこから次のことが明らかになる。存在は、根本的には、霊の独自の力と制御のもとに在る、霊の本来的生命以外の、何ものをも具現していないのである。
54. だから次のような偽りを言うことは出来ない。即ち存在と一致する生命が、全ての肉体の本来の生命体であり、その生命体がプシケ的本体と神経を通り、肉体を生かしていると。
55. 存在は、実在の中に歩み出る所でのみ、人間によって知られる。それはそもそも規則的には全く僅かである。何故なら人間は法則に逆らい、掟に反して生きているからである。
56. だから他方では、大抵の人間は、事実、存在が彼の中のどこかに在ることを知ることが出来るのであるが。人はそれが、或る一定の形をとって彼に示される限りでのみ、その本質を認識するのである。
57. 人間の中には、ただ霊のみが在り、結果的に、存在のただ一つの形態のみが生きているのである。それは決して多様に分割され得ない。
58. 存在が生命の源泉であるように。だから。それ故に、ただ一つの生命も在るのである;この生命の中における存在が、全てにおける生命である。
59. この人間の中に在る唯一の創造的な本質が、すべての実在におけるただ一つの真実の現実である。そしてその本質が、全ての永遠時間に生き続けるのである。
60. まことに存在以外、何の現実も無い。それが現実であっても、その様な可能性は一度だって思考されない。
61. これは論争の余地の無い事実である。何故なら事実(現実)は、ただ持続性、永遠時間、永遠に過ぎないからである。それに対し非現実であるものは、皆、持続性が無く、はかない。
62. だから真実、全宇宙には、ただ2つの要素が在るだけである。即ち、存在と非存在。永遠の持続と無常である。
63. 2つの要素はそれ自体であり、永遠に生きる本質である存在である。そしてその本質により、又実在の結果として受け入れる形熊である。
64. しかしその時、形態は事実、何を受け入れるのであろうか?
65. 内的本質、本質的性質を少しも変えない、それ自体の中に在る存在のみである。
66. 即ち形熊とは、本来、形でなく、状態のことである。
67. その形態は、それぞれ創造の法則と掟の成就に従う。
68. 成就が少なければ少ないほど、存在の状態は僅かである。しかし成就されればされるほど、存在の状態は多く認識される。
69. 即ち存在の中で、或る一つの永遠に変わらぬ存在が認識される。それ以外には何も在り得ない。又その存在以外には、何も永遠にないであろう。
70. この存在のみが、即ち、真実には無限の存在である。そしてこの存在が、人間が創造的とか創造と言う言葉のもとに理解する、即ち真の生命である。
71. 創造そのものは、即ち無限の存在であり、無限の生命霊である。
72. この霊が、それ自体に満たされ、存在する全てに満たされる。全ては霊そのものである。何故なら霊そのものが全てであるからだ。
73. 霊が全てであるなら、全ては創造であらねばならぬ。何故なら、創造は最も純粋な霊であるからだ。
74. この結果の前には、人間にとって何の逃れ口も無い。人間が達したいと思う他のどんな結果も、人間の理性、思考、真理に対する意志にただ暴力を加えるだけである。
75. そのような非理性的人間も、事実存在する。何故なら彼等は、なるほど、創造が全てであると言うが、創造的でなく、創造的であり得ない事物で、世界、宇宙、人間は実現されると考えているからである。
76. まことにその様な人間には真理は失われている。何故なら彼等の悟性は、次のように制限されているからである。彼等は真理を斥け、目下彼等の観念に矛盾しているものは、全て全く見ないか、見ないようにしているかの、どちらかで、狭い観念に囚われている。
77. しかし最高の真理のために心を開き、これを熱心に求めている他の人間もいる。
78. まさに彼等が、創造そのものは害悪ではなく、創造は全てではありえない。何故なら害悪は、創造からやってくることはあり得ないからであると言う人々なのである。
79. 彼等は何と正しいのであろう。何故なら確かに害悪は創造ではなく、創造は絶対に害悪とは間係無いからである。そして害悪は例外無く唯一人間によって生み出されるからである。
80. しかし人間が害悪と呼ぶものは、いずれにせよ、人間自身による一時的な善の裏返しにすぎない。そしてその様な結果として、それは理性的な思考、処置により、再び消滅してしまうか、又はそれ自体、滅びゆくものでなければならない。
81. それは害悪として決して本質的な現実性を持っていない。何故ならそれは過ぎ行くものであり、そのようなものとして、それは初めと終わりが有るからである。
82. 本質的な現実性を持つものは、初めも終わりも無く、永遠の存在の中で、永遠に持続する。
83. 即ち、それによって次のことが明らかになる。即ち、ただ人間のみが、害悪と何等かの関係があると。何故なら彼がただ一人、自己の創始者であるからだ。
84. 人間は、次によって害悪を生み出す。即ち彼は、自分の単なる肉体的実在を実際の生命とみなし、友、愛、幸福を、ただこの分野でのみ探すのである。
85. そうして彼は、その時、自己の実在のより高き法則と掟を害するのである。正にそうして害悪が人間の世界に入ってくるのである。
86. 自然、即ち創造の法則と掟は、決してその様な傷害に我慢出来ない。例え人間が、自分の思考処置に完全な自由を持っていないとしても。
87. 興味深いことは、正に痛みや苦しみが、生命を持つ人間を、真実の本質に連れ戻すということである。何故なら彼の実際のより高き法則と掟が傷つくと、人間はその傷害に気付き、自分の失敗を認めるからである。
88. そして彼には、ゆっくりと次のことがはっきりしてくるのである。即ち彼は、ただ意識的に創造と一致してのみ、真の愛、喜び、幸福を体験できると。なるほどそれが、彼に対する創造の意図なのである。
89. そうして人間は失敗から学ぶために、過ちを犯さねばならないという原則が成就する。つまり人間はそのようにして学び、認識し、失敗を取り除く。
90. この過ちを犯すとは、人間が考えも無く、過ちを犯す事が許され、始終創造の法則と掟が踏みにじられて良いというのではない。何故ならこのために、結果的に害悪を形どる意識的な失敗が為される所に境界が置かれるからである。
91. しかし人間は無知から、結果的には学びの過程から失敗のみが犯され、誤りが過ちとしてのみ留まる限り、より優れた知識にも拘らず、それに逆らい誤ちを犯すなら、その失敗は罪に迄堕落する禍なのだ。
92. このことは、再び次のことを明らかにするのである。即ち創造は、確かに害悪ではなく、創造は人間の害悪とは何の関わりも無い事を。
93. ただ人間のみが悪と関係があるのである。人間自らが悪を創り出すのである。しかしこれも彼が創造の生命と意識的に一致せず、自己の生命を生きる限りにおいて。
94. 無限の存在である創造は、即ち真に在る一つのものであり、唯一の生命である。
95. いずれの人間も、その真の自己の中にあって、生命そのものである。
96. 彼自身は生命であり、生きた肉体が存在するから、生命が実在として姿を表わし、生命を持つのであると人間によって語られるなら、それは誤りである。
97. 無限の存在、又は創造における無限の生命が「私である」ように人間は自分の中に在る僅かな創造霊の一部によって、真にこの無限の存在-即ち無限の生命の真の一部である。
98. この理由から、それぞれの人間の生命は、創造の生命と一体である。
99. それをもって、肉体ではなく真実で実際の自己、即ち形としての、物質的肉体の世話をする自己が意味される。
100. まことに合法の生命と、自ずと一体でないような実際の生命は、決して存在し得ない。
101. この点において、人間の内的生命と創造の生命は、本質的、必然的に一体であり、それどころか同一であるというのが、事実上真実であり正しい。
102. 事実それらは、本質によれば一つであり同一である。それらは種類においても区別されない。
103. 何か他のことは、理性的に考えても簡単に想像出来ない。
104. なるほど力の度合いについて僅かな相違が認められるが、本質とその方法においては違う。
105. 人間が概して生命について話すことが許されるなら、ただ人間の思考の中だけで、彼の生命は創造と分離されているのである。何故なら彼は、全生命を意識して実現していないし、享受していないからである。
106. しかし実際にそうなのである;創造の中に人間は、生き、漂い、作用し、在るのである。
107. 真実には人間は、決して創造的存在以外の何かでは無かったし決して創造以外の何かではあり得ない。
108. まことに人間は、創造に成るとは決して言うことが出来ない。何故なら真実には、既に彼は創造なのであるからだ。即ち、自己の中に在る創造霊によって、それが彼に創造の実在を与えるのである。
109. 創造そのものが、唯一真実で実際の存在である時に人間は他の何であり得ようか!
110. 又どうして人間は限界に閉ざされ、恐れと不安に心が動かされるようになるのだろう?
111. 又どうして人間は苦しみや病気の犠牲となり、誤謬、失敗、罪に晒されているようになるのだろう?
112. それについて真にただ一つ、次のような理由がある;人間は自己の真の本質、真実の自己を意識的に認識して、自己の自由意志に従って生きていないからである。彼が殆ど、又は全く気付かないほんの希な瞬間を除いては、そうである。
113. だから人間は自分の考えにおいて、自分が本来誰であり、何であるかを鮮明に意識しなければならない。
114. その様にしなければ、真の人間の本質であり、真の自己である特質と力は、示されもしなければ、明らかにもされない。
115. そして真の生命は抑圧され、不変と永遠が結合した幸福を本質とする真の生命は、無効になってしまう。
116. しかし永遠は、ただ思考の中でのみ理解され得、人間は他にそれに近づく可能性を持たない。
117. 人間にとって思考は、創造の存在段階における最も本質的なものである。
118. これが他の人間以外の生物にどれだけ当てはまるかは、明確に言うことは出来ない。何故なら人間は、他のどんな生命体に、どれ程僅かな思考能力があるか、その秘密を知らないからである。
119. しかし次のことは確かに言える;思考-そしてこれのみが、人間に創造の存在を、真実で無限の創造霊であり、生命の事実上の本質として理解する能力を与える。
120. そして人間のみがそこから、存在が、彼の生命の事実上の生命である事を認識出来るのである。
121. そして人間は思考能力によってのみ、存在との一致を実現化できる;この一体の中でのみ彼は生き、創造の法則を自己の中で受肉し、自己を完全に示現させ得る。
122. 創造の存在が人間の中に示現されても、真実には決して、彼の内的な本質的性質は変化しない。何故ならそのような変化は、彼により、又、彼の内的本質に従って全く不可能であるからだ。
123. とりわけ、肉体感覚の手段による示現が為されなければならない。そして正にそれが、その最奥にある本質的性質と真の生命が、人間にはしばらく隠されたままである理由なのである。
124. そしてそれが丁度、人間の認識と真理愛の制限の結果なのである。
125. 人間は地上の自然世界に生まれると、彼は肉体的感覚を媒体にして自分の周囲の全てを見、認識する。そしてしばらくの間、物質世界が彼にとって現実の世界となる。
126. その感覚を手段として、人間は次第に実際の唯一の生命としての、実で永遠の生命の源泉を認識する。そして彼は。ゆっくりと生きた実際の中で、この認識を維持することが出来る。
127. こうして次のように言われている。 「まず自然的なもの、そして初めて霊的なもの」という最古の教えが、文字通り最も深い意味で、真実となるのである。
128. その時、長い間物質的状態の中に留まらず、まもなく霊的状態に進行し、その中で創造の法則が、やがて受肉化され得る人間は幸福である。
129. 人間が、真面目に誠実に世の最高なものを求める時、その様な状態を幸福と呼び、全ての物質的なものに勝っているそれを讃える。
130. こうした状態が事実実現されると、人間がそこに達した道について、一体何が言えるであろうか。
131. それに加えて、ただ次のことが言える。即ち全宇宙には、人間を実際に次のように助ける唯一の道があると;即ち人間は、感覚の刷新によって変化しなければならない。
132. その時、この感覚の刷新は次に向けられなければならない。即ち創造の法則と掟が人間に認識され、守られることである。そうして彼は、霊的に生きることを開始するのである。
133. これがいずれの生命体にとっても、物質的、人間的に有効だとされる変換の力である。
134. 誠に感覚の刷新こそが、決定的な変化を実現させる唯一の力である。
135. この理由から、大きな真理は非常な価値に溢れ、それは今日の地球にますます意識されている。即ち霊が全てであり、物質的なものは無であり、「貴方が考えるように、或る。」が原則となる。
136. 死すべき霊は無い。何故なら霊は、創造的であり、無時間であるからだ。
137. 死すべきものは半物質的なプシケである。プシケは偽りの概念と理解の前提の元で、誤って魂と呼ばれている。
138. 人間が思考の中で、プシケと密接に結び付き、思考と、悟性の限界の中に留まり、自己を単一的(霊の無いプシケだけの)本質と見るなら、彼は確かに次のような精神状態を引き起こす。その状態とは、ともかく死すべき力、又はより正しくは、死すべき力(不滅ではない)を産み出すものと呼ばれるものである。
139. この状態は、霊そのものとは全く関係が無く、ただプシケと思考のみに関係する。
140. この状熊は、自然植物的である。そしてそれは、ただプシケの使用によってのみ、正しくいくか創造的なものに変化され得、再び創造的なものを生産する。
141. 人間は既に持っているもの、自然なもの、植物的なものを利用しなければならない。それによって人間が自己の本質だと見なしているもの-即ち死すべきもの、肉体的なものである-物質的なものは変化する。
142. これが人間によって、霊的なもの、創造的なものに変化されねばならない。それは発端から、彼の真の本質であり-思考によって失う以外-彼は決してそれを失うことが出来ない。
143. この本質によって、創造の生命が人間の中に侵入する。それは抑圧されたり苦しんでいる状態から、全ての壮麗さ、幸福、力、愛を持って、絶えず突然現れる用意がある。
144. その状態とは、影響を与えることは出来るのだが、まだ影響を与えていない力を、抑圧によって諦めている状態である。何故なら正に、抑圧がその力を出すのを許さないからである。
145. まず抑圧の状態が除去されると、力は完全で意識的な生命として、あらゆる力を備えて見事に出現する。
146. だから全ては、人間の思考によるのである。
147. こうして思考が正しく用いられ、正しい目的に適って導かれる時、思考は霊力の啓発と実現化のために貢献し、そこから再生し、抑圧されたものが、物質的なものと和解する力が生じる。
148. 唯一思考によってのみ、人間は新しい生命、新しい天、新しい地を創り出すことが出来る。
149. 即ち、思考によって人間は、創造の御国を見出し、それによって自己の内に、創造的状態の、意識的な現実化を達成するのである。
150. そうして彼は自らのために、全く新しい生命、新しい天、新しい地、彼が地上の生命の中で、創造の生命を実現化させるものを創り出すのである。
151. この創造の状態が一旦人間の中に創られ、逮成され、現実化されると、それは人間が全く意識的に再びそれから離反したり、堅固な意志を持って再び物質的なものを求める以外、決して失われ得ない。その喪失は、霊力の悪質な凌辱によってのみ生じる。
152. まことに大部分の地球人は、この意味で目覚めていない。かなり、又はより大きな範囲で目覚めている者を探すには、大いに努力を必要とする。
153. 真実には地球人は、真の意味で生命という称号に一度すら値しない生命を生きているのである。
154. 人間が一度、その偽った純物質的な生命を、簡単に達成し、生きることの出来る真実の生命と比較するなら、彼の内に号泣すべき悲惨が湧き起こるであろう。
155. どんな生命も創造の存在に由来し、彼の内で真にただ一つの現実であり、それ故、いつも彼と一体と成っているという事が、たとえ真理に順応していても、やはり誰もがそのことを、まず意識しなければならないのである。そして全ては人間の思考によって把握され、この意識の中で永続的に生きる為である。
156. その例として、一度次のことが役に立つであろう;犬は何年も小屋に繋がれているが、何年も前から、又は強固な鎖に縛られ、繋がれているという意識を持っている。
157. 鎖は、犬をあまりにもしっかりと繋ぎ止めているので、既に犬は離れようとするあらゆる試みを諦め、おりを破って逃げる力がまだ有るにも拘らず、殆どその試みを忘れてしまっている。
158. いつか鎖が擦り減って、鎖は引きちぎられるであろう。しかし犬は、余りに長い間、囚われの意識を持って生きてきた為に、自由を掴み、そこから逃げようともしない。
159. 犬が自分の力を意識しさえすれば、突然全世界が彼の前に開けるのだが。
160. しかし更に犬が、日々自分の小屋の前に座り続けるなら、自由を羨望するが、やはり自分自身の捕虜であり続ける。
161. しかしいつの日か猫が前を通り過ぎると、犬は跳び上がる。
162. 猫により跳び上がった犬は、今まで自分を閉じ込めていた鎖の長さをずっと越えて、猫の後を追う。
163. そして見よ、突然犬の上に素晴らしい自由がやって来るのである。犬は走り、又走る。
164. 小屋のおりと鎖は突然消え、忘れられる。そしてただ自由のみが犬の財産となる。
165. 人間の場合も、全く同じである。
166. 何千年も、ただ偽りの伝承と邪教が、彼に誤った神々を説いてきた故に、彼はもはや自分自身を知らない。
167. だから彼は、自分の中に横たわり、抑圧されている力や可能性について、もはや何も知らない。
168. 人間のプシケは物質的なものの虜になり、人間の肉体的本質は、彼にほんの微弱な、僅かの真実の光以上のものすら、眺め得る事を妨げている。
169. しかしいつもより、いくらかその思考において前進する日が必ずやってくるであろう。それから少しづつ、更に前進し続ける日が。
170. それから彼の中に内なる光が輝き出ずる。そして第一に彼は、自分の真の本質であるほんの僅かな一瞬の輝きを、素早く捉える。
171. そして更に彼がもっと多くの輝きを見つける時期がやってくる。それからいくらか更にもっと多くのそれを。
172. その様にして、彼は無限の生命と、彼の本質である無限の力と一体であるという、真理の光が次第に彼に明瞭になっていく。真理が明らかになるのである。
173. この光は次に彼の全プシケを照らし、プシケを占取する。
174. この新しい意識に目覚め、人間はこの一体の思考をしっかりと捉える。そうして彼は、それから光はこの思考の中に生き続け、彼の生命は創造の存在と共に恒常的に一体を現実化させ、流れるように進み行く。
175. そして地球人は、創造のものである人間に変化する。
176. 新しい生命を比較するなら、古い生命は、死という名に相応しいだけである。何故なら無知と制限は、死に等しいからである。
177. この死んだ生命は、新しい人間を最早拘束することは出来ない。その人間は、以前は古い生命の中で、或る意味では、実際に死んでいた-生きた死人-であった。
178. 何故ならまことに、唯一自己の生命との一体を意識的に実現させて生きている者についてのみ、生命に目覚めていると言うことが出来るからである。
179. 以前この人間は、なるほど-生まれ-世に出され-生きたが、彼はまだ、意識的で実際の創造的な生命の中に入っていなかった。
180. 彼は、人間、アダムやエバとして生まれた。しかし創造の人間は、まだ彼の中に目覚めていなかった。
181. だから創造もまだ彼の中に生まれていなかった。そして彼は、暗闇の中に無為に生きていた。
182. 彼は、生命の壮麗な現実を知らない。そして彼に、目覚めの可能性が与えられる暁叔まで、創造霊の力は抑圧されてまどろむ。
183. 「私は貴方の所有する霊です。」人間の中の霊は、内的な声を持って絶えず彼に呼び掛けているようである。「私は貴方の中に在り、貴方を生かし、貴方に真の生命を与える創造の一部である。」と。
184. 事実、それを聞こうとする者は、それを聞くことが出来、それによって充実した生命の中に入っていくのである。
185. 地球を支配している、宗教宗派の粗暴で非理性的な力によって、人間は「原罪」について多くのことを聞いている。
186. しかし宗教宗派的意味で原罪が存在したことは、決してなかった。何故なら、その為の条件が決して、与えられなかったからである。
187. 原罪とは、ねつ造した非論理的な作り話しに、より正しい道を示そうとする試みの、単なる心理的な、全く役に立たない不合理な理念にすぎない。
188. このことは、まだ人間が無知であり全く愚かであった昔は、差し支えが無く効果があったかも知れないが、今日、もはやその様なおとぎ話は人をひき付けない。
189. つまり今日の地球人類の一部は、真理を求め、又真理を知ろうとするほどまでに成長したのであり、彼はこの真理に従って、理性的に生きたいからなのである。
190. 理性を内蔵した原罪と呼ばれ得るものは、ただ次によってのみ生じたのである。即ち人間が内的な光から離れ、人間によって作られた偽りの神々に向かったことにより、
191. 人間は思考の中で、自分の生命を創造との一致から離し背かせた事、唯一そこにいわゆる原罪が在るのであり、それは真実には、罪への堕落即ち罪の堕落と呼ばれなければならないのである。
192. とうの昔に亡くなった祖先や種族から今日の人間に伝わり、その基調として、蛇、アダム、エバ、惨めな虫、貧しき罪、死、墓という言葉を持つその教えは、偽りであり、又危険なものでもある。それは必然的に正にそれ故に、全く忌まわしい作用を及ぼしてきたのである。
193. この偽りの教えにより、人間の中に在る創造霊の一部は取り去られ、人間的で不滅の魂がそれにとって変わった。それは無比なる邪教へと導いた。
194. 天は、別の言葉を持って地から取り去られ、地は、疑い、誤謬、罪、犯罪で満たされたのである。
195. 悪が生まれ、世界と人間を満たした。悪は1984年の今日におけるまで生き続け、それはまだずっと存在し続けるであろう。
196. しかしいつか真実で新しい思考と言葉が天、地、そして人間を新しく作り変える時がやってくるであろう。即ち真理の教えが浸透した時である。しかしながらまだその時が訪れるまでに何十億という人間の生命が犠牲になるであろう。戦争、犯罪、破壊、有害等々により、殺人を行う人間の非理性によって。
197. 本質的には人間は創造的であり、無限の創造の本当の一部なのである。この理由から、彼は又本質的には善であり、肯定-中立-調和がとれている。
198. ただ彼が創造との一体を意識的に離れる時のみ、あらゆる害悪が侵入して来るのである。それは、罪、疑い、倒錯、その結果である犯罪、苦しみ、病気、絶望、憎しみ、激情、非平和、非調和、悪である全てに基づいたものである。
199. 誠に無知なる者、従って宗教宗派の信者のみが、原罪にしがみついている事が出来る。それは宗教宗派によって虚構されたものである。
200. そのような虚構の教えは精神異常に近い。それは誤謬のみならず、人間の愚かさをも増進させる。そして人間は、その様な邪教によって自己の暗闇から決して解放されず、光に向かうことは出来ない。
201. まことに神への信仰を認め、宗教宗派により、原罪のおとぎ話を信奉している教師や司祭は、真理の教師や司祭ではなく、悪人の使徒であり、宗教が悪と称している悪魔の使徒なのである。
202. 司祭や教師がこの原罪や神話を認めるなら、彼は自分自身において自由ではなく、それどころか信者よりもっと不自由である事を証明しているのである。彼は伝説的動物の力の使徒として、想像上のその力を恐れ、その信仰を信奉しているからである。
203. 偽りの教師達はそれらの寓話の中に、悪魔と呼んでいるものの為の空間を、ただ見出すのである。
204. 創造と、唯一真実で現実の存在-即ちあらゆる生命と全ての創造の力の源泉について真に知る者は、どこにも悪魔やその仲間の為の最も僅かな余地さえも見出さないであろう。
205. 真に知る者は、害悪を知り、それをそれとして認識するのである。
206. 又知る者は、それが生命から生まれ、それを生む人間によるものであることを知っている;そしてそれが、最大かつ最高の存在の源泉との意識的連結関係を、或る一定期間断った人間によることを。だから彼は、第二の永続的本質的な現実的自己の空間を、どこにも見出せない。
207. この創造からの離反は、ただ思考の媒介によってのみ実現するので、人間は創造との意識的再統一は、唯一思考の途上でのみ生じ得ることを認め、認識するのである。そしてそのことが唯一現実の贖罪に導くのである。
208. 人間は創造の真理を知り、創造の真理を認識することによって、次の点における余地を見出さない。即ちあたかも創造が立腹し、怨みを忘れず、憤怒の緩和を必要としているかのような余地を。
209. 創造について知る者は、そのような野蛮な想像に参与しない。何故ならこれは、宗教宗派の信者のみに特有なものであるからだ。彼等は怒りに心を動かし、復讐欲を持ち、懲罰する殺人的神々や聖人を、いじくり回し機能させる。
210. その様に復讐欲を持ち、懲罰をもち、怒りに心を動かし、殺害する神恪により、即ち信者は畏縮し、不安や驚きに捕らわれる。そうして彼等は、謙虚な犬のように口づけをし、信仰信条次第では、彼等に要求された事柄の全てを行い思考するのである。
211. 信者は不自由であり、ドグマ(信条)や宗教宗派的不安の奴隷である。その結果彼等は、ドグマや不安の鞭で代弁する宗教宗派の人々の、意志の無い、自ら思考しない道具となるのである。
212. 自主思考は、神、神々、聖人の最も恐ろしい刑罰の脅威によって、信者に禁じられている。それらは信者達の想像上の力として、全てを凌ぐ最高の地位に置かれている。
213. 真理を知る者は信仰に捕らわれない。彼は自由で独自の形を持ち、率先して自分で思考し、処理し、支配しなければならず、全てに対する責任は、自らが担うのであるといつでも教えられる。
214. だから彼は、真理も自ら求め、探し、真理に納得しなければならないのである。
215. この理由から、彼は贖罪とは、ただ創造の生命と意識的に結合した意識的生命の中に存立することを、非常に導に能の見、認識するのである。
216. そしてこの人間は、まず第一型人間もしくはアダム型人間が生まれ、全て自由に自分で思考処置をとり生きねばならず、そこから次第に創造-人間が生じて来ることを、自然な事として認識するのである。
217. この者は、又、次のことも認識する。即ちそれが創造の秩序であり、故に、自然と発達の法則であること、そして人間は第二型人間即ち、創造の人間となる以前に、まず地上的でなければならないことを。
218. そして彼は、又人間の悟性の制限により、自然なものが第一に出現し、その後で初めてゆっくりと、霊的なものがその力を得ることを認識するのである。霊的なものは、実際には全ての初めより、自然的なものに具現されているにも拘らず。
219. 単にそれ故に、時間の経過する内に遅かれ早かれ、霊的なものは物質的なものを圧倒する。何故ならそれは、次第に単なる可能性の状態から、現実で事実上の生命領域に入っていくからである。
220. 時々、そして良い時間空間をかけて、絶えず再び予言者が生まれ出ずる。彼は全ての初めから真理の為に努力して、自己の生命を創造から離さなかった。そして絶えず創造と一致した、生きた現実の中に生きるのである。
221. 彼はその都度、世界の人々に大いなる真理と、真理の教えをその度ごとに、新たに告知するためにやってくる。
222. 彼はその度に、思考を告知し、聖典を与え、いつも必然的に、この現実化に伴う行動をとる。
223. その様な予言者は、例えばエノク、エリヤ、イザヤ、エレミア、イマヌエル、モハメッドと言う生まれ変わりの事例を辿っている。
224. 予言者は、多くの生まれ変わりの生命の中で、どの様にして全ての人間が、創造の生命を自己の内に実現化し、あらゆる欠点と罪を持つ衝動から解放されるか、それ以外の何も、地球人には示さなかった。
225. そして彼は決して、怒る創造の復讐について述べる事は無かったし、神が創造であるなどと話すことは無かった。
226. 即ち彼は決して、怒る創造の復讐を甘んじて受ける様、言及する事は無かった。その事はほんの大略の真理に応ずる創造を想像する事しか出来ない人間には殆ど理解出来ず、把握出来ないことであろう。
227. 全くその反対である。彼はいつも徹底して自分の生命と真理の教えにより、創造の真実の使命を聞かせ、見させたのである。
228. 彼は地球人に、全て、又余すところ無く全ての人々が創造の生命との完全な一体化の実現を達成出来るようにいつもその道を示したのである。
229. 誰もが感覚の拘束から解放されることが出来る。その拘束からのみ、罪が人間に入るのである。そして全ての人間は創造との関係に入り、それによって予言者エノクからイマヌエルの場合がそうであった様に創造との一体を実現させる時に、創造的な状熊、そして真の生命に生まれ変わるのである。
230. しかしこの事実をその人にとって、この事は極端に難かしいものに思えるであろう。何故なら信仰により、彼はまだ長い間、罪の拘束から解かれないからである。
231. 彼は、エノクからイマヌエル迄が、これらの事柄を備えていたと、単に信じる事によっては、創造の状態に達しないのである。
232. 全てがその様であった事、そしてイマヌエルがその様な生命を生きたという最大の信仰すら、一人の人間も創造の状熊に連れて行かないのである。
233. しかし人間が知識を得、イマヌエルが生きた様に、それに応じて真に自分の生命を生きる事によって、確かにその事は成功するのである。
234. 誠にこの状態に、人は何才であっても、どんな風土であっても、達することが出来るのである。彼が知ろうと知るまいと、予言者がイマヌエルのように生きようと生きまいと関係は無い。
235. 「償いの代償」の教えは人間の誤った集団の中から生じたものである。そこに於いて、人は邪悪な意図を持ち、他方では必須の悟性に欠けていた為、生命とイマヌエルの教えを全くぞんざいに、邪悪に、真義を偽造解釈したのである。
236. この誤って解釈され、邪悪に偽造された教えは、実際に倒錯していたのであり、従ってその信仰告白者は、完全に混乱した偽りの霊的方向を辿ったのである。これは、この場合に限らず、他の宗教宗派においても同様である。
237. 地球人は、その様に誤った偽りの宗教宗派の教えより、生命を与える真理の方を、ずっと多く必要としているのである;即ち創造の生命との結合が存在するという真理である。
238. 即ち彼の霊的感覚がとりわけ発達し、使用可能である人間は、次の真理を必要としている。彼にとって事実、実際に生きた真理が問題になっている時、誰もがイマヌエルの生命と真理の教えから、この一体を得ようとする真理を。
239. つまり、無責任で儲け主義で無理解な人間によって、実利の為にねつ造され、虚構された偽造。誤謬、誤って作成された意見、信仰箇条、ドグマではなく。イマヌエルが人々に告知した、彼の心を動かす、真の真理が問題となっているのである。
240. 存在は、永遠時間から永遠時間に至るまで。創られる事なく永遠に持続していたのであり、初めも終わりも無い。
241. それは、そのもの以外に在り得る、全てのものから独立している。そしてそれは本質自体の本質である。
242. それは生命として蘇生する、全ての生命である。
243. 即ち無限の存在-無限の生命である。
244. 何よりも純粋な霊力であり、最も純粋な霊である故に、それは創造の存在である。
245. だからそれは、真に「私は一つである。」であり、創造自体である。
246. 愛に駆り立てられ、最も初源に有する自己意志によって行動すれば自分自身から存在へと出て行き、異なった次元や形状を受け入れる。その次元的形状は、彼を取り囲んでいる万有の中で、彼がそれを形態として眺めるそれであり、そして彼自身はそれらの次元形状に属する。
247. しかし無隈の存在は、彼の内的本質を、この過程において少しも変化させない。そして既にその様なことを表象することすら、絶対に考えられないことであろう。
248. 即ち、真実と現実には、何が存在するのであろうが?
249. 創造の存在以外に何も無い。その多様な、全ての啓示に現われる無限の創造以外に何も無い。
250. それは変化しない。そして全ての永遠時間の間その様にあり続ける。正にそれが創造の最も内奥の本質と意志に従ってあらねばならず、決して他にあり得ようが無いように。
251. 即ち創造自体は無限の存在であり、無限の霊であり、すべての無限の生命であり、真の本質である。
252. 即ち無限の創造は、全万有をそれ自体で満たす。そして全ては創造となる。何故なら創造が全てであるからだ。
253. 創造の存在が具現し、この目的のために自然の物体-例えば人間の体を形成するなら、それは当然、この肉体を媒介にして、肉体的感覚に示現されなければならない。
254. これが次の理由でもある。即ち創造の存在は無限であるにも拘らず、人間の視界が限られている事の理由である。
255. 又、真実には創造の存在である人間にとって、真に内的な生命は、彼が純自然的で、植物的生命を存在物質に導かせるように、前者の生命を雑説する限り、或る一定期間隠されたままで居ることの理由である。
256. 人間は第一に、植物的自然法則に従って生きているので、まず全てを、この観点から把握して理解するのである。
257. だから彼が、先ず自分を単に自然的なものと理解し、それから自然的な本質、故に本能的存在としてのみ理解するなら、彼は第一に、自分と自分を取り囲むに自然世界との間に何の相違も見出さない。
258. しかし彼は時と共により詳細に観るなら、彼は単に衝動的な霊力でなく、創造の霊体に生かされていることにより、自分があらゆる他の生命体や、その他の存在形態とは異なっていることを発見する。
259. 次第に霊体により彼の中に思考が生み出され、彼は絶えざる訓練により、より強くなることも意識する。
260. そして人間は自己について熟考し、自己の現存に対する真理を敬い求めるなら、次第に次の真理と意識が判ってくる。即ち彼の生命は、真に創造的な存在であり、決して他の何ものでもなかったという‥それである。
261. それからゆっくりと人間は、ただ思考の中にのみある存在は、実際にある存在とは、いくらか異なったものであることも認識する。
262. そして彼は次のことを意識するのである。即ち彼は、全て自然に適った本能を持つ自然植物的な現存を、存在である、真に本質的な生命と見なしてきた事、そしてそれによって彼の物質的生命を、無限の創造の生命と分離していたことを。
263. 突然彼は、自分が創造の中に生き、活動し、在ること、創造が真に自己の生命の生命であり、独自の生命自体である事を認識するのである。
264. この認識によって、人間は次第に無限の存在、生命、無限で愛に満ちた創造の力との一体を意識的に活発に実現化させる。
265. それによって人間は先ず、それが事実であること、実際に全ての事情がその様であること、つまり第一に、衝動的で自然-植物的人間であり、次に初めて、霊的人間に成長していくことが初めて判るのである。
266. 唯一思考により、正しく霊の法則と掟に従って考えられる思考によってのみ、創造的な第二の人間が生じるのである。
267. 第二の人間は、第一の物質的地上的人間から発達する。
268. 完全な自然発達段階によって、第二の人間、即ちアダム人間から、創造の人間が生まれる。その人間の中で、創造の自己現実化が展開する。
269. しかしまことに、すでに前以て第一人間の中に何かが無ければ発達によってそれが表に出てくることは不可能である。
270. そこから人間は、創造が既に前から、そして昔から彼の中に在り、 ただそれに気付かず、知らなかったのだということを認識するのである。
271. 全く単純に、全ての人間においてそうである;誰もが正に自分のいる場所で、生命の建築のために、その場所から礎石を用いなければならないのである。
272. 真の形で、人間の生命が築かれるこの唯一の礎石は、思考である。
273. 人間にとって思考のみが、形成し、生み出す力となる。
274. そしてそれがいつも、丁度彼が、瞬時存在し動いている場所に於ける、真面目で偽りの無い思考なのである。
275. この思考が、即ち建築石材であり、そこから人間は自分の横になる場所を作り、その上に休むのである;即ち思考のみによって、そしてそれだけにより創造の生命が開かれるのである。
276. 人間の向上心に富む思考によって、啓示が彼に下るのである。
277. そしてそれが起こると、人間は次の叫び声を発するのである。「確かにこの場所に創造が在る。だが残念ながら。私はそれを知らないだけであったのだ。」と。
278. それから人間は、自分の休み所を記念碑にする事が出来るのである;即ち思考である。それは無限の創造の生命が人間の中に生き、それが彼の本質的な実在であるという真理を、彼に認識させる。
279. この事実によって人間は、隣人のための指導者となるのであり。そうして他の人々も同様に永遠の生命の現実化に到達するのである。
280. まことに人間生命の全ての謎も、人間がただ最高なるものに自己に忠実に留まるなら、見事に容易で単純に解決出来るのである。
281. もちろんその時、彼は無数の倒錯した誤って導く宗教宗派の見解、邪教、信仰箇条から解き放たれていなければならない。
282. この約束は-規則的には、ただ次にある。即ち壮麗さの財産が、ここで今、今世で彼に実現化される代わりに、人間の霊的な目覚めと生得の力の現実化により、彼に別の形の生命が与えられるのである。
283. しかし人間が自分自身の中に創造を意識し、思考の中で無限の存在との一体を真に実現させる時にのみ、この真理は事実、力に満ちた感動的な力と成るのである。その力は、彼の日常生活の全ての事務をより優れた方法で規制する。
284. しかしながらそれまで、人間は、鎖は擦り滅っているにも拘らず、そのまま捕らわれの身であり続け、まだ鎖に繋がれていると思い込んでいる犬の状態に留まるのである。
285. それまで人間は、まだ自分の自由を待ち続けるのである。一方、創造の自由それ自体は、人間がそれを理解し、認識し、利用することのみを待ち続けているのである。
286. まことに人が知り、概して知ることの出来る最も偉大なものは、ひとえに存在である。
287. 存在は真理であり、人間が知る最も偉大なもの、即ち真理である。
288. 人間はその真の本質的な性質において、無限の存在と創造の無限の力と一体である。彼がこの生きた一体の事実を実現化し、それを固守するなら、彼は創造の生命の特質と力が、一体として実際に実見する-正にその程度にそれを明らかにし、作用させる。
289. さて、この一体の結果、即ち価値とは何かという質問が為される。
290. 何故なら、それが日常の物質生活に何の価値も無いのであれば、それは役に立たない死んだ意見のようであり、何ら実際的価値を持たないように思われるからである。
291. しかしまことに適用は、全てのための最後の試みである。もし答えが実際に適用されず、又は、適用されても何ら目に見える結果が明るみに出ないのであれば、彼にとってまず時間を浪費し、無駄にしてしまわないことの方がましなのである。何故なら単純かつ明解なことに、その答えは真理に基づいていないからである。
292. それに加えて、第一に次のことが言われなければならない。即ち単に創造との人間的な一体の理解認識や、それについての役立たずの意見ではなく、一体を真に意識した生きた実現が、この途方もなく大きくて偉大な真理に実際の価値を授けており、それは日常生活において、あらゆる種類の重大時に実用化されると言うことである。
293. まことにそれのみが真実で本物の幸福を与えているのである。何故なら正にこれが、創造の御国の発見であり、認識であるからである。
294. さて人は、この御国を見出し、その中に生きるなら、文字通り必然的に。自己の残余の全ては彼のものなのである。このことは昔から認められ実証されている。
295. こうして人は、創造の生命の特質と力を絶えず生き生きとした形で実現化し、確証するのである。そしてそれらは、自動的に彼に残りの全てのものを所有させる。
296. この方法で、創造の生命との一体を完全に生き生きと実現させる者は、直ちに自分自身の私、即ち自己そのものとの正しい関係に入る。
297. 彼は又、隣人、仲間、そして彼を取り囲む世界の法則と掟とも正しい関係に入っていく。
298. この状態において彼は、今や内的な実際の生命を生きるのである。
299. 内なるところに存在するものは、全て必然的に、外的な姿も受け入れねばならない。
300. これは必然的に全てが、内から外に流れでいるからである。それは自然の法則がそう定めたのであり、他には決してあり得ないのである。
301. この法則は万象に、又全ての生命の中に顕著であり、明白である。
302. 法則は法則である。創造の意志は法則であり、法則であり続ける。即ち法則として創造の意志が内部に生じる時、この意志は、必然的にあらゆる外部の生命物体の中にも生じる。
303. この法則の結果はいつでも明白で、認識できる。又悟性をもつ理性的な人間にとっても把握され。真に意識的に理解される。
304. 正にこれが道であり、その道で宇宙人や地球人は、予言者、霊的指導者、教師、透視者と成ったのであり、又地球人が「選ばれた民」と呼んでいる者に成ったのである。
305. しかし真実には、彼等は「選ばれた民」ではない。何故なら彼等は昔から、過去、現在、そして絶えず成ろうとする未来の自分に自分を作り変えたからである。そして彼等は、自分の内的生命の中で、真理、即ち存在と創造に贅同し、その中に自己の生命を生きてきたからである。
306. それが又今日も、そして将来いつでも、人間が、予言者、霊的指導者、教師、透視者に成り得る理由でもある。
307. もちろん法則と掟は、今日、明日、そして将来いつでも同じである。それらが昔から、そして宇宙の成立以来そうであったように。
308. 創造の生命の法則と掟、そして人間が人間的生命と呼ぶものに対する真実の関係は、今日も将来も同じである。それがあらゆる過去においても、既にそうであったように。
309. 即ちこの法則と掟は、将来の全て、そして全ての永遠時間においても変わらない。何故なら創造の存在は決して変化せず、唯一つの真の真理があるのみで、それは永遠に不変である。
310. 人間のみが、そして彼の全ての行い、処置、いつも彼に由来するものは全て、変遷と変化に支配されている。
311. 人間は霊的に生きないか、単にまだ真の生命を見出していないかによって、彼は創造と存在から分離するのである。
312. そうすることによってのみ、罪、誤謬。病気、痛み、心配、不安、恐れが、生命の中に入ってくるのである。
313. これは原因と結果であり、自然で必然的な事である。正に結果は原因に因るのである。
314. 即ち全ては、ただ人間が自分の目を内的な光から閉ざし、その耳を内的な声からそらしたことによってのみ、生じたのである。
315. だから次のようにも言える。「人間は見る目を持っているが、見ない。彼は聞く耳を持つが、聞かない。」と。
316. この害悪は、ただ人間が自己の生命を創造的なものと再び一体化し、新たに霊の生命を生きる事によってのみ、後退させ、排除され得る。
317. まことに世の中の、あらゆる不幸、悲惨、欠乏、苦しみ、全ての害悪は、全く人間によりもたらされたのであり、これからも更にもたらされるのである。
318. 全ては次による直接の結果なのである。即ち人間は、完全と全体を志しながら、結果的には義を注意する力や威力との調和を、自己の生命と現在から、意識的にか、無意識的に、奪ってしまったのである。
319. 人間が自己の生命を創造の中に生き、それによって創造の意志が人間の意志と成る時に、全ては人間のために安定してくる。
320. まことにそうでなければならない。何故なら創造の意志に反して何かが起りえることは、およそ不可能であろうからだ。何故なら創造にとって、又創造によって、万物はいつも鮮明かつ明白であるからである。そしてもっぱら人間自身が全てを秘密にしてしまい、不確実にするのである。
321. その様にして最も先に創造の御国を志望し、義の中に生きる者に、全ての残りのものが属するようになるのである。
322. 創造的なもの-まことに真実の生命は、創造的なものである。
323. 人間が継続的に意識して、創造の存在と一体化することにより、己の中でこの存在のために自己を透徹させ、透明にさせるなら、事実全てが彼に啓示されるであろう。
324. ただ人間が内部の光と生命から外れる時に、物事は彼に隠蔽されるのである。
325. そして彼の生命は、解くことの出来ない秘密や不確実に貫かれ、満たされ、彼は見つけもせず、洞察もしない。
326. まことに自分自身には何も隠蔽されないのである。
327. しかし意識的に創造の生命の中に生きる者は、創造の目を持っているのであり、彼にとって全ては見える様になる。
328. そして絶えずこの創造の導きの中に生きる者は、それによって能う限りの知恵の領域に足を踏み入れるのである。
329. 彼は日常生活の大なり小なりの問題の中で、決して不確実さや混乱を感ずることは無い。
330. 全くその反対である;彼はその都度何をすべきか、それをどのようにするべきか、いつも知っているのである。
331. この理由から、彼は又過去のことをくよくよ心配しない。何故なら過去は重要ではなく、新しい更改にとって何の意味も無いからである。
332. 何故なら何か修繕が必要な時、修繕を必要とする状態が重要なのであって、如何にして全てが修繕を必要とするようになったかが重要ではないからです。
333. だから壊れた肘掛椅子が家具屋に持ち込まれた時、家具屋の関心は椅子の壊れている修繕個所であり、どうして、又、何故椅子が壊れたかということではない。
334. 従って彼は、新しい頑丈な木片で椅子を修繕するのである。
335. だから自己の中の損害を取り除かねばならない人間も、同じことである。
336. その時、過去は彼の苦にならないのである。何故なら過去は重要でないからである。
337. 重要なことは、ただ損害が取り除かれるということなのである。
338. 即ち次のようである;人間は創造との一体の意識に達するまでは、生きた死人である。
339. 今からは彼はただ生きた死を取り除き、新たな生命を開始しなければならない。その時、生きた死に導く事の出来た全ての彼の過去は、彼を苦しめない。
340. 過去に関して、何か心に残ったものは喜びに飲み込まれる。彼の刷新が全ての一歩一歩の歩みに、生命を満たすために彼の前に喜びを広げる。
341. 人間はこの状態にあり、将来に対する恐れも不安も、心配も知らない。何故なら彼は突然全く確かに、次のことを知るからである。即ち今後創造の法則と掟に従って生きるならば、自分-即ち創造の意志に反して何も起りえないことを。
342. こうして平和が、彼の中で完全かつ持続的部分と成る。そして彼が創造の法則と掟を再び見捨て、何か自ら生み出した不義により、再び獲得したものから離れなければ、平和は二度と彼から去ることは無い。
343. 全ての生命は内から外にと生きている。自然の法則と掟が、これを確乎として定めているように。
344. これは必ずしも物質的、人間的、肉体的領域にのみ当てはまるのではなく、霊的なものに対しても、どんな点でも有効である。
345. 真実には、病気やその他の不完全にはなり得ない。人間の霊の中に開かれた創造的生命の源泉には、どんな方法でも、いつでも、肉体の中で、ただ健康な生命条件を内から外に出現させ際立たせる。
346. まことにそうなのである。新しい生命の中に入り行く前に、病的なものや不完全なものが肉体の中に織り込まれているなら、今や彼を生かし貫き流れている生命が、全ての悪を取り除き、病的、又は不純な織物を、新しく純粋で健康なものに取替えるのである。
347. そうして人間は、絶えず増大する力の感情に満たされる。何故なら今や彼は、無限の創造と結合して働き、全ての事柄は創造に知られ可能になるのである。
348. 人間はもはや不足を知らない。最も表面的な事柄においてもそうである。
349. まことにそうなのだ;全てが無限で決して尽きぬ源泉から、そして創造の知恵の導きのもとで、創造の力に運ばれてやってくるのである。その力は、今は人間の力でもある。
350. 彼は今や完全に自然な法則と掟に適った道で、彼が事実必要とするもの全てを真に満たすのである。
351. そして彼は、自分の両手が日々行うことを見つけ、単にいつもその事を行う時、絶えず時宜に適って全てを取得するのである。
352. そして彼が、決して尽きぬ源泉を確信するなら、もはや彼は大きな物質的宝の山を積み、貪欲になり。物質的なものを蓄えることを考えなくなる。何故なら彼は再びその奴隷と成るだけであろうからである。
353. 人間の思考はいつも、思考の創造的源泉の方法を受け入れる;思考は正に力であり、増大する霊化により、その効果がいつも強大無限になると、人間は正に思考によって自分自身の意志に従い、自分の生命の条件と決定を形成する能力を、益々付けていくからである。
354. そして彼は、まもなく新しい生命によって外的なものは全て、丁度内的なものもそうであるように、実際に自ずと秩序をもってくることを発見するのである。
355. それによって、再び内なるものと、外なるものの法則が満たされる。
356. 誠にこの真理は、多くの人々にとって全く新しい啓示であるだろう。何故なら言葉は、今まで実際に彼等に知られておらず、彼等が決して独自に率先して、そのことを考えなかったからである。
357. そのことを考える人々にとっては、この真理は、新しい生命を呼び起こし強める手段に過ぎない。彼等は既に多かれ少なかれ、はっきりとその生命を意識していたならである。
358. 事実、この真理は新しいものではなく、既に宇宙そのもののように古いものである。
359. 更にこの真理は、存在そのものと同じく不滅である。
360. この真理は、創造の生命の霊でもある。しかし決して宗教宗派のそれではない。残念ながら1984年の今日もなお、多くの人々が誤ってそれを信奉している。このことは、まだ長い間、続くであろう。
361. この真理とは、大多数の人間が信奉し、多くの点で効果も無く矛盾に満ちている偽りが意味されているのではない。
362. まことに真の真理を持ち、偉大なる超自然的真理が求められているのである。それは純粋な人間的生命の事情を超えるものであり、それは既にイマヌエルが教えたものである。
363. この偉大な真理は、同時に永遠に一様であり絶対的不変である。あらゆる真理と知恵の真に霊的な本質を含んでいる。
364. この真理の知恵の根本律は、普遍的、必然的、至るところで一様で即ち地球人においても、大万有における地球以外の未知の世界の人間に於いても、そうである。
365. この真理と知恵の原則は、その純粋な形姿において、至る所、同一の創造の源泉から生じたものである。即ち創造がそれら全ての源泉の霊によって語るように、創造そのものから生じたのである。創造とそれらの源泉の結合は余りにも密着しているので、それらの源泉は創造の法則と掟を認識することが出来、それを人間の言語に通訳し、教えることが出来る。
366. 即ち上記では、真実であるあらゆる啓示の一般的源泉を形作っている、全ての法則と掟が意味されているのである。
367. まことに大いなる地球人の霊的な目覚め、人々は今日、正にその開始を全世界に観察することが出来るのであるが、それは次の最善の証なのである。創造の呼気が、真理や無限の存在を求める人々の探求、究明心を一つの勢いと成して動かしているのである。これは以前において極端に希な事情であった。
368. 男も女も若者も子供も、今日事実正に創造を探し出そうとしている。
369. 彼等は正に、古い偽りの宗教宗派の持つ死んだ文字と虚しい形態から脱出し、宗教宗派の混乱したドグマを払い捨てようとしている。
370. 彼等はそう長い間、強固な信仰箇条の奴隷と成り虐待されていない。
371. 彼等はそこから自由になり、真理が在る所にそれを見出す。
372. それにも拘らず、まだ多くの者が、非良心的利益主義者や宗派設立者に引っ張られ、誤謬に走っている。彼等はずるい権力によって邪悪な信者を強奪し奴隷化するのである。
373. しかしこうして信者になる人々は、真実に求めている者ではないのである。何故なら、真実の存在をまだ一度すら、彼等は予感として意識したことも無いからである。
374. 真実に求める者は、あちこち至る所で目覚め、創造との一体化を実現させている。
375. 彼等の生命は、全くこの実現化に満たされている。そしてその結果、彼等は事実、創造の意志に従って仕事を完成させているのである。
376. 即ち彼等は、他の偽りの世界のために時々重んぜられた、偽りの宗教宗派を去っている。そして彼等は、日々、真実の世界のために、創造の真理である善なる喜びの可能性を発見している。
377. 彼等は、単に神の怒りと復讐、そして死と死後の、所謂証明不可能な栄光についてのみ語る宗教宗派を取替える。
378. 彼等は偽り誤った宗教宗派を真理と取替える。そしてその中で、喜びと愛の中に、そして現在と末来の生命の中に生き、今、今日も、明日も、次の生命においても、毎日、彼等は全てをそこに持つのである。
379. この生きた創造の真理と霊力を持って、彼等は自分達の人生と日常の全ての業務を形成し、彼等が勝ち得た知識と真理は、事実、生命の真理であることを明らかにするのである。
380. 所謂真理の担い手が、それを生命の実際的真理として認識し、担い、現実化する事が出来なければ、その真理は、実際には真理ではないのである。
381. そうして真理でもないものに、人間は長い間、真理の名を授けるべきではない。そうすることによって彼は、その名を虚しい錯覚の為に誤用しているのである。
382. この生命の、あらゆる真理の中でも、最も偉大な真理を理解した者は、もはや宗派や礼拝宗教に戻る事は出来ない。トカゲは一旦その殼から脱出して生まれた後では、元の卵の殼の牢獄に戻ることが無いように。
383. その様な人間は、無限の中に、その中心点を見出したのであり、彼等は意識的な洞察と創造の力との意識的な調和の中で働いている。そして彼等は、創造の法則と掟がこれを規定しているように、内部から、内外の世界を支配するのである。
384. 彼等は存在に満たされ、彼等の人生は創造の法則と掟の満たしの中で挙行される。
385. 彼等の人生は、創造の御国の中に、そして知恵が有り公正であり、知恵と義を具現している創造の御名において成就される。

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第 44 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において、
 2. 創造に讃えあれ。創造は意識である。
 3. 予言者は、予言者と知恵者の意識、そして普通の平均的人間の意識について語る。
 4.予言者は、決して科学者、僧侶、司祭、高位高官による人物で構成されていない。
 5. 予言者は、いつも素朴な人間であり、男であり、女であり、特別な学識は無い。
 6. 彼等は知識を、独自の学習と、非物質的な方法である外部の力の援助により獲得する。
 7. それ故予言者は、決して科学者、高位の人々、僧侶、司祭としての教育を受けていない。何故なら、彼等は中立-肯定でなければならず、信仰的傾向があってはならない。
 8. これは唯一、彼等が信仰箇条に影響を受けず、創造の真理を認識し、非論理に陥らず、それを支配出来るということを保証する。
 9. 科学者、僧侶、司祭、高位の人々、権力者、官職者は、概して先入観、信仰箇条、その他の人間的非論理的ドグマ(教条)や規定に影響を受けている。それらは真の創造的思考処置を締め出している。
10. しかしながら、ドグマ、先入観、規定に刻印されていない素朴な人間は、何かの非宗教的、或いは宗教的な種類の信仰箇条とは関係が無い。だから彼は純粋な真理を受け入れる能力が有り、従って創造的な認識の出来る者である。
11. 即ち予言者として、あらゆる何かの信仰箇条の類を免れ、義においては、真理そのものと同じく厳しくなければならない。
12. ただ、真の生命の御国を形成する人間のみが、そうであることが出来る。従って彼は、創造の上に人間、又はその他の何かを置かない。
13. それは、信者、科学者、司祭、僧侶、権力者、その他が、正に出来ないことである。
14. 彼等は皆、自分の上に、神の存在を信じたり、自らをその様な者とみなしている。
15. 即ち彼等は真理に背き、非論理、偽り、嘘の奴隷と成り、決して予言者の義務に、およそ達することは出来ない。
16. 何故なら、彼等は偽りの召使であり、奴隷であり、神々、聖人、偶像の召使であり、奴隷である。
17. 彼等は、明るい光線の前にある永遠で絶対的な闇のように、真理に遠く、その思考処置も同じようにその状態にある。
18. 真理の人間のみが予言者であり得、信仰箇条や同様のものによって、重荷を背負った人間ではない。
19. 予言者はしばしば、予言者として、多くの生命の中に出現する。何故なら彼等は直ぐにも継続的順序を辿り、義務をもって、彼等の義務を成就させるよう迫られるからである。
20. 即ち彼等は、多くの生まれ変わりで預言の義務を守るのを義務とする。そうして彼等は、絶えず繰り返し予言者として現われる。
21. 預言世界は、真理、唯一の創造の法則と掟の教えと存在の上に築かれている。
22. この教えはもっぱら真の予言者のみがもたらし、教える事が出来る。
23. 従って、例えば、僧侶、司祭は決して予言者にではなく、ただ新しい宗派創設者や宗教創設者になることが出来るのだとも言われるのである。何故なら彼等の感覚、志望、行いは不自由であり、信仰箇条、神々、聖人に依存しているからである。
24. 彼等の全生命、思考、志望、行いは、屈従、偽善、嘘でかためられる。何故なら彼等は真理に背き、それによって生きているからである。
25. 予言者や男と女、彼等はいつも素朴な人間であり、人間的な意味で彼等は決して学識の有る者や教育のある者ではない。
26. 彼等は大学や学校で教育を受けたり、僧侶、司祭に学んだりせず、宗派からも、修道院の中でも学んではいない。
27. 彼等は精通者であり、真理の知恵者である。自然的なものの生命。即ち創造の法則と掟により。
28. 予言者と知恵者、男と女は、特に宗派的人間がそうであるように、決してエクスタシス(恍惚)に陥らない。   
29. 予言者はいつも、冷静な観察、訓戒、思考力法、行動の中に留まる。
30. 予言者と知恵者にとって、創造の愛、又は創造の経験を恍惚的に表示する形は無い。何故ならエクスタシスは、病的欲望、非制御の表現であり。これは宗派信仰者に特有なものである。
31. まことに、予言者と知恵者には、創造を体験できる多くの方法と道がある。彼等は昔から創造を体験するために、全ての手段、方法、道を利用していた。
32. しかしながら。手段と方法はいつも真実で創造に適っていたため、その中には、何の疑いも無かった。
33. 予言者は、創造が決して神格宗教や宗教的宗派を尊ばず、又、決して信者を尊ばないことを認識していた。
34. 彼等は又、創造が全てに一体であり、どんな人種も特別に優遇せず。国民性も厭わぬという真理を認識していた。
35. 従って創造は、人間の信仰に関わらず称号や職業等々のような人工的柵を認めない。それはただ人間によって授けられるものである。
36. 創造は、至る所で予言者に啓示する。又、その他目覚めている全ての人間にも、創造は啓示する。
37. しかし正に、予言者によって、創造は人間の中に現実化する。何故なら予言者は、人々の中で最も目覚めた者であるからだ。
38. 予言者と知恵者は、高い称号の無い所に、至る所に見出される。農夫、大工、家具工、靴屋等、高い学識者ではなく、単純な職業を持つ人々の間に見出される。
39. 予言者は、決して偉人達の間に見出されない。むしろ取るに足らぬ人々の間にずっと多く見出される。
40. 何故ならまことに、創造の体験を獲得するのに、彼等のみが十分に自由であるからである。
41. そしてこの予言者とは、最高の哲学と創造を体験した者である。
42. 創造にとって、人種も民も存在せず、社会的地位も時代的思想風潮も存在しない。
43. 創造にとって、高い地位や高い学識のある状態は無い。だから今日も明日も人間的意味で、決してより高い教育を受けた予言者という者は生じない。しかしながら予言者は、真実にはどんな人間の教養より、測り知れぬ程超越している。
44. 予言者の聖なる性格はまことに大衆の中にある。彼等は謹み深く、その人格を自慢すること無く生きている。
45. まことに、人々の間にもっと多くの予言者がいてよいであろう。しかし多くの人々はこの職務を遂行することを不安がる。それ故、彼に為される害悪や誹誇を恐れない、ほんの僅かな人々が予言者と成る。
46. 然し乍ら今日、異端者の判決を受ける予言者は明日の聖人である。この事はイマヌエルや他の多くの生まれ変わりの系列において起きているし、又、他の予言者においても同様である。
47. まことにこれが、人間が全てを記憶している理由である。どんな人間も、進化の目的に達しなければならないからである。
48. 地球人類のあらゆる層から、何百人、何千人と人間が、地上で、その度、過去に知恵ある知恵者に成り、それに応じて生き、動き、現在も生き、働いているのである。-昔からずっと将来に至るまで。
49. その際多くの人々が、創造に至る道を見出し、創造を体験した。
50. 彼等は全て、唯静寂と孤独により、そして瞑想の深い沈思により、創造の体験に至っなのであった。決して歓楽的にな活によってそうなったのではない。
51. 彼等は創造の真理によって、利己的な感覚を困ぱいさせ、破壊した。
52. 創造に対する集中的な愛によって、そうなった者もいる。又他の有は彼等の能力を高め、知識を増大させることによってそうなった。
53. 又その時、人間があらゆる感覚をもって創造の体験に達する時、音楽も人間の中に創造を実現させる手段に成った。
54. 何故ならまことに、人間の中にある進化の才能と創造的成長に対する熱望は、しっかり定めた目的から、彼を押し退けたり遠ざけたりできる状況も時間も知らない。
55. であるから、地球人類の文明は、人間が正しく生き、創造の実現化に至る道を生きる保証には、何もなら無い。
56. これは物質的な関心として他の法則と掟に組されているからである。
57. 人間の中にある創造の意識の発達は、地球人類の文明を基礎にしているそれとは全く異なった、別の法則、掟、規則を知っているからである。
58. しかしながら人間にとって、創造の至福と平和、真実の愛に達する事は困難ではない。彼は何か科学的な法則に従う必要はないし、偉大な学識者でなくてもよいのである。
59. その際、規則的には博学者、司祭、僧侶、権力者、利学者より、むしろ博学者でない人間の方がずっと創造の道を見出すのである。何故なら、学識の無い者の方が、しばしば偏見、先入観、思想傾向にあまり囚われないからである。
60. それによって彼は、より自由で、柔軟性に富み、真理に対して親しみやすくなる。
61. 即ち、人間が創造の経験、つまり真理を用いることが出来るかどうかは、わだかまりも偏見も無い感覚に依存しているのである。
62. 人間によって獲得されるもの全て、即ち自己の中で創造的になり、より優れて成長するかどうかは次にある。即ち、彼が誠実であり、真理に従って生き、余りに善であり過ぎず、柔和であり、創造の遍在に対し、いくらか多くの尊敬と畏敬の念を起すことにあるのである。
63. その時、人間が、予言者と知恵者に伝達され、絶えず教えられた創造の生命の原則を受け入れる用意があるかどうかに関わる。
64. 何千年に渡って、予言者と知恵者は、創造の御国を発見する道を示してきた。
65. 予言者と知恵者は、人々がその中で自分自身のために、最高の成長の可能性を見出すことの出来る鏡のようなものである。
66. まことに予言者と知恵者は、他の全ての生命のためにも、尊厳の証人である。そして彼等は、最高の人間霊の可能性と人間の創造的使命のための、否定しがたき証明である。
67. 彼等の並々成らぬ善と愛、無条件の控え目、毅然たる勇気によって、どうしたら人々が創造の御国に入っていくことが出来るかを、彼等は示したのである。
68. 彼等は、睡眠と食料、又健康すら犠牲にして、絶えずあらゆる種類の役に立ち、彼等の知識と知恵の信憑性に対して、証明する用意があったのであった。
69. そうして彼等は、自分自身と創造に至る道を見出したのである。彼等は人々のために多くの道を示し、説明した。そして人々が創造の体験をすることが出来るように。
70. ただいつも予言者と知恵者を冒涜したり呪うのでなく、人々が彼らの生活を学べば、自分でもこの道と手段を見出すであろう。そして知恵者と予言者の生命が、彼等に霊感を与えるであろう。
71. 彼が予言者と知恵者の手段と道を探し求め、予言者と知恵者が彼に体験させる時、継続する学習と真剣な熟慮は、個々の人間に、生命に対する方向付けをするであろう。
72. その為には、人間は実際に用意が出来ていなければならない。何故ならそうしてのみ、彼は目には見えないが、無限の力を体験できるからである。
73. 全世界の全ての予言者と知恵者のおかげによってのみ、地球人は、彼等の知識の最も豊かな相続人に成るのである。
74. まことに人間は創造の人と成るために、予言者と知恵者により、あらゆる援助と手段を利用した。
75. 予言者と知恵者の教えの中には、創造と真理の無限性を体験するための道-創造を体験する導き、手段、方法の多くの可能性が示されている。
76. 例え人間の人生体験がどんなものであろうと、人間の生活状態がひどいものであっても、どの様であれ構わない。人間がどんな個性を持っていようと、いつも次の事を考えるが良い。予言者と知恵者も、正にそうした同じ状態から生まれたことを。
77. であるから地球人よ認識と悟り、そして創造に導く全ての条件を満たすよう、あらゆる手段を尽くせ。
78. 予言者と知恵者は、彼等に伴い、彼らの善に上昇するよう、人々のための不断の助言であり、励ましである。
79. 人間は、自らにある一定の距離を保つなら、その最奥部に創造の意識の可能性を発見する。
80. 人間は、生き、活動するべきであるのだが、絶えず創造の臨在する意識を持って、生き、活動するべきである。
81. 人間は次の事実を忘れてはいけない。創造は彼を巡る外部にもいるが、直接彼の内部にもいることを。
82. 創造、即ち人間の中にも創造霊の一部は実際に在り、本質的な才能であり、最も深い意識の霊である。
83. その為に、既に全ての予言者と知恵者は次のように語った。“創造は貴方がたの内にあり、貴方がたは御国を、貴方がたの内に持つ” と。
84. このことは生活状態がどのようであれ、一人一人の人間全てに当てはまる。
85. 予言者や知恵者になる可能性は、男であれ女であれ、誰にも与えられている。何故なら本質を成す創浩は、どんな人間の中にも存在するからである。
86. 現代の文明は確かに巨大な多様性を持ち、人間が、政治、技術、医学、社会的科学的分野で達成した全ては偉大であるが、そこから予言者や知恵者が生まれるには程遠い。
87. なるほど生活水準は非常に高くなったが、人間が自己の中に知恵を発見するのでなければ、それは全く役に立たない。その知恵は、彼に死をも恐怖ではなく、喜ばせることが出来る。
88. そのような知恵は、まず彼が真理に従って生き。予言者と知恵者のごとく真の平和を自らの内に担う時に、初めて彼の所にやってくる。即ち、全く何ものによっても揺り動かされない平和が。
89. しかし人間は、その感覚、志望、思考、行い、人生において、どんな状態になっても破壊され得ない、真摯で真実の喜びを持たなければ、この平和に達する事は出来ない。
90. 即ち人間は、予言者と知恵者の高みに昇り、その結果、自己の苦しみや病をも乗り越えなければならない。
91. 最も内奥において、人間は創造である。この事実を、全ての真実の予言者と知恵者は、昔から絶えず繰返し強調し教えてきた。
92. 彼等は知識と知恵により、そして創造の法則と掟により、創造の満たしの中で、彼等の生命を獲得してきた。
93. まことに彼等は、創造の働きの中に生き、創造は彼等の内に生きたのであった。
94. 予言者と知恵者である彼等は、人間として、創造の本来的な実質的核となった。それはあたかも、創造が彼等の所に降りてさたかのように見える。
95. 創造は、予言者と知恵者の思考、生命、行いによって、無限の愛を明らかにした。そして予言者・知恵者の言葉、解釈、教えによって、創造はその知恵を提供した。
96. 創造は、予言者と知恵者生活によって、個々の人間のためにも、全てが与えられているという可能性を示した。
97. 人間は、唯それを理解し、大胆不敵に表明しなければならない。
98. そして人間は、何の相違も境界も知らない深い知恵、平安、平和、愛を身に付けなければならない;生活の困難にたじろぐのではなく、どんな立場や問題における困難でも、知識の力によって自ずと克服してしまう-その様な知織が習得されねばならない。
99. 人間はやはり一度、予言者と知恵者の生活を吟味すべきである。
100. しかしこれが出来る為に、まず人間は自己の人格を幾らか拡張、拡大し、創造の意識も認識しなければならない。それは全ての人間に現存し、与えられているものである。
101. 至る所で、人間は無限の喜びのために、再び自己の能力を呼び醒まし、単なる人間的な感覚と志望によって打ち立てられた全ての境界を取り壊し、破壊しなければならない。
102. 知識は拡大され深められねばならない。そして実践的な愛が、窮極の効力を見出さねばならない。
103. 人間に予言者と知恵者によって自己を学ばせねばならない。そうすれば、自分の不完全さや弱さと戦い排除できる。
104. 人間は創造の素晴らしき被造物であり、喜び、平安、平和、愛の為の限界は、彼には存在しない事を認識しなければならない。何故なら人間は、その為に生まれたからである。又彼は、それを意識によって利用し、完成するのである事も認識しなければならない。
105. そしてまことにこの創造の発展と創造の実現化の道で、人間は何千年にも渡る無数の人々による数え切れない実例を持つ。それは今日も明日も、永遠に彼を助けるのである。
106. この何千年来、そして将来も援助を与えてくれる無数の人々とは、予言者と知恵者である。
107. 畏敬と尊敬の念を持ち、人間は彼等のことを思い出し、彼等が残していったもの、そしてまだ将来残していくものに対し、彼等に感謝するべきである。
108. しかし人間は思いの中で、彼等を崇拝してはならなり。、何故なら、崇拝は唯創造にのみ値するからだ。 
109. 人間はいつも、次のことを考えるべきである。即ち、頂言者と知恵者が真理に生きていたこと、そして人間に教示し、彼等に霊感を与えるために、まだこれからもいつも生き、将来に渡る長い間生きるであろう事を。
110. 予言者と知恵者は、植物的性質を超え、純粋な人間的本質にも勝利したのだった。
111. 彼等は創造の進化という意味で、真に人となったのである。
112. そうしで物質世界は、彼等にとって創造の御国と成った。彼等は人間的な感覚や物質的な限界や窮屈さにより、長い間盲目になってはいなかった。従って彼等は、彼等にとって目に見えるようになった不可視の存在と話すことが出来た。しかしそれは、他の人々にとって閉ざされている現実であり、彼等が創造の法則と掟に従うまで、閉ざされ続ける現実である。
113. 予言者と知恵者は、昔から次のような人々であり、現在もそうである。即ち、独自の力と独自の努力によって、あらゆる創造の意識の力がダイナミックな効力をもって彼等に生じたのであり、生じている人々である。
114. しかし予言者と知恵者が昔から行った事、又行う事は、誠に他の全ての人々も、創造の法則と掟に従えば行うことが出来るのである。
115. 一般に人間は、彼等と全く同じように、英雄的な霊と成ることが出来るのである。又彼等は無限の創造と をもって、超人的な個人に高まることも出来、その力は死を克服し、無知を凌駕する。
116. 最高の創造の悟りを放つ予言者と知恵者の中には、創造の御国が存在している。だから次のような呼び掛けが人間に対してなされる;“創造によって貴方に与えられている能力を開くが良い!”と。
117. “地球人よそして創造が貴方に与えた奇跡と能力を用いよ!”と。
118. 小さな、利己的な、限られた現存により、自己を制限させることは、人間の尊厳の中に存在しない。何故なら、彼の中には創造の炎があるからである。それはいつも創造を体験するために燃え上がることが出来る。
119. 人間は、善であり柔和であることから始めよ。そして全てを、忍耐をもって克服することを学べ。
120. 貴方に、内なる生命の本質的な必需品と必要物を示してくれる教えを尊べ。
121. 誠に予言者と知恵者になるのは容易ではない。しかし全ての人々や、男にとっても女にとっても、それは成り得るもので到達可能である。
122. 人間は単純な生命体を持ち、宗派、宗教、権力者、学問的堕落から離れているなら、予言者や知恵者になることが出来るのである。
123. 人間は、唯一の真理のみを尊重し、唯その法則と掟のみを守らねばならない。
124. そのことのみが、予言者と知恵者を、普通の凡人と分かつのであり、当然必要なときには、いつでも霊の力に対してのみ捧げる彼の真摯な祈りも、凡人と異なる所である。
125. 予見者と知恵者とは反対に、いわゆる普通の人間や平均的人間は、苦境や困難に陥った時、助けを必要とする時、又は日曜を祝う時にのみ祈る。
126. 更に普通の人間や平均的人間は、真理や唯一の創造に従って祈るのではなく、不正直に想像上の神格や聖人に祈るのである。
127. 人間は、この想像上の神々や聖人をもはや必要としなくなり、宗派的恍惚から覚めるやいなや、直ぐに又それらを忘れてしまう。
128. しかし予言者と知恵者は、特別な祈りの機会を待つことは無く、継続的に創造や、単に霊に対して祈りを捧げる。
129. 予言者と知恵者の生活は、創造との内的な一致による永続的な伝達であり、彼等の感情は崇高であり、彼等の感覚と志望は、いつも現存する創造の崇敬により安全に満たされている。
130. 予言者と知恵者のビジョンは純粋で崇高であり、彼等は男達、女達、子供達を顧慮することが出来る。そして彼等の目は、人間の中にある創造の意識のみに向けられる。
131. 予言者と知恵者は一言もしやべらないかも知れないが、いつも祈っている。何故なら祈りは彼等の内なる声と生命の一部であるからだ。
132. しかし予言者と知恵者が行動し、如何に彼等が話し、如何にその聖なる怒りを表現し、如何に善、愛、慎みを明らかにするか、その方法は創造の現存する証拠である。
133. 彼等の大いなる行いと真実の犠牲は並はずれており、彼等は唯、創造的なものの反映であり得る。
134. 普通の人間や平均的人間が、純粋物質的な世界に住んでいるのに対し、予言者と知恵者は創造の意識の御国で行動する。
135. 予言者又は知恵者は、一本の道に沿って歩くかも知れないが、彼は聖なる地、又は聖なる岩石の上を悠然と歩いていると感じ、それを能く知っている。何故なら、彼の最内部にある意識の何かが、創造の存在を絶対に意識しているからである。
136. 予言者と知恵者の生活状態がどんなものであれ、彼等の仕事のやり方がどうであれ、彼等は絶えず創造の知力を意識している。それは全宇宙の源泉である。
137. たとえ状況や実情がどんなであろうと、予言者と知恵者は、いつも創造の無限と一体である。
138. これが普通の人間と平均的人間、そして、予言者と知恵者との相異である。
139. もっぱら予言者と知恵者は、創造を意識して生きることによって、本質的な要素の中に生きる。
140. 普通の人間や平均的人間はいつも落ち着かず、自分の幸福を探さねばならず、それによって彼は哀れな人間である。
141. 普通の人間や平均的人間は、いつも死に対して不安の念を抱き、あらゆる手段を用いて死を克服したがっている。
142. 彼等は何千もの不安の中で生きているが、予言者と知恵者は、喜び、愛、幸福、平安、平和、創造の意識の無限の大海と一体である。
143. ありふれた普通の人間も、平均的人間も、予言者と同じ事が出来る;彼は自分自身の中に創造の御国を見出すなら、自分の人生において、至芸を証明することが出来る。
144. 人間は自分の意識の中で、自己を高め、自己の意識に関して名人にならなければならない。
145. 人間は意識を存在の中に滑らせるが良い。そして彼は存在と一致する。意識と存在は一つである。
146. 人間は予言者と知恵者と同じ様に行うべきである。彼等の意識は創造と一体である。即ち、彼等は存在に於いて一体である。
147. 創造の御名において、地球人にそれが成るように。そして彼等が予言者のようになり、知恵を得、いつも存在の意識において生命と一体になるように。


第 45 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は光であり、炎である。
 3. 予言者は、創造の光と炎よって生きる生命について語る。
 4. 地球人が毎日、朝から晩まで、素晴らしい創造の無数の働きを観察することが出来れば、彼は決して知識欲を鎮めることが出来ないであろう。
 5. 人間は、創造の無限の中で、決して終わらないであろう。そして被造物の崇高な多様性と素晴らしい華麗さを、決して十分に説明することも、驚嘆することも出来ない。
 6. ああ、如何に人間は悲しむべき存在なのであろう。彼は盲人として生まれ、一生涯闇の中を手探りで歩く。
 7. 彼は決して、見える者の歓喜を理解出来ず、決して母親が平和な顔にたたえる優しい微笑を見ることが出来ない。又、善良な父親の、目に見えぬ同感の痛みも決して判らない。
 8. 盲人は、愛する人々の、ただ真っ暗な映像のみを最内奥に運ぶ。そして彼は花の咲き乱れる春や夏の集合的華麗さと装飾の、ほんの余韻のみを感じとる。
 9. 彼は、永遠の夜に隠された草木や花々の甘き芳香と、恵み深き暖気のみを感じる。
10. 盲人は世界の半分を失っているのであり、彼にとって、目に見える全ての生命体は、より高度で、創造に祝福された存在物である。
11. しかし美しい春の日に、突然闇が目から落ちると、どんなにか喜びの驚きが彼の身内を走るにちがいない。新しい光が目に入り、創造の生命に至る新しい道が開かれるなら。
12. 突然見えるようになった者の最初の展望は、いわば楽園を見やるアダムの最初の見晴らしのようであり、あらゆる魔法で飾り付けられた自然の美の光景であろう。
13. 突然見えるようになった者は、震憾してよろめき、天、地、万有を抱擁しようとする。そして彼は、未知の大海の中で泳いでいると錯覚するであろう。
14. まことに彼は、創造の壮麗さに圧倒され、しばらくずっと言葉を失うであろう。
15. 何故なら事実、地球世界は楽園であるからだ。人間は唯これを見、認識しなければならない。正に闇の盲目から目覚めさせられるがごとくに。
16. 森の中の暗い土の上には、帯状に金色の太陽光線が流れている。そしてそれは青々とした草地、耕作地、広場に滑り落ちている。
17. 遠くの山は柔らかな雲のように見える。そして天にたなびく雲は、揺れ動く山脈のように見える。
18. 雨が降った所には、目映いばかりの豊かな色彩を成して、虹が色とりどりに青空から地上に丸天井のようにかかっている。それは未知の世界に通じる巨大な門のようだ。
19. 地上は無数の草木や花々で被われる。それは風に吹かれてたなびき、蝶がその回りをヒラヒラと飛び交っている。
20. 蝶自体は、無数かつ多様な花のようだ。それと並んで、空中には優雅に舞う鳥達のさえずりが響き渡っている。
21. 突然目に光が与えられたなら、一体どんな感情がその者の全身を震わすであろうか。そして彼の内にどの様に、突然の喜びと驚きが湧き起るであろうか。そうして彼は燃え上がる畏敬の中に黙り込む。
22. しかし見える力を持って生まれた者は、どうして創造の全華麗さと壮麗さを、冷淡に、無感情に通りすぎるのであろうか。まるで目の見えない盲人のように!
23. 地球人は、それは習慣の結果であるという。
24. 確かに次のように習慣の寄与する所は大きい、即ち人間は、彼を取り囲む自然の壮麗さに対し、より冷淡で不注意になっている。
25. 一方、永続する歓喜は考えられない;あらゆる機会において、それを表現しようとする人間は、最後には偽善的な感覚の中で道を誤るだろう。
26. ただ、完全な無関心と無感動は、自然の平静とはいくらか異なる。創造の善に対する感受性は、生命の如何なる瞬間にも平静さと非常に調和する。
27. 創造の奇跡に対する冷淡は、全ての太陽光線の中で、どのようにして、力が刷新されるかを認識させない。
28. それでも人間は絶えず創造の奇跡を求めるにも拘らず、無関心と粗野な無感動は、もはやどこにも奇跡を見出せない。
29. 誠に見えない事は習慣の結果ではなく、未熟な悟性の結果である。その悟性は、最も近くに隣接して彼を取り囲むものについて、まだ一度も熟慮したことのない悟性である。
30. それは又、歪められた感覚の別の種類の軽率であり、欠点である。それはもはや威力的で秘密に満ちた自然の崇高さ、美、平安に対して何の感覚も持たない。
31. 即ち人間は、まだそのいかがわしき人間的芸術の耽溺、人間的な感覚的欲望、功名心の強い努力、そして享楽、冒涜、富のためにのみ燃える。
32. 地球人よ、貴方が一度花咲く野を孤独に歩む時、一度盲目に生まれた者の立場になってしばらく想定してみよ。
33. しばらく闇の夜を目の中に迎え、まぶたを閉じて、まだ創造の世界を一度も見たことが無かったかのように想像せよ。
34. それから瞼を突然開け、何百万倍もの生命の輝きの幸福を感じよ。それは貴方に創造の善を与えている。
35. 色とりどりの色彩の御国を認識せよ。その御国は、青い空から緑の野原と、色とりどりの花々に至るまで、貴方の前に漂っている;誠に生まれて初めて、それは貴方を感動させ、驚かすかも知れない。
36. 人の目を喜ばし、それを自ら見たことの無い者でなければ、誰も説明のしようが無いその色彩は、何であろうか?
37. 人間は虚しく問うのである。死すべき者で最も知恵のある者も、今までの創造の秘密の謎を解くことは出来ない。
38. それでは一体、この色彩は何であろうか?
39. 人間はそれが光の作用である以上の事は、それについてもはや何も知らない。
40. 光が無ければまことに全ては闇である。そして全ては境界の無い闇の中に沈む。
41. 光がどこかの物体に落ちるやいなや、草地、野、丘、木々に落ちるやいなや、河川や田園、そして空中に落ちるやいなや、そこで微光を放つ虹がもやの中に描かれる。そのような奇跡を、光は如何にして行うのであろうか?
42. 見よ、人間は余りにも無知であるため、日常彼の近くに在る奇跡すら理解していない。
43. 死すべき人間の感覚と意識は余りにも限られているため、彼は瞬時に見るものすら認識せず、説明することが出来ない。
44. 全ての色彩と光度を生み出す光は、人間にとって新たな謎である。
45. 光がどの様に生じ、真にどのように作用するか究明されない。
46. しかし人間は、光が創造の最も貴重な贈り物である事を知っている。
47. 世界と全宇宙は、光が無ければ無限の闇の墓であり、宇宙的広域に生存することは何も出来ないであろう。
48. たった一つの植物でさえ、光線の無い闇の中では芽を吹き、成長し、茂ることはないであろう。
49. まことに地球人よ、光線が決して届かない大地に穀物種を埋めよ。貴方が発芽のためにそれを曖気で動かしても、大地から芽を吹き出すやいなや、光の無い所では枯れてしまう。
50. 一度、曖気の無い冬期に、冷たい窓辺に向かっている家の中の植物や花を観察してみよ。
51. それらは光を捕え、それによって生きようとして向きを変え、その葉を光の方に向ける。
52. 地球人よ、一度目を見開いて静かな森を歩き回るが良い。全ての木々や灌木が、その梢を如何に日の光に向かって伸ばしているかを驚くばかりに認識するであろう。
53. 又どの木も、どんな灌木も、他のものの影で覆われ光をうばわれれば、それが干乾びてしまうのをみるであろう。
54. 最も小さな植物や動物や人間にとってすら、光は全ての繊維と神経における、慈悲深い刺激なのである。
55. 人間はいつも陽の射さない暗い部屋の中ばかりにいれば、彼は萎れた植物のように青白くなってしまう。
56. 人間は創造の慈善の満たしの中に、絶えず悠然と歩んでいるのだが、彼はそれを見もせず、殆ど知りもしない。
57. どんな太陽光線も、人間を創造の債務者にするのだが、それでも彼は、一刻一刻に受け取っているものについて考えない。
58. かなりの人々が、何故創造は一度も奇跡や印によって、人々に啓示しないのかと問うかも知れない。
59. しかしまことに創造は、日々見える全ての人々に何百万もの印しを、不思議によって啓示しているのである。
60. しかし感覚と意識において、盲人として生まれた貴方がたは、創造の印と不思議について、その現存を一度すら予感していない。
61. 生きた世界や、一見死んだように見える世界に、余りにも不思議に満ちて働く光線とは、一体何であろうか?
62. まことに光の最大の富が、太陽によって人間にもたらされる。宇宙の無限の広域を走る太陽光線の飛行は、想像を絶する速度を持ち、研究者の最も大胆な想像力すら、それにはおののく。
63. 人間がまぶたを閉じ再び開ける間に、太陽光線は素早く10万kmもある宇宙空間を貫いてしまう。
64. しかし至る所の宇宙に輝く、巨大で決して減らない光の量は、一体どこから来るのだろうか?
65. 人は、光は火からやってくるという。しかし一体この火とは何であろうか?   
66. それは、それ自体に再び素晴らしい作用を隠した力であり、真に新しい不思議である。
67. 即ち奇跡は地から湧き出、祝福は地から湧き出る。
68. 火は全宇宙の最も原初的なもの、最も普遍的で重要な成分の一つである。
69. 火は全ての物体に含まれており。不可視であるが存在し、拘束されている。
70. その輝く炎は、物体の中に含まれている火の力が、他の刺激の流入により解き放たれる時、初めて示される。
71. 火は全宇宙に拡大される。太陽の中に、全ての大気圏に、最も深い世界の懐に、そして人間の肉体に。
72. 簡単な手段によって、人間は自己の効用のために、至る所で火を起すことを心得ている。彼は最も硬い岩石や、最も冷たいハガネで、眠っている火花を起す。
73. 最も美しき火の贈り物は、単に光ではなく、全てに浸透する恵深き暖気である。
74. 素晴らしい作用で、数え切れぬ穀種を大地から萌え出させるのは、正に暖気である。穀種が太陽光線に向かって伸びる。暖気は植物、動物、人間を生かし、血管を流れる血液を脈付ける。
75. 至る所、宇宙は生命に満つる。無限の火の海もそうである。その中に全ての生命体は快活に活動する。
76. 輝くオーロラが、真夜中の天井高くを閃光を反射させて燃えている。それは人間がハガネから起す火花と同じ性質のものである。
77. まだ咲ききらない若いバラの胸元から、露の滴を飲み込む暖かい黄金の太陽光線は、まことに地の内奥から轟きながらほとばしり出る、はち切れんばかりの火の塊と同じ性質をしている。
78. ただ万有に微睡む火の力が、必ずしもいつも至る所で目覚めさせられないだけである。
79. 地球人よ、貴方が一度大いなる世界構築を、こちらから観察すれば、それは貴方にとって驚愕に値するであろう。それらは如何に新しく、謎めいていることであろう。
80. 結局創造は、如何に貴方にとって偉大だと思われることであろう。際限の無い所帯のきりもりにあって、その崇高さと全知は、如何に偉大であろうか。
81. 貴方は創造によって創られた全ての本質に、慈善、祝福、歓喜を萌芽させるために、異なる要素を結合させる創造の全能を認識している。
82. 地球人よ、貴方はただ光線と熱線の有効な効用における創造の賜物-創造の慈善のみを描写しようとするには-創造の愛の全貌を表現するだけでも一生かかっても足りないだろう。
83. 地球人よ、たとえ生涯かけても、貴方は創造の賜物のほんの僅かな一部のみを讃えるだけであろう。何故ならそれぞれの賜物の、より大きな部分は、まだ微弱で際限のある意識にとって、この世での探究は無理であるからだ。
84. ああ、貴方は人工的に生み出した微光で夜を明るくする。そして自ら用意した燃える熱気で凍て付く寒さを追放する。
85. 貴方は野の果物や木の実が太陽光線によって熟し、太陽光線によって葡萄の木に実が成るのを見る。
86. 金属は火の熱で解けて流れ、人間に役立つ必要性に応じて型が取られる。
87. 乳呑児は太陽の光線に向かって伸びる。老人は太陽の快活な暖気を求める。彼等は本能的に知っているのである;創造が創り出したものは祝福である・・・と。
88. しかし人間の罪とその無知や悪意は、祝福を呪いに変えている。
89. であるから;火は余りにも役に立ち愛すべきものであり、その誤用された力は驚くべきものなのである。
90. 巨大な黒い雷雲が湧き起り、雷光が天上に燃え、自然の暴威が内気に黙り込む世界に起る時、それは人間にとって最も恐ろしいものに思える。
91. 人間はそれを見、恐ろしいと思うが、美しさを感じる。
92. まことにそれは恐れを呼び起こすが、祝福に満ちている。何故なら、創造から来るものは祝福に満ち、善であるからだ;水もそうである。
93. もっぱら人間の愚鈍、悪意、不注意のみが、季世のために与えられたものを、しばしば腐敗させるのである。
94. まことに雷の戯れは、余りにも華やかさに富んでいる。それは暑い夏の日中や夜に地球の大気を揺さぶり、不健全で汚れた成分を除く。残念ながら何と多くの人々の恐れが、この自然現象を迷信的に誇張していることであろう。
95. それに対する恐れは、人々が何千年来の長い経験から、百の雷の内、稲妻が一致して鳴り響く事は殆ど無いことを知っているだけに、愚かしいことである。
96. 同じく人間は、長い経験から、千の雷鳴のうち、動物、人間、又は住居に落ちるのは、殆ど一度も無いことも知っている。何故なら、全ての雷鳴の内の95%は天の高所で燃えるからである。
97. まことに人間における雷への恐れは、しばしば単に肉体的な弱さから起される。何故なら雷雨の来そうな空気状態が、まだそれが鳴り始める以前に、既にやがて訪れる雷の予感を、人々の神経に及ぼしてしまうからである。
98. 他の者は不安が募ったり、天候に左右されやすくなる。そうして彼等は、異常なけだるさや弛緩、呼吸困難を感じたりする。
99. 知識者の強い意識は、創造の善を確信して、肉体の苦しみを克服出来ることも知る。
100. 知識者は天から洪水が押し寄せ、火の河が霊を突き抜けて光る時、自然の猛威の唯中で、嵐の慈善を認識し、その害悪を克服する。
101. しかしまことに、多くの人々の雷における不安は、こうした自然現象の原因と結果に対する絶対的な悪い教育と、偽りの教授の結果に過ぎない。
102. 他の多くの人々にとって不安や臆病は、創造に対する最も相応しくない表象の結果でもある。
103. 彼等にとって、宗派宗教的邪教による最高者は、怒りっぽく、復讐欲を持ち、無慈悲で、それぞれの人間があり得る以上に。もっと寛容的ではない。
104. 雷に対する全く幼稚な不安と、物怖じによる呪いが、彼等を襲うのは。そうした理由による多くの人間の迷信的な恐怖なのである。
105. そして彼等は、想像上の神の怒りを、    彼等の姿からそらそうとして、歌い祈る。
106. 又は震えながら、教会の鐘の音に全幅の信頼を寄せて聞き耳を立てる。そしてそれが、荒天や雷から彼等を護ってくれるだろうという愚かな希望を抱いている。
107. 即ち、彼等は不安の余り、雷の響きによって人間に呼び掛けている自然の声に耳を傾けない;“恐れてはいけない。何故なら創造は全てをうまく整え、それは愛であるからだ!”
108. しかしまことに、自分の生命や財産のために利己的に震える時に、初めて創造が、彼にとって聖なるものとなるような人間に禍在れ。
109. 人間に禍あれ。彼は自分の穀物畑が台無しにされたり、最後の時が近づいているように思われる時に、初めて、霊や創造に激しい祈りを捧げる。
110. 人間に禍あれ。彼はこうした誓約を、最早品行方正な人生によって満たす事は出来ないと思った時に、初めて虔敬なる創造への誓約を、吃りながらも立てるのである。
111. 何故ならまことに、そのような誓約、その様な行い、祈りは、真実の嫌悪であり、完全なる臆病である単なる不純な感覚に由来しているものに過ぎないからである。
112. 創造そのものは真実には、唯誠実さ、愛、真の信頼のみを求める。しかし唯死の恐怖のために創造に呼び掛ける者は、臆病な不安を持ち、何の信頼も持たず、邪悪な猜疑、偽り、不快さを持っているが故に、そうするのである。
113. この者は大体において。人間が創造に対する概念の中に持つべき尊敬に、反対している。
114. それに劣らず、人間が完全な狂信によって想像しているものは、全て真理に逆らっている。それりが鳴り響く鐘の音であろうと、自然の力に懇願して生命や財産の損傷を追い払ってくれる礼拝的対象物であろうと、同じである。
115. 他方;どんな鐘の音も、想像上の神々や聖人に祈るどんな叫びも、昔から何の実も結んでいない事を、多様な経験は証明していないであろうか?
116. 又鐘の音に関して、雷の際に、鐘の塔は特別に危険であることを、正に多様な経験は証明していないであろうか?それは高くそびえ、稲妻を招く目標を提供しているようなものだからである。
117. 稲妻は地に落ちると、高くそびえる建物、木、塔、際だった先端や角を最も好んで選ぶ。そして稲妻は、特に空中高く存在する鐘の塔のような金属を優先して求めるのである。
118. 創造は人間に理性を与えたのであり、狂気ではない。
119. だから人間は、祝福のために創造の理性を用いるべきである。呪いの為にではない。

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003

第 46 章

 1. 創造、知恵者。義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は霊である。
 3. ヤーウェであるプターの娘のセムヤーゼによって教えられたように、予言者は再び人間の中にある霊について教えを与えている。
 4. 人間は霊の担い手である。霊は死なず、最も深い眠りの中でも、決して眠らない。霊は全ての思考と活動を示す。霊は人間に、人間がそれに注意することを学べば、彼の思考が正しいか、誤っているかを語ってくれる。
 5. 人間の中にある霊は、創造の御国の担い手であり、それは全ての人間に特有のものである。
 6. 人間は天について、又天国について心の中で語り、;創造の真理、知識、知恵、霊、存在、というだけでは、単に満足しない事を理解出来ない。
 7. 人間的な憧れは、不変の生命、永続的な平和、霊的富に従って留まり、消滅せず、永遠に続く喜びにある。
 8. 天と地は滅びるが、真理、知識、知恵、霊は、決して変化せず、滅びない。
 9. 霊は、完成、調和、平和、認識、識別、知識、知恵、真理、美、愛、真の存在を期待して見張る。それらは絶対的に永続するものである。
10. それらは全部一緒になれば、結果的には霊的王国を築くのである。
11. それら全ては、独創性のある創造力として、全てのメロディの中のメロディとして、あらゆる能力め中の能力として、最高の創造の原則として、あらゆる奇跡を凌ぐ奇跡として、実存している。
12. 創造が意識的世界を創造するように、人間は夢の中で、不思議な世界を生み出すことが出来る。
13. この能力は人間の意識から目覚める。実存している意識は、全ての奇跡が彼の内に存在しているように、彼の内にある。
14. 彼自身が、天国であり、創造の御国である。
15. それ故に、古き地上の哲学者は人間のことを、大宇宙における小宇宙と語ったのである。宇宙に含まれる全ては、人間の中にも見出されるのである。
16. 人間の中の内的次元は、無限である。
17. 創造の似姿、人間の内にある霊、実存-それは無次元である。それは全ての次元をそれ自体に含み、全ての次元を超越している。
18. 霊は、全ての奇跡の中の奇跡であり、そこから全ての力が生じる。
19. 奇跡とは、完全な霊力の利用である。
20. しかし人間は、奇跡の論理的な解説の全ての可能性を、人間に欠けるものとしている。
21. 人間が幸福であるなら、その幸福は内なる所からくるのである。何故なら幸福は、自ら創り出した状態であり、幸福は決して場所ではないからである。
22. 喜びは人間の内なる所から生じ、霊的な調和によって創られるものである。
23. 従って全ては、内なる所からやってくる。
24. 一見、幸福の原因を形成する事物や人間は、人間が霊的観点から働いた時に、人間の中に幸福が表現されるための、外的な誘因にすぎない。
25. 幸福とは、内なる本質に属する何かであり、霊の実存と切り離すことの出来ない徴標である。
26. 無限の幸福と無限の力は、この実存の中に含まれる。
27. 人間は外面的には老いるかも知れないが、それは単なる一次的事柄に過ぎない。
28. 50才になる迄には、まだ老いず、肉体が死ねば最早5 0才にもならないであろう。彼は唯老いて衰えるだけであるからだ。
29. しかし霊は永遠に若く、決して老化現象に屈しない。
30. 老化は、青春、幼年期、心配、悩み、問題のように、世界の全ての外的条件や体験が過ぎゆく様に、過ぎ去る何かである。
31. 永続するものは霊の実存であり、真理、知識、知恵、現実である。
32. それらは認識し、築き上げる必要がある。何故なら、それのみが人間を自由にするからである。
33. 人間は霊の実存を知れば、最早老化は、彼に何も危害を加えることは出来ない。
34. どんな心配も、悩みも、問題も、変化も、人生、環境、周囲、世界の移り変りも、彼を悲劇の中に放り込むことは出来ない。
35. 知恵は、素朴で強威的な力である。
36. 知恵は光である。
37. いつも光が輝く所では、暗闇と無知が消える。
38. 無知とは本来的な暗闇であり、これは知恵の光によって克服される。
39. 知恵は、霊の実存する目印であり、それ自体に、幸福、真理、知識、美、調和、均衡、平和の特質を備えている。
40. 知恵は霊の実存を認識し、創造の法則に従って、霊と共に働いている人間の目印でもある。
41. 知恵とは霊力の利用である。
42. 知恵と霊は2つの事柄であるが、一体と成る。太陽光線と太陽が二物であるが、一体と成るのと同じである。
43. 太陽光線は、まず太陽の暖気から生じる。太陽はその運行によって、まず暖気を生み出さねばならない。
44. その様に、宇宙の全創造的実存もそうである。それらは自らの力によって生み出している。その力は、真理、知識、知恵として、ある一定の創造の法則に従い、所与の統一的な原則により、均等かつ誤ること無く永劫に従い、永劫を生かしている。
45. この力に満ちた実存が、創造である。
46. それ故、至る所、宇宙に支配しているのは実存のみである。創造のみであり、真理のみであり、知識であり、知恵である。それは永遠に平等に用意され、もたらされる。
47. 永遠の真理は、どんな変動や変化の影響も受けない。その法則は決して変更されてはならず。新時代に適合されねばならない。
48. 霊力は活気があり、ダイナミックである。即ちそれは、如何に霊力自体に真理を具現しているかの程度による。
49. 宗教やその邪教が、創造的なものの道具として提示され、それによって知恵が非現実的になる時、それは人間的弱さの印しである。
50. そうなると人間は、どこかの場所に、力、自由、喜び、光を探し求め、実際に存在する場所だけは探さなくなる。
51. 知恵は、典型的な創造の目印である。それは創造の一部として、霊として、人間の中に住んでいる。
52. それ故に人間は、知識ある知恵を増やすべきである。そして彼は、創造を認識するであろう。
53. 真理への探究を増せば、彼は知恵の力について知る。
54. 真理の認識は、あらゆる限界からの自由をもたらす。
55. それは無限の知識と知恵をもたらす。
56. 知恵は、創造の法則を認識する為の、力に満ちた手段である。
57. 愛に満たされた人間は知恵に富み、知恵に富む人間は、愛にも満ちている。
58. しかし地球人は自分自身を欺いている。何故なら、彼は愛を知らないからである。
59. 所有欲に満ちた感情や活動を、人間は愛とみなしている。大方実際の愛は、彼にとって未知であり、理解出来ぬままである。
60. 人間は、真理、知識、知恵を認識して、初めて人間となる。たとえ彼が創造の言葉を用いなくても、そうである。何故なら知恵は、最も優れた愛でもあるからだ。
61. だから人間は、いつも悟りや認識が、知識であり、知恵でもあり、愛であると判る。愛が支配する所には、知恵も支配する。
62. 愛と知恵は共に属する。何故なら、創造とその法則は、同時に愛であり、知恵であるからだ。
63. 知恵と知識が有るところには、愛と認識がある。認識と愛が有るところには、創造がある。
64. 愛と知恵における成長は、人間に創造を認識することを教える。
65. まず人間は真理を学び、それによって自由と平和を獲得する。そして滅びることの無い平和と、尽きることの無い力を。
66. 知恵と愛は、創造の本質と性恪の両者を生かす波動である。
67. 知恵と愛を持って、人間は全ての創造を支配する。
68. 知恵と愛は、所与の創造の自然法則を果たそうとする、献身を増す。何故なら、霊と創造は一体であるからだ。
69. 地球人は、自分の知らない愛について語る。
70. 彼は自分の活動が愛であるかの様に、愛を知っていると思っている。しかしそれによって自分自身を欺いているのである。
71. 愛は言葉で表現出来ない。何故なら愛は、正に幸福と同じく、状態であり、場所ではないからである。
72. 愛は滅びず、何ものも、いつかそれを他のものに変えることは出来ない。
73. 霊力の小道は、真理、知識、知恵。愛の認識を超える。
74. 霊の教えの意義と任務は、真理、知識、知恵、愛を拡大することにある。
75. それを諦めるなら、霊の教えは最早助けにならず、邪悪な礼拝と成る。それは邪教によって霊を奴隷化し、無知を生み出す、これは宗教による邪教の場合と同じである。
76. しかしそれが、霊知識を拡大させる機能を行使するなら、それは力に満ちた創造的秩序の道具と成る。
77. 霊の教えでは、真理、知恵、愛、永遠、不死の拡張が問題となっている;即ち死を克服し、光を広める不滅なもの、それ自体に知恵と愛の均衡を具現するもの、全ての理解を超える-平和である。
78. 人間は誰でも、人間的な経験がそれを知るように、平和が何であるか、知っていると信じている。
79. しかし無限の実存、霊、不滅の創造である知恵ある平和を理解すること、それは全く単純に一人間の理解を超えている。
80. 彼は宗教的邪教や、人間的一物質的事柄に囚われているからである。それらは内的体験を彼に理解させない。
81. 真実の認識と知恵に至る、真の鍵を形造る体験である。
82. 驚くべきことは、霊の王国に含まれている。
83. 人間が取り組んでいる目に見える宇宙は、こうした不思議で無限で霊的な創造の知力における、ほんの小さなしみに過ぎない。
84. このような宇宙は、何十億と数え切れず、無限なる創造の霊的知力に含まれている。
85. 人間の肉眼で捕えられるものは、無限の中のほんの僅かに過ぎない。
86. 彼の目に見えないものは、測り難く、理解し難く、考えられない。彼の非霊的人間的知力と理解力は混乱し、想像も及ばない。
87. 彼が見る全宇宙は、無数に測量されねばならない多くの宇宙の、ほんの唯一の空間に過ぎない。何故なら宇宙の中に宇宙があり、宇宙の向う側の宇宙、宇宙の上の宇宙、創造の実存する初源の力であり、威力が有り、全創造の霊的な知力の中の宇宙の、又外側に宇宙があるからだ。
88. この威力的な霊と、この実存-創造-霊的知力である初源の力と、人間は結合されている。何故なら、この霊的知力である創造の一部は霊として人間の中に住み、彼を生かしているからだ。       
89. 霊の力、喜び、平和、自由、知恵、知識、能力は、霊的な無知者、非論理的な者、批判家、知ったかぶりをする者、宗教依存者、堕落者、その他の惑わされた者にとって想像も付かない。  
90. この真理を知り、真理の知識、知恵、愛から達成する人間だけが、祝福された人間である。
91. 彼は、科学、哲学、問い詰める人間の、最後に残った質問の答えを知っている。
92. しかしそのような祝福された人間になるためには、真理を探し求め、そこから知識、知恵、愛を生むことが必要である。何故なら人間は、ただ真理、知識、知恵、愛の中でのみ、霊的に成長出来るからである。それによって彼は、あらゆる人間的な弱さから解放される。
93. 人間は、絶えず継続して無限の創造的-霊的現存思考に留まる時、初めて悟り、完全に解放される。
94. 霊的知力は、法則に適った霊的原則によって照らされ、完全と、創造的なものの力そのものは、創造の本質にあわせられる。
95. これは人間の知力とは反対である。一般に人間の意識は、物質世界の個々の事物のみに関わり合うからである。
96. しかしそれは、人間が全ての点で狭められ、妨げられている結果である。いわんや、不幸、弱さ、あらゆる種類の奴隷化等、ありとあらゆる形に捕われ、抑圧され、苦しめられ、責め苛まれている結果でもある。
97. それ故個々の人間の自己分析が、真理を見出し、霊的進化の道を歩む最も本質的な方法の一つである。
98. それ故人間は、絶え間無く自己の思いを吟味し、それが実際どんな種類のものであるのかを見ることが必須である。
99. 究極的には、創造的-哲学的原則と現実、創造的-自然法則が、絶えず彼を導き、案内し、決定している事に、彼は注意しなければならない。
100. 彼は本来の霊的呼吸と霊的存在を持ち、創造的なものに属するという意識的な感情が、絶えず人間の中に支配されるべきである。
101. 彼の本来的霊的存在は、創造的なものと分かち難き一体を成すという事が、彼にとって霊的に明確であるべきだ。そうしてこの意識の中で、物質的外的世界は克服される。
102. この創造的-哲学的真理と認識が、何はさて置き、当然いつも人間的思考、感情、処置を支配するはずである。
103. 何故なら、霊と一体になる者のみが、永続して認識し、善も行うことが出来るからだ。何故なら彼は、創造の可能性を自らの内に持っているからである。
104. 無限宇宙の中では、否定的なものはもはや何も彼に触れたり、彼を奴隷化しない。
105. この創造的一哲学意識に加えて、まだ実践的でダイナミックで、創造的なものがくる;即ち神秘的意識である。それは万象における現実の認知より生ずる。
106. それ故人間は、実践的哲学者であり、神秘家であり、変遷して移り行く現実を認知せよ。
107. 何故なら、人間とは何であろうか?
108. 人間とは、単なる姿、肉体、名前である。
109. 名前、肉体、姿を取ってしまったら、何が人間に残るだろうか?
110. 基礎的な要素である実存-霊が残る。
111. これを見逃す者は、最も軽やかな微風にもさらわれ、不安定で、救いようも無く、あちこちと翻弄される。努力はするが、どこにもしっかりした拠り所を見出さない。しかしそのような所は、彼が基礎的な真理を求め見出さないかぎり、決して彼には提供されない。
112. 何十億という人間が天の星を見上げる。しかし何の結果も認識も得ない。
113. しかしながら天文学に通じた者は、天を見上げることによって、新しい世界を発見し、それについて書を書く。
114. 彼等が見、認識することは、他の者がたとえ空を見上げることは出来ても、見て認識することの出来ないものである。
115. 見える目を持ちながら、彼等は盲目である。
116. 同じような事が普通の霊的人間に関しても言える;真に霊的に創造の法則に従って生きる者は、辺りを取り囲む全ての生命体、事物、思考、行為、人間、自然の作用、考えられる全ての状況と現象の中に、創造的なものを見て認識する。
117. 普通の霊的でなく、宗教や他の非現実的な教義の影響を受けた人間は、見る事も、聞く事も、真理の僅かのものを認識することも出来ない。
118. 彼の生命は、霊的ではなく、それだけ人間的-物質的軌道に抑えられている。
119. それによって彼は盲目となり、耳が聞こえず、無知と成っている。
120. 創造の法則に従う人間は最も祝福され、最も恐れの無い本質と成る。
121. 彼の意志は無敵で、彼の献身は測り難く無限であり、彼の知恵と愛は永続し、完全である。彼等は宗教依存者やその他一般に惑わされている者のように、気紛れや疑いに満ちていない。
122. 彼の感覚は、広大で無限な大海のようで、狼狽えることがない。
123. 彼は、心配に対して震えない。
124. それ故人間は霊的感覚を成長させれば、もはや堕落した否定的力は届かない。
125. その感覚は何等否定的で堕落した思考を、もはや留まらせない感覚であり、あらゆる肯定的な堕落思考や行動も寄せ付けない。
126. ただ均斉のとれた感覚のみが有り、それは創造的なもの、創造の功績、創造の知恵、感覚の知識、愛、喜びに根付いている。それは辺りの全ての物質的障壁や、人間的環境より実際的であり、価値に溢れ、霊的進化に役立つ。
127. 人間は、霊的に絶えず大きく、建設的になる。
128. 霊は、あらゆる無限の創造的構築にとって源泉であり、人間の最内部の本質そのものである。
129. 人間の外的本質は限界に満ちている。何故ならそれは、本質そのものではなく、その覆いであり、物質的肉体-限界-惑わ事柄であり、苦労や苦痛の源であり、認識と意志、犠牲を厭わぬ事、自由、愛、幸福においても限られている。
130. 人間が隣の人を、ただ表面的に、物質的に観察すれば、彼は形、姿、人間を規定している物質的なものしか視ない。
131. しかし彼が、霊的な認識の目でその人を見れば、この全てを生み出す彼の内にある意識は、全ての人の内にもあることを知る。彼等に気付かれなくても、彼の隣人を見る方法は根本的に変化する。
132. もはや彼は、単に男、女、少女、子供を見るのではなく、隣人を創造の霊の担い手と見る、霊は自分自身と実存について、機会さえ与えられれば、誰にも啓示したがっているのである。
133. 真理を知る者は、この知識と認識から隣人を見る。何故なら、彼は創造的なものを隣人に見るからである。
134. 少なくとも彼は今、真理を認識する以前に知っていたより、もっと多くのことを知るのである。
135. だから無知は、永遠に変更不変のものでない事が、証明される。
136. もし人間が、真理を受け入れるなら、全ての無知から解放される。
137. 人間は、全てから解放される。彼から全てを取り除くことが出来る。ただ創造の意識、霊、内奥にある実存、彼の内にあるこの純粋な霊的、創造領域だけは別である。
138. 財産も奪われ、故郷から追放されても、内なる霊的な御国からは、誰も彼を追い出すことは出来ない。
139. であるから人間は、絶えずこの創造的なものを意識しているべきである。呼吸をせずとも、考え事をせずとも、認識し、見、聞き、体験出来なくとも。
140. それ故、いつの時代でも、偉大な知恵者は次のように言うのである。「創造霊は、人間にとって、自身の呼吸より近い」と。
141. 人間はこの最高なる意識から逃れることは出来ない。何故なら遅かれ早かれ、彼はこの創造の現実に陥るからである。それは彼の生命の生命であり、彼の霊の霊、彼の意識の意識、彼の光の光、あらゆる生命の中心的思考力。あらゆる人間的思考をずっと凌駕している実存である。そして人間的一物質的-知的思考の全ての能力は、その存在に対して絶対的無意味の中に没入する。
142. 霊である彼は、肉眼の光が無くても生存できる。又、耳も、腕も、足も、それにも増して、外的な意識の表面的理解が無くても生存できる。
143. 彼を更に生かし続ける能力を与える何かが、絶えずある。即ち、彼自身の創造の力である。
144. この独自の意識、全てを観察し登録する人間の中の霊的意識、彼の考えや行動を観察し、あらゆる彼の思考の背後に立ち、彼が知っているか、無知であるかを言うもの、それは創造的なもの、即ち-意識である。
145. 霊は全能であり、遍在し、全知であり、更にそれを超え、無限の幸福、無限の美、無限の価値、万象の価値そのものである事について、絶えず熟慮することは、創造という言葉を、人間にとって絶対的な意味を持つものとさせ。彼の内に進化に適った変遷を生じさせる。
146. だから彼の心に霊と創造の言葉を、しばしば刻み込むことによって、彼の中に最大の意義を持つ、心理的変化が生じる。
147. 彼の感情と全感覚は、変化する。
148. 彼の霊的知力が、それによって浄化されればされるほど、人格は力を得、生命は益々祝福される。
149. 完全な霊意識に満ちた知恵者は、最も遠い未来に、いつか多分、何千億年後に、初めて起きるような事柄を見る。そして彼には、生命体と人類の全過去がはっきりとわかっている。
150. 最大の知識が、そのように彼に認められる。
151. しかしそれは、どのようにして可能であろうか?
152. そのような人間は、内なる所に、霊の中に、それに対する必要な条件を提供する。
153. まぶたを閉じて光が知覚されるように、全ての人間の中には、創造の臨在-即ち全霊的御国が存在している。しかしそれは、内的な目で、事実内部を眺める事の出来る者だけに見える国である。
154. それは、全ての必要な条件を提供する者にとってのみ、役立つものと成り得る。
155. 人間は誰しも、自己の中に霊の全王国をもっている。しかしそれは、無知、誤謬、不完全、害悪、欠点、あらゆる種類の制限によって覆い隠されたものである。それらは真理の認識と受諾によって、反対に変化していかなければならない。
156. 人間はあらゆる否定的な堕落に対立し、中立的な均衡に導く能力を発達させることにより、全ての害悪は解決され、軽減されねばならない。
157. 霊体験の道は、意識的探究と、真理の知識の発達によって加速される。この発達は、真実で包括的かつ宇宙的広域の知恵と、創造は全てに現存するという認識に基づいて、愛に導く。
158. 人間は創造において、創造、知恵と愛において、霊の王国において、全てと一体である。
159. 人間は、時間と空間、そして肉体によって互いに分離されているという真理と知恵は、どれも内的な体験によって克服される。
160. 知恵と愛は結合し、知識と真理は結合し、霊と知恵と愛は経験によって一体に、創造そのものに、宇宙的喜び、力、完全へと導く。
161. 人間は創造的なものを知らず、邪教、即ち霊を奴隷化する宗教に誤って導かれ、多くの失敗を犯し、真の宝を誤った場所に求め、自然に適った創造的な全ての秩序、全ての法則を傷つけている。
162. 如何に正確に、彼が人間社会の人間的法則に注意しようと、彼は、宇宙におけるあらゆる創造の法則、規則、秩序に違反し、人間的-物質的苦境、心配、問題、驚き、邪教、誤った指導、弱さ、不幸、霊的無知、奴隷と限界に深く捕われている。
163. 正に最も価値に溢れたものを、非現実的な宗教と人間的な無知は達成出来ない。
164. この無知と誤って導く宗教は、人間からあらゆる価値に満ちた事柄、彼の生命の生命、あらゆる知力の光を覆い隠してしまう。- - それは霊と創造である。
165. 人間は、日々の生活と体験の全領域を、創造的なものとして受け入れるべきである。
166. 空間、時、あらゆる事象の中に、至る所に、自分自身を見るべきである。
167. 彼は、自ら全てであり、目覚めて全てに創造的なものを呼び、そうしてそれを認識し、体験するが良い。
168. 何故なら、全ての中に創造は有り、創造は創造の霊によって生き、それによって全ては万事において一つであるからである。
169. ただ問題は、人間が霊の道を知らない時に、如何にして自己を全てと同一視するべきかという事である。
170. 一般に彼は、自己を自分の肉体と同一視するのが常である。
171. 人間が真理と関わり合いを試み、内的に創造の存在と霊的な実現に向かうなら、何が起こるであろう?
172. 思わず知らず、全世界は、この霊的な現実的実現-真理に帰する。
173. 至る所に創造的-霊の或る一つの、唯一の原則が支配している。
174. しかし如何にして、人間は自己を全てと同一視するべきであろうか?
175. 人間はやはり一度、現実がどの様なものであるかを見るべきである:一般に彼は、自己を自分の肉体と同一視する;まるで高価な宝石のように、彼はその肉体を労り、養い、肉体のために自己犠牲をするまで骨折る。
176. 彼は、誇り、愚行、無意味な狂気で肉体を取り囲むが、他方では自己の霊を腐らせる。
177. ほんの小さな痛みの故に、もう彼は邪悪で不機嫌で、他人に対してもみっともなくなる。又は、訴え、泣き始めたりさえする。彼は同情心を持ち、自ら自分の生命を放棄している。
178. 彼は自分の肉体を、定義不可能な後光、虚栄、不安、心配、誇り、問題で取り囲む。
179. いつも全ては、ただ自分の肉体の回りを巡る。
180. しばしば彼は、自分の肉体的独自性を物質的所有主義にまで拡大し、又は隣人が思いがけず彼に触れたりすると、カッとしたりする。
181. それに対して、認識した霊的真理をもった人間は何をするのだろう?
182. 彼は万象と、世界や宇宙の全ての生命体と自己を同一視するであろう。
183. 創造的-霊的知恵に満ち、知識、真理、愛、認識に満ちている者は、全てが真理から生じたのであり、生じており、永遠に生じるであろうことを知っている。
184. それ故彼は、自己をあらゆる事と同一視する。
185. 彼は霊的な認識の中で、絶えず心底からあらゆる事と一致するであろう。
186. 彼は内的に、霊的な意識の中で、自己を宇宙の全てと同一視するであろう。物質思考をする他の者が、肉体、金、財産、倒錯した話や教え、彼の声の調子と自己を同一視するように。
187. しかし自己を宇宙の全てと同一視する者は、彼の内にはもはや何の憎しみも欲望も住まない。何故なら彼は、もはや何等利己的な差別をしないからである。
188. そうなのである。彼は万象の本質と一体になったのである。
189. 他の人々は、もっぱら何かを自己の財産として要求するかも知れないが、霊的思考をする者は、それをその中にある真理と同一視するので、全てを内的に所有する。
190. 自己を真理と同一視することによって、全ての恐れは彼から去る。
191. 彼が一体と成っているこの創造と霊の真理は、彼に逆らって蜂起する敵の手さえ導く。そうしてその手は、自ずと彼から身を引く。
192. 霊的なものは保護され護られる。全自然は彼に好意的である。それどころか敵さえも最後には彼に仕える。
193. 敵の攻撃に対して、彼の中の霊的なものが、更に大きな力と威力と成って発達し、あらゆる邪悪、卑劣、堕落をに克服する要因となる。
194. 敵は最後には、霊的思考の成長と真理の認識に寄与する。
195. 彼等は霊的思考をする人間に、邪悪、害悪、禍をもたらそうとする;彼等は批判、知ったかぶり、嘘と偽り、異議、倒錯した主張と邪教、物笑いにすること、呪いによって、彼を滅ぼすことが出来ると信じている;しかし彼等は、自分自身を害しているだけである。何故なら彼等の行いは、意識に適った思索的な愚行と無知を生み、そこから霊的思考をする者は、もっと多くのものを学び、霊的にもっと偉大な力を増す。
196. そのような真理は何かの暗示であろうか?
197. そうだと主張するなら狂気であろう。何故ならそれは完全に誤りであるからだ。
198. それは絶対的な真理に関わる。
199. 誤った思考をする者、惑わされている者、宗教信奉者にとって、一般に人生は邪悪な暗示、想像的な観念、邪教、妄想に満ちている。
200. こうした障害を取り除く唯一の可能性と唯一の手段は、全ての人が、人間的な亡霊を失効させる真理を徹底的に認識し、それに従い、最高の創造的-霊力を支配させることである。
201. あらゆる非現実的暗示と人間的な想像は、それによって修正され、人間は次のように確信する;「私は創造の一部、霊として私を生かしてくれる創造の一部である。」と。
202. しかし創造的-霊力、真理、現実以外のものは全て、想像や幻覚であるという知識は、人間が人生において発展させる熱意を決して緩和させず、思いもよらぬ高みに駆り立てる。
203. 真実であり、真理として留まる者のみが、真理とみなされる。
204. 真理は、決して他の時代や新時代に適合されるものであってはならない。何故なら真理は、絶えず全ての時代に適合しているからである。
205. 真理は、永遠に同じであり、たとえ他の言葉で表現されても、いつも同じ響きを持つ。
206. 真理はその上に、永遠時間と全ての空間に建設することの出来る岩である。
207. 真理は、生命の前にあったし、真理はその後にもある。
208. 単なる短期期間の持続性を持つものは危険であり、邪悪な錯覚であり、邪教である。
209. 創造と真理はいつも同じである- -今日も明日も。それらはいつも同じであり、永遠に同じ価値を持つ。
210. それらは、名前によっても形によっても変化しない。何故なら創造と真理は、名前も無く、形も無いからだ。
211. だから人間は、創造的なものにつながるべきである。何故なら、創造的なものだけが真理であるからだ。
212. それは、創造そのもののように不滅である。時間的永遠であり、完全であり、あらゆるエネルギーであり、人間の全意志の投入に値するものである。 何故なら人間は、真理にあって失望させられる事は無いからである。
213. だから人間は真理につながり、いつも同じように続く平安、喜び、愛、強さ、そして万事の知恵において不動のものであれ。
214. 創造的なものは、唯一無限の知恵であり、真理である。それにあっては僅少の誤謬も不可能である。
215. だから人間は、創造の知恵から力を取りだし、光を自己の霊の中に求めるべきである。
216. 霊的人間は、創造的なものに何万と触れること無く、空中に手を動力す事が出来ないことを能く知っている。何故ならそれは、いつもあらゆる時間と空間に臨在しているからである。
217. 霊的な人間は、彼が何処に行こうと、無限で説明し難き力に満ちた創造的なものが臨在するという真理を知る時、全く喜びに満たされる。
218. 創造的なものは、無限の平和に満ち、無限の認識と最も完全な完全に満ちている。
219. それは最高の霊的意識である奇跡の源泉である。それは-内にも外にも- 辺りに存在している。
220. 彼の喜びは、霊的命そのもののように無限である。
221. 急速な霊的進歩をするために、霊的人間はあらゆるものを創造的なものとして観察する。
222. 彼は何かを見るやいなや、霊的なものを観る。
223. 全ての背後に、そしてその現象形態そのものの中に、いつも創造的なものが、彼の前に立っている。
224. だから霊的人間は、最高の霊的体験をするために、あちこち走り回ることは無く、正に彼が居るそこに、いつも認識と経験を集める最高の場所を見出す。
225. 教育しなければならない彼の霊は、彼の中に有り、何処か他の場所にあるのではない。
226. 独自の思考、行動によって、彼は霊を教育しなければならない。
227. この認識から、彼の立場は聖なるものとなり、全ての事柄も彼と共に聖なるものと成る- -彼の足元にある地球も。
228. 霊的人間は、創造と彼の内に住む霊を体験する為に、未来を時としてではなく、直接的瞬間と見なしている。それによって彼は、霊的ではなく普通の人間にとって既に最も遠い未来に生きているのであり- -しばしば完全に理解されない。
229. 霊的人間にとって時は、いつかではなく、いつも直接の現在にある。
230. 彼にとって、真理を見るために、物理的に見る必要は無い。
231. 彼は、自分自身の中で探究を開始する。そして真理は彼にとって、益々現実的なものとなる。何故なら彼の霊は、彼にとって全てを見る瞬間であるからだ。
232. どこかで表現される言葉は、一言も彼は聞き逃さない。
233. より素早い進歩を遂げる為に、霊的な人間はあらゆる音色を聞く。彼はどんな真理の音色をも聞き分ける。だからどんな音色も彼の霊的な意識に侵入して定着する。
234. 同じようにどんな事柄も、彼に創造的なものや直接の真理を思い出させる。
235. どんな状態も創造的状況であり、どんな機会も、創造の機会である。
236. そのような認識の中に、霊的人間は生き、働いている。それによって彼は、内的に先頭を進んでいる。
237. 偉大なもの、霊的なものは、彼の最内部の小部分に存在している。何故なら真理の認識の中には、無限なものが有限に住んでいるからである。
238. 全ての人間の中には、無限的なものがその場所を占めている。しかしそれは、ほんの僅かの人間のみが認識出来るだけである。
239. 何故なら無限のものを喚起するためには、理性的な論理を必要とし、非現実な教えから解放されていなければならないからである。
240. 無限のものを喚起させ効力を持たせることは、生命の目的であり- -霊的に完成することである。
241. 霊の御国は、創造が霊的御国を表現することによって、道具になる。
242. この創造の優秀性は、新たに天を生じさせるものである。
243. 霊の御国は、制限、物質的な自己意識のあらゆる限界から解放されている。それ故、創造そのものと絶えず接触している。
244. 人間には、物質的原則の重みが優位を占めている。
245. 余り遠くない将来に、地球の科学者は物質におけるこの原則を発見するであろう。
246. 創造は全ての被造物に含まれている;発達し、成長する全ての中に。
247. 無限の霊と創造そのものだけが、真の自由、真の完全、真の認識、権威、愛、知識、真理、知恵を意味する。
248. それらは全て、その絶対性において、創造的なもの自体である。
249. それ故、何か真に卓越したものを人生において獲得するためには、人間は霊的なもの、制限の無いもの、制限され得ないものに、すがらねばならない。
250. 全て制限が有り、制限され得るものは、非現実的なものと問題をもたらす。
251. たとえそれがどんなに魅惑的であろうと、それはやはり、いつか問題と非現実性の源泉となるであろう。
252. あらゆる事柄の有限性は、最内部の本質にとって非自然的であり。人間もそれを真理として認識出来ず。自身に最も重い悲しみを加えること無しには、愛する事が出来ない。
253. 絶えず、いつも彼等は何かの不足に捕われている。何故なら有限である全ては、問題と困難が付きものであるからだ。
254. 人間が何か有限なものを愛したり、所有すれば、それは少なくとも絶対的確信を持って滅んでいく欠点を持っている。
255. 彼が人間的な愛の感覚に従って、尚かつそれを非常に愛しても、時が来ればそれは滅びてしまう。そして彼はそれとの別れに悲しむ。
256. 限られたものは、他の点ではまだ弱さがある。
257. たとえそれが直接滅びてしまわなくても、少なくとも変遷の支配下に置かれる。
258. 瞬間的にそれが人間的な愛に満たされても、次の瞬間には、人間的な憎しみに抑圧されるか、満たされる。
259. ある事物が変化したり、滅びるものであろうと、人間が隣人に対する態度を変えようと、終局はいつも悩みと悲しみである。一方、非制限的なものは、決して変遷せず、変化しない。何故ならそれは無限に忠実であり、絶対的な価値不変であるからだ。
260. 知恵と真理が人間の中で判りかけ、霊的な知識が増し、普遍的愛が彼を導き、彼の生命が自分と他人にとって祝福となる時。真理の認識が彼の中に成熟しているのである。
261. 何故なら彼は、自己の内で創造の一部と霊- -霊的御国を意識するからである。
262. 霊的な愛と知恵の中に、創造は居る。
263. 霊的な光と霊的な愛を手に入れようと努力する者は、創造に至る門が彼に開ける。
264. 真理を愛する人間は、完全で素晴らしいものを愛し、霊的御国を自己の中に具現する。何故ならそれは、知恵の国に至る道でもあるからだ。
265. 人間は創造の現存を意識し、全てから霊的知力を輝き出させよ。
266. 遠き無限なる開かれた空間で、創造的なものの眼差しが彼に向けられており、真の知力は創造であり、一つの感覚で飾られた目で彼を見ている事、その目は全てに答えを与えることが出来ることを、人間は認識するべきである。
267. だから彼は、創造的なものの目の元で、霊的に意識をして生きるべきである;霊の意識を持って生き- -それは無限の力である。 
268. そうすれば彼は決して力を失いはしない。
269. それが人間における霊の掟である。
270. そうして人間は、この掟に従って生き、幸福になるが良い。
271. これがセムヤーゼ、ヤーウエであるプターの娘によって、地球人が従うようにと教示された教えである。
272. 創造、知恵者、義人の名において。
273. 創造に讃えあれ。創造は霊である。



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004


第 47 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は人間に万事に教えと進化をもたらす。
 3. 予言者は教訓詩の中で言っている。地球人はそれをのみ込み、知恵者と成る;
 4. 運命とは、人間が如何に思考、行動を自分のものとし、実行するかによる、それらの原因と結果である。
 5.幸福の中では、邪悪な感覚と志望は厳しく、不幸の中では柔らかい。それは冷たいハガネのように硬いものが常であるが、赤々と燃えると柔らかくなる。
 6. 幸福の中でも不幸の中でも、偉大な気性は万事において同じであるが。悪い性恪は極端に走り、気紛れである。
 7. 既に僅かな幸福にあって、裕福だと言及する者には、最早増やされない。何故ならこの者の任務は、既に果たされたからである。
 8. 愚者は、幸福の中で見知らぬ者と付き合うが、人は不幸の中で、彼の仲間と一緒に居る愚者を見る。
 9. 貧しい者は、至る所で美味な食事を金持ちのように食べる。何故なら、空腹は全ての食事を美味な御馳走にするからである。しかし金持ちに空腹を見出すのは極めて稀である。
10. 苦しみの中で柵(限度、制限)を超えない者は、真に法則と掟に従って生きている者である。
11. 自負する者は皆、戦闘や苦境にいた事が無い限り英雄である;しかし敵の威力を体験したことが無いかぎり、誰が非理性的にも高慢にならないであろうか!
12. 全ての宝の中で最高の宝は知識である。それは進化するからである。その力は盗まれることも無く、評価されることも無く、決して終わることが無いからである。
13. 全てが滅びると威かされるなら、賢者は半分を見殺しにして、彼が関係した残りの半分を完成させる。
14. 蓄えは全ていつか侭き、上昇は下降で終わり、結び付きも別れで終わり、生命は死をもって終わる。
15. 賢者は全ての感覚を制御し、全ての機会を、時、場所、状態に適うように完成させる。
16. 尊敬に値するどんな人間が、右と左の区別の無い所に、一瞬たりとも留まる事を望むであろうか!
17. 不幸の時の友のみが真の友である。
18. 幸福でうまく行っている時には、誰もがその人の友である。
19. 隣人を害悪から抑止する者は、好意的な人である。
20. 人間は決して急いで事を成してはいけない。何故なら浅はかさは不幸に至る最初の道であるからだ。
21. 愛、知識、知恵の宝を増やし、創造の法則と掟に従う者は、いつも卓越した人間である。
22. 善人と知恵者のみが、愛、知識、真理、知恵の甘露を描写できる十分な能力がある。
23. 水を求める者は乾いた所を掘る。真理を探そうとする者は、人目を引かないところを探索する。
24. 知恵ある人間の気持は、たとえ彼がっっけんどんに怒鳴られても変わらない。一体大海はどのようにして松明で暖められようか!
25. 善の言葉はいつも敵をより大きく興奮させる。水滴に対するの熱いバターのように。
26. 人は暴力を避けるべきである。何故ならそれは、あらゆる不幸の最も悪い手段であるからだ。
27. 既に善の言葉が目的に達する所では、分別ある者は決して表明しない。何故なら胆汁が砂糖によって落ち着くなら、苦いきゅうりは何のために必要であろうか!
28. 人間の感覚や志望の力は、既に前以て事物の成功、不成功を告げる;しかしそれは賢者のみが知ることで、愚者には判らない。
29. 人間に分かたれる喜びは甘受すべきであるが、悲しみもそうするべきである。何故なら輪のように悲しみと喜びは逆になるからである。
30. 喜びの後には悲しみが、悲しみの後には喜びがやってくる;人はいつも悲しんでいるのでもなく、いつも喜んでいるのでもない。
31. 喜びに対してひどく臆病になり、並はずれたことを考え、不正でぞんざいな人間は、故郷にも死を見出す。
32. いつも人間は正しく協議し、実行に移すべきである。
33. いつも心地良いことを言う人間を探すのは簡単である;しかし不快な、為になることを言う者、又は好んでそれを聞く者を見出すのは難しい。
34. 船の中に水が入れば船を腐らせ壊してしまうように、最も微かな不義も、思考の不注意の中に侵入し、次第にそれを破滅させる。
35. 単に腹を肥やすことは誰にでも出来る;しかし愛と真理をもたらすことが出来るのは、ただ義人だけである。
36. 創造の法則と掟を欠く者は、動物のようである。動物は、食べ、飲み、眠り、交尾するだけである。そして一生を終わらせる。
37. 鈍感な者には名声が失われ、気紛れ者には友情が、仕事を嫌がる者には家族が、金銭欲のある者には徳が、冒涜者には知識の実が、欲張りには安楽が失われる。
38. 悪人の態度と天秤のサオの端には類似性がある;僅かのものによってそれは高く上がり、僅かのものによって下に下がる。
39. 知恵を熱望し、それに近づき、ほんの僅かな事でも学びたがる者に、知恵は会いたがる。
40. 知恵者は、歯、髪、爪、人間が、在るべき場所から離されると、直ぐにその価値を失ってしまうのを知っている。だから知恵者は決してその場所を去らない。
41. 卓越した人間は恥辱の地を去る。悪党やその他の無頼の徒は、同じ場所に死を見出す。
42. 善良な人間から好感を奪っても、彼の長所は変化と欠乏を体験しない。
43. 宗派信奉者は笑う時に殺し、悪人は人々から奪う時に殺す。
44. 似非知恵者は、あらゆる人々の驚きである。彼は、信仰をもって自らと他の全ての人々を欺くからである。
45. 善人は不幸の時にすら公正な性格を放棄しない。何故なら火が彼を襲っても、ただ更に芳香を放つ闘士のように、それを保持するからだ。
46. 自然のままで美しいものは人工的な装飾を必要としない;研磨石に真珠がのせられるなら、その美は破壊されるであろう。
47. 人に悲しみを与える悪人や愚者は、たとえこの悲しみがほんの僅かなものであれ、火の中の蛾のように燃えて死ぬ。
48. 沈黙は教育の無い者の飾りである。特に全てを知っている人々の居る社交の場では、そうである。
49. 創造は無知を覆うためにベールをつくられた。人間は自らそれを自由にできる。それはいつも至る所で役に立つ。
50. 些細な嘘も、それが力を得る前に滅ぼされなければならない;後で力と大さを増すと、克服するのは困難になるばかりである。
51. 人間は卑しいものに仕えるのではなく、偉大な人と交際をするべきである。
52. 悪い人間と交際すると分別が悪くなる:同等の者と付き合えば分別はその者と同じである;より優れた人々と交際すると、分別は益々優れる。
53. 美徳が尊ばれないところには、分別ある人は留まっていない。
54. 密かに友情を損なっているのに、貴方の前では好意的なことをしゃべる友は、出口にミルクを盛った毒壷のようである。
55. 有用な人は、他人として近くに居る人でもある。しかし近くに居る人も、役に立だなければ他人である。
56. 役に立つ他人は、たとえ敵であっても世話をするべきである。しかし害をもたらす縁者は、友であっても避けるべきである。
57. 政治、金、信仰- -これらの事柄は、物笑いの種、世界の死する原因である。
58. 愚者は決して自制心が無い。
59. 徳、知識、真理、愛が、彼等の行動の根拠と成っていない人々も、穀物の籾柄のようである。
60. 苦境の時、本に表わされた知識と、他人から手に入れ様とする富は、絶えず非-知識、非-富として実証される。
61. 本の中に基づく知識や、忘れっぽい人によって学習されたものは、苦境の時に、絶えず失望させる。
62. 本から学び、教師から学ばない知識というものは、あたかも脱穀された後の麦藁のようだ。
63. 嘘と無知と一致し、それに好意を抱く者は、木の梢に眠り、転び落ちる者に等しい。
64. 欲望から、自分のものや他人に献身する者は長く存続しない。彼等は釣針にかかった虫に喰いつく魚に等しい。
65. 知識、愛、真理を蜂蜜に例えるなら、人は剌す蜂を殺すことは許されない。
66. 知恵者の居るところで、誰が他の賢者を教えるであろうか;何故なら太陽が昇る時に、辺りの星は全て何と色あせる事であろう。
67. 人間は誰しも適合する所に置かれるべきである;だから帽子を足に履くことは無いし、靴を頭に被ることも無い。
68. 人間は若い時に、知識、真理、愛を学ばないと、母は敵になり、父は反対者になる。
69. 温和は柔和であると同時に厳しさである。何故なら、温和は柔和を克服し、そして柔和は厳しさを克服するからである。まことに柔和で厳しい温和によって、達成され得ないものは無い。
70. 地球人よ、一体貴方は、貴方が願望する全てのものが、果実として、功労の穀物種子から生じることを知らないのだろうか?
71. 地上にいくら、穀物、お金、宝、女、男、があっても、唯一の人間が公正にならない限り、それらは全て彼を満足させない;そのようなことを洞察した者は、安心するであろう。
72. 大海に漂い、再び波にさらわれる二本の木材のように、人間もそのように出会っては別れる;一体どんな理性的な人間が、そのことを悲しむであろうか?
73. どんな事柄も、理解に応じて選択するべきである。しかし決して何か不幸な事柄と取り組んではいけない;車は水の中では進行しないし、人はどうして砂の上をボ-トで渡るべきであろうか?
74. 分別の無い者は、一体知識を持って何が出来ようか;盲人は鏡で何を始めようと言うのであろうか?
75. 確かなものを放棄し、不確実なものを行う者は、確かに確実なものを失う。
76. 善行を見たことの無い者は。偉大な徳が有ることも知らない。
77. 最もきれいな人間も、知識、真理、愛が無ければ美しくない。
78. 所有欲のある者は富を尊び、誇る者は賞賛を、愚者は同じ考えを持つ人々を喜ぶ。しかし優れた者は、誠実さを喜ぶ。
79. 人は所有欲のある者を金によって勝ち取り、誇る者をごますりによって、信者を両手を組合せることによって、愚者を従順さによって得ることが出来るが、人は賢者を、真理によってのみ喜ばすことが出来る。
80. 弱者は風がロウソクの炎を消すように、友達が一人も居ない;しかし強者は、風が火を煽り立てるように多くの友を持つ。
81. 有害なものはいつも偉人の友である。しかし小人にとってそれは害をもたらす;邪悪な森の火を煽り、小さなランプの灯火を消し去る、正に風のようである。
82. 王と知恵者は、互いに少しも似たところが無い;王は彼の国でのみ尊ばれ、知恵者は至る所で尊ばれる。
83. 真味は人目に付かない貝の中にのみ見出される。しかし決して高い山の上には存在しない;そのように知恵者も決して高い教養のある科学者や、高位高官の人々の所ではなく、慎みのある民の所にのみ見出される。
84. 全ての法則と掟を聞き、守り、聞いた事柄に従え;貴方が気に入らないことを、絶対に他人に要求してもいけない。
85. 一度不和になった友と和解しようとする者は、妊娠している雌ラバを直ちに殺すようなものである。
86. 悪い人間を喜ばすことは簡単である。何故なら、彼はあらゆる低俗な事柄を喜ぶからである。
87. 耕作されていない地に蒔かれた種は、地の中で駄目になってしまう。しかし種の蒔かれていない耕地は、ならされた土地以外の何ものでもない。
88. まきの山が、直ぐに火に燃えて尽きるように、どんな罪も創造の法則と掟に従うことによって消滅する。
89. 非難すべき行いを許して欲しいと切望する人は、二度とそれを行ってはいけない。
90. 本を読む人々は、無知な者よりましである;読んだ事柄に従う者は、本を読む者より優れている;読んだ事柄を理解する者は前者より優れている;仕事をする者は前者より優れている;教師から学び、法則と掟に従って生きる人々は、全ての前者より優れている。
91. 蝿が非常に美しい肉体に血の出る傷を探すように、裏切り者も真理を蝕もうとする。
92. コロモジラミのように高く昇る者は、コロモジラミのように確実に腐敗の中に落ちる。
93. 至る所で知恵者は、永遠をも過去をも嘆き悲しまない。何故なら彼等は、悲しむ者の為に、物事の性質は変化され得ないことを知っているからだ。
94. 既に今日正しい事を為せよ。そして時を虚しく過ごしてはいけない。何故なら貴方の仕事が完成する前に、死が貴方を奪い去るからだ。
95. 人間が真理に専心せず、真理を探さず、愛を持って生きず、感覚と志望を制御しない事によって、彼等の内に悪徳が生じるのである。
96. 肉体の内に宿る欲望、それは初めも終わりも無く創造を滅ぼす。火が火を生むように。
97. 人間が決して始めてはいけない事柄がある。それは自己の力を無駄に用いてしまうような種類のものである。
98. 単純でありふれた人間は、呼ばれずに歩みより、尋ねられずに多くを語り、信頼に値しない人を信用する。
99. 呼ばれずに近寄り、尋ねられずに多くを語る者は、全てに気に入られていると思っている愚者である。
100. 善人との友情は言葉にはまらず、差別も無く、際限も無く、不滅である愛のようだ。それはあらゆる悲しみの根を断つ。
101. 不快に触れても、愛に触れても、乏しい理性と乏しい悟性を持つ人間は、心理的悲しみに消耗させられる。
102. 幸福は、風に揺らぐランプの炎のように定かでない。
103. あらゆる邪悪を善から別つ、光、愛、真理、知識が無ければ、人間の周りの全ては厚い闇のようであろう。
104. 盲目であり、耳が聞こえない事が必要なら、そのようであれ。しかし真理、愛、真の知識に対しては、いつも見、聞く者であれ。
105. 友と富は、たとえそれらが最高のものと見なされても、全ての人間にとって失われるものである。
106. 相互の保護、相互援助によって、友は潅木に咲くバラの様に増える。
107. 自ら行った行いの実を享受する者は、創始者以外の誰でもない。
108. 決して考えることで安心ヽしてはいけない。人は遠くに居る人でも、誰かを侮辱することが出来るものである。自ら生みだした罰は、罪を負う者が油断するやいなや、鷹のように飛んでくるからである。
109. たとえ陰険な敵が相手の体を優しく撫でても、彼はその者を破滅させる。蔓植物の最も力強い木に対するように。
110. 親切な言葉は多くの祝福をもたらすが、邪悪な言葉は多くの禍をもたらす。
111. 敵によって立身出世する者は、決して自分が実際高位に有ることに信頼を置いてはいけない。
112. 人は、その者が真理をもたらすなら、敵さえも友にする。その者が嘘を付くなら、友さえも捨てる。
113. 人々の間では、敵は友になり、友は敵になる。何故なら、不義なる人間の性質は、無常であるからである。
114. 地は、虚しく怒りや喜びに耽らない者に支配される。
115. 生物の世界に知恵者が居なければ、より弱き者は、より強きものに圧倒されるであろう。
116. 貧者、金持ち、敵、友に、決して背を向けない者は、賢者と呼ばれる。
117. 木が時に適ってそれに応じた実を紘ぶように、どんな行いも必然的に、自ら定めた報酬を受け取る。
118. 実を習熟する前に行動に移る者は、収穫のときに悲嘆に暮れるであろう。
119. 自分の言葉に忠実で、手際が良く、感謝し、誠実で、賢く、正直な者は、いつも支持者と友を見出す。たとえ彼の物質的宝が使い尽くされても。



第 48 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は人間にとって雷雨の時にも現われる。
 3. 予言者は、創造、人、雷雨について語る。人間はそれについて理解できるよう学ぶべきである。
 4. 人間は2つの性質を持って地上を変遷する。- - 地上的、物質的性質と創造的、霊的性質である。
 5. 人間の物質的なものは、それがやってきた地に傾く。
 6. 霊的なものは、それが由来する創造に向かって憧れる。
 7. 死の瞬間に人間の物質的なものは塵と成る。霊的なものは霊的なものに戻る。
 8. 肉的で物質的な考えを持った人間は、ただ物質的なものの中で、それに従って生きる。唯一地上的なものの為に;彼は霊的なものの敵であり、それに背く。
 9. 彼は、過去、無常、死に属するものの為にのみ生きる。
10. 霊的な人間は、意識を持って霊的なものに従って生きる。即ち彼は創造的に行動する。
11. 彼は法則と掟に従って生きる。そして真の生命、真理、愛、霊的物質的な平和のためにのみ生きる。
12. 物質的、肉的に生きるとは、全てにただ地上的なもののみを見ることである。
13. 物質的な考え方をする人間は、物暫的なもののみに耽る。他の人間においても、彼はただ物質的な価値、彼等の富、地位。彼等の容姿が美しいか醜いか、物質的な器用さのみに注意する。
14. 物質的な考えをする人間は、創造の中に、そして創造による被造物の中に、ただ物質的地上的なもの、死んだ自然、過去、死ぬべきもの、彼の目と耳、そして残りの感覚を喜ばせてくれる全てのみを見る。
15. 霊的に生きるとは、至る所に創造的なものと物質的なものを同時に見ることであり、それらを共に扱うことである。
16. それは又、仲間のプシケの偉大さと美を探し出し、愛する事であり、道徳的な本質を持つ人々とのみ関係を持ち、彼等の内に、より高度な性質を見ることである。
17. 霊的な人間は、創造的な創造の中に、快適さ、有益さ、偉大さ、美のみを見るのではない。
18. そうではない。何故なら彼は、永遠で不思議に満ちた自然の遊戯の中に、彼自身の中にある創造霊の一部のための、創造の自己啓示を見出す。
19. 霊的な人間は、至る所に創造の無限と近隣の現存を見出し、感じる。
20. 霊的人間は霊そのもので、世の中の霊的なものと調和し、連携し、交際する。
21. 残念ながら人間の言語は、実際に創造的-霊的人間を導く霊的生命の全崇高性と価値を表現するには、余りにも貧しい。
22. 霊そのものである者は全てを理解する。しかし地上的な人間はその中にあって理解しない。
23. 感覚的欲望以外、決して何の幸せも微笑みかけず、物質的、肉的なもの以外の痛みを感じない者は、真理を理解せず、それを嘲笑する。
24. 物質的な考えをする人間にとって、全ては束縛された肉体の御国であり、彼にとって霊的世界は決して存在しない。
25. 物質的な思考をする人間にとって、全ては揺り篭と柩の間の夢にすぎない。彼にとって何等永遠で、まとまりのある存在は実在しない。
26. 動物と同じく、彼は唯肉的、物質的享楽と痛みを感ずるが、他には何も感じない。
27. 彼は何処に居ても、又、創造の近くに居ても感じることがない。彼は霊なるものが永遠の中で生きており、見えないものの中に生き、生かされ、在ることを感じない。
28. しかし威力的で未知の運命が彼に襲いかかり、或いは、創造による偉大な現象が彼の倒錯した感覚を掴むと、彼はこの崇高さに愕然として震える。
29. しかし彼は、感覚の享楽と痛みしか感じない。多分たかだか一瞬の間の快活な感覚のほとばしり、又は創造の権威に対する、臆病で卑屈な震えを感じるであろう。
30. しかし貴方-地球人よ、貴方は創造の近きを感じた。しばしば-それどころか多様に。
31. しかし貴方のより優れた感情は、何故そう直ぐに、又、物質的、地上的、肉的な泥沼の中に消えてしまったのだろう。
32. 地球人よ、何故貴方は、貴方の中にあるより優れた人間を、しっかりと捉えないのか。即ち貴方の中の霊的なものの中に生きている-それを。
33. 貴方はまだ一度も、並はずれた出来事や、特別の事件に驚かされ、喜びの涙が目に溢れでた事は無いのだろうか?
34. いつかほんの稀な生命の瞬間に、プシケの荘重な気持ちを考え、その中で貴方自身が、より高度で変容した人間のように見えることがあるだろうか?
35. それとも貴方にとって、この気持は既に過去のものなのであろうか?
36. 貴方は、まだ次のことを思い出す事が出来るだろうか?当時世界は貴方にとって如何にあらゆる地上の壮麗さを持ち、永遠と創造の威力の予感の中で、快活に震えた事を?
37. まことに地球人よ、それは貴方の人生の聖なるほんの僅かの瞬間の一つである。
38. それは、貴方の霊的生命の中の太陽光線であり、太陽のきらめきであった-即ち貴方は創造の近きを感じた。
39. 死すべき地球人よ、黒い死の翼がまだ一度も貴方の周りでざわめいた事が無いだろうか?貴方は希望も無く、死の危険の中で、永遠の境界に揺れ動いたことは決してまだ無いだろうか?
40. 貴方はまだ一度も苦痛に満ちた病床に伏したことが無いだろうか?貴方はまだ一度も戦場に居たことは無いだろうか?
41. 貴方はまだ一度も略奪されたことは無いのか、或いは、貴方はまだ一度も、殺人的な弾丸や銃剣に脅かされた事は無いのか?
42. 貴方が、もうただ創造の全能の手の中に居ることを感じただけの時、貴方が存在と不在の間を鈍い幻惑の中で格闘した時、自分自身であることをまだ一度も放棄したことは無いのか?
43. 貴方は、世界の持つ全ては、もはや貴方のためのものではなく、貴方の眼差しがあの世に向けられた、そんな状況にあったことは、まだ一度も無いのか?
44. そして突然、未知の暴威とより高き力が貴方を救い、もう一度地上での生命が貴方に返された時、そんな時を貴方はまだ一度も体験したことが無いのか?
45. そのような救いの後、如何に深い喜びの息をつき、それがどの様なものであったかを、貴方はまだ一度も体験したことは無いのか?
46. もし体験したことがあるなら、貴方の胸はどんなに大きな感動で露えたであろうか!
47. 辺りの世界は、その瞬間どの様に全く別なものに見えるであろうか!
48. 誠にその様な瞬間に、人間はより高き崇高な生命の指揮を感じる。そしてそのような瞬間に、人間は創造の近きを感じる。
49. しかし地球人よ、貴方がその様な死の境遇を体験した事が無いなら、何故貴方は低級で、単なる地上的な衝動に溺れるのであろうか?
50. まことに貴方は、この感性に留まるべきであった。何故ならそれは、地上的なものに捕われた、貴方のプシケと意識の中の霊的生命の輝きであったからだ。
51. 一瞬の内に、貴方は明るい創造の近きを知覚したのだ。そこに貴方は留まっているべきであった.
52. 地球人よ、春の朝の素晴らしい輝きの中で、光を放つ草木や花々、森、河、山脈の見える広き田園が空想的で創造的な幻影のように、貴方の周りに漂っている時、貴方はどんな気持であろうか?
53. 青い海の波の中に、茎や花の露滴の中に、屈折した太陽光線がきらめくなら?
54. 地上の祭壇の感謝の捧げもののように、露の柱が地から天に高く昇っているなら?
55. 香る乾燥草の中で、蝉がジージーと鳴き、ひばりが歓喜の歌をさえづり、高く雲の上に舞うなら?
56. ああ地球人よ、芸術作品や人間の催しには決して感じることの無い未知の感情が、貴方を捕えないであろうか?
57. 或いは雲一つ無い砂漠の夜、眠りに入った世界を、好奇心を持って孤独に眺め渡すなら、貴方はどんな気持になるだろうか?
58. 雪で白く覆われた物音一つしない自然を見、一方では町や村は死滅したように見える時?
59. その様な瞬間に、昔の故人の墓から遠くない所で、静かに微睡む全ての人々のことを一度考えてみた時、貴方はどのような気持になるだろうか?
60. そのような微睡みの世界から視線を移し、列をなしてむこうの空高くに燃える星の、新しい静寂な素晴らしい生命の輪を見やる時、貴方はどのような気持になるだろうか?
61. 測り難き万有の彼方から、たとえ震える閃光に等しくとも、無数の太陽がその親しげな光を煌めかせるなら、貴方はどの様な気持になるであろうか?
62. 地球人よ、それは貴方の無感動の感情を、字宙の偉大さと壮麗さが揺さぶる瞬間ではないだろうか?
63. そしてそれは、この荘厳なる環境のもとに、永遠であり、不変の偉大さである唯一のものを、我を忘れて掴もうとする瞬間ではないだろうか?
64. 地球人よ、その様な瞬間に、創造の近きが心を開いた人間を訪れ、彼は一瞬の霊的生命を生きるのである。
65. 創造による被造物のあらゆる手配の内で、霊のように、創造に対する記憶を、人間の意識の中に余りにも力強く、余りにも頻繁に呼びかけるものはない。
66. しかしこの偉大で慈善なる現象は、人々によって如何に異なって受け取られ、感じられ、判断されることであろう。
67. そしてそれは感覚、意識、感情の中に、如何に全く異なった結果をもたらすことであろう。
68. 創造的に思考する人間は、全ての中に創造とその自然要素を見る。
69. それに対し物質的に考える人間は、華麗さに満ちた、自然の氾濫とも言える中に、唯自分の小さな所有物や財産を見る。
70. 創造的な人間は永遠の創造の腕の中で、より快活で確かさを感じる。
71. 物質的な考え方をする人間は、雷の暴威によって打ち砕かれ脅かされる、身体、家、財産、所有物のためにのみ震える。
72. 創造的な人間は、雷の暴威の中に、創造の権威の近きを認識する。一方物質的な考え方をする人間は、驚き、心を動かされ、恭しく想像上の神に祈り膝まずく。
73. 創造的人間は、雷の後、創造の平和を感じ、彼のプシケは無限の善を讃える。
74. 物質的な考えをする人間は、古き生命を刷新され、危険が過ぎ去ったと思うやいなや、罪深い行いを続ける。
75. 我々は恐ろしく華やかな雷の時、創造の尊厳な光景を観察し続けようではないか。それは創造の証人のように、沈黙した地球上を行き渡る。
76. 雷は地球を生き返らせ、人間や動物に、汚れない健全な空気を供給する。
77. 見よ、地球人よ、植物はやつれてその萎れた頭を垂れ、雷の水を欲しがっている。
78. 動物も熱の日照りの中で、雷による湿り気を待ち焦がれている。
79. 大地は雷雨を求めて渇いて裂け、ひび割れている。
80. 草花や木の根は渇き、雷の水によって潤されるだろう。
81. 動物は消耗して辺りをぐったり歩き、人間は照り付ける蒸し暑さの中をだらりと歩いている。
82. そこで創造の法則と掟は成就し、一つ一つ雲は天で集合する。
83. ゆっくりとそれは膨れ上がり大きくなる。誰も、それが何処からその様に成長する広がりを得るのかを見ない。
84. 同時に巨大な山々は天にそびえ、その懐では、大地に植物、動物、人間の為に、目に見えない祝福の猛威を準備している。
85. 途方もない積荷と河を動力す雨は。いずれも小川や河を氾濫させ、ダムを越え、全田園を水浸しにする能力がある。
86. しかしそれらは、尚巨大に群がる天の雲の中で、空中に舞う羽のように軽やかに漂う。
87. 空気はいつもなら一滴の水も保てないのに、人間の頭上に莫大な水量を携えて、巨大な水量を含む大洋のように、難なく漂っている。
88. 天は益々暗くなり、地の声は祝いを期待する落ち着きの中で沈黙する。
89. 黒い雲間を白く輝く鳥が散発的に群れをなして移動し、森や畑の動物はおずおずとその洞穴や巣に身を隠す。しかしそれら全ては、近づく雷による爽快さを待望している。
90. 軽い砂漠の風が地を貫き、埃の柱が空中高く上がる。
91. これはやがて訪れる雷の知らせである。既に木々や潅木の葉は一粒の雨粒にざわめいている。
92. すると突然遠くで鈍い雷の音が聞こえてくる。それから強い風が森を揺さぶりながら吹き始める。同じく突然大粒の雨が大地に落ちてくる。
93. 火柱は雲を裂き、雲の間を、稲妻を光らせながらゴロゴロと音を立てて通り過ぎる。一方、雷は大気を裂き、ひび割らせ、創造による永遠の権威を証する。
94. 創造を意識する人間は喜びで胸をときめかし、彼の思いは、畏敬と恐ろしいほど美しい自然の賛歌の中に留まる。
95. 嵐の轟きと稲妻の中で、義人は思い出す。“ああ、何と創造である貴方は、やはり偉大であることか。”
96. 青ざめた罪人は不安に満ちて尋ねる。「私の裁きの時が来たのだろうか?」と。
97. 創造を否定する神の崇拝者は、足元に震える大地を、頭上に雲のうねりを見る。彼等はピカッと光る稲妻と轟く雷鳴を見、聞く。彼等の間では秘そかに次のような考えが語られる。;「なるほど、それが創造である。」と。
98. しかし彼等は、疾走する稲妻と雷の轟きの中に素晴らしきものを見ない。彼等は大河の内奥を生命の源泉として、如何にそれが創造の法則と掟に従って秩序を保っているか見ないのである。
99. まことに真に知る者は、雷雨の時も、あらゆる自然力が闘う最中も、そのプシケの落ち着きを変えない。
100. 彼は創造を尊び生きる。彼はその善と知恵を知る。だから物怖じしない。
101. 内的に創造を完全に信頼している-知る者は、自分の生命のために震えない。
102. まことに人間を殺すためには、全自然の暴動を必要としない。何故ならその為に適量の血液が血管に詰まったり、身体を築いている小さな細い静脈が破れたり、僅かなショックを与えるだけで十分であるからだ。
103. 多かれ少なかれ雷における人間の恐れは、神格や聖人への偽りの信仰によるものである。
104. 即ち恐れは、宗派的概念とか創造に対する無知な概念より生じるのである。
105. なるほど雷雨の前の蒸し暑い空気は、感じやすい人間の神経に、無意識的な臆病さと緊張を生じさせる様な影響を与える事が出来る。しかしこれはただ肉体感情に過ぎない。
106. この肉体感情は、堅い意志と、雷は危険ではないというハッキリした真実の概念によって克服されうる。 
107. 又何千もの疾走する稲光りは、殆ど人間に不利となって大地に光を落すことは無いという納得と体験の知識も役に立つ。
108. 稲光りの危険は、人が火、水、その他の危険に対して賢明さと悟性の利用によって身を護ると同じく、安全対策によって追放され得ると言う知識も役に立つ。
109. まことに住まいの棟から地に進する金属棒を連結させるだけでも、それは最も強い稲光りを誘導し、それを無害にしてしまう。
110. そのような人間の自己安心のために、とりわけ安全な対策を取り、創造が金属に与えた力を利用する義務が上げられる。それによって人間は、稲妻の破壊的な暴威から身を護る事が出来る。
111. 人間は炎を消すために、水の力を用いないであろうか!
112. 又人間は、病気に対してよく効く薬草の力を利用しないであろうか!
113. 創造は、人間が創造の贈り物として利用するようにと、分別、理性、悟性を人間に与えた。
114. まことにその賜物と贈り物をはねつけ、理性も悟性も何も利用しないのであれば、それは不法に満ちた愚行である。
115. 人間が自分を維持する為に、絶えず奇跡を創造から求め、自らはこの奇跡と行いのために、必要なことをしないで創造を求める事も、同じく不法である。
116. しかしまことに残念ながら無知な狂信者は、決して雷より生き生きとすることは無い。
117. 人間は、創造が雷によって最も崇高かつ慈善的に、被造物の創造としてその姿を証明する時以上に、創造に関して相応しくない概念を示すことは無い。
118. ああ、大部分の人間は何とその本来の尊厳よりずっと落ちるのであろう。
119. まことに彼等は、宗派や宗教の名を誇示していく。嘆かわしきことである。彼等は日々罪をもってその名を汚している。
120. 彼等は創造ではなく、神や聖人が居るようにして生きている。彼等は鈍感な理性の無い動物のようだ。
121. 彼等は宗教宗派を見せびらかす。しかし彼等の内には、創造に対する何の知識も畏敬の念も無い。
122. 彼等の日々は、憎しみ、享楽、姦淫、悪徳、詐欺、邪教、中傷の日々であり、他の恥ずべき傾向に汚されている。
123. 雷が鳴ると彼等は、不安そうに想像上の神々や聖人に急ぎ唱え祈る
124. 雷が鳴ると彼等は、ざんげをしたり誓いを立てる。そして彼等の限られた狂信的な神や聖人の概念に従って、彼等の怒りを転じてもらおうとする。
125. すると教会の塔から鐘の音が響き、祈りの中で想像上の神に呼び求め、嵐を追い払うのである。
126. 創造そのものは、決して人間的弱さや激情に汚されない。
127. 創造は永遠の愛であり、怒らず、罪も無い。
128. 創造は怒らない。だが人間は怒りそのものである;しかし怒りは弱さであり、弱さは罪である。
129. 人間は、人生遍歴における世俗より、自らの呪い手そのものである。
130. 人間は罪に満ちた行いと、邪悪な欲望により創造を避けている。
131. 愛は人間の中にない。だから人間は創造の中に居ない。
132. これは創造的な人間と物質的思考をする人間との相違である。
133. 雷が過ぎ去ると、物質的思考をする倒錯した宗教的人間は、忍んでいた不安を忘れる。
134. 彼は、その宗派的祈りと誓いを忘れ、又出て行き再び憎み、だまし、冒涜し、中傷し、迫害し、誘惑し、酒に溺れ、あらゆる不法な欲望に耽る。
135. 創造的人間は、創造の中に忠実であり、愛すべき人間であり続ける。
136. 彼は、雷の嵐に創造の尊厳を見た。
137. まことに創造の中に生き行動する者は、親切な感覚を保ち続ける。
138. たとえ世が過ぎ去ろうとも、地震が彼を埋め尽くそうとも、真実な人間は、その親切な感覚の中に留まる。
139. 創造、知恵者、義人の名において。これは真理における真理である。
140. 創造に讃えあれ。創造は、万事において良きことと公正を行われる。


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005

第 49 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2.創造に讃えあれ。創造は万物である。
 3. 予言者は、ヤーウエであるプターの娘-セムヤーゼの言葉を再び与える。
 4. 真に霊的に努力する者は、高貴な芸術家である。
 5. 彼は繊細な霊、柔和な本質、愛、知識、知恵、大いなる感覚に満ち、真理、均衡、美、霊的進歩に対して敏感である。
 6. 彼の生命は意のままにされ、純化され、崇高で、彼の展望はずっと遠いところに在る。
 7. 彼の全感覚は寛大で、美は、霊的尊厳に満ちた地味な生活の中に表現される。
 8. 彼の内的平安は美をもたらす。それはどんな芸術家も描き得ず、どんな詩人も言葉に表わすことが出来ないものである。
 9. 彼の霊的清浄さは魅力を醸し、どんな調和の取れた音楽もそれを表現することは出来ない。
10. 彼の確信はどんなものにも例えられない。彼の努力と目的は、どんな境界によっても終わらない。
11. 彼の知恵は、いつも現存する光であり、それは最も深い暗闇をも照らす。
12. それは、夜の暗闇から克服される目の光のようなものではない。
13. 又それは、偉大な人間的思想家の光に似たものでもない。その光は正に彼が一番必要とする時には役に立だない。
14. 予言者の現存は絶えず存在する永遠の流出であり、それは決して消滅しない。一方、最も美しい芳香を放つバラやランの香りは無くなり、無限の時間に消滅していく。
15. 人間が万物の尺度であるというのは絶対的に偽りである。何故なら万物の尺度は霊であるからだ。
16. 人間自身は非常に多様な本質である。彼の異なった覆いは、他人にも彼の真の人格を隠す。
17. なるほど彼は、自己を純物質的肉体と同一視し、肉体の必要性に応じる事が出来、自己を意識的悟性と同一視しながらも、自分白身の真の自己との一体を感ずる事が出来るかも知れない。自己は永遠に滅びない両者の証人である。しかし彼は自らを創造することは出来ない。
18. 生命に関する全ての目的によって-人間的な場所で、如何にそれが価値に富んでいようと-最も初源の本来的人格を混乱させずに、長い間霊的本質を奴隷状態に置き、無理矢理押さえ付けることは出来ない。
19. 霊的でない人間は、あらゆる所与の限界を持つ物質的知性に最高の場所を占領させる。その為、霊的進歩は途方もなく遅れる。
20. 霊的知性は、全く意識的に発達されねばならない。何故なら、自然により高き形態に移動するとの考えは十分でないからである。
21. 人間の物質的知性は、それ自身の中で、完全な可能領域の内でのみ移動する。
22. 彼はいつも対象の表現に首を突っ込み、その中に侵入出来ず、一体と成ることが出来ない。何故なら対象物と完全に一致することなく、それを認識することは絶対に不可能であるからだ。
23. だから人間は仲間を知りたいと思うのなら、その者と自己を同一視出来るほどでなければならない。
24. 人間は物質を知ろうとするなら、それを自己と同一視することが出来ねばならない。
25. 物質的知性は、物質的感覚とそこから導かれる帰結の証明を受け入れる。しかし最も深い主観的な思い付きを斥ける。
26. 深遠な分別は、人間に普通の意識が伝える以上の何かが、まだ在るという認識に満たされる。即ちあらゆる思考、感性、感情の源泉である、何かである。それはより繊細な霊的現存であり、彼に、単なる物質的な努力をいつも不満にさせる。
27. 人間の普通の物質的状態は、真実で終局的な生命段階ではないこと、彼は生命そのものの中に、より深く浸透する生命-即ち真の自己、不死の霊、決して何ものによっても消されることの無い光を持つという学理は、あらゆる時代を越えて、全ての宇宙の霊的思想家の注意を繰返し引いてきた。
28. あらゆる宇宙の全ての偉大なる霊的思想家は、本来の自己-生命の生命を経験して知るための権利を、異口同音に主張している。
29. 肉体組織が一瞬一瞬変化し、思考は突風のように湧きあがったり消えたりするが、真の自己は決して失われない。
30. それはいずれにせよ根本的に異なっていても、余すところ無く全てに侵入する。何故ならその形態は純粋に霊的であるからだ。
31. それは無数の変遷を貫く、あらゆる一致感覚の根本的な源である。
32. それは万物のあらゆる形態と種類を受け入れるが、いつも自分自身である。そして永遠に独自の大家としての平静を保つ。
33. それは宇宙と、概して複数の宇宙の多様な活動内で不変の大家である。
34. 人間的な限界の在る人格は、時折、自己をハッキリと自覚する。その間には大きな意識の隙間が横たわる。
35. しかしたとえ死が人間に到達しても、彼の内に在る視霊者であり認識者は死なない。何故なら彼は、創造の一部として永遠に存続するからだ。
36. 客観的な側面では、観察する主観的自已に何も触れる事は出来ない、
37. この永遠に成立する自己-それは生命の生命であり、物質的に証明され得ない。それは純粋に霊的な形態であり性質で在る。しかしそれは、理性の賜物を持つ本質にとって証明を必要としない、何故なら霊そのものが、その独自の証明であるからだ。
38. ただ意識的に欠乏して生きている生存物が、霊の実在についての証明を必要とする。何故なら彼らの低俗な思考の中では、霊的行為と出来事から実存を認識することが出来ないからである。
39. 霊そのものは、あらゆる知識過程の根本基礎であり、それ自体は発達と生命生成の衝動により、全ての器官と能力を生かす。
40. 霊-即ちこの普遍的自己は、精神的不浄を経験的自己と取替える。
41. 人間が自己を取り巻くベールを破り、自己を制限で包みこむ物質的衝動の覆いを剥ぐなら、彼は瞬間的に-物質的肉体の中で-存在の目的地に達する。
42. 内的な霊的存在-生命自体の生命、それは非常に簡単であり。複雑ではなく、超越的現実、認識、知識、知恵、愛、自由による二部分の一体を形成する。
43. 人間は単なる生物的現象ではない。
44. 彼の中では霊体としての、霊的に限定された器官が在り、それは潜在能力-あらゆる創造の力の権威に満ちている。
45. 人間のプシケ的本質における哲学的洞察は、プシケ的実態の基礎と、生命としての宇宙意識、創造の生命力の現実に関する認識と知識を、無理矢理に得させる。
46. 人間は、人間を単に生物的、精神的水準ではなく、プシケ的霊的水準で捉えなければならない。
47. 人間が相続する全て過去からの何十億倍もの存在によって携えてくる全て、今世又は過去の生命の中で享受し、知り、読み、学び、体験した全ては、彼の無意識の中に隠されている。
48. つまり彼は、何故集中の技術を支配しないのだろうか?何故彼は無意識に命じ、彼の全ての知識と能力を完全に使用しないのであろうか?
49. 彼の全ての知識と能力、経験と知恵に対する憧れは、まだ彼の内に深く隠されたまま横たわっている。
50. 彼は唯、真理を認識し受け入れなければならない。即ちそれを認知し、役に立てねばならない。
51. その為には自己の愚かさと闘い、霊的知力と同量に協同させなければ、物質的知力は人間の本質を成さないという認知が必要である。
52. それが成り、人間が自己の霊を認識し、前世で集めた知識と知恵の全充足に満たされる時、自由、愛、平和が、再び彼に余るほど役に立つ。
53. 知識、権威、力、知恵、自由、愛は、絶対者の創造的相続である;それらは人間の生涯の権利である。
54. 彼は、思考、権威、力、全てに及ぼす影響の中枢である。
55. 彼はなるほど肉体を持つが、肉体自体ではない。
56. 肉体は単なる道具であり、霊の下部である。その住居も牢獄ではない。
57. 肉体は、輝く霊-自ら照らし出す内的生命、創造の自己の寺院である。
58. 肉体は霊の要塞であり、全ての力を活動させる。
59. だから人間は、霊の息吹を呼吸し、単に肉体的呼吸をしているのではないことを知れ。
60. 人間は自己の霊を、瞑想、内省、霊的自己の最も静寂な部屋に深く沈むことによってのみ学び、それによって内的生命の鏡を直接観察する。
61. しかし彼は、地球人が宗教的詐欺によって、うまく言いくるめられている様な方法で、それを行ってはいけない。何故ならその「瞑想」は、霊的見性ではなく、空想に満ちた非現実的表象願望を、解き放つことであるからだ。
62. 霊的な実際の瞑想は、自己の存在と自己に対する悟性を要求する。そして永遠の現実と真理の存在や、星から物体の形成に至るまで、又自然界から霊的生命に至るまであらゆる顕示の定着した一体は、総括的に創造の成果において唯一つであるという、二つの事実がそれをハッキリさせるのである。
63. 人間は誰もが、その最内奥の精髄において創造の顕示である。そしてただそれ故に、誰もが無限と一つになることが可能である。
64. 創造的なものの存在という、この真理について深く熟慮することは、知識と確証を生む。
65. 真理を直接に見性することは。あらゆる無益の抗議にとって代わる;真理の実現化は、全てを最も繊細部に至るまで鮮明にし、自ずと説明される。
66. 地上の生命は、人間に完全な充足を提供することは全く無く、それが全てではない;実際的なものは物質界の彼方に在る。
67. 物質的な生命は、繊細なる側面-即ち霊的なものに到達する為の梯子の役目をするに過ぎない。
68. 物質的な生命は、人間に条件と目的を引き渡す活動範囲に過ぎない。そして霊、永遠時間、創造的なものとの関係を結合させる。
69. 生命的視野が、認知可能な現象にのみ限られ、事物の客観的価値の評価を決定させるというのは、完全な誤りである。
70. 生命の尊厳と偉大さは、如何にそれが、最高の本質における最内奥の生命の法則に高められているかによる。
71. 人間との関係は、彼等が霊的自然の永遠法則から逸れないかぎり公正である。
72. 単に幻像にしがみついたり、結び付けたり、本質的な実態を軽視することによっては、社会的成功も、国家の改善も可能ではない。
73. 真理の確信は、個々の人間にのみ属するものではない。何故なら真理は存在を形成し、存在する全ての生命であるからだ。
74. 一つであり、共通しているものだけが、分かち難く、もっぱら自ずと一致する存在の内部に在り得る。
75. これが到達したものの完全な範囲であり、生命のあらゆる大志と理想の範囲である。
76. 生命のこの融合された霊的見解の中に、社会的、永遠的関係の倫理的基礎が根づいている。
77. 社会は個人の集合体であり、ベールを貫き、不死なる存在の御国-即ち創造そのものの中に入っていくよう定められている。
78. 人間的結び付きは、霊体である恒常的生命の中に生きる努力を意味する事に他ならない。その生命は、あらゆる存在的本質の深い背景の中に在り、真理の欠乏するところには見出され得ないものである。
79. それによって霊的なものに対する愛は益々失われ、人間の感覚は益々物質的なものと物質的な知性に向かう。
80. 利他主義的な愛は、総合的宇宙に在る無限の生命との、目に見える調和の表現である。
81. 家族、社会、国家が、別々なものとして考えられるなら人間的本質である結合の目的が如何に大きなものであろうとそのような家族、社会、国家は、決して成功しない。
82. どんなに最小の結合も、絶対的な一体に流れ、注ぐのでなければいけない。それはどんな小事もそれ自体から除外されない。
83. 人間はその行動、処置、思考に利己心が無く、宇宙的な出来事と調和を保つべきである時に、この真理を日常の仕事の間に、絶えず念頭に置かねばならない。
84. 人生は、霊のための、霊の教えである。
85. 正しい家族の振る舞いと国家社会の管理は、普遍的規則の一部を形成する。その規則とは、本質の総体に、厳格な中立的法則を備えたものである。
86. 人間は創造が存在する故に生存する。創造そのものが、調和が取れて完全であるように、彼の生命は調和が取れて完全であらねばならない。
87. 人間は創造の存在の中に生き、呼吸し、その存在の中に漂う。
88. 今日における実践的生命哲学や生命心理学は、霊的なものの為に生きる価値の欠乏や、人間の生活と利害関係の危機に対し、多様な責任がある。
89. 既に昔から不当にも「近代的」であると自称する人間は、平和と自由を見つけるために大きな努力をしてきた;しかし今まで全て彼等の努力は実を結ばずに埋もれ、使い果たされた。
90. 実際の知識や、内的で実際の均衡と平安を与える筈の、健全で理性的な生活方法の真理を欠き、彼は異常なイデオロギ一や、腐敗した危険と害を及ぼす宗教哲学に没頭してきた。それは彼をもつと大きな意識的貧困に導き、本来の生命から遠ざけた。
91. 確かに自然な人間の悟性はそれに対して、特に水瓶座の新時代に、新しい宗教的狂信者や詐欺師により全盛期的存在と成つた不適当で非現実的な宗教的ドグマの陣を、必要とされる真理の陣内に押しこもうと抵抗したが、それでも現時点において宗教的狂気は、必要な防衛を大量に生み出す事が出来るために、まだ頑強に広まっている。
92. 非常に混乱し、狂気の主張をしている宗教的で狂った哲学は、人間の中にある内的な力を減少させる。その力とは、人間の霊を真っ直に保ち、彼の努力を自ずと凌駕し、花を咲かせる助けをするものであり、又外的成果と実状に対して、正しい関係を保つ内的成長と平和に達することを彼に可能ならしめるものである。
93. 長い間、意識してきた必然性に対する答えとして、地球人はあちらこちらで誤って指導的理想と称された宗教から、いわゆる最善のものを取り出し、現代人にとっての新しい生命哲学と生命心理学を体系づけるために、近代的思考を持って一体化させる、個人的でしかも危険で非現実的な努力をしてきたのである。
94. しかしこれらの自称非現実的な思想家は、その際、非認識による宗教的狂気から、再度彼等自身、非現実的な宗教に非常に邪悪に捕わ れ、結果的にその宗教に従った非現実的な思考処置しか出来ないことを増補していることに気がつかない;即ち非現実、狂気、狂信、殺人的、意識的貧困のそれである。
95. 判り切った理由から、彼等の成功はしばしばゼロに等しい。
96. しかし水瓶座時代の人間である現代人は、今、簡単に解決されない問題に直面している。何故なら今、真理の礎石を置くなら、彼は将来、幸福で、自由で、平和に満ちた生活のために、哲学的、心理学的な価値を持つ、完全に新しい体系を獲得するからである。
97. 文化的、霊的地球の遺産における最善を提示する全てに基礎を置く、自由で霊的な生命;即ち霊的真理である。
98. 地球人が今、ついにこの真理を認識し、認め、全ての宗教とその狂気の観念から完全に自由になり、遂に霊的創造の法則に準ずるなら、彼は勝利したのである。
99. 真理のみが役に立ち人間に進歩をもたらす;しかし宗教は人間にとって役に立たず、彼を最も深き闇の中に逆戻りさせるのである。
100. だから人間がそれを学び、知るようにと、ヤーウェであるプターの娘セムヤーゼにより教えが与えられたのである。
101. 真理のために歩む人間にとって、知識以外の渡し船は無い。
102. 知識のために歩む人間にとって、真理以外の渡し船は無い。
103. これが教示の真理である。それは、厳しくも、軟弱にも、鋭くも、教えていない。そして人間の中にある偽りが、真理によって征服されるためである。
104. 永遠に創造が讃えられ、尊ばれるようにと、創造の御名において述べられている。
105. 愛と真理の中で、創造に賛美せよ。



第 50 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 天、空間、天体、地球にあるもの全ては、創造の誉れを公示している。
 3. 創造は全能者、知恵者、義人である。
 4. 創造は天、空間、天体、地球の御国である。
 5. 創造は生と死を与え、万事を行うことが出来る。
 6. 創造は、初めであり、最後である。
 7. 創造は可視であり、不可視であり、公然としており、隠されたものである。
 8. 創造は万象の知者である。
 9. 天、地、空間、時間、天体、全ての生命を、7つの時に創造したのは、創造である。
10. 創造は地球に入るもの、地球から出てくるものが何かを知っている。
11. そして創造だけが、天から何が発し、何が天に昇るのかを知っている。
12. 即ち創造は、たとえ彼が何処に居ようと、いつも人間と共にある。
13. 創造は、人間が何をしようと、全てを見抜いている。
14. 天、空間、天体、地球の御国は、創造にある。
15. 創造より万物は出で、万物は創造に帰る。
16. 創造は夜を昼に、昼を夜に変化させる。
17. 即ち創造は、人間における万象の知者である。
18. 人間よ、創造を知り、創造が貴方を相続人にした道で寄与せよ。
19. 知って寄与する貴方がたは、大いなる報酬を得るだろう。
20. しかし予言者が、貴方がたを真理へと召喚しているのに、創造について知らない貴方がた地球人は、何であろうか?
21. 創造は、貴方がたが真理の知者と成るように、貴方がたと結合していることが判らない貴方がたは、何であろうか?
22. 創造は、人間が自ら暗い闇の中から光に導かれるようにと、人間に明らかな印を送っているものである。
23. 本当に創造は、貴方がた全てに善良で、知恵が在り、公正である。
24. 創造のために寄与しない貴方がた地球人は、何であるのかと、予言者は貴方がたに問う。
25. 何故貴方がたは、あらゆる天と空間、全ての天体と、地と生命体の遺産が創造に属しているのに、創造のために寄与しないのか!
26. まことに創造は全ての善を寄進する。そして創造は、人間が行う事柄に精通している。
27. 人々の中で、創造を何倍にも増やす高額の貸付を創造にする者は誰であろうか?
28. 創造に貸付する者は、気前良く何千倍もの報酬を得るであろう。
29. 地球人よ、創造のみが貴方がたと貴方がたの地球を生かしているのであることを知れ。
30. 貴方がたが最後に理解し、知識を持ち、その道に従うようにと、創造のみが印をしてくれるのである。
31. 知れ。創造の真理を知る者だけが、誠実な者である。
32. 彼等のみが、創造の高き報酬と光を受けるであろう。創造の法則と掟によって与えられているように。
33. しかし無知な者、創造の印を否定する者;彼等は独自の地獄の住人であり、その住人となるであろう。
34. だから人間は、心を暗くせず、創造が人間に与えたものを軽視しないようにと示されている。
35. 創造、知恵者、義人の名において。



第 51 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. ヤーウェは、時代の予言者について語る。
 3. 花茎のない植物が萎れる時のことを考えよ。貴方がたの予言者は、貴方がたの同伴者であり、彼は混乱せず、不正でもない。
 5. 彼は、真理と愛の熱望から語る。
 6. 彼は、創造によって啓示されたものの啓示である。
 7. 権威のある力の賜物を持つ創造は、印によって創造の法則と掟と全てにおいて、彼を教示した。
 8. 創造は、彼の強さである。そうして彼は予言者と成った。
 9. 彼は最上の境界に居る。何故なら彼は、創造に近づくが再び人間に降りてくるからだ。
10. だから彼は、二つの半円の中間に居るか、或いはその中間を上回る。
11. 彼は自分に啓示されたものを人間に啓示したのであり、啓示している。
12. 予言者の意識は、彼が見たり、認識するものに真理を保持する。
13. 貴方がたは、彼が見、認識するものについて、彼と戦うつもりか?
14. まことに彼は、創造を見たのであるが、それにも拘らず、愛を持って貴方がたの所に下られた。
15. 創造、知恵者、義人の名において。
16. 誉れに満ちたOMにおいて、予言者は真の予言者である。
17. 地球人は、彼らの中から警告者がやってきたことに驚いている。
18. 無知な者は、これは不思議なことであると語っている。
19. 彼らが言うように、我々が死んで塵と成った時、如何にして再び我々は蘇らせられるというのであろうか?
20. それはもって回った再来- -眉唾であると彼らは考えている。
21. しかしまことに、彼らの感覚はその物質的思考により感化されている。
22. 彼ら-無知なる者は、真理がやってくるとそれをはねつけてしまう。
23. そして今や彼らは、新たに混乱状態に居る。
24. 何故なら、昔のように予言者が、貴方がたのただ中から現われたからである。
25. 彼らに真理を教え、彼らを法則と掟に精通させるために。
26. しかし無知なる者は真理を理解しない。彼らは、予言者と彼の知恵と愛を冒涜する。
27. 彼らは生きるための独自の啓蒙、訓戒、独自の意欲に欠ける。
28. 全て無知な者に禍あれ。何故なら彼らは死んで塵になる時、彼らの生まれ変わりは苦境に刻まれるからだ、
29. 創造、知恵者、義人の名において。
30. おお、貴方がた知る者よ、創造と予言者に対して厚かましさでなく、畏敬の念を持て。
31. おお、貴方がた知る者よ、貴方がたの声を予言者の声以上に高めず、互いに大声で話すように、彼に大声で話してはいけない。貴方がたがそれに気付かずに、貴方がたの業が虚栄にならないためである。
32. まことに予言者の前で、その声を低くする者、彼らはその意識の義に清められる者である。
33. 彼らの為に許しがあり、莫大な報酬は彼らのものである。
34. 創造、知恵者、義人の名において。
35. 予言者の感覚に従え。彼の感覚は創造の法則と掟である。それは貴方がたを幸福にするだろう。



第 52 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は全体である。
 3. 予言者は、神と創造について語る。
 4. 人間が真理を理解し、神と創造の違いを識別するようにと。
 5. だから地球の人間に、言葉がかけられるように。
 6. 創造、知恵者、義人の名において。
 7. 彼が真理を認識し、生命の道をそれに適応するようにと。
 8. 地球の神々は人間であった。
 9. 彼らは宇宙の彼方、未知の太陽系、銀河系世界からやって来た。
10. 彼らは義に反し、地上で人間を見下し、自らを神であり、創造主と呼んだ。
11. 彼らは、地球人が信心深くそれに依存するようにと、宗教宗派を作った。
12. 彼らは人間が、彼ら(神々)を、創造主として崇拝するよう要求した。
13. そして地球人を奴隷化し、永遠に神々に依存させる為であった。
14. どの神も、独自の宗教を作り出し、自分自身を創造主として-信仰に陥った人間の上位に置いた。
15. 多くの神々は堕落し、邪悪で、権力欲と全ての害悪に取り付かれた。
16. 彼らは、死、刑罰、腐敗の法則を公布し、その気持になった人々を殺害した。
17. 地球人は無知で、真理を知らなかった。
18. 即ち民は、その都度彼らの宗教の神に従い。信仰の闇に陥った。
19. 即ち神が創造主であり、生命を生むものであるという。
20. 何故なら神は、直ぐに人々に、人間であるという真理を語らなかったからだ。
21. 即ち神も人間であり、同じくその上に、創造が生命の最高の力として存在しているという知識は隠された。
22. 即ち神は人間であり、創造は創造である。
23. 神は人間に蹟罪と復讐を求め、怒り、人間を殺す。神は人間によって、人間を殺す法則と掟を公布する。
24. 創造は、怒りも、復讐も知らない。それは殺さず、購罪を要求しない。
25. 神は人間として、人間的な思考処置を取る。しかし創造は、万事において創造的で論理的である。
26. 神の人間的な法則と掟により、人々の間に、不和、死、腐敗の種が蒔かれた。
27. 神とは、権力欲に満ちた人間であり、宇宙飛行士である。彼は邪悪な権力と残忍な法則と掟を持ち、全てを支配しようとしている。
28. 創造は平和であり、愛である。その法則と掟のみが生命を保証する。
29. 創造は、復讐も報復も求めない。ただその法則と掟に従った進化のみを要求する。
30. 愛と真理のみが、世界を改良することができる。
31. 創造は、人間が殺したり、戦争を起こしたりすべきでないと定めている。
32. 神である人間は、殺害、戦争、復讐、報復を定めている。
33. 創造は、平和と知識を定めている。
34. 神は、戦いと信仰を命じている。
35. 創造は、知恵が在り、絶えることの無い不思議に満ちている。
36. 神は、人間の知識のみを持ち、非論理に満ちている。これはただ人間のみの特徴である。
37. 創造は、最高であり、最も完全なものである。その法則と掟も同様である。
38. しかし神は、人間がそうであるように、不完全である。何故なら、神は信仰、復讐、不完全を命令しているからである。
39. 愛のみが創造の法則である。しかし神は、この法則を嘲笑する。何故なら彼は、復讐、刑罰、死を命ずるからだ。
40. 創造は生命体に、決して、傷、苦しみ、痛みが加えられないようにという、生命、愛、規定を求める。
41. 創造は、生命が、保護、維持されねばならないと定めている。
42. 神は、生命の破壊と、呪いを求める。
43. 神は、地球人の知らない天体の人間であり、宇宙飛行士である。彼の軍団は、彼の従者である。
44. 神は権力欲に満ちた人間であり、全ての人間が霊的指導の無いように、不完全である。
45. 神は、その全ての従者と共に、地球人を支配し弾圧する為に、他の星から地上にやって来た。
46. 創造は、全宇宙至る所に在り、いつも在る。そして全ての生命を創造する。
47. 創造の法則と掟は、全ての生命のために均一であり、愛において全宇宙に有効である。
48. しかし神の法則と掟は、いつも彼が支配し、人々が彼に隷属する所でのみ、有効である。
49. 人々は、自ら創り出した神々にも隷属している。そうして彼らは、地上の人間をも神々に高めている。
50. 即ち人々は、死んだ物質から偶像を石や木や金属、その他から偶像を選んでいる。
51. 人々は神々や偶像に祈り、創造の万事を軽視している。
52. まことに創造は、最高のものであり、全ての生命に生命力を与える権威である。 
53. 神が成ろうとするが、決して成ることの出来ないもの、即ち創造が、全ての生命を生み出す創造そのものである。
54. 創造は存在であり、生命そのものの実在である。
55. 神は、人間の全ての害悪に取り付かれた、人間的権力の悲劇の似姿にすぎない。
56. 神は、人間的で邪悪な堕落の生物であり、悪の具現である。そのことは彼の全ての聖典の中に、彼の要求と命令により証明されている。
57. 昔から神は、人間の血と生命を求め、御項な隷属を要求している。
58. しかし創造は、隷属ではなく、人間性と人間の尊厳を定め、愛と生命を定めている。
59. 創造は創造的であり、決してほんの僅かでも人間とは比較出来ない。又、自らを神と呼んでいる人間とも、比較になら無い。
60. 創造は創造のみであり、神は神であり人間に留まる。
61. 神は、僅かにも創造に等しくない。たとえ不当にも自らを創造主であり、その様に呼んでいるとしても。
62. 創造のみが創造であり、神も初めから終わりまで、創造の被造物である。
63. 即ち神は人間であり、彼は真実の姿以上に、自らを高めている。



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006

第53 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 予言者は人間が学び、真実で在るようにと、格言の言葉を持って語る。
 3. 知る者は、創造の声に耳を澄ませて聞き、それに従う。
 4. 真理から生まれる者は、創造を聞き、見る。
 5. 思考する創造のみが世界を創り、恨み戯れる神格ではない。
 6. 民が最早真理を知らないと、勝手放題になる。
 7. 人間は創造の霊感を得ようと、躍起になるべきだ。
 8. 人間は創造より生まれた。だから全てにおいて、創造に等しく在る義務がある。
 9. 創造は、創造する時に、時間を甘受する。
10. 自らの内に、創造に対する愛を目醒まさせる者は、創造によって与えられた霊を、彼に目覚めさす。
11. 愛、知識、真理を持つ者は、祈りを祝福する。
12. 真理をもたらす努力に、価値を見出さない者は、何れにせよ真理に値しない
13. 創造は、かつて一度も目が見たことの無いもの、かつて一度も耳が聞いたことの無いもの、かつて誰も感知しなかったものを、創造を本当に愛して生きている人々に啓示する。
14. 創造は、霊により全ての人間に啓示した。何故なら霊は、万物を創造の深淵から究明するからだ。
15. 人間は霊を鈍らせてはいけない。霊に満たされた人間の話を軽視してはいけない。しかし全てを吟味し、善を保持せよ。
16. 真理は、浩然として恐れを告白しない人を高尚にする。
17. 嘘と誤謬より、人間を害するものは無い。
18. 愛が在るところには、理念と愛の生命表現がある。
19. 最も聖なるもの、最高のものを外から探す者には、まだ悪が参与する。
20.  創造を本当に愛する意識は、全ての天と世界以上のものを与える。
21. 人間は、創造によって教えられる被造物であることを知るべきだ。
22. 創造の法則と掟に促されて書かれた書物は、いずれも人間にとって教示の役に立つ。
23. 人間はどんな形における悪も、避けるべきである。
24. どんな民も、知識に欠けると野生化する。
25. 人間は創造の中に留まり、その法則と掟に従うなら、望むものが彼に与えられるであろう。
26. 真理と悟性ではなく、信仰を持って理解しようとする者は、真理から実を刈り取ることは出来ない。
27. 地球人は、創造の独立した子供になる使命を持つ。
28. 知識と真理は、あらゆる独自性の中で、訓練され、形成されねばならない。
29. 創造の御国は、決して暴力で得ることは出来ない。
30. 愛と平和は、どんな社会においても最初で最高の財産である。
31. 人間は、世界の秩序について熟考し、絶え間無くそれに注意し、全てに啓示する知恵在る創造を崇拝するように。
32. 無知なる者が知識に至らない時、誤りは彼ら白身に在り、知識を拒む人々に在る。
33. 他の天体に住む人間に対して、決して描写出来ない相違の本質は、地球人は、地球の人間であるということにある。
34. 創造は世界で、決して栄誉ではなく、知識、真理、愛を求めた。
35. 創造の国は人間の中に在る。それ故に天の全ては、天の中の天であることを理解している。
36. 天が無限であるように、どんな霊の力も無限である。
37. 創造の国は、外的な豪華さを持ってやって来るのではなく、人間の中に在る。
38. どんな霊も、人間が霊に組み込んだ御国に住み、観賞し役立てる。
39. 万物は創造の中に在り、創造から生まれる。何故なら創造の他に、又創造無しに何も存在しないからだ。
40. 全ての被造物は貧弱で、創造に対し、単なる無である。
41. 人間が真理においてあるものは、唯創造によるものである。
42. 地上で創造に対する愛を、唯一の必要とした者に幸いあれ。
43. 創造は生命の完成のために、最も短い道をとった。しかし何故人間は、最も遠い道を歩んでいるのか?
44. 地球人よ、創造に対する満ちた愛を、真実に自らの内に持つ者は、自らの内に生命の完成をも荷なう。
45. 創造でなく、人間が貴方を慰めるかぎり、貴方は何ら正しい慰めを見出さない。
46. 地上には、ただ真の知識のみがある。それは創造に対する愛である。
47. 真理は、創造に在る基本的愛である。
48. もはや自己の為に生きない本当の人間は。創造の為に生きる。
49. 創造により多く組されたい者は、より創造的でなければならない。
50. 人間は自ら体験しないものを、他人のその気持と同じになって感じることは決して出来ない。
51. 創造とは、まだ創造せず、生まれぬ創造の力を、自ら勝ち取ったその力である。全ての人間も、それを自ら勝ち取るべきである。
52. 人間が何であるかで無く、人間は何に成れるかに、いつも留意すべきである。
53. 創造の体験について話す所に、人間の栄誉がある。
54. 調子の狂った楽器には、如何に最大の巨匠ですら調和を発することは出来ない。
55. 知識の増大は、傾注により納得と知恵になる。
56. 無私である所には、真理も在る。
57. 敵は人間の内に在り、外に在るのではない。
58. 予言者ですら、まず第一に成熟した過程を経てから、創造の力と結合する。
59. 創造と結合しない者は、時代的風潮思想の犠牲となる。
60. 無我の状態は、人間が所有する創造の生命にある。
61. 創造を知る人間は、全ての否定的力を持って逆巻く、全ての海を越えている。
62. 原理は、知識、真理、愛とならなければならない。
63. 人間は創造無しに、決して自己の生命を完成することは出来ない。
64. 人間が真理において謝罪することは、それが全く地獄であろうとも、絶えず創造に相応しいことである。
65. 人間が創造のように話し、地球が今直ぐにでも最も明るい光に包まれるなら。
66. 人間は自己の中に、自分自身によって生みだされる新しい生命を獲得する。
67. 愛のみが、人間に平和の信念を実現させる能力を与える。
68. 愛のみが、創造の生命に余裕を与える。
69. 人間は、創造無しでは何も出来ないことを認識しなければならない。
70. 人間が生命の根である創造を認識したら、最早どんな弱さも彼を襲わない。
71. 人間が生命の根である創造を認識したら、彼は自分自身の勝利者である。
72. 時が熟すると、人間は自分自身の完全な実現を体験するだろう。
73. 愛は、人間が創造を認識した時にのみ。彼によって把握されるのである。
74. 人間は、独自の生命よりも、創造に優位を認めるのでなければ、何を怠り、何と分離しているのかを、全く予感しない。
75. 予言者を見習うことの本質は、人間が自分の生命を、創造の義務に置くことにのみある。
76. 愛の生命表現は、愛そのものである。
77. 世界の悪に対する反対勢力は、霊の生命である。
78. 創造は、決して暴力を持って何かの事物を攻撃しないであろう。
79. 創造の神聖さは、人間の零落と共に深まることはないだろう。
80. 人間の弱さに注意してはならない。何故なら彼は、一度に成熟しないからである。
81. ただ数多くの死と、数多くの生まれ変わりが、数多くの成熟を確証する。          
82. 創造は、人間に創造の心の一部を与えた。
83. 愛の種は、創造の法則である。
84. 人間の思考が創造に届くなら、それは無限の宇宙にも届く。
85. 創造を記録する者は、彼らの内に住むものを記録する。
86. 創造によって喜ぶ努力をすればするほど、益々彼は欲が少なくなる。
87. 人間が話そうとする時、全ての人間がその話全体を後押しするなら、物笑いであろう。
88. 人間は創造の中に生きる時、良心を創造の中に持つ。
89. 創造は、人間の生命の道を深みから高みまで照らす。知者はどの様に振る舞うべきか、全ての段階を正確に知っている。
90. 人間は良い日にも悪い日にも、いつも喜ぶべき良き理由を持つ。何故なら創造がいつも彼の側に居るからだ。
91. 世界を憎しみの目ではなく、愛の目を持ち、創造の評価の中で見よう。
92. 人間は真理のために努力して生きる時に、初めて満足するだろう。
93. 生命を持って生命を真面目に考える者は、真理をも体験するだろう。
94. 創造の道を歩まぬ者は、自分自身を罰する。
95. 創造の道に自己を導力せる者は、全てが彼に最善をもたらす。
96. 創造は、人間の富であり、生命である。
97. 創造の道を歩まぬ者は、益々誤謬と偽りに陥り、自らに裁きと刑罰を与える。
98. 人間は、自分で自分の運命を決定する。  
99. 創造を愛する者に、愛は最善をもたらす。
100. 創造に順じる者は、創造の愛によって自由になる。
101. 創造が、それ自体何であるのか、虫が人間が何であるのかを知る程に、人間は知らない。
102. 人間は、人間を尊敬と畏敬の念を持って留意すべきであるが、信奉したり、崇拝したりしてはいけない。
103. 人間は、隣人と、全ての産物と、被造物を留意し、尊敬すべきだ。どんな生命も害することが無いように。
104. 人間は、あらゆる生物と被造物に尊敬と畏敬の意を表わさなければならない。特に全ての生物に対して。
105. 創造は、戦争も、憎しみも、復讐も知らない。人間も創造と同じように在るべきだ。
106. どんな種類のものであろうと、全ての生物に対して、尊敬と畏敬の念を持つよう留意し、行使すべきである。
107. 貴方の隣人を、自分自身のように留意し、尊敬し、愛し、畏敬の念を持て。
108. 人間が自ら、戦争、憎しみ、復讐、あらゆる害悪に対する不正を起こすのである。何故なら創造は、その様な法則と掟を決して公布しないからである。
109. 核を形成する力、人間を導き生かす力は、創造とその真理である。
110. 創造の真理は、全人類の生命を導く核心である。
111. 真理の核が無ければ、真理は決して勝利出来ないであろう。
112. 人間は真理を知り。真理の中に生きなければならない。この原則を疑う者は、何も遂行することは出来ない。
113. 真理はどんな光よりも明るい;偽りは闇よりも暗い。
114. 真理と愛は、創造の生命である。人間はそれを簡単に考えてはいけない。
115. 真理は、愛が愛を生むように、真理を生む。
116. 真理を知り、それに従うように、人は真理を認識する。
117. 創造的なものは、あらゆる公正な事柄の中に在る。
118. 偽りの病に対し、人は特に安全対策を講じなければならない。何故ならそれは、危険な伝染病であるからだ。
119. 創造は至る所に在り。どんな人間も、生命も、それを恐れる必要は無い。
120. 信仰によって、まだ一人も創造を見出したことは無い。
121. 創造は、それを知る者と共にいる。
122. 信仰とは、人間が自分の人生を宝クジに賭けるのようなものである。
123. 聖人と話し合うより、創造について知る方が良い。
124. 創造のレールに留まれば、安全に走る。
125. 創造は、上着が人間に密着しているよりも、もっと生命に近い。
126. 創造が支配する時、人間は全ての不幸を克服する。
127. ロバは耳で識別するが、人はその言葉で識別する。
128. 私は自分の知るように、認識する。
129. 普遍的なものは、あらゆる創造的な物事の中に在る。
130. 不品行な者は、裏切り者でもある。
131. 人間は自分で。剌とアザミで一杯の庭にする。
132. 権力は、どんな人間をも悪人にする。
133. 権力者は、たとえ影響があるだけでも、いつも悪である。
134. 信者は灰から逃れ、火に落ちる。
135. 真理はワインの中でなく、知識の中に在る。
136. 人間は年を取り老いるが、決してその怒りは老いない。
137.  誤謬の中に真理があればある程、それは危険である。
138. 最初の避難所は、いつも自分自身である。
139. 事物の本来の目的に着眼する者が、賢者である。
140. 問題を確かめるまで、話すべきではない。
141. 愚者のみが、カラスのように全く何にもならないことの為に、鳴く。
142. 知恵者は愚者と同じく死の暴威にはまるが、前者は知恵を持ち、後者は狂気の沙汰になる。
143. 結び付ける多くの絆があるのは周知のことであるが、愛の絆が最も強いものである。
144. 人間の感覚が、感覚の対象に執着すると、彼は捕われる。
145. 知恵者の権威は知識である;愚者の権威は、程度の低い行いである。
146. 臆病に没頭する愚かな人間は、無気力に悲嘆と弱さの中に沈む。超過積量の船が水に沈むように。
147. 悟性の行いは、最良である。
148. 単純な者は、真理を回避することによって倒れ、沈む。
149. 無知な者は、雨でびっしょり濡れたムシロのようだ。
150. 何れの水域も、水流によって浄化され、いずれの無知者も、知識によって浄化される。
151. 人間にとって知恵者は、真理の根である。
152. 知恵は、知識を広く開かれた門にしたことを知るが良い。
153. 死が死滅の時を準備したなら、全ての薬も何の役に立とう!
154. 臆病者は、絶えず自ら苦境に陥る。
155. 生じた事柄は、直ぐに消えてしまう。闇は、太陽が昇ると消滅してしまうように。
156. どんな享楽も、塩辛い飲物が喉の渇きを生むように、次の享楽によって募る。
157. 人間は金持ちになると王権を求め、直に創造の権威を求める。
158. 或る者の助言が、助言を求める者の意図に、又或る者の意図が、助言を求める者の祝福に通じているなら、その者は地上で真の人間である。
159. 権力又は財産のようなものも、想像するべきではない。
160. 或る者は輿を担ぎ、或る者はその中に乗って旅をする。このように人間の報酬には相違がある。
161. 不義な富を諦める者は、卑しめられない。
162. 人間であっても、人間であることは難しいものである。
163. 狼の住む森を切り倒してはいけない。狼が森から出てこないためである。
164. 救いを求めるなら、感覚的対象を避けよ。
165. 愚者の教授は、知恵者すら絶望させる。
166. 死んだ者、無くしたもの、過去の事柄に悲しむ者は、悲しみから又新しい悲しみを生み出し、二度害を被る。
167. あらゆる快楽の喜びは、欲望の消滅に吋する喜びの前では。無の中に消える。
168. 真理の在る所には幸福が在る;幸福が在る所には知識も在る;知識が在る所には権利がある;権利が在る所には勝利が在る。
169. 善であれ、悪であれ行動を起こす時、人はこの行いを意識によって制御するのであって、肉体によってそうするのではない。だから決して肉体が責任を問われたり、処罰される事は出来ない。
170. 従って、その弁明を求めるのが可能であるが、それが為されない場合、行いに対して責任ある意識にのみ、弁明が求められるのが論理的である。
171. なるほど肉体が行いを行使するのであるが、意識の命令によるだけで、決して自分自身からそうするのではない。
172. 霊の教えの認識も無いのに横柄である者、貧しくて高慢な者、仕事もせずに富を得ようとする者は、愚者である。
173. 此の世は無常である。それなのに何故人間は、悲嘆に暮れるのであろうか?
174. 7つの事柄が人間に輝きを与える;即ち、悟性、愛、認識、霊の教え、少ない話、自己制御、勇気、感謝である。
175. 他人と分かつことをせず、邪悪な考えを持ち、感謝せず、恥も無く、真理に未知なる者は、最低な人間であり、避けられねばならない。
176. 無知な者は、いつも偽り、不自然で、愛を勝ち取るのが困難で、邪悪な陰謀を持ち、彼らの友情は直ぐに消える。
177. 世界中の不義者は、親切に扱われてもいつも不実である。友達が苦境に陥っても、彼のことを知ろうともしない。
178. 平凡な人間が重要な人間によって、何かの方法で何かを頼まれると、彼らは自らを重要で有名な人間だと思う。一方で彼らは、重要な人間を平凡な人間だと見なす。
179. 善人は決して悪人の仲間になら無い。何故なら枯れた木が新鮮なものと一緒に燃やされるように。もし善人が悪人と協同して行うなら、善人は同じ罰を受けるからである。
180. 理解出来ない事柄を、人間は決して伝えてはいけない。たとえ自分の目で見たとしてもそうである;即ち人間が水の上を歩くとか、ロバが歌を歌うと力盾うような事を。
181. 悪人は皆二枚舌をしており、どんな手段を用いても払い除けられない、剌のある言葉を吐く。
182. ブツブツ文句を言ったり、喧嘩好きであったり、不正直で粗暴である者は、直ぐに大きな苦境に陥る。何故なら悪が復讐するからである。
183. ブツブツ言うつぶやきは直ぐに苦境をもたらし、侮辱する言葉は、あらゆる幸福の破壊である;不従順、手抜かり、自己賞賛は、知識の3つの敵である。
184. 尊敬すべき価値のあるものを辛抱強く尊び、誤たず老人に従え。偽善なく創造を崇拝し、非の打ち所の無い人生を努力して求めよ。
185. 有利な前兆が重要である愚かな人々からは、苦境の時になると幸福が逃げていく。
186. 人間は自分に自惚れてはいけない。何故なら貴方は、最高のあらゆる恐怖であるからだ。
187. 昼は日没で終わり、夜は日の出の光の出現で終わる;喜びの終わりはいつも悲しみであり、悲しみの終わりはいつも喜びである。
188. あらゆる被造物の愛護、感覚の清さと抑制、真実であること、気前の良さ、盗まないこと、同感、寛容、自己制御は、誰もが行使し、常としなければならない義務である。
189. 奇妙なことに、世の中の享楽に対する渇きに終わりは無い。最も善良な人間でさえ、それに捕われる。彼らは、不正、屈辱、恥辱をはばからない。
190. 過ぎ行く地球の夜と昼を、全ての被造物は消し尽くす;水が太陽光線を吸収するように。
191. 人間の素性は、悪の原因に関係が無い。
192. 幸福な者は、気に入る者の嘆きの話に耳を傾けない者である。
193. 天に向けて身を起こすか、世界の果てを行け。貴方の生命の実は決して貴方を去らない。決して陰が貴方を離れないように。
194. 誹誇されても誹誇してはならない;忍耐する者の意志は、誹誇する者を焦がす。誹誇された者は、良き仕事に参与する。
195. 誹誇と酷い悪口によって、悪人は知恵者を傷つける;誹膀する者は、誹誇される者の負担を受け取り、忍耐強く耐えた者は、その負担から免れる。
196. 悪人はシロアリから、又はシロアリは悪人から、両者は、他人の家を蝕む以外に何もしない事を学んだのであろうか?
197. どんな人間も、自分の為に定められた状態が訪れる;彼はそれを追い求めなければならず、決して自分の方向を変えることは出来ない。
198. 自分自身に関して軽率でない者は、他人に関しても気を付ける;この理由から、軽率な者は全ての事柄を水泡に帰す。
199. 人間は、意識、プシケ、感覚を抑制するように。自分自身によって自分を捜し求めよ。即ち誰もが自分自身の友であり、独自の敵でもある。
200. 人間は、自ら自己の悲しみを定め、自ら自己の喜びを定めた。母体の中にいるその瞬間から。
201. 十分に熟考した後で行動することを習慣にした者に、自ら招いた禍が襲うことは稀である。
202. 絶えず自分自身を訴え、決して他人を訴えてはならない。何故なら貴方自身の人生は過ぎ去るものであるからだ。
203. 第一に、敵としての自己に勝利する者は、無駄に勝利のために努力しない。
204. プシケは貴方の舌であり、プシケは貴方の避難所でもある;だから貴方独自のプシケを過小評価してはならない。何故ならそれは、いつも貴方の最善の証人であるからだ。
205. 他人を叱責することによって、自己をその者より高く評価するのではなく、独自の利点によって、一般の人々より高く評価する努力をせよ。
206. 独自のプシケが、貴方の最善の友であり、独自のプシケが貴方の最大の敵である;独自のプシケは、いつも貴方が行ったこと、差し控えたことの証人である。
207. 日々、然るべき方法で、ほんの僅かでも受け取る者は、半月から満月に成るように成長する。
208. 賢い人間は。自分の実を獲得する為に行動する;彼は実の付いた枝を下げ、熟した実を順々に摘む。
209. 幸福を重要とする者は、自分の運命をうまく鋳造する者であり、
210. 中庸は最高の徳であり、寛容は最大の権威である。霊の知識は最高の知識である。真理より高いものは無い。
211. あらゆる被造物において、中庸が最高の徳であるから、知恵者は悲しむべき人間を中庸で護り、厳しさで護るべきではない。
212. 仕事を始める者は、独自の仕事を決して放棄してはならない。何故なら活動の情勢は、独自の定められた運命と同じく、人間の仕事にも依存するからである
213. 健康は最高の歓喜である。堅い意志と知識も幸福である;しかし真理と愛の享受無しには、全てが無意味だ。
214. 実直さから、はにかむ人間は、悪い考えを持つ人間に苛められる。何故なら彼は、実直な人間を弱者と見なすからである。
215. 知恵者は、名誉ある行いに好意を見出す。行いを完成させ、幸福をもたらし、役に立つものを誹膀しない。
216. 希望の奴隷である者は、あらゆる人間の奴隷である。しかし希望を隷属させた者は、全世界を支える。
217. 人間は自ら定めるように。そのような希望、意図、意見、観念、仲間が与えられるものである。
218. 敵が民を楯にとると権威を増す。権力を得ると腐敗をもたらす。
219. 真理の光が初めから輝かなかったら、全世界は厚い闇であろう。
220. 官能を引き連れていく官能の対象に溺れるなら、馬の御者のように官能を拘束する努力をするべきである。
221. 官能を拘束するとは、努力する以上のことを意味する;しかし余りにも自由な走行を許すなら、知恵者自らも堕落しうるであろう。
222. 官能に耽る者は、必ず損害を受ける;しかしそれを制御する者は、目的に至る。
223. 有用や徳の領域で、何か大きな事を目指して努力する者は、自分の官能を拘束せよ;拘束された官能により、洞察がまきから火が起こるように成長する。
224. 貴方がたが賜物により人間を尊っぶなら、人々が貴方がたに望みの賜物を授けるであろう。しかし彼らに何も提供しないで、彼らから貰った享楽を味わう者は、泥棒である。
225. 地球人よ、活動、巧みさ、自己制御、満足、用心深さ、記憶、十分な熟考の後、仕事に取り掛かる事は、成功の根底である。
226. 行いの人は、言葉の人を凌ぐ。
227. 邪悪な人間は、頬が裂けるまで長々としゃべる;しかし詩人のみが、真に詩人の努力を知る。
228. 努力しないで何かの事柄が実現することは無い;焼かれた鳩が、人間の口に飛び込んでくることも無い。
229. 偽りを話す人間を、人は蛇のように恐れる;その反対に、真理は全ての絶頂であり、根本である。
230. 狂気の者、愚者、嘘付き、大酒呑み、中毒者、不義者を悲しむ者は誰もいない。
231. 公正な人間は、自分に課された任務によって、好意に対するお返しの義務を感じる。
232. 何回も種が蒔かれるだけで、新しい栄養分の与えられない畑は、消耗する。
233. 徳からは、有益なものと同時に快適さも生じる。
234. 誰をも公然と見詰め、目でその人を飲み干すような率直な人間に、人々は引き付けられる。そのような人間は、一言もしゃべらないであろう。
235. 昔の知恵者は、いつも真理を高く尊重した。此の世で真理を話す者は、後の生まれ変わりで高い尊敬を受ける。
236. 人は一人で世界を護り、人は一人で種族を護り、人は一人で地獄に行き、人は一人で、天国で尊ばれる。
237. 人間は一人で生まれ、一人で死に、善と悪の行いに対する報酬を一人で受ける。
238. 火は不注意に近づく者だけをヤケドさせる;しかし不義者の憎しみの火は、全種族と民を焦がす。
239. 100人の人間が、一人の人間を先に立ち行かせることによって生きる;この者がいなければ彼らはゼロに等しい。その前に1も無い。
240. 義人が愚者に屈するなら、彼も堕落した人間である。
241. 行いがいつまでも報いられずにおらず、他人が、彼に対してするよりもっと多くを為す者だけが、完ぺきな人間である。
242. あらゆる酪酎のうちで、権力陶酔が最悪である;権力陶酔に酔う者は、倒れるまで目覚めない。
243. 決して支配する者と結束してはならない;彼らが行くと名声は消え。彼らが来ると自由と財産が消える。
244. 壁に向かって投げたボールが再び跳ね返されるように、他人に与えたものは、自分に戻ってくる。
245. 思考、言葉、行いを持って、絶えず正義を行う努力をせよ;しかし幸福に導かれないことや、人間に厭われる事は、それが正しくとも行ってはいけない。
246. だから人間は善を行うべきである;彼は絶えず、思考、言葉、行いに心を奪われるからである。
247. 父の独自の働きが原因で子供の誕生が現われるように、知恵者も、創造の真理が知識と成る原因である。
248. 真理の空間に足を踏み入れた者は、良い働きを達成しなければならない。
249. 創造無き者は。風に吹き飛ばされる籾殻のようだ。
250. 悟性のある人間は多くの事柄を始める。それらは根を持ち、大きな実を結ぶ。
251. 堅い意志を船にし、全ての水と岩礁を渡らせよ。
252. 要件を、創造の法に従って評価する知恵者の所には、大海に流れ込む河のように、忠告を求める人々が押し寄せる。
253. 心に抱く願望が成就されると、新しい願望である貪欲が、矢のように彼の内に押し入る。
254. 怒り、欲望、眩惑を離し、貴方が何であるかを知るために、貴方のプシケを眺め見よ。
255. 怒り、欲望、偽善、高慢を完全に克服することを心得ている者は、全地を所有するであろう。
256. 願望に溺れる者は、願望と共に滅びる;願望を諦める者は、全ての塵を自分から払い落す。
257. 欲張り、高慢、恐れ、誇り、不安は、富から生じる人間の悲しみである。
258. 全能の時は人間を成熟させ、全能の時は、人間の生命を突然奪い去る。全能の時は、人が眠っている時も目覚めている。どんな人間も全能の時を免れることは出来ない。
259. 時を無駄に消費してはいけない。何故なら生命は、毎日毎日消え行くからだ。
260. 時は平らにし、最後に時は全てを平等にする。
261. 正しい時に中庸で、正しい時に厳格である者は、全ての事柄を実現させ、敵の師匠にも成る。
262. 定められている状態も、時によって変化し、独自の問題も皆状況に従う;洞察に満ちた者は自分の問題を知る。そして全ての人間が洞察に満ちた者に従う。
263. 大いなる知恵を持つ人間は、全世界が既に彼を讃えて言及しているのに、何のために、自分の優れているものについて話すことがあろうか;ただ価値の無い者だけが、自分の利点を語る。誰もそれについて語らないからである。
264. どうして悪で狂った人間が、善悪の区別が出来よう;火種の付け木にとって、草茎は森と同じだ。
265. 悪い友と交際してはいけない。彼の友情は絶えず揺れ動くからである。
266. 悪い友や親戚は、財産状態が思わしくなくなるや否や、軽視の態度を取る。
267. 目の見える人ですら、光無しには何も認知しない。
268. 人は罪を犯すと、後悔することによって、この罪から逃れる;どんな欲望の罪をも抑える人は清くなる。
269. 真理の宝は人間の根である。
270. 悪人は不幸が遣ってくると、いつも娯楽を探す。
271. 為すべきことの最後に、陳腐で誘惑的な感覚的対象が人の心をうばうなら、彼は捕われの人となる。
272. 霊の教えを信頼しない者が、どうして長所と欠県を区別出来よう。
273. 裏切り者は、百の長所を持つ者にも欠点だけをみる。雄ブタがぬかるみの中で、ただ汚物を掻き回すように。
274. 多くの長所を持つ人間は、目の大きさが鏡の中で初めて判るように、独自の本質をまず他人によって知る。
275. 多くの長所を持つ人間すら、長所を正当に評価してくれる人が誰もいなければ、見捨てられた人である。
276. 人間は利点を考慮すべきである。何故なら、利点によって容易に達成出来ないものは無いからである。
277. 長所を持つ貧者は、長所の無い主君より価値がある。
278. 人は、悪い教師を、悪い友のように避けるべきである。
279. 知恵者に何か悪いことを言ったり、非難したりする所では、耳を塞ぎ逃げるべきである。
280. 動かないものは、動くものに喰い尽くされる。
281. 牙の無い動物は、牙のある動物に襲われ引き裂かれる。
282. 臆病は、勇気のある者に克服され、理性の無い本質は、理性のある本質に克服される。
283. 誤った感覚や志望を持つ人間は隠れていて、あちこちに姿を現わすやいなや、他人の隙を狙う。
284. 父は、生む者、語る者、教師、養育者、苦境と危険からの救い手である。
285. 老齢は美を、欲望は思慮を、死は生命の霊を、ブツブツ文句を言う者は義務履行を、愛は恥を、不義を行う勤めは品行を、怒りは優美を、誇りと賞賛は-全てを奪う。
286. 悪人の友情は、水の中のひとはけのようだ。
287. 悟性が、不幸の中でも明るく光輝く者は、賢い。
288. 美しい衣装は社交場で役割を演ずる。たとえ彼の悟性が僅かであっても。
289. 徳に欠ける者は、生きていても死んだ者である。
290. だから地上の知恵者は、生命をかけて真理を語る。世界中には真理より高い義務は無いからである。
291. 幸せを問題にする者は、血縁者と争うべきではない。
292. 血縁者は、地上であらゆる危険を乗り越えさせてくれるが、貴方を最も深い奈落の底に突き落す。
293. 血縁者は喜ぶ時、貴方を幸福に導いてくれる;しかし喜ばない時は、貴方を奈落に落す。
294. 知識のある所には幸福がある;真理がある所には喜びがある。知恵者がいる所は心地が良い。
295. 妻と夫のように、家の中には健康がある。
296. 善人のところでは、知識は、誇り、狂気、他の悪徳を破裳する。
297. 生徒は忍耐強くあり、教師の言葉に違反してはいけない。
298. 知恵者の間では、知恵者が尊ばれる。
299. 不義者の間では、愛は決して真理の保証とならない。
300. 知識や真理を楽しむ知恵者は、どんな存在とも敵にならずに生きる。あの世にも此の世にも、再び生まれ変わる事にも恐れを知らない。
301. 人は美徳に欠けるなら、上役ですら尊ばない。しかし自分の義務を知り、果たし、良い振舞をする乞食を、自ずと尊ぶ。
302. 人間は絶えず最高の真理を考え、無常の富を考えるのを避けるべきである。
303. 病気に見舞われた人、絶えず苦境の中にある不幸な人間にとって、真理に匹敵する薬は無い。
304. 真の友情は、隣人の為になるそれである。
305. 真の賢さは、悪を行わないそれである。
306. 真の義は、偽善無しに行われるそれである。
307. 善人は、世の禍を嘆くのを常とする。
308. 暴力や鋭い武器では征服されない人も、善には征服される。
309. 欲望は人間の罪によって取り去られない。それは悪が果てた時に初めて消滅する。
310. 賢い人間は、問題が彼に関して起こるべきではなかった時、その問題に参与しないことを嘆いたりしない。
311. 良い仲間を得たい時、徐々に、不断に、美徳を集めるべきである。
312. 美徳を伴侶とする時、人は簡単に、厳しい闇を通り抜ける。
313. 真理は、義によって栄える。
314. 運命が形造られるように、そのような洞察、進取の気性、精神、人生、仲間が、人間に与えられる。
315. 独自の、他人の、知識人の、敵の、不義者の、無教育者である人々を引き付けることの出来る話は、社交に相応しい。
316. 塵に覆われた地面でも、見知らぬ人の家よりましである。
317. 自分の半分の穀物と、自分の汁気の無い果物でも、他人のパンよりましである。
318. 不義者、ぞんざいな人間、惜しむ人、高慢な人、誇り偽る人間には、不幸な時に誰も助けに駆けつけない。
319. 知恵者は真理を、善人は他人の幸福を、悪人は他人の不幸を喜ぶ。
320. 真理を認識した者にとって、天は一本の麦藁である。
321. 大困難な時に、人は友と敵を識別する。
322. 恐れと生命に対する愛から、人間は謙虚であるのが常である。
323. 人間は進化の為の、創造の最初の被造物である。
324. 貴方の中に、私の内に、他の全ての中には、唯一つの創造がある。
325. 貴方の中にある全ての人を見詰め、全ての人の中にある貴方を見詰め、至る所で相違を見るのを止めよ。
326. いつ真理に向かおうと、真理はいつも創造である。
327. 貧困は賢さにより、粗末な衣装は清潔さにより、醜さは善良な気質により、埋め合わせられる。
328. 聖油を塗って清めることではなく、入浴が清さをもたらす。腕輪ではなく天分が手を飾るように。
329. 夜、快適に眠るためには、心配は昼間の内にしておくが良い。
330. ランプは闇を食べ、煤を出す。
331. 人間は地獄の大いなる苦悩を話すが、無知としての大きな悲しみは与えられていない。
332. 悪人が自らそうなることを望むのでなければ、地上には邪悪な人間を善人にする手段は何も無い。
333. 死は強者も弱者も奪う。勇気のある者も臆病な者も、知恵者も愚者も、まだ全ての願望を果たしていない人も。
334. 一つの飢きんから他の飢きんに、一つの悲しみから別の悲しみに、一つの危険から他の危険に、一つの死から他の死に、愚者や不義者は陥る。
335. 悪い証によって人は清くなるのではない。汚れた水で洗った衣が清くならないのと同じである。
336. 柔らかくも無く、硬くも無く、鋭くもないのが愛である。しかしながら愛は全てを勝利する。
337. 血縁者は火付け木のようだ。それらは別れると煙り、燃え上がる。
338. 生来、誰も他人の友であり、敵でもないのである;偏見のみが友や敵を作るのである。
339. 真の人は享楽に執着しない。享楽は悲しみであるからだ。
340. まず十分熟考して行動すれば、幸福は手中にある。
341. 強者は、弱い敵でも軽視してはいけない。何故なら小さな火も燃え、僅かの毒も害をもたらすからだ。
342. 悪業者、残唐人、他の不義者が、支配と権力を獲得すると、根を切り取られた木のように、それらは長く続かない。
343. 人は大地のように、広がる苦しみを嘆いてはならず、あらゆる手段を用いてそれを回避するよう努力せよ。
344. 決して人は、不義者を護ることは出来ない。
345. 願望が達成されても人はまだ満足しない。その反対である;火が新たに加えられた木により燃えるように、願望が満たされる事によって、新たな願望が燃え上がるものである。
346. 卓越した方法に従って、悲しみの泥沼に沈む惨めな人間を苦しみから救う人より以上の、優れた人間はいない。
347. 例えば、お金を与えるように自ら献身せよとは、どんな法則も掟も要求していない。
348. 貧者は金持ちの、無知な者は知識者の友ではない;臆病者は勇敢な者の、不義者は学識者の友ではない。
349. 寄付や断食によって人間は金持ちに成るのではなく、真理によってのみ富を得る。
350. 自ら定めた運命を誰も逃れることは出来ない。だから運命に対する全ての行いも無益である。
351. どんな方法によっても、一代で邪悪な人間から善人になることはない。レモンの木の根に牛乳や砂糖やバターを注いでも、決して甘い実はならない。
352. 実りの多い木や徳のある人間は、頭をたらす;愚者は頭を垂れず、乾いたまきのように折らせる。
353. 誰も中庸や暴力で死を撃退することは出来ない。真理のみがそれをすることが出来る。何故ならそれは不死であるからだ。
354. 言葉で実行することは難しくない。
355. 賢者は、富を浪費する主人に仕えない。
356. 病気も死も、良い業が成就されるのを待ってくれない。
357. 逃げようと戦おうと、生命は定められただけ続く。人間が望むだけ続くのではない。
358. 義人は被造物を傷つけない、親切に振る舞い、その生命のために誰とも敵にならず生きる。
359. 生まれ出た被造物にとって、過ごした夜、週、月、年は戻ってこない。
360. 悪い生活を送ってはならず、中傷してはならず、卑怯に耽ってはならず、高慢であってはならず、決して友を裏切ってはならない。  
361. 克己して欲望を抑えない者は、喜びを得ない;克己して欲望を抑えない者は、最高のものを見出さない;克服して欲望を抑えない者は、恐れも不安も無く眠ることは無い。
362. 地上のどんな人間も、運命に逆らえない。だから死者の運命を悲しむ資格は無い。
363. 無役、無功労、不名誉が、過去を嘆く者に与えられる。
364. 人生を過去のために捧げても、過去は決して戻ってこない。
365. 世の中の事柄を認識した人は、涙を流さない。
366. 全てを正しく見、認識する者にとって、涙を流すことは無い。
367. 霊の教えを知らない者は、真理の友ではない。
368. 仕事をする時はいつでも、これを悪く行ってはいけない。
369. うまく抜けなかった剌は、長い間化膿させる。
370. 真理より高い徳は無い。嘘より悪い罪は無い。
371. 真理は霊の教えであり、法則である故、決してそれを傷付けてはならない。
372. 死は、生成と死滅における罪の復讐ではない。何故なら、創造は人間に永遠の生命を与えたからだ。
373. 創造を見つけるまで、求めよ。
374. 創造が近くにあるかぎり、それに呼び求めよ。
375. 霊の教えを聞き、それについて知る者は、存在への途上にある。
376. 創造の知識の中に生きる者は、死から生命にと貫いた者である。
377. 生と死は、創造により人間に置かれたのである。しかしながら祝福と呪いは、法則と掟に従い、人間自身によって提示されたものである;だから人間は、真理に生きるように人生を選択すべきである。
378. 創造は道であり、真理であり、生命である。
379. 誰も、創造と創造の真理を通して、創造に至らない者は無い。
380. 創造は、創造を知る者が全て失われず、永遠の生命を獲得するようにと愛を与えている。
381. 創造の愛ほどの大いなる救いを軽視するなら、人間はどうして禍から逃れ得よう!
382. 予言者や知恵者は、世を裁くためではなく、彼らの真理の教えによって、人々が救われる為に世に送られたのである。
383. 創造のシンボルは愛である。
384. 創造の真理を知る者は、不真面目にならない。
385. 創造の真理を知る者は、失われない。
386. 全世界を得ても生命が失われるなら、何が彼を幼けよう!
387. 人間は羊のように誤謬に入る。しかし道を求めさえすれば、誰でもそれを見出すことが出来る。
388. 創造は、愛によつて平和にする。
389. 創造は、貴方がたに平和を与えようとしていることを知れ。
390. 創造ではなく、人間のみが罪を負うのである。
391. 創造の真理は、それが悪の業を破壊するようにと与えられているのでもある。
392. 人間は自分で罪を担い、それと共に自分の肉体と生命を苦しめるのである。
393. 見よ、創造が貴方の前に立ち、絶えず貴方の前を行く。
400. 創造は、絶えず愛において、人間のために用意している.
401. 喜べ、創造の御名が全宇宙に書かれ、聞かれる。
402. 人間は知識により公正になると、創造との平和を獲得する。
403. 恩寵から人間は生命を獲得するのではなく、真理、知識、愛による。
404. 誰も自慢してはいけない.何故なら、全ての賜物は創造によるからだ。
405. どんな小さな、又は大きな賜物に対しても、創造に感謝せよ。
406. 貴方がた全ての者は、創造の知識により創造の子供である。
407. 貴方がたは創造の真理を知るなら、永遠の生命を持つことを知る。
408. 創造の後を追え。そうすれば貴方がたは自らを真理にするだろう。
409. 創造について行こうとする者は、真理を認識し、それに従え。
410. 嘆かず、生きよ。
411. 全世界に出て行き、全被造物に、その真理を述べ伝えよ。
412. 見よ、地球人よ、創造は世の終わりまで貴方の側にいる。
413. 創造無しに、人間は何も出来ない。
414. 貴方がたの善なる灯火を至る所に照らせよ。そうして貴方がたの良き業が、至る所で見られる為である。
415. 良き光の中を歩むなら、貴方がたは互いに良き仲間を持つ。
416. どんな罪からも身を清め、互いに愛の中に生きよ。
417. 生命のためになる全てのものを、人間は創造により贈られて、得る。
418. 創造の御名を恥じる者は、真理をも恥じる。
419. 創造は全ての人にとって、友であり生命である。
420. 真理を広める者は、真理を食べて栄養を取るべきである。
421. 人間は創造を恐れるなかれ。何故なら、創造が何かを人間にするとでもいうのだろうか!
422. 悟性だけでなく、創造を信頼せよ。
423. 全ての途上で創造を想起せよ。
424. 貴方がたの全ての心配を投げ出し、創造と共に生き、創造の中に生きよ。
425. 真理の言葉を、豊かに貴方がたの全知恵の中に住まわめよ。
426. 貴方がたが知るために、真理の言葉が書かれた。
427. 真理の言葉を喜んで貴方がたの内に受け入れ、貴方がたの中で、又真理の教えの書で、日々探求せよ。
428. 知る者に、愛の富は増す。
429. 粗野な話を導く者は、被造物に恐怖を吹き込む。例え彼が寛大であっても。
430. 愛は永遠に生きる。しかし悲しみは束の間である。
431. 知恵の最後の結論は、存在である。
432. 合法的に富を獲得する事、これを増やし護ること、相応しい者に公正に適度に与える事、これが法則と掟である。
433. 7つの特徴で、人は真の人間を認識する;彼は品位を与え、長所に対する感覚を持ち、環境を享受し、教本を識別し、愛を行使し、知識を集め、真理に従って生きる。
434. 悪を行い、悪い評判の人は、皆邪悪な報酬を求めて生きている。
435. 絶えず邪悪を行うことは、あらゆる洞察を奪う;奪われた洞察は、ただ悪を生むだけだ。
436. 賢い人間は、危険な瞬間に目覚める。
437. 創造に似せた生命を送らずに、人は創造を認識出来ない。
438. 溢れるばかりの生命とは、創造をより完全に認識することである。
439. 人間は、創造が定めたことをせずに、溢れる生命に満たされることは無い。
440. 無知によらず、疑いによらず、真理によりて人間は創造に入り行く。
441. そうして人間は、創造に入り行く喜びを持つように、開かれた感覚を持ち、完全な知識と真理と愛において、創造に赴かせよ。
442. 真理は、あらゆる罪から清くする。
443. 自らに罪が無いように語る者は、そもそも自己を偽り者にする者である。
444. 光の中を歩むことは、日々創造にある意識を持って現実を歩むことである。
445. 創造は光である。創造の中には闇が無い。
446. 創造の光の中を歩む者は、創造の真理により清くされる。
447. 罪は、創造との連帯を妨げるが、罪を認め、除去することは、連帯を再び確立する。
448. 真に霊的な生活とは、日々告白し、創造の光の中を歩むことである。
449. 創造は、誰にも溢れる生命を提供する。
450. 人間が、創造の法則と掟に対して不従順であるなら、彼は罪の闇の中を歩く。
451. 罪とは、人間にとって、創造との連帯が破れたことを意味する。
452. 隣人と全ての被造物を愛することが、人間の掟である。それをする者は、光の中を歩む。
453. 人間は互いに愛する時、彼らは創造の現実の中を歩む。
454. 人間は、物質的なものだけを愛するなら、創造の愛を味わうことは出来ない。
455. 滅びるのは人間であり、創造ではない。
456. だから人間は創造の子と呼ばれる。人間は生まれ変わることにより、創造の性質を預かるからである。
457. 人間は、創造の家族の中に生まれ出でた。だから人間は、創造の家族の中に生まれ出でた全ての人を愛するべきである。
458. 創造は、全ての人間に、その法則と掟により、創造の愛に留まるように命じている。
459. 人間は互いに愛し合うなら、創造が彼らの内に住む。創造の愛は、人間において完全である。
460. 人間の愛は、創造の愛に至る歩みである。
461. 知識により、人間は悪に勝利する。
462. 創造より生まれる者は、世を克服する。
463. 創造の勝利は、世界を克服する。
464. 溢れる生命は、創造に対する愛を意味する。
465. 創造は、決して復讐や刑罰ではなく、愛のみを知る。
466. 人間よ、誤ることなかれ。何故なら創造は、創造を嘲弄させないからである;だから人間は、自分の蒔いた種を独自の力により収穫するのである。
467. 人間は、創造に感謝し、その全ての奇跡を伝えるべきである。
468. 人間の知識は、勝利である。
469. 人間よ、貴方の中にある創造を、決して忘れてはならない。
470. 聞く耳を持つ者は、創造の真理を聞けよ。
471. 人間は、勝利に満ちた征服者の人生を送ることが許される。何故なら、創造が愛の中に作用し、生きているからである。
472. 創造が天地神明に誓うように、全世界は、創造の壮麗に満ちるべきである。
473. 創造は、嘘を付く人間ではないし、何かを後悔する人の子でもない。
474. 創造は、貴方の創造であり、決して尽きない火であり、光である。
475. 法則と掟の書を決して軽視せず、それを昼も夜も考察せよ。その中に書かれていることに従って、全ての事柄を守り、行え。
476. 法則と掟の書に従って生きるなら、まもなく貴方の行う全てにおいて、万事が成功するだろう。そして貴方は、知恵を持って行動することが出来るようになる。
477. 創造の家の中には、全ての善に欠けるものは無い。
478. 人間は、創造の法則と掟に従って生きるべきである。
479. 人間は愛と平和を保ち、決して不義を行ってはならない。
480. 創造は死ではなく生命を、
   復欝ではなく愛を、嘘でなく真理を要求する。
481. 義人は裁かない;しかし過失者は復讐を求める。
482. 多くの、或いは少しの助けをすることは、創造にとって困難なことではない。
483. 従順は、犠牲と後悔より優れている。
484. 人間は自分の知るように、認識する。
485. 普遍的なものは万物に存在する。
486. 悪徳は、他の悪徳によってもみ消されない。
487. 顔は、全ての悪徳の密告者である。
488. 創造の祝福は、全てにある。
489. 創造の助言の中を歩む者に、幸いあれ。
490. 創造の法則と掟を喜ぶ者に、幸いあれ。
491. 人は他人について、その人の前でも、好ましく無い人だと言ってはならない。
492. 最初の避難所は、いつも自分自身である。
493. 目標物を確かめる前に、それに打ち込んではならない。
494. 森の中のカラスのように、愚者は、何にもならないことのためにガーガー鳴く。
495. 自信の無い人間の知識は、臆病者の手にある武器のようだ。
496. 親切な言葉を掛けることは、決して貧しくしない。
497. 真理の言葉が在る時にのみ、絶えず話すが良い。
498. 真理は、絶えず万事において規範である。
499. 厳しい言葉は、いつも真理の規範である。
500. 真理と義は、厳しく妥協が無いように響く。
501. 真理は、岩石のように堅い。
502. 弱者すら、真理を知る時、嘘に強いられない。
503. 創造は、人間の避難所である。彼はそれを信頼するべきである。
504. 創造は、人間の避難所であり、救いであり、護りである。


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007

第 54 章
1

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。人間は創造により生命を持つ。
 3. 予言者は、真理を認識して語る。
 4. 人間は、真理を理解し、博学になるようにと。

 5. 創造、知恵者、義人の名において。
 6. 予言者の手は衰え、彼も過ぎ行くであろう。
 7. しかし彼の教えの富は、存続するであろう。
 8. 真理の教えは、地上で燃える義の剣と成る。
 9. 真理の教えは、予言者によってそれが認識されたように、創造の法則と掟の教えである。

10. 創造、知恵者、義人の名において。
11. 創造は創造であり、唯一のものである。
12. 創造は、嘆願される全てのものに左右されない。
13. 創造は創造し、自らも創造した。
14. 創造は生むのでもなく、生まされるものでもない。
15. 宇宙には、創造に等しきものは無い。

16. 創造、知恵者、義人の名において。
17. 人間は、生命の創造に避難せよ。
18. 人間が作り出した全ての事柄の禍より、
19. 又それが広がった時、悪の禍より、
20. 偽りと邪教を説き、それを広める人々の禍より、 
21. 彼が嫉妬する時、嫉妬する者の禍より、

22. 創造、知恵者、義人の名において。
23. 人間は、あらゆる被造物の創造に避難せよ。
24. 創造において、創造は人間の創造
25. 創造において、創造は人間の上にある最高の権威である。
26. 忍び寄り、こっそり耳打ちする者の禍の前で。
27. 彼らは、人間的な感覚でこっそり耳打ちする。
28. 彼らは、人間の間における悪人である。

29. 創造、知恵者、義人の名において。
30. まことに創造は、人間に豊かな善を与えた。
31. だから人間は、創造に祈り、創造を讃えよ。
32. まことに創造は、貴方の唯一の友であり、決して敵ではない。

33. 創造、知恵者、義人の名において。
34. 真理を呪う無知な者達よ、知れ。
35. 貴方がたが崇拝する、価値の無いものを崇拝してはならない。
36. 貴方がたは、権利の在るものを崇拝しない。
37. 貴方がたは、唯一真理である創造の真理を崇拝しない。
38. 貴方がたは、まだ実際に創造を崇拝する用意が無い。
39. 無知なるは貴方がたであり、知識は真理である。

40. 創造、知恵者、義人の名において。
41. 創造の助けが訪れ、勝利がやってくる時、真理を考察せよ。
42. 人々が、群れを成して真理の教えに入って行くのを見る時、真理を考慮せよ。
43. それから創造を讃え、創造に許しを請え。
44. まことに創造は、容赦しないのではなく、貴方の方を向くであろう。

45. 創造、知恵者、義人の名において。
46. 冒涜者、中傷者に禍あれ。
47. 富を貪欲に掻き集め、それを山と積む者に禍あれ。
48. 金持ちは、彼らの富を不朽にしたと信じ込む。
49. しかしそうではない。彼らは直に消費の中に投げ飛ばされる。
50. 人間よ、消費とは何かと、どんな知識を貴方は学ぶだろうか?
51. それは呑み尽くす破滅の炎である。
52. 感覚をさしおいて、メラメラと燃え上がる炎である。
53. それは悪人と不義者の上に、アーチ型にかかる。
54. それは高く伸びる柱になるだろう。

55. 創造、知恵者、義人の名において。
56. 創造の真理を偽って呼んでいる者を、見たことは無いだろうか?
57. それは孤児を勘当するものである。
58. そして貧しき者に、食物を拒む者である。  
59. 創造の法則を話すが、それに従わない人に、禍あれ。
60. 祈りを顧慮しない人に、禍あれ。
61. ただ見られたいと思う人々に、禍あれ。
62. 喜捨を拒む者に禍あれ。
63. 彼らは全て自ら罰を生み、その中で消滅するだろう。

64. 創造、知恵者、義人の名において。
65. 貴方がた人間は、世俗的な増大を我勝ちに欲しがる。
66. そして貴方がたは、それによって真理から逸れる。
67. 貴方がたは、そうして墓の中に沈むまで行動する。
68. しかしまことに、貴方がたは直ぐに真理を体験するだろう。
69. いつか他の時に、まことに貴方がたは、直ぐにそれを体験するであろう。
70. まことに貴方がたは、確かな知識を持ってそれを知るだろう。
71. それから貴方がたは、開いた目で地獄を見なければならないだろう。
72. しかし貴方がたは、まだ盲目であるから、地獄を見ない。
73. 確かに貴方がたは、確信した目でそれを見るだろう。
74. しかしその日には、不安と苦境の中で、世の富のために呪うだろう。 

75. 創造、知恵者、義人の名において。
76. 逃走の時はそのようである。
77. 人間はまことに、絶えざる損失の状態にある。 
78. 知識が在り、良い業を行う者以外は。
79. そして互いに真理と忍耐を促す者以外は。

80. 創造、知恵者、義人の名において。
81. まことに人間は、創造に対して忘恩である。
82. まことに人間は、自らこの真理を証明している。
83. 何故なら彼は、所有愛に夢中であるからだ。
84. 彼は物質主義、物質世界に捕われている。


第 55 章

      1
 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 予言者は真理の価値を語る。人間がそれを理解し、教わるように。
 3. 何百万もの人々が信じて祈るが、その祈りの中に何の成果も見ない。
 4. 彼らは成就され得ない願望の満たしを請い願うか、又は、偽りの祈りで、創造に対する全義務を果たしたと思っている。
 5. 彼らは信者であり、知識人ではない。だから彼らは、信じるが知らないので、祈りもそのようにして捧げる。

 6. 予言者が知識ではなく、ただ信仰のみを持っているなら、選ばれた宿命の人には決してなれないであろう。

 7. 創造は、確かに、道、真理、愛、生命として、多くのものに印されている。
 8. しかしほんの僅かの者が創造の道を進み、唯一真実の道に導く真理を積極的に理解する者がほんの僅かであるなら、全てが何の役に立とう?

 9. 創造は、虚しい拍手に満足する俳優ではない。
10. 創造は権威であり、永遠に真剣に満ちている。
11. だから創造は、人間から真面目な活動を求め、虚しい拍手は求めない。

12. 物質が、目に見える意識を表現しないからと言って、それを死んでいるかのように見なしてはならない。
13. 実際には物質は、死んではいない。何故なら、その中には威力的な力が支配しているからだ。
14. 自由意志の結果、片意地に創造から別れたもの、創造無しに独自の力で存続しようとするものだけを、人間は死んだものと表象できる。
15. まことに、なるほど創造の愛によってそれは存続するが、それはただ途方もなく惨めで貧しい。

16. 世界が善を贈られ得るか、どの程度そうされるかは、創造の法則と掟が、どの程度人間の中に愛と成っているかによる。
17. 人間の間に法則と掟が如何に有力であるか、その程度に従い、創造は人間により、戦争や全ての出来事を地上に提供する。
18. しかしながら、世界に起きている事柄が、人間の内的状況の映像であるという事を知り、認識することは、人間にとって酷く困難である。

19. 地球人よ、家を注文し、まだその為の時がある限り、そこに創造を住まわしめよ。

20. 真理に対する無知は、あらゆる害悪の根である。
21. 害悪は個人、民族、国家にとって毒である。
22. 毒は、思考、意識、プシケを混乱させる。
23. しかしこれは、真理が彼を自由にする時に、初めて真理により認識されることである。

24. 地球人は最小に至るまで創造に忠実であれ。
   何故なら小事に忠実である者は、大事にも忠実であるからである。

25. 真理より生まれる者は、皆、創造の法則と掟を聞き、認識する。
26. しかし真理を行う者だけが、光の元に来る。

27. 人間がその思考、行動を、創造に準じさせるなら、創造の計画は、彼と地球に成就されるだろう。  
28. それから創造は永遠より、創造の愛を知恵により計画した事柄を、人間において、又人間によって成就出来、成就するであろう。
29. それから創造の法則と掟は、人間に公然となり。人間自身により成就されるであろう。

30. 地球人よ、心から創造が貴方にとって全てとなり、創造が貴方にとって、貴方の願望の唯一の目的になるように祈れ。そうすれば貴方は、貴方にとって余りにも欠けている創造との一体と和合を獲得する。

31. 創造無しでは、貴方がた人間は、何も出来ない。
32. 貴方がたが創造の内に留まり、創造の法則と掟に従うなら、貴方がたが公正な方法で、所与のものは、全て貴方がたに分け与えられるであろう。

33. 義の実は平和であり、公正の実は平安であり、確実性でもある。
34. 義、平安、無事の民は、確実な愛の地に住む。

35. 天が地上の高きところに在るように、創造の道も、人間のそれよりずっと高き所にある。又、創造の威力も、人間の権力よりずっと高き所にある。

36. 貴方がた人間は創造の光の子であるので、世がどれだけ沢山広く創造の光を持っているかは、貴方がたに因る。
37. だから貴方がた人間の負う責任は、衝撃的に重大なものである。

38. 人間よ、準備せよ。何故なら真理の日がやってくるからだ。誰もそれから逃れることは出来ない。
39. まことに、昔から予言者は、再び世の闇に光をもたらす為に赴いた。
40. 人間よ、真理の日に備えよ。何故ならその日はやってくるからだ。しかしそれは、貴方がたが考え思っているものとは、異なる。
41. 創造、知恵者、義人の名において。
42. 真理が真理と成るであろう。そしてそれは、勝利するであろう。


第 56 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. そうして予言者は地上の人々に、幸せ、平和、真理、愛が在るようにと語る。
 3. 人間は、創造とその強き力において、強くあれ。
 4. 貴方がたは、悪人の狡猾な襲撃にも耐え得る事を、創造の真理において確信せよ。
 5. 創造による愛と平和が、貴方がたにあるように。
 6. 創造を考える度ごとに、創造に感謝せよ。
 7. 貴方がたの愛に対する知識が増し、認識と経験がより豊かになるように、創造に祈れ。
 8. 創造による平和と愛が、貴方がたにあるように。創造が、畏敬の念を持って貴方がたに讃えられんことを。
 9. 何故なら世の基礎が置かれる前に、創造は生きるために貴方がたを選んだからである。
10. 創造の愛において、貴方がたが創造の子であるようにと。創造は貴方がた人間に指示した。
11. だから創造の真理に関する知識の中を歩み、信仰の中を歩んではいけない。
12. 創造自体は、貴方がたの霊である。霊があるところには、自由もある。
13. しかし誠に貴方がたは、真理において信頼する用意が無ければ、創造の春を体験することは出来ない。
14. 創造、知恵者、義人の名において、これは真理である。




第57 章

       1

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 予言者は語る。人間が学び、習得したものを護り、それに従うようにと。
 3. しかし確かなことは、誰もがその言葉を理解するのではなく、その為の努力をする者だけが、それを理解するのである;だから理解できる者は、理解するが良い。
 4. 人間よ、貴方がたは創造に関する知識を持っている。
 5. 恐れず、ただ、知れ。
 6. 貴方が知る時、人間よ、全てが成るであろう。

 7. だから人間が真理についての知識を得るなら、たとえその知識が芥子粒程のものであっても、山に向かって「動け」と言うなら、山は動くのである。人間にとって不可能なことは何も無いのである。

 8. まことに人生は真理の言葉を聞き、護る者のものである。
 9. そしてまことに、人生は、創造の法則と掟を理解し、それに従う者のものである。

10. 人間にあって無力な者は、創造にあっては、いつも力に溢れる。

11. 人間にとって、全ては彼の知識に従って起こる。

12. 人間は、創造たる印を求める。
13. そして邪悪で姦通の人種は、奇跡を熱望する。
14. しかし誠に不義者は、決して印を見ないであろう。何故なら彼等は、無知を意識して生きているからである。

15. 人間よ、目覚め、祈れ。試みに陥らないように。
16. 考えてみよ; 霊は欲するのだが、肉は弱い。 

17. 人間よ、貴方がたは祈るなら、異教徒や分派論者のようにペラペラしゃべるべきではない。彼らは、彼らのおしゃべりが聞き入れられると思っている。
18. 貴方がたの霊と創造は、まだ貴方がたが求める前に、貴方がたの必要とするものを知っておられる。

19. 霊の御国は、外面的な身振りを持ってやってこない。
20. まことに霊の御国は、人間の内部にある。

21. 真の知識者が、霊と真理において創造に祈る時が来る。そして今がその時である。
22. 何故ならまことに、創造は、人間が霊において、創造を祈る事を欲しているからである。

23. 地球人よ、真理を考慮せよ。そして次のことを知れ。
24. 創造は死者の創造ではなく、全ての生きる者の創造である。

25. 偽りと愛情の無さは、地上で永遠に支配することは無い。
26. 何故ならまことに、創造の御国は突撃して占領され、向う見ずな者がそれを強奪するからである。 

27. 大人は決して創造の御国に入らない。彼は改心して、子供のように成れかし。
28. 何故なら霊の御国は、子供のような人のものであるからだ。

29. 健康なものでなく、病人が医者を必要とする。
30. だから予言者は、義人を招くのではなく、罪人を招くためにやってきたのである。

31. 真理に賛成せず、真理と共にない者は、それに反対する。
32. 真理を集めない者は、それを追い散らす。

33. 地球人よ、何を貴方は創造に叫ぶのか。創造が法則と掟によって命じた事を、貴方はしていないではないか!

34. 至る所で、人々の前で、真理を持つことを公言する者には、真理がその人の味方と成る。
35. しかし人々の前で真理を偽る者は、真理もその者を偽る。

36. 真理を内蔵する者は、真理の故に憎まれる。
37. しかし最後まで耐える者は、生命を獲得する者である。

38. 苦労が多く重荷を負う者よ、創造に来たれ。創造は貴方がたを元気付てくれるだろう。
39. 重荷を負い、それによって如何に創造が柔和であるかを学べ。
40. まことに、貴方がたの重荷は穏やかなものである。創造自らは、決して貴方がたが背負うことの出来ない重荷を負わせない。

41. 人間よ、死んだ者を嘆いてはならない。  
42. 自分自身と貴方の子供について、泣きなさい。

43. 偽予言者に警戒せよ。彼らは羊の衣を来て貴方がたの所に来るが、内側は引き裂く狼である。
44. 彼らは、神や創造主について説教するが、真実には創造を軽視し、呪う。  
45. これらの偽予言者を去らせよ。
46. 彼らは盲を導く、盲人である。
47. しかし盲人が盲人を導く時、両方共穴に落ちる。

48. 人間よ、霊に参与するために肉を保て。

49. 真の予言者は、創造の事柄を学んだ者であり、家庭の父であり、自己の宝の中から古くて新しきものをもたらす者である。

50. 虫や錆に付かれ、泥棒が後から掘り盗む様な宝を積んではならない。
51. 虫や錆も付かず、泥棒も掘り起こして盗むことのできない霊の宝を積むが良い。
52. 霊に宝があるなら、貴方の感覚、志望、意識もそこにある。

53. 偽りの硬貨を斥け、本物だけを保持する練達の両替商人であれ。
54. 何故なら、本物の硬貨で支払うことが出来るが、偽の硬貨では刑罰を身に招くからである。

55. 剣を取る者は、剣によって死ぬ。

56. 予言者が貴方がたに言うことを、彼は全てに語る;目覚めよ;

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008


第 58 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。 
 2. まことにOM(オーム)の書によって、真理が貴方に啓示された。
 3. 人間よ、
 4. 貴方が知り、自ら注意を喚起できるように、貴方に啓示されでいる。
 5. だから、貴方が真理において教えられることに従え。
 6. 貴方が永遠の生命を見出し、創造にあって公正であるように。
 7. 創造に讃えあれ。知恵者であり。義人としての創造に讃えあれ。

第 59 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は全てを包括する。
 3. 予言者は、真理の言葉を与える。そうして彼は教示し、語る;
 4. 生命は真理を認識する人々のものである。何故なら彼は霊的に豊かで、彼らの意識は重荷が無いからである。
 5. 生命は無知の悲しみから別れた人々のものである。何故なら彼らは、真理に充実感を味わうからである。
 6. 生命は法則と掟として、創造の真理に関する知識を所有する人々のものである。何故なら彼らは、調和が取れ、生命を生きているからである。
 7. 生命は、真理と知識において満ちたりた人々のものである。何故なら彼らは、飢えにも渇きにも苦しまないからである。
 8. 生命は、創造の計画に従って生きる人々のものである。何故なら彼らは、自然の法則に従い、畏敬の念を持って生きているからである。
 9. 生命は、恐れる必要の無い人々のものである。何故なら彼らは、純粋な意識を持ち、創造を崇敬して生きているからである。
10. 生命は、邪教に耽けらない人々のものである。何故なら彼らは、創造を知る者であり、創造の法則と掟に畏敬の念を持って生きているからである。  
11. 生命は、自然を支配する人々のものである。何故なら彼らは、創造と共に、創造の計画を履行させて生きているからである。
12. 生命は、真理のために骨折り、中傷に耐える人々のものである。
13. まことに多くの人々が、創造の真理ゆえに迫害される。
14. 多くの者は中傷され、迫害され、彼らに対する邪悪な話が嘘付き共により語られる。
15. しかしながら貴方がた真理の内蔵者は、喜び慰めを得よ。何故なら生命そのものと、現在の生命と、生まれ変わってからの生命が、貴方の努力に対して報いてくれるからだ。
16. 不義者は既に貴方がた以前に、予言者を迫害し、中傷し、裁いた。
17. 即ち貴方がたは、唯一の者ではなく、多くの者の中の少数であれ。
18. 真理に従って生き、又はそれを求め、見出す貴方がたは、地の塩であることを知れ。
19. 貴方がたの意志を弱めてはいけない。何故なら塩が塩気を失ったら、何で全てに塩を効かせるべきであろうか。
20. 貴方がたの意志を、真理と創造のために弱めてはいけない。何故なら塩気を失った塩は、もはや何の役にも立たないことを、貴方がたは知っているからだ。
21. 塩気の無い塩は投げ捨てられ、人々に踏みにじられる。
22. そしてまことに貴方がたは、地の塩である。貴方がたは皆、真理と創造において強い者である。
23. 貴方がたは、地の光である。それは暗闇を照らし、誰の目にもそれと判り認識される。
24. どうして貴方がたの光の輝きが、隠れたままでいられようか!
25. まことに山の上にある町は、隠されたままでいられない。 
26. その町は、昼間は広く遠方まで輝き、夜はその光を遠くの闇の中に輝かす。
27. そのように貴方がたの光の輝きも、至る所に妨げられず、公然と照らされんことを。
28. 光を灯し、それを机の下に置く者は無いことを考えよ。
29. 灯された光は燭台の上に置かれる。光を必要とする者の全てを照らすようにと。
30. だから貴方がたの真理に関する知識も人々の前で輝かすべきである。
31. 人々が、貴方がたの良い業を見、知識の真理を認識するように。
32. 貴方がたは知識、真理、良い業の光を持って照らすべきである。無知な人間の中にある暗闇が明るくされるように。
33. 私のみが一人で、貴方がたのために行うのでないことを考えよ。何故なら貴方がたも、皆、地の塩であり、光であるからだ。
34. だから自ら地上と人間に塩気を与え、照らせ。食物に味が付き、間が光によって明るくされるように。
35. 法則、掟、予言者を取り除く為に私が来たのだと思ってはならない。
36. 誠に私は、それらを取り除く為にではなく、それを成就させる為に、そして知識を啓示するためにやってきたのである。それはイマヌエルによって預言されたことである。
37. 予言者によって言われた事が、成就しないと思い込んではならない。何故なら言われた通りになるからである。
38. 預言的に知らされた事柄は成就するであろう。何一つ忘れ去られることは無いであろう。
39. 天と地が過ぎ行くまで、最も小さな文字も、創造の法則と掟、そして自然の法則と掟の一点一画も、失われることは無いであろう。   
40. 何故ならまことに、昔から言われていることで、改めて新たに言われたことは、成就するからである。
41. 全てが起こるようになるであろう。
42. 人間は、創造の法則と掟のほんの僅少さえも解消できるほど偉大で、創造に等しいものであると考えてはならない。
43. 創造の最も小さな法則や掟の一つを解消したり、人間に真理の教えを誤って教える者は、最も小さき者と呼ばれるであろう。
44. 創造の真理の教えを真に広める者は、偉大であると呼ばれ、霊の感謝を得るであろう。
45. まことに私は貴方がたに言う。その者はその様になるであろう。貴方がたの義が、無知なる者や創造の否定者のそれより、優れていないというのであれば、貴方がたは霊と生命の感謝を獲得しないであろう。
46. そのように貴方がたは、真理と生命を殺す者である。
47. しかし昔の人々に言われた事柄を貴方がたは聞いた;アレヤコレヤの堕落した形で殺すなかれと。
48. 又、貴方がたは、次のように言われていることも聞いた。殺す者は皆裁きの罪を持つ者であると。
49. 誠に貴方がたに言う。殺害であろうと他の害悪に対してであろうと、人間は何れも自ら裁きを生む。
50. まことに私は貴方がたに言う。貴方がたは裁きを語るのではなく、問題の評価を語るべきである、
51. いつも創造の法則と掟に従い、そして自然の法則に従い義を行え。そうすれば貴方がたは、論理的な評価を見出す。
52. 殺す人々を裁いてはならず、創造の法則と掟に従って処置履行をするようにせよ。
53. 裏付けられる正当防衛による行為に因らない者は、皆罪人であることを考慮せよ。
54. 人間による所与の法律的判断により行動する者、邪悪な話を導く者、邪悪な処置を取る者は皆、罪人である。
55. 自然の法則と創造の法則と掟に従った義のみが、評価を論理付ける事を考慮せよ。
56. 貴方がたが正しい時、又評価する者が貴方がたにとって有利な結果となるように決断しなければならない時、貴方がたの敵の意に従ってはならない。
57. まことに私は貴方がたに言う;貴方がたが自ら義を見出し、それを隣人にも納得させる事が出来る時にのみ、義を獲得するであろう。
58. 貴方がたは又、次のように言われることを聞いた;貴方がたは姦通するなかれと。
59. 次のことが貴方がたに言われている;愛の法則を軽視する者は処置履行に準ぜられるべきである。
60. 愛の法則により、法則と掟が与えられている。それを果たさない者は品位を落す者であり、自然と創造の法則と掟に逆らう者である。
61. アレヤコレヤの形の違反に用心するのではなく、貴方から害悪となるものを投げ捨てよ。
62. まことに私は貴方に言う;もし貴方の右左の目が腹立ちの種になるなら、それを投げ捨てよ。
63. 苦境の時に、四肢の一つか器官が損なわれる方が、全身を失うより、いつもましである。
64. だから禍の思いを作る者はそれを滅し、思い中からそれを追放せよ。
65. まことに全思考世界を混乱させるより、禍を起こさせる思いを滅する方がましである。
66. 貴方がたの知るように、次のことも言われている。夫と離縁する者は離婚状を得よと。
67. しかし真理は次のようである; 伴侶を離縁する者は、それが姦通の故であろうと、姦通を行うことになる。
68. 離縁し、罪のある方の伴侶と結婚する者も同じく、姦通を犯す者である。
69. 人間は愛の法則に注意し、従うべきである。その中には権利と不正が証明されている。
70. しかし離婚状が、それを受領する権利のある者に手渡されるなら、それは全面的に成就されるべきである。
71. 離婚状が与えられたなら、全面的にかつその時以後、離婚が成立するべきである。
72. 離縁した者同志が、更に一緒に住んだり、その他更に共同して事を行うのは正当ではない。
73. 離婚状によって、それ以後、最終的な離婚が成立するべきである。そうでなければ法則と掟に違反することになる。
74. 貴方がたに、又昔の人々にも、更に次のことが言われている。貴方がたは決して誓ってはならないと。そして創造に忠実であるべきであると。
75. まことに貴方がたは、天においても地においても、そもそも誓ってはならない。
76. 天は無限であり測り難い。地は過ぎ行くことを考慮せよ。
77. 貴方がたは頭に誓ってはならない。何故なら貴方がたは一本の髪の毛の色すら、変えることが出来ないからだ。
78. 人間又は対象物を記念して誓ってはいけない。何故なら記念も対象物も無常であるからだ。     
79. どんな場合にも、貴方がたの話は、ただ、「ハイ」か「イイエ」であれ。
80. 「ハイ」か「イイエ」以上のことは、法則と掟に違反する。
81. 又貴方がたは、次のように言われていることを聞いている;目には目を、歯には歯を。
82. しかしそれについての教えは次のようである。貴方がたは法則と掟に従い、又自然の法則に従い、義を行使すべきであり、そうするなら貴方がたは評価を論理の中に見出す。
83. 人間よ、愛が正当化されるところでは、絶えず愛を伝えよ。そして創造の法則と掟に従うて必要とされる所に履行処置を取れ。
84. まことに創造は、最も純粋な愛にある霊である。
85. 創造は決っして、復讐、刑罰、報復を要求しない。
86. 創造の法則と掟は、愛と平和について語る。
87. 復讐、刑罰、報復は人間の業であり、非論理の人間の法則に基づく。即ち目には目を、歯には歯を。
88. 人間は犯した罪に対して一つ一つ自ら罰するように、非理性と非論理を持って仲間を罰する。
89. 創造が、刑罰、復讐、報復を案出したものではなく、唯一人間がそうしたのである。
90. 何故なら人間のみがその非論理的思考により、復讐欲に燃え、罰し、報復するからである。
91. まことに創造は、最も純粋な真理における霊である。
92. 創造の意志と生命は、永遠の愛である。
93. 創造自体は、万物において寛容である。何故ならその存在は。愛、義、平和であるからだ。
94. それ故人間は、全ての思考行為において、創造に従って生きよ。内的にも外的にも。
95. 即ち何かの事柄に、決して復讐、刑罰、報復をしてはいけない。
96. そうして人間の生活が、創造の法則と掟の満たしに因る愛と平和であるように。
97. 愛にあって彼に幸在れ。そして決して復讐、刑罰、報復をしてはいけない。何故なら愛は、自ずと全ての中に共に生き共存すること、即ち全ての存在物の絶対的確信であるからだ;即ち動植物、隣人、あらゆる種類の物質的霊的生命体、全宇宙の存立において・・。そしてそれを越えて。
98. 人が真剣に請い求める時。貴方に願い求めるその者に絶えず与えよ。
99. しかし、貴方から不実にせびって借りようとする者を避けよ。
100. 貴方は隣人を愛し、敵をも考慮すべきであると言われている。
101. それ故、創造の法則と掟や自然の法則に従って、愛と悟性を行え。そうすれば貴方がたは、正しい処置と知覚を論理的に見出す。
102. 正当である所に絶えず愛を与えよ。しかし非創造的なものは助ける形を取り、軽視せよ。
103. 貴方がたは知恵者であり、知識を習得するべきである。何故なら貴方がたは、貴方がたを創造した創造と同じく、霊において完全であるべきであるからだ。
104. 貴方がたは生まれ変わりの過程の中で、霊と意識を教育し、完成させるべきである。そうすれば貴方がたは創造と一体になれる。
105. 貴方がたは人間であるべきだ。憎しみ、冒涜、害悪、無知、不義ではなく、真理、知識、愛、平和、知恵を自らの内に有せよ。


第 60 章


 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造はその力において全てを支配し、全てを行うことが出来る。
 3. 創造に讃えあれ。創造は生と死を創り、そして永遠の存在を創られた。
 4. 創造に讃えあれ。創造自体は生命であり、愛である。
 5. 創造に、初めから終わりまで讃えあれ。
 6. 畏敬と真理をもって、創造に讃えあれ。
 7. まことに創造のみが、真実の生命を送ることが出来る。何故なら、生命、光、真理、愛は、創造の本質的な特徴であるからだ。


第 61 章


 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造を信頼し、霊の力を信頼する予言者は語る。
 3. 昔にも現代にも与えられているように、予言者は格言の言葉を送る。
 4. 人間は、絶えず創造に信頼せよ。何故なら創造は遍在する力であり、永遠の岩であるからだ。
 5. どんな人間も、創造が意志することを妨げることは出来ない。
 6. 忍耐し、静かに創造をより頼みとし、その道を歩め。何故なら創造は、始め、全てを完成させるからだ。
 7. 創造を信頼する者は、不足することが無い。
 8. 人間を解く鍵は、決して権力や富ではなく、唯一真理と愛である。
9. 創造の善は、全ての憎しみと全ての人間の忘恩を耐え抜いて生き残る。
10. 忘恩で不義で真理の敵である人間は、決して創造を経験することが無い。
11. 実際の創造との結合における人間の試金石は、祈りである。
12. 人間は決して、同胞達、不義者、信心深い者の奴隷であってはならない。
13. 人は良心の平安を、ただ創造の中にのみ見出す。
14. 創造が、その上に、目覚めない程の暗闇は無い。
15. 創造に祈る者は義務を果たし、人間に物乞いをしに行く必要が無い。
16. 人間が創造の御名において義を行うなら、それはたとえ僅かなものであろうと、いつも善であり、偉大である。
17. どんな苦しみも、その度に、創造の祝福ほど大きくは無い。
18. 創造の全能は、人間にとって知恵の果てである所に始まる。
19. 人間よ、いつも永遠のために準備せよ。何故なら時は余りにも早く墓場へと急ぐからである。
20. 真実の生命の贈り物が無い限り、人間は創造から遠く離れている。
21. 創造は、意見ではなく生命を問題とする。
22. 愛を蒔く所には、喜び、平安、真理が芽生える。
23. 真の愛は創造から萌え出づる。そしてこの愛が、生命の全ての問題を解決する。
24. 今日も、明日も、創造は生命のために配慮する。人間はただそれを形成するだけである。
25. 貴方自身が克服出来ないもの全てと、貴方の道を創造に委ねよ。
26. 人間は自己の独自の主人であり、弁護人である。だから彼は、自分で行うことの出来るもの、又行わねばならないものをするのに、創造に委ねない。
27. 創造は、日々必要なものを公正な人間に与えるように、すべてを整えて下さった。しかし蓄えは人間が自ら創り出さねばならない。
28. 創造は、決して何かを延期することは無い。だから人間も、そうしてはならない。
29. 人間は創造を認識し、その真理に従って生き始める時、新しい出発をする。
30. 人間にとって、暗闇の中を創造と共に歩む方が、光の中を創造無しに歩むより優れている。
31. 創造の道は、人間の意志に関係無く、決して闇ではなく、いつも光の中に導く。
32. 創造は、決して人間から卑下を要求しない。何故なら卑下は、独自の意志の否認であるからだ。
33. 人間よ、貴方が何か善を行ったなら、それを忘れ、何かより優れたことを行え。
34. 創造を信頼するなら、成就をもたらす。
35. 善行は、人間自身の中に始まる。
36. 祈りは、人間の生活の中で主なる価値であるべきだ。
37. 法則と掟は規範である。それによって創造は、人間に創造の意志を伝える。
38. 創造の持つ光、愛、善の中に豊かに生きよ。
39. 人間よ、貴方の創造に心を改めて、その恩情と権利にしっかりと掴まれ。
40. 愛は、知識の真理の心臓部である。
41. 創造に対する個人的な改心は、真理の知識の確信である。
42. 同胞に対する許しは、最高の購買力である。
43. 人間が、自分の存在期間が如何に短いかと知りさえしたら、彼はもっと生命に留意するであろう。
44. 至る所真の愛が住み、喜びの満たしのある所では、嫉み、嫉妬は消滅する。
45. 愛が支配するところでは、奈落に至る鍵は閉ざされる。
46. 人は誰も隣人の側を不注意に通り過ぎて行ってはならない。たとえ彼がサマリア人であろうとなかろうと、隣人には注意を払うべきである。(訳注・聖書ルカ10-29-37良きサマリア人の例え話を参照のこと)
47. 意気消沈する事は、創造に対して忘恩であることを意味している。
48. 絶えず準備があるとは;日々創造と共に生きることを意味している。
49. 昨日の知識は、今日、絶えず新たにされねばならない。
50. 創造から離れる者は、悲惨な状態に入ることである。
51. 創造に関する真理は、重病人のための唯一の治療薬である。
52. 生命に対する責任は、創造の法則と掟以外には、誰もそれを持ち上げる事も、持ち運ぶ事も出来ないほど重荷である。
53. 死は、それぞれの生命の引渡期間であり、誰もそれを免れない。
54. どんなに絶望した状態にあろうと、人間は真剣な祈りにより、それに耐えて生き抜くであろう。
55. 祈る者は、真剣であり、欲望を無くし、創造に全ての力があることを認識していなければならない。
56. どんな人間も真剣な意識を持たず、敬虔に祈ることは出来ない。
57. 悪人は、余り働かず、余り祈らない人間を恐れない。
58. 絶えず創造の助けがやってくることは確かである。しかし創造は、その助けの時を強要させない。
59. 真理の言葉を信頼する者は、光の中を歩むであろう。
60. 人間よ、種を蒔け。何故なら創造はそれを成長させ、労ってくれるからである。
61. 愛と喜びは、創造と共にある生命の明けの明星であり、宵の明星である。
62. 創造の御国における生命は、真の愛の中に成長する手段である。
63. 創造は、いつも真の愛を持ち、どんな人間的恩恵の機先をも制する。
64. 真の真理は、創造がいつも至る所に、愛に満ちて現存するという良心によって生きる。
65. 人間は、大きなもので最も小さなものを作り出す;しかし創造は、最も小さなものから、最も大きなものを創りだす。
66. 愛は、創造の偉大さと善の保証である。
67. 人間は真実の平安を探すと、創造の方に向かう。
68. 人間は、創造がどのように助けてくれるのか。いつもそれを創造に委ねるべきである。
69. 創造を拒絶する者は、自らを敗者にする者である。
70. 人間はどんな立場にあっても、創造の手の届く範囲にいる。ただ彼がそう望むなら。
71. 被造物の無限な多様性により、人間は真理と創造を認識する。
72. 人間よ、創造に極度の必要時のみに助けを求めるのでなく、万事に対して貴方の生命の救いを求めよ。
73. 創造の助けを体験したい者は、公正であり、真実であるべきだ。
74. 愛と平和に至る道は、創造のみである。
75. 創造による生命は、真理、知識、愛によって可能となるだけである。
76. 人間は、創造と共に生命を獲得するか、或いは創造も無く不安と禍の中に存在を導くかの、どちらかである。
77. 弱きは、いつも強きにより救われるであろう。
78. 全世界を得ても生命が損なわれるなら、何の助けになろう!
79. 創造の法則と掟は規範であり、それにより創造は人間に、創造の意志を伝達する。
80. 壮麗さと喜びの中に、創造の愛の輝く光の中に生きよ。
81. 愛は、創造の知識の確信であり、基礎である。
82. 創造のみが、全てに生命を与える。
83. 絶えず準備をせよとは;創造無しには一日として生きないことを意味する。
84. 創造と疎遠になる者は皆、悲惨に陥る。
85. 真理の言葉を信頼する者は、創造をも信頼する。
86. 創造の愛は、決して倒錯しない。
87. 真に知るとは、創造が全てを完成させたこと、それ故に人間は知識を持ち、それに基づく喜びと愛の中に入っていく事が許されること、を意味する。
88. 人間は自ら何かをしようとするやいなや。再び創造の法則と掟の中にいる。
89. 人間は創造的なものを、自己の仕事の中に取り入れないなら、全ては無意味である。
90. 創造は、創造が人間の中に、又彼によって行おうとしない事柄を、彼に要求しない。しかし人間は、創造がそうすることが出来る為には、創造に全てを委ねなければならない。
91. 悪人が、必ずしも人間を罪に誘惑することを望んでいるのではない。何故なら創造が人間に指示した勝利の位置から、人間を引きずり降ろそうとする試みが絶えずなされるからでる。
92. 人間は、人生において永続的な建設作業を行いたいと思うなら、まず一度、全ての悪と不十分さを取り払わなければならない。
93. 人間は、次のことを行使するべきである;指導的立場を求め、自らを自慢すること無く、創造に対して畏敬の念と敬意を払い、生きること。
94. 人間は、自己を他人の意見に支配させてはならない。彼は創造の真理を知る者として生きるべきである。
95. 人間は事実、絶えず拒む者である。しかし創造は決して拒まない。
96. 人間は、創造に根ざす真実の知識を必要とする。
97. 人間は信仰ではなく、創造についての生きた知識を必要とする。
98. 人間は、全能の創造があるのに、何故無力な人間に請い願うのだろうか?
99. 創造は、はかない事柄にも、永遠の事柄にも配慮する。
100. 信仰者は、困難のみを見るのに対し、知者は真理と創造を見る。
101. 創造は、創造を信頼する者の祈りを、大にしろ小にしろ聞き入れられる。
102. 人間が真理のために諦めるものは、彼の利得である。
103. 人間が、偽りのために留めるものは、真の損失である。
104. 人間は、無常なものに余りにも依存し、霊的で永遠なものに余りにも依存しない。
105. 創造を真に知り、創造を信頼する者の人生において、創造は何であれ如何に全ての事を行っていることか。
106. 創造は、その法則と掟をもって与えることを、実際に意図している。
107. 知識のある者は慌てない。
108. 説教するだけでは十分ではない。何故なら人生は、実際の創造の生命でなければならないからだ。
109. 人間は真理を生き、単に説教するだけではいけない。
110. 人間の困難さは、創造が啓示できる土壌である。
111. 万事において創造を信頼せよ。そうすれば貴方は決して失望しないだろう。
112. 失敗と悲しみに因り、人間がそもそも見ることの出来る以上のことが達成される。
113. あらゆる自然で霊的な豊かさは、人間の学習による条件を持つ。
114. 人生は吟味により、妨げられず深められ。拡大される。
115. 創造ではなく、人間が失敗するのである。
116. 人間が、真理の故に自らに引き受ける断念は、いずれも豊かな利益をもたらす。
117. 人間にとって、人生に重要であることは唯一つ、即ち創造に対する真理である。
118. 真理が物乞いをするなら、真理は死ぬであろう。
119. 内的生命が低級な段階にある人間は、自ら真理を無効にする。
120. 真理が取り扱われる時、小事は一つも無い。
121. 祈りは、性格を形成することに加え、あらゆる外的状況以上の多くに寄与する。
122. 祈りは、既にいつも。人生形成の為に決定的なものであった。
123. 創造は行動の愛である。
124. 真理の光の中にのみ、人間は自らを見る。
125. 人間は、真理を信頼することにより、真理の愛を獲得する。
126. 真理の中を歩み、行動する時、人間はいつも安全である。

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009

第62章

 1. 創造、知恵者。義人の名において。
 2. 創造に讃えあれ。創造は遍在する。
 3. 予言者は語る。彼は霊の意志による潰言者である。
4. 遍在するもの-創造によって与えられた、平和、愛、真理が、地球人と共に在るように。

 5. 生命の上に力に満ちたもの。あらゆる種類の霊的祝福と物質的財産をもって人間を祝福なされる創造に、讃えあれ。
 6. 何故なら創造は、世の基礎が置かれる前に、人間が創造の前に聖であり、清廉潔白であるようにと、自らの内に人間を選んだからである。
 7. 創造は、人間が創造の意志の好意により創造の子であるようにと、創造の愛においてこれを命じた。
 8. そうして創造の栄光を讃える為に、又両者の進化のために、創造は人間にそれを恵まれた。

 9. 人間には、多様な賜物がある。
10. 即ち人間の間には、多様な官職や地位がある。しかしただ霊のみが人間の内に支配している。
11. 又人間において、そして人間の間にも多様な力がある。しかし真のそれは創造だけである。創造はあらゆる真実の事柄を生じさせ、あらゆる真実なものに作用する。

12. 人間は、与えられたものを全て創造から受け取った。
13. だからそれぞれの人に、霊の賜物が啓示される。
14. 故に、遍在するもの-創造に讃えあれ。


第63章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 敬虔な者にとっては生命があるが、創造の無い者にとっては死がある。
 3. だから、昔から真理の言葉が語られた。
 4. 創造の否定者の助言の中を歩まぬ者に、幸い在れと。
 5. そして罪人の道を歩まず、嘲笑者の座す所に座らない者に、幸い在れと。
 6. 創造の法則と掟を求める気持が在り、昼も夜も法則と掟について語る者に、幸い在れ。
 7. 小川の辺に植えられ、時が来るとその実を付ける木のようである者に、幸い在れ。
 8. まことに彼の葉は枯れない。そして彼が何をしようと、それはうまくいく。
 9. まことに創造を否定する者は、小川の辺に植えられた木のようではない。
10. 彼らは、風に散る籾柄のようだ。
11. だから創造を否定するものは、真理の中に留まらない。
12. 罪人は、義人の仲間の中に留まらない。
13. まことに、真理のみが義人の道である。
14. 創造を否定する者の道は、消滅する。



第64 章

1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造に対する信頼は、あらゆる悪に対する楯である。
 3. 祈りは、あらゆる偽りに対する鎧である。
 4. 人間が呼び求める時、ああ創造よ、聞き入れ給え。
 5. 創造よ、貴方はあらゆる義の力である。
 6. 創造よ、貴方は不安の時に、人間に慰めを与える。
 7. 人間に愛情を抱き、彼らの祈りを聞き入れ給え。
 8. まだどの位人間の栄誉は、彼自身によって辱められるのであろうか?
 9.  如何に貴方がた人間は、余りにも虚栄を好み、余りにも嘘を愛するのであろうか?
10. 人間よ、創造が真理により、人生を素晴らしく導いて下さることを認識せよ。
11. 貴方がたが創造に呼び求める時、創造が貴方がたを聞き入れてくれることを考慮せよ。
12. 人間よ、腹を立ててはならない。そうすれば貴方がたの上に罪がかかることは無い。
13. いつも真理を話せ。そして意識において目覚めていよ。
14. 真剣に祈りを捧げ、忍耐せよ。
15. 絶えず義をもたらし、真理の希望の中に生きよ、
16. 真理は貴方がた独自の顔容の光を出す様に、貴方がたを高める。
17. 人間よ、真理により、貴方の意識を自ら喜べ。
18. 平和と愛の中で、完全に生きよ。
19. 創造の真理のみが、貴方が安全に生きるようにと、貴方を助けてくれることを考慮せよ。
20. いかに創造が、貴方を素晴らしく導いてくれるか、創造の真理のみを認識せよ。
21. それに対して畏敬の念を持ち、創造に感謝せよ。何故なら創造は、知恵があり、公正であるからだ。


第 65 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造よ、貴方は愛と真理の中に在られる。
 3. 創造よ、貴方の御名は、全ての地で如何に荘厳であろうか。
 4. 全ての天と地において、貴方が讃えられんことを。
 5. 義人よ、貴方と貴方の真理を、より頼む。
 6. まことに貴方は、知恵者であり、公正であり、真理を愛される。
 7. 愛は全て貴方の中に在り、真理は無敵である。
 8. おお創造よ、貴方は人間に余りにも近く。彼が苦境に在るときに隠れていない。
 9. しかし創造を否定する者は傲慢であり、卑怯な者は苦しまねばならない。
10. 悪人は悪人同志で固まり、邪悪な握造をする。
11. 創造を否定する者、真理を偽る者は、自分の我儘を誇る。
l2. 欲深い人間は真理を拒否し、貴方め名前を誹誇する。
13. 創造を否定する者は偽りの誇りを持って生き、貴方を問題としない。
14. 彼は、ありとあらゆる悪だくみを持って、貴方を取るに足らぬものと見倣す。
15. そうして彼は偽りの行いをいつまでも続け、貴方の真理は、彼から遠い。
16. あらゆる真理の敵を引き連れて、彼は貴方に反抗する。
17. 貴方の法則と掟は、創造の否定者から遠い。
18. 彼は、決して貴方に対して尊敬の念を抱かず、貴方がいなくても何も困らないという。
19. 創造を否定する者の口は、呪咀に溢れ、二枚舌とごまかしに満ちている。
20. 彼の舌は、骨折り、苦境、労働を引き起こす。
21. 彼は義人の首をひそかに絞めようと座り、村や町でもの欲しそうに待ち伏せしている。
22. 彼の目は、貧しき者を搾取しようと彼等を見張っている。
23. 彼はほら穴の中の猛獣のように、身を隠して待ち伏せる。
24. 彼は全てを粉砕し、圧し潰す。そして義人を暴力で地に突き倒す。
25. 創造無き者は、それの中で、又外に向かって創造は無いという。そして全ての状況において誹誇する。
26. しかし義人は知っている。おお創造よ、貴方は真実であると。
27. 創造を知る者は、貴方と貴方の御名を讃える。そして畏敬と愛を持って、貴方に頼って生きる。
28. 貴方の御名が讃えられ、昼も夜も、絶えず聖なるものとされますように。


第 66 章

1. 創造、知恵者、義人の名において。
2.まことに地球人よ、創造は貴方を決して厭わないであろう。
 3. 一度、真理の時を想起せよ。
 4. その時、貴方はまだ無邪気で喜び、創造の信頼に満ちていた。
 5. 貴方を悲しませる全てのものを放置せよ。
 6. 再び純然たる歓喜と喜びがあれよ。
 7. 悲しみの時に、救いをもたらす祈りの静けさの中に避難所を捜せよ。
 8. 祈りは、崇高な人生の聖域である。
 9. 祈りは貴方の忠実な友であり、貴方に慰め、平安、愛、平和を与える。
10. 人間よ、祈れ。そうすれば喜びと平和の歓喜が費方がたに訪れる。
11. 貴方のプシケは元気づけられ、喜びの中に楽しむであろう。
12. 貴方は苦しみと悩みを取り除き、忘れるであろう。
13. 祈れ。そうすれば貴方は、現実の茨より喜びの未来の地に到達するであろう。
14. 祈りの聖域の平安の中に入れよ。
15. 貴方の感覚を、黙想の光に高めよ。
16. 祈りによって、愛と喜びの創造の庭の中を歩めよ。
17. 豊富な創造から得よ。そして愛と知恵の花と実を収穫せよ。
18. まことに貴方のプシケの花床から、歓喜の感謝が込み上がる。
19. 人間よ、聖なる祈りの懐に平安を見出せよ。
20. 貴方の中に、深き平和と愛を沸き立たせ、貴方の中にそれを支配せよ。
21. 貴方の愛を創造の輝きの中に広げ、闇の黒い陰を消滅させよ。


第 67 章

1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 人間よ、共に平和の中に生きよ。
 3. 人間よ、互いに兄弟姉妹のように生き、助け合えよ。
 4. 人間よ、互いに留意し、理解し互いに、許し合えよ。
 5. 人間よ、互いに健全に感じ、考え、行えよ。
 6. 人間よ、無私で、誠実で、創造的公正であれ。
 7. 人間よ、互いに、全ての悲しむ者、無知な者を助け、真理と愛によって相互に公正であれ。


第 68 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 全宇宙には唯一つの創造が在り、創造は神でも人間でもなく、真実で、永遠の霊である。
 3. 全宇宙におけるあらゆる人間生命体は、唯一つの創造の被造物として、人類の家族を形成する。だから彼らは、互いに皆兄弟姉妹である。
 4. 全宇宙の全人間生命は、唯一の人類の家族として、あらゆる事柄と利害関係において協同体を形成する。だから彼らは、相互の愛、教示、援助の義務もある。
 5. 創造そのものと同じく、人間も進化の法則と掟に組されている;この理由から、人間も完全にならねばならない。
 6. 人間の進化と完成は正しい感情、思考、人生、行動によって達成される。
 7. まことに人間は、創造の法則と掟により、自由意志を保持した;彼がこの自由を誤用すれば、悲しみ、悲惨、苦境、腐敗を作り出す。



第 69 章

創造、知恵者。義人の名において。

重荷を持ったプシケであるなら、誰一人幸福でいることは出来ない: 永続的な真の喜びを知りたいなら、真理により重荷を全て解き放たねばならない。

もし人間が、あらゆる心配から解放されなければ、彼は喜びの無い人間となるであろう;喜びの無い人間の名前は、中傷される。

人間の間で大きな苦境は、多くの人々において、全てをただ独自の人間を中心とし、全ての関心が自己中心となる事である。

創造を意識していることは、決っしてスーパーマンや他の新しい天使に等しいか、又は奇跡的な存在ではなく、ただ弱さの中に、創造の力を広げる事の出来る、真理に開かれた人間のみを生み出す。

創造の法則と掟が、誤解の余地無く示しているように、それぞれ人間の人生は、愛と真理により定められるのであり、何か人間的な道徳規律や条項によるのではない。

人間は、あらゆる創造的なものの為に敏感であり、創造に因らないもの全てを妨げる生命を、自分自身の内に持つ。

物質主義は、霊的なものが軽視されるところに始まる。

物質主義が始まるところに、霊的な努力は終わる。

単に物質的な富のみが、人間を物質主義者にするのではなく、法則と掟を持つ霊的進化の無視と軽蔑もそうである。

最も富んだ金持ちですら、霊的進化に注意し、その法則と掟を果たすなら、決して物質主義者ではない。

貧しい者の中でも、最も貧しい者ですら、物質的に生き、霊的進化とその法則と掟をないがしろにするなら、物質主義者である。

物質主義は、霊的努力が終わり、ただ物質的なものだけが存する所に始まる。

人間は誰でも物質的なものにのみ専念し、同程度の霊的な事柄に献身せず、その法則と掟を果たさないのであるなら、物質主義者である。


第 70 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 創造は私の生命である。だから私には何も欠けることが無い。  
 3. 創造は、その愛によって私を元気付け、私を存在に導かれる。
 4. 創造は、私の現存を元気付け、私を喜びとし、その名の故に正しき道に導かれる。
 5. 私は既に、闇の中を歩いたけれども、私は少しも災いを恐れない。何故なら創造が絶えず私の側に在り、私を慰めて下さるからだ。
 6. 創造は、万事において私を元気付け、愛、生命、真理を私に啓示して下さる。
 7. 善と喜びが生涯私に付いてくるであろう。そして私は、創造の庇護の中に留まる。


第 71 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 人間よ、貴方が愛と平和を望むなら、第一に、創造の法則と掟に留意し、従え。
 3. 人間よ、貴方が愛と平和を望むなら、第一に、貴方の内にこれを生み出せ。
 4. 人間よ、貴方が愛と平和を望むなら、貴方は独自の確信を、隣人の判決のために誤用してはならない。
 5. 人間よ、貴方が愛と平和を望むなら、貴方が如何に隣人に話すか、そして真に愛に満ちて温和にそれをするか、そのことに注意しなければならない。
6. 人間よ、貴方が愛と平和を望むなら、貴方の独自の義務と結びつきにも忠実であれ。
 7. 人間よ、貴方が愛と平和を望なら、絶えず自己批判して、誰かから、愛と平和を奪ってはいないかを自問せよ。


第 72 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において
 2. 人間は、創造の真理において、自分の使命に従ってしかるべく歩くよう、警告されている。
 3. そして真理のための知識、忍耐と愛の中を歩めよ。
 4. だから平和と愛の絆により、霊における熱心な一致を保て。
 5. 貴方がたは、生命であり霊である。貴方がたも、一つの目的と使命の冠を掲げているように。
 6. まことに、ただ一つの創造と知識のみが在る。そして真理は、ただその中にのみ生きている。
 7. 全ての上に、全てを貫いて、全ての中に在るのは、ただ創造のみが在る。



第 73 章


 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 人生の意義は、創造と共同して生きることである。
 3. 創造と共同するとは、愛、真理、平和の中に生きることを意味する。
 4. 愛、真理、平和は、人間が、自己と創造の進化の為に生きる確信である。
 5. 人間は、自己の人生を、真理も創造も無く克服できると思っている。
 6. 彼は、創造に逆らい、創造に対して冷淡である。
 7. そのような態度により、人間は自分に責任を負い、自ら刑罰を生んでいる。
 8. そのような誤った態度は、自分自身と隣人に対して誤った関係を導く。
 9. まことに、真理と創造を持つ人間の共同体は破壊されている。だから人間は真理をも体験出来ない。
10. 人間は、最も重い罪を自分自身に負った。だから彼は、真理の前にも創造の前にも存続出来ない。
11. 隣人の領域に隠され明らかにされた過失は、その根を、真理と創造に対する破壊された関係に見出す。
12. 人間の冒涜、罪、偽りは、彼を自ずと、愛、平和、そして創造から切り離す。
13. 創造と真理は、霊である。一方人間は、罪深く、不十分であり、欠ながある。
14. だから人間は。再び創造と真理を、生命と存在の真実の力として、自分自身の上に高めよ。


第74章

創造、知恵者、義人の名において。

創造は真実の愛である。創造は自らによって生まれた、そしてその法則と掟は、人間が創造とその真理と愛に、個人的な関係を持つ様にといっている。

予言者が、世にやってきた。人間にその生命を完全に満たし溢れさせるために。

真理は、人間の罪から、創造への道である;人間は、真理によってのみ、生命に至る道を見出すことが出来る。

人間は、真理を創造の道として受け入れるなら、

創造との連帯を見出すことが出来る;何故なら人間は、そのようにして生まれたのではなく、生命の経過において、初めてそうならねばならないからである。

創造との連帯は、真理の賜り物であり。人間が真理に信頼を置く時、それは体験される。

人間は、創造の真理を受け入れなければならない。そうすれば彼は、愛、平和、意識の満たされた人生を体験できる。



第75章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 賢者は、たとえ真理が不愉快に響いても、いつも真理を選ぶ。
 3. 罪は滅ぼさないと、常に増長する。
 4. 真理により、法則と掟が維持される。勤勉により知識が、中庸により愛が。
 5. 知恵者はあらゆる被造物に対し自分自身に対すると同じ態度を取る。
 6. 人が人生において大きな財宝を得ても、それを働かずに享受することは出来ない。
 7. 知恵者は木のようだ。彼の黙想は。根を提示している。
 8. 木の根は、慎重に護られねばならない。何故ならそれは、根が無くては枝も葉も実も付けないからである。
 9. 富や贈り物がある時には。いつも食客、偽善者、ごますりもいる。
10. 互いに愛で結び付いている時、別れることさえ一致することである。
11. 愛が一方的であるなら、一致さえ別れを認識させる。
12. 富の利用は、善人がそれを共に享受する、それである。
13. 全世界に、真理の名声がその神聖さにより広がった。しかしそれにも拘らず、人間はそれを認識しない。
14. なるほど人は他人の信頼を勝ち取るが。真理のみ信頼に値する。
15. 知恵者も予言者もいない世界では、人は、愛、知識、真理、知恵も学ばない。
16. 人は、真理を労り護るべきである。何故なら人は、多くの偽りに行ったり来たりするからだ。
17. 権威者は真理であり、権威者は知識である。しかしあらゆる権威者の権威者は、愛である。
18. 真理は真似するのではなく、行使するものである。
19. 知識も真理も無い世界では、人々は全ての法則と掟に違反する。
20. 最善の力を尽くして、人はいつも援助をするべきである。そして誰にも損害を加えてはならない。
21. 不義者は、いつも貰うことだけを考え、決して与えることを考えない。


第76章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 人間よ、真理と愛により、平和が貴方がたに在るように。
 3. 人間よ、生命の遍歴に必要なものは、全て創造の真理によって貴方がたに与えられている。
 4. 人間よ、貴方がたの勤勉さを真理に向け、貴方がたの徳を、愛の認識の中で証明せよ。
 5. 人間よ、愛と真理により、貴方がたに貴重かつ最大の約束が与えられている。
 6. 人間よ、認識において中庸を。中庸において忍耐を行えよ。
 7. 忍耐の中に、貴方がたは創造の真理、平和、愛、存在を見出す。


第 77 章

 1. 創造、知恵者、義人の名において。
 2. 予言者は、書の中の書を終え、この為に次のことを語る。
 3. シャベルで穴を掘り、水脈に出くわす人間のように、従順な弟子は、師の内に隠された知識に達する。
 4. そのように、光がエネルギーの消滅と共に消えていくように、人間の邪悪な運命も、邪悪な行いの消滅と共に消えていく。
 5. 川の流れが土砂を堆積し、再びそれを押し流すように。全能の時も、人間を結合させ、分離させる。
 6. 病気により、人間に美しい魅力が無くなるように、創造に背くことにより、地上での幸福も消える。
 7. 賢い悟性のある人間は、力以上のことを求めず、行わないし、軽現することも決してない。
 8. 人間の肉体はシャボン玉に似ているので、風の中に立つ灯の炎のように、非常に落ち着かない幸運の宝は、何の為に役立とうと問うている。
 9. 成長する牛の角が伸びるように、貪欲な人間は、増える富によって貪欲になる。
10. 人間の考えること、行うこと、欲することは、人間が創造の道に従う時、骨折らずにそれに到達するものである。
11. 愚かさから敬虔な言葉を受け入れない者は、怠惰な人間として利益を逸し、直ぐに後悔する。
12. 誰一人として真理を知る名誉ある人間のいない所に、一時も止まってはいけない。
13. 傷ついた足をして徘徊する者は、更に足に裂傷を負う。たとえ注意深く覚束無い足で歩こうとも。
14. 信仰と物乞いは、人間の偉大さを破滅させる。
15. 人間は、共に行う人々のように、彼が仕える人々のように、自らそうありたいと願望するように、そうなるものである。
16. 人間の良き風評が、世の中で讃えて歌われない限り、彼は人々に尊敬されない。
17. 人間の話は、絶えず見守られねばならない。何故ならどんな話も堕落に突き落すからである。
18. 邪悪な者は、老いても邪悪である;酢っぱいきゅうりが決して甘くならないように。
19. そしてこれがオームの書の言葉であり、真理である。人間において知識が勝利する為に、それは厳しくも、柔軟でも、鋭くもなく教えている。
20. 創造の御名において、創造が永遠に讃えられ、尊ばれるように。
21. これをもって書の中の書、オームは閉じる;人間よ、呪いの為ではなく、祝福のために、貴方が学ぶことを役立てよ。

(オーム 完 後藤まり子訳)



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