愛の法則

ビリー著



愛は、人間の生命である。

従って、人間は愛を畏敬すべきである。




愛の法則

地球人よ、愛の法則は、貴方の生活の全範囲、すなわち、貴方の自我、友人、結婚生活、家族、動植物、人間的、霊的、宇宙的生活 ― 全宇宙と霊的宇宙の世界 ― を貫く法則である。

愛は、宇宙の七層の原理を完全に表現したものである。

この原理は、宇宙の普遍的力、「創造」から生れ、創造とその被造物と共に永遠に存在し、絶対の絶対、完全な存在に高められた愛である。

愛は、全存在の全ての法則である。

愛が無ければ生命は生れず、愛が無ければ活動も有り得ない。

愛は生命の多様な活動に必要であり、存在と非存在、光と闇、誕生と死は愛の活動形熊で有り、ありとあらゆる物には愛が必要である。

生命は、愛無しには存在せず。何故ならば、その出生時より既に愛の支配下に在るゆえ。

愛より他に生きる目標は有り得ず、生命を活かす愛は全てに優る。

各生命は、発生した瞬間から、愛の為に造られた。全存在と全生命は、絶対によって創造され、その起原は秘中の秘である。

絶対は無限の時間から、全宇宙の全ての存在形態の不変原型を創造した。

(最初の創造行為)

愛は絶対無の時間、空間で生れ、永久に存在する。

物質生命は、巨大な絶対無の中で人智の及ばない方法で、愛の感受性を与えられた。

(理解し、思考し、感じ、探求する力)

地球人よ、絶対無から、如何にして感受性が生れたかと問うても無駄である。物質人間が如何に努力しても、その答えは永久に判らないからだ。

(霊的人間に成長していない)

貴方が自分の力の限界も知らず、全物質の出現の起原について問い続けたなら、狂気に陥り、間違いなく自らを破滅させるだろう。

万物の起原の問題は、秘中の秘であり、人智を遥かに超えた継である。それは余りにも広く深いので、その把握しきれない範囲に有る根拠は、ほんのわずかに理解されるか、捉えられる事が出来るのみである。

既にその様な問いの始まりは、未制御に発する狂気に根差している。

そしてその狂気は、無限の時間と空間の絶対無が、感受性を生み出している場所から発し、その感受性は又、愛と定義出来る。

それでは無限の時間 ― 空間である絶対無から、愛の感受性がいかにして生れたか。

理性的に判断すれば、絶対無は初めから物質の中に存在していたのではないか。繊細であろうと粗野であろうと、成分には変わりない。

その通りだ。  絶対無は、物質で構成されている。

何故なら物質無くしては、いかなる存在も有り得ないからだ。つまり、万物の出現する際に、絶対無は文字通り絶対的ゼロなのであり、いかなる生命形態も存在せず、まして物質的、霊(Geist)的生命は勿論の事、感情を持つ生命も有り得ず、結局全ては無の状態にあった。

ところが、無の物質と言われる生命形態が存在し、愛の中に絶対的愛が形成された。

さて、はっきりしている事は、絶対無は人間には未知の物質から出来ていると言う事である。

空間が存在すれば、物質が存在する。と言う事は、絶対無は空間的存在である。

存在は、時間を必要とする。

時間は、“創世紀”にも書かれている様に、分割されず、ただ、無限の時間であった。これは論理的にも正しい思考である。

絶対自体は絶対無から生じ、この絶対無は無限と永久時間の中に有った。

絶対無は、ただ人間的な判断によって絶対無であり、人間には知られていない物質から出来ており、無限空間の広大な広がりの中に内在し、人間には捉える事の出来ない無限時間に渡って存続し、その1秒は、全物質的宇宙の全時間に匹敵する。

この絶対無の1秒は、人間の数学的年数に換算出来ない。

ここまでは、我々宇宙人も理解出来るが、これ以上は判らない。

絶対無は不思議な物質から生れ、宇宙の全存在の基礎である。これが、如何なる過程を経て来たのかは、人間には解けない永遠の謎である。

創造による宇宙の創造と、万物の発生と消滅に関しては、論理的に理性で説明出来るが、絶対無から絶対が生れた事については説明不可能である。
 
(物質宇宙の発生に関しては、ビリー書、「創世紀」を参照されたい。)


「愛とは何か」

愛とは、自己の生命が、万物に宿っている事を完全に認識する事である。

動植物、同胞、あらゆる生命形態、全宇宙と霊的宇宙の存在物の中に、自己との一体感を体得する事である。

真の愛とは、

「存在する全ての物と共に生き、感じる事を、絶対の知識によって確実に体得し、讃え、他者が惑星、動物、石、人間であろうとも、自己の一部と見なす事である。」

愛は絶対確実なもの、絶対智、絶対感覚、絶対概念で有り、全生命は、唯一の生命の一部である。何故なら、永遠に存在する万物は、その起原において、共に一つの総合的我々と言う形態を成し、愛の知識と感覚を具体化したものであったからだ。

愛は、絶対的知識であり、絶対的感覚であり、全宇宙と、霊的宇宙のあらゆる生命と、太古の発生期に共存していた。

絶対的英知によると、各生命は、他の生命の一部であり、その一部は、何れも同じく唯一の存在の一部となる。

全宇宙の生命形態は、そのためにのみ存在しており、何故なら、真実はそうだからである。

人間の中に知識と、理解力、思考、感情の英知が生れ、全ての生物と共に生き、自分が、動植物、同僚、粗大 ― 又は微細物質的生命体、全宇宙とそれを超えた全存在の中に生きている事を体得する時、その一体感は言葉に尽くせない絶対的確実なものとなる。

それが愛である。

人間が、あらゆる生命に愛を感ずる能力は、高い理解力、共存、共感、万物との絶対的連帯意識と、その確証に根差している。

その結果(思考力と感受性による) 高度な精神作用と導きは、幸福(喜ばしい活気による)、満足感、喜び、調和、柔和さなどが現れ、外面にもはっきりした形で現れる。

しかし愛の強弱の程度によって、内部の喜びの力にも変化が生じる。

愛から、多様な形の愛が生れる。

狂信的愛、束縛の愛、憎悪、激情、友情、夫婦愛、精神的恋愛、恋人の愛、追憶、肉欲、愛の為の愛、同胞愛、生物への愛、普遍的愛、収集癖、真実への愛、創造への愛.嘘をつく癖、悪癖、偏執狂、色情狂、子煩悩等々・・・・。

この愛の多様性は、多様な事情によって起り、その種類も数千にのぼる。

その全てを、特性や価値の有無について説明するのは不可能であるが、重要なものについて説明しよう。

愛の多様な形態は、人間の感情の度合と、他人と共存する必要性の理解力に応じて起って来る。

人間のエゴイズム、欲望の達成、貪欲、願望、自律心、独自の思想、財産権の主張等に関しては、特に愛の形がはっきり現れる。

人間には、自分の性格に合った愛の表現があり、彼独特の感情、希望、性質が愛の表現を左右する。

羨望の特徴はエゴイズム(独占欲)であり、物の判断を誤り、物を手放さず、放出を恐れ、自信喪失等々に陥り、あげくの果てに嫉妬に狂い、病的な精神状態に堕落し、相手を滅してしまう。

最初、相手に対してプラトニックな深い思いやりを抱き、相互に強い愛で結ばれた状態に、間違った感情が入り込み、誤解を生じ、誤った行動に走り、病的な嫉妬が現れ、自分の中に地獄を作り出し、そこから相手の起居振舞、言動の一切を歪んだ目で見詰める。そこで自分の惨めな姿を哀惜する事が出来なくなり、ついに自殺に至る。

嫉妬する者は、嫉妬によって彼の内面の生活は全て狂わされ、歯止めが利かなくなり、相手に対する正しい知識、愛情、義務感は失われる。

真の愛を完成させるには、地球人が愛の法則を文字通り根本から理解した時に初めて実現する:

愛は、自分がすべての中で、そう、すべての存在物の中で、共に生きそして共に存在することの絶対的な確実性のことです。すべての存在の中でとは、つまり、動物や植物の中で、仲間たちの中で、物質的そして霊的な生命体の中でも同じように、そして全宇宙と更にそれを越えた存在の中で、ということです。

すなわち真の愛とその完成は、人間が真の愛を理解し、認識して、初めて成る。

それがどんな形式であろうと問題では無い。

それは感情と、あらゆる種類の内外の影響を受けず、唯一愛の原初的永遠の法則の成立に従って整えられている時にのみ成立し、真に至る:

愛は、自分がすべての中で、そう、すべての存在物の中で、共に生きそして共に存在することの絶対的な確実性のことです。すべての存在の中でとは、つまり、動物や植物の中で、仲間たちの中で、物質的そして霊的な生命体の中でも同じように、そして全宇宙と更にそれを越えた存在の中で、ということです。


地球人よ。

この事を認め、自から観察して学べば、昔から言われて来た、次の言葉を突然理解するはずだ。

「自分自身と同じ様に、同胞を愛せよ。」

ここに言う“同胞を愛する”とは、宇宙の全存在を、愛の法則に従って愛する事を意味する:

愛は、自分がすべての中で、そう、すべての存在物の中で、共に生きそして共に存在することの絶対的な確実性のことです。すべての存在の中でとは、つまり、動物や植物の中で、仲間たちの中で、物質的そして霊的な生命体の中でも同じように、そして全宇宙と更にそれを越えた存在の中で、ということです。

貴方が独自に存在し、生きているのは確かな事実だが、同時に同胞との関係を保ちながら共存している。

各自は創造の霊の一部を共有しているのであり、それが万物を生かしているのだ。

全存在の各分霊のみが、完全な存在として物理的世界と、霊的世界に存在する。

真の意味で、貴方の中に愛があるなら、万物と共に生きている事を実感するはずだ。

この実感が、貴方の内部に起らない時は、普遍的愛が形成されるのは程遠い。

もしそうであれば、自分の欲望、性癖、貪欲、誤解、強情等に捉えられ、永遠の愛の代わりに、自己流の道徳観に支配されているということである。

こうした私利私欲の愛は、万物を包む高度な深い愛とは全く異質で、低級なものであり。人と人を真につなぐ愛では無い。

愛の真の姿は、宇宙の万物を愛する包括的、普遍的愛である。

歪んだ愛の形、例えば、溺愛、奴隷的愛、憎悪愛、激情的愛、盲信的愛、醜名愛.色情狂、偽りの愛等々は避けるべきである。

こうした異質の愛は、慎重に静止しなければならない.

真の愛を知らず、尊敬の念と調和の心を失えば、真の愛と嘘の愛を区別する力が無くなるのが一般的だ。

人の外見や、地位、財産、変わった振舞、意味あり気な行動等、こうした表面的なものを愛と思い込み、自分をだまし、その結果自分を低下させるのである。

甘言を:弄し、色目を使い、嘘をつき、その他あらゆる手練手管を用いて自分を偽り、自分の私欲を、崇高な理想と思い込む。

それ故、真の理想を実現する事が出来ず、偽りの愛で自分を飾る。

自己欺隔・・・これが貴方の姿だ。

不誠実に結婚に踏み切り、自分の欲望が実現出来なくなると、結婚生活は破綻の兆しが出始める。つまり結婚する前から、既に離婚の運命が待っているのだ。

愛の問題で、地球人は度々自分を偽り、無知と無関心の為に自分が正しい愛情を抱いていると想像するが、実は自分に執着し、我欲を実現しようと懸命になり、欲情の虜になる。

欲望と欲情にうつつをぬかし、正しい愛の形を実行する心の準備を怠り、貴方の全身全霊を、同胞に捧げていると信じているが、実際は、それは見せ掛けであるから、突然、嫉妬や憎悪が飛び出し、同胞に真の愛情を持てなかった事がはっきりするのだ。

地球人よ。

真の愛は、愛の法則を心底から理解し、畏敬の念を持つ事にある。

愛は、自分がすべての中で、そう、すべての存在物の中で、共に生きそして共に存在することの絶対的な確実性のことです。すべての存在の中でとは、つまり、動物や植物の中で、仲間たちの中で、物質的そして霊的な生命体の中でも同じように、そして全宇宙と更にそれを越えた存在の中で、ということです。

この愛の法則に対する畏敬の念は、存在の根本であり、愛自体の根本要素でもあり、愛が成長するのは、この包括的理解に立った畏敬の念があるからである。

これは真実であるゆえ、一度真理に目覚め愛が確立すると、人は決して後退したり、冷血漢に変身して憎悪したり、破滅したりする事は無い。

愛が確実なものとなり、進化の法則に従って愛の対象も拡大し、忍耐強くなれば、遂には万物を包含し、不変性を帯び、永遠の愛が保証される。

地球人よ

真の愛が一度、どんな小さな形でも芽生え始めると、決して消滅する事は無く、憎悪に変わる事も無く、永遠に不動なものとなり、無限の不変性をもって存続する。

いかなる者も真の愛を破壊する事は出来ない。

死をもってしても、愛を破壊する事は不可能であり、新しく生れ変わって一層大きな愛の花に発展する。

こうして愛は、生から生へと中断する事無く、着実に連続し、全存在を包括するに至るからである。

実在する真の愛は不滅であり。如何なる陰謀、如何なる悪の勢力に屈したり破滅させられたりする事は決してあり得無い。

真実の愛が一旦存在し始めると、未来永劫に存在し、徐々に拡大し、勢力を増し、最悪の術策、妙計、死をもってしても、いささかも変える事は出来ない。

貴方が偽りの愛や悪意を持って互いに接し、それによって自分をだますならば、貴方の内部に憎悪が成長し、僅かなきっかけで貴方は堕落するのだ。

貴方の友に真の愛を感じていて、彼が或る理由から貴方への愛をたとえ失っても、真の愛は全てに勝ち、あらゆる状況に打ち勝ち、彼に対する誠実な気持は不変である。

真の愛は、計り知れない程大きな力と広がりを持つ故、増々大きく成熟し、人間の物質的な関係や、利己的な要求は無に帰すのである。

次に重要な問題は、愛に疑惑が生じた場合、これを解かなければならない。

友情で結ばれた二人の一方が、他方に疑問を抱いた者は、全てに関して間違った見方に陥る。

これは、愛の法則に対する無知から生ずるのであって、そこに発生する疑惑は正当な根拠に基づいておらず、私的な欲望を相手に要求する事は決して許されない。

つまり、不信を抱いている者は、純粋な愛を持たず、個人的な感情や欲望に支配され、その結果、疑問、利己主義、嫉妬が生れる。

こうした人間は、常に友を疑い、愛の法則に無知である。

真実を理解する者は、愛は他者に何も要求せず、強制しないと言う事を熟知している。

疑惑を抱く者は、自分の愛すら信ずる事が出来ず、共に法則に従って生きる事に無知な為、そうなっている。

特に愛は、愛の為に決して要求されてはならない事が事実である。何故なら愛は、真実の認識とその把握により、人間の中で自ら育てられなければならないもので、決して強制されてはならない。

疑うものは、自分自身が、自己の愛に不確かな要因を担っていることを、自身が不確かで理解もしていない。何故なら、彼に法則の枠内で隣人に愛を与え、共に生き、存在する形式を取って生きなければならないことが、不鮮明であるからだ。

この愛によって隣人は自己 一 自身のようになる。

そして愛の法則は完成されるのである。

愛は絶えず与えるもので、決して要求されて得るものではない。

勿論、愛は与えられるのであるが、畏敬の中で生まれ、畏敬をもって拡大されねばならないが、決して要求に根差してはならない。

何故なら、その様な愛は、感情と願望を前提としているからだ。

人間に取って重要な愛は次の4つである。

夫婦愛、
純愛(プラトニック・ラブ)、
普遍的愛、
同胞愛(隣人愛)。

この4つの愛は、相互に密接な関係を持ち、愛の法則を持ち、愛の法則によってそれぞれ特別な規則に支配されている。


「夫婦愛」

夫婦愛は、子孫をつくる義務と人類の進化を助長するのが目的である。従って、愛の法則によって真実の愛として結合愛が与えられる。

愛は、全存在の中で自己と万物が共に生き、共にあると言う絶対なる確証である。

全存在愛とは、動植物、同胞、あらゆる生物、全宇宙と、そしてそれを超えたもの。

*この愛の法則を守る事は、夫婦愛の根本条件である。*

結合は、愛をもってなされ、その目的と意義は子孫の誕生とし、人類の進化を促進する事である。

明らかにこの真の愛は、同胞愛と普遍的愛として、全ての愛に優り、配偶者との肉体的結合に子孫を作る義務を果し、同時にプシケ(Psyche)の面でも、パートナーの結合的愛による調和の取れた形成によって発達が可能になる。
                 
(真の愛、肉体的愛、等)

夫婦は、生存中は、真の結合愛によって相互に協力し、決して離別する事があってはならない。

その結合が、一方的な愛であろうと、相互的な愛であろうと、即ちパートナーのただ一方のみが、結合愛を感じた場合でも同じである。

一旦結ばれたら、別れてはならない。

夫婦愛には、一方的愛と、相互愛があり、後者の方が望ましいが、前者の場合は、時間を掛けて、たとえ何十年かかっても、徐々に両者が相互愛に近づく様に努力する必要がある。

故に、一方的な結合愛であっても、二人のパートナーが夫婦になる事は許される。

一旦結婚生活が始まると、夫婦は直ちに愛の法則に従って、相互に愛し合い、姦淫は許されない。

夫婦愛を正しく行なうには色々な約束がある。

愛の法則によれば、夫婦愛とは一夫一婦制を意味するが、地球人はこれを間違って解釈している。

一夫一婦制、一つの夫婦、一つの結合、

この場合、これは単に唯一の結合を意味する事では無く、担当する二人の男女が一体になると言う事で、完全なる全体として、男はプラスの役目を、女はマイナスとして、完全に一つの結合体になると言う事なのである。

宇宙には、一つのプラスと、一つのマイナスが完全に結合している場合と、一つのプラスが、数個のマイナスと結合して、建設的、創造的に発達する場合とが在る。

一方、二つのプラスが結合すると、反発、爆発、破壊する現象が起る。

夫婦愛についても同様の事が言える。

一人の男性(プラス)が、数人の女性(マイナス)と結合して。各女性と調和した関係を保つ。

こうして、各女性と夫婦生活が成立し、各夫婦間の問題は、全て規則に従って、正しく処理されなければならない。

その場合、他の女性との関係は、調和した関係を作り、嫉妬その他の排他的要素によって干渉される事無く、寛容の精神と純愛によって全体の関係は調整され、相互にいささかの問題も起らない。

一つのプラスと一つのマイナス、或いは、それ以上のマイナスとの間に、決して差別があってはならない。

つまり、愛の法則に基づいて、一人の男性が数人の女性と性交して子供をつくる。

一方女性(妻)は、共有する一人の男性とのみ交わって子供をもうける。

愛の法則により、妻達は一生共通の夫以外と決して性交してはならない。

法則と掟により、結合愛は一生涯存在しなければならないので、進化、その他の理由により、女性(マイナス)は、何時も、或いは周期的に、或いは毎年等々、他の男性(プラス)と子供をつくる事は出来ない。

但し、進化、その他の理由により、夫が不能の場合は、他の男性と交わる事が許される。

人間の一生は、宇宙の法則によって決定されており、人間は、創造の完全な計画を遂行しなければならないから、人類は絶滅してはならないのであり、人間が狂気に走らない限り、自然のバランスによって地上に誕生する女性の数は、常に男性より多くなる。        

そう言う訳で、一人の男性が数人の女性と正常な夫婦関係を持つ事もあり、法則と掟を満たすのである。

*この法則と掟を真に満たす子供と大人の数は、惑星に全人類を収容出来る数までである。*

地球に許される人類の数は、5億人であり、1978年現在では人口過剰により、42億人となっている。
         
(ひろ注 2012年現在では、82億人を越えた)

地球人が愛の法則を、その限界内で正しく実行するならば、地球は人口過剰に決して苦しむ事は無いが、現状では、人間は自然の法則を無視し、誤った一夫一婦制によって人口が急に増加し、宇宙の法則に対する無知により、夫婦愛は堕落し、夫婦の子供の数は三人以上になり、その結果、自然のバランスが崩れ、私生児の数も多い。

人間が勝手に作った約束による一夫一婦制は退廃し、家庭生活は崩壊し、此の状況が長く続いている。

その為、一方では多くの女性が強制的に売春婦にさせられ、他方、男性は数人の女性と自然に適った法則により夫婦関係を結ぼうと試みた。

その試みが長く続く程、多くの女性と試みる様になり、売春婦を利用したり、他の未婚女性や既婚女性を利用する様になった。

こうして姦淫がなされる様になる。

そこに結合の愛が、もはや存在しないからである。

しかも女性は、数千年も男性の勝手な約束事である一夫一婦制の下に、不当な妻の役割を抵抗もせずに甘んじて受けてきた為に、この自然に反する忌まわしい制度が正しいとされ、彼女達もそう信じ込む様になった。

こうした悪習に対抗する対策も出現したが、結局、利己主義、嫉妬、殺人等による陰謀によって挫折した。

勿論、一夫一婦制による正しい調和した夫婦関係もある。

こうした結婚生活は、真実で正しいものだが、別の結婚生活を許さない、間違った人間の法則や、他の夫婦形式を許さない宗教的儀礼に凝り固まった夫婦生活に傾く場合がある。

過剰人口に関して、地球人は間違った考え方をする。

生れ変わりを間違って解釈し、次の生れ変わりに同じ相手に巡り逢えず、前世での夫婦愛を再度築く事が出来ず、何百何千年経っても、夫婦愛であろうが、純愛であろうが、同じ愛を再現出来ない。

こう言う訳で、地球人は偶然の相手との結婚を余儀なくされる。こうした結婚生活は、過剰人口の為にやむを得ないと考えている。

不自然な一夫一婦制で、結婚が失敗する場合を見よう。

(これは、不純な愛情、欲望、性的犯罪、姦通等を誘発する)

不自然な一夫一婦制の下では、人は、前世で愛を共に経験した相手に引かれて結婚相手に選ぶのだが、今世では非合理的な法律の為に、純愛や、真の夫婦愛は妨げられ、更に、堕落した私情が介入して結婚は失敗する。

例えば、ここに一組の夫婦があって、二人は幸福な家庭生活を送っていたとしよう。

ところが、急に新しい女性が現れて、この男性と結婚したいと思っている。

(未婚で、他の男性と愛の関係を結んでいない場合)

実は、この新しい女性は、前世でこの男と結婚していて夫婦関係を結んでいたのである。

死は前世に於ける夫婦愛を決して止める事はできず、自然の法則によって、この愛を今世に於いても益々発展させ様とする。

宇宙の法則によれば、前世で夫婦であった二人は、今世にも夫婦として結婚する事が出来るので、この男は、妻の他にこの第二の女性とも結婚出来るのである。

その女性の年齢は、全く重要では無い。

つまり、彼は二人の女性を妻として夫婦生活を送ることができるのである。

ところが地球的な法律では、既婚の男の、第二の女性との結婚を禁じている。結局、新しい女性との結婚は失敗する。

この失敗の原因は二つある。

一つは今述べた様に、既婚の妻が、無知と間違った要素に基づいて、利己主義や嫉妬の為に一夫一婦制度を主張し、夫が他の女性と関係を持つ事に反対する。

もう一つは、夫と既婚の妻の夫婦愛が長く続き、容易に崩れ無い場合。

第二の女性は身を引くのである。

たとえ宇宙の法則では可能であっても、現実的に新しい女性の結婚は失敗するのである。(図1を参照)



しかし二人の夫婦関係が、愛の法則に乗っ取って行なわれているならば、第二夫人が現れて、夫との間に夫婦関係を結び、子供を産んだり、その他の義務が正常に行なわれたら、第一夫人と第二夫人との間に純愛が生じ、正しい調和が成立する。(図2を参照)



又、幸福な結婚生活を送っている二人の間に、新しい男が現れた場合、
(既婚、未婚に関わらず)
この男は、何百、何千年前の生れ代りの時に結婚していて、愛の関係があった為に、彼女と関係を作ろうと迫った時、二人のプラスとプラス、この場合では二人の間に競争が起る。   (ライバル)
何故なら、愛の法則と自然-創造の法則が、二人のプラスが一つのマイナスを求め、両サイドからの生殖を妨げるからである。
憎悪と争いが繰り返され、夫婦関係は失敗する。(図3を参照)



ところが。この幸福な夫婦関係を、新しい男が認めた場合、かつ、愛の法則に従って身を引き、その女性に純愛のみを求め、肉体関係を慎んだ場合には調和が生れる。 (図4を参照)



夫は妻を愛しているが、妻が夫に肉体関係を許さずに、別の既婚の男を、前の生れ代りからずっと愛し続けている場合には、夫にとっては純愛以外の関係は無い。

だが、妻が、その既婚の男に強く引かれて肉体関係を結んだ時、姦淫が生ずる。(図5を参照)



以上でハッキリした事は、二人の男女が結婚し、両者が真の愛で結ばれ一体化した時は、真の愛が生れる。

姦淫が起きるのは、夫婦関係にある二人の一方が、他の夫婦の一方と関係を結ぶ時である。

夫婦関係を結びながら、相互に愛し合っていない場合、両者の一方が他の異性と真の愛を結ぶ場合は姦淫にはならない。

何故なら、真の夫婦愛が無く結ばれているから、正しい結合の法則は成立せず、責任と成長を伴う愛は、長く続かない。

そう言う訳で、真の夫婦愛が無い妻は、新しい男と新たに正しい夫婦関係を作り、子供をもうける事が出来る。

この場合、新しい夫が既に妻を持っていたとしても問題では無い。

と言うのは、新しい妻に子供が出来ると、男は、その第二夫人と子供を世話する責任が出来るからである。(図6を参照)



愛の存在しない夫婦で、男が他の女に目を掛ける場合がある。
         
(未婚の女性、或いは既婚でも夫婦愛が無い場合)

その男が、既婚の他の女と愛で結ばれ、結合を経験する。

この二人が、結婚して子供を作らず、成長を目的としない場合は、二人の関係は売春行為となる。

二組の夫婦があって、各夫婦間にはそれぞれ愛で結ばれている時に、一方の組が、他方の組の夫婦に愛を相互に感じた場合、この4人の関係は純愛で結ばれる事が必要であり、そうする事によって二組の夫婦に、正常な純愛が発達するのである。(図7を参照)



二組の夫婦の内、一組の女が他の組の男と愛を結ぶ時、この男女は真の愛で結ばれているが、それぞれの夫婦間に真の愛が存在しない場合、姦通が成立する。(図8を参照)



全ての夫婦間で許される正常な関係は、純愛である。

地球人は、一夫一婦制度を、自然の法則に従わせず、人間的、非倫理的な制度に変形した為に、自然の法則に基づいた夫婦生活を送る事が不可能になった。

地球人はもはや宇宙の法則を守らず、法則の意味を理解せず、徐々に規律を破壊していった。

宇宙の法則と、人間関係の真の法則を無視した結果、必然的に堕落していき、売春、姦淫、男色、強姦、不貞等が広まった。

この退廃的人間関係の頻発は、人間が宇宙の法則を軽視し、それに代わって不合理な反自然的規則を自からに課し、狭量な知臓に基づいて考え出した一夫一婦制度を頑なに守って来たと言う事実にはっきりと現れている。

真の結婚生活とは、

男と女が相互に尊敬の念を持って結ばれた、一体感が存在する関係であって、地球人の一夫一婦制度ではこれが完全に無視されている。

一つの結婚とは、一人の男が一人の女と結婚し、両者が完全に結ばれて一単位を構成すると同時に、同じ男が他の女と完全に結ばれて結婚すると、新しい夫婦生活が成立し、この二つの単位は全体として一つの大きな単位を造る。

こうした複数の夫婦結合は、自然なものであるが、地球的な一夫一婦制から見ると、重婚として姦淫を犯した事に見える。

だが、宇宙の法則により、男は正常な自然の感情に従って、複数の女性に関心を持ち、それぞれの女性と正常な愛を結び結婚する事が出来る。

周知のごとく地球では、何千年来の一夫一婦制によって、女性は束縛されて来た為に、しかも自然な宇宙の法則に無知な為に、夫が数人の女性と夫婦関係を続けると、彼に対して嫌悪感、利己主義、嫉妬を抱く。

地球人の夫婦は、はっきりと意識していないが、一夫婦単位とは、一組の男女が結婚生活に入り、両者の間に第三者が介在しない事である・・とばかり考えている様だが。そればかりでは無い。

更に、男が二番目、三番目、四番目、五番目の女性とそれぞれの愛の結合関係を持ち、結婚生活に入れば、各女性との夫婦生活は正当なもので、たとえ五人の女性が一緒に暮しても、同じ男が五人の女性とそれぞれ五つの小夫婦単位を造る事が出来る。

この五つの小単位が集まって、一つの大きな夫婦を造るのである。

人間が自然を正しく観察する決心をすれば、必要な知識を発見し、愛の法則を真に理解出来る事を、自然は確実に保証してくれる。

ノロ鹿の生態が良い例だから、これを例に取って説明しよう。

ノロ鹿は人間に良く知られ、ありふれた動物だが、この動物の行動に自然の愛の法則がはっきりと現れているのを観察する事が出来る。同じ事が山羊、羊、ライオン。水牛、カモシカ、象、ラクダ、一瘤ラクダ、猿、犬、その他無数の動物にも当てはまる。一頭のノロ鹿が、つがいの主人として、又、群れの父親としての役割を果し(つまり。多数の妻を従えて)同時に群れ全体の保護者、指導者の役割も果す。このノロ鹿が、まだつがいになっておらず、外れ者になったり、仲間から追放されたりする場合以外は、決して別の群れに干渉しない。敵の攻撃に対しては、進んで戦う。大抵侵入者は、彼の群れに近づかず、何も仕掛ない。それよりも、別に群れを作ろうと努力する。大抵侵入者はまだ独身で、番いに成っていない若い鹿の中に見出される。それから、その鹿は同じ様に自分の回りに仲間を作り、群れを成し、敵から守り、子供をつくって行く。他の鹿や、ノロ鹿の群れもこうした生活をしている。やがて、子鹿が大きく成畏して強くなり、食量も尽きて来ると、子鹿は親鹿から独立して新しい群れを作る。これは、愛と自然の法則に従ってそうするのであり、新しい指導者となったノロ鹿の群れは、この法則に従うから生き延びるのであり、繁栄するのである。

貴方の子供が成長し、力強くなると、貴方の家族から独立し、新しい家族を作る。

これは、貴方が法則に関して従っている唯一のものであり、他のものは忘れられ、踏みにじられている。

何故なら、貴方が独断的、非倫理的な自然に反する法則によって、貴方のこれに関する認識は破壊されてしまったからだ。

その結果、一つの夫婦単位についての理解が全く失われた。

その為、生命が高度に進化すればするほど、単位結婚制へ向かうのである。

「家族単位は、いくつかの小夫婦単位で構成する」と言われる時、貴方は、その真の意味を完全に誤解している。

地球人である貴方は、もはやそこに真の真実である、どの様にしてこれが自然の法則に適って、与えられているかを理解していない。

そうではなく、貴方は、こう理解しているのである。

人間は、より長く、多く、より高く進化すればするほど、次第に唯一組の夫婦結合だけを行なうと。

すなわち、一家族は、一人の男性と、唯一人の女性から成り、そこから子供が生れると。

しかし、その事は、ますます混沌へと導き、世界の人口過剰を引き起すのである。

もし、愛の法則が実行されるならば、売春行為、姦淫、男色、強姦その他あらやる退廃的悪習は、自動的に消滅するだろう。

更に、自然に従った産児制限も適切に行われ、数人の妻と結婚した男は、妻と協議して出産、養育する事が出来る。

そして、子供の数も自然に決って来る。

こうして不自然な子供が生れる事は、もはや無くなり、人間は自然の法則を正しく守る様になる。

だが地球人よ、貴方が自然と創造の法則に従って生活するか、それとも、それに反するか、全ては貴方の決意と行動にかかっている。

ですから、貴方がそれに反対して、さらに現在の状態に留まれば、その害悪の結果を自から背負わなければならない。


愛の法則における個々の掟は、次の様になる。

1. 一人の男が、一人の女と結婚生活に入る意向を持った場合、この女は、彼女の夫と一方的、或いは合意の上で結合の愛を結んでいてはならず、結合を認めていてはならない。

2. 男が、一方的、或いは相互の結合愛を夫と持って生活している女か、或いは夫との結合を認めている女と、肉体関係を持とうとしたり、結婚をしようと思っている場合、その男は、そう思っただけで、姦淫を犯した事に等しい。又、その男が、その女と実際に関係を持ったら、二人は完全に姦淫を犯した事になる。

3. 結婚して一方的、或いは相互の結合愛に在る女が、他の既婚、又は、未婚の男と肉体関係を持とうと思ったり、結婚しようと思った場合、その女は、心で姦淫した事になり、両者が肉体関係に入れば完全な姦淫を犯した事になる。

4, 女が、男と肉体関係を持ちたいと思う時、その女は独身者でなければならず、一方的、或いは両方の側から、結合愛によって夫と結ばれていず、結合によって男を許容していてはならない。

5. 肉体関係は。結合愛が条件となり、その業によってのみ実現されなければならない。又、男と女の間に夫婦の結合が結ばれる事を条件とする。

6. 夫婦の結合愛が、一方的愛であれ。或いは相互愛であれ、結婚生活が確立している場合、その夫婦は一生離婚出来ない。

7. 男と女の間に夫婦の絆が結ばれるが、一方的、或いは相互の愛も無く、結合愛が、後から二人の内どちらかに、或いは両者に生じてこない場合、この夫婦の絆は、いつでも解かれる事が出来、解消出来る。

離婚した時。
   
二人の間に出来た子供の養育、教育、身の世話は、二人で平等に行なう事が出来る。片親だけに子供の世話を任す事は許されず、二人で共同の義務を果し世話すべきである。

離婚の際、

それぞれのパートナーが離婚届けを作成し、その書類に両者の全ての問題を規則正しく明記し、秩序が与えられる様にする。

8. 既婚者又は、未婚者が姦通を犯した場合、法律によって処置が行なわれ、過ちを犯した者は、去勢されるか、不妊化され、社会的共同体から追放される。

当事者は隔離された安全な場所に移され、生活は保証され、一生涯異なる性を持つ人々と別れて居住し、霊的発達の為に出来る限り努力しなければならない。

姦淫によると決って出来た子供は、完全な保護の下に、罪を犯していない両親が十分に世話しなければならない。

姦通した結果、出来た子供は、どんな事があっても、姦通者の生活圏に近づかせてはならない。

その子供は、他の所の子供の無い夫婦、或いは子供に恵まれない夫婦の所へ養子に行く事が出来る。

9. 夫婦の一方が死んだ場合、この夫婦の絆により生れた子供は、残った親が一人で保護する。或いは、この夫婦の絆を共に結んでいた他の人の保護を受ける。

(次の女性、或いは複数の女性)

10. 結婚生活が確立されると、夫は、妻とやがて生れて来る子供の為に生活必要品を与えなければならない。必需品は、金やあらゆる品物を含むが、正しい管理のもとで、妻の父や祖父に任せるべきで、必要に応じて妻が要求する物を与える。

父や祖父がいない場合は、妻の兄弟か保証人にやってもらう。

生活必要品は、妻が臨時に要求する物を意味し、例えば妻の装身具、衣装、子供の衣服、又は余暇の娯楽等である。

こうして夫は、妻と子の世話をし、生計と住居の面倒を見る義務がある。

夫婦の生活環境がどうであれ、社会の平均的物質的水準に沿って、夫は75年間の長さに渡って、この義務を果さなければならない。

妻の持参金は、両者の共同財産とし、夫の財産も夫と、夫と夫婦関係にある、女達との共有財産となる。又、その一部は、第三者に委託して、その第三者は、女の場合と同じく、夫の緊急の必要に応じて必要品を与える様にする。

妻の要求する品物については。制限して与える事も必要であり、夫の義務は、結婚生活に関する全ての必要な物や必要な事柄を用意し、支給する事である。

子供の養育に関しては、親は模範をたれ、発達に応じて規則正しく物を与え、妻が死んだ場合にも同様に、子供に対して正しい教育をしなければならない。

11. 夫婦は全ての問題に関して、平等に責任を分担し、一方が他方を出し抜く様な事があってはならない。

妻は、自分に相応しい役割の範囲内で、生活費を稼ぐ手助けをしたり、家族の世話、家族の指導、家事の切り盛り等に大いに力を発揮してもらう。

12. 夫婦が、結婚生活についてしっかりした知識と義務感を持ち、強い決心の土台の上に築くならば、初めて、堅固な夫婦生活が出来上がる。つまり、こうした強い結び付きによってこそ、安定した結婚生活が約東されるのであり、二人の結婚に関する目的意識が食い違い、結婚の導きに対する認識とその義務、その他が欠如しているなら、夫婦の絆が結ばれる事は出来ない。

この12の基準は、愛の法則から生れ、結婚生活を確実な基礎の上に永続させる為のものである。

これをしっかりと研究し、実行してもらいたい。

この掟は、今日もまだ有効である。(10ヵ条目の必要品を除いて)

地球人は、この基準をすでに一部修正して採用する様になったので、この基準の正しさがはっきり理解されるだろう。

地球人が生活の全般に、独自の人間的な規則を適用するのは結構な事だが、どんな事があっても、自然と創造の掟と法則を確認し、実行する事。そしてそれを絶対に破らない事が必要である。

地球人が、現状よりもさらに高い進化を遂げる為には、貴方の作った人間的法則を制限し、新しい構成に変える事が必要である。

それは、永遠に持続するもので、決して変更されてはならない。

すなわち、貴方は法則を将来、最早決して修正する必要が無い様に作り、規定する必要がある。

それを、自然と創造の法則の真実さの中に規定するなら、貴方の法則と掟は、自然と創造の法則に調和する事になり、貴方の世界で永遠に持続するものとなるからである。

現状では、未だそこまで達するのは不可能であるが、愛の法則に従った幸福と進歩を目指して、自発的に全精力を傾ける、強い決意と行動力が絶対に必要である。

それは、貴方にとって最も重要な事である。

その前に。婚約に関して是非守らなければならない規則が有る。

結婚する二人が、直接又は、間接の血縁関係にある場合、その二人の結婚は許されない。

同じ、兄弟姉妹間、或いは同じ子供同士の子供の結婚、父方、又は母方の伯父(叔父)と伯母(叔母)との結婚、つまり、直接の血縁関係にある両者は結婚出来ない。

これは健全な結婚を守る為であり、子孫間の結婚は7親等に渡って禁止されている。

こうして、直接的、間接的血族結婚は避けられる。

この禁止事項は、地球でも良く理解されており特に説明する必要は無い。

さて、次に結婚の規則に関して、地球人の価値観に従って、最終的方針がプレアデス星人の長老会議で決定された。

その真実の全貌を、地球の予言者としての私が、判り易い言葉で、いささかも修正する事無く、ありのままを語ろう。

「婚約の規則」

婚約は、結婚する前の約束であり、将来の夫婦として運命を共有する。異なる性による二人のパートナー、すなわち男と女の間でなされる。

当事者として、二人の人格、財産、権利と義務をその時点で正しく評価し、守る事を全て、文書に規定しなければならない。

規約1 婚約は、両者の約束事項を両者が同意し、保証人の立会いの下に、口頭と文書によって婚約の約束をするものである。

規約2 両者の合意が成立した婚約は、結婚が規定された通りに実行される事を意味し、更に責任有る役所において、結婚の動機、結婚生活に必要な全ての知識と義務を明記し、登録しなければならない。

規約3 婚約の期間とは、少なくとも1 2ヵ月とし、その間は真の夫婦愛が、将来、維持出来るかどうかはっきりと確かめる時期である。

規約4 婚約期間中に二人が夫婦生活と同じ様に同居する場合、子供を作らない様に十分注意すべきである。両者が肉体関係を結ぶ時には、規定通りに避妊用具を使用すべきである。

規約5 婚約中の同居においては、仮の結婚である為、別に同種の接触を持つ事は許されない。

規約6 婚約者の男が規則を破り、他の女と関係した場合、彼は規定によって7年間、婚約や結婚が出来ない。(婚約破棄)

しかし、女の方が彼と正式な規則に基づいて、婚約を再び結べば婚約が許される。

規約7 婚約者の一方が、正当な理由で婚約を解消した場合、所定の役所で婚約解消の手続を取り行なわなければならない。

(真の愛情が失われたり、結婚の為の前提事項が無かったり、結婚を危機に陥れる要因が有った場合)

参考 (規約1 結婚届けの為の管理官庁)

その場合、結婚を前提にして行なわれた贈答品は、金に換算して相互に償わなければならない。両親、友人、知人、保証人に対しても品物の贈答が有った場合は、同様の保証をしなくてはならない。

それに先だって、分配者間に合意が必要である。しかし、必要な場合には、法廷で決着をつけても良い。

規約8 婚約者の一方が死去した場合、婚約中の金品は生残った婚約者の所有物になる。この金品は、婚約中の物に限定され、婚約の規定事項に明記されていない限り、財産や、財産の一部は含まれない。

規約9 規約6で発生した婚約の違反に関して、違反された側(女)の、精神的、物質的損害の保証を行なう為に、違反した側(男)は、法廷で定められた金額を、女性に全額補償する義務が有る。

責任ある男性なら、いかなる事情が有っても補償しなければならない。これは、将来の結婚に備えての贈答に関係した両親、友人、知人、保証人にも適用される。

規約10 婚約が破棄になった場合、金品を請求する期限は1年以内であり、それを過ぎる、と請求権は無くなる。

規約11 婚約と結婚を前提にしてなされた贈り物や貴重品が売却されたり、人に譲ってしまった為、最早手元に無い時、不法所得の故に、法的提訴や全額の損害賠償を要求出来る。

規約12 婚約中に婚約者の一方が、他方の悪意の有る犯罪的行為によって、身体的、物質的、精神的損害を被った場合、加害者は法廷で裁きを受けなければならない。

しかし、加害者が、悪意の無い行為から生じた損害に対しては法的な処罰を受ける事は無い。


「結婚生活の契約に関する規則」


1. 結婚生活を始める為には、夫婦は結婚をする動機と義務について、正しい知識を持っていなければならない。

2. 少なくとも両性の一人が結合愛(夫婦愛)を感じていなければならず、そうで無い場合は結婚の契約は許されない。

3. 契約の際は、両者が互いの意識に適った能力を完全に意識して、第三者によって影響を受けて婚姻を結んではならず、これを望んではならない。(第三者とは、両親、友人、知人等)

4.契約の時、中立の保証人が立ち会って、役所で必ず登録する事が必要である。

5. 婚姻締結は、二人の異なる性を持つパートナー、即ち男性と女性との間にのみ成立し得る。

6. 結婚は、両性の関係が、直接、間接の血縁関係にある時は許されない。即ち、兄弟姉妹との間、親子、叔父、叔母。祖父母、異父母兄弟姉妹、甥、姪等、親族七親等に渡って禁止されている。(これによって直接的、間接的血族結婚は避けられる)


「権利の規則」

1. 女性が、男性と肉体関係を結んだり、婚姻締結を望む場合、女性は独身でなければならない。つまり、他の男と結合愛の関係にあったり、他の男と婚約中であってはならない。

2.男が、女と夫婦生活を始めたいと思う時、女は、他の男と一方的であろうと、相互の結合愛で結ばれていたり、既に結婚中であったり、婚約中であったりしてはならない。

3. 既に一方的、或いは相互の結合愛と夫婦関係にある男女の一方が、他の異性に関心を持ち、肉体関係を結ぼうと思った時、そう思っただけで姦淫を犯した事になる。もし、肉体関係が実際に行なわれた場合は、完全な姦淫が成立する。この姦淫を犯した者は、法によって処罰され、男性は去勢され、女性は女性で無くされる。(不妊化)即ち、違反者には、次の様な言葉が当てはまる。姦通当事者の二人は、法を適用して処罰され、それぞれ夫、妻の資格を失い、一生涯社会から追放される。二人は生活を保証された安全な場所に隔離され、異なる性と一生涯離別して暮し、霊的発達に努力しなければならない。

姦通の結果生れた子供を、裏切った側の住居に決して近づけてはならない。

子供は、子供の少ない、又はいない血縁関係の遠い夫婦に養子として与える事が出来る。

4. 夫婦の一人が死去した時、二人の間に生れた子供は生き残った者が養育し、又は、この夫婦の絆に伴っている女性、或いは別の女性の保護を受ける。

夫婦二人が死んだ場合。子供は名づけ親が引き取るべきである。

5.全ての契約と権利に違反したり、夫婦の間に一方的、或いは両方からの結合愛が無かったり、一方的、或いは他方から結合愛が生じて来ない場合この結婚は、法廷で無効と宣言されるか、離婚が成立される。

別れた二人は、子供が一人前に成長するまで、教育と養育を共同で負担しなければならない。二人の内、一方だけが子供の世話をしてはならない。必ず共同責任で平等に世話しなければならない。一方が、はっきりと自由意志から、この権利を拒否しなければの場合である。平等に負担する事によって、パートナーが一人で養育費を作る義務や、その他の全てに必要な義務を担わないで済む。

その様な婚姻関係の際には、それぞれのパートナーが離婚届を作成し、それに一切の重要事項が規則正しく明記され、全てに秩序が与えられる様にする。

6. 一方的であれ、両方からの結合愛であれ、婚姻締結がなされた場合、一生離婚してはならない。

7. 離婚に合意したら、夫婦は全ての義務と責任を正しく公平に分担し、全ての問題に協力し、平等に対処しなければならない。

何かの問題について、一方が他方のパートナーに損をさせて、利を得る事が無い為である。こうして夫婦は、運命の共有者として、何方が担当する義務を負うか、或る問題は、共同の義務で完成されねばならないのか、両者の意見に従って家族の教育、維持、家計の切り盛り、社会の義務を果さなければならない.

8. 夫婦は、全ての土地、財産、品物を共同管理、共同保有し、社会や個人的目的の為に公平な割り当てに基づいて使用すべきである。

もし、夫婦の一方が家族の財産を管理する能力が無ければ、法廷を通じて保証人の援助と助言を求める事が出来る。

9. 夫婦の作る子供は三人に制限すべきである。もし、規則に反して四人目が生れた場合は、夫婦の資格は失われ、断種を受け、定員以上の子供は養子として他の夫婦に引き渡すべきである。制限範囲以上の子供を作りたい時は、惑星の制限人口を越え無い限りで、法廷の許可が必要である。(地球の場合の制限人口は五億人)

10.夫婦の一方が過ちを犯し、夫婦の関係が失敗した時、裁判所に助言委員会を設け、違反者は助言を求め、それに従わなければならない。助言が一年を過ぎても実行されない場合、裁判所は別居を命じ、裁判所の監督の下に生活しなければならず。別のパートナーと新しい同居生活に入る事は出来ない。その際、残った子供は二人の夫婦の保護の下で、それぞれ別々に全ての問題に渡る義務を、責任を持って行なう。もし、別居を命じられた者が命令に違反し、新しいパートナーと新しい関係に入った場合、この者達は女性で無くされるか(不妊化) 断種を受け、社会から追放され、同性のみが住む安全な場所に移され、異性との交際の可能性は全くなくされる。しかし、そこには、霊的進歩の為のあらゆる可能性が与えられていなければならない。

11. 子供の教育は、特別に用意された施設で行なわれ、子供の教育、指導、健康管理が十分な監督の下に実践され、いかなる形の虐待行為も許されない。この施設では特に、子供の教育に関して、厳しく訓練を受けた専門家が、14日毎に、指導、監督に当る。(コントロールの徹底)
親が子供を一度以上虐待した事が発覚した場合、過ちを犯した方の母親か父親は、女性としての資格を失うか(不妊化)断種を受け、社会から一生涯追放され。そこでは異性から隔離されるが、霊的成長に役立つ可能性は与えられなければならない。

12.もし子供が両親、両親の兄弟姉妹、第三者等から、強制的に肉体関係を持たされた場合、過ちを犯した者は不妊化され、断種を受け、社会から追放され、両者は一生涯、異性と分離された生活を送る。そこでは霊的発達の為の可能性は与えられねばならない。

13.婚約又は、結婚中の女が売春行為をした場合、女は妻の資格を失い(不妊化)社会から追放され、この女は異性と離れて安全な場所に移され、女は霊的発達の為に専念しなくてはならない。男の場合も同様に婚約中、或いは夫婦関係にある男が、他の女-つまり夫婦関係にない、或いは婚約をしていない女、又は売春婦と肉体関係を結んだ場合、同様の処罰を受ける。

14.婚約.又は、結婚中の一方が、動物を相手に獣姦を犯した場合、夫婦の資格を失い、不妊化又は.断種を受け、社会から追放され、一生涯安全な場所に隔離され、その場所では、この者は以後、肉体関係を結ぶ可能性は一切無く、霊的発達の為の可能性のみが与えられる。

以上の規則は、地球人にとって最も重要であり、自分達のものとし、今後ずっと守って行かなければならない。

この法則に忠実に従う事によっての。出洒に秩序を取り戻し、未来の人生を規則正しく送る事ができる。

もし貴方がこの法則と規則を実践すれば、まもなく地球の諸悪は根絶され、貴方の人生は楽園の調和に近づくであろう。

なるほど、貴方は、まだ無知と偏見の為に実行が難しいと思うかもしれない。
だが、少しも困難では無い。

何故ならこれは自然の法則であり、あらゆる現象を貫いて働いているから。

この法則に従えば、人間の堕落は消滅する。

最初は実行に困難は付きものである。

しかし、やがて困難は無くなり、地球人はこの法則の正しさを理解する様になり、容易に実践する事が出来る。

違反者は。次第に少なくなり、遂には、一人もいなくなるであろう。

そうなると、この法則は生活の一部となり、苦も無く実行出来、正しい生活の土台が確立する。

地球人よ、真にこの地上に楽園を造り、秩序を確立し、地球から悲惨な状況を取り除き、心に真の愛と平和を造り、過剰人口の問題を解決し、地球を破局から救うかどうかは、貴方の決意と行動力のみにかかっている。

現在の自己破壊的行動を、地球人が取り続けるならば、世界の全滅は避けられない。

だが、速やかに新しい宇宙の法則を実践し、全生活を根本からやり直すならば、遂には愛と平和と心の安らぎが訪れるだろう。

人間の作った不合理な制度によって、一人の男が一人の女とのみ、結婚すると言う奇妙な習慣は、人間の生き方として自然の法則に反する。

周知の様に、この制度から堕落が生れ、殺人が続発し、将来益々悪化するだろう。

更に自然の法則を無視した事により、人口過剰、売春、性犯罪が増加し、礼拝宗教とその狂気の指導者に盲信し、利用され、独善的敬員である、救いの無い信仰に走っている。

こうした礼拝宗教の指導者と弟子は、戒律を犯し、性的行為を楽しみ、市民よりも卑俗な行為を隠れて行なうが、市民はそれを察知し、笑う。
こうした愚かな所業の全ては、もはや秘密でも何でも無い。

だが、こうした活動に対して何等かの手を打たなくてはならない。

何故なら、宇宙の法則の真実性を明らかにし、人類の歴史に現れた最大の悪徳を、絶対に撲滅しなければならないからだ。

地球人である貴方が、宇宙の法則に注目し、実践するならば、貴方の内部に変化が起り、正しい方向に向かうだろう。

ところが、現在の不合理な非論理的、自然に反する制度の下では、男は一人の女としか結婚する事が出来ない。これは完全に間違っている。

貴方は、宇宙の法則に反する生活を強要されている。

貴方白身と。不合理な生活を送っている全ての友人の間に、男女の不自然の関係が存在している。

これは、宇宙の法則の真意に反する。

夫婦愛が定着した男女に第二の女が現れ、男の愛情を感じ、結婚したいと思う時、一方的、或いは相互の結合愛を持っている男が、これを真剣に考えている時、又、この新しい感情が自然の法則に従っている時、この関係は地球の法律では許されない。

つまり、地球の法律ではこれを禁じ、一人の男は一人の女とのみ結婚が許されているからだ。

その結果、自然な夫婦愛は破壊され、歪んだ愛情関係が発生する。

これは、誤った夫婦愛である。

何故なら、自然の法則によれば、結婚へ至る方法は自由である。

 (その場合。自然の法則に従って作られた条件を全て守られている事が必要)

ところが、地球人の不合理性の為に、非論理的法律を作って自然な愛を禁ずるのである。(自然の法則に従った愛は、図2を参照)



どうしたら信頼に足る自然な純愛が生れるか。

確信と栄光と畏敬に満ちた夫婦愛が、永続するにはどうしたら良いのか。

この答えは図4.5.7.8.にはっきりと示されている。

これらの図は、さらに既婚者と未婚者の関係も説明されている。

これらの図からはっきり判る様に、自然の法則はこうした問題を明確に規定しており、いかなる疑いや不正も、いささかも有り得無い。

又、これらの図に示されていない関係も考えられるが、その場合には。既にこの本で解説した原則に沿って解釈すれば、正しい解答が得られる。

と言うのは、自然の法則から生れた規則は、極めて明析で、容易に理解出来、誤解の余地が無いからだ。

その場合、自己中心的、非論理的思考に左右されてはならない。

地球人が、自己流の法律に従って生活を続け、宇宙の法則、特に愛の法則を無視するならば、同胞を真に愛し、普遍的愛に達し、それを自己の内部に確立して、創造の意図を達成する事は不可能である。

この法則を心にしっかりと築き、実践出来るかどうかは、貴方が愛の法則を完全に実行するか否かにかかっている。

愛のあらゆる形は、全ての生物を愛する事に始まり。全宇宙の普遍的愛に終るのである。

その根本的条件は、自然の持つ法則性-そのリズム、周期、期間-に忠実に従った相互の愛が全ての人間に成長する事である。

そこで愛の法則と、人生の全ての法mの教える所によれば、全ての生物はそれぞれ小さな単位に属する一方、「我々」と言う全体の大きな単位を構成している。

従って、人間も同様の組織に準じて、人類の存続と高度の進化発逮を期する為に、相互に協力し、「我々」と言う調和した形を組織化すべきである。

具体的には、人間は物理的存在として、「我々」社会を組織して人生を強力なものにする。

この「我々」社会の種々の組合せは、少なくとも七つの生活様式を含む。

人間の「我々」社会を組織化するには自然の法則に従って次の様になる。

「割り当ての法則」

1. 人間的な生活様式について

「我々」型共同体の自然な数は七つである。

2. 一夫婦単位(一結合)は一人の男と一人の女から成る。

3.一夫婦単位(一結合単位)の子供の数は、最大3人とする。(特例が無い限り3人)

4. 女系型一夫婦単位の夫は、最大限一人の男から成る。と言うのは、自然の法則によれば、女は妊娠して子供支産むには一人の男とのみ結合が許されるからである。

5. 男系型一夫婦単位の妻は、最小限三人から成り、それぞれ下位の三つの小単位をつくり、自然の法則に従って三人の女との結合により子供を産む。

この結果からはっきりする事は、一男一女の夫婦の一下位単位から、三人の子供が生れたら5人家族の家庭が出来る。(最大限許された子供の数)

これは規則によって、まだ「我々」型の共同社会を形成するまでには至らない。

そこで男は更に、二人の女と夫婦関係を結び、合計7人の数に達して最小限の「我々」型の共同社会が完全に出来上がる。

この新しい二つの下位単位の夫婦から、それぞれ三人子供が生れるので、総合計13人の「我々」共同体の大家族に成長する。子供が3歳に達しない内に死んだ時は、その母親は子供を一人産む事が出来る。            

一人の人間が、多数の人間と愛情関係を結ぶと言う事は、地球人にとって異端であり、誤解の元であると考えるかも知れない。

即ち、一人の女が一人の男との結合から出発して、全ての男と普遍的愛に達する事は、地球人としては考えられない事だろう。

だが. 真実の愛は一男一女から出発して、全ての人間が、他の全ての人間との間に、あらゆる愛の形を発展させる事によって同胞愛に発達する。

同胞愛は、愛の法則によって支えられ、真に自由な活動を可能にする。

愛は、全存在の中で自己と万物が共に生きる時、絶対確実なものとなる。

愛は、動植物、同胞、あらゆる生物、宇宙と霊的宇宙の全存在に広がる。

この言葉の意味は、貴方の知っている愛を隣人に、又、あらゆる人間に向ける事である。

貴方は、誠実な愛の感情を人々に与え、愛の法則で説明されている形で、これを彼に与えるのである。

これは、貴方が全ての人間に対して貴方が自己愛と定義出来る様な形で、一体感ある愛を感ずる事である。

つまり貴方は、貴方の隣人を自分自身の様に愛するのである。

隣人愛が正しい形を取り、着実に発展して遂に全人順を包むなら、逆に同じ隣人愛をもって、貴方は全ての人から愛される。(図11参照)



同胞愛が一歩一歩考古に発達すると普遍的愛に到達する。(図12參照)



普遍的愛が更に発展すると、全ての愛を融合して、愛の最高絶対的形として完全な霊的愛になる。

一切の存在物は、この絶対的愛から外れる事は無く、万物が他の全ての万物と直結し、全宇宙の全存在が一つに完結する。(図13参照)



こうして普遍的愛は、宇宙の法則に基づく最高の愛となる。

しかし、生命が高度な進化を遂げて、霊的水準に発達しない場合は、最高の愛は出現しない。

生命(人間を含む)が、物質的段階から解放され、霊的進化が着実に実現されると真の知織が生じ、普遍的英知に結実する。

なお、肉体に束縛された人間でも、宇宙の法則を忠実に実行する者には、徐々に各種の発達段階を経て普遍的愛が現れて来る。

(全宇宙に存在する動植物、人間、無機物等の全ての存在に向かう愛)

地球人は、これが疑う事の出来ない進化の法則である事を理解するであろう。

普遍的愛(他の形の愛を含めて)を、人間はこれを知識として理解し認めるだけで無く、これを、全精力を傾けて実行し、感動出来る能力も備わっているのだ。

普遍的愛であれ、他のいかなる愛であれ、その真の価値を認めた時、その愛を感じ、理解し、分析する力が生じるが、同時にその知識を受入れ、実践し、生活に応用する力も生れて来る。

如何なる形の愛であれ、それを理解し受け入れた時、愛の法則に従って生活の全範囲に渡り、全力を尽くして、その知識、能力、感謝の全てを活用しなくてはならない。


地球人よ、以上が愛の法則と、それに関する諸問題の説明である。

これだけでは未だ十分では無く。更に説明が必要だ。もし、十分に解説しようとすれば、とても厚い本になろう。

人間にまつわる不純物を摘発し、愛の法則に替えなければならないものは多い。

例えば、一夫一婦制と言う誤った制度の基に、無数の虐待が行なわれて来たし、将来も行なわれるであろう。

こうした、人間的な不完全な法則に基づいた誤った習慣が、今後も堂々と行なわれるならば、地球人は大きな被害を被るだろう。

間違った法則の解釈と実践は、地球人が始めたのであるから、責任は明らかに貴方にある。

しかし、その過ちを正し、悲惨な環境を根絶し、全てを善の方向へ変えるのも貴方の責任である。

生活を自然の法則に従って組織し、新しい法則が全ての人間の幸福を約束し、日常生活が、宇宙の法則の実践の場となり、確固たる人生を築く為には、まず、貴方から始めなければならない。

貴方の仕事が、いつ完成するか、
今教える事は出来ない。
何故なら、私にとっても、
なお秘密のまま解けないからだ。
おそらく、その答えは
遠い星の中に書かれているのかも知れない。


愛の法則  終り

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