「質問と案内」 ビリー著

「生命と人間についての一般的な貴方の質問に答えるための道案内」


親愛なる読者の皆様

皆様は、皆様がお取組みになった質問を持って私達の所にいらっしやいました。

又、皆様は、皆様の持っている質問に対する答えを私達に求めておられます。

私達は個人的な領域で、皆様に個人的に取り組んだ解答を与えるべきか、長い間熟考いたしました。

さて、ここに提出されたパンフレットから判りますように、私達は皆様方の質問に対する答えを、FIGUに所在する書籍の中から直接引用することに致しました。

皆様はこうした形で答えられる事を、多分冷たいとか、非個人的であると感じると思います。

又、多分私達が直接の解答を回避したいのだとお考えになるかも知れません。

しかし個人的解答は、いつも解答者による個人的な意見と判断に彩られること、又こうした解答は、主観的なものとなり、その総合解答のパーセンテージを評価することが出来ない、という事を考慮してください。

私達は中立的で正しい真理に絶対的に相応する解答を出すように努力しているのです。

これは私達が個人的な解釈を回避し、FIGUの書物からの引用を厳格に信頼することによってのみ、果たされるのであります。

こうした解答の形を取るに至ったもう一つの理由は、皆様の注意を引いている重要な質問は、全て書籍の中に答えられているからです。

皆様も私達も、実際に一つ一つの質問に直接の解答を期待することは、非理性的であろうと言う点で、必ず一致すると思われます。

私達が期待できることは、他の参照や供述と共に、直接解答が推論されるような指示を与えることです。

少なくとも原則についての指導要綱を与え、それによって質問が解説されることです。

この観点に立ち、私達は霊(Geist)の教えを参照するときに、全ての質問と問題に対する正しい解答を見出すのです。

FIGUの書籍-即ち、霊(Geist)の教えについては、次のことを述べることが出来ます。

皆様が書籍の中で見る全ての教え、説明、解釈、指導要綱は、自然法則、即ち創造そのものの法則に基づくものであります。

この確認は、堕落した礼拝宗教や宗派の唱える論題とは何の関わりもありません。

その反対に、教えは普遍的創造の法則と掟に従っていますから、それは信仰とは関係無く、直接宗教とは関係の無い方向に向けられています。

所与の解答の正しさについての証明は、もし皆様がその答えを単純に信ずるのであれば、決して見出すことはないでしょう。

しかし皆様がこれを率直に熟考し、独自の経験により吟味すれば、皆様にとって必要なあらゆる真理に対する解答を見出すでしょう。

霊(Geist)の教えは信仰の理論ではなく。生活そのものの実践なのです。

この意味から私達は、皆様がここに、パンフレットの中で与えられた解答を学習し、熟考なさいますようお願いする次第です。

FIGU49の中心のグループ



1)宇宙人はいるか?

創世記 211-240

まず独自の進化に準じた形態の生命維持が為されるために可能な形態が創造されました。

それは特別な姿と価値を持ち、独自の意識を持った、独立した生命体となるものでした。

その形態は価値と呼ばれ、法則を満たすためのもの-オメダムと呼ばれました。

即ち創造は、生命体-オメダムのために理念を創造し、それは創造自らの進化に準じるものでした。                  

即ち創造は理念より被造物の存在を創造したのです。つまり、創造された動植物となって存在するために、形体と進化の中に眠る生命という形で。

即ち生命体-オメダムは、固定した形と姿をとり、全宇宙における7×7という多様な形態で。又7×7倍の多様なる色彩を持ち、創造されたのでした。

それは二重に、そして、霊的 / 物質的に創造され、その名称の価値において、自分自身と他の全ての生命を支配し、保護し、進化することの出来るはずのものでした。

それらの生命体は、それ以前に存在するようになったものでした。即ち、空中に、海中に、陸に、それらの内に。

そして万象と共に、又、万象と共に進化する為に。

完全を成就し、完全体として創造自体に入りゆく為に法則を満たし、従い、内外において結合の一体となって。

創造と同じ方向に完成体として、その独自の進化に準じるために。

創造の一体において、又、一体となり、完成された独自の一体として。


セムヤーゼシリーズ 第1回目の交信 19-21

地球人は私達を宇宙人とか異星人とか、彼等の好きな名称で呼んでいます。

地球人は私達を超人扱いしていますが、私達のことを何も知らないからです。

実際には私達は地球人と同じ人間です。ただ私達は、知識、英知、技術の面で地球人より発達しています。

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2)何故? どんな目的で、こうした人々は地球に来るのか?

セムヤーゼシリーズ 第1回目の交信 35-41

貴方がたは彼らに警戒してください。彼らは自分達を邪魔するものと戦い破壊するからです。しばしば彼らは惑星を完全に破壊したり、その住民を残酷な奴隷状態に落すからです。

そこで地球人にこのような野蛮な人間の存在を知らせ、警戎することが私達の任務の一つでもあります。
 
地球人にこのことを知らせなさい。彼らとの衝突は避けられません。その時期はますます迫っているのです。

私達のもう一つの重要な任務は、貴方がたの宗教に関するものです。地球の宗教は人間の霊性の発達を妨げています。
 
あらゆる生命の生と死を支配するものは、ただ一つしかありません。それは万物を超えています。それが出来るのは創造のみです。

創造は、万物を法則で包んだのです。


第1回目の交信 56-59

宗教は人間の原始的なこしらえ物にすぎません。

宗教は霊的水準の低い人間を操作し、搾取する目的で考えだされたものです。

貴方はこの真実を世界に明らかにし、人間を目覚めさせなさい。これも私達の任務の一部です。

もし、この任務が失敗した場合、地球人は徐々に自己崩壊に向い、完全な霊的暗黒に陥るでしょう。

第3回目の交信 13-17

私達は唯一つ義務ある任務を持っています。それは全世界に発展し、既に存在している人間生命を守ることです。

即ち私達は秩序を保ち、或る一定の生命を監視するために努力すると言う意味です。

私達は異なる世界の住民の所に近づき、特定のことを探し出し、彼らに説明をしてあげるのです。

これは一つの種族がより高く進化し、ゆっくりと思考するようになったときにのみ行われます。

それから私達は、ゆっくりと彼らが宇宙で唯一思考する存在ではないという考えになれねばならないように準備させるのです。

又、私達は、あちこちでテレパシーの基礎に立って、或る一定の認識を芽生えさせ、時に適って技術発明が出来るよう協力しています。

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3)何故、彼らは一般大衆の前に姿を現わさず、何故、誰もが彼らと交信出来ないのか?

セムヤーゼシリーズ 第24回目の交信 11

最後に私は、何故、貴方以外の誰か他の人と、何かの方法で交信をすることが全く不可能なことであるかを説明致しましょう。

それは次の理由によるのです。

(1)私達がある地球人と連絡を取る時、その者は前以て何十年にも及ぶ学習を、あらゆる分野においてしているという条件が要ります。
(2)ある必須な霊的条件が整っている時にのみ、私達は地球人と連絡を取る事が出来ます。
(3)私達は地球人が、隣人による何かの表明や、何かの書籍等を考慮せず、単独で真理の持つ根本的な真理を学習し、認識出来るほどに進化の点で成長している時のみに限って地球人と連絡を取るのです。
  
その他、全部で7点。

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4)夢は・・・うたかた?

バラ色の水晶 目に見えない王国から;

人間にとって夢を正しく見、理解し、判断し、自分の記憶に留めておくことは困難です。何故なら現実という邪悪な王様が絶えず手先を送り、夢と記憶を破壊しようとするからです。その王様は。人間がしばしば邪悪な現実の中で生きる様に望んでいるからです。

しかしその現実とは、真実には、唯人間自身による余りにも邪悪に、又憎しみを持って形成されるものに他なりません。

人間は非常に多くの過ちをその生涯において犯し、自分の思うままに生き、富を渇望しているからです。その時、知識と知恵、善と真理に関する全ての価値溢れるものを突き放し、美とあらゆる夢を軽視し、踏みにじっています。

残念ながらそう言うことなのです。

ですから邪悪な現実の王様は、ほとんど地上全ての人間を自由に支配することが出来るのです。

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5)何故我々は生きているのか?我々の生命はどんな意義と目的を持っているのか?

Geisteslehre 導入、生命の意義

人間は宇宙の一部として、変化することのない法則の中に、又その確かな存在目的の中に生きています。

この普遍的法則と存在目的を認識し把握する者は。生命の意義をも認識し、又あらゆる時に独自の存在に関して認識が出来るよう、その時から絶えず
努力するようになります。

そうすることによって、人は自分自身を認識し、自己自身を権威に満ちて支配するようになるのです。又その環境に有利な影響を与えるのです。

創世記 解説定義 230-240

これは全ての中に、又全てと共に進化する義務のある生命体-人間と同様に、動植物にも関係があります。

これは又全生命体が進化の過程を統一的に満たし、共に生きなければならないと言うことでもあります。

それは内外共に七元の法則を満たし、統一体として霊的にも物質的にも結合されます。

人間の生命は、七元の法則を満たすものとして-霊の進化を満たすものとして、完全となるために生かされねばなりません。そしていつか完成され、又統一的な完全性を持つものとして、創造そのものの中に入っていくのです。

そして創造と同じ方向を向き。独自の完成体として創造の中に、又創造と共に、創造独自の進化を促進させるのです。

創造的統一体との一体において、独自の単位として、創造そのものに順じます。

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6)死後の生命はあるか?

生と死

さて、死後、魂は更に生きつづけるということは、礼拝宗教のお偉方が主張する最も純粋なる妄想(嘘)です。

肉体の死と共に魂も死ぬのです。

何故なら魂は肉体という純粋な物理的要因を持っていますから、肉体その物と同じく滅びるものなのです。

人間とその肉体の死後、更に生きつづけ、あの世の世界に入っていくものは、ただ一つ創造の一部分なのです。

それは物理的肉体を、そもそも生かすことの出来るもの-必要欠かせざるもの-即ち、霊です。

霊は更に続行される進化に順じ、又あの世の領域で更に生き続けるのです。

そしてある一定の時が来ると、再び新たな肉体の中に生まれ変わるのです。

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7)我々地球人はどこに由来しているのか?

 セムヤーゼシリーズ 第31回交信 529 -534

人間生命体は創造による被造物です。

人間は動物から-例えば、猿から進化したのではありません。
 
この説は、地球上に非常に悪意を持って主張されています。
 
物理体の発展が考慮されるならば、人間生命の生成過程は非常に長い時間がかかります。

それは先ず原始的生命体より創造されますが、人間となるよう定められ、既に創造の力により人間になると言う意義を持って生かされます。
 
従ってそれは、既に創造の初期に定められ生み出された形態は人間的であり、最後には人とならねばならなかったのです。
 
ですからこの生命体は、根本的に独自の種属であり、それは初源からそうなのです。

OM-8 78-79

人となるために創造された生命は、成長し分離した、独自の輪郭に忠実で、最高度に成長した創造の生命体となった。
 
それは大地の初源物質から成り、その生命は物質と結合した物質形態から成る人間的生命となった。

それは動物的又は植物的生命体と直接に共通する種属とは、決してならなかった。

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8) 秘儀に通じている人のための秘儀、「(他人に公開しない)秘密の学問」はあるのか?


プシケー(Psyche)

膨大な思考の偉力(Macht)というのは、まず我々の時代になって初めて発見されたものではない。たとえその正しい使用が、今日の人々にとってもまだ新しく、それが解けぬ謎のように見えるとしても。
 
最も厳格に禁じられたれ知識として全ては秘学にされ、そこには平凡な第三者は誰も立ち入ることは出来なかった。

二十世紀に入った今日でさえ、事実その真実性は否定され得ない。

今日なお、膨大な時間空間に及んで収集された測り知れない人類の知識は、近づきがたい秘学の中に隠され、それはローマ法王、僧侶、その他の秘学者の死に至るまで守られ、人類に隠され続けてきた。
 
しかしそれは何故であろう?
 
それは全く簡単なことである。即ち、もし大衆が秘学を発見し、それが彼らに莫大なー人生を肯定する利用と進歩と成功をもたらしたなら、宗教と政治はまたたく間に退廃してしまうことになるからである。

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9) まだ賢者はいるのか?

 
アラハト。アテルサタ
 
それ故、真理の告知者、時代の知恵者に注意せよ。

彼らは知識、真理。知恵を厳しい言葉で知らせる。そして膨大な霊の教えを貴方がたの間に広める。

たとえ地球人が、新時代のこうした知恵者や預言者に今まだはっきりと気付かないとしても、これらの僅かの人々は、全人類より偉大で力を持っている。


OM-30-36

知恵者は賢く、誤りがない。であるから彼は一つの問題について多くを語らない。それについて沈黙する。

何故なら彼は、真理には多くの言葉が要らない事を知っているからである。

従って彼は、言葉と助言を慎んで口を開くのである。

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10) OMとは何を意味するのか?

OM(サンスリット語ではAUM)は、非常に古い言葉で、地上ではとうの昔に忘れられたリラ星人の言葉に由来するものです。

OMの言葉の意味は、両方のアルファベットの完全な価値が解説されて初めて認識されます。

即ち初めであり、終わりである(OMFALON・MURADO)と言う言葉の最初のアルファベットであるOとMから成る2つの言葉が解説されると言う意味です。

オムファロン・ムラドウ(OMFALON・MURADO)と言う2つの言葉は、その最初のアルファベットであるOとMをとって短縮されていますが、それは完全に表現されるOMFALON・MURADOの持つ価値より、もっと高度な調和の取れた響きを持った価値になります。

ですからそれは短縮されて使用され、OMと定着した訳です。

古代りラ星人は、その真理の書を、OMFALON・MURADO(オムフアロン・ムラドウ)、生命の核心、核心的生命とも呼んだのでした。又真理の書とも呼ばれています。

このOMと言う書は、全ての創造的教えを包括しています。即ちそこにはあらゆる知恵と生命の教えが滞りなく記されているのです。

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11)何故宗教があるのか? それは昔からあったのか。我々はそれを必要とするか?

開かれた言葉 神の宗教から

・・この礼拝宗教の始まりは、一人のエジプト人によって、ファラオ、エナクトンの時に見られるという事です。

彼は宗教史における最初の有名な偉人として、一神教を発案しました。

唯一神-宗教です。

セムヤーゼシリーズ 第31回目の交信 292-297 (プター)

従って地上の宗教について語られる時、それは地上に存在し、使用され、作用している形態が意味されます。

この意味で地球にとって致命的な危険であるばかりでなく、宇宙全体にとっても宗教はそれ自体に致命的な危険を秘めているのです。

この意味で、地球に存在している宗教は、この宇宙において先例がなく、それと等しきものもありません。

致命的な危険として、宗教は地球人と全惑星を支配し、貴方がたの世界を何千年にも渡って霊的な意味で廃顛させています。

霊的進化はいずれもこの宗教によって妨げられ、何ら発展しません。

霊的進化は、貴方がた地球を支配している宗教の唱える邪教によって阻止されているのです。


十戒 戒律2 創造の御名を崇拝し、それを誤用してはならない。

地球人よ、貴方は他の生命体より優れても劣ってもいない。

しかし我々が知る全ての者達よりずっと惑わされている。

その原因は、ただ貴方の非現実的で理解出来ない礼拝宗教の無価値にのみあり、我々の知る全ての領域と宇宙にそれと等しきものはない。

これは貴方が悪いとか邪悪であるというのではなく、貴方が或る確かな不純な理由によって誤って導かれているというだけのことなのです。

それによって貴方は搾取、霊的貧困、奴隷的状態に陥っているのです。

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12)「知識」それとも「信仰」

重要な知識  知識と信仰から

知識と信仰の間には根本的な相違があります。

信仰とは、何か証明出来ないものが、単純に盲目的に真理と承認されることですが、知識とは、証明可能なもののみが真理として認められる事です。

しかし霊的な問題における証明は、先ず第一にそれが問題と成っているのですが、それはただ内的な証明の可能性によってのみ承認されます。

これはつまり、ただ集中的霊的思考作業のみが、何か或る事実に対して証明をすることが出来ると言う意味です。

これは信仰とは反対です。

信仰は決して証明することの出来ないものです。

何故なら信仰は、ただ何か提示されたものを真理として信仰する形で承諾して受け入れることであるからです。

これは特に宗教において生じます。

そこでは何か或る教え、信条、礼拝典礼が信者に提供され、それを彼は単純に無抵抗に信じなければならないのです。

彼は決してそれが正しいと言う証明をする事は出来ません。

信仰とは、即ち思考喪失と思考怠惰に基ずくものです。

それに対し知識は、厳しく休みない霊的思考作業を必要とするのです。

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13)生まれ変わりはあるのか? (インカネーション)

OM-14 6-7, 13-15

この世の地上における生命は粗材物質から成り、それと関連した教育期間を経て進化をする。

あの世の生命は霊的であり、それと結び付いた霊体の進化が行われる。

従ってあの世では、霊体が新しい人間の肉体を持って生まれ変わるための準備が行われる。

あの世では霊体は、次の再生のための準備と進化をする。

そうしてその霊体は苦しみを持たず地上で再び物質的肉体を着て、新鮮に生まれるのである。

こうして人はこの世で生き、死んであの世にいくのである。

そして止むことなく再生し進化を続けるのである。

即ち人は、生き、死に、新しい肉体を持って再び生まれてくるのである。

これは人間の霊体が、創造のほんの小さな一部分として更に進化を続けるために、もはや何ら物質的人体を必要としなくなるまで、こうした生成と消滅は続くのである。

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14)動物も進化し発展するのか?

セムヤーゼシリーズ  第54回交信 55 -57(セムヤーゼとピリーの対話)

ピリー:判りました。それではもう一つ別な件ですが、動物の霊体についてはどうなのですか。それも霊的進化に順応するのですか。

セムヤーゼ: 勿論です。しかしその形態は純粋な自然進化という、或る一定の秩序に制限されています。

ビリー:即ち動物の霊体は、人間の場合のように一時的な霊的進化をしないということですね。

セムヤーゼ:そうです。何故なら動物の霊的進化は、霊的完成に尽くすのではなく、所与の秩序の中で自然進化するからです。

ビリー:つまり別の言葉で言い替えれば、動物の霊体は或る確かな最小価値を持って進化するが、本来の完全となるための進化をするようにとは定められてはおらず、ただ自然の進化をするということですね。多分それは本能-知能とか、それに類する名称で吼ぶことが出来るでしょうか。

セムヤーゼ:その表現は、ほぽ正しいと思います。

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15)瞑想とは何か。それは日常どんな役に立つのか?

瞑想

瞑想の教えは自己認識をする為の霊の教えです。

それは霊的、肉体生活のあらゆる要因の支配と、真実の現実の認識に基づいています。

瞑想の教えは強制的非強制の教えです。

それは七元の法則にしたがった絶対的論理に基づいています。

それは次のような解釈の価値を持って説明されます。つまり、強制的非強制。

強制的非強制のもとに理解できることは、非論理思考と処置の開放であり、得られるものは論理的確実さです。

即ち或る思考が、次の行動、処置に至る原因とみなされる時、これは一貫性を持つものとして確定され、それは真理の認識において理解され、考察され、調和の取れた価値として用途を見出すのです。(中略)

時と共に多くの事柄が貴方にとって容易になります。

そのことを貴方は直ぐに確信するでしょう。

貴方は多くのことを非常に容易に理解し、全てをより簡単に学習し、より簡単に仕事をするのです。

これは貴方の内に成長する平安を通して、ゆっくりと達成できるのです。

貴方はその平安を練習によって強要してはなりません。又、それは決して強制する事は出来ないでしょう。

貴方は自動的に全ての必要なことを所持するようになり、即ち平安そのものも得るのです。

そこから再び調和が生じるのです。

それからこれら全ては、貴方が瞑想を開始するその水準によって、貴方の転換を助け、全てをずっと容易にする事が出来、そこで貴方はずっと多くのことを消化し、処哩することが出来るのです。

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16)何故、人口過剰が起きたのか(1840年以来、地球人類は14億から約50億に増加した!)

アラハト・アテルサータ

人間の種の保存は、地球上の宗教による邪教が告知しているような、単純な増殖規定にあるのではない。

種の保存は自然の法則に従うことにある。

即ちそれは、神聖な従順であり制御されるものである。

単なる増殖は神聖ではなく、見通しがきかず制御されない。

何故ならそれは無意味な量で増殖し、全ての自然法則に反するからである。

地球人が単純な増加の規定に従い、あらゆる創造の自然法則を軽視していることは明らかである。

彼はほんの狭い霊的成長の軌道内を動いているだけである。

人類は極端に度を超え、止むことなく増殖を続け、無制限に子孫を生んでいる。

貴方がたの地球は、5億人の人間生命を支え養うことが出来るのに、地球人は50億もの人間生命を生み出し、ほんの僅か数百年の間にその様な邪悪な人口過剰を作り出してしまった。

そして百万人は餓死しなければならなくなっている。

地球人の非理性と宗教の誤った教えにより、大量の人類が無限に増加した。

それによって人口は言語に絶する量で広がり、制御出来なくなった。

こうして種の保存の法則違反と軽視によって、人類は僅す数百年の間に人口過剰の大群を作ってしまった。

それと共に必然的に全ての問題、苦境、堕落も増大したのである。

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17)神、悪魔、地獄は有るのか?

プシケー(Psyche)

神と言う言葉は太古の昔、或る人々の名称として用いられたものである。

彼らは自分達の持つ霊力と、そこから結果として生じる能力の故に、物事を支配し、完成させることが出来た。

それは王も皇帝も成功することの出来ないものであった。

こうした能力の故に、彼らは結果的に神とか女神とか呼ばれた。

それは「皇帝より(霊的に)上に立つ」事を意味することに他ならなかった。(中略)

それに加えて、二、三の頭の切れる人々が、古代ケルト人の歴史に手を伸ばした。

彼らは古代において超人間-神と呼ばれた人を、狩猟の神として崇拝していた。何故ならその人は、狩をする人々の便宜のために膨大な霊力を有効に活用したからである。

古代の伝承その他は、この神が頭に二つの角のようなコプを持ち、トイベルと呼ばれていたことを証明している。

何百年、何千年と時が経つにつれ、このトイベルと言う名称は、数えきれ無いほど何回もその名を変え、ついにトイフェル-即ち、悪魔と言う名前になったのである。


生と死

地球人よ、貴方はどこかて天国、又は地獄に行くことは、今までに一度も可能であったことは無いし、決して可能にはならないでしょう。
 
貴方は天国と地獄を自分で準備するのです。
 
そして貴方が天国に達したいのであれば、これを自分の手で自ら準備するのです。
 
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18)イマヌエルは誰であったのか? 彼は生存していたのか?
 
セムヤーゼシリーズ 第8回目の交信

イマヌエル自身は他の人間と同様に、単なる人にすぎませんでした。ただ彼には非常に大きな知識が与えられていました。

彼は象徴でも偶像でも、何か他の何者でもありません。

つまり彼は人類の教師であったのです。

霊的知識と知恵を持った預言者であり、それ以上のものではありませんでした。

決して、何かの生命体が偶像化されたり、崇拝されたりしてなりません。これは常に人間が行っていることですが。

従って、私達が「タルムード・イマヌエル」をその2000年前の潜伏状態から引き出させたのも、ただ真理の時代がやってきたと言う理由によります。

イマヌエルの教えは彼の教えではなく、イマヌエルが先ず学習し、認識し、承認しなければならなかった創造とその法則の教えです。

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19)何故「救い主」と言う名称は、一部適切なのか?

アラハト・アテルサータ

当時イマヌエルと呼ばれた人間生命は、創造の法則と掟に従って処置を取り、それを鉄のような意志を持って従った。

彼はただ小さなグループのみに霊の教えを伝えた。

弟子達は、同じ教えをあらゆる地の果てにまで伝えるはずであった。

そして人々の間にその教えを述べ伝え、創造に戻る道を彼らに示すはずであった。

しかし彼らは教えを誤って理解し、邪教と倒錯した事柄を述べ伝えてしまった。


タルムード・イマヌエル 第4章イマヌエルの秘薬

又貴方、イマヌエルを、人々は神、又神の一人子として罵倒するであろう。

そして貴方を秘密に満ちた創造と同じ地位に置くでしょう。

しかしこうした誤った教えにかまけていてはなりません。何故なら、人類の子孫が真理を認識出来るようになるまで何千年も必要であるからです。

即ち貴方の故に数え切れぬ世代に及んで、多くの人の血が流されるでしょう。

知恵の王、天使ガブリエルの子として、貴方の使命を全うしなさい。


第35章イマヌエルに関する礼拝

又未知の礼拝が生まれ、その中で私を賛美するでしょう。

それが人々にとって信仰に値するものであればあるほど、それは人々を霊的に奴隷化し、礼拝宗教に人民と土地そしてお金に対してますます大きな力を与えるという理由によります。

しかし私は語ります。どんな礼拝宗教も正しくありません。礼拝は創造さえ最高のものであることを認識しません。

又どんな礼拝も、真理を説き知識と知恵を説くものとはならないでしょう。

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20)プシケー(Psyche)とは何か? それは何から成るのか?

生と死

さて、プシケー(Psyche)は死後も更に生き続けるという誤った教えが地球人の間に生まれました。

それはいつでも礼拝宗教屋が、無責任にも真理の問題を認識せず、感情中心、即ちプシケー(Psyche)を提示している人間の中にある要因を不死と称したことによります。

そこは人間の感情センターと思考世界より形成されています。

事実、人間はプシケー(Psyche)の認識問題について無知であり教育が無いので、プシケー(Psyche)を観察する際、倒錯した印象が生まれ、プシケー(Psyche)は器官一物質ではなく、霊的であると考えるのです。

しかしそれは全く真理に反するものです。

つまり真理は、このプシケー(Psyche)も肉体そのものと同様に死すべきものであり、死により肉体が生命を解かれると直ぐに、プシケー(Psyche)も死によって滅びるの
です。

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21)魔術はあるのか? それは何か?

重要な知識 魔法の七王国

その個々の領域を簡単に説明する前に、魔術と言う概念について定義づけてみたいと思います。

時間と空間を排除し、故意に意図した現象が成功する時、私達は魔術的現象について語ります。

従って魔術を物理的意味で「放射?」によって説明することは出来ません。

何故なら全て物理現象は、私達の感覚認知世界と結びついており、時間と空間において(又は近代物理学的概念を用いるなら、四次元的時間-空間-連続体)説明されるからです。

更に魔術的作用は、意図、即ち処置を取る知的な本体が条件と成っていますから、自発的自然現象と比較することは出来ません。

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22)何故、教えが過去にも現在にも有るのか?

アラハト・アテルサータ

何百年、何千年以来、地球人の指導層全てに、知識、知恵、認識、愛、真理が欠けている。

今日においてもこうした指導層にとって、もはや創造とその法則と掟に関する知識と知恵は、戦争や殺人を強要し殺す以上の価値を持ってはいない。

その様な指導のもとに、致命的な破滅の道をズルズルと歩むこと以外に、地球人に何が残されているというのであろうか。

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23)第三次世界大戦、それは回避できるか、出来ないか。

OM-36 64-70

地球人類は第三次世界大戦に捕らえられるであろう。そして多くの戦争と叫びが地上に響き渡るであろう。

一つの民は他の民に対して蜂起し、家族は互いに敵対するであろう。焼死体が大地に溢れ、人はやっかいな害虫のように殺される。

そうして創造の法則と掟は成就するであろう。それは狂気にも、地球人が挑発してきたものである。

多くの民族が滅亡するであろう。独自の責任により、偽善者や盲目の人々の罪により、聖職者、誤った教師や指導者により、そして権力者や裁判官や公務員又創造に背く人々により、である。

人々の間で、ヘピとマムシの輩は、独自の罪により縮まされるであろう。彼ら自身の責任により。

死の太陽が地上に輝くであろう。

何ものもその狂気を阻止することは出来ない。

そうして古き予言が成就されるのである。

地球人が転向し、創造の道を進まなければ、そのあらゆる殺人の罪のゆえに、自ら罰せられ、破滅させられると言う。

予言 1976年1月28日水曜日(ペターレ)

従って人間の心が、調和、純粋霊、真の誠実、宇宙意識、総括的な調和へと変わらなければ、予言の恐怖が残酷に長期に渡りやってくるであろう。

なるほど地球惑星の原子核による全破壊は、1974年以来、威力的宇宙の力によって避けられたが、第三次世界大戦の危機は回避されない。

それは既に兆しを見せている。それは嘲笑に満ちた平和の時間に予期せず暴力的にやってくる。

従って地球人はまだ平和に満ちて夜のまどろみに就いている平和のさなかに、戦争の叫びに因って眠りから目を覚まされるのである。

そして地球人は、目下まだ愛と平和と調和に満ちた霊の道と善を自覚していない。

第三次世界大戦

いわゆる多くの透視術者や占い師(ちっぽけな野心家)は、今日第三次世界大戦はもはや来ないと主張しています。

しかしこの主張は真理に基づいていません。

それはそのような主張をする人々自身の、際限も無い希望的防衛主張にすぎないのです。

又、第三次世界大戦はやってこないという主張の中には、現実を直視出来ない、かなりの臆病が原因しているのです。

何故ならそのような嘘を主張する人は、臆病にゆえに、所与の事実とは対決したくないからです。

しかしここでは次のように述べられます。

第三次世界大戦は必ずやってくる。

第三次世界大戦は、聖職者が礼拝の祈りが終わった後でアーメンと言うごとく、確実にやってくるのです。

この第三次世界大戦を防止することはもはや出来ません。

その多くの責任は礼拝宗教が担っているのです。

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24)一人、二人が平和のために何ができるか?

時は正に12時を打っている

平和とは単なる言葉ではなく、膨大な価値概念を持っています。

世界平和は小さいことから始まるのです。

人は自分の家の中で、又個人的な環境社会において「争い」をするとき、彼は決して地上に平和を創り出す事は出来ません。

まず彼は、そこで、自らの内に平和を創り出さねばならないのです。

そして友人、親戚、知人、日常の活動、職業、自由時間の中で、平和を創り出さねばならないのです。

世界平和のための努力は小さな枠内で始め、それから更に発展させていかなければなりません。それは世界情勢や、又は陰険な出来事に構わず、小さな範囲における実行を要求しているのです。

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25)予言された大災害に対抗するために、貴方に何が出来ますか?

さて、良き意志あるところに道あり

これはビリーの友である宇宙人が最近明確に私達に指し示した言葉です。

解決の言葉は単純質素な「平和の瞑想」です。

それは全体として極めて簡単で、誰にも経済的負担も無しに、又物質的援助手段や。それに類するものもいらず実行できるものです。

必要なことは僅かな時間と良い意志があれば良いのです。

プレアデス星人の解説によれば、私達には第三次世界大戦の開始を数年遅らせ、その残酷さを緩和させる可能性があります。

従って私達はただちに、いわゆる平和の瞑想を始めているのです。

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26)時は迫っている! 今日の心配を明日に延ばしてはいけない。何故なら変化と改良のために貴方の協力が必須となっているからだ!

時は正に12時を打っている

私達は全害悪をはっきり見定め、そのありのままの姿を認識しなければなりません。

そしてこの害悪と成っている原因を直接掴み、それを根絶やしにしなければならないのです。

しかしながらこれは、ただ全ての責任を自覚した人々による行動力のある援助、協力によってのみ果たす事が出来るのです。

彼らは自らとその子孫に、健全で自由な世界を創り出す意志を持った人々であります。

その世界は、正しく導かれ、管理された楽園です。

ですから貴方も全力投球をして、権力欲のある人々、知ったか、ぷりをする者達、無責任な者の狂気に戦いを挑む必要があります。

彼らはただ自分の利益と権力欲が満たされるのを望むだけで、世界や隣人の生活がどうなろうと構わないのです。

貴方もまだあらゆる生命に幾らかの義務意識と責任を持ちたいと思うなら、私達と同じです。

ですからためらわずに、私達と合流してください。

そして私達と共にこの世の狂気に対して戦い、またあらゆる考えられる実行出来る形で、この生の継続のための戦いに、貴方独自の力を投入してください。

貴方も必要とされています。

貴方も生の継続のための戦いに欠かせぬ存在なのです。

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27)愛とは何か?

愛の法則

愛とは、自ら全てにおいて共に生き、共に存在しているという絶対的確信のことです。

即ちあらゆる存在の中で、動植物の中で、隣人の中で、どんな種類の物質的生命体であろうと、全宇宙の生存の中で、そしてそれを超えて、です。

愛の本来の定義は次のことを意味しています。

人が全ての存在の中で、他の存在が独自の存在の一部であることを絶対的に確信し、絶対的に感じ、共に生存しているということの絶対的確信を感じることです。

それが植物、動物、惑星、石、人間を扱っていようと同じです。

愛とは全ての生命が、特有の生命の一部分である事を絶対的に確信し、知り、感じ、理解することです。

何故なら全ては共に、あらゆる存在の初源の本質にある総合的-我々-形態を取っており、ただ愛の知識と感覚において、総合的存在として存在することが出来るからです。

従って愛とは、あらゆる総合的宇宙的形態の中に存在する全ての生命と独自の形を持ちながら、共同で感じる絶対的感覚と体験、絶対的知識と感知であります。

又それを超え、独自の存在も他に存在するあらゆる生命体の一部の存在であり、同じくそれらの生命体も、いずれも独自の存在の一部分であるという事を、絶対的知恵を持って体得する、それです。

そして総合的全宇宙の生命体は、それが事実であるゆえに存在しているという事を、絶対的知恵を持って体得する、それであります。

十戒 結びの言葉

愛とは、人間の心の鼓動でなければなりません。

何故なら愛は平和と自由と知識と知恵に至る唯一の道であるからです。

創造に対する愛とあらゆる生命体に対する愛を感じることは、あらゆる畏敬の念を起こさせるものに対し、畏敬を持ってそれを認め、義務を果たしていることを意味します。

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28)聖書は何が本当なのか? 何故昔の預言者による言葉が欠けているのか?

開かれた言葉

聖書は一部、最も古い人類の歴史を内容としています。たとえそれが最も古く、完全なものではないにしても。

旧約聖書は、今なお神によるかなり良き事実の教えであると見なされています。もしそれが非常に配慮して分類され、選別されるならばですが。

聖書はあらゆる改革、根本的変動、誤った解釈、年代記作者、書記者、狂信者、権力欲を持った人々その他による偽造に拘らず、はっきりと認知される根本の教えを保存しています。

即ち創造のみがただ一つ万物の真の創造であり。神はこの創造による単なる人間という被造物にすぎないと言う教えです。

新約聖書の或る一定の言葉や文章は、イマヌエルの真の教えであるとはっきり見なされます。

又キリスト教の聖書やユダヤ教のトーラ(聖書は、変化された写しとして、そこから由来しています。)
 
(その時周知のことは、トーラも本来の原形が見分けもつかないほど偽造されていたことです。)

その他、非常に多くの、いわゆる「聖典」は、初期の時代、聖書もローマのバチカンの決議により、該当する書が「聖典」から除外されるまでは、サンスクリットの伝説とよく似た内容を伝えていたのでした。

即ち、地球人が再び真理を求め、探求し始めた正にその時代まで、そうでした。

そうして聖書の最も古く重要な書、即ちエノクの書が取り除かれ、異端だとして呪われたのでした。

しかしながらそれにも拘らず、バチカン図書館はそれを編纂しているのです。

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29)何故、人間は苦しまねばならないのか?

瞑想


思慮分別の不足、軽はずみ、自制心の不足、不注意が、この世のあらゆる苦しみの大部分についての主な理由です。

従って意識的な悪意によるのではありません。

更に広がる罪と大災害、その他の災害の連鎖を食い止めるには、ほんの短い熟慮の瞬間があれば十分です。

純粋観察によって、決定又は行動が、所与の状況によって得策であるか、必須であるか、熟慮するために必要な時間を自由にとるのです。

それによって宗教的邪教の教える-不必要かつ得る必要の無い-処置と干渉のために、人に植え付けられた余りにも早すぎる軽はずみは、ゆっくりと取り除かれるのです。

ここにあらゆる苦しみと、内的外的生活の非常に多くの表面的複雑さを広げる、回避可能な邪悪な原因が有るのです。

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30)人間は地上にどの位長く存在しているのか? アダムは我々の惑星における最初の人間か?

セムヤーゼシリーズ 第8回目の交信 145-150

セムヤーサ、彼は全ての副指揮官を統率する指揮者で、一人のエバと交接しました。

エバは女性で、しかも最も人間に近い性質を持って、おまけに美しかったのです。

この行為によって誕生した子孫は男性で、立派な体格を持った人間となりました。

セムヤーサは彼をアダムと名付けましたが、それはエデンの人と同意語です。

更に同様の行為によって一人の女子を生みました。

セムヤーサは後年次のように決定しました。この二人は夫婦として一緒に暮らすべきであると。

その後、同様の人間が数多く生まれ、大きなグループや種族を形成しました。

彼らの中から今日の人類が発達したのです。

彼らは当初から各自の種族にしたがって大陸の各地に分散していきました。

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31)占星術は何が正しいのか?

セムヤーゼシリーズ  第66回目の交信 26-32

セムヤーゼ:象徴は、既に約12000年前に私達の祖先によって形作られました。しかし時の流れでそれは何回も変えられ、元の形は失われてしまいました。
  
しかしそれは再び見つけだされ、元の原形をもって形作られました。こうしてそれは今日に至るまで保持され、それは本来の原形を保って再び存在しているのです。
  
それぞれの象徴は全く特別に特殊な価値を持ち。それは該当する星の特徴となっています。

それは生命体に波動に応じて伝えられます。それに従って性格が決められ、それに応じた特性を持ちます。それは肉体、心理的、霊的、表現をします。

ビリー:あっ、それでは既に占星術の観点ついて言っているのですね。それとも? 確かにそうです。
  
しかしこれに関しては全星座が重要な意味を持っています。
  
その際、全く特別に時間が非常に支配的な役割を演じます。正確な占星術の持つ決定的な価値は時間決定で、一秒に至るまで全く大きな意味を持っています。
  
その要因は、残念ながら地球の占星術家達には注意されていません。
  
何故なら彼らはただ1分ごとの規定による分析計算を好んでいるからです。

従って必然的なことですが、規則的にそれは、ただおよそ、大体の結果を導く事が出来るだけなのです。
 
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31)テレパシーとは何か?

人が他の人に何かの思考を伝えようとする時、これは物質的意識と物質的無意識を通した伝達を成功させます。もしそれが霊的テレパシーを扱っているのでなければ。

異なるグループ、組織、研究所、教団の唱える誤った倒錯した主張とは異なり、普通の初歩的思考伝達は霊的領域から出発するのではなく、純粋な物質意識と物質的無意識である物質的領域からなされます。

従って人の内的思考は、他人の外的人格に運ばれると主張されるようなことは無いのです。

現在、地上の人々が日常的に行っいる、今日までに知られたテレパシー形態は、物質的意識による単純な思考伝達方法によるものです。

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33)エホバとは誰であったのか?

セムヤーゼシリーズ 第9回目の交信 66-72

セムヤーゼ: 責方はその関係を非常によく知つています。

ビリー:結構です。貴方がそのことを承知していらっしやるなら。
  
私は昔の「神様」を言っているのですが。即ち私が残虐人と命名したヤーウェです。

又は一般に呼ばれている、エホバの神です。

セムヤーゼ:それは非常に正確な表現です。彼の姿はとてもよく知っています。
   
貴方がたは彼を聖書の神と呼んでいますが、私達は彼を、不当なる者とか、残忍な者と呼んでいます。
   
彼は約2150年前に亡くなりました。
   
彼は非常に邪悪で、権力欲に飢えた人間で、他の善良なヤーウェと並んで政権を握り、数え切れない多数の地球人を殺し破滅させたのです。

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34)催眠術とは何か? それは役に立つか、危険であるか?

あらゆる催眠術の出発点は深い集中にあります。
 
集中するために多くの方法があり、困難なものから、簡単なものまで沢山あります。

最も基本的な価値に富んだ方法は、瞑想練習をし、そこから最高の価値を持つ瞑想集中を引き出す事にあります。

催眠術、自己催眠、暗示、自己暗示は、人間生活における非常に価値ある基礎を築きます。
 
これはあらゆる生活領域に使用出来、役に立ちます。

しかし最も注意しなけれぱならないことは、催眠術や自己催眠を決して否定的な目的のために使用してはならないと言うことです。

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35)アストラル体移動は、存在するか?

いわゆるアストラル体に関しても異なる邪教が出ており、それは人間を混乱させています。

特にここにも再び超心理学が、それは全く真理の認識が無いことから邪教を築いています。

例えば超心理学の誤りにより、アストラル体が人間の肉体を離れて飛ぷことが可能であるとされています。

これは誠に全く不可能な事柄であります。

何故なら人間の肉体を離れるという、その様な場合には、肉体は僅か数分の内に取り返しの付かない死を迎えることになるからです。

即ち真実はこう言うことなのです。

いわゆるアストラル体というのは、人間の中にある純粋な霊体を示しているに他なりません。

即ちアストラル域から再生した自我の道具なのです。

従ってアストラル体は、真実には創造の一部を現しており、それは人間の中で、又人間のために活発に存在している、即ち霊なのです。

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36)イマヌエルはどんな教えを広めたのか?

タルムード・イマヌエル 34章創造の教え

イマヌエルは威力的に解き、語りました。

 「見よ、人と神と、万物の上に創造が在る。人の理解する所では、それは完全であるように見えるが、そうではない。創造は霊であり、生きているので、創造も無限に至るまで完成していかねばならない。創造はそれ自体によって一つであるので、創造によって、又新しい霊の誕生によって、単独で完全となることが出来る。」

23章 最大の掟

他のものは、それと初めのものに等しい。貴方は創造のみを全能と称するべきである。何故なら創造のみが時代を超えて存続するからである。

神や生命は過ぎゆく、しかし創造は朽ちない。
   
全法則と予言は、この2つの掟に干渉されている。

神や皇帝の法則は人間の法則であり、それは人間的秩序と権利のもとに守られなければならない。

創造の法則は、霊と生命の法則である。即ちそれは滅すること無く、永遠である。

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37)天使はいるか?

OM-20 139,142-144

従って不当なる者、無知なる者は、天使や聖人達を誤って創造の息子や娘と夢想している。

こうして彼らの神や偶像、また多くの神々や偶像においても、そうである。

創造は無性であり、男性でも女性でもない。純潔でも不純でもない。又時間的でも非時間的でもない。空間的でも、非空間的でもない。

何故なら創造は意識的な真の霊であり、霊力であり、光であり、真に純粋な霊的エネルギーであるからである。

又同伴者を持たないのが創造である。何故なら創造はそれであり、真に無性の形態であるからである。従って創造は、ありとあらゆる生命と区別される。

創造には性が無く、男や女の同伴者を持たない。創造は最も純粋な真実な形を取る霊的エネルギーであり、依存的な賢人と結び付いていない。

何故創造は娘や息子を持ち、又何か種や形態を取った、その様なものを引合いにだす必要があろうか。

又、どうして創造が神であり得ようか。

神とは単なる人間であり、荒々しい物質生命を持った専制君主にすぎない。

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38)反ロゴスとは何か?

セムヤーゼシリーズ 54回目の交信 142-144

セムヤーゼ:この際、考慮されることは、地球人が自分の意志に反して666の数値に達していることです。即ち反ロゴス、嘘と不真実に。

地球人の意志に反して与えられたこの嘘の名前は、狂信者、偽り者、詐欺師、宗教、いかさま師、権力欲を求める人々によって与えられたものです。
  
従って666と言う数の価値は、独自の人間や、もう長いことそれに陥っている地球人の思考行為に適合するものではなく、狂気の姿に適合しているのです。
  
それは地球人により作られたもので、宗教的礼拝形態として地球を支配しています。
  
従ってそこから動物又はWUV666とは、ある特定の人間によって引き起こされる作用のことです。

即ち20世紀の人間は全体としてその様な傾向-印を付けており、その様にも言い表せます。

予言 1976年1月29日 木曜日 1-14

それは悪の子、犯罪の子、それは知識と知恵と真理に対する致命的な敵対者。

愛と平和、畏敬と調和に対する敵対者。

それは多様な形を持つ反ロゴス。

それは悪の暴威。666、

それは創造の真理に反し、霊の真理に反し、法則と掟の従順に反する。

中性のそれは男性の彼となる-権力欲を着、無法で支配欲と血に飢えた反ロゴス。

反ロゴスの倒錯した知識に消える人々による、不正と邪教のための嘘の力、奇跡、印、あらゆる誘惑、錯覚、嘘と欺きを持った悪の力、何故なら彼らは救いのために真理に至る愛を認めないから。

それは破壊の子、反ロゴス、邪悪、倒錯するもの、忍び歩くもの、待ち伏せするもの、致命的なもの、それは破滅の子、真理を殺すもの・・・666、反ロゴス。

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39)霊の真理とは何か?

OM-46  51 - 66

知恵は人間の中に霊として、一部分として住んでいる創造の特色を現わす特徴です。

それゆえ人が知識ある知恵を増す時、彼は創造を認識する。

真理を求むれば求むる程、彼は知恵の力について知る。

知恵は創造の法則を認識する力に満ちた手段である。

愛に満たされた人間は知恵に富み、知恵に富む人間は完全な愛を持っている。

しかし地球人は自らを欺いている。何故なら彼は愛を知らないからだ。

彼は所有欲を持った感情や活動を愛と見なしている。

一方真の愛は、彼には未知であり理解出来ない。

人は真理と知識と知恵を知って初めて人と成る。例え彼が創造と言う言葉を用いなくても。

何故なら知恵も最高の愛であるからである。

従って人は悟りや知識の認識も、知恵と愛であることが判る。

そうして愛を支配する時に、知恵をも支配するのである。

愛と知恵は共に属する。

何故なら創造とその法則は、同時に愛と知恵であるからだ。

知恵と知識があるところには、愛と認識が在る。また認識と愛があるところには創造も在る。

愛と知恵における成長は、人間に創造の認識を教える。

先ず人間は真理を学び、それによって自由と平和に達する。

平和、それは消浦することのないもの、終わりの無い力。

知恵と愛は創造の本質と特徴の二つを生かす波動である。

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40)エジプトのケオプス王のピラミッドはどんな状態をしているのか?

セムヤーゼシリーズ 1956年2月9日のアスケットによる説明から抜粋 l-7と27

貴方はピラミッドの年代について驚いていますね。

真実にはその歴史は幾らか混乱してしまっています。

何故ならその源は非常に古い昔に戻るからです。

その意義と成立の歴史は、今私が貴方に説明するなら非常に広範囲になってしまいます。

ですから必要な資料だけを挙げましょう。

それに従って貴方は外観を捉えることが出来ます。

これや又地上の他の全てのピラミッドは、リラ星座が蟹座にはいった時に建造されたものです。

それは2×36650年時代になります。即ち全部で73300年代です。

2×36650年の計算は、回教紀元(622年)前に戻って計算されねばなりません。そうすれば正しい数値が得られるでしょう。

根源的には、ピラミッドとその建造は天子の時代に戻ります。

彼らは宇宙飛行士で、この世界の本来の入植者です。

セムヤーゼシリーズ 70回目の交信 151- 152

しかしアルセムはこっそりと地上に戻りました。

私は彼の軍団と共にエジプトの地にある古い正四面体の建物の中に住みつきました。

それは70000年以上にも渡り、使用されずに存在し続けたものです。

地中の奥深くピラミッドのずっと下の方に彼らは定住し、彼らは今日のギゼーのピラミッドのずっと下方にある空間と建造物を、それ以来邪悪な支配欲の計画センターとして、その実現化を試みたのですが。今までに何ら際だった成果を納めていません。

彼らの道は宗教的狂気の教え、礼拝、その他多くの邪悪な陰謀により、地球人を誤導し、誤ったことを教えるという目的の達成、欺きと嘘と陰謀のそれでもあったにも拘らず。

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41)何故、そうアメリカインディアンは問うのか? 知者は生命に関する書(聖書)を必要とするのかと。

聖書は失われた民族の為に書かれた・・。

我々は、我々がどこから来て、どこに行くのかを知っている。

我々は指示を与えてくれる本を読む必要が無い。

この本は出来ればコロンブスのような人のために書かれた;彼はここにやって来た時に、絶望したのだった!  フィリップ・デーレ
         
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42)ホモセックスとは何か。どうしてそうなるのか?

創世記 性生活の七戒律 3) ホモセックス

即ち男性同志の自然に反する、堕落した性的結合である。

射精するもの同志が誤った生殖行為で結合するのである。

これは堕落した感覚意識と、自ら生み出す反自然的要求を持った生命体により、倒錯した形で行為される堕落形態である。

こうした性行為の形態は、独自の自己意識を持った生命体のみから生ずるのである。

それはより高度な生命体ではあるが、誤った教え、無制御な性的倒錯の要求と秩序に反する享楽と言う要因によって、誤導され、堕落している。

従って大抵こうした堕落行為は、人間の男性生命体によってのみ適応され、それは狂乱形態に育てられている。

訓令 エイズの発生と反自然の罪

即ちホモセックスや両性性行為をする男性について述べられています。両方共自然の法則違反に相当し、それは必然的にいつか重大な結果と成り、死につながらざるを得ません。

何故なら自然的なものは、何千年に及んで軽視され阻止されて関わりあっていくことは、出来ないからです。いつかそれは復讐を挑むのです。

ホモセックス、男性同志の両性性行為は、女同志の両性関係や同性関係が普通で、法則に適っているのとは異なり、男性同志の両性性行為は、あまりにも忌嫌うべき自然の法則違反なのです。

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43)未来はどうなるのか?

預言

この世の人々よ、聞くがよい。

既に何回も貴方に伝えられた・・・何千年来。

しかし貴方は予言を呪い、冒涜し、それを嘲笑した。

しかし予言の現在に注意せよ。

何故なら今が大いなる時代の転換期であるからだ。

貴方はそこでまだ最後のチャンスがある。

だから貴方が予言を役に立てないなら、貴方の子孫は紀元4000年を超えても、まだ貴方を呪うであろう。

しかし貴方が更に戦い、創造を冒涜するなら、この世の人よ、貴方には2000年以上の恐ろしい出来事が告知されている。

その出来事は、貴方の邪教、霊性の無い誤った行為、行動により、貴方自らの責任で起きるものである。

預言 1981年11月19日木曜日 (ペターレ)

ヨーロッパは灰と赤い炎に沈む。

人の血は砂地に流れる。
    
第三次世界大災が暴れ狂う。
    
狂気の作品・・悪者によってたたえられる。

死が何百万倍にも荒れ狂い、人は情け容赦も無く殺される。

それは戦争・・第三次世界大災。
    
人の手によって軽はずみに引き起こされる。宗教、礼拝、欲望、憎しみ、権力によって。

何故なら地球人は、愛を嘲笑しているだけだから。


タルムード・イマヌエル 第25章、預言 33 -34


従って人類がいつか5億の10倍になる時に、その内の半分が滅ぼされ、殺されるであろう。

即ち法則がそれを望むのであり、それは人間が法則に違反したためである。

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44)神秘主義とは何か?

神秘主義(ミスティック)と言う名称は、既にミエインと言う言葉のもとに、言語として存在していたのでした。

その意味は「目を閉じる」といいます。

カルマ(業)の概念と同じく、神秘主義の言葉も時代と共に神秘家、分派論者、宗教関係者によって偽造され、他の評価が付けられてしまいました。

真実にはミスティックの概念は、悟りや進化のための内的自己-創造の意識との調和と結合-と理解されています。

神秘体験を導くこの高潔な道は、中庸、静観、瞑想訓練を行うことによって達成されます。

その時、あらゆる外的知覚は排除されなければなりません。

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45)何故、余りにも多くの犯罪があるのか?

死刑は是か否か?

犯罪者はいつも病人として取り扱われます。

泥棒も殺人者も自殺者も同様です。

いずれにせよ犯罪的行為は、いつも唯一誤った病的思考過程にのみ基づいています。例え犯罪が前以て計画されるとしても。

犯罪的行為を取る人間の思考は、異常で論理的ではありません。

ですから犯罪の背後に、まだ多くの知性と賢さが隠されているとしても。

これに関してはまだ病気であるとしか言いようがありません。

しかし犯罪病が扱われるとしても、病気は治される可能性があります。

犯罪病が癒される重点は、過ちを犯した人間が、犯罪的罪を負った時、義務付けられる贖いにあります。

贖いとは、罪になる行為を犯した人間が、その行いの責任と非論理を意識し、健全な思考方向を歩むことを意味しています。

即ち彼の行動と病的思考の欠陥が、彼に意識されることによってです。

死刑は決して贖いを意味せず、ただ低俗で犯罪的で理性も責任も無い人間の、最も原始的犯罪的復讐とその満たしを示しています。

彼らの知能指数や人間性は、邪悪な行いのゆえに死刑を促されるはずの人。又そうされる犯罪者のそれより、ずっと劣るものです。

死刑執行者又は死刑支援者が、絞首刑施行人であろうと、裁判官であろうと、弁護士であろうと、主婦であろうと、単純な労働者であろうと、乞食であろうと、いずれにせよ死刑擁護とその要求と行使は、際限の無い低俗性、愚かさ、儲け主義、宗派精神、邪悪さ、血に飢えていること、無責任さを証明し、理性と理解に応じた思考能力の無さ、最も低俗で感情的な不完全さを証明しているのです。

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46)創造と創造主の間に相違はあるのか?

開かれた言葉

私は創造であるが、主である神ではない!

誰かがもし創造の知識について真に知っているなら、又実際的な力に付いて知っているなら、その者は人間として完全に次のことを明らかにしているのです。

何故ならそれは彼の本質に横たわるものであるから・・即ち彼が本来どこに結び付いているかを知り、又少なくとも予感したことを。

故に彼は決して誤った「啓示」を描きません。

そして真理及び力としての創造を、ありのままに知っているのです。

何故なら、創造の存在が彼に真理及び知識を証明しているからです。

即ちそれにより、ここでは信仰を扱っているのではなく、知識を扱っているのです。

この知識の中に創造は自らを証明するのです。

しかしただ真実の理解力を持った、自然の論理に従って生きている人のためにだけ、そうするのです。

何故なら人間が法則により、法則の中に創造の存在を見出し、創造そのものが、その存在を先ず第一に特別に証明する必要が無くとも、霊的に自己の内なるところで成長することは、創造の初源の法則であり、即ち太占から与えられた法則であるからです。

人間は思考することが出来ます。

では何故、彼らは神又は神=創造主を信じ、ただ一つ創造のみがあると言う大胆な知識の認識をしないのでしょうか?

創造は、例えどんな種類の神であろうと、創造の被造物であるにすぎず、神という形態に於て決して創造そのものではなかったし、現在も末来も創造には成らない創造の被造物としては、創造といくらか関係があるのです。

何故なら創造の被造物である人間が、どうしていつか創造そのものと少しでも似たものに成り得るでしょうか。

本来の生命基盤であり不朽のものとして、滅びゆくものとして見捨てられる人間の肉体の中にその存在を啓示する、ほんの僅かな創造霊の一部であることを度外視して、全礼拝宗教は、途方もない厚かましさで、それらの宗教の神を創造そのものと称しているのです。

そして神と言う印は、正に人間と言う意味に他ならないにも拘らず、神を創造と呼んでいるのです。

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47)預言とは何か? 予言とは何か?

預言と予言

預言と予言に関しては次のことが説明されます。

予言においては前以て未来を述べる形態が扱われます。

それは最も広範囲なカバラ學予測が非常に正確な結論を導いたり、未来旅行により、未来が探求されることによって生み出されます。

それによって明確になることは、予言とは絶対的確信をもって宿命的に起る出来事であり、それには変更や回避が可能であると言った可能性はありません。

予言は一貫性にしっかり立つ事実に基づき、その源と生成過程からは、全く特定の作用が生じてこなくてはなりません。

しかし一方預言については、大抵警告の機能を持つだけで、時期に適った変化がもたらされなければ、特定の要因から生じるその終点を指摘するだけに留まります。

変化がもたらされなければ、預言も予言となり、それは必然的に成就されます。

従って考慮できることは、預言的表現や告知は、人間の態度の価値によって変化が可能であるということです。

従って預言的出来事は、良い形態を持ち、良い進化によって、変化が生じる時、将来必ず起こるとは確信されないのです。

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48)十戒は誰が作ったのか?

十戒

人間よ、貴方には光と生命が与えられています。

それは貴方を絶えず真理の道に導きます。

それ故に貴方は、この光と生命の中に生きなければならない。

そして貴方が学習した道から決してそれることの無いように。

その道は貴方をいつも創造の近くにもたらします。

決して滅びることの無い光の中に、創造を認識するまでに貴方を成長させたのは、宇宙的な創造の愛です。

それは貴方を、創造と永遠を見るべき段階にまで導くしょう。

ですから決して安楽な態度を取らず。日々の生活によって貴方に啓示される事柄を更に深く探求を続けなさい。

多くの意志、たゆまぬ探求と追及は、創造の愛と真理の外観を持つ要素を、簡単に貴方にもたらすでしょう。

それは創造自身の知識と力から生じているものです。

故に創造の法則と掟の探求、追及、追従に活発でありなさい。

それらの法則と掟は、あらゆる方向に観察されねばなりません。

何故ならご覧なさい。

創造が法則と掟を自然に与える時、これは永遠に確定されたのでした。

当時与えられたこの法則と掟は、永遠の有効性を持っているのです。

何故ならその中に、あらゆる創造の普遍的愛が全域に渡り啓示されているからです。

従ってもし貴方が創造の法則と掟に細部にまで従うときのみ、貴方は正しい道を歩んでいるのです。

そして貴方が全思考と探求、探索、認識、貴方の全生活様式を、この創造による所与の法則と掟に順応させるのです。

創世記 112

あらゆる物質生命は、創造の秩序範囲で生きています。従って地上の人間も同様です。

この秩序は創造において、宇宙の法則と称されます。

それは外部に向かって蘇生を守り、生命形成の統一的指導要綱として、全ての物質生命体に有効です。

又この法則は、創造そのものともみなされる。

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49)何故創造のみが崇拝されるに相応しいのか?

OM-2 8-20

ヤーウェは崇拝にも尊敬にも値しない。

何故ならそれは、ただ創造のみが当然受けるものであるからだ。

預言者も霊的指導者も崇拝と尊敬に値しない。

何故ならそれは、ただ創造のみに値するからだ。

人は決してヤーウェや預言者や霊的指導者に祈りを捧げてはいけない。

何故なら祈りの行為は、ただ創造のみに帰せられるからだ。

人は決してヤーウェや預言者や霊的指導者を尊敬してはならない。

何故なら尊敬は、ただ創造のみが受けるに相応しいからだ。

崇拝と尊敬はただ創造のみが受けるに相応しい。

創造はその宇宙において、最高かつ最も完全な完全性を持っている。

しかしながらあらゆる生命に対し注意を払い、尊敬し、敬意を表わせ。

又地球人類であるヤーウェと預言者と霊的指導者に対しても。

ヤーウェに対し注意を払い、尊敬し、敬意を表わし、畏敬の念を表わせ。

ヤーウェは貴方の世界にいる人類の知恵の王である。

預言者に対し注意し、尊敬し、敬意と畏敬の念を表わせ。

彼は真理と愛と知恵と知識において、地球人類のための真の預言者である。

預言者に対して注意を払い、尊敬し、敬意と畏敬の念を表わせ。

彼は学びを受ける地球人類と真理の教えを仲介する人であり、告知者であり、知識者であり、愛に満ちた者であり、知恵者である。

OM-3 9-10, 15-18

創造のみが、あらゆる被造物と生命と存在の力である。

そして創造の他に、尊敬と崇拝に値するものは無い。

創造とは、創造することであり、それは宇宙に存在しているあらゆる被造物を創造した。

創造とは、創造することであり、それはあらゆる被造物を創造した。

即ち、生命、存在、天と地、恒星系、蒼窮、そして全ての被造物とあらゆる生命の軍勢を。

創造とは、創造することであり、創造の他には宇宙に創造は存在しない。

そして創造とは、OMである。

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「質問と案内 完」

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